【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる) 作:高坂 源五郎
Ⅳ 対バクス戦争の終結 106話 【ルミナス篇④】 クーデター返し
▫️アサポート星系 惑星アデル周回軌道▫️
『コリント少将、支援をお願いしたい。些か具合の悪いことになった。』
「・・・どうされましたか?」
『トレーダー星系に対するバグスの波状攻撃が止まらないのだ。既に10回以上の襲撃を退けているが、段々と押し寄せる敵の規模が増している。この様子では、間も無くトレーダー星系での我々の防衛網は完全に破綻してしまう。」
イリリカ兵の輸送の為にアサポート星系に到着した俺は、チートス特使から緊急の支援要請の通信を受けていた。トレーダー星系のバグスに対する戦艦の防衛状況が思わしくなく、こちらに支援を要請したいのだという。
『指示の行き違いとは言え、トレーダー星系では砲火を交えた。そちらに頼めた義理ではないと重々承知している。だが、救援が間に合う可能性があるのは貴艦しかいない。』
申し訳なさそうな顔をするチートス特使の顔は、俺には本心から心配して行動しているように思えた。
「航宙軍はバグスと戦う為に存在しています。全力を尽くしましょう。」
俺のその返答に、チートス特使は安堵した表情を浮かべる。
『おお、支援頂けるか。こちらで出来ることはなんでもしよう。』
そう言って画面内で深々と頭を下げるチートス特使に対して、俺は告げた。
「作戦はこちらに一任して貰います。必要であれば撤退の指示も含めて。」
『戦力の維持の為には撤退もやむを得ないだろう。私も救援を得られなければ、退却を指示するしかないと考えていた。全ての責任はこちらでも分担しよう。』
「そちらの艦艇はまた指示に従わないかもしれません。命令系統の遵守の為に、彼女達に提示できる親書を頂けますね?」
『分かった。すぐに用意しよう。』
俺の傍では、惑星アデル行きが延期になった事でリアとエルナが残念そうにしている。まだ見ぬ都会に憧れを抱いていたりしたようだ。それに俺はルミナス達とまだ合流出来ていない。しかしながら、バグスが相手である以上は事は急を要する。戦線が崩れた後では、被害が急拡大する。バグスを封じ込める為にも、俺達はトレーダー星系へと急ぐほうが良いだろう。
「残念ながら、主力艦隊の凱旋式典への我々の出席は見合わせる形となりますね。」
『その埋め合わせは、何か別の形で負担しよう。また惑星アデルに残られる奥方の事は、こちらでも責任を持つ。』
そう口にする事で、チートス特使はルミナスに対する配慮も示してくれた。俺はチートス特使を全面的に信じているというわけではない。過去にイーリスとの悶着もあったと耳にしている。だが、今回こちらは彼の部下を救いに行く立場だ。今の彼の言葉は本心に沿った内容と感じられる。彼の心からの申し出であると、俺にはそんな気がしていた。
「皆、聞いての通りだ。味方の支援の為、トレーダー星系へ転移する。イーリス、転移座標を計算してくれ。」
艦長として俺が指示を下すと、珍しくイーリスは反駁した。
「艦長。本艦は予定した追加武装の受け取りをまだ済ませてはいません。せめてオーランド重工が製造した砲門の積み込みだけでも終わらせ、それから移動されてはいかがでしょうか。」
〈イーリス・コンラート〉はルミナスの為に移動させたイリリカ兵の展開に時間を食った。この上、艦の追加武装を積んでいては救援が間に合わない可能性がある。それに、追加の砲門を積んだところで組み立てや調整を要する。すぐに使えるようにならない。それなら、今回の支援作戦の役には立たないだろう。
「イーリス、今追加の砲門を積み込んでも今回の作戦には使用できないだろう。それなら、救援を少しでも急ぐべきだ。」
「かしこまりました。」
表面上は素直に、しかし渋々と言った形でイーリスが折れる。イーリスがこんな態度を取るのは珍しいが、それだけこの艦を酷使しているのもまた間違いない。
通常の航宙軍艦艇なら超空間航行という待ちの時間が存在する。そのような折はメンテナンスの貴重な時間となると共に、艦の最新鋭の設備をエラーチェックで落ち着かせて次の戦いに備えて牙を研ぐ為の時間となる。
その点、〈イーリス・コンラート〉は目的地に瞬時に移動可能である。だから戦闘に次ぐ戦闘で、再始動以来は稼働させっぱなしとなっているのだ。人工惑星という外殻をまとって立派な戦艦として再生したように見えても、その中核にあるのは座礁した戦艦でしかない。最適化とやりくりが艦載AIの仕事とは言え、何事も限界はある。普通の航宙軍艦艇なら、とっくに不具合が出てもおかしくない。不具合を心配するイーリスの方が圧倒的に正しいのだ。
「約束する。この支援作戦を終えたら、次は時間をかけて本艦の整備と強化を図ろう。」
オーランド重工の製造する部品は、追加の砲門に限らない。主要なコンポーネントは刷新される筈だった。
「はい。確実に敵を圧倒する為には、本艦のアップグレードは絶対に必要です。どうかお忘れなく。」
ルミナスにはこちらの状況を知らせる通信文を素早く作成する。強力な護衛がいるのだし、要請されたイリリカの兵も送り届けた。あちらは、それで上手くやってくれると期待する他ないだろうな。
▫️惑星アデル 帝国情報部▫️
「・・・なんで俺なんだ?」
デップ委員は、死神の異名を取る目の前の男に微笑んだ。死神はその名の通り、帝国情報部に所属する腕利きの殺し屋である。
「簡単な話だ。お前は首都の治安を預かる警察長官だからな。」
「今、任命されたばかりのようなんだが。」
デップ委員は死神のその言葉を聞き流した。
「その権限があれば、この星の誰でさえ捕らえることが可能だ。その腕を見込んで頼みがある。人類スターヴェイク帝国のルミナスという外交使節を捕らえるのだ。」
「そんな事をして、外交問題にはならないのか?」
「なるさ。だから確実を期して最も腕の良いお前を使う。開始までは気取られぬようにしろ。コリントの妻の身柄を抑えさえすれば、後はどうにでもなる。」
宙兵は人でなくバグスの対応に特化している。人の対応に特化しているのはサイボーグ宙兵隊である。元首はその全てをデップ委員と死神の指揮下に置いた。更には元首の特殊部隊に支援させる。惑星アデルでは、短期間にこれ以上の陸上戦力を集結させるのは難しいだろう。
死神の得物はナイフである。手のひらで隠せるサイズの刃物は、人を殺す為の最も洗練された武器の一つだ。そして電磁ブレードナイフともなれば、それは全てを貫く刃である。航宙軍宙兵の肉体は強化され、素手でバグスと同等まで鍛えられている。しかし確実に敵に勝つ為には、やはり武器がある方が好ましい。そして電磁ブレードナイフこそ、白兵戦でバグスに勝つ最適解なのだ。
ルミナスの護衛は『鎧を電磁ブレードナイフで突いてみろ』と宣言したらしい。ならば惑星アデルの電磁ブレードナイフの第一人者こそ、相手をするのに相応しい人材だろう。本来なら外交使節の護衛など狙撃で簡単に仕留めたいところだ。その為の特殊部隊であるはずなのだが、相手の鎧は近代兵器の攻撃をも無効化してしまう。
「やはり、サイヤン帝国の“遺失兵器”か。あれこそ、我がアデル政府が管理しなければならない物だ。」
作戦手順を考え始める死神を眺めながら、総指揮官役のデップ委員はそう呟いた。彼は『ルミナスを捕えることで得られる成果』を正確に推し量ろうとしていた。
かつてのサイヤン帝国は造物主の技術を吸収し、人類銀河帝国より遥かに優れた技術を誇った。バグスが人類から得ようとしている航宙軍の技術も、元はサイヤン帝国が培いその支配領域内で広めたものだ。未だに、人類銀河帝国の技術は二千年前のサイヤン帝国の水準には及んでいない。それはかつての戦争が劣勢だった事に起因する。ノヴァミサイルでサイヤン帝国の全てを吹き飛ばし、強引に戦争に勝利する。その為に、サイヤン帝国の技術は一部を除いて永遠に失われてしまった。
「サイヤン帝室の者だけが、封印を解除して“遺失兵器”を再現する事が出来る。もう同じ失敗は許されない。アデル政府による人類銀河帝国支配の永続性の為に、全ての技術は我らが手に入れなければならない。」
兵器を完全に防ぐ魔法のような鎧は実在した。コリント少将の戦艦も、凄まじい科学技術を駆使して構成されている。それらはサイヤン帝国の技術が優れていた証左である。ルミナスがどのようにして蘇った死者かは定かではないが、こうして相見えた以上は今回のセカンドチャンスを逃すべきではなかった。ルミナスはサイヤン帝国の遺失兵器を再現する鍵であると共に、コリント少将の持つ技術を奪う唯一無二の弱点と捉えるべきなのだ。
▫️ルミナス宿泊ホテル▫️
ルミナス一行の宿泊するホテルは、その全域が特殊部隊の監視下に置かれていた。帰還したバグス母星系襲撃部隊の凱旋式典の宴の終了後が、外交使節を襲撃する最適なタイミングとして選ばれた。式典の間は警戒されるだろう。であれば、イベントが終われば気が緩むのを期待するのが賢いというのである。少なくとも主人であるルミナスやその側近がパーティで飲酒し、疲れ果てて眠る事は期待できる。本作戦は外交的には完全なる敵対行為である。しかしコリント少将の妻という人質は、少将を動かす支点としては逃せぬ程に魅力的ではある。
死神は動かせる部隊を全てホテルの出入り口に集結させた。突入の準備は整っていた。何より〈イーリス・コンラート〉は式典開始に先立ち、既にアサポート星系を後にしていた。これなら、邪魔が入る心配はまずない。
「特殊部隊は、合図と共に施設の護衛を排除しろ。後は突入部隊が数で押し切るのだ。」
魔法の鎧を着込んでいるルミナスの護衛は、精々2名か多くても3名の筈である。ホテル内では鎧を脱いでいる事を期待したいが、その目論見が外れたとしても数こそが力だ。
この作戦の為に集めた人数は数百人に及ぶ。その大半は動員された警官隊であるが、中にはサイボーグ宙兵隊に加えて電磁ブレードナイフを使う死神の直属の部下も紛れている。勝算は十分にある。
「ホテルへの損害は、どの程度許容されますか?」
部下の質問に、死神は答える。
「気にしなくていい。全て人類スターヴェイク帝国から奪う資産で補填される。戦闘力を奪えば、外交使節以外の女達は凌辱しても殺してもかまわん。」
死神の部下は人を相手にする集団である。殺す事も犯す事も同列に考える異常者が多い。規律で縛らず、目的を達成しさえすれば何でもあり。そうやって人殺しの能力だけ伸ばせば、そのような形に堕ちていくものなのだ。正に、アデル政府の中でも闇を担当する部署である。同じ人殺しの訓練を受けていても、人類の為に戦うとされる航宙軍宙兵隊のような花形ではない。
「開始だ。サイボーグ宙兵隊と警官隊は、万が一にも敵を逃さぬように包囲網を形成して警戒にあたれ。」
ルミナスは誰かに体をゆすられて夜半に目を覚ました。この時刻、明け方まで夜遊びに出歩いているルージ王子はまだ戻ってはいないだろう。今夜はロベルタも同行しない。きっといつも以上に羽目を外して楽しんでいる筈だ。
「
「そう。宜しく頼みましたよ。」
よく分からないままに返答すると、微笑と共にマシラが闇の中にその姿を消す。ドアを破壊する爆発音がフロア内に響き渡った。ルミナスを狙い、遂に敵が攻めて来たのだ。
「ご安心を、備えは出来ております。」
「イリリカの兵も配置についております。まず、失敗は致しません。」
驚く様子のルミナスを落ち着かせるように、クリスティーナとロベルタが口々に声を掛ける。そして兜鎧を着用した2人は、兜を下ろすと廊下に陣取って敵を待ち構えた。ルミナスの護衛はこの二人が務めるらしい。
「私の鎧は無いのかしら?」
ルミナスとしては身を守る物を欲したのだが、クリスティーナは冗談と解したらしい。
「ご安心を。我ら2人が何物も貫けぬ盾となりますので。」
2人は笑顔と共に戸を閉めてルミナスの部屋から姿を消す。部屋着のルミナスは独り取り残された。
「せめて、着替えぐらいは手伝って欲しかったわ。あの子なら必ず気がついたでしょう。」
ルミナスの臣下達は、どうも侍女としての能力が低い。ルミナスの望む形に完璧に育て上げたコンスタンスを懐かしみながら、ルミナスは独りでモゾモゾと着替えを開始していた。
「囲め!」
カレイド卿の号令と共に、地に兵が溢れ出た。イリリカの兵はアーティフファクトを活用した転移に慣れている。今回も転送門を経由してホテルを取り囲む警官隊の周囲を、長槍を構えたイリリカの兵が逆包囲して囲む。後方ラインを構成していた筈の警官隊は、背後を脅かされてすぐ浮き足だった。
「降伏する者は殺すな。では、始め!」
戦いに興奮して舌なめずりするカレイド卿の指示で、親兵が攻撃を開始する。あまり槍の穂先は使わずに、リーチを活かして上から叩き伏せて対象を無力化させる。精々2、3百人の警官隊に対してこちらはその10倍近い二千の精兵を充てている。それはイリリカの将兵が拍子抜けするほど余裕の大差として現れた。叩きのめされて戦意喪失する警官が後を絶たない。
「頭部の防護やマスクの類は、全て剥ぎ取れ!」
地に伏せ攻撃を耐える警官達から、イリリカ兵の手で対化学兵器用のフェイスマスクが毟り取られる。戦意を削ぐ、或いは降伏した後も大人しくさせる。その為にカレイド卿の親兵は主人のフェロモンを活用する術に長けていた。毒ガスのような化学兵器としてみた場合、その効果は敵だけに作用する究極の兵器とさえ言える。
「ほら、深く息を吸って楽になってしまえ。」
「いやだ、まだ死にたく無い。」
抵抗する警官から、手すきの兵が大勢でよってたかってマスクを剥ぎ取り無力化する。言葉が通じないからこそ、彼らは激しく抵抗した。そしてフェロモンに晒された彼らは濃度の濃いフェロモンに陶然とし、男も女もカレイド卿の立ち姿にただ見惚れるようになる。
「・・・綺麗だなぁ。」
無効化した者は、大人しく武装解除に応じた。縛られるとカレイド卿の周囲に車座で座り込んだ。
「マスクを外しても死なないのか。」
「分かった、叩くな。投降する!」
言葉が通じないながらに、死の危険がない事が分かると抵抗は止まる。彼らの大半は警官であって兵士では無い。助かるために降伏する事にもさして抵抗はない。良くも悪くも生命を尊ぶのが警官の姿なのだ。本人達が協力するだけに、武装解除の速度は速い。それは自由意志か化学兵器の成果かは分からないまでも、大勢が降伏の道を選び始めた。数の多い敵に囲まれている上に、彼らは治安の良い惑星の警官でしかない。本格的な戦闘となれば、治安の良さに慣れた警官隊には分が悪い。
「ふふふ、大人しく指示に従うなら気前の良い褒美を約束しよう。」
カレイド卿が男達を懐柔する為の声を発する。ルミナスの使徒達は漏れなく翻訳機を装着している。その声に惹かれて、また大勢が武器を捨てて自ら彼女の犬と成り下がる。警官隊による包囲網は、最後方から完全に崩壊しつつあった。
「おい、あんなに大勢の兵士がどこから現れた!」
ビルの屋上では、狙撃を担当する特殊部隊が慌てふためいていた。気がつくとホテルの四方が多数の兵に囲まれていたのだ。警官隊との乱戦は既に開始されていた。槍を振るう未開惑星の兵でも、人は殺せる。むしろ対面しての直接的な殺人は、未開惑星の住民の方が得意だろう。数を頼んでいた筈の彼らだったが、さらに大差の敵が現れて旗色は悪い。今から加勢しても、階下の劣勢を覆そうにはない。
深夜とはいえ、人通りはある。警官隊は民間人の介入を抑えて円滑に作戦進行する為の防波堤の筈だった。しかし今それが裏目に出つつある。人類スターヴェイクの兵に排除される警官隊の様子は、市民の目に隠す余地なく晒されているのだ。
「作戦中止か、続行か?ホテルの突入部隊はどうなった?」
階下の戦いに介入すべきか、或いは逆転を狙ってホテルの占拠を優先すべきか。悩むこの間にも、警官隊の武装解除がカレイド卿の親兵により異例の速度で進んでいた。
「攻撃だ、攻撃開始。眼下の敵兵を蹴散らせ。」
そう指示を下した副官は、瞬時に長い矢で串刺しとなる。流石に喉元を射抜かれては即死を免れない。彼は今回の戦闘で最初の殉職者となった。
「狙撃手?」
「こんなビルの屋上に、弓でか?」
気がつけば、狙撃チームの周囲にも敵兵が充満していた。彼らの居場所も敵には知られていたのだ。そして狙撃手達には、接近されてなお抵抗出来るほどの近接武器の用意はなかった。そもそも、あの厄介な鎧を着込まれると火器の通じぬ相手なのだ。散発的に放たれたエネルギー弾は、全て彼らの鎧に無効化される。
「皆、武器を捨てて降伏しろ。」
「少佐!」
「いいんだ。これ以上、命を賭ける価値はない。」
人類スターヴェイク帝国の兵に圧倒された過去が蘇ったのだろう。降伏を決断した指揮官の前に、ミスリル製の弓を携えたフランツイシュカが姿を見せた。
「落ち着いて。貴方達は証人。こちらに従うなら、新政権での地位を今のまま保証するとルミナス様は仰せです。こんな事件を引き起こしては、元首の政権はこれでもう終わりになるのよ。」
得意気にそう宣言するフランツイシュカの前で、元首の特殊部隊の面々はただ黙って大人しく武装解除を受け入れた。
ホテル内を慎重に進む死神は、通信内容から異変を察知していた。だが、賽は既に投げられた。始まったからには最善を尽くす他ない。
「突入した我らだけで敵を討ち果たす。抜かるなよ。」
死神は部下を鼓舞して先に進んだ。段々と形勢は不利になっていた。敵は未だにその所在を掴ませず、後続はやって来ない。デップ委員との連絡も途絶えた。形成不利と見て姿を消したらしい。奴は最初から最後までとんだ疫病神だった。
「敵を発見しました!」
部下がそう声を張り上げる。その通路の先には、予想通り鎧姿で完全武装した2人護衛が待ち構えていた。そもそも一日の猶予で即興の作戦を余儀なくされたのだ。拙速は遅巧に勝ると考えたが、この敵相手にはこれでも遅かったらしい。
「護衛は2人のみの筈だ。奴らを突破すれば、玉を押さえられるぞ。それでこちらの勝ちだ。ゆけ!」
死神は部下をけしかけたものの、以後の展開を少し危ぶんでいた。室内では対処可能な数に限りがある。剣や槍で戦う経験は、恐らく相手の方が多い。形成不利は否めなかった。それでも、居場所を掴めば突破する手はある。ルートは一つとは限らない。正面突破だけが芸ではない。必ず敵の背後を突く別ルートが存在する。標的の部屋に窓や裏口がないか。或いは上や下のフロアから突入出来ないか。死神は護衛の裏をかいて標的を押さえる方法を探った。
「ふふん、ようやく来たか。」
クリスティーナが得物を取り出した。オーランド重工に掛け合って急ぎ作らせた剣形の電磁ブレードナイフである。電磁ブレードソードというべきその代物は、ナイフを手にした死神の部下達には大きすぎて無骨過ぎて見えた。ブンと振り回して、ニコリと笑う。
「これが初体験だ。さあ、誰から掛かってきてくれるのだ?」
電磁ブレードナイフを構えた死神の部下達が殺到する。通路に溢れる敵兵をロベルタとクリスティーナは手にした新たな武器で切り裂いていった。
デップ委員は、呼び寄せた
「離脱する、早く出してくれ。」
護衛役のサイボーグ宙兵の一個小隊に守られながらデップ委員は戦場を後にする、その筈だった。
「逃しませんよ。」
背後から女の声がした時、既にデップ委員の首筋には細いナイフが押し当てられていた。それは電磁ブレードではなく、研ぎ澄まされた肉切り包丁のような金属片である。しかし押し当てられて首筋を伝うデップ委員の血が、その確かな切れ味を証明していた。力を込めて首に押し当てれば、喉笛が気管ごと切り裂かれてすぐに呼吸が出来なくなり死に至るだろう。
「動けば、デップ委員の首が胴と離れ離れですよ。」
同乗するサイボーグ宙兵達をそう牽制しながら、ゾッとする口調でマシラが警告を発する。
「ナノムを注入していませんのね。傷跡が塞がらないもの。」
アップデートされた知識により、マシラはより的確に相手を殺す術を身につけていた。
「何か、最期に言い残す事はあって?」
デップ委員は昂然と胸を張った。彼のような価値ある人質は簡単に殺されないだろう。
「君の手に掛かるのは光栄だよ。少なくとも、芸術の一端を理解したいという夢は叶った訳だ。」
「そう、それは光栄な評価ね。」
そういうとマシラは躊躇せず腕を引いた。デップ委員の喉が切り裂かれ、マシラがさらに一撃を加えると予告通りに首と胴体が離れた。
「な、なんという事を。」
掴みかかるサイボーグ宙兵をかわし、マシラは機外に飛び出した。
「
無事に着地したマシラは、抱え込んだままのデップ委員の生首にそう話しかけた。何も語りかけてば来ないが、実に無念そうな表情でカッと目を見開いていた。
「全て順調ではないか、ジノヴァッツ!」
バルスペロウにそう賞賛されたジノヴァッツは、最後の駒を盤上に配置しようとしていた。
「元首公邸は任せた。大義はこちらにある。ろくな敵兵は存在しない筈だが、逃すなよ。」
命じられたのはアダーである。ハブとマンバを添えて、この三将が敵の総大将をとりに行く。
「元首公邸は燃やすわけにはいかん。君達は将としては些か物足りないが、だからこそこの局面は安心して任せられる。」
そう言ってジノヴァッツはニンマリと笑う。ルミナス麾下の人外共と同列視されても困る、というのがアダーを筆頭にした3人の本心である。彼らは周辺環境に配慮した無難な用兵を行うだろう。特別な才は要らないが、誰にでも出来ることでもない。経験を積んだ良心的な軍人だけが、そんな手間のかかる難しい用兵を行えるのだ。短気ではすぐに馬脚を現す事になる。
「言い忘れたが、時間がかかるようならマシラをそちらに送り込む。気張れよ。」
「・・・承知しました。」
アダーはそう答えると兜の面を下ろした。ジノヴァッツにとって、最も計算が成り立つのは、共に戦った戦歴の長いマシラであるのだろう。
「ハブ叔父上、マンバ。では行きましょうか。」
彼らの率いる兵は、転送門を抜けて元首公邸へと攻撃を開始した。
「この壁を打ち抜け。それで終わりだ。」
ホテルの構造から、死神は目的達成の為の手段を割り出した。部下達が命懸けで突破を試みている通路は、死体の山だけが積み上がっている。別の手を早急に取る必要があった。この壁を抜けば、一手で玉を取れる。最悪でも挟撃の構えに持ち込める。戦況は大いに好転する筈である。
「爆破せよ。」
死神の指示通り、取り付けられた爆弾でホテルの壁に大穴が開く。爆薬を調整する事で、壁のみを破壊させた職人のこだわりが光っていた。
「さあ、やるぞ。」
死神は率先して瓦礫の山を踏み越えた。粉塵の舞い上がる煙の奥に、立ち上がる女性の姿が見えた。間違いない。アレこそが標的だ。
獲物を見つけて突き進む死神と部下達。標的まで後一歩まで迫った所で、床に大穴が開き彼らはその中に飲み込まれた。
「と、まあこういう訳だ。我らが
気がつくと落下の衝撃で地に伏している彼らを、鋭い槍の穂先が狙っていた。槍衾に包囲されているのだ。
そこは明らかにホテルの一室などではない。彼らは床ごと別の空間に転移させられたらしかった。篝火に照らされた広い空間である。
「殺れ。一人も逃すな。」
ジノヴァッツが短く鏖殺を指示する。電磁ブレードナイフでは、ミスリルの槍に敵うはずがない。死神とその部下は善戦しようと足掻いた。しかし広い空間に引き摺り出されては著しく不利であった。勝てないと悟った死神は、敵将目掛けて跳躍した。せめて一矢報いる為である。
「接近さえすれば、こちらが有利だ。」
「我らは槍しか持たない訳ではないぞ。」
ジノヴァッツの魔法剣が一閃し、死神の体を両断した。主将の死に部下達が怯む。そこから鏖殺の完了まで、そう時間はかからなかった。
「〈イザーク〉、転送漏れの対象がないか再チェックせよ。」
『問題ありません。通路の掃討も完了しています。』
「よしよし、悪くないな。」
自らの魔法剣の血飛沫を拭き終えたジノヴァッツは、剣を鞘に収めた。
「それでは手筈通り、全員を回収しろ。用意が整い次第、元首公邸に我らも向かうぞ。」
アダー達3将に指揮されたイリリカの兵が元首公邸を取り囲む。警備兵は異国の兵を押し戻そうとするが、数は力である。ジリジリとイリリカ兵が警備兵を圧倒し、敷地内へと押し入る。レーザーガンやパルスライフルのような近代兵器がミスリルの鎧に効かないとなると、数で劣る元首側は圧倒的に不利であった。そして元首の側には、どこからも救援が来る気配がない。開放的な造作の現代建築は、数で押し寄せる敵の前には限られた防御力しか有しない。打ち寄せる波のように人が押し寄せると、忽ち敷地内の各所が制圧されていった。
「公邸の占拠を完了しました。」
「宜しい」
隊長役のアダーから報告を受けたジノヴァッツは、満足気に頷き返す。そして公邸内に溢れるイリリカの兵を整列させるように指示を出すと、ジノヴァッツはルミナスを先導して多数の要人と共に通路を奥へ奥へと向かった。これから彼は、敵の親玉である元首に引導を渡さなければならない。
「どうして、どうしてこうなった?」
そう言って頭を抱えて嘆く元首は、執務室に雪崩れ込んだイリリカの兵士達に抜き放った剣を向けられていた。気がつけば既にこの詰みの局面である。元首の想定より展開は遥かに早かった。コリント少将は座乗艦と共にトレーダー星系救援に赴いて留守の筈であり、ルミナスという名の外交使節は僅かな供回りと共にこの地に残されていた。
それはつまり、この地を統べる元首が部隊を動かせば簡単に拘束できる事を意味している筈だった。それが何故、ルミナス一行が元首の元に連行される代わりに万を超す兵に公邸が占拠される事態へと至っているのだろうか?
兵達に導かれて入室するルミナスの姿を見て、ようやく元首は状況を理解する糸口を得た。
「やはりデップ委員が、派手にしくじったのだろうな。」
「その通りだよ。我らの
ジノヴァッツはそう言って元首の座る椅子を、思い切り蹴飛ばした。元首は堪らず椅子にかけたままで横転する。兵が剣を引っ込めていなければ、その鋭い切先で怪我を負わされていただろう。
「
そういって哄笑するジノヴァッツは、元首には地獄から現れた悪魔としか思われない。
「ジノヴァッツ。この者に状況を良く説明してやりなさい。」
それまで沈黙していたルミナスは、口を開きジノヴァッツにそう促す。床に転がされた元首を見下ろすルミナスの目は冷ややかである。彼女は元首に完全勝利したのだ。だから既に政治生命の絶たれた元首には、憐れみをかける余地さえないと見做しているかのようであった。
(どうしてこうなったのかしら?)
ルミナスは気がつけば歓呼するイリリカの兵に囲まれていた。そして導かれるままに、ジノヴァッツと共に元首公邸の通路を進んでいた。彼女の周囲を固める臣下達を見ても、皆分かってそうな顔をしているが場の空気に熱狂しているだけだ。恐らくは誰も事の本質を理解していないように見える。それは説明を求めても『ルミナス様の勝利です』という戯言しか言わず、詳細な経緯の解説など逆立ちをしても出来ないという事を意味している。
(皆は流れに乗っているだけの顔ね)
ルミナスが欲するのは事の経緯の説明だ。それを説明する為に必要なのは大局的な視点であり、俯瞰した現在の情勢である。ルミナスの側近では唯一その手の解説役が務まりそうなアダーを見ると、青褪めた顔で各所の連絡に実に余裕がなさそうな様子だった。
アダーが見せていたのは『もはや成るようにしかならない』という諦めの極致に至った表情なのだが、ルミナスにはそこまで伝わらなかった。『私に泣きついて来ない所を見ると、全て何とかなる範疇なのね』とそうルミナスは受け止めたのだ。アダーはルミナスに泣きついても問題は何も解決しない事は分かっている。そこに思い至らないのが、ルミナスのルミナスたる所以であった。
更にアダーの隣では、妻であるマシラが不遜な表情を浮かべている。その表情の意味するところは明白で、『ジノヴァッツ様に任せれば全て上手くいくのです』とだけ考えているのだろう。
(戦局が有利なら、もう少し入念に身支度を整える時間が与えられるべきよね。)
そう考えるルミナスの面前で、ジノヴァッツは元首を椅子ごと蹴り飛ばしてみせた。その様子を見て、『どうやらこちらが勝ったらしいな』とルミナスは確信した。ジノヴァッツ起用はやはり正解だったらしい。
(ま、勝てたのなら些細な事は不問としましょう)
流れを見極めて、それに身を任せるのはルミナスの得意中の得意である。唯一無二の特技なのだ。それにこれなら慌てて逃げたり隠れたりせずに済みそうである。
「ジノヴァッツ。この者に状況を説明してやりなさい。」
そう言って場の雰囲気に上手く乗ったルミナスがジノヴァッツに説明を求めた。そうしたのは、つまるところルミナス自身が明確な説明を欲しているからである。
「かしこまりました、
タイミング良く発せられたルミナスの台詞に気を良くしたジノヴァッツは、ルミナスに恭しく一礼する。そして背後に控えている人物達に声をかける。
「まずはチートス特使閣下、こちらへ。」
進み出たチートスを目にして、兵に押さえ付けられている元首は目を丸くした。この場に彼がいるとは考えもしなかったのだ。
「アデル政府そのものである十人委員会は、10人中8人が我らと協力関係にあります。これがこちらのお墨付きというわけだ。」
ジノヴァッツの言葉に、頷く事でチートスが同意して見せる。
「十人委員会の多数派は、コリント少将率いる人類スターヴェイク帝国との連携を決議した。自分は委員会の代理そして貴方に代わる新たな委員としてこの場に同席している。」
床を這う元首を見据えるチートスの目は憐れみに満ちている。元は委員会の使い走りでしかないチートスは、本来の格で言えば元首には遠く及ばない。にも関わらず、元首の失脚する場にこの重要な役回りで居合わせる事となったのだ。かつて失敗を冒して挫折した身としては、星の頂点に立つ地位から滑り落ちる政治家に一種のシンパシーさえも感じるのだろう。
「そして我等は元首の罷免に協力する立場だ。同盟国の使節に手を出した不埒な行いは看過出来ないからな。誤りは正されねばならない。」
そのチートスの言葉をジノヴァッツが引き取る。
「アデル政府そのものである委員会の大勢がこちらに与しているのだ。2人しかいない少数派閥、まして暴発して我らの主人を襲ったとなれば政治的にも孤立無援となるのは当然。」
得意気にそう語るジノヴァッツと呼ばれた男の語りに、元首は項垂れた。
「つまり私は、既に元首でも委員ですらなかったという事か。」
「貴方の客観的な立場は『同盟国の使節に手を出した結果、罷免されてなお公邸に居座る賊徒』ですな。委員会の同意を受けて、人類スターヴェイク帝国の兵に排斥されても文句の言えぬ立場という訳です。」
元首は唇を噛んだ。彼とデップ委員以外のアデル政府の要人が人類スターヴェイクに与したのなら、今の元首の苦境の一端は説明がついてしまう。
「だが、航宙軍の過半は我が指揮下にある。彼らがこのような不正義を黙ってはいまい。」
「はて、それはどうでしょうかな。」
ニヤリと笑うジノヴァッツの背後から進み出たのは、航宙軍艦隊本部長のトラップ大将と艦隊指揮官のアイローラ提督である。
「元首閣下、私は」
上司の苦境に対して心苦しそうな表情を見せるアイローラ提督の言葉の続きを、艦隊本部長のトラップ大将が引き取る。
「アイローラ提督は私が説得しました。コリント少将の存在は対バグス戦線維持に欠かせません。元首閣下とデップ委員の退陣で叶うなら、それが最良の選択なのです。」
「既に、私はその役割を終えていたという訳ですか。」
「いや。まだ役に立つ道があるとも」
元首をジノヴァッツの冷徹な目が見据える。
「今ここで、ルミナス様に忠誠を誓い赦しを乞え
。」
ジノヴァッツの言葉を引き取るように最後に進み出たアデル政府の要人、それは新人類教会のモスマン師である。
「ルミナス様が貴方を許せば、新たなる皇帝陛下に執りなして下さるそうです。」
「皇帝、それはコリント少将の事か?」
元首はアラン・コリント少将の顔を思い浮かべた。彼は惑星アレスという辺境の星を統一しただけの若い男でしかない。少将の地位も、惑星アレスでの皇帝即位も元首が認めて実現した事だ。そんな相手が恩人の筈の彼をなぜ追い込むのか。
「まだ、状況がお分かりにならないようですな。」
モスマン師は、ルミナスを指し示した。指差すのは不敬だろうとルミナス側近のマシラは憤慨しているが、話に熱中するモスマン師は気がついていなかった。
「この方こそ、サイヤン帝室の忘れ形見ルミナス皇女殿下なのですぞ。惑星アレス発祥の人類スターヴェイク帝国は、あのサイヤン帝国の継承国家です。」
二千年前に滅んだ歴史上の国家の名を出されてアイローラ提督やチートス特使でさえ目を剥く中、盛大なネタ晒しを行ったモスマン師は満面の笑顔であった。雌伏の時は終わった。こうしてサイヤン帝国の民が報われる日が来たのだから、高らかにそれを宣言したい。
「今ここにサイヤン帝国が復活する日が来たのです。ならばルミナス様に平伏し、忠誠を誓う事こそが最上の選択肢となるのですぞ。」
明けましておめでとうございます。木曜更新の予定が土曜公開と2日間遅れてしまいました。年末年始で忙しいのもありますが、話の内容的に切所で内容を現行の形に落ち着かせるのに時間を要しました。お待たせして申し訳ありません。
ジノヴァッツ起用での勝ち確定演出を上手く描けるか不安はあったのですが、出来上がるとそこは思いの外上手く動いてくれた気がしています。かつての敵役だけに駒が揃っていましたね。
セリーナやシャロンとの戦いを経て、ナノムを持つ宙兵との戦闘の知識を深めているマシラの姿が私個人の推す今回のハイライトシーンでしょうか。また「数は力」と考える死神が、10倍の数の敵に圧倒されるやられ役ムーブは書いていて楽しかったポイントです。彼は今回で退場となります。
元首の特殊部隊は一度は人類スターヴェイクにぶちのめされた経験を活かして無事に生き残りました。警官や特殊部隊など動員されて作戦参加しただけの側には、イリリカ兵も寛容なのは統治を意識してなのでしょう。客観的には野蛮人の所業にしか見えないのは、可哀想な点でした。