【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる)   作:高坂 源五郎

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Ⅳ 対バクス戦争の終結 103話 【ルミナス篇①】 買収

Ⅳ 対バクス戦争の終結 103話 【ルミナス篇①】 買収

 

▫️アサポート星系惑星アデル▫️

 

ルミナスは惑星アレスに存在する人類スターヴェイク帝国の外交使節として、アデル政府元首補佐官のゲインズブールを相手に外交交渉を有利に進めていた。

 

「それで、こちらで保護したバクス侵攻星系の難民の引き取りはいつになるのかしら?」

 

「それはアデル政府ではなく、各星系政府との折衝になります。」

 

ゲインズブールはルミナスの臣下のフェロモンの影響下にある。冷たく突き放すつもりなのだが、いつもよりは丁寧な対応となっていた。それはルミナスのつけ入る隙となる。大概のことはそうやって上手く処理したのだが、2つの難問は解けない。難民問題と兵装の調達である。

 

「でもバグスの侵略下からこちらが庇護した星系に、まともな政府組織があるわけがないでしょう?」

 

「仰る通りです。それらの星系政府は事実上破綻しています。アデル政府としても大変心苦しい。」

 

ゲインズブールは、ルミナスの問いかけに応じる姿勢を見せた。そもそも、難民問題に対する解決策を彼は用意していたのだ。

 

「どうでしょうか。アデル政府が仲介します。彼らの星系を買い取り、人類スターヴェイク帝国に加えていただくと言うのは?」

 

「ゲインズブール補佐官、貴方って面白い事をおっしゃるのね。」

 

ゲインズブールの考え出した秘策、それは破綻した星系の買収計画である。人類スターヴェイク帝国が気がついているかは分からないが、それら星系政府は事実として人類スターヴェイク帝国の思うがままなのだ。全住民を支配していると言って過言ではないのだから。それなら既に設定された人類銀河帝国内の権利や負債に対して、人類スターヴェイク帝国に引き継がせて対応させる必要がある。

 

バグスに占領された惑星は、既存のインフラを破壊し尽くされている。再入植するにしても金がかかる。現在の難民の食費と輸送費だけでも莫大な額だ。更にそこにインフラ再建の費用と防衛費が加算される。流石に各星系の年金運用の財源にしましょうと言っても、バクスとの戦争が激化した今は新規の金主はもう現れないだろう。

 

しかしながら惑星アレスは食料供給能力に優れ、人口も多い。何より大量の人や物資を運べる〈イーリス・コンラート〉がある。〈イーリス・コンラート〉の平和利用を考えた時、植民船というのが最も妥当なのではないか。ゲインズブールはベータ群を殲滅出来なかった事から戦闘力に少し物足りない〈イーリス・コンラート〉と誤解している。

 

であれば再入植は彼らに任せるのが最適であるし、なんならバグスに対する防衛責任も負わせてしまえばいい。彼らの負債は「財産に伴う経費ですよ」と言い含める。それに過去の別口のスポンサーによる投資分の精算は全てクレジットで済ませてやるというのだ。双方に立って得する話とは、まさにこれではないか。

 

「そんな大きな物を買うとなると、これまでに銀行に預けた額では足りないのでしょう?」

 

ルミナスはすっかり買う気だった。彼女は大体、勧められた物は買う性質である。予算が折り合うかは誰か別の担当が帳尻を合わさればいい。だから買い物がが惑星いや、人類の居住可能惑星を含めた星系全体であっても例外ではない。ルミナスの問いかける内容に、相手を釣り上げたと確信したゲインズブールはルミナスに笑いかける。相手の妄信ぶりに、思わず笑みがこぼれてしまうのだ。

 

「いえいえ、そちらにも難民の生活支援やインフラの設備投資がありますでしょう。ですのでアデル政府に対する仲介費用は1クレジットにしても構いませんよ。」

 

「まあ。」

 

ルミナスが反応する。が、それ以上何も言わないのは続きを促しているのだ。この話には裏があるとルミナスとて承知している。何事も『無料より高い物はない』のだから。

 

「仲介代金は1クレジットで結構ですが、星系が負う既存の債務は引き継いで頂きます。しかし問題ありません。星系住民の子々孫々に渡る分割払いとするよう話をつけましょう。」

 

「債務とは、金額とその内訳はなんでしょうか?」

 

ルミナスの補佐として同席するアダーが尋ねる。彼は実務的な事柄を尋ねる役回りである。決定はルミナスが行うが、段取りは彼が行う。例によって下働き役というアダーに最適の役割を与えられていた。

 

「惑星開発とは巨額の費用を要する物です。今回難民が発生しているのは固有の文明を持つ惑星ではなく、人類が新たに入植した惑星です。これらの星々は入植に際して莫大な費用を計上しています。それを精算して頂ければ良いのですよ。」

 

用意した資料を示しながらゲインズブールは説明する。ルミナスでなくアダーに向ける口調はいつもの辛辣さを滲ませているが、内容説明は的確だった。基本は過去における初回の植民にかかる全費用の精算である。植民船の手配からインフラの設置費用、入植後数年間の生活を支える物資の準備金まで項目は多岐に渡る。

 

バクスさえ来なければ、普通に発展していたであろう星系なのだ。過去の入植計画は概ね妥当なものだったと言える。入植実効の為の費用は、惑星における開発進捗に応じてスポンサーとなる星系政府の社会福祉費用に充てられる仕組みである。他の星系の現役世代の老後の年金となる予定なのだ。

 

不幸にもバグスの為に入植がやり直しとなった現在、その全てを精算する必要がある。星系政府に残されているのは、文字通り人類が入植可能な惑星という担保だけになったのだから。

 

「・・・項目はともかく、費用は些か高過ぎるのではないでしょうか。」

 

開拓費用の内訳書を精査しながらアダーが指摘する。それは過去の星系政府が負うべき負債だが、ゲインズブールは惑星を売り渡す為にそれら負債を全て人類スターヴェイク帝国に引き継がせようとしているのだ。

 

初期の開拓民は権利にばかり目が行き、負債については盲目になる。事実上、本人達というよりはその子孫の負担であるからだ。そして多少不利なレートでも契約してしまう。それは、それ以外の選択肢がないからである。

 

金主にとって美味しい契約でなければそもそも実現されない移住計画だったのだし、こう言うものは計画通り行かない。期待通りの利益は上げずに費用だけ膨らむ。そしてスポンサーが得た権利を守る為に、追加の投資を要求して精算はで未来に先送りされる物なのだ。それを一括で現金採算しようとすると、相当問題がある中身になるのである。

 

「あの者が申す事、なんとかなりまして?」

 

アダーに任せていては埒が明かないと見たルミナスが、直接ゲインズブールに言葉をかけた。

 

「これは既に各星系が負った負債です。それに惑星開発とはそう言う物なのです。甘い値段をつけてスポンサーに甘い夢を見させなければなりません。それで初期条件は負担が高く設定されます。上手く鉱脈など見つかって即座に返済出来る場合もありますが、大抵は数百年に渡る文明構築の中で分割払いです。開拓側も返済していく中で、負債を一つのつながりとして新たな支援を受けたりするのです。」

 

「理屈は分かりますが、それを我々が全て負担すると言うのは。バグスによる開拓失敗は、ある程度はスポンサー側の投資の損失とされるべきなのでは?」

 

「無論、そういうお話もありましょう。しかしそのままでは難民の費用は誰も負担しません。彼らには借金があり、それは膨らむばかりなのです。それを解決するには、全てを買収して資産に変えるほかありますまい。アデル政府しか、その仲介はできないのですよ。」

 

アダーにそう返答しながらゲインズブールは内心ほくそ笑む。全てがうまく行った場合、これらの惑星は人類銀河同盟に加盟させる。そうすれば全てアデル政府の支配下である。惑星アレスの労力で立て直した惑星という果実を得るのは、アデル政府となるだろう。

 

「もし、可能とすれば。」

 

ゲインズブールは計算して見せた。

 

「分割払いを一括にする案はあります。巨額ですが、負債を一気に返済すれば利子は膨らみません。額も圧縮されます。」

 

「では、その案でいいでしょう。我が未来の夫が全て引き受けます。」

 

ゲインズブールの説明に全て納得したのか。あっさりとルミナスは承知した。ゲインズブールもアダーも、その額を用意できるのか。そもそも金利という概念をルミナスが理解しているのか危ぶむ。金利的に言えば、分割払いなど論外なのだが。

 

「しかし、女神様(ルミナスさま)!」

 

嗜めようとするアダーを、ルミナスの臣下一同が睨みつける。女神様(ルミナスさま)の言葉は臣下には絶対である。女神の裁定は下った。異議申し立てなど認められないのだ。臣下に連なる者であれば、そうと弁えていなければならない。

 

「良いのですよ、この者は私を心配してくれているのです。」

 

ルミナスはそう言ってアダーに対する臣下の非難の視線の風当たりを和らげた。主にアダーというよりも、その妻でありルミナスの臣下であるマシラの為である。単なるアランの部下なら、この場では庇わなかったかもしれない。

 

「世の中にはお金で解決がつかない問題も多いわ。それを全てお金で解決がつくようにしてくれたのです。ゲインズブール補佐官には感謝しようではありませんか。」

 

にこやかにそう述べるルミナスに対し、アダーはもはや抗弁する気力をなくした。そもそも彼の妻でさえ、女神様(ルミナスさま)側の人間なのだ。アダーが抵抗できるはずもない。ルミナスのお目付け役とはいえ、もう後は新皇帝たるアランに全て委ねるほかないだろう。

 

「ああ、アラン様が何と言われるか。」

 

「あら、あの人は外交交渉は全てこの私に委ねてくれたのです。そして必要な経費は惜しまないとも。」

 

アランが認めた経費に、複数の星系の取得費用は入っていないだろうとアダーは思う。名目はどうであれ、バグスに侵攻されて人類が撤退した惑星、いや星系などは人類銀河帝国の巨大な不良債権でしかない。

 

アダーはアランの思惑の全てを聞かされてはいない。常識人ではなく非常識人と言えるルミナスを外交使節に起用する狙いがアランにあるとすれば、きっと何らかの深い意図があっての事だと信じるばかりである。しかし今となってはルミナスのダメ加減を示す事が目的のようにさえ思われる。アダーは考える。『相対的にクレリア女王の正妻としての存在感を高めるのが目的と思えてしまうのは、邪推というものだろうか。』と。

 

「新皇帝の即位に際して、新天地獲得を発表される事となるのです。素晴らしいではありませんか。」

 

夫であるアダーの失点をカバーしようと、マシラが横から口を出す。実務肌のフランツイシュカもマシラに続いた。

 

「ルミナス様ご結婚の持参金としてこれ以上の価値ある品は無いかと。」

 

支払いはアランに押し付けるので事実上は負債でしかない。だが気を良くしたルミナスは、彼女達に鷹揚に頷いて見せた。

 

「ええ。アランへのいい土産になるわね。」

 

晴れ晴れとした表情でそう語り合う主従の様子を見守るゲインズブールは考える。『この様子なら、もっと吹っかけても良かったか。』と。そんな一抹の後悔を滲ませながら、ゲインズブールが書類を手に前に進み出る。

 

「現在は住民が人類スターヴェイク帝国の庇護下にあるこれらの星系の譲渡と負債の精算についての覚書にサインを頂けますか。」

 

「ええ、構わないわ。」

 

アダーは悟った。本来は自分と同じ実務肌のフランツイシュカでさえ、この件ではアダーの敵に回った。アダーはもう女神様(ルミナスさま)を止められないのだ。せめて負債の一部減免なりと認めさせたかったのだが。

 

「譲渡費用の軽減については、私にも披露できる考えがあります。」

 

そのゲインズブールの囁きは、蜜に見せかけた毒が滴る様子がアダーには実際に目に浮かぶ程であった。が、ルミナスはゲインズブールの提案を喜んで受け入れた。

 

「あら、嬉しいわ。ゲインズブール補佐官のお考えをお聞きしましょう。」

 

「貴国から緊急輸入した食品、それにスターファイター。貴国の指定輸入品を継続納品していただけるなら高目に買取致しましょう。そうすれば星系の取得の大いなる助けになると存じます。」

 

「あら、それは嬉しいわ。」

 

「今後の継続納入に同意いただけるようなら、こちらにもサインを。」

 

躊躇する事なく、ゲインズブールと覚書を取り交わすルミナス。なんという事はない。ゲインズブールはスターファイターや食料輸入の代価として、彼らには無価値なバグスの占領した惑星を差し出しただけなのだった。

 

 

 

 

 

 

「〈イーリス・コンラート〉は補給を必要としています。これはいつ、実現されるのでしょうか?」

 

ルミナスの代理としてアダーが問う。だが、他に比べてもこの件は難航していた。〈イーリス・コンラート〉の補給を控えさせ、その力を削ぐ。それが元首陣営の思惑なのだろう。のらりくらりと対応して、補給を受けさせない。ゲインズブールはため息を吐き悪い内容と相手に伝えながら答えた。

 

「以前にもご回答しましたが、優先順位があります。特にコリント少将の活躍もあり、補修する艦隊の割り当てが増えました。当面は難しいでしょう。」

 

既にトレーダー星系での歴史的な和解についてはアデル政府に報告が入っている。彼ら自身が超光速(FTL) 通信経由でその交渉を主導したのだ。この為、〈イーリス・コンラート〉への補給の優先順位は遂に実現不可能な所にまで落ち込んでいた。だが拒絶するだけではまずい。同盟関係を堅持する必要上、見かけ上野希望を与える必要はある。

 

「無論、全ての市場は皆様に解放されています。通常は各星系が自前の艦隊の補給に活用するものです。解放されている市場を自由に使って頂くのが良いのではないでしょうか。」

 

そちらも現状は相場が高騰している。急ぎの客に裏口で儲けようというような闇市紛いの市場なのだ。負債を抱えたばかりの人類スターヴェイク帝国に支払う能力があるかは甚だ疑問である。無理をさせて国力を傾かせるなら、それはそれでゲインズブールの目的に叶う。ゲインズブールに抗弁しようとするアダーを、またもルミナスが制した。

 

「ゲインズブール補佐官の仰るように、市場の活用が可能ならそれで良いわ。」

 

相変わらずガバガバと交渉もせずに受け入れるルミナスに、ゲインズブールは好感を募らせる。難航した外交交渉も、一日で全て解決の勢いである。

 

「それで、どの市場が人類スターヴェイク帝国に開かれているか教えてくださいますか?」

 

「貴国のためには、人類銀河帝国の全ての市場が解放されております。使節閣下。」

 

アダーに対するのとは一転して、恭しさを見せてゲインズブールは頭を下げて宣言する。

 

「まあ、本当に全ての市場が開かれているのですか?」

 

ルミナスは大袈裟な驚きを込め、ゲインズブールに確認する。

 

「はい。売値の設定されているものなら、全てが貴国に対して解放されているとお考え頂いて問題ありません。」

 

満面の笑みを浮かべるゲインズブールに、ルミナスも笑顔を見せた。その笑顔は臣下達を緊張させる。

 

「頼もしいお言葉ですね。では、念の為にそのお言葉を証明する書付を今頂いても宜しいかしら?買い物に行って、『お売り出来ません』と断られるのは嫌ですもの。」

 

「はい、喜んで。」

 

ゲインズブールは、これで仕事は終わりだなと考える。満足のいく取引だった。彼らが実質的に支配している星系を売り付け、負債の減免は受け付けなかった。装備の補給は断り続けるも、市場解放という形で彼らにとっての希望を残して関係悪化を避けた。

 

ここまで上首尾だったのだ。装備の問題で苦情を言われないように、アデル政府が保証を与えるのは悪い考えではない。ルミナスのこの調子ではかなり吊り上げられた価格で装備を補充することになるのが目に見えているが、アサポート星系の為に富を吐き出させるのは妥当な統治の方法というものだろう。その為なら、証明書を用意しても損する事などある訳がない。

 

 

 

 

 

「流石は女神様(ルミナスさま)。今日は上手くいきましたね。」

 

「ええ。貴女達のお陰ね。」

 

『売値のある商品ならなんでも買える』それはノヴァミサイルの取引さえ可能にする言質である。ルミナスがわざわざ指摘してゲインズブールにその一文を入れさせたのだ。実際には販売されないから、ゲインズブールも修辞的な表現としてそれを受け入れた。やはりフェロモンが作用して、彼の感覚も少し狂ってはいたのだ。

 

ノヴァミサイルは市場で売りに出されてはいないにしても、人類銀河帝国でなければ入手不可能な製品は未だ数多い。それらを自由に買えるというのは、かなりの利益になり得る。

 

女神様(ルミナスさま)は、最初から最後の一言を引き出すおつもりだったのですが?」

 

アダーは思わず尋ねていた。

 

「ええ、そうね? まあ全ての取引が満足いくものだったけれど。」

 

ルミナスはよく分かっていない風の返事をして、アダーを失望させた。やはりこの人は、自分が手にしている物の価値を理解していないのかもしれない。育ちが良いだけに、悪人に騙されやすいだけの人ではないのか。ルミナスの臣下も、そんな不良債権好きのルミナスを煽てているだけに見える。

 

「・・・さて、任せた買収の計画はどうなっているの?」

 

だからこそ、そのルミナスの言葉にアダーは心底驚愕したのだ。買収? アダーはその件については、何一つ聞かされてはいなかった。

 

「はい、ルミナス様。現代表者は既に籠絡しました。プレミア価格での取引に完全同意しております。全ては、女神様(ルミナスさま)の希望される通りに進んでおります。」

 

ルミナスの前に進み出て、自信ありげに回答したのはこれまで目立たぬように控えていたカレイド卿だった。

 

「オーランド重工株式会社は、アラン様とルミナス様を新オーナーとして迎える準備が整っています。」

 

「そう、新婚の貴方には辛い役回りをさせたわね。」

 

「いえ、むしろこのお役目を楽しんでおります。」

 

ルミナスとカレイド卿は視線を交わし、にこやかに笑い合う。カレイド卿は文字通り、男を籠絡する能力の主である。それは集団にも適用されるが、特定の男性に向けられている時が最も強烈である。そういえばカレイド卿は昨夜は不在だった、とアダーは今になって気がついた。カレイド卿による仕込みは、到着日から開始されていたのだろう。

 

「ゲインズブール補佐官の言質は取りました。この買収に横槍は入りません。・・・アダー、〈イーリス・コンラート〉の必要とする補給品目は貴方が確認しておくのですよ。」

 

「・・・はい、承知致しました。」

 

全て承知でゲインズブールの前では猫を被っていたのだと、アダーは女神様(ルミナスさま)を見直していた。流石にアラン様が妻と選ぶだけの事はあるのだと。ルミナスの臣下としては新参とはいえ妻が身内であるアダーでさえも、完全に騙されていた。ゲインズブール補佐官は、今も騙されたと気がついてさえいないだろう。

 

「オーランド重工オーナーの一族に渡した金塊は功を奏しました。買収についての最終確認の為、前役員が女神様(ルミナスさま)の訪れを終日お待ちしているとの事です。」

 

「そう、良かった。」

 

ルミナスはそれまで楽しんでいた珈琲のカップを置くと、微笑みを浮かべる。

 

「それでは、あまりお待たせしても可哀想ね。皆でオーランド重工株式会社を買収に行きましょうか。車を回して頂戴。」

 

ドレスでも買いに行きそうな軽い口調でルミナスが宣言する。アダーは喜んで答えた。

 

「はい、喜んでお供します、女神様(ルミナスさま)。」

 

 

 

 

 

オーランド重工株式会社は、アサポート星系に本拠を起き航宙軍に納入を許された格式ある企業である。数年前に性能偽装問題が発覚し、以降はその経営は揺らいでいた。その製造品は戦艦から脱出ポッドまで多岐に渡るが、そのほとんど全ての製品で偽装が発覚した為だ。

 

現在のオーランド重工は、偽装の発覚した製品の購入を航宙軍より納入禁止とされた。生産販売までは可能なものの、航宙軍向けではなく星系政府相手の利幅の大きな市場からも締め出された。となると横の繋がりで他のメーカーに引き取ってもらうくらいしか逃げ道がない。これらの製品は迂回して航宙軍に納入されるのだが、検査費用という名目で利益は他社にほぼ独占される。

 

一言で言うならば今のオーランド重工は『経営破綻寸前』である。ただし、バクスとの戦争の最中である為に停滞は許されない。オーランド重工はアデル政府の指示により同業他社に部品を生産し続ける為に経営破綻さえ許されないのだ。その寿命は何度もアデル政府の手で強引に延命されていた。

 

「お待ちしておりました、使節閣下。」

 

オーナーであるパリス・オーランドはルミナスを出迎えて頭を下げた。そして使節の傍に立つ女性に微笑みかける。一族のこの窮乏を救う救いの女神に。

 

彼女と出会ったのは偶然だった。たまたま呼び出されて訪れたホテルのラウンジで、隣に座った美しい彼女にパリスが一方的に惚れ込んだのだ。彼女はソフィーアと名乗った。ソフィーアは、その日に到着したばかりの異国の外交使節の一員だと自己紹介した。

 

パリスはそのまま夜の街に彼女を連れ出した。そしてそれはめくるめくような夜となった。だからこそ、『我が女神様(ルミナスさま)なら貴方の会社を救える』と提案されて一も二もなく飛びついてしまったのだ。

 

「ソフィーア、またお会いできて嬉しいです。」

 

敬慕と愛しさのないまぜになったような目でカレイド卿はパリスに見つめられていた。それは彼女の側にはすっかり馴染みある視線である。フェロモンで骨抜きとされた男は、皆このように従順さをカレイド卿に際して示すのだ。

 

それにしても今回は急ぎの仕事だった。だから展開を急いで普段は秘している名前まで知られてあるが、後で口止めをしておかなくてはならないだろう。それでも、とカレイド卿は考える。

 

(男を誑かすのは楽しいもの。昨夜はヴァルターにとても見せられないような姿だったけれど、主命だからこそ断れなかった。だから許してね、ヴァルター。)

 

主命をいいことに、普通の夫には到底言えない秘密を抱え込む。その背徳感は彼女にこれまでにない性的興奮をもたらす。今のカレイド卿は、誘惑に弱い妻という役どころを完璧に物にしていた。彼女にとっては、男達を誘惑する役回りは天職のような物なのだ。

 

「親愛なるパリス、我が主をお連れました。貴方の一族の窮状をお救いくださるのは、女神様(ルミナスさま)をおいて他にはおられないわ。」

 

この数日の逢瀬でパリスが手にしたのは、カレイド卿の身体だけではない。逢瀬を重ねる内に、金塊も彼の手に渡っていた。それは主に記録されない財産として、役員達に手渡された筈である。必要ならカレイド卿は自身で説得にあたろうとパリスに申し出たのだが、彼が必要ないと断ったのだ。

 

掌中の球であるソフィーアことカレイド卿を他の男の目に晒すのを嫌ったのだ。もし他の男にいかがわしい行為をしたりしたら、彼の理性は砕け散っていたかもしれない。カレイド卿にしてみれば、男を相手にするのは介護のような物。慣れきっており、それでいて中々楽しめる作業でしかないのだが。

 

「ソフィーア、役員連中の全員を集めました。条件がまとまり支払いを確認次第、私の会社を貴方方に託します。」

 

 

 

 

 

ルミナスは役員用の会議室で全役員を前にしていた。

 

「今日は皆様に計画を披露しに来ました。」

 

ひらひらと彼女の手にした扇が宙を舞う。その風にフェロモンが散布されて部屋中に広がるが今日は放出量を抑えていた。反感を抑える程度の量であり、性的興奮までは惹起させない。余計な欲望は建設的ない話し合いをする上ではノイズでしかない。今回は純粋にビジネスの話として彼ら自身に決心させる必要があるのだ。

 

「我々はこの会社を公開買い付けします。オーナーから買収に同意頂いていますし、会社の経営状態的にも問題なく進むでしょう。アデル政府保有の銀行には充分な口座残高があります。こちらの指示に忠実なら、経営陣の交代は一切行いません。」

 

こんな会社の経営に携わる暇はないもの、と言いたげなルミナスに役員の一人が疑問を投げかける。

 

「こんな倒産しかけた弊社を買収される目的は何なのですか、使節?」

 

パリスの耳打ちを受けたカレイド卿が、サッとペンを走らせる。そしてルミナスの前の机に飛ばすような勢いでメモを滑らせた。ルミナスは視線を下に向けてメモの中身を拾う。そこに記されたのは相手の名前である。

 

「オサリバン常務ですわね、初めまして。」

 

ルミナスは優雅に一礼した。

 

「こちらの望みはシンプルです。指定製品の航宙軍への納入はこれまで通り続けてください。航宙軍本部には既に継続発注を依頼済みです。そして余った全リソースを、我が婚約者の為に使用して欲しいのです。」

 

「婚約者、そうかあのコリント少将ですか。」

 

ようやく繋がったと言う風に、オサリバンが呟く。

 

「はい。我が未来の夫の戦艦は現在もアデル政府より充分な補給を受ける事が出来ていません。そこで私は今回の買収を考えたのです。航宙軍の艦隊装備全般を取り扱うオーランド重工なら、アランが必要とする品が全て揃うでしょう。」

 

「しかし、コリント少将も貴方も外国の方だ。このような取引は可能なのですか?」

 

予期された質問にルミナスは微笑む。

 

「これは正当な商取引です。株の買い付けも、装備の購入も。そして我が国に権利として認められています。その証明の為、公的書類が作成されています。」

 

ルミナスの意を受けたマシラが前に出る。彼女が配布したのは、ゲインズブールから入手した書類のコピーである。

 

「日付、対象品目、対象地域。全て問題ありません。サインも元首直々にサインされ、電子証明されています。」

 

マシラが指摘する箇所に役員は目を走らせる。

 

「・・・確かにこの内容だと戦艦まで売買して良いようだ。戦艦に積める物なら何でも取引可能ですな。それこそ、ノヴァミサイルの売買まで特別に明記された証明書は初めて目にしました。」

 

オサリバンの反応にルミナスは笑みを溢れさせる。

 

「うふふ、私からお願いして付け加えていただきました。まあ、兵器市場に出回るような品ではないかもしれませんが、買える道を確保することは大切でしょう?」

 

ルミナスが妖しく微笑む。今の彼女は未来の夫の為に武器を調達する怪しい武器商人を完璧に演じていた。

 

「ご用の向きは理解しました。コリント少将の目的はあくまでバクス退治のためでよろしいのですな?人類に、いやアデル政府に弓を引く為に使われるのは容認されていないのです。」

 

「そうですね。アランは主にその力をバクスとの戦争を終わらせる為に使用します。しかし購入希望する品目にはパルスライフルのような品もあります。あれは対人兵器なのでしょう?ですからバグスだけに使うとはお約束出来ませんわね。」

 

ルミナスの言葉に役員一同は顔色を変えていた。兵器が人に使われるのは想定内である。アデル政府を慮っての形式的な質問だ。それより聞き逃せないのは、その前に放たれたワンフレーズだ。

 

「バグスとの戦争を終わらせる、のですか?」

 

カレイド卿の走らすメモ書きによれば、今度の質問者はラミルソン専務となっている。

 

「ええ。我が未来の夫アランはバグスを永久に打ち負かします。そうすれば、この無益な種族間戦争も終わります。だから皆様の力を、我が婚約者たるアランに貸して下さらないかしら?」

 

 

 

 

 

「買取価格は実に素晴らしい。ですがこの品目には、一つ大きな問題があります。」

 

用意された購入品目リストを検分し終えたラミルソン専務がそう切り出した。

 

「残念ながら当社にはギャラクシー級戦艦の製造能力がありません。」

 

社長の持ち込んだこの話を逃すな、やめておけ。こんな好条件の買取価格などいつ以来か分からないのだぞ。そんな同僚役員達による無言の抗議の視線を全て振り切って、ラミルソンは会社の恥を晒した。

 

「更に言えば、検査偽装の事はご存知でしょう。当社の品質管理では、まともな方法では完成が危ぶまれます。当社の開発したAIの品質が課題なのです。他社のAIを時間貸ししてもらって品質検査を行うにしても、費用が高額になりすぎてまともな方法では儲けが出ないのです。」

 

「・・・正直なのね、貴方。」

 

ルミナスは微笑む。傍でマシラが何かの準備を始めた。

 

「大丈夫、その点は想定済みです。〈イザーク〉姿をお見せなさい。」

 

ルミナスの声に反応し、マシラが開いたトランクの中からAIが起動し仮装表示が立ち上がる。その姿は少年くらいの容姿をしたAIの仮想外見だった。イリリカ王国の関係者がみれば、その姿にジノヴァッツの面影を見出したかもしれない。

 

「はい、女神様(ルミナスさま)

 

「この〈イザーク〉は、発注する戦艦の艦載AIとなる予定です。このAIに全工程を管理させます。その能力は当然ながらギャラクシー級に相当します。いえ、イーリスと同等なのでスターヴェイク級というギャラクシー級を超える新たな等級になるのだったかしらね。」

 

役員一同は驚いていた。トランクケースで持ち歩けるAI自体は存在している。しかしそのサイズでギャラクシー級、いやそれを超えるスターヴェイク級の艦載AIなどこれまで見た事も聞いた事もない。

 

「この者のAIとしての性能は保証しましょう。製造ライン構築の為に置いていきますので、全生産品の性能検査は存分に。但し、戦艦の生産を開始したらそちらを最優先ですよ。」

 

ルミナスがやんわりと釘を刺す。

 

「それはもう、分かりました。AIの性能が本物なら、材料調達次第で生産日時が算出できます。」

 

ラミルソン専務の言葉に、ルミナスは『そうそう、言い忘れていました』と返した。

 

「戦艦の材料は全てこの敷地内に納入されます。〈イーリス・コンラート〉の補充部品の材料と共に。グループ企業や協力企業に必要な仕事を回すのは構いませんが、材料はこちらを使用してくださいね。強度が違いますので。」

 

「あんな額での買取を提示頂いたのに。ざ、材料まで提供頂けるのですか。」

 

「ええ。だって、私達は皆さんのやる気を買いたいのだもの。全工程を組み直す管理用のAIを貸し出し、金属材料は全て提供します。必要なら食料の面倒と当座の資金として代金の前渡しをしましょう。まずは〈イザーク〉と相談して、最適な生産プランを立案してください。」

 

ルミナスは役員会を見渡した。後は実際に作業させないと彼らも分からないだろう。

 

「・・・では、これくらいでいいかしら?」

 

「はい、ルミナス様。後は私とオーナー社長で株の取得の話し合いを致します。」

 

社長のパリスを籠絡する為のドレス姿でありながら、軍人らしいピンと背筋を伸ばした姿勢でカレイド卿が答える。

 

「株の入手以後も、事業の決済と以後の立ち合いは貴方に委ねるわ。当面は私に付き従わず、こちらに詰めていても許しましょう。買収成功後の肩書は、会長でいいのではないかしら?」

 

さらりとカレイド卿のオーランド重工在住を命じると、ルミナスはマシラに頷きかけた。

 

「皆様にお土産をお渡しするのを忘れないでね。」

 

そして役員に向き直ると、再び扇子を振るわせてルミナスは別れの挨拶を述べた。

 

「では、皆様ご機嫌よう。」

 

慌てて立ってルミナスを見送ろうとする役員を押し留めるかのように、マシラがそれぞれの役員の机の上に金のインゴットを1つずつ積んでいく。

 

「ルミナス様のお気持ちです。収入としで申告されるかも含めてお好きな様に処分を。」

 

テキパキと金のインゴットを配り終えると、マシラはアダーに触れて声をかけた。

 

「後は頼みましたよ、貴方。」

 

フランツイシュカやクリスティーナというルミナスの護衛はとうに姿を消している。ルミナスをあまり待たせないように急がねばならない。退室の際に一礼すると、マシラはそそくさと会議室を後にした。後に残ったのはカレイド卿とアダーだけである。

 

「では改めて私から、次回の〈イーリス・コンラート〉寄港までに優先確保頂きたい品の説明を開始します・・・」

 

アダーが説明を開始したのを見計らって、カレイド卿は社長であるパリスと共に会議室から姿を消した。彼らはこれから、株式取得の為の親密な打ち合わせがある。今日は人が多い、社長室の扉が分厚いと言っても声を潜める必要はあるだろう。




人類スターヴェイク陣営は、2隻目の戦艦の建造に入りました。イーリスと同型艦であり同様の能力を有する事となります。また〈イーリス・コンラート〉への補給も同時に実行されますが、これは改修の素材も含めます。ギャラクシー級としての主砲や副砲が正式に追加される為、難破時点の兵装から大幅に強化される事となります。

この作品世界では『艦名と艦載AIの名前は一致する』というルールがあります。イーリス以外では、原作ではテオが例となっています。これを踏襲しますので、新戦艦の艦名は艦載AIから〈イザーク〉です。

イザークについては作品内では過去に謂わば敵側として登場させた訳ですが、ルミナスに従うAIとして本来の関係性を取り戻す事となりました。この辺りは物語が対バクス戦争まで続いたからこそ、この展開まで辿り着けたと感じています。

また少し前に十人委員会がギャラクシー級を建造していますが、感想で指摘されたように古代中国の名馬の名前です。名馬とはいえ馬の名前を艦名にするのは航宙軍的常識からすると『あり得ない』対応です。

中で働くのがクローンという事もあり区別する意図と一般には説明されていますが、十人委員会側の差別意識の一端を示す表現として意図しました。
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