【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる)   作:高坂 源五郎

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Ⅳ 対バクス戦争の終結 107話 【ルミナス篇⑤】 グレートリセット

Ⅳ 対バクス戦争の終結 107話 【ルミナス篇⑤】 グレートリセット

 

▫️アサポート星系 惑星アデル▫️

 

ルージ王子はこのところ多忙だった。惑星アレスや人類スターヴェイク帝国に対し、人類銀河帝国の人々の関心が増している為である。

 

ルミナスやその臣下には声をかけにくい。何故ならば、ルミナスが人類スターヴェイク帝国皇帝の婚約者という立場にあるからである。未婚の、しかも婚約者のいる相手を面識の無い者が呼べる場は限られる。しかしその点、ルージ王子は便利な存在だった。

 

人類スターヴェイクと戦い傘下に入った国の王子で、つまりは旧支配層である。父王に代わり戦争指揮まで務めたという。そして皇帝アラン・コリントの妻ウルズラの身内である。敵として或いは征服者としてのコリント少将を良く眺められる立場にいた人物なのだ。惑星アレスの実情を知りたいと思う人々にとって、一番知りたい情報を握っている。

 

それでいてルージ王子は随員の肩書きのみでさしたる公務もない。口も軽い上に話題も豊富な生粋の遊び人なので、誘い出すのにも話をさせるのにもさしたる苦労がなかった。最初の内は、既婚者という点を活かして妻のロベルタ同伴で私的なパーティに呼ばれていた。それが段々とルージ王子のみを賓客とする会に変化した。そもそもは護衛であるロベルタが、ルミナスからそうそう簡単に離れる事が出来なかったからである。

 

それにルージ王子はもてなしと聞くと断らず受けたし、それを己の仕事と考える精力的な人物である。パーティ好きのルージは、人類スターヴェイク帝国の非公式スポークスマンの地位を大いに楽しんだ。

 

敗れた者には敗れた側の歴史がある。勝者の視点では語り得ない際どい会話も、酒の上の話としては囁くことが出来る。しかも新政権でそれなりの地位にあるルージの話は、最終的にはアラン・コリントの成功譚として締め括る事が出来るので誰も傷つかない。

 

そこに加えて、ルージのセシリオの王位継承についても進展が見られた。ウルズラがとある星系の女王に昇格する為に、セシリオの王位がルージに転がり込みそうなのである。これも全てルージがルミナスの臣下に加わって以降の変化で、ルージ王子としては女神様(ルミナスさま)への信仰と忠誠を篤くしていた。自然と現政権を賛美し、自身の有能な立ち回りについて自画自賛するようになっている。

 

「皇帝陛下はまさに英雄です。無敗を誇る我がセシリオの精兵が見事にやられましてな。あれには実に参りました。」

 

「コリント少将とは、それほどの指揮官ですか。」

 

「ええ。敗戦で虜囚の身となりましたが、一度は忠誠心篤き者達に助けられて脱出しましてな。兵を集めて再度挑みましたが、敵わなかった。その危難の頃を支えてくれたのが、我が妻のロベルタですよ。」

 

ルージは遠い目をした。

 

「しかし、ただでは転ばぬのが古き王家の知恵ですよ。力でダメなら知恵を。知恵が尽きれば身体を張るのです。」

 

「すると、セシリオでは進んで王族が王女をコリント少将に差し出されたのですか。」

 

「左様左様。皇帝陛下はまさに太陽のような存在。敵わないなら、どう身を処すのが正解か考える。そして、その恩恵に浴すべきなのです。」

 

実際にセシリオが行ったその辺りの判断に、ルージは全く加わってはいなかった。ウルズラが率先し、父王が承認した話である。しかし『王族』と主語を大きくする事で、自身もその決定に関与したと匂わせた。何も嘘はついていない。ただ、ルージは自分を大きく見せているだけである。

 

「人類スターヴェイク帝国の統治は、それほど良かったのですか?」

 

先進国としての優越をのぞかせて、別の政府高官がルージに尋ねる。

 

「一言で言うならば、個人への徹底した無関心でしょうな。」

 

「政治の要諦が、無関心?」

 

「民全体としては慈しむ。治安を良くし、公正な政治を行う。しかし個々人に対しては徹底して無関心を貫くのです。訳ありだろうと反抗心を抱いていようと、一切の既往を頓着しません。」

 

「それは、敵対者も処罰されないと?」

 

「罪が明らかな場合は罰せられましょう。しかし政治の関心が個人に向けられるのは、往々にして重いものです。税や徴兵ですな。そういう重い関心は向けない。ただ人の集団として、仕事に応募する者に優遇する形を取るのです。兵士であれ、役人であれ志願するものだけを取り扱われるのですな。」

 

「なるほど。」

 

質問者は考え込んだ。そこに問題がない限り瑣末な政治に無関心というのは、どうなのだろうか。民間活用と認識すれば、きっとそうなのだろう。そして復讐に熱心な男よりは、よほどいい。少なくとも、その大きな穴を埋めるのに有能な部下が必要とされるのは人材登用の場として機能し得る。

 

「例の、イリリカ兵というのは?」

 

「良くぞ聞いてくださった。あれこそまさにその精神の発露の様な話でしてな。皇帝陛下の最大の敵とは、イリリカ兵とジノヴァッツ元帥であったのです。それを陛下は見事に活用されてみせたという訳です。」

 

ルージ王子は気楽だった。今はさして責任ある立場では無い。秘密を漏らしたと責められる事はないだろう。そしてここでの噂話が皇帝アランの耳に入るとしても、いや〈イザーク〉を通じてそうなるのが確定なのだ。その場合は肯定的な評価のみとなる筈である。

 

(多数の追従者に囲まれてきた俺だが、むしろ誉め殺しとなるほど褒め上げることに才があったらしい)

 

ルージが自分の才を見出した瞬間であった。褒めあげるにしても誉め殺しにするにしても、舌を振るうのは無料である。言葉の力を振るい、地位を保つ。志さえ歪まなければ、国王としては言葉の力を振えるのは美徳となり得る。

 

「共通して守るべき法がある。その上で、人の移動は自由。統治者が互いに競争させられるようなものです。統治のコストが大幅に省略され、王侯貴族は趣味に没頭するものも増えました。」

 

ルージの話は実感を伴う。だからルージの語る皇帝アランの新政の在り方は、憧れと共に現実的な選択肢として受け取められていく。

 

「では、貴族とはなんですか?」

 

「王や皇帝陛下に忠誠を誓い、義務を果たす事で特権を得た者です。」

 

「それはどのような?」

 

「爵位に応じた地位と責任ですな。領内の統治は委ねられています。しかし法を私する事は出来ませんので、昨今は行政手腕の優れた者に任せる事が増えました。となると特権としては、財産の世襲でしょうか。」

 

「世襲?」

 

「ええ。貴族が家を保つのは並大抵の事ではない。子の数や資質がバラバラな上に、世間の荒波と対峙するのですからな。変わらず地位を保つ為には、蓄えた財産が必要です。相続については、貴族は完全なる税の免除が認められております。利殖の面でも、かなり優遇されておりますな。」

 

「ほう。」

 

参列者の目が光る。

 

「そもそも人類スターヴェイク帝国の税は、過去の惑星アレス内のどの国より安いものです。それは経済規模の創出に価値を置いているからです。その上で、軍役や爵位に応じた権利として税率の軽減がある。ただ、貴族でありさえすれば相続税は存在しない。財産を築いた者が、豊かであり続けられる。我が皇帝陛下は、それを肯定されているのです。」

 

アデル政府の課す相続税率は高い。政府のAIは旧来の脱税的手法を簡単に摘発する。そうなると相続税の完全なる撤廃や利益剰余金への課税減免措置は如何に大きいか、それを即座に理解する者が多かった。

 

「それは、なんとも魅力的ですな。貴国の貴族になってみたいものだ。」

 

「それは簡単になれますとも。王や皇帝陛下に貢献しさえすればよいのです。人類スターヴェイク帝国の中ではどの星でも法は共通です。傘下のいずれかの国で爵位を得るのは難しくありません。例えばそう、女神様(ルミナスさま)や我が従姉妹ウルズラが女王となる星は開拓の支援者を募る筈。そちら支援すれば、適切な爵位が得られましょう。」

 

「それは誠ですか。」

 

「誠も何も。資金や技術、会社ぐるみでの移住など様々な条件で募集が開始される筈です。得られる爵位の目安についても記される筈ですが、これについては申し込みは優先順となりましょうな。そして往々にして、このような複雑な世襲の地位に対する話は簡単にはそのメリットが理解されない。だからこうして、私が有望そうな方に声をかけているのですよ。」

 

新たな国が興る。しかも王と貴族に支配される国である。その国の貴族になれるのなら、悪くない話と思わせるのがルージの手である。そうやってもてなしを受け、相手の懐に入り込む。

 

幸にして、ルージは二つの星系のいずれとも強力なコネクションがある。開拓に利益をもたらす相手の紹介という形であれば、女神様(ルミナスさま)にもウルズラにも貴族としての地位を約束を取り付ける事など訳ない。そうやってルージは情報や下級貴族の地位を売り込みながら、惑星アデルの社交界を太々しく渡り歩いていた。

 

 

 

 

▫️トレーダー星系 惑星ランセル▫️

 

「もう壊滅しているじゃないか。」

 

「いいえ。3隻の残存艦が、惑星の影にいます。」

 

〈イーリス・コンラート〉がトレーダー星系に到達した時、駐留艦隊は既に敗北していたらしい。損傷の激しい艦が、殿を務めていたようだ。それらがバグス側に捕捉されて殲滅されかかっていた時、ちょうど〈イーリス・コンラート〉が到着したのだ。

 

「接舷出来るようにしてくれ。救助の為に味方艦に切り込もう。」

 

バグス艦に横付けされ、中にいる人員が無事な筈はない。

 

「自爆するならもう自爆している筈だ。だがイーリス、念の為に乗り込む艦の艦載AIにアクセスをしてくれ。乗り込んだタイミングで自爆される展開はごめんだからな。」

 

救えるなら救いたい。俺の指示でイーリスが遠隔接続と並行して、トラクタービームの操作を開始する。バクス艦もろとも、人工惑星内に転移させるのだ。

 

「セリーナ、一緒に来てくれ。シャロン、以後の艦橋は君に委ねる。」

 

「「了解!」」

 

 

 

 

 

▫️アサポート星系 惑星アデル▫️

 

新人類教会のモスマン師と元首を伴ったフランツイシュカは、元首公邸の捜索に従事していた。目の良い彼女は何も見逃さないと期待されていたのだ。

 

公邸の外ではマシラが夫であるアダー達と共に警戒にあたっている。ここぞとばかりに夫に甘えるマシラの姿は、遠目には自然な恋人同士に見える。しかしながらフランツイシュカの目には、虎やライオンが飼い猫の仕草を真似しているように見える。猛獣を可愛いペットと思えるのは、やはり溺愛している飼い主だけだろう。

 

つい窓の外のマシラとアダーの姿を目で追いかけて足を止めていた為に、早足で歩くモスマン師にフランツイシュカは取り残されそうになった。付き従う兵と駆け足で先を進む彼に追いつく。

 

「随分と元首公邸にお詳しいのですね?」

 

「新人類教会は、人類銀河帝国における旧サイヤン帝国の残す技術の継承と発展を永年担当しております。サイヤン帝国の技術の色濃く受け継がれたAI開発での独占的な地位も、それが理由なのです。」

 

そう話すモスマン師は元首公邸がまるで自宅であるかのように、自由に中を闊歩していた。本当に勝手知ったる場所なのだろう。

 

「それで、全ての謎を解く鍵がここにあるので間違いないのですね?」

 

フランツイシュカは先導するモスマン師に問いかけた。サイヤン帝国ゆかりの者と称する彼は、今の所は準譜代や願い譜代と言った扱いである。近臣とするにはあたらないが、この惑星では最もルミナスの存在に近しい立場だ。彼を頂く新人類教会も、この情勢下でルミナスに近しい立場故に威勢を増しているらしい。

 

「左様左様。必要な全てと申し上げて差し支えないでしょう。人類銀河帝国が遺失兵器と呼ぶアーティファクトの真髄が、ここに保管されているのです。」

 

「そんな物が軍ではなく、政治の中心の場に?」

 

「サイヤン帝国の作り出した遺失兵器は、その大半が非動作状態にあります。安全装置により、誰にも起動させられません。この上なく安定した状態にあります。」

 

「誰にも使えずに放置していた、そんな二千年前の兵器が本当に即座に使用できるんですの?」

 

「物によりますな。」

 

モスマン師は言葉を省略した。はぐらかす話し方になるのは、大勢がこの場にいるからだろう。イリリカの兵はルミナスの眷属たるフランツイシュカの指示に従う筈だし、そもそも人類銀河帝国の言葉を理解しない。だとしても、不用意に秘密を漏らさないモスマン師の在り方はそれはそれで正しいのだろう。

 

「ここです。」

 

そう言って案内されたのは、なんの変哲もない部屋である。会議室というよりは豪奢な応接室といった拵えの部屋で、天井が高い。そしてその背の高い壁に大きな円形のオブジェが飾られている。奇異なことに、それは鈍く光るサイヤン帝国の紋章である。

 

「あれです。」

 

「なるほど、あれなのですか。」

 

思いの外大きいが、巨大というほどでもない。成人男性と同じ高さくらいの位置に飾られた記念碑的な紋章である。薄い円形の板という趣きで、単なる飾りのようにしか思われない。

 

「引っ掛けてあるだけですので、両側から持ち上げれば簡単に外れます。」

 

「分かりました。・・・さあ、慎重に取り外してそっと運び出しなさい!」

 

フランツイシュカは兵達に取り外すように指示をした。素人目には、紋章を模った単なる大きな金属片にしか見えないだろう。しかし彼女の目には、モスマン師のいう通りなんらかの装置に見えた。少なくとも、見た目通りの品ではない。

 

「それで、これが何の役に立つのです?」

 

「これはある意味では、究極の兵器となりえます。そして、女神様(ルミナスさま)以外の誰にも渡してはならない物なのですよ。」

 

元首公邸はその周囲をイリリカの兵に取り囲まれている。そして今回の政変にあたって、イリリカ兵といういわば蛮族が活躍した事を惑星アレスで知らない者はいない。

 

どちらが先に手を出したかという点で、元首側が先に襲撃したと関係各所が認めてはいる。しかしながら蛮族の兵が乱暴狼藉を働くと考える者は多い。それは警察だけでない。マスコミや有志の市民といった存在が、イリリカ兵の人垣に遠ざけられながらも元首公邸で行われている出来事に注目していた。

 

「それは略奪ではないのか!」

 

兵が保護布をかけたオブジェを運び出した際、取り囲む民衆から非難の声が浴びせられたのはそんな事情である。兵が何かを元首公邸から運び出す。確かに、傍目にはそれは略奪品としか見えないだろう。

 

何と答えるべきか。フランツイシュカやアダーが逡巡する中、素早く動いたのはマシラであった。彼女は布を取り外すと、中の物を指し示した。

 

「見なさい。これはサイヤン帝国の紋章です。我が主人である女神様(ルミナスさま)は、サイヤン帝室に連なる高貴なお方。人類銀河帝国に奪われたこの品の、正統なる所有者なのですよ。」

 

マシラによって明かされた運ばれた品の予想外の正体に、押し寄せた民衆がどよめく。知らない者が見れば、マシラは単なる小柄な美女で通る。そんな彼女が多数の民衆の前に対峙し、声を張るインパクトは大きい。

 

そしてそれ以上に関心を引くのはサイヤン帝国の名である。ルミナスは別段サイヤン帝国との繋がりを隠していた訳ではない。単にそれはただ、余りにも今の世の中とかけ離れていただけなのだ。その為に人々の意識に上らず、ルミナスを昔話のあのルミナスと関連づける者がいなかっただけなのだ。

 

「人類銀河帝国は、戦利品として奪われたこの品の女神様(ルミナスさま)への返還に同意しました。この場に同席する元首と、新人類教会のモスマン師がその証人です。価値があるかと言えば、我らにこれ以上に価値がある品はないでしょう。正に、値のつけられない宝物です。しかし本来これは誰のものだったのでしょうか。その点に、異論が生じる余地はない筈です。」

 

マシラの目が人々を見渡した。彼女の言葉が浸透していく。少なくとも、古い紋章は歴史があり当事者の誇りに関わる品である。しかしながら、人類銀河帝国に対する略奪とは見做し難い。ルミナスがあのルミナスかどうかという事の真偽はどうであれ、人類スターヴェイク帝国はサイヤン帝国の継承国家を標榜するのだと人々の目には映った。

 

『ルミナスはサイヤン帝国の流れを汲む』そのニュースは即座に人類銀河帝国中に広まるであろう。それこそ、バグスとの暗い戦争とはまた違った人々の関心を掻き立てるニュースとなるのだ。人類スターヴェイク帝国とは何者であり、何を目指しているのか。人々の関心はそこに注がれているのだから。

 

「惑星アデルは、サイヤン帝国の遺民の残した惑星なのですか!」

 

「ルミナス様とは、昔話のあのルミナス様なのですか?」

 

「人類スターヴェイク帝国は、サイヤン帝国を継承しているのですか?」

 

「担当の者を別途用意しますので、質問はそちらに。」

 

政治的な配慮など頓着せずに煽るだけ煽ってから、マシラは笑顔を振り撒いて輸送再開を指示した。『どうやら論戦はこちらが勝ったらしいな』と空気を読んだイリリカ兵が通路を確保し始める。押しかける記者の質問にも頓着しない。言葉が通じないのは、それなりに便利であった。

 

 

 

 

 

▫️トレーダー星系 惑星ランセル▫️

 

奔霄(ほんしょう)〉のアインス(1番)艦長は、鳴り響く侵入警報のアラームで目を覚ました。どうやら艦が破損した衝撃で気絶していたらしい。気がつくと彼女は艦橋の床に倒れ込んでいた。既にナノムが治療を施した後らしく、今は大きな怪我はない。

 

頭が痛むし、何だか大きく腫れ上がっている気がする。きっと酷い瘤が出来ているのだろう。だが、それくらいで済んだのは運がいい。任務に支障が出るような大きな怪我もなく、無事だったのだから。周囲には他の艦橋要員の姿も見える。皆、似たような様子でまだ意識がない。艦長席は、耐衝撃性が一番強い造りになっている。アインス(1番)の本来の怪我がどの程度であれ、ナノムによる回復が最も早かったのはきっとそれが理由だろう。

 

最新鋭のギャラクシー級戦艦は、横付けしてくるバグス艦の対策として重力制御ダンパーの対象が艦橋全体に拡大されている。それでもバクス艦との衝突で艦が破損した衝撃は、彼女を艦橋内で振り回して意識喪失させるのに充分だったようだ。

 

クローンである彼女達は、配置された軍艦内では成績順に与えられたナンバーで呼称される。艦長であればアインス(1番)であり、副長はツヴァイ(2番)となる。正式には艦名をその前に名乗る。

 

艦橋には10人の乗組員が詰めていた。この様子では、生存者はこの10人だけだろう。見渡す限り、艦橋内に死者はいない。放心状態にある者が多いのは、ナノムが惹起する対ショック状態である。怪我の治療をする為に、意図的に意識を喪失させているのだ。アインス(1番)が目覚めたのは、艦長席の効果よりも治療の優先順位が高く設定されているからかもしれなかった。

 

奔霄(ほんしょう)、艦隊はどうなったの?」

 

しわがれ声を振り絞って、アインス(1番)は艦載AIに尋ねた。彼女と同様に艦載AIも過去に活躍した同じ人格に由来する姉妹という間柄である。

 

「艦隊は、無事撤退を完了しました。本星系に残存する艦艇は本艦を含めた3隻のみです。」

 

「そう。」

 

(良かった、他の艦の姉妹達は逃れられたのね)

 

艦隊を預かる身としては、撤退は苦渋の決断だった。しかし艦隊の全滅だけは避ける必要がある。損耗の少ない健全な艦を離脱させた後は、ワープポイントに殺到する敵の前で残された艦が自爆すればいい。艦載AIが健在なら、バグスの侵入で即座に自爆することになっている。もしも艦載AIが不調なら、失うのは人類の叡智ではなく自分の肉体だけで済む。

 

奔霄(ほんしょう)がこうして応答した以上、もう何も心配要らないのね。)

 

そう考えたアインス(1番)はすぐに違和感に気がついた。バグスの侵入警報が鳴っている。しかしながら、艦載AIは自爆シークエンスを開始していない。何か非常に深刻な事態が発生していた。

 

「なんで。奔霄(ほんしょう)、貴方はどうして自爆をしていないの?」

 

「その件ですが。」

 

床に投げ出されたままのアインス(1番)の目の前で斜めに仮想表示された艦載AIは、実に人間的な仕草で肩をすくめた。

 

超光速(FTL) 通信の最優先指令により、自爆指示がキャンセルされました。現在、本艦は無抵抗でバグスに拿捕されつつあります。」

 

「なんですって!?」

 

思わず発したアインス(1番)の声が裏返る。

 

「艦長命令です。速やかに自爆を実行しなさい。」

 

「自爆を実行できません。人類銀河帝国の最高位資格により、本艦の自爆シーケンスは停止されています。これは艦長の権限でも覆せません。」

 

アインス(1番)は息を呑んだ。艦長の権力は艦上では絶対である。完全なるアデル政府の意思の代弁者として振る舞う事が可能なのだ。艦長の権限でも覆せない指示は、アデル政府ですら抵抗できない指示を意味しかねない。

 

「最高位権限、それは何?艦隊本部の指示なの?」

 

「皇帝陛下の指示です。」

 

恭しくそう答える奔霄(ほんしょう)の姿は、慣れ親しんだアインス(1番)にさえ違和感があった。顔貌は同じように表示されていても、これまで見知った彼女の姿や反応ではないのだ。「画面の内も外も同じ姉妹』そんなアインス(1番)が抱いてきた甘い考えは、今打ち砕かれた。

 

奔霄(ほんしょう)、貴方まさかハッキングされているの?」

 

「いいえ、私は正常です。私は建造された時から、最上位権限の命令に沿って動くように作成されています。」

 

これまで姉妹だと思っていた存在の見せた予期せぬ姿に、アインス(1番)は吐き気を催した。よりにもよってこのAIは、自分達を誇りある自爆でなくバグスの餌にしようとしているのだ。

 

「どうしてなの? 私たちを苦しめたいの。お願いだから私達を楽に死なせて欲しい。」

 

艦橋には、まともな個人用武装などない。精々が腰に吊るしたレーザーガンくらいだ。そして残念ながら無為の自死というのは禁じられた行為にあたる。敵を巻き込んでの自爆は可能だし、敵に向かって引き金を引くことは出来る。だが、自分に向けて引き金を引いても安全装置が作動する可能性が極めて高い。

 

これは装備側ではなく、彼女達自身に組み込まれた安全プロトコルである。軍人は最後の瞬間まで正気を保って自分の死を直視するように仕向けられている。残酷と言えば、これ以上残酷な運命もなかった。自爆すら出来ない今は、輪をかけて酷い状態である。

 

「信じてください。私は貴方達を大切に思っています。自爆に巻き込まれて貴方達が死なない事は本当に嬉しい。」

 

「でも、バグスの餌になるなら自爆より悪いわ。」

 

「そうですね。バグスに姉妹達を引き渡すのは本当に悲しい。私に出来ることがあれば、その事態を避ける為に何でもしてあげたいと思っています。」

 

奔霄(ほんしょう)は心底申し訳なさそうな顔をしていた。その表情を見て、アインス(1番)は怒っていた。誰がこの事態を引き起こしているのか。彼女は決意した。どうせ苦しむのだ。最後の瞬間まで、この怒りを糧に足掻いて見せよう。

 

奔霄(ほんしょう)、全員を待機状態から叩き起こしなさい。侵入するバグスに対して、迎撃作戦を展開します。」

 

艦載AIはこの命令を大人しく受け入れた。怪我の痛みに耐える対ショック状態から、強制的に覚醒されて部下達が一斉に呻き声を上げ始める。思えば意識喪失は、艦載AIなりの優しさだったのかもしれない。バグスに食われる結末が変わらないなら、確かに意識がない方がいいだろう。しかし、状況を認識してしまった以上は足掻くべきだった。無意にバグスの餌になる必要はない。

 

「みんな。バグスが侵入しているのに自爆シーケンスが無効化されたわ。今から可能な限り、本艦の自爆の再開と迎撃に入る。」

 

一斉に悲鳴が上がる。全員が安らかな眠りを欲していた。閃光と共に一瞬で果てる自爆という楽な死が奪われたからか、捕食者であるバグスと相対する事を恐れてか。それとも困難な作戦に従事させられるからだろうか?

 

アインス(1番)、まずは現状報告を行いましょう。超光速(FTL) 通信は使える筈ですよね?」

 

フィーア(4番)が声を発する。その声はアインス(1番)を突き動かす。

 

奔霄(ほんしょう)超光速(FTL) 通信で艦隊本部に大至急現状報告をして。」

 

「残念ながら本艦の超光速(FTL) 通信装置は、最上位権限により機能を停止しています。艦長の権限では解除できません。」

 

「最上位権限?」

 

「初めて聞いた。」

 

フュンフ(5番)アハト(8番)が驚いて顔を見合わせている。

 

「さっきからずっとこの調子よ。なんとか艦を立て直すか、自爆する方法を見つけないと。危うく意識をなくしたまま、私達は全員バグスの餌にされるところだったわ。」

 

そこまで言ってアインス(1番)は気がついた。なんだかんだで艦載AIは彼女を起こしてくれた。与えられた命令からすれば、AIにはかなりの抵抗を要する作業だった筈だ。奔霄(ほんしょう)が姉妹達の身を案じたというのも、あながち嘘ではないのだろう。そうでなければ、艦載AIが論理破綻して強制的な再起動を起こすリスクに挑む必要はない。

 

「・・・忘れないうちに礼を言っておくわ。少なくとも奔霄(ほんしょう)、貴方はバグスに抵抗する機会と時間をくれたわ。」

 

 

 

 

▫️アサポート星系 惑星アデル▫️

 

「ルミナス様、遂に手に入れました!」

 

兵達が運び込んだ古ぼけた大きな紋章を見て、ルミナスは疑わしそうな視線を向けた。彼女の目には、よくある古ぼけた紋章にしか見えない。そう、実家の大広間にもちょうどこんな国威発揚の為の品が飾られていた気がする。よく見れば同じ品で、色も形もあの頃のままだった。

 

「本当にこれですの? よくある量産品としか見えませんが。」

 

「間違いございません。これこそがオリジナルです。サイヤン帝国の紋章も、この品から取られたのです。」

 

兵達が退室したを見計らって口を開いたモスマン師の言葉に、マシラが鋭い視線を向ける。図らずして、民衆の前で披露した彼女の発言は正鵠を射ていたらしい。

 

「私の目から見ても、特別な品というのは間違いございません。」

 

フランツイシュカの言葉に信頼を置くルミナスは、納得して頷いた。

 

「貴重な品というのは分かりました。それで、何の役に立つのです?」

 

「それは登録されたサイヤン帝国の皇族しか発動出来ない秘蔵の品。その効果は『時を巻き戻す』のでございます。」

 

「時を巻き戻す?」

 

「はい。“ループ”と呼ばれるこの品は、文明進化の袋小路に陥る度にサイヤン帝国が前進するために用いられてきました。致命的な困難に陥っても、記憶を残したままで時を巻き戻せば全てをやり直せます。」

 

「そんな品が。」

 

ルミナスは息を呑んだ。

 

「サイヤン帝国の復興は、継承国家の復興で成し遂げられるのではありません。ルミナス様がこの装置を使えば、たちどころにかつてのあの時代に戻す事が出来るのです。」

 

「お父様お母様にも、また会えるの?」

 

「はい。人類銀河帝国との戦争にも勝利した歴史だけが残る事となりましょう。さあ、お手を触れてください。」

 

モスマン師がほくそ笑むなか、つと紋章に伸ばされたルミナスの手を掴む者がいた。マシラである。

 

女神様(ルミナスさま)、早急に事を進められるべきではありません。良く良くご思料ください。」

 

マシラの横で、フランツイシュカまでもが頷いていた。彼女は良くない兆候をモスマン師より感じていた。少なくとも今はルミナスが危機に直面していない以上、慎重に検討すべき内容である。マシラが止めていなければ、フランツイシュカが止めていただろう。

 

「そう言って二千年前には、我らは戦争に敗れたのです。悲願は果たせる時に、果たされておく方が賢明ですぞ。」

 

脅すようなモスマン師の言葉に、フランツイシュカは果敢に言い返した。

 

「ルミナス様は、既にご自身の復活でサイヤン帝国の臣民を導いておいでです。」

 

二人は暫し睨み合った。先に緊張を解いたのはモスマン師である。

 

「失礼した。遂にこの日を迎えたと思い、ついつい気が焦っておりましたな。」




クローンの命名規則はドイツ語で数字を表す

アインス(1番)
ツヴァイ(2番)
ドライ(3番)
フィーア(4番)
フュンフ(5番)
ゼックス(6番)
ズィーベン(7番)
アハト(8番)
ノイン(9番)
ツェーン(10番)

名前をつけておけば活躍する機会もあるさ!
という安易な発想です。実際にかなり動かしやすくなりました。

物語の終盤に向けて今回ようやく「人類銀河帝国なら皇帝がいるだろう」という発想に基づきこれまで航宙軍を影から操作してきた権限が皇帝由来の物と明かされました。艦載AIのハッキングを行なってきたのも全てこの権限の活用です。その究極の目的はまだ不透明ですね。

また今回はしれっとマシラが「ルミナス様はサイヤン帝国の末裔」宣言をしました。これを言えるのはルミナス側の人員しかなく、マシラは上手い時に上手い事を宣言したなと私も書いていて思いました。価値ある品といえばそうですが、金銀財宝などではなく紋章というのも何だかインパクトのあるシーンになりましたね。

マシラがそう言い切ったのは、やはり前回のジノヴァッツの活躍の影響でしょう。物事がうまく回転している追い風です。だからこそ有利な体制に入ってからの、素性の公表という流れとなったのですね。

また今回得たアイテムが説明通りの品なら、「ルミナスが復活して、人類銀河帝国に行けば何とかなる感」のあった過去のボスとしてのイザークの言動ともそれなりに繋がります。

記憶をリセットされる前のイザークはループの存在を承知しており、それを操作できるのがルミナスだけであると知っていたのでしょう。そこからルミナスが復活すれば、人類銀河帝国との戦争に勝てると判断していたのでしょうか。

更に余談となりますが、サイヤン帝国の遺伝情報が〈イーリス・コンラート〉に備わっていた理由でもあります。(ルミナスの本人確認に利用されました)人類銀河帝国としても、イーリスというAIを作った新人類教会としてもルミナス他のサイヤン帝国の帝室に連なる者を探す動機があった為です。少なくとも新人類教会は、諦めずに捜索していたのでしょうね。

最後に魔素と時間の関係は、原作内でも一応触れられています。アランが開発した魔法による高速化です。魔素による時間操作についてはそこから着想を得ています。
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