【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる)   作:高坂 源五郎

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Ⅳ 対バクス戦争の終結 104話 【ルミナス篇②】 外交使節歓迎式典

Ⅳ 対バクス戦争の終結 104話 【ルミナス篇②】 外交使節歓迎式典

 

▫️惑星アレス 近傍宙域▫️

 

ドラゴンであるグローリアは、自分の子供達を引き連れて川辺で甲羅干しをしていた。魔素を操る能力に長けたドラゴンは、魔素の操作のみで体温調整が出来る。だから水浴びした後に時間をかけて甲羅干ししなくても良いのだが、我が子達にはドラゴンの心得として魔素が枯渇した場合の作法を教えておく必要があった。それに甲羅干しは、子に教えるべき清潔で気持ちが良い習慣だ。

 

ここはグローリアとヴァレリウスに割り当てられた広大な狩猟場である。実際はその狩猟場は大陸にも等しい大きな島であり、その島は宇宙で建造中の戦艦の中にある。その中で子供を育て狩りをするのがグローリアとヴァレリウスの役目である。

 

スターヴェイク級戦艦の建造にあたっては、予め人工天体の内部に魔素を充満させなくてはならない。魔物は造物主の残した技術で大量に生産できるが、それを食物連鎖として機能するよう既存の生態系に合致させる必要がある。この生態系の最適化調整こそが、彼らドラゴンの役割である。もしかしたらそれは造物主の時代からそうだったのかもしれない。

 

こう書くと難しく聞こえるが、実態としては食物連鎖の頂点としてドラゴンがドラゴンらしく振る舞えば何も問題なかった。魔物は日々の活動で魔素を吐き出す。人工惑星内部に大量に放たれた魔物は、ドラゴンとて到底狩り尽くせない。

 

魔物の運動量が活発になると魔素の放出量は上がるし、死亡した際には最も体外に魔素を放出する。ドラゴンとしては適度に走らせてから獲物を仕留めればいい。それは子供達に狩りを教える方法に完全に一致する。

 

まずはそれぞれの魔物を繁殖させて数を増やす。そして食事の対象とする事で必要なだけ間引く。数が増えすぎたらゴブリンだって頂くし、狩りの手下に使えるワイバーンは食べるのを我慢してやってもいい。

 

この任務はグローリアとヴァレリウス夫婦にとって2回目だ。やり方を全て飲み込んだ今回は、人の手を借りずに全てがうまく回っていた。初回の前回は抱卵中だったのでそれなりの苦労もあったが、今回は子供たちが無事に孵ったので獲物に不足しないのがありがたい。成果は子供達の体重増加と魔素充満プロジェクトの進捗という形で結実していた。子供達はもうひ弱な赤ん坊という状態を脱し、自前の牙と爪が備わった。今は甲羅干しに飽きて、じゃれ合って互いに噛みつきあって遊んでいる。ああやって、ドラゴンとしての社会性を獲得すると共に獲物の仕留め方を学ぶのだ。

 

(さて、前回の任務の報告をしたいのだが)

 

女王然として寝そべるグローリアの横で、彼女の伴侶であるヴァレリウスがそう切り出した。

 

(構わないわ)

 

グローリアは頷き返す。航宙軍軍人としての階級はグローリアの方が上である。現在はグローリアが少尉に、ヴァレリウスは軍曹になっている。ヴァレリウスは間も無く曹長に昇進するが、その頃にはグローリアは中尉に到達しているだろう。

 

(アラン様が戻られた際、ザイリンク帝国内で新たにドラゴンの集団を従えた。すぐ使い物になりそうな若いドラゴンが雄雌2頭いたのでそのまま(つがい)になりそうだ。)

 

(そう、順調ね)

 

ドラゴンにも言葉があるとは言え、大陸の東西でかなり意思疎通が困難になっていた。今はヴァレリウスの記憶を元に言語を再整備しつつ、意思疎通はナノムを通じて通信するのが当然になっている。ナノムを通じてやり取りすると、人間の持つ概念の多さに圧倒される。そこにドラゴンなりの概念を追加して、新たな言語体系を生み出していく。彼ら夫婦の会話が、今後のドラゴン全体の言語の基軸となるだろう。

 

(以前、君が決闘したというドラゴンの一族のようだ。彼らは魔物が少ない時には海で魚をとらえていたらしい)

 

魔物は大陸中に散っているとは言え、最も多いのはグローリアの一族が縄張りとしていた樹海である。大陸東部のドラゴンは魚という大量に調達出来る獲物で食い繋いだのだろう。しかしながら魔物でなく魚を狩る生活が、ドラゴンとしての程度を低下させていたのではないか。以前戦ったドラゴンは作法を知らず、会話も通じにくかった。やはり魔物を狩ってその肉を常食してこそ、ドラゴンはドラゴン足り得るのだ。

 

(彼らが上手く子供を孵したら、うちの子の配偶者になるわね。)

 

(その筈だ。実は我も雌から(つがい)の申し出を受けたが断ったのだ。)

 

考えられる話である。ヴァレリウスはおそらく相手の雄ドラゴンよりも立派なのだろう。雌としてより立派な雄を好む傾向はある。しかし、『いでんてきたようせい(遺伝的多様性)』が問題となるとかつてイーリスが言っていた。

 

(よその雌に手を出したら、タダではおかないわ)

 

(分かっている。だから断ったと言ったではないか。)

 

グローリアとヴァレリウスはしばし噛みつき合い、じゃれあった。本気で噛んではいない。これも夫婦のスキンシップである。ギリギリだが、それは甘噛みの範囲をやや逸脱していた。それでも回復魔法(ヒール)が必要とされない範囲に留めてある。

 

(まあ心配せずとも、まだまだドラゴンは増えるでしょう。)

 

ザイリンク帝国のある東部だけでなく、大陸の西側に隠れ住んでいたものもいる。そういったものも集め、保護する。そして族長が区分けした新たな狩猟地にそれぞれドラゴンの集団を放っていく。

 

(この艦の魔素もそろそろなんとかなりそうだそうだ。3隻目の計画もあるらしい。)

 

(もうそんなに。)

 

新たな大陸と見まごう程の巨大な船である。そう何隻も作れるものではないと思うのだが。ただ、ドラゴンはこの任務に適しているらしい。族長やイーリスも驚く速度で環境を整えられた。それもあっての3隻目建造予定なのだろう。

 

(流石に3隻目迄で、それ以降の建造は控えるそうだ。魔石のストックを用意しないと不安だそうだからな。)

 

グローリアも現在のイーリスがドラゴンの魔石を軸に動いていると知っている。彼女が先祖達の核であった巨大な魔石を使っていいと言ったのだ。この艦を作るのに最低でも2つはドラゴンの魔石が必要となるらしい。不足の事態に備えると、そう簡単に数を増やせないのだろう。

 

(必要なら、あなたに言い寄るその雌から魔石取り出せばいい)

 

(そういうな。アラン様はまだ大陸内には人知れず眠るドラゴンの巣穴があり、ドラゴンの魔石が眠っているとお考えだ。そんな品が見つかれば、新たな艦も建造されるだろう。)

 

(いずれは、子供達の一人一人にこのような艦の任務を割り当てたいものだわ。)

 

グローリアはそう夢見る。このような艦の一つ一つは、ドラゴンにとって専用の王国足り得る。彼らの子供達にこれほど満足できる土地を渡せたら、その地でドラゴンは大いに数を増やせるだろう。

 

(未来の話だが、ドラゴンが増えれば艦の数も増えるさ)

 

過去から甦った古のドラゴンのヴァレリウスは、そう言って自慢の妻の身体と自分の体をくっつけてあった。こうして身を寄せ合う。それはドラゴンも人も変わらない、夫婦の親愛のサインなのだった。

 

 

 

 

 

▫️〈イーリス・コンラート〉 仮宮殿▫️

 

「ルミナスからの報告で、オーランド重工は予定通り株を取得し支配出来たそうだ。」

 

「これで〈イーリス・コンラート〉の武装の強化も進みますね、アラン。」

 

朝食の席での俺の言葉に、セリーナがそう言って応じる。エルナはこの話題に興味を示しているようだが、リアやウルズラの反応は薄い。それらオーランド重工取得による、装備強化の必要性がピンときていないからだろう。

 

人類銀河帝国内には暫定的な和平が成立し、妻達と共に朝食を摂りながらの現状確認がこの所の俺の日課となっていた。艦橋に当直士官を残せば、皆で食事を楽しむ時間も捻出できる。

 

朝食を済ませた後は、それぞれ急ぎの仕事の差配をすることになる。商業ギルドの通信網は、超光速(FTL) 通信を経て宇宙空間を航行する〈イーリス・コンラート〉に繋がる。軍人である俺やセリーナやシャロンはまず軍務を優先しなければならない。そして他の妻達にもそれぞれ女王としての仕事がある。技術の進歩によって宇宙にいても、統治者としての役目とは切り離されないようになっていたのだ。

 

「おっと、ルミナスが難民の受け入れを巡る交渉で人類の居住可能な星系を2つ入れたそうだ。」

 

ラーダ星系とカフト星系。どちらも〈イーリス・コンラート〉が難民を収容した星系だ。

 

「それは凄いな、流石は女神様(ルミナスさま)だ。」

 

「星いえ星系ひとつ丸ごとだなんて、その価値は計り知れない。それを2つもか。その土地には相応しい新たな支配者が必要だな、アラン。」

 

今度は素早く反応したのはリアとウルズラだった。王族とは土地に反応するように出来ているらしい。対してセリーナやシャロンの反応は薄い。バグスが侵攻済みの星となると厄介だと考えているのだ。エルナは今回も関心を示すに留まっている。新たに女王に即位したばかりのエルナには、関係ない話とわかっているようだ。

 

「星系の支配者を、こちらで決めてしまえるのか?」

 

俺が呟いた疑問の答えを探そうと、お代わりをよそうために席を立っていたシャロンが空中表示させた画面を俺の背中越しに覗き込む。

 

「合意内容を見る限り、王政の国家を樹立しても問題なさそうですよ、アラン。」

 

今回の費用は既存の開拓失敗を清算する内容だ。新たな惑星国家の樹立についてはフリーハンドのようだ。それこそ、誰かを領主として丸投げしても良いらしい。

 

「ラーダ星系は交通のハブね。発展が約束されてるけれど、バグスも付け狙う。一気に大量の植民を行わないと人類が根付かないかもしれませんね。」

 

「大身貴族でないと成し遂げられないな。能力と人望を兼ね備えているとなると、選定が難しいな。」

 

人類銀河帝国の加盟星系でも王政の国はある。きっと人類スターヴェイク帝国と人類銀河帝国の民が混じり合う土地になるだろう。融和を目指す上では、格好のモデルケースとなるかもしれない。

 

「アラン、妾をその新たな星の支配者にしてたもれ。」

 

つと席を立ったウルズラが、シャロンと入れ替わると俺にしなだれ掛かっておねだりをする。その様はまるで猫が飼い主に甘えて、頬擦りしているかの様だ。

 

「セシリオはいずれルージの子に王位を継がせねばならない。我が未来の娘を嫁がせるとはいえ、妾とそして妾とアランの子には新たな王国が必要なのだ。」

 

「ウルズラ、以前申し合わせをしたでしょう。朝食の場でアランを誘惑するのは厳禁です。アランはこれから政務があるのですから。」

 

エルナが俺が存在すら知らされていない妻達の取り決めを持ち出して、俺の唇に指を這わせてキスをせがもうとしているウルズラを諌めた。こういう場面では、リアの尖兵として相手に挑むのがエルナなのだ。

 

「アランと朝食を共にする機会など、滅多にない事。・・・少しくらいは、こうして夫と触れ合っても良いではないか。」

 

「アランを籠絡して有利な条件を引き出そうとしているのが問題なのです。今は夜毎に、それぞれ担当を割り当てているでしょう。」

 

「足りない、足りない、足りない。妾はセシリオの皆の期待を背にしているのだ。」

 

ウルズラは抗弁するが、先程よりは少し腰が引けていた。ウルズラの政治的な立場が不安定なのも分かる。いずれ国を娘夫婦に明け渡す約束となっているからだ。そうすれば若き国王の父としてルージ王子の権力が増す。そしてエルナ、セリーナ、シャロン、アリスタとも異なり新たな王国を任されたと言う訳ではない。

 

ウルズラは皇帝の妻でありセシリオの女王であるが、支配する国を持つ地位から滑り落ちる可能性がある。その恐れから『若さを保って寵愛が薄れぬうちに何とか約束を取り付けよ』と、祖父のモレル大将軍あたりに言い含められているのだろう。

 

セシリオは比較的飢餓や戦争の影響が少ない。俺の統治する諸国の中ではほぼ無傷で戦争を乗り越えた。セルナンデス大将軍は戦場で討ち果たされたが、彼とその部下の死が最大の損害と言える程度だった。双璧と呼ばれたもう一人の大将軍であるモレル大将軍が果たした役割が大きいのだろう。国が順調に栄えているからこそ、その様な国を明け渡すのを惜しむ気持ちも理解出来る。いずれにせよ、ウルズラの貢献に対する報酬は必要だろう。

 

「確かに、政情をより安定させる為にセシリオからラーダ星系に開拓の民を送るのも手だろう。この条件なら、新たな政治体制の国を起こしても文句は出ない筈だ。ウルズラを女王とする星系国家を作ることは可能だ。」

 

セシリオの場合、厄介なのはルージもウルズラも共に国を二分する勢力である事だ。それぞれに従う者の数が多い。セシリオ国内で平和的に折り合う道筋はつけてはいる。だが世代交代で混乱が生じるのは見えている。新たな土地を用意してウルズラを女王として即位させる事は、政治的混乱を避けると共に大規模な開拓集団による新王国の建国という可能性を実現出来るだろう。

 

「そ、それなら是非頼み込む。この通りだ。代償として妾個人が出来ることなら幾らでもアランの願いを聞いても良い。妾の臣下達がルージの子の治世の下で肩身の狭い想いをしないように、報いてやりたいのだ。」

 

それは切実なウルズラの願いだった。彼女とて私利私欲ではないのだ。そもそもセシリオの政情の不安定要因はこちらが蒔いた種でもある。

 

(やはり、ここはウルズラを満足させておくべきか)

 

セシリオの民をルージに従うものとウルズラに従う者に二分する。それは惑星アレスを支配するリアの統治の安泰にも繋がるだろう。エルナやアリスタの様に身内が少ない場合、どこかの国の王族なき国の女王としても軋轢は少ない。支配する集団が既存の民の住む土地に押し寄せる訳ではないからだ。今回はセシリオという集団に、難民を吸収する形となる筈だ。

 

「どうだろう、リア?」

 

こちらの会話に耳を向けながらも、悠然と食事を楽しんでいたリアが会話に参加した。

 

「アランと関係の無い者に任せるより、私とアランが知る相手に任せる方が安心だ。」

 

そう言ってリアは新たなパンを千切り、バターに手を伸ばす。

 

「女王の地位をすでに得ている者が、その民を引き連れて移住するのは悪くない。新たな星は、私達に与した者達への正しい報酬と見られるだろう。」

 

正妻たるリアの賛意に、ウルズラが目を輝かせる。

 

「おお、ありがとう。ありがとう、クレリア殿。」

 

リアに頬擦りして喜ぶウルズラを、リアが迷惑そうな顔をして耐えていた。つと席を立ったエルナがウルズラをリアから引き剥がしに掛かった。俺の時は口で注意するだけだったのに、リアに迫られるとエルナもウルズラに容赦がないな。

 

「もう一つのカフト星系はどうするの、アラン?」

 

横で揉み合うウルズラとエルナを横目で気にしながら、リアが俺に尋ねる。カフト星系は重要度ではラーダ星系に劣る。だが人類の居住可能な惑星の地位は重い。やはりここは俺と繋がりのある相手に任せるべきだろう。

 

「そういう方針なら、今回の責任を取らせる意味でもルミナスに任せてみようと思う。」

 

リアの支配する惑星アレス。ルミナスの支配するカフト星系の惑星ベリル。そしてウルズラの支配するラーダ星系の惑星アンネット。正直これら2つの星系を手に入れられた幸運が信じられないほどだが、いずれもバグスの支配下に一度は落ちた守りにくい星系だ。特に交通ハブであるラーダ星系は重要だ。バクスにラーダ星系の先に侵攻されないように、星系防衛の責任をこちらに丸投げする意図もあるのだろう。

 

「バグスに対しての救援が間に合わなければ、また地上戦になりますね。」

 

セリーナが少し心配そうに述べる。

 

「スターファイターも配備できる。それに俺達なら救援は間に合う筈だ。セシリオの主力はかなりの割合を連れて来れるだろう。ルミナスの方も兵力は問題ない筈だ。」

 

ルミナスの影響力は軽視できない。アラム聖国は文字通りルミナスを崇めているし、イリリカも今となってはルミナスの属国という扱いとなっている。イリリカを従えたこの機会に、アラム聖国とルミナスの距離は少しあけておきたい。アラム聖国は本来は女王クレリアに服した国なのだ。イリリカとアラム聖国の民から植民団を募り、ルミナスを女王とする新たな星系に送り込む。そうすれば、サイヤン帝国の一部が再び星を得る事になる。

 

そういえば、人類銀河帝国にもサイヤン帝国の民がいる筈である。二千年前の事なのだ。今更どうこうという事はないのかもしれないが、ルミナスの元に馳せ参じる者も人類銀河帝国の中にはいるのかもしれないな。

 

「アラン、星を得た礼は後で入念に行うぞ。妾も、これから子を幾人も産まねばならないしな。」

 

胎児を培養槽という人工子宮で育てる計画を知って、リアやウルズラやエルナは色めきたった。人工子宮は多くの子を産む事を可能にする。それでいながら活動できる時間が長い。そして何よりも健康で子が産まれてくるという保証の価値の高さに、女性達は着目するものらしい。また味覚の変化やつわりもないし、産後のスタイル維持も不要となる。

 

「ここならば、私も多くの子を持てよう。」

 

出産が死のリスクと緊密に繋がる世界からすると、やはりこの技術は垂涎の的となるらしい。

 

「ラーダ星系やカフト星系で2つの世界が混ざり合う中で、こういった技術は自然に広がるだろうな。」

 

惑星アレスにも良い面が多々ある。若く頑健で勤労意欲も消費意欲も高い民が多い。新世界の開拓には、熱心に取り組むだろう。

 

「そうね。都会に住んでそこの習慣を覚えろというよりも、新たな土地を切り開いて好みの国を作る方が我が星の民の気質に合っているわ。」

 

リアがそう言って、テーブル越しに俺の手を握った。

 

「私達の国を、惑星アレスの外にも広げていきましょう。アラン。」

 

 

 

 

 

▫️アサポート星系 惑星アデル▫️

 

その風変わりな装束の一団は、強烈な暴力と死の匂いを周囲に放射していた。腰に吊るされた剣はファッションでも儀礼用でもない。人を殺す為に鍛えられた重量のある業物であり、どの武具も既に何人もの血を啜っているのは明白だった。いかに綺麗に手入れされようとも、武具の放つ鈍い光沢の禍々しさがその事を示唆していた。

 

その持ち主達は、躊躇なくその剣を振るってこの歓迎式典に参列する全員を殺戮できるだろう。しかし、和平に慣れて鈍感となった会場の者達は、そんな脅威の存在にまるで気がつく様子を見せない。平気で相手の間合いに踏み込み、彼女達を苛つかせていた。

 

死の匂いを撒き散らす者達の中心に座す女性は、オーラが輝きに満ちていた。この為、臣下達のような暴力や死の気配に覆われている訳ではない。だが、彼の目には主人たる女性はより厄介そうに見える。まるで死者の集団を自らの意思で引き連れ、その妄執を実現させようとしているかのように見えるのだ。彼女にはどこか墓地のような趣きがあった。神々しさと共に寒々しさが同居していたのだ。

 

そんな外交使節の女性に付き従う者達の中で、特筆するべきは少女に見まごう程に小柄で黒いドレス姿の女性だった。彼はその死の匂いを充満させた少女の様子に、暫し陶然とした。

 

彼女と視線が交わるだけで、こちらの首を飛ばされそうである。会場内は武器の持ち込みは禁止の筈だが、外交使節の護衛だからだろうか。衣装の一部として剣などの武具は認められたようだ。剣は人殺しの道具ではなく装束と見られたからだろう。その点から察するに、この黒いドレスの少女も何か武器を隠し持っているに違いなかった。

 

「人類スターヴェイクの送り込んだ女性は皆素晴らしい。が、貴方がどうやら1番のようだ。」

 

彼は思わず、その少女の隣の席に許しも得ずに座り込んでいた。話しかけた少女が小首をかしげる。

 

「あら、私を口説いておられるのですか? 残念ながら、私は人妻ですよ。」

 

指し示されたその細い指には金の指輪が嵌められていた。それは剣と魔法の王国の品に相応しく、酷く古風なデザインだった。

 

「私は気にしません。結婚相手に黙っていれば、少しくらいお話ししても分からないでしょう。」

 

「・・・でも我が夫は、この会場におりますのよ。」

 

冷笑を浮かべた顔が、その細い顎を持ち上げる。顎が指し示した先には、外交使節であるルミナスの横で熱弁を振るうアダーの姿があった。アデル政府の要人達と、何か意見を交わしているのだろう。

 

「彼はどうやら、こちらに気づいてなさそうだ。どうですか、貴方さえ良ければ別室を用意させましょう。少しお話でもしませんか。」

 

 

 

 

マシラはルミナスの護衛として、来客と歓談する自分の夫とルミナスの背後を守っていた。その男が会場に姿を現したのはその直後である。一目で、闇の住人と分かった。彼女と同類の人殺しであり、しかももっと性質(タチ)が悪そうだ。

 

『でも、私よりは弱い』

 

その肉体は平均的なアレスの軍人よりは脆弱そうである。マシラに倒せるのは間違いない。しかし、ここは自国ではない。倒すにしても大義名分がいるし、殺してはならない相手かもしれない。

 

「人類スターヴェイクの送り込んだ女性は皆素晴らしい。が、貴方がどうやら1番のようだ。」

 

マシラの前に出て、値踏みするように見てからドンと隣の席に腰掛けるとその存在は抜け抜けとそう言った。

 

「あら、私を口説いておられるのですか? 残念ながら、私は人妻ですよ。」

 

マシラは素手でも人を殺せるし、今もテーブルの上の食器を武器と認識していた。相手に自らの結婚を示す金の指輪を誇示しながらも、その指はテーブルナイフを掴みたくてウズウズしていた。それでも頭の中で懸命に手綱を引く声がした。『まだだ。まだ早い。』と。

 

「私は気にしません。結婚相手に黙っていれば、少しくらいお話ししても分からないでしょう。」

 

「・・・でも我が夫は、この会場におりますのよ。」

 

マシラは自らの視線を動かし、ルミナスとアダーへとその男の視線誘導した。視線を誘導された男が、マシラの夫の姿を確認して言葉を紡ぐ。

 

「彼はどうやら、こちらに気づいてなさそうだ。どうですか、貴方さえ良ければ別室を用意させましょう。少しお話でもしませんか。」

 

男がマシラから目を離した。その隙を逃さず、テーブルから掴み取ったテーブルナイフを相手の喉に押し当てる。

 

ナイフの存在が周囲に見えぬよう、テーブルの上に座り直して相手に抱き付かんばかりに接近して自らの体で覆い隠す。周囲からは口説かれて気を良くしたマシラが、相手に抱きついてじゃれあっているようにしか見えないだろう。

 

「・・・貴方のお名前をお伺いしても?」

 

囁くように尋ねるマシラに、彼は答えた。

 

「お初にお目にかかります、魅力的なお嬢さん。十人委員会のデップ委員ですよ。貴女私が予想した通りの方だ。」

 

その名は『殺してはならない』対象として記憶していた。マシラはじっと相手の顔を観察した。残念ながら嘘や出任せではないようだ。そもそも十人委員のメンバーというのは簡単に騙れる存在ではない。

 

皇帝陛下(アランさま)より、貴方の殺害は禁止されています。」

 

そう囁くとマシラはスッと腕を離す。そして誘惑するかのような素振りで、ナイフを押し当てた箇所を指で圧迫する。こうしておけば、跡が残っても奇異には思われないだろう。精々、宴席でのじゃれ合いの結果としか見えない。

 

「どうやら魅力的な歓談の時は終わってしまったようだ。」

 

何故か些かムッとした気配を見せてデップ委員がいう。皇帝という言葉に反応したようだ。彼はアラン様の事が嫌いなのだろうか?

 

「貴方をこのまま逃しては、末代までの恥となりましょう。我が女神様(ルミナスさま)に、貴方を是非ともご紹介しなくては。」

 

 

 

 

 

ルミナスはアダーと見知らぬ政府重鎮との会話に飽き飽きとしていた。内容に興味はあったのだが、まるで集中できないのだ。彼女は追い求める仇敵の気配を察知していた。しかし視界にその相手を捉えられない。

 

『敵が近くに居るのがわかっているのに、見つけられないのも厄介なものなのね。』

 

ゲインズブールが新たな面会希望者を連れてきた時、アダーにこれまでの政府高官の相手を任せて会話相手を素早く切り替える。ルミナスはそうやって波に乗るのが上手いのだ。

 

「帝国新教会のモスマン師です。」

 

ゲインズブールにそう紹介された聖職者は、ルミナスの前に跪くとその手を押し抱き口づけする。『彼女は、帝国新教会にとっては異教の主ではないのか?』とそう訝しむゲインズブールの前で、モスマンはいつまでもルミナスの手を握り頭を下げ続けていた。

 

「どうしましたの?」

 

ルミナスに促されて、モスマンは頭を上げる。そして声を顰めて用意した言葉を披露する。

 

「この日を長く待ち望んでおりました。女神様(ルミナスさま)、我らサイヤン帝国の遺民は貴方様の忠実なる僕です。」

 

呆気に取られるルミナスとゲインズブールの背後から、ルミナスの侍女が声をかける。

 

「ルミナス様、こちらへ。」

 

有無を言わさず引っ張る侍女に、ルミナスは素直に従った。そう、ルミナスはいつも波に乗るのが上手いのだ。そうやって厄介そうな現場を後にする。後には、ひれ伏すモスマンとゲインズブールが残された。

 

「モスマン師、今のは一体?」

 

「元首補佐官どの。」

 

バサリ、と音を立ててモスマン師が立ち上がる。その姿は女神様(ルミナスさま)の前に跪いた時とは別人のようだ。瞬時に帝国中の信望を集める威厳ある聖職者の姿を取り戻していた。

 

「今、聞かれたことは絶対に口外しない方がいいですぞ。いずれルミナス様のご身分については情報が広まるでしょうが、貴方が口外したと噂になれば天罰が下るやもしれませんな。」

 

凄むモスマンの気迫に、ゲインズブールは自然に頷かされていた。元より、ゲインズブールはルミナスを通じてカレイド卿のフェロモンの支配下にある。彼女達の利益に反する行為は出来ない。

 

「無論です。私もルミナス様のお役に立ちたいと、そう考えています。」

 

それはゲインズブールの影響されたフェロモンの言わせた言葉でしかない。モスマン師がゲインズブールの目を覗き込む。そして彼の瞳孔からフェロモンに冒されたゲインズブールの現状を見て取った。それはゲインズブールに向けられたモスマン師の警戒心を解くのに充分だったらしい。ゲインズブールの素振りを見たモスマン師は、硬化させていた態度を軟化させた。

 

「結構。女神様(ルミナスさま)の為に、職務に励んで頂きたい。」

 

「わ、分かりました。」

 

もしかして俺はあの瞬間に元首陣営を離れて女神様(ルミナスさま)の陣営に鞍替えをしていたのか? ゲインズブールが『振り返るとそうだった』と気がつくのは、だいぶ月日が過ぎてからの事となる。

 

 

 

 

主人であるルミナスを伴って、マシラが再び男性の前に姿を現す。

 

女神様(ルミナスさま)、ご紹介させて頂きます。十人委員会のデップ委員です。」

 

『まあまあ』

 

挨拶の口上を述べる仇敵を前に、ルミナスは考える。

 

(才能に長けた子だと思っていたけれど、いきなり本命を引き当ててしまったのね。)

 

彼女を取り巻く亡霊達が全ての元凶として指し示す相手こそ、目の前のこの男で間違いないだろう。大勢の人の中では紛れて気が付かないが、一度注目してしまえばこの相手から目が離せなくなる。

 

(さて、どうしましょう?)

 

今この場で殺すことは出来る。しかしアランの立場を悪くするし、謎も解けない。他に仲間がいるなら、それらを警戒させる事にもなる。

 

(いざとなれば惑星ごと吹き飛ばす? いいえ、それは流石にアランが許さないわね。)

 

剣呑な事を考えながら、ルミナスは相手に笑って見せた。普段は微笑むに留める事が多いルミナスの笑顔、それは獲物を見つけた肉食獣の示この笑顔にす悦びのようなもの。相手は気を許すかもしれないが、ルミナスをよく知る臣下達の間には緊張感が走る。溢れるような満面の笑みこそ、ルミナスの狩の合図だと熟知していたからだった。

 

 

 

 

 

▫️トレーダー星系 惑星ランセル▫️

 

惑星の天上を埋め尽くしていた大艦隊は、各地に向けてワープアウトして散って行った。それでもなお、バグスを警戒して居残る艦艇はある。その中には複数のギャラクシー級も存在しており、こんな辺境の星には不似合いなほど豪華な艦隊が控えていた。

 

この情勢下では、惑星に展開した宙兵隊などもう不必要な存在に見える。しかしシレン中尉の率いる宙兵隊はランセル残留を命じられていた。

 

「もう、戦争は終わったって事なんですかね。」

 

ビールを片手にシレン中尉は空を見上げた。宙兵隊は24時間警戒体制から通常シフトに戻していた。つまり昼間は訓練を行い、夜は自由とというやつだ。厳しい戦いを終えた部下達には、相応しい処遇と言える。

 

「なんせ、艦隊がバグスの母星系を吹き飛ばしたって話だからなぁ。」

 

同じくビールを片手にしたサンダースが応じた。バグス母星系破壊の映像は広まっていた。であればこそ、皆が平和を満喫する気になっているのだ。

 

「しかしねえ、バクスだって恒星間航行する生物な訳だ。母星が一個とは限らんのでは?」

 

酔ったクラファンが縁起でもない事を言い出す。航宙軍が『バグスとの戦争はもう終わった!』と言いたがるのも理解はできる。しかしまだバグスが全滅した訳ではない。だからトレーダー星系に不似合いな規模の艦隊も、まだああして居残っているではないか。

 

「これまで以上の数のバグスが押し寄せる事はもうないと判断したんだろうな。」

 

バグスとの戦いは転換点を超えた。ならば襲撃の規模は年々縮小していくはず。それはAIによる確かな推論なのか、それともAIの分析が人類の希望により歪められた単なる願望に過ぎないのだろうか。

 

「おい、あれを見ろ。俺は酔っているのか?」

 

サンダースが無数の光が天上を乱舞しているのに気がついた。それは紛れもなく宇宙にある艦隊の放つ噴射光である。

 

「うわあ、綺麗だなぁ。」

 

シレン中尉の惚けたような声を聞きながら、サンダースの顔がサッと蒼ざめた。

 

「おい、こうしちゃいられん。司令部に行くぞ。」

 

「え、一体何があったっていうんです?」

 

「艦隊が統一行動を開始したら、答えは一つだ。バグズが再びこの地に侵攻したんだよ。」

 

そう言うとサンダースが酔ったクラファンの手からビール瓶をもぎ取った。酔い潰れたクラファンがだらしなく倒れ込む。

 

「だから飲みすぎるなと言っただろう。中尉さん、申し訳ないがコイツを担いでくれないか?」

 

シレン中尉にクラファンを担がせると、司令部に向けて移動を開始しながら通信機を片手にしたサンダースは惑星ランセルの中枢神経を叩き起こしにかかった。




前回に続き今回で、ラーダ星系やカフト星系という人類銀河帝国で戦場となった場所が人類スターヴェイク帝国の領地に組み込まれました。インフラに被害を受け、バグスの襲撃を退け食料を供給する必要なある難民を抱えながらの立て直しは通常の植民よりもハードモードです。国力を大いに削られますが、統一を果たした直後で勢いのある惑星アレスで担当していく事となります。

またバクスが活動を再開しました。彼らも普通に動いているのですが、人類より移動が遅いのでテンポが遅れるのです。この辺りは人類がこれまで上手く立ち回れた大きな要因です。

そんな中、スターヴェイク級戦艦建造にあたってドラゴンの果たす役割を描く事が出来ました。「魔石をもつのが魔物」という明快な原作のロジックの中で、会話可能なドラゴンの位置付けは『魔物なのか知的生命体なのか』という点で非常に悩ましい存在でした。

『生態系調整という使命を与えられた知性ある特別な魔物』というのが妥当な落とし所だと判断しました。グローリアのパートはサラッと違和感なく読めるようになったと思いますが、いかがでしたでしょうか。

今回物語上の敵と判明したデップ委員については再登場の仕方を少し悩みましたが、「先に姿を見せてから追い込む展開とすべき」と判断しました。名前も顔も分からない敵が突如現れるのではなく、敵としての存在をまず認識するところからこの復讐が始まる筈だろうなと。

今回マシラが独特の存在感を発揮してくれています。こういう変化球とも言える『犯人わかっちゃいました』ができるのもマシラならでは。書いていて妙に説得力がありました。ルミナスの臣下の中で、やはり彼女は物語を回転させる力がある魅力ある存在だなと改めて認識させられました。
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