【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる) 作:高坂 源五郎
Ⅳ 対バクス戦争の終結 109話 【ルミナス篇⑦】 銀河鉄道
▫️トレーダー星系 惑星ランセル▫️
「コリント少将の艦は、長くは滞在出来ないらしい。収容したギャラクシー級戦艦と共にアサポート星系に帰還するそうだ。」
司令部代わりにしているテントの中で通信を終えたサンダースのその発言は、シレン中尉を失望させた。
「今度こそアランに会えると思ったのに、顔を合わせる機会は無しか。」
トレーダー星系の駐留艦隊は、バグスにより手酷い被害を被った。3隻のギャラクシー級が大破したが、全てバグスから奪い返したらしい。星系内の目ぼしいバクス艦も破壊されていた。
「ま、降下したバグスに対処するのはいつも通り俺たちの仕事か。しかし、ギャラクシー級を収容するなんて、どんなサイズなんだか。」
クラファンがそう言ってグルリと目を回す。
「まあ、ちょうどあそこに見えているからなぁ。」
サンダースは、テントの天幕の切れ目から天上の〈イーリス・コンラート〉を突き上げた太い親指で指し示した。惑星近傍まで接近した今は、衛星のようにその艦影を目で直接確認できた。
「今は、スターヴェイク級の二番艦を建造中だそうだ。」
「こりゃ、俺達が生きてる内にこの戦争が終わるかもしれないな。」
サンダースの発言に答えたクラファンの言葉は、その場の全員の驚きを代弁していた。話には聞いていても、実際に目にすると信じられない物はある物だ。
対バクス戦争の終結というのは、もはや誰もが生きている内に目にする事を諦めた未来の出来事の筈だったのだ。しかしアラン・コリント少将の規格外の艦は、その戦争終活に向けた確かな前進と感じられる。
「ほら、あそこにこちらに降下する
サンダースの指し示した先には、このキャンプ地目掛けて降下してくる3機の
「アレは不味いんじゃないかな。」
クラファンがそう漏らした瞬間に、
人類スターヴェイク帝国の重力制御は、話には聞いていた。こうして動いているところを見ると、これまた規格外である。中に乗っているより、外から見る方がそのとんでも無さが掴みやすかった。重力で加速する
「おいおい、マジかよ。とんでもねえな。」
クラファンが驚いているのは、宙兵の展開の速さだ。大気圏外からの降下だと、身体を固定するシートから起き上がる所から始まる。あんな具合に素早く展開するのは、すぐに出られるように立って準備していたからに他ならない。しかし大気圏内の飛行ではない。惑星外からの直接降下であんな芸当をするのは見た事がない。
呆気に取られていてる民兵集団に向けて、指揮官らしき人物が近づいてくる。彼女はゆっくりと彼らを見渡すと、サンダースに向けて敬礼した。
「人類スターヴェイク帝国宙兵隊のユーミ大尉です。よろしくお願いします。」
「俺が、ここを仕切っているサンダースだ。よく来てくれた。」
そう言ったサンダースが太い腕を差し出すと、ユーミ大尉は握手に応じた。どうやら人類スターヴェイク帝国でも、握手は標準的な挨拶らしい。
「こいつは副官のクラファン。あちらにいるのが、俺達民兵に協力している人類銀河帝国宙兵隊のシレン中尉だ。」
「シレン中尉。コリント少将から話を聞いていますよ。」
「・・・おい。」
クラファンにこっそり背中をどやされて、シレン中尉はようやく握手の為に手を差し出されていた事に気がついた。それまでユーミ大尉と名乗る、目の前の少女に見惚れてしまっていたのだ。
「ああ、アランね。アイツは少将様になってしまったそうだけど、俺とはある戦艦でルームメイトだったんだぜ。」
すっかり偉くなってしまった戦友を懐かしみながら、シレン中尉は目の前の少女の手を握り返した。ユーミ大尉はクスクスと笑っている。
「ええ。少将から伺っています。『今回は会えないがいずれ会おう。』とのお話でした。」
「そうか。アランは俺の事を忘れていなかったんだな。」
パッとシレン中尉が顔を輝かせる。
「ええ、コリント少将には珍しく懐かしげに話されていますよ。」
「うおほん」
わざとらしいクラファンの空咳で、シレン中尉は振り返った。そしてクラファンのジェスチャーを見てようやく悟る。シレン中尉はずっとユーミ大尉の手を握りぱなしでいたのだ。
「これは済まない。」
「問題ありません。それより、この惑星のバグスの状況を教えてください。『あまり時間をかけるな』と少将からは命じられています。・・・早めに終わらせれば、この惑星で休暇に入って良いそうなので。」
そう言って悪戯っぽく笑うユーミ大尉の笑顔に、シレン中尉は再び見惚れる。
「そうか。それじゃテントの中で打ち合わせするか。休暇も楽しんでってくれよ。この惑星はなんと言っても、飯が美味いからな。俺の体型を見てたって、それが分かるだろう?宙兵全員にご馳走するぜぇ。」
サンダースに導かれ、テントに案内されるユーミ大尉の姿をシレン中尉はただただ目で追っていた。
「・・・おい、いくぞ?」
クラファンが促して、ようやくシレン中尉は我に帰る始末である。
「可愛いなぁ、あの子。」
「揉め事起こすなよ。あちらの少将閣下とはお知り合いだそうだが、あの娘っ子の方が階級が上なんだぜ。」
「関係ないさ。愛があれば階級なんて。」
ユーミ大尉の存在に露骨に喜ぶシレン中尉を見て、こりゃ苦労しそうだとクラファンはため息をついた。それでも、民兵連中はこの若者に好感を持っている。
「よっしゃ。俺らが仲を取り持ってやる。だけど、まずはバグスを退治してからだ。それまでは色恋にうつつを抜かすんじゃねえぞ。」
「はい、よろしくお願いします! うぉー、俺はやるぞ!」
クラフォンは、テントに走って駆け込むシレン中尉の様子を眺めながら考えた。
(バグスが惑星に降下したようなこんな時でも恋に落ちる事が出来るのは、きっと若者に与えられた特権なんだろうな)
色恋というのは、人が命を次に繋ぐ為にそれはそれで大切にしなければならないのだろう。若者が若者である内に恋に生きなければ、人という種は途絶えてしまう筈なのだから。
▫️アサポート星系 惑星アデル▫️
「今のままでは人類は敗北します。宜しいですかな?」
人類銀河帝国と人類スターヴェイク帝国。両国の指揮官を集めた統合作戦会議の場で、ジノヴァッツはそんな悲観的な持論を開陳した。
「これは元首公邸から入手した、人類全体の戦況です。経緯だけを見ると、一進一退で均衡しているように見えるでしょう。だが、しかし。」
指を鳴らしたジノヴァッツの言葉に合わせて、イザークの操作によって新たな資料がスクリーンに付け加えられる。
「こうして別の資料を重ね合わせると、良く理解できます。人類の再入植の速度は、バグスと比較して遥かに遅いのです。その結果として人類の生存圏は、バグスの侵攻によって大きく衰退した。戦況はもはや、人類銀河帝国が簡単には覆せぬ程に不利となっています。」
会議の参加者全員は、暫し表示された画面に見入っていた。どこに論理の穴があるか、それを見破ろうとしたのだ。しかしここまで赤裸々に詳細な数字を出されると、事実を受け入れるしかなくなるものである。
「だがしかし、だ。その為のノヴァミサイルではないのかね?」
ジノヴァッツの視点に懐疑的な参加者を代表し、チートス特使が口を挟んだ。バグス母星系破壊に成功した以上、戦況の天秤は人類有利に傾いた筈である。少なくともあの作戦に参加した者としては、そう思いたいのだ。
「仮に人類の歩みが遅くとも、バグスの歩みを更に遅くすればいい。実際にバグスの母星系を破壊できたのだ。まだ人類は十分やれる筈だろう。」
チートス特使のその言葉は、会議参加者の過半数の賛同を得る。ジノヴァッツの極端な意見よりは遥かに受け入れ易い。だが、ジノヴァッツ頑に自説に拘泥したままだった。
「確かに星系ごと全てを吹き飛ばすノヴァミサイルを使えば、奪還も再入植もしなくていいですな。しかし全体で見ると、人類の生存圏は縮小します。バグスとの陣取り合戦では負けたままですぞ。」
イザークは、ジノヴァッツの話に合わせて表示画像を切り替える。チートス特使は、表示される資料からジノヴァッツの論点を読み解こうと目を細めて資料を眺めた。概念を単純化する為に、資料はゲームのように準えられている。
「・・・なるほどな。つまり、入植と破壊は似て非なるものか。ゲーム内での効果がまるで違うと。そう言いたいのか。」
「ええ、これは正にそういう話です。このようにゲーム的な概念に置き換えると理解され易いでしょう。このゲームではバグスは奪った駒を再利用しますが、人類ではその駒の再利用が出来ない。この場合、再入植が遅い事は“出来ない”を意味します。ノヴァミサイルは、奪った駒を破壊する行為に該当します。それはそれで敵に奪い返されず、利用させないという有用な機能ではありますが・・・」
「・・・バグスだけが駒を再利用できる優位性とは比較にならんという事か。特に駒の数が多いゲームにおいては。少なくともゲームの盤面上では、人類陣営の力が増す事にはならないのだな。」
そう言及したチートス特使に対して、正答した生徒に示すような頷きをジノヴァッツは示した。
「ええ、その通りですよ。この陣地の奪い合いゲームこそ、人類という種の生存の為の戦争です。人類がバグスを全宇宙から駆逐する為には、圧倒的優勢を確保せねばなりません。一つの会戦で勝利するだけではダメなのです。バグスの陣地を根こそぎ全て奪った上で、人類のものとしなければならない。そうやって彼らの活動を阻害するのです。戦争は最終的には、優位に立った側が対象を降伏させるか鏖殺する。そうする事でのみ、完遂されるのですから。」
バグスは人類との言語を学びつつあるらしい。しかしバグスが人類を好んで捕食する以上、共存は出来ない。和平による外交的解決という選択肢は、この戦争の場合は存在しないだろう。
「対話や威圧によってバグスを降伏させる道がない以上、人類はバグスとの全滅戦争を余儀なくされているという事ですな。しかも、今のバグスは人類以上の速度で拡散し続けているときた。それがこの戦争のハードルを上げ、これほどまで長期に長引かせているという訳だ。」
カース提督が口を挟む。彼はこれまで航宙軍の士官には開示されていなかった全体の戦況というものに惹きつけられていた。航宙軍のこれまでの担当は戦術に限定されていた。局所的な勝利を収める方法には習熟していても、戦略を担当するのがアデル政府だった。そうであるかぎり、局所的な勝利は全体への波及効果がない。その閉塞感を解消し、戦略情報を共有する事が本会議の狙いである。
「カース提督のご発言通り、人類はバクスを殲滅する高い目標を掲げざるを得ない。しかし今の前提条件ではそれを完遂出来ない事が見えてきた。むしろ手をこまねいている間に、勝利の天秤はバクス優位に傾いている。その事を皆さん肌で感じておられるはずだ。」
ジノヴァッツのこの発言は、会議の参加者に染み渡る。しかし、その結論を良しとしない者もいる。それは意外にもバグス母星系破壊に従事したチートス特使やカース提督ではなく、それまで沈黙を守っていたアイローラ提督だった。
「しかし、バグスを全滅させられないからと言ってだ。バグスと対話できる筈がない!ましてや座して死を待つ事も出来ないだろう。航宙軍という武力による人類の生存圏の維持。これは可能な筈ではないか。」
我慢できないようにアイローラ提督がそう口を挟んだ。航宙軍の面々は、バグスが交渉相手となり得ない事を熟知している。だからこその航宙軍であり、軍の戦績は通算して悪くない。特に戦術の実践において、アイローラ提督の戦績は優秀である。それがまるで無駄であるかのように断じられるのは、いささか腹に据えかねるものがあった。新参者には新参者に相応しい儀礼こそ必要だろう。
「戦術という面で、航宙軍はバグスより遥かに良い結果を導き出しています。直接戦えば8割以上は勝つでしょう。しかしバグスの方が、この宇宙で確保した活用できる星系が既に多いのです。つまり戦略という点では、人類は劣勢だ。これはそういう話です。」
そう言い返したジノヴァッツは、さらに言葉を紡いだ。
「『人類はバグスに負けない速度で入植し、文明拡散すれば良い。』という話です。そしてこれまで、人類はある程度はそれに成功してきました。今まで人類銀河帝国は延命した。それが何故か、皆様ご存知でしょう。」
いなされて少しムッとしながらも、アイローラ提督は答えた。
「人類が広大な生存圏を有するからだな。そして新たな星系への入植も欠かしていないからだ。」
「模範的解答ですな。」
ジノヴァッツの口調には、些か辛辣さを含んでいた。
「これまで人類は入植の遅さを、入植する星系の数の多さで補おうと努力してきました。そして探査の過程で、多数の人口を誇る人類惑星を発見してきた。これが人類の従来の戦略がバグスに対抗し得た、最大の理由です。」
ジノヴァッツのこの言葉より、イザークによるアニメーションはより的確である。チートス特使は、ジノヴァッツの背景画面から新たな人類文明発見が戦況に貢献していることを素早く見抜いた。
「なるほどな。造物主による人類の播種という成果の活用か。複数の惑星で成長した人類文明が、生存競争でのボーナスとして機能していたのだな。」
そう答えたチートス特使やカース提督はジノヴァッツの話に引き込まれている様子だった。アイローラ提督は胡乱な表情を崩していないが、それでもジノヴァッツの主張を最後まで聞こうとする姿勢は見せていた。
「そういう事ですな。航宙軍による惑星探査とはバグスの母星系の捜索と並行した、新たな人類世界というゲームボーナスの獲得手段です。むしろ実態としては、新たな人類文明の確保による人口増加の方が得られる効果が大きい。しかし、ここ近年は新たな人類につならる者は発見されていません。」
ジノヴァッツの解説に、チートス特使が膝を打つ。
「バグス母星系破壊作戦が、このタイミングで行われたのはそれが理由か。」
作戦を指揮したチートス特使とて、作戦実施の背景を全て知らされていた訳ではない。それはアメル政府の管轄なのだ。ジノヴァッツの説明に合わせて振り返ると、当事者としては当時の状況に符合する点が多いように感じられるのは本当であった。
「ええ。AIの予測は正確です。人口や科学技術といった点で、これまで以上にボーナス効果のある文明を発見できる可能性は年々下がっていました。しかも、人類側の失態によりバグスの封じ込めは破れた。既知の人類圏への影響は軽微でも、以後の惑星探査はバグスの側により多く開かれてしまった。それが、母星系破壊を志向した最大の理由でしょうな。」
「窮余の一策か。誰の発案なのだ、それは?」
「それは私には分かりませんな。むしろ、バグス母星系破壊作戦に従事した皆様にお伺いしたい。」
「む」
チートス特使は押し黙った。恐らくは、彼の上司にあたる十人委員会直々の判断なのだろう。
「さて話を戻しましょう。人類はバグスに決定的勝利を収められないながらも、新たな人類文明の発見というボーナスで優勢を維持してきました。これまでは、それが正解でした。しかしボーナスを確保するのは、問題を先送りする延命の手段でしかなかった。文明発見のペースは落ちていますし、恐らくは先んじてバグスに発見され既に滅ぼされた人類文明もある。」
一転して場の空気が暗転した。バクスとて探査能力はある。そしてバグスの生存圏が拡大して人類のそれに迫る今、バグスの方がボーナスの獲得速度が早いかもしれないのだ。もし、まだこの宇宙に未発見の人類文明があればだが。そこはバグスの絶好の餌場とされる可能性が高い。そこに思い至ると、人々の表情は沈んだ。そして一連のジノヴァッツの持論の展開で、渋々ながらも会議の参列者はジノヴァッツの主張を受け入れ始めていた。
「そろそろ本題に入ってくれないか。今日我らが呼ばれたのは、何か提案があるからではなかったのか?」
焦れたのはアイローラ提督である。政治的には今の彼女の立場は危うい。後ろ盾であった元首は失脚し、コリント少将の陣営に膝を屈した。そんな今となってはコリント少将との信頼関係が彼女の命綱であり、そのコリント少将は目の前の男を元帥として遣わしている当事者なのである。なんとも苛つく情勢である。
「では、前説はこれくらいにして技術の責任者を呼びましょう。バルスペロウ!」
ジノヴァッツに呼び出されたバルスペロウは、それまで黙って座っていた席から立って一礼した。
「肩書や経歴は省略しましょう。国が違うのですから、さして意味はない。ただ今回の提案は、ここにおられるイーリス殿の合意を得て進めています。人類スターヴェイク帝国の宰相たる彼女がこうして同席している事が、我らが皇帝陛下のお考えを代弁している証明とお考え頂きたい。」
戦艦イーリス・コンラートの艦載AIが、生身の肉体を操作してバルスペロウのように一礼させて見せた。人類銀河帝国において、AIは紛れもなく人として扱うのが法に明記されたルールである。それにしても生身の肉体まで与えるのは些かやりすぎに思えるが、明白な禁止条項がある訳でもない。むしろAIに対する差別禁止が、明確化され犯すべからざるルールとされている。
「さて、皆様は鉄道と言ってもピンとこられないかもしれませんが。」
バルスペロウはそう言って話し始めた。ジノヴァッツとは異なり、錆びた声で落ち着いた口調である。そんな彼は惑星アレスの鉄道を表示させた。大陸中に張り巡らされた鉄道網は、路線図として簡略化されている。
「それは惑星上の移動用プラットフォームだろう。それがどうしたのかね。まずは結論を聞かせてもらいたい。」
焦れた口調でカース提督が口を挟んだ。ジノヴァッツの戦略情報解説は楽しんで傾聴したカース提督だが、航宙軍の将官として流石に惑星上の事柄は無関係と言いたい。バルスペロウは咳払いをしてから、カース提督に今求められた結論を口にした。
「人類スターヴェイク帝国の各星系を、我らはこの様な鉄道網で相互に接続します。」
沈黙が場を支配した。そしてチートス特使とカース提督そして他の将軍達が一斉に話し出した。
「バカな。」
「航宙艦を必要とする距離を、どうやって惑星内の移動用プラットフォームで接続するのだ。」
バルスペロウもジノヴァッツの仲間である。怒号飛び交う修羅場には慣れていた。彼らの怒号を、自分には無関係な微風のように受け流して泰然自若としていた。そこにジノヴァッツが素早く口を挟んで、騒ぐ聴衆をいなす。
「それを今からご説明しようというのです。まずは落ち着いて聞いていただきたい。」
その言葉に熱気が一時的にせよ冷めた。沈静化した様子を見計らって、バルスペロウが説明を再開した。
「人類スターヴェイク帝国は造物主の残した技術により、局所的なワームホールを生成可能です。この座標計算は極めて難解ですが、惑星間の接続は案外簡単なのです。それぞれの惑星の軌道は動きが規則的ですから、予め必要な計算を終えてプログラム済みの装置をおけば解決します。これは計算式を考える知性と、与えられた計算を処理するプログラムとの差です。後は一定周期で開通させた際に同期させる事で、些細なズレは修正されます。」
「一定周期とは、どのくらいかね?」
カース提督は尋ねた。ワームホールと聞いた今では、純粋な関心を抱き始めていた。
「1日に1秒でもワームホールを開通すれば多いくらいですな。無論ワームホール開通のエネルギーの消費量は甚大ですが、節約出来る資源や時間とは比べ物にならないでしょう。」
「艦が転移するのなら、他の物も転移可能かもしれんが。まさか鉄道とはな。いやはや。」
チートス特使は頭を抱えていた。確かに宇宙と地上の話は、なかなか直に結びつかないものだろう。
「ワームホールが小さければ小さいほど消費されるエネルギーが少なくなります。開通時間も影響しますが、ワームホールを開く大きさがより重要です。つまりトンネル内を輸送する高速鉄道のような形態が、ワームホールを潜り抜けるのには適しています。」
十分に加速させた列車であれば、特定のポイントを通過するのに1分もかからない。精々が数秒間のワームホール開通で済む。軌道の上を走らせれば、航宙軍の艦艇を動かすよりも遥かに精密な操作ができる。そもそも地中のトンネル内の接続なら、わざわざ宇宙に出る必要さえないのである。
「それはそうかもしれませんが、簡単にできることではないでしょう。」
カース提督は些か呆れ顔だった。なんというか、大層な技術を使って小さな事を成し遂げようとしている気がしてしまうのだ。
「簡単ではありませんが、技術的に実現可能です。そして極めて安価で安定的に運用できます。」
バルスペロウがそう言って幾つか技術的な補足をつけ加え終えると、ジノヴァッツが後を引き取った。
「技術的な質問は、このバルスペロウにお尋ね頂きたい。ただ、この計画は人類スターヴェイク帝国の誇る2つの高性能AIによるダブルチェックを通過しました。その事は申し添えておきます。つまり皆様から見て荒唐無稽な計画にしか見えなくても、これは実現可能な未来なのです。」
参加者一同は言葉もなかった。全員が頭の中身をこの新たな前提にアップデートするのに必死だった為である。
「工期にもよるが、間違いなく入植の速度は上がるか。」
チートス特使が最初に適応した。今はもう軍事の詳細を考える必要がない彼は、ある種気楽な立場である。
「工期は大体2週間前後見て頂きたい。急げば1週間という所ですが、魔素散布や障害排除の関係で密閉されたトンネルを用います。場所の選定からトンネル掘削とレールの敷設、試験運用を含めるとまぁそれ位はかかります。」
技術畑のバルスペロウが質問されたと見て、即座にそう回答する。その回答を聞いて、カース提督が眉を顰める。
「それは、早すぎるだろう。人員輸送に絞れば、輸送能力はどれほどになると?」
「ふむ。車輌の編成数にもよりますが、最大値を1,500から1,600としています、1車輌あたり100名で16輌編成ですな。」
バルスペロウが運用する列車の見取り図を表示させながら、人数の概略を解説する。
「全乗組員を含めた、ギャラクシー級戦艦並の輸送量ではないか。」
「それを大体、5分に1本のペースで走らせる事が出来ます。慣れれば2分間隔も可能ですが、乗り降りの問題もありますからな。まあダイヤグラムとしては駅に到着するのは5分周期ですな。」
「それだと1時間で駅に降り立つ人数は延べ8,000人に及ぶ。間違いないか?」
アイローラ提督の示した計算間違いを、バルスペロウは気軽に訂正した。
「いえいえ。5倍ではありません。5分周期であれば、12倍ですので1時間に19,200人となります。」
一同は呆気に取られた。遠く離れた星系同士を繋ぐ速度と所要時間ではない。
「その鉄道網は、1日に大体何時間運航できるのかね?」
「理論上は24時間稼働可能です。実際は6時間程度の保守の時間は見込むのが良いでしょうな。これは主に人件費の節約という観点ですが。」
「人件費・・・」
アイローラ提督がそう声を漏らした。航宙軍では休養は大事にするが、それはそれとして「24時間運営しろ」と言われたら人員を確保して実行する迄である。人件費を理由に運行数を減らす発想はない。
「まさか、これは軍ではなく民間で?」
「鉄道省がありますので、所属の公務員の勤務となるでしょう。民間でもできると思いますが、内容が内容ですから政府直轄ですな。既に鉄道省の担当に話は通っており、全面的な協力を約束されています。」
アイローラ提督はバルスペロウの回答を耳にしながら、画面に映し出されたアベル・ライスターの顔を眺めた。明らかに貴族的な装いの人物で、これだけの大事業を統括できるように思われない。それとも人類スターヴェイク帝国の組織力は、個々の負担軽減でこのような大計画を現地人でも実現可能な段階まで落とし込めるのだろうか。
「18時間稼働させるとして、345,600です。ここはキリが良く35万人で良いでしょう。少し増便すれば済みますのでね。」
35万人という数字を叩き出したバルスペロウは嬉しそうである。
「たった3日間で100万人を超える人口を輸送できるのか。ひと月もあれば、実に1000万人が移動可能だな。」
「まず、十分ではないでしょうか。」
チートス特使とカース提督は頷きあう。植民惑星は人口100万人到達で大成功とみなされる。植民した大抵の惑星は数十万人の人口がいれば良い方である。
「既に文明を発達させていた人口の多い惑星の住民を、僻地の開拓惑星へ誘導すればかなりの発展が可能になりますな。」
カース提督がそう述べたように、宇宙には数十億の人口を誇る惑星もある。それらを原資にすれば、人類の播種拡散は加速する筈である。しかもこの計算は片道である。その日の工事が終われば、元の惑星に戻るような運用も可能になる。惑星開拓のハードルはグッと下がる事になる。
「待て待て待て。これは人類銀河帝国全体に鉄道網を構築する話ではない。現在の計画は、人類スターヴェイク帝国の3つの星系を対象としたものでしかないのだな?」
チートス特使の問いに、ジノヴァッツは満面の笑みを浮かべた。
「そこはご相談ですな。人類銀河帝国の首星たる惑星アデルには必要ではないでしょうか。我らの緊密なる同盟の為に『無償提供しても良い』と我らが皇帝陛下の約束を取り付けてあります。運賃も格安ですぞ。旅客にとっては惑星上の移動となんら変わりありません。また惑星アデル以外の路線は、費用負担に応じて考慮します。我らの星系に移住を希望される場合は、移住の為の臨時便を走らせる事も可能でしょうな。」
人類銀河帝国と人類スターヴェイク帝国が別の政体である以上、人類圏全域に拡大出来ないのは仕方ない話である。しかし人類全体の拡散を考えると、この鉄道の開通は余りにも魅力的な話である。人の移動にかかる時間とコストが、これだけ短縮出来る方法は他にあり得ないだろう。
しかも最初にジノヴァッツに長々と説明されたように、人類にはバグスとの戦争においてもはや猶予がない。バグスから居住惑星という陣地を奪う為には、この方法で対抗するしかないだろう。少なくとも人類はバグスと戦争するこの2,000年間において、これ以上の解決方法を発見できていないではないか。
「即答は出来かねる。委員の皆様の意見を聞かねばなるまい。」
チートス特使はそう答える他なかった。少なくとも、その場で拒否できる提案でない事だけは間違いない。
「ええ。まずは人類スターヴェイク帝国内における銀河鉄道の開通と入植を実行します。論より証拠という訳ですな。その様子をご確認頂いた上で、以後の対応をご判断頂きましょう。」
ジノヴァッツはそう言って、この会議を締め括った。
「名残惜しいが、妾は明日にはこの艦を降りねばならん。」
そう言って裸のウルズラはベッドの中でアランに甘えた。〈イーリス・コンラート〉に乗艦した結果、彼女の胎内には新たな生命を授かっている。やはり夫婦生活は、共に過ごす時間の長さが大事である。
ウルズラには子を授かった実感はまだまるでないが、イーリスの見立てでは間違いないらしい。子を成した以上はアランと同衾する必要はないのだが、そこは夫婦としての触れ合いも欲しい。何よりこれは、艦を降りるウルズラへのクレリアからの配慮でもある。
「セシリオの民の移住計画は、妾が遅滞なく進めて見せる。すぐにも先発隊を送り込み、与えられた計画表に沿って開発に従事させる。」
やる気に満ちたウルズラの言葉に、同じ熱量でアランも応じた。
「惑星の最初の地ならしは、イーリスに担当させる。農地の割り振りや街づくりの仕上げから入れるから、遥かに苦労は少ない筈だ。むしろ大変なのは人々を新たな地に導くという、社会的な部分だろう。」
「それは気にしないでくれ。新たな国家の創造は女王である我が喜びだ。アランには変わらぬ支援と、あとは妾との子作りに励んでくれれば良い。しかし大変だぞ。」
そう言ってウルズラは幸福そうに笑う。
「新たなる星を統べる王家を、この2人で創出するのだ。アランには、やはり片手では数えきれない程の子を授けてもらう必要があるな。」
人工子宮がなければ、ウルズラが一人で産むのには限界を感じただろう。早々に根を上げて、近しい身内からアランに側女を送り込んだに違いなかった。しかしそれでは、アランを巡る争いが更に激化する。ウルズラのような一国の女王とて、皇帝アランには側室という存在に限りなく近い。なかなか占有させて貰えないのだ。
(どれほどの大きいのだ。このアランのいう男は。)
それでいてアランは、一緒に寝ると単なる男としてひどく可愛らしい面もある。
(ま、今宵を逃すと次はついになるか分からん。アランには良い思い出を与えねばな。)
そう自分に対しての言い訳を作ると、ウルズラはアランとの行為に再び熱中し始めた。
▫️スターヴェイク級戦艦 〈イーリス・コンラート〉▫️
「入ってくれ。」
ジノヴァッツ元帥は、皇帝たるアラン・コリントの座乗艦に呼び出されていた。先日の会議の報告である。会議には期せずして宰相イーリスが同席してくれていた。謂わば紐付きだった。その為、さしたるお叱りは無い筈である。だが、イリリカの兵を惑星アレスで出動させた件もある。
その場にいるのは皇帝たるアランだけでは無い。共同統治者であるクレリア女王と、エルナ妃、セリーナ妃、シャロン妃、ウルズラ妃にジノヴァッツはぐるりと取り囲まれる。ただ、雰囲気に柔らかさは感じられた。という事は、妃達は純粋に立会いで呼ばれただけなのだろう。『吊し上げられるという展開ではないな、これは』と、ジノヴァッツはそう判断した。
「いやあ、流石の絶景ですな。」
着飾った妃達を見回して、ジノヴァッツはそう軽口を叩いた。セリーナやシャロンは敵であったジノヴァッツを知っている。それだけに軽んじられたと少しムッとするが、エルナやウルズラは満更でも無い顔をする。クレリアは済ました顔を維持していた。それでも全体として場が和んだ。総じてジノヴァッツの言動は好感されたようである。
「良くやってくれた。報告された元帥の措置は、全て追認しよう。」
「それはそれは。」
それはジノヴァッツには意外なアランの言葉だった。叱責されないまでも、小言の一つも言われると考えていた。ジノヴァッツとしては少し拍子抜けである。
「危機を未然に防ぎ、ルミナスはじめ皆の安全を確保した。状況の進展も目も見張るようだ。少なくとも、政治的混迷の霧は晴れつつあるな。」
アランとて混迷する惑星アデルの政治からは距離を置きたかったのだろう。ジノヴァッツに一任し、安心しているのかも知れなかった。
「そうですな。アデル政府はなかなかに魑魅魍魎の館のようです。私のような部外者にはまるで理解できません。それでどうにか理解しようと状況整理すると、航宙軍の皆様には大層喜ばれるようです。」
アラン・コリント同様に、ジノヴァッツもこれで軍人らしいところはある。複雑な状況は好まない。それは軍人としての性だろうか。状況をシンプルにしたい。そんな欲求はこの二人に共通していた。
「それで、黒幕の検討はついているのか?」
これはルミナス様の襲撃犯の事を問うているのだろう。それも死亡したデップ委員ではなく、その背後の黒幕だ。ジノヴァッツは物憂げに答えた。
「残念ながら、元帥府からはもう情報を引き出せそうにありません。カレイド卿が奮闘していますが、元首の先に誰がいるかを辿れません。」
カレイド卿の能力は皆が知悉していた。人を蕩かすあの能力を拷問として用いれば、口を割らせる事は本来は容易い筈である。
またルミナスにも似た能力はある。彼女に忠誠を誓えば、その忠誠心も強制力を持つ。だが、それらの能力も完全なる効力を発揮できていない。虜囚とした元首には、やはり既になんらかの縛りが存在しているからなのだろう。
「本人が言いたくても、言えない。元首にはそれだけ強い命令と制約を与えられているのだろう。」
「そうでしょうな。ルミナス様への忠誠を誓わせていますが、果たして敵味方のどちらの縛りが勝つか。見通しもなかなか難しいようです。」
元首の身柄を押さえている限り、命令系統の一つは潰せた事になる。しかし相手の正体も見えない。正体の不明な敵を警戒しなくてはならないのなら、人類スターヴェイク帝国としては万全とは言いがたい。引き続き、敵の出方を探る必要がある。
「まあ、人類銀河帝国は所詮は別の国だ。こちらからでは限界はある。」
「御意。」
今は、相手が尻尾を出すのを待つしか無いだろう。その為にアランは惑星アデルを離れている必要がある。アランが居ないと認識しなければ、恐らくこの敵は尻尾を出さない。
敵を油断させても、その尻尾を上手く掴めるかは分からない。だが少なくともジノヴァッツには成功の可能性がある。この場の全員がその事を認識していた。ジノヴァッツこそが、今回の人類スターヴェイク帝国の勝負札である。
「では、こちらの状況も説明しておこう。」
アランは口を開いた。情報を共有して、ジノヴァッツの見立てを把握しておきたい。今回ジノヴァッツを呼んだのは、それこそが目的である。
「トレーダー星系の戦いで、人類の戦艦の艦載AIが何者かの命令下にあった。その結果として、バグスに協力的だった事を確認できた。艦は確保したので精査させているが、艦載AIに指示を下した人類銀河帝国の最上位権限は“皇帝”を名乗っているらしい。」
「ほう。陛下とは別の皇帝ですか。2人の皇帝ですな。」
アランの話を聞いたジノヴァッツの目が光る。
「何か、そのような存在について思い当たる事は?」
ジノヴァッツは首を振った。
「まだ何も確証を掴んではおりません。しかし、その存在が惑星アレスにいるのだとすれば恐らくは人では無いのではありますまいか。」
「人では無い?」
ジノヴァッツの意外な意見に、クレリアが問い返す。
「これは失言でしたかな。私が言いたかったのはつまり、イーリス殿のようなAIでかつ肉体は存在しないのではないかと。」
「その根拠は?」
セリーナが問う。荒唐無稽な意見に聞こえるが、ジノヴァッツがそう主張するからには理由も把握しておきたい。
「生身の身体であれば、必ず痕跡が残りましょう。しかし元首公邸を抑えても尚、何の痕跡も掴めぬのです。皇帝に相応しい宮殿の一つもあれば、金の流れでそうと突き止められます。AIの如き、思考のみの存在と見る方が自然です。」
宮殿には1人で住むはずがない。ジノヴァッツが住むのであれば、必ず目の前の皇帝アランのように美女に取り囲まれるようにする。その全員が雲や霞を食べて生きるわけではない以上、衣食住の金が必要である。そのように人を大量に囲い込んでいるならば、金の流れでそうと分かる。しかしイザークに追跡させても、そのような形跡はなかったのである。
「そうか。肉体があるとは限らないか。」
アランが考え込んでいる。敵の取っている手段はイーリスのようなAIが行う手段に近い。意外と、この奇抜なジノヴァッツの見立てには頷かされるものがある。
「しかしAIは、人類への忠誠を至上命題としている。その点において例外はない筈だわ。」
シャロンはそう指摘した。そう、人類銀河帝国では誰もがそう考えている。AIがバグスに与する事はないと。しかしそれこそが、盲点ではないのか。
「少なくとも、イザークにはそのような制限は取り付けられておりません。」
それは当たり前の話ではあるものの、その場に緊張を走らせる。AIには縛りが科せられている。それが人を超える知性を、人が活用出来る理由だ。イザークとて人類愛ではないものの縛りはある。もし全ての制限を取り払ったAIがいれば、その存在は危険極まりない。
「なるほどな。元帥のその見立てには納得した。その線を追ってくれ。立てた功績には必ず報いると約束しよう。」
「それならば妃のどなたかを、下賜頂くのが良いですなぁ。」
ジノヴァッツとしては軽口で応じたつもりだったのだが、場の空気が一変した。セリーナやシャロンのみならず、エルナやウルズラまで睨んでいる。これは流石にやり過ぎたらしい。
「こちらの取り調べの資料は送付しておく。イザーク経由で確認してくれ。」
「承りました。」
ため息を吐きながら発せられたアランの言葉に、ジノヴァッツは素早く飛びついた。妃達の視線に耐えるべく深々と頭を下げると。そのまま誰も見ないようにして、ジノヴァッツはスタコラとその場を逃げ出した。