【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる)   作:高坂 源五郎

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Ⅳ 対バクス戦争の終結 110話 【ルミナス篇⑧】 決意

Ⅳ 対バクス戦争の終結 110話 【ルミナス篇⑧】 決意

 

▫️トレーダー星系 惑星ランセル▫️

 

「なんだって、その話は本当なのか?」

 

突然大声を出したサンダースに、シレン中尉とのお喋りに熱中していたユーミ大尉は狼狽えた。サボりとまではいかないが、休憩中だった若者が大声を出すおじさんに現場を押さえられた構図だ。会話に集中してすっかり油断していた所をおじさんに食い付かれた、若い娘特有の「面倒くさいなぁ」という感覚である。

 

「・・・ええ。バグスの駆逐が思わしくない場合、惑星防衛手順に添った非常用手段が発動されることになります。」

 

サンダースはムスッとした顔で訂正する。

 

「そっちの話じゃない。その前の銀河鉄道についてだ。」

 

「ああ、その件ですか。」

 

ユーミ大尉はようやく理解した、という顔をしてみせた。シレン中尉と楽しくおしゃべりしていただけなので、話の内容は適当だったのだ。話題は常に移り変わるもの。話題が切り替わる前の内容なんて説明されるまで思い出せない。得てして、会話に参加しないで聞き耳を立てていた側の方が詳細を記憶していたりするものだ。

 

「ええっと。人類スターヴェイク帝国は、保有する3つの星系と惑星アデルを鉄道網で接続します。人類銀河帝国議会の承認も得られたそうですよ。」

 

シレン中尉は人類銀河帝国の士官であり、情報共有に制限はない。だからユーミ大尉は“士官同士の情報共有”という名目で、ずっとお喋りに興じていた。

 

民兵の頭目のサンダースとなるとその適用範囲かは些か怪しかったが、司令部にいる人間なので問題はない筈だ。ただ本当は民政に関わる内容は関係ないといえば関係ないのかもしれない。まあしかし帝国議会を構成する各惑星の議員が知っているなら、やはり問題はなさそうに思える。

 

「・・・本当に、そんなことが可能なのか?」

 

サンダースの口振りは疑わしそうである。人類スターヴェイク帝国という異質な存在に、良くも悪くもまだ慣れていないのだ。

 

サンダースは民兵集団なので、航宙軍には共有されている情報のアップデート対象からは漏れている。普段の軍事活動に支障ないのは、航宙軍OBとして同じ常識を共有しているからだ。人類スターヴェイク帝国の出現のような形で既存の軍事的な常識が上書きされると、途端についていけなくなる。そもそも正式に情報を共有された航宙軍でさえ、未だに技術的な共有内容には半信半疑なのだから。

 

「ええ、勿論。〈イーリス・コンラート〉の移動の速さを見れば伝わりますよね?」

 

心底不思議そうにユーミ大尉は尋ねた。彼女にとって既存の人類銀河帝国の技術も、人類スターヴェイク帝国の保有する造物主由来の技術もまるで区別がつかない。全てまとめて“なんか凄い技術”という程度の理解なのだ。

 

そもそも、蒸気機関で走る鉄道ですら最新鋭という惑星アレスの出身だ。ついこの間まで、陸路の公共輸送機関は馬車しかなかった。その上、樹海の都市アレスを訪れるまで教育らしい教育も受けていない。士官教育を受けた今は、必要とする知識はパッと思い出せる。上陸艇(エアシップ)だって操縦できる。だが、歴史や技術体系という点ではあやふやだ。そして、相手の常識と自分の常識が違うという視点は完全に抜けていた。

 

「何やら、運賃も安いって話だったが。具体的にどんな塩梅だ?」

 

「片道で200ギニー行かないって話ですから、銀貨2枚でお釣りが来ますね。」

 

「それは一体全体、人類銀河帝国でいうところの何クレジットなんだ?」

 

「そうですね。」

 

ユーミ大尉はしばし思い悩んだ。為替の変換レートは策定されているが、これは給与用である。一般化していいものか分からないが、難民も同じレートを適用されたと聞いたことがある。それによると1ギニーが100クレジットだ。

 

「2万クレジット未満でしょうか。多分、1万5千クレジット位だと思いますけど。」

 

「・・・星間旅行にそれは安すぎるだろう。宙港までの惑星内の片道移動料金だって、それくらい取るぞ。」

 

移民の為の航宙艦の乗船チケットは、概ねその数百倍である。数字の0を2つ足して、更に3倍にする必要がある。

 

「確かな話なんだな?」

 

「確かな話も何も。既にイリリカ王国のアマド国王もセシリオ王国のウルズラ女王も、アラム聖国でさえ文官総出で植民の準備に動いていますし。」

 

行政についての人類スターヴェイク帝国のスピード感たるや、驚異的である。そもそも軍事作戦と並行してこの手の政策が稼働するが、ユーミ大尉が気がつくと粗方形ができて稼働している事が多い。高性能AIが立案した内容を皇帝が承認するだけなので、発令までの速度がそもそも速いのだ。

 

計画は内容に沿って担当者を決めると、自然に動き出すように出来ている。ウルズラやルミナスは新たな星系に封ぜられた、つまりは新領地を得た。抵抗感がある訳がなく、計画を実行するのはごく自然な事である。計画に沿った担当は速やかに決定され、各事業がすぐに開始される。

 

各国内に公布された開拓事業に応じる、応じないは個々人の裁量である。計画当初から必要な人員が揃うわけではない。だが、よりより仕事を求めている層は常にいる。有力諸侯や貴族も、君主のお声がかりとなれば一族の派遣に応じる家は多い。これらを先発隊として、段階的に開拓地に送り込むのだ。

 

既に各国が現地に第一弾の先発隊を送り込み始めている。土地の広さや距離の遠さが従来の惑星アレスの基準からするとやや異例ではあるが、汽車で行き来出来る場所なら惑星アレスの住民にさして拒否感もなかった。

 

「もう建国というべき規模ですが、特にセシリオは前のめりですね。イリリカはまだそこまでですが、兵は多数用意しているのでなんだかんだで準備は進みそうです。」

 

民間活用のセシリオ、軍の主導で進めるイリリカという構図である。更にはルミナスに帰依するアラム聖国をはじめとした他の国からも人が流れ込む。受け皿さえ整えば、新たな星への人の移動は急激に進む事になる。

 

「いやはや。この流れに乗らない手はないな。」

 

そう呟くと、サンダースは通信機を取り上げた。この話は民間にまだ降りていない。それはきっとアデル政府でさえ、この壮大な計画に半信半疑だからだろう。運賃という詳細まで掴んでいるのは、ごく少数に限られる筈だ。詳細を知るのは軍人が大多数のはずだから、民間人であるサンダースがこの情報を掴んだのは獲難き幸運だった。そしてサンダースはこの幸運を手放すつもりはない。

 

「ザリンスキー、クラファン。攻撃中止だ。まだだ。まだ、バクスを駆逐するな。奴らは人類スターヴェイク帝国との話し合いが完了するまでは、暫し温存する。」

 

現在はザリンスキーとクラファンが前線に展開し、バグスを惑星ランセルの限定された僅かなエリアにまで追い詰めている。『最後の仕上げはこちらでやる』と宙兵隊には待機して貰っていたのだが、サンダースの勘によると全ての予定を変更する必要があった。

 

『あと一息でバグスを全滅させられるぞ。どうした、サンダース?』

 

ザリンスキーから素早く応答がある。その声の調子から、まさにザリンスキーが勝負の決着をつける直前だったなとサンダースは察した。

 

「それがな。まだこの惑星のバグスを生かしておく必要が出た。」

 

『サンダース、これは政治的な判断か?それとも軍事的な判断か?』

 

今度はクラファンが尋ねた。かなり慎重な口振りである。クラファンはサンダースの軍事的な才能をまるで評価していない。だが政治的な判断については常に尊重する。だからこの判断についてはどちらが動機なのか知る必要があるのだ。『軍事的な判断だ』などとサンダースが口にするようなら、当然却下するまでである。

 

「政治的な判断だ。」

 

『はぁ』

 

クラファンが大きなため息をついた。

 

『了解した、サンダース。包囲しての封鎖に切り替える。ザリンスキー、部隊の配置を変更しよう。』

 

『おう、了解した』

 

シレン中尉とユーミ大尉は目を丸くしていた。今の話でバグスがこの惑星でなぜ殲滅されなくなるのか、まるで意味がわからない。

 

「ところで相談があるんだがね、大尉どの。」

 

サンダースが猫撫で声を出しながらニカっと笑った。

 

「トレーダー星系はバグスに手を焼いていて、復興の為の支援が必要だ。なんせバグスの侵攻はこれが初めてって訳じゃない。今もバグスを駆逐できていないんだからな。復興にはとても手が回らん。それで人類スターヴェイク帝国に助けてもらうには、一体全体何をどうすればいい?」

 

 

 

 

 

▫️アサポート星系 惑星アデル▫️

 

『それでは、行ってまいります。』

 

「ハラスメントがあれば、我慢せずにすぐに報告するのですよ。」

 

イーリスのかけた言葉に笑顔で頷くと、ルート・バールケ中尉とカーヤ中尉以下の一団はそれぞれの 上陸艇(エアシップ)に乗り込んだ。そして2機の上陸艇(エアシップ)は〈イーリス・コンラート〉の宙港から離昇していく。

 

今後、彼女達はスターヴェイク級二番艦の〈イザーク〉へ配属する事になっていた。ルート中尉とカーヤ中尉は先日のバグスとの戦闘で、一人前の士官だと証明した。セリーナとシャロンからの『教えられる事は、全て教えた』との太鼓判もある。

 

〈イザーク〉の指揮はジノヴァッツ元帥に任せるが、彼には手足となる航宙軍の士官も必要だろう。ということは元帥を補佐する士官が、彼の監視役も兼ねられるのが最善だろう。宙兵隊と共に派遣されるルート中尉とカーヤ中尉は、元帥の良き補佐役となる筈である。優秀な士官を手元から離すのは惜しいが、全体の効率と彼女達の成長を信じれば他に選択肢はなかった。

 

〈イーリス・コンラート〉には専任の宙兵隊指揮官としてユーミ大尉がいる。スターファイター指揮官として、ユッタ中尉もいずれ戻す。

 

一方の〈イザーク〉には主にイリリカ兵が乗り組む想定だ。とはいえ、ジノヴァッツの下に配置するのが士官2名だけなのは些か少ない程である。何といっても、こちらにはセリーナとシャロンの2人のコンラート少佐を残しているのだ。派遣した士官との質の差があるのは否めない。

 

本来であればセリーナとシャロンという佐官を、それぞれルートとカーヤという尉官のどちらかと組ませて派遣する方が正解だったかもしれない。しかしながら先日のジノヴァッツの“下賜”発言が、些か厄介な形で尾を引いていた。妻の誰かをジノヴァッツ元帥の下に置く配役は、関係者に誤った印象を与えかねない。

 

それにジノヴァッツとしても、俺の妻の佐官を派遣されるよりはあの2人の尉官の方がマシだろう。それでジノヴァッツの副官役としてバルスペロウを少佐に昇進させ、〈イーリス・コンラート〉から中尉を2名送り込む形とした。

 

「さて。こちらも、もうそろそろだな。」

 

俺は艦隊本部から出向しているケンジントン技術大尉の作業チームの方へと向き直った。トレーダー星系からアサポート星系への帰還にあたり、俺は破損した三隻のギャラクシー級戦艦を回収した。ケンジントン技術大尉は、その破損状況の評価査定の為に<イーリス・コンラート>を訪れているのだ。修復の可否の判断が、彼の主な業務内容となる。

 

「どうかな、ケンジントン技術大尉。」

 

俺の問いに、本日の会合に備えて待機していたケンジントン技術大尉は小さく首を振ってみせた。今日は3隻の艦の乗組員(クルー)達を回収する上陸艇(エアシップ)が到着する。その際、艦の引き上げについても連絡を受ける手筈になっていた。

 

〈イーリス・コンラート〉のシャトルベイは実質的には下手な星系の宙港より大きい。そこには連絡艇(シャトル)上陸艇(エアシップ)に混じって、回収した3隻のギャラクシー級戦艦が横たえられている。ケンジントン技術大尉の率いるチームは、そこで作業していた。

 

シールドのすぐ外は真空である。俺には落ち着かない場所だ。作業チームは慣れているだろうとはいえ、あまり長居したい場所ではない。

 

「2隻は復活可能です。しかし、〈奔霄(ほんしょう)〉については手の施しようがありません。廃艦が妥当でしょう。」

 

「そうか。」

 

どの艦も漏れなくバグスに侵入され占拠されていた。しかし被害の程度が重いのは、指揮艦である〈奔霄(ほんしょう)〉だった。その破壊には、突入した俺も少なからず責任がある。

 

「資材を投じれば、まだ復活可能に見えるが。」

 

かつての〈イーリス・コンラート〉はより酷い有様だった。それを復活させた立場からすると、少し諦めが早いようにも見える。

 

「対費用効果が悪いのです。また新型艦は、コストを重視しています。それはつまり、修理前提ではない部品を採用する事を意味しています。耐久性の担保がない以上、新規建造が選択される事になるでしょう。」

 

ケンジントン技術大尉もまた、査定はするが決断をする立場にはない。彼としても、艦の修理については考える事があるのかもしれなかった。

 

「そうか、すまなかった。」

 

ケンジントン技術大尉は、俺の謝罪に少し驚いた様子だった。

 

「いえ、少将が艦を回収されてバグスの手に渡さなかった事は人類の勝利ですから。」

 

我々がそんな会話している間にも、惑星アデルからは新たな連絡艇(シャトル)が接近していた。こちらが本日の宙港での主要なイベントである。ルート中尉とカーヤ中尉の出発は、このイベントがあるからその少し前に設定したようなものだ。

 

「やあ、コリント少将。出迎え痛み入る。」

 

連絡艇(シャトル)から降りたカース提督と、俺は手を握り合った。

 

「直々に来られるとは驚きましたよ、カース提督。」

 

「厄介な話ですからな。直接出向くのに限ります。何事も自分の目で見て確認しないと。」

 

そう語るカース提督はフットワークの軽さが、将官としての魅力なのだろう。

 

「案内しましょう。」

 

「それは助かります。可能なら少しお話ししたいのですが、視察の後で少しお時間を頂けますかな?」

 

「もちろんですとも。」

 

ケンジントン技術大尉のチームの他、救出したクローンの士官達も各艦の近くに揃っている。カース提督は彼女達に対する簡単な聞き取りと視察を開始した。

 

 

 

 

 

「・・・さて、ざっと終わりました。」

 

素早く視察を済ませたカース提督が、俺に声をかける。会合を持ちたいと冒頭に述べていた。今がその頃合いという事なのだろう。

 

「部屋は用意させています。惑星アレス自慢のお茶でもいかがでしょうか。」

 

「それはありがたい。帰還する部下達が連絡艇(シャトル)に乗り込む間に、一服出来ますな。」

 

宙港には、出撃するパイロットの控え室や旅客の為のラウンジがある。そんな中に多目的な部屋も設けてあるので、カース提督の一行を案内した。特に形式張った場ではない筈だが、互いに士官を2名従えた3名ずつである。

 

こちらの出席者はセリーナとシャロン。カース提督の随員はケンジントン技術大尉とアインス艦長である。その人選は少しだけ気になったが、〈奔霄(ほんしょう)〉の被害が甚大という話なのだから妥当な人選なのかもしれなかった。

 

人数分のカップを載せたトレーを持って入室したエルナが全員にお茶を配り終えると、カース提督がカップに口をつける。そしてエルナが退室したの見計らって話し出した。

 

「まずは今回の救出について、貴国に感謝します。」

 

2人を従えて俺の対面に着座したカース提督は、そういって頭を下げた。慌てた様子で、ケンジントン技術大尉とアインス艦長も頭を下げる。

 

今日のカース提督の対応は少し印象が違う。以前より丁寧に感じるのは、彼なりに部下を助けた恩義を感じての事だったのかもしれない。

 

「同じ航宙軍として当然の事です。次はこちらが助けて頂く機会もあるでしょう。それで、お話とは?」

 

「〈奔霄(ほんしょう)〉の件です。」

 

「その艦は、修復が困難と聞きました。」

 

「今は一隻でも艦を復活させたい。しかし、機関を喪失した以上それは難しい。」

 

今の奔霄(ほんしょう)は独自の機関を持たない。こちらが提供する外部電源に頼る状態である。〈イーリス・コンラート〉は電力に余裕があるので支障はないが、単独航行させるとなるとハードルが上がるのは理解できる。

 

「さて、そうなると一つの問題が生じます。」

 

「艦の廃棄ですか? 廃棄されるなら、置いて行って頂ければこちらで引き取ります。資材分のクレジットを支払ってもいい。」

 

「それは助かりますが、他にも問題があります。』

 

そういってカース提督は、アインス艦長を眺めた。その視線は、どこか哀愁を帯びている。

 

「残念ながら、彼女達は艦載AIと対で運用される。」

 

カース提督の口調は、どこか不吉さを孕んでいた。

 

「というと?」

 

「新たに建造される艦には、専任のクローン将校が用意されます。クローンの運用に対する、アデル政府の科した厳しい基準はご存じでしょう。艦が修理されないという事は、軍に居場所が無くなることを意味します。軍に居場所がなくなれば、彼女達は処分される運命です。少なくとも、今の航宙軍の運用ではそうなっています。」

 

カース提督の言葉に俺はゾッとした。彼女達はクローンとは言え紛れもなく生きている人間で、共にバグスと戦った戦友でもある。

 

それでもなお、軍籍を離れれば人類銀河帝国は彼女達を人とは認めないのか。しかも軍を離れなければならないのは、彼女達に新しい艦を用意できないのが理由だ。それは彼女達の責任ではないだろうに。

 

俺は何か悪態を吐こうとして、その言葉を飲み込んだ。カース艦長とて、現状を良しとしていない。しかしアデル政府に従う軍人としての限界はある。だからこそこうして、わざわざ俺に話をしに来てくれたのだ。

 

「では、彼女達はこちらで引き取りましょう。私が、人類スターヴェイク帝国の軍籍を与えます。」

 

「そうして頂けますか。」

 

カース艦長は明らかにホッとした様子だった。彼の中では、俺が彼女達の身元を引き受ける可能性に期待をしていたのだろう。俺は彼女達に深く関わっているし、クローンにも理解がある。

 

「こちらでの手続きは進めておきます。幾つかの覚書の交換が必要になる筈ですが、本件で事後に責任を追求される事はないでしょう。」

 

その時、俺はセリーナとシャロンが何か言いたげな事に気がついた。彼女達の意図することを、その目つきから俺は多分理解していた。

 

「こちらからも一つお願いがあります。彼女達の姉妹なのでしょう。あの艦載AIも正式に引き取りたい。」

 

カース艦長は少しだけ躊躇った。

 

「廃棄する艦のAIです。構わないでしょう。所轄提督である私の権限で、その許可を出しておきます。」

 

 

 

 

「見送りは結構。」

 

そういってケンジントン技術大尉を従えたカース提督が退室した後、もはや艦長の肩書きの外れたアインスだけが残された。部屋を沈黙が支配する。セリーナとシャロンは何か言いたげにこちらを見ていた。

 

その場にいたのに当人の意思を聞かずに、まるで猫の子でも貰うような調子でカース提督と話を進めてしまった。失敗したなと思っても、話の流れがある。あそこで口を挟まずにはいられなかったのだ。炎炎と腹の探り合いをしていては、アインス本人をより傷つけるだけだっただろう。

 

「アインス、君の意思を確認しなかったのはすまなかった。」

 

慎重に言葉を選びながら、俺はアインスに声をかけた。

 

「本艦は優秀な士官を探している。君や君の姉妹達に人類スターヴェイク帝国での軍籍を与えるつもりだ。どうだろう、この申し出は。」

 

俺を見つめ返すアインスの目から、ブワッと涙が溢れ出た。セリーナとシャロンが席を立つと慌てて左右から駆け寄る。やはり彼女はセリーナやシャロンと何も変わりない。クローンといっても、どこまでも普通の人間なのだ。

 

「・・・嬉しいです。姉妹達も喜びます。」

 

両目から溢れる涙を手で拭いながら、アインスが答える。

 

「今までの君の階級は、准将か?」

 

「いえ、私達には階級は存在しませんでした。あくまでも役職だけです。」

 

「そうか。」

 

クローン士官はあくまでも所定の役割を果たすように作られた存在、という位置付けなのだろう。新米少尉としての経験もなく、そのキャリアは潰しが効かない。他の用途に使いづらいのは理解できた。

 

艦を喪失する程追い込まれた場合、助かる前提とされていない。そもそもの想定外ということなのだろう。優秀な士官のクローンの筈だ。それを他の艦に配置しようとしないのは、クローンに対する差別としか思えない。

 

「士官としては1からやり直しになるが、全員を少尉として迎える。能力を示せば、階級はすぐにでも引き上げる。」

 

横からシャロンに鼻を噛んでもらいながら、アインスは泣いていた。あれは嬉し涙で良いんだろうか。そんな単純なものではないのかもしもれない。それは傷つけられ虐げられたた者が、この世の不条理さに憤って流す涙なのかもしれなかった。

 

「軍を離脱しても、我が国ではクローンは自由だ。君達は自由な国民として扱われる。今すぐに退役しても、新たな仕事の世話はしよう。」

 

「捨てないで下さい。私達を航宙軍に残しておいてください。その為に、生まれてきたのですから。」

 

泣き止んだ後で漸く絞り出されたアインスの反応は、思いがけず激しいものだった。生きる目的を他に知らないのなら、人はそれを奪われまいとするものなのだろう。

 

「勿論だ。だが、君たちもいずれ恋をして結婚する事になる。そんな時に退役を望んでも、それは構わない。君達はもう自由なのだから。」

 

いずれ航宙軍以外の生き方も存在する事を知れば、自分に適したライフスタイルへと人生を変えていけるだろう。

 

「自由なんて要りません。少将の下で戦って、必要とされなくなれば死にます。」

 

ポツリと、アインスが呟いた。セリーナとシャロンはその剣幕に驚いているが、どこかその口調には共感する部分もある様子だった。

 

「この艦ではセリーナとシャロンが直属の上司として君達の面倒を見る。俺たちは最後まで仲間を見捨てない。だから死ぬ必要なんてないさ。」

 

最後は少し語気を強めてしまった。俺の言葉に、アインスは泣くのを止めた。まだ頬を伝う涙を手のひらで拭いながら、彼女は敬礼していった。

 

「分かりました。必要とされる限り、私達は皆全力でお仕えします。」

 

その様子を見ると、まだ一抹の不安はある。だが、彼女達を人類銀河帝国に置いておくよりはよほど良い境遇の筈だ。

 

「では、姉妹達も迎えに行こう。俺から全員を勧誘した方が良いだろう。」

 

アインスはそこで、ハッとしたような少し申し訳なさそうな顔をした。

 

「あの、少将。もうみんな知っています。この会話は全員がモニタリングしていたので。」

 

「・・・そうか。」

 

考えてみればそれも当然の話なのかも知れない。自分達が生きるか死ぬかの境目だったのだ。正確な情報を知りたいという気持ちは咎められない。

 

「それでは、今から全員に72時間の休暇を与えよう。艦内には完全オフとする為の避暑地もあるから案内してもらえ。休暇が済み次第、君たちにはバリバリ働いてもらうぞ。」

 

 

 

 

アインスを引き連れたシャロンが、アインスと姉妹達の新たな生活の準備へと向かう。全員に部屋割りをしてから、アインスの姉妹達を引き連れて艦内ツアーに向かうのだ。休暇の楽しみ方も知らないだろうから、街や海岸も案内するそうだ。

 

部屋を去る2人を見送りながら、俺はすっかり冷めてしまったティーカップに手を伸ばした。熱いうちに飲む機会を逸したが、せっかくエルナの淹れてくれたお茶を無駄には出来ない。

 

「あの子達は、私たちと重なって見えましたか?」

 

そんな時に俺と共に部屋に居残ったセリーナが、俺の傍につと腰を下ろしてそう尋ねてきた。

 

「全く意識しないと考えたら、嘘になるな。」

 

俺はそう答えた。今回の決断はセリーナやシャロン、そしてイーリスという存在を知っていたからこそかもしれない。

 

「アランは私達に優しいわ。そういう所は凄く素敵。でも、私達はただアランの重荷になりたい訳ではないの。」

 

そう言いながらセリーナが俺に抱きついてくる。委ねられたセリーナの重さと匂い、押し当てられた胸の膨らみ。相手が自分の妻とはいえ、セリーナの親愛の表現にドキドキする。

 

「生み出されたからには、幸福になる権利がある筈だ。能力があれば活躍し、能力を示さずともそれなりに暮らせる。人類スターヴェイク帝国は、そういう国家でありたい。」

 

「アランの願うそんな人類スターヴェイク帝国の姿は、人類銀河帝国の現実とはまるで違うわ。」

 

そのセリーナの言葉は、酷く重かった。この先、何をどこまで抱え込むのか。その覚悟を問われているのだろう。

 

「そうかもしれないな。」

 

俺はそう答えた時にハッキリと知覚した。クローンを全て救おうとすれば、人類銀河帝国とは必ず衝突する事を。それをセリーナは、“アランの重荷になりたい訳ではない”と表現したのではないだろうか。

 

「セリーナやシャロンだけではない。俺はクローンやAIやドラゴンも含めた全ての“人格”が幸福に暮らせるようにしたい。そうでなければ、バグスに対して結束して全力で戦う事など出来ないだろう。」

 

アデル政府の支配する人類銀河帝国では、やはりクローンは幸福には暮らせない。ドラゴンに人権が認められるかも怪しい。この国を変えるか、或いはどこまでも人類スターヴェイク帝国と同じ価値観に染めていかねばならない。多少強引な手段を使っても、幸福に生きられる者はその方が数が増えるのではないか。

 

「そうね。私もそう思う。でもアランがそう考えてくれて、私もシャロンも本当に嬉しいわ。あの子達を助けてくれてありがとう、アラン。」

 

頬に感じるセリーナのキスと吐息は、とても甘くそして柔らかかった。

 

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