【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる) 作:高坂 源五郎
Ⅳ 対バクス戦争の終結 105話 【ルミナス篇③】 元帥就任
▫️アサポート星系▫️
ルミナスの歓迎式典という歓談の会は終了した。話し込んでいたルミナスとデップ委員は別れを惜しんだ。お互い腹には一物あるのだが、おくびにもその様子を外には出さない。
「お名残惜しいわ。また、委員とお会い出来るかしら?」
「2日後に、帰還する航宙軍艦隊の歓迎式典があります。コリント少将にも、そこでお目にかかりたいですね。」
爽やかに告げるデップ委員の誘いに、ルミナスも笑顔で応じた。
「では、アランにそう伝えておきますわ。」
目の前のデップ委員をルミナスがその手に捕える。それを可能とする為には、まずアランの許可がいる。ルミナスの身が危うくなければ簡単に許しは出そうにないが、ルミナスはその点は楽観していた。危険なこの相手は彼女を認識した。手出しするのをそうそう我慢する相手にも見えない。必ずすぐに反応があるだろう。
アランの許可を得るだけでは足りない。なんと言っても、実行力となる兵の数が足りない。この惑星アデル上で恐れられるような勢力を保持しなければ、この地で何かを成し遂げる事など出来ないだろう。アデル政府の法律では、アデル政府の要人は裁けない。つまり取るべきなのは、武力による非常手段しかない。
「この星でクーデターさえも成し遂げられる。それ程の兵力が私達には必要ね。」
兵力はある。だがこの地に軍勢を派遣する為に、アランを何と言って説得しようか。そう考え込んでいたルミナスを乗せた車が交差点に到着した時、彼女に対する襲撃が開始された。
発煙筒が車の下に潜り込み、視界を奪う。煙の先では、巨大な走行車両が道を塞いでいる。そしてパワードスーツを着込んだ完全武装の宙兵隊がルミナスの車を包囲した。彼らはその権限で車の自動運転でさえ制止させられる。
『武装を外し、全員降車せよ。さもなくば、こちらから踏み込む。』
拡声器越しの声に、異変を察した市民が現場を離れていく。ルミナスの車はパワードスーツサイズの二階建てサイズの大型車両だ。彼らは容赦なく中に乗り込んでくるだろう。
「あの馬鹿共、どうやら本気のようですね。」
車窓から外を眺めたマシラが断じた。要人用のこの車はそれなりに防備されている。だが、宙兵隊相手に無傷で済むはずがない。大体が、この車は自動運転なのだ。惑星管理AIの管轄する下位AIの交通管制プログラムが動かしているに過ぎない。そして簡単に宙兵隊の要請に屈する。
「彼らの車は、自動運転ではないようです。」
「ならば、奪い取りましょう。」
フランツイシュカの声にそう応じると、マシラはアダーを引き連れてそそくさと煙の中に姿を消す。アダーを運転手役にするつもりなのだ。煙幕は宙兵隊の傍若無人ぶりを市民から隠す手段なのだろうが、マシラには好都合である。
「では、私がここを防ぎます。
「ええ、お願いするわ。」
ルミナスは車を降りて敵の前に立ちはだかろうとするクリスティーナの発言に噛み気味に対応すると、彼女をドアの外に押し出した。早くドアを閉めて安全を確保したかったのだ。やはり安全な所こそ、ルミナスの居場所である。
「貴様ら、名を名乗れ。人類スターヴェイク帝国の外交使節
朗々たるクリスティーナの声が響き渡った。しかし悲しいかな。通訳機を通じて漏れ出る音量は人の会話レベルである。数メートルも離れれば聞き取り辛い。戦場に鳴り響く彼女の声も、今は耳を澄ませる市民には意味をなさない異言語でしかない。だが少なくともその声に含まれた堂々たる騎士の誇りは、どちらに正義があるかを聞く者に感じさせる。
「攫う予定の使節以外は殺しても良い。やれ。」
殺気だった声が指示を下す。宙兵は一斉にパルスライフルの斉射を開始した。
「ふん、みくびられたものですね。」
パルスライフルの閃光はバクスの装甲蟲兵以外の大抵の敵に有効である。特に生身の人間に対する殺傷能力は極めて高い。金属鎧を着込んだ女騎士など、簡単に切り裂ける筈だった。
だが宙兵隊の指揮官は知らない。惑星アレスの産するミスリルの鎧はパルスライフルの閃光さえも弾く。護衛としてのコケ脅しに見えた不思議な光沢の金属鎧は、宙兵隊のパワードスーツに劣らぬ実用品であると彼らは知った。
「パルスライフル、標的に効果ありません!」
「仕方ない。
ディスラプターは位相兵器とも称される。物体を破壊する究極の光線兵器だ。対策はシールドによって中和するしかない。車を取り囲む宙兵隊の光線がクリスティーナの鎧に向かって降り注ぐ。しかし
「全く、どこまでも飛び道具頼みとは勇気なき輩ですね。」
クリスティーナが兜で覆われない顔の正面を庇っていた両腕を振り下ろす。そのままブンっ、と振り回したクリスティーナの一撃が手近な宙兵を吹っ飛ばした。パワードスーツを着込んでいてもなお、魔道パワードスーツにパワーアシストされたクリスティーナにすれば人体など軽くて仕方がない。
「殺さずに捕えてください。口を割らせてから、この地の司法当局に引き渡します。」
窓を細く開けて、ルミナスの護衛として居残ったフランツイシュカが指示を出す。司法当局に引き渡すと聞いて、宙兵の指揮官役は怯む様子を見せた。誰の指図か不明ながら、勝手に兵を動かしたのが露見するとマズい立場なのだろう。それを見て、フランツイシュカは当局の関与はなさそうだと判断する。
「了解した。張り合いのない相手だ。」
逃げ惑う宙兵を掴むと、地に叩きつける。そうやって動けなくしてから、クリスティーナがルミナスの車の前に積み上げ始めた。パルスライフルも
「男だろう。打ち掛かってこい。この鎧も、深く突き入れた電磁ブレードナイフは有効だぞ。剣で勝負するなら応じてやろう。」
クリスティーナがそう言っても、剣を使った白兵の経験は宙兵にはない。それでも
「怯むな。怪力と言えど女1人だ。皆でかかれば倒せる。やれ。」
「ふん。一騎打ちの作法も知らない雑兵どもか。」
引き抜いた電磁ブレードナイフを煌めかせ、突きかかってくる宙兵達をクリスティーナは華麗に回避した。電磁ブレードナイフは魔道パワードスーツ相手に痛打になり得る。とは言え、ヒリヒリとした真剣の戦いに慣れたクリスティーナからすると、宙兵たちの攻撃は酷く甘く感じられる。今では
抜き放った剣で宙兵のパワードスーツに突きを入れる。普通の剣で相手の装甲を貫くのは難しいが、剣の与える衝撃は相手を激しく揺さぶり打ちのめす。貫通しない分、与える衝撃は激しい。ヘルメットを被っていてもなお、衝撃は殺しきれない。むしろ叩き放題の標的、決して壊せない玩具だと思えばそれなりに価値もある。
「なるほど、壊れない相手というのも悪くないな。」
クリスティーナの剣は業物とはいえ、すぐに折れた。しかし得物を壊した際の代案についてなら経験豊富だ。二人の宙兵を両手に掴んでぶつけ合う。動かなくなるのを確認すると、逃げる輩の足首を掴んで振り回す。ジャイアント・スイングの要領で、固まる宙兵の群れに投げ入れた。
「撤退、撤退!」
叫ぶ指揮官の喉に、背後から伸びた白いマシラの手で電磁ブレードナイフが突き立てられる。電磁ブレードナイフの強力な刃はパワードスーツの装甲をも貫く。ゴホリ、と喉から音を立てて喉を切り裂かれた指揮官は床に崩れた。残念ながら、宙兵はナノムを使用している。致命傷となり得る刺し傷であっても、ナノムが全力で治療すれば致命傷とはならずに修復してしまうだろう。しかし、当面の行動は封じられる。
「念の為に、もう少し傷を。」
「分かっています。」
フランツイシュカの声に振り向きもせずに応じると、マシラが指揮官の四肢に装甲越しに的確に傷を与えていく。見えるところに傷を残す。そうすれば修復の度合いを監視できる。新たな傷を与えるのも有用だろう。バグスのように、相手を捕食して消化するのが一番確実な対策なのだろうが流石にそこまでは手が回らない。
「それではルミナス様、今の内にご移動を。」
奪った敵の装甲車を、アダーがルミナスの車の横に寄せる。狙撃の心配はないだろうが、臣下達がその身を盾にして
「もう、皆さん大袈裟ですよ。」
捕虜と共に装甲車の中に押し込められ、窮屈な思いをするルミナスがぼやく。しかし素早くルミナスの元に駆け戻ったマシラに一蹴された。
「いえ、御身の安全が第一ですので。」
一同は装甲車でルミナスの宿泊するホテルに引き上げた。逃げた敵もいるが、大半の宙兵は捕らえた。当局に引き渡せば、攻撃原因の一端はハッキリするだろう。
ホテルに帰還して早々、ルミナスはルージを除いた臣下達と作戦会議を開いた。ルージは会場に置いてきている。主君や妻の目を離れて羽を伸ばす遊び人というのが、ルージに与えた役割だからである。襲撃を予期したわけではなかったが、結果としては幸いした。
またアダーは装甲車と共に当局への通報にあたっていた。元首補佐官経由なので、何がしかの進展は得られる筈である。但し、引き渡す前に指揮官の口は割らせた。カレイド卿にかかれば、そのような尋問など簡単至極である。
「それで、やはりデップ委員の差金だったのね。」
カレイド卿の報告に、『彼、そんな幼稚だったのかしら?』とルミナスは目を丸くしていた。会ってその日にもう襲撃されている。手配の時間を考えると、最初に会って即行動を決意しなければ説明不可能な速さである。そしてそんなルミナスの様子を、マシラは不満そうに見つめていた。後手後手に回るようでは、戦いには勝てないだろうと。緊急時には
「はい。多額の報酬を餌に持ちかけられたようです。十人委員の声がかかったので、応じてしまったのでしょう。」
「動きが早いわね。露見しても、揉み消せると考えているのか堂々とされているし。」
カレイド卿のこの報告には偽りがないだろう。彼女のフェロモンの効果は絶対だ。そしてアデル政府の支配する地にいる以上、敵対者が襲撃されるのは予期される事ではある。
今回は金で航宙軍の小規模な駆逐艦の宙兵隊を買収したようだが、規模からしてこれはあくまで小手調べなのだろう。ルミナスには元首の指示で護衛が付いている筈だが、彼らが動く様子はなかった。つまり全て示し合わせていると見える。
「ルミナス様が襲われたのです。護衛の為にも、我が兵を呼び寄せましょう。」
カレイド卿は今でこそ籠絡担当だが、本質は武人でありイリリカ王国の大都督の地位にある。その麾下の兵は未だ健在である。
個人の武力という点はルミナスやルージに次いで低いと看做される。なので今回は帝国装備を使いこなすアダーを下回る弱者としてカウントされているが、剣の腕もそれなりではある。だが彼女の本質は、大兵を動員し運用する差配能力にある。
「よく知らないけれど、人類銀河帝国の宙兵の方が強いんじゃないのかしら?」
ルミナスが心配する。彼女の常識では、剣は銃には勝てない。それが剣でなく槍であっても大差ないだろう。
「心配は要りません。事前にコリント卿、いえ皇帝陛下と共に入念に確認しました。ミスリルの剣や槍はパワードスーツの装甲を貫きます。そしてパルスライフルや
フランツイシュカのそんな言葉を、カレイド卿が引き取る。
「我がイリリカは、ミスリル装備の本場です。主力は皆、ミスリルの剣や槍そして鎧を装備しております。」
「それに数は力です。万の兵の持つ威圧感は、他を圧倒します。」
最後に力の信奉者であるクリスティーナがそう締めくくると、ルミナスも納得した。詰まるところ、武臣連中が『大丈夫』と言うのなら大丈夫なのだろう。腕っぷし頼みのクリスティーナは兎も角、個人の武勇に頼らないカレイド卿やフランツイシュカの見立てはまずまず信頼できそうである。
「そう、それなら安心ね。」
進んだ文明のアデル政府の人々には、相手の首を刎ねて喜ぶ兵は野蛮人の所業にしか見えないだろう。しかし人殺しを躊躇しない野蛮人だからこそ脅威になり得るのだ。
大量の兵士は、その存在自体が凶器である。軽視できる存在ではない。人はナイフを持てば簡単に人を殺せるのだ。一般人にそれが簡単ではないのは、良識や法が妨げるからである。
「今回の襲撃を理由とすれば、兵の参集を当地の政府も断れないかと。しかし、良い指揮官がおりませんね。」
マシラが鋭く指摘する。カレイド卿もそうだが、彼女の夫のアダーは本来は指揮が専門である。しかし妻であるマシラから見て、両者共にその手腕は疑問が残る。務まるのは現場担当であって、全体像を構成する力は弱い。夫に惚れ込んだ妻として「アダーもいずれは大将軍に相応しい才覚を示す」と考えてはいるが、このような急場であれば力不足を否めない。
「指揮者として、ジノヴァッツ様をお呼びしましょう。」
ジノヴァッツ、直接相対した事はなくとも惑星アレスでその名を知らない者はいない。厳密には〈イザーク〉に意識を取られていた時代がそれなりに長いのだが、ジノヴァッツがジノヴァッツでいられた間はまさに無敵の指揮官だった。少なくとも、イリリカ王国側の認識ではそうである。
そしてスターヴェイク級の二番艦の建造が始まって以来、彼を指揮官にする事を彼らイリリカ出身者達はアランに要望し続けてきた。
「彼も、イリリカの古き血を受け継ぎます。なんと言っても〈イザーク〉の肉体なのですから。AI〈イザーク〉との相性も良い筈です。」
フランツイシュカが静かに意見を述べる。別に艦載AIと艦長は同じ人間をベースにする必要はない。だが〈イザーク〉に対するジノヴァッツは、〈イーリス・コンラート〉に対するセリーナやシャロンと等しい。相性で悩む必要のない組み合わせと言える。そして何より、出自からしてジノヴァッツがルミナスに逆らう事はあり得ない。
「ジノヴァッツ殿とは、それほどの人物なのですか?」
ザイリンク帝国出身であるクリスティーナは、イザーク時代のジノヴァッツしか知らない。面識も乏しい。
「少なくとも、イザーク様に意識を取られるまでは何をしてくるか分からない剣呑さがありました。その知略は縦横無尽です。我が夫など、あの方の足元に及ばない。それ程に優れた指揮官である事は間違いありません。」
うっとりとマシラがそう応える。今も、マシラはジノヴァッツを信奉している。アランの妻であるルミナスの前では口にしないだけで、指揮官としてはアランよりもジノヴァッツの方が優れているとさえ考えていた。
マシラの夫への高評価はルミナスの臣下という仲間内で有名である。そんなマシラが自らの夫より遥かに高い点数をつけた。ルミナスにはそれで十分だった。ルミナスは、何といっても常に信頼する臣下の判断を重んじるのだ。それで過去に相当に痛い目に遭ってもいるのだが、妥当な意見に耳を傾けるのは円満な組織運営のコツである。大体はそれが正解なのだし、こうして忠誠心溢れる臣下に恵まれ続けている。
「決まりね。建設中の戦艦の艦長という名目でジノヴァッツを招聘します。イリリカの兵も、世情の不安定さを理由に艦の防衛担当に任じましょう。」
その場の全員がルミナスの決定を受け入れた。ルミナスの要請は、〈イザーク〉が
▫️〈イーリス・コンラート〉艦内▫️
「ルミナスが襲われたそうだ。撃退したそうだが、その結果として厄介な要請が来た。」
俺は印刷された紙片を会議の参列者に対して回覧する。内容はルミナスが襲撃された報告だ。そしてそれを理由としたイリリカ将兵の派遣と、ジノヴァッツの元帥就任の要請だった。ルミナスは無事らしい。厳重に警護をつけたのだから、それは妥当な結果だろう。それでも、俺の妻であり外交使節であるルミナスがアデル政府のお膝元で襲われた事実は重い。アデル政府はどうなっているのだろうか。
「ルミナスの安全確保は必要だとしても、惑星アデルへのこの規模の兵の配備は問題になりませんか?」
会場の参列者であるシャロンが問う。
「大使館を用意して、その中に兵を留めるのは可能だろう。ルミナスの提案通り、オーランド重工に警備兵として派遣する形でもいい。ルミナスが実際に襲撃された事実がある以上、警備や作業員という名目にすれば不可能ではない筈だ。」
少なくともスターヴェイク級の二番艦は、数万の将兵を集結させてでも守るべき対象ではある。ジノヴァッツにその艦を任せたいというルミナスの意向も聞いてはいた。最終的にどうするか、これまで俺が決めかねていただけだ。
「しかし、アデル政府との関係性が。これではクーデターを起こすと見られかねません。」
「そうかしら。イリリカの兵など、宙兵隊の敵ではないと見做されそうだけれど。」
シャロンの指摘にセリーナが疑問を呈する。確かにセリーナやシャロンはイリリカの兵を前にしても引かない強さを見せた。それは必ずしも宙兵の装備だけで成し遂げた事ではないが、アデル政府は共有された戦闘結果しか見ないだろう。
「いずれにしろイリリカの兵だけで、まさかアデル政府は倒せるはずが無い。それに力の本質は航宙軍だ。陸上戦力は歴史的には軽視されている。・・・それより問題はジノヴァッツの元帥就任の方だろう。」
元々、ジノヴァッツの処遇は難しかった。アロイス王国建国の謀略に関与した度合いから言えば、奴は死刑でもおかしくは無い。しかし最終的には〈イザーク〉に意識を乗っ取られていた為に、本人の関与した責任が不明瞭となり開拓地への流刑という曖昧な決着とした。
やはり殺さなかったのは、奴を活用できないかという意識が俺にあったからだろう。優れた将を使いこなせれば、それは大きな戦力となる。惑星アレスにおいて、俺の相手役をこなした知将だ。勝てたのは純粋にテクノロジーでこちらが上回っていた事と、俺が仲間に恵まれたからだろう。〈イーリス・コンラート〉に載せたのも、奴に最低限の現代戦の準備だけは済ませておく意図もあったのだが。
「ジノヴァッツの戦術能力は卓越しています。こちらの出した課題は全てクリアしました。失礼ながら、艦長をはじめとしたこの場の誰よりも良好な成績ですよ。」
イーリスが画面にジノヴァッツの戦績を指し示す。それは〈イーリス・コンラート〉に搭乗後に密かに加えた戦術研修での数値だ。BやAが並ぶパルスペロウの成績に対して、ジノヴァッツは文句なしのオールS判定だ。
「・・・あの男に、現代戦は務まるのかと思っていたが。」
イーリスは『まるで問題ありません』と言い切った。
「彼にしてみれば全てはゲーム感覚なのでしょう。ルールを飲み込めさえすれば何も問題無いようです。むしろ白兵戦に慣れた将軍が、近代戦も担当可能なメリットは大きいかと。」
どれだけ優秀な艦長でも、肉体を駆使した白兵戦は不得手とするのは航宙軍では珍しくない。剣で敵と切り結ぶ事ができた上で、艦隊の指揮を任せられる人材はそうはいないか。
「どう思う、リア?」
俺は振り向いてリアの判断を仰いだ。この問題は難しい。一番の敵を世に放つ事にもなりかねない。
「ジノヴァッツが
リアの答えは単純明快だった。そして満面の笑みで付け加える。
「他の星に来ると、同郷の者を引き立てたくなる。それにアランは一度は奴を負かしているのだろう? アランならジノヴァッツさえも使いこなせるはずだ。」
時にリアの信頼が俺には重いな。だが、使える者は使うべきだろう。リアの言葉に、俺の決心もついた。人材は常に不足している。使えるのなら、使うべきだろう。
「反対がなければ、彼をルミナス傘下の指揮官に任命しよう。」
俺を見返すセリーナもシャロンも反対はしなかった。彼女達も疲弊しているのだ。今でも戦力は不十分である。多方面を相手にするのに、〈イーリス・コンラート〉一隻ではとても足りない。
これ以上勢力を大きくする為には、別働隊指揮官は必要である。それにこちらが恐れるくらいの能力の持ち主でなければ、混迷する単独で戦況を打破する能力などないだろう。どんな大勢力も、別働隊の指揮官を用意できなければ滅びる。勢力が伸長できるかどうかは、まさにこの点に掛かっていると言える。
エルナやウルズラは特に口を挟まないようだ。エルナにしてみればリアの決定に反論する必要もないのだろうし、ウルズラにしてみればどう転んでも損はない以上は沈黙するのが最良なのだろう。外様が抜擢されるのはセシリオ閥の躍進に繋がりうる。ライバルが失敗しても損はない。意外にも、ジノヴァッツの抜擢はあっさりと決まった。
「そうと決まれば、惑星アレスに戻ってイリリカの将兵を乗せよう。その為の下準備は、既にカレイド卿が派遣した副官のミューレル士爵が済ませているはずだ。」
▫️惑星アデル イリリカ王国▫️
ジノヴァッツ!
ジノヴァッツ!
ジノヴァッツ!
会場では、新たな将帥の任命を歓迎するイリリカ将兵の歓声が響いていた。いつか分からぬ出征の日を目指し、イリリカの兵は敗戦の日から再編成と鍛錬を受けてきた。そして今ようやく新たな指揮官の名を告げられると共に、この戦で得られる褒賞内容が発表されたのだ。
新領土獲得、それはクレリア女王の座す惑星アレスからの完全なる脱却を意味する。敗戦したイリリカの将兵のセカンドチャンスとして、新たな星での土地の取得は十二分に魅力的な選択肢だった。同じ人類スターヴェイク帝国である以上、得た土地が気に入らなければ現金化してイリリカ王国に住み続けるのも自由なのだ。
俺は壇上で全将兵の視線を集めながら、目の前の男に歩み寄った。こちらの様子を見て、ダルシム将軍やヴァルター将軍の部下達が非武装のイリリカの兵を鎮めにかかる。俺は兵達の注目する様子を見届けると、表面上は恭しく跪く奴の前で剣を抜いた。そして作法に従って、奴に元帥の任命を行なった。
「貴殿を人類スターヴェイク帝国の元帥に任命する。速やかに、我が敵を討て。」
「御意」
俺を見上げるジノヴァッツの冷たく光る目が「馴れ合うつもりはない」と語っていた。かつて敵味方だった俺達には余計な言葉は不要だった。互いにその役割を全うするだけだ。
それでも奴が俺に加担するのは、こちらが相当に有利だからだ。これは勝てる戦争だと判断しているからだろう。そして勝利への挑戦こそが、彼の様な男を最も惹きつけるのだ。
「新たな星が一つルミナスの差配する国となる。褒章はその星での領地だ。働きに応じて、元帥とその麾下の将兵が受け取る土地を増やそう。新領地の開拓にも、もうすっかり慣れた筈だな。」
奴に元帥位を与えた俺は、跪くジノヴァッツに手を貸し立たせてやる。
「私が元帥となれば、陛下の臣下共も顎で使えますな。」
俺と並んで立ち、名を喚呼するイリリカの将兵に笑顔で手を振りながらジノヴァッツが軽口を叩く。視線の先にはダルシムやヴァルターの姿がある。コイツめ。
「自惚れるな。元帥の上には皇帝だけでなく王や女王がいる。それらに仕える直臣も、元帥の管轄外だ。」
「それは残念。」
そう言って傲岸なその男は、過去を忘れた様子でカラカラと笑って見せた。
「ならば陛下の敵を痛めつけるだけで満足しなければならない様ですな。」
そんなジノヴァッツ様子は、悪事を企む悪漢というよりは『玩具を与えられた悪童』と見るのが相応に思える。ある意味で、彼は純粋なのだろう。マシラのようなイリリカの出身者が、彼を慕う気持ちもなんとなくだが俺にも理解できた。
「働きが悪ければルミナスの意向に関わらず、貴殿を更迭する。気張ることだ。」
そんな俺の言葉にジノヴァッツはおどけた様子で頭を下げてみせた。
「仰せ畏まってございます、陛下。」
▫️トレーダー星景▫️
トレーダー星系に現在展開しているのはギャラクシー級戦艦を主軸にした艦隊である。20隻存在する最新のギャラクシー級は、アイローラ提督とカース提督の指揮下に均等に振り分けられた。
先の戦いでは6隻が大破している。流石にその大破した艦の全てをアイローラ提督側に振り分ける事はしなかった。稼働する14隻を振り分けて、それぞれが預かる戦艦は7隻ずつとなる。
カース提督は麾下の7隻を、全てトレーダー星系に配備していた。最大の理由は『後ろ備へ』としてバグスの追撃に備えてだが、食料供給地であるトレーダー星系を守る意図もある。そしてどうやって知ったのか、バグスはトレーダー星系に押し寄せて来ていた。
『どうやって、この宙域を割り出したのかしら?』
艦隊指揮艦である
これは艦隊を派遣する側の思惑,つまり『働きの悪い艦長は他の候補にすり替えてしまう』という問題解決を容易にする為である。過去に存在した一兵卒から艦長に昇進した黒髪の女性士官をモデルとした彼女たちは、自らの姉妹達と競って上官に忠誠を尽くさねばすぐに更迭される。同じ人物のクローン同士、しかも成績優秀者を競わせるのだ。今の所は彼女達の競争は良い結果を生み、艦隊能力を高水準に維持している。
『バグスも星間航行種族なんだ。星系図くらいは読めるさ』
『なるほど、人間の捕虜に航路を算出させたのね』
『艦隊士官なら、誰でもそれくらいの芸当は可能でしょうね。』
ワープポイントの相関関係を記した星系図は、高速道路のアクセスマップや鉄道の路線図のようなものだ。どこを経由すればどこに到着するかが明白である。このバグスは単に人類を追い求めているのではない。母星系を破壊された復讐の為に,この地に来たのだろう。
『それでは、我が命令に従って迎撃を。』
『断る。艦隊を分裂させて挟み込む方が効率的だ。私が別働隊を指揮しよう。』
『もう、貴方はいつだって私の計画に横槍を入れるのね』
命令系統に些か問題を抱えながらも、
『分かりました。でも余り勝手はしないように』
『おいおい、艦長としては同格なんだ。より優秀なパフォーマンスを示す者が優先されるで良いだろう。』
『さあ、どの艦がより良いスコアを出すか競争だ。』
煽る
『もう、勝手な事ばかり言って!』
そう憤る
『さあ、競争だ!』
目を煌めかせながら、
▫️アサポート星系▫️
「どうしたのです、これほど急な面会要請とは?」
歓迎式典を終えたデップ委員は、その足で元首公邸を訪れていた。元首は式典に少し顔を出すと、すぐ公邸に引き上げていた。なので面会をする為には、わざわざ公邸に足を運ぶ必要があったのだ。どんなに遅い時間でも、元首が彼の面会要請を断らないのはわかっていた。
今頃は彼に使嗾されたとある駆逐艦の宙兵隊がルミナス襲撃を実行している筈である。だが成功の可能性は低いと分かっていた。マシラと名乗るあの美少女一人でさえ、宙兵隊の一個小隊など簡単に駆逐するだろう。彼女が人妻だとは未だに全く信じられない。まあ法を超越する彼にとって、他者の婚姻関係などはさして意味がなかったが。
「ルミナス一行の事です。」
「ああ、コリント少将の妻の外交使節の一団ですか。彼女達が何か?」
「我々が拘束する必要があるのではないでしょうか。」
「・・・それはどうでしょうか。」
元首は渋い顔をした。内乱に終止符を打ったとはいえ、未だ政情は不安定である。バグスを相手にする為にもコリント少将の助力は必要だ。彼の妻を人質とする有用性を理解しないではないが、彼が協力的な間は不要な危険を冒すべきではない。
「それよりも、貴方にお願いしていた例の調査はどうなったのですか。」
元首はデップ委員に、航宙軍のハッキング事件の調査を依頼していた。元首補佐官に任せなかったのは、十人委員という元首の知る最高の権限保持者でなければこの謎が解きほぐせないと考えたからだ。
「ああ。あれはやはり帝国情報部の仕業のようです。」
デップ委員は適当な話を口にする。特別な調査などしていないが、真実ではある。それで元首は満足するだろう。
「情報部がバクスの片棒を担いだと?」
元首は容易には信じなかったが、デップ委員は気にも止めなかった。
「帝国情報部には、AIに対する上位権限があります。それを悪用されたのでしょう。情報部高官がバグスに捕えられた、その結果ではないでしょうか。」
「それは、ハイマン中将ですか。」
今から3年ほど前だろうか。帝国情報部の中将の乗る艦が消息を絶った。それがバグスの襲撃によるとすれば、ない話ではない。デップ委員は話を合わせた。
「今の我らでは情報部の全貌は把握できません。帝国情報部を、今のうちに私の管轄としましょう。」
デップ委員の提案に、元首の表情は曇った。しかし彼の提案は断れない筈である。
「分かりました、いいでしょう。」
「ルミナスの件はどうでしょうか?」
デップ委員の言葉に、さすがに元首も顔色を変える。
「それは、これまでコリント少将懐柔の苦労が水の泡になります。失敗すれば、元も子もないでしょう。」
「何、誰が仕掛けたか分からなければ良いのです。それにコリント少将の妻を捕らえれば、最高の抑止力となるのではないですか?」
強いデップ委員の言葉に、遂に元首は首を縦に振った。
「私は関与しませんが、貴方の邪魔は出来ません。」
「ええ、それで十分ですとも。」
デップ委員は笑った。それは私欲に塗れた邪悪な笑みだった。
一文字も書いてない所に週明け風邪をひきまして、更新無理かと思いましたが薬が効いてきましたので何とか仕上げました。
人殺しになれたイリリカの兵を惑星アデルに送り込むと言うのは、野球で例えると大暴投の感があります。が、ジノヴァッツの起用と相まって「いい子」なだけでは出来ないことをさせる為には必要だなと。
ジノヴァッツの立ち居振る舞いが今後どうなるかは分かりませんが、「ルミナスに手を出すとジノヴァッツと数万のイリリカ兵が出てくる」というのは小説的には面白い展開だと考えてしまいました。
いずれにせよ人類スターヴェイク帝国には別働隊指揮官は必要で、セリーナやシャロンはあくまでもアランあっての存在です。『頭脳としてアランがしない事を出来る。その為の手足が揃っている』為にジノヴァッツ再登板となりました。
さて、どうなるでしょうか。