【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる) 作:高坂 源五郎
Ⅳ 対バクス戦争の終結 111話 【ルミナス篇⑨】 禁忌
▫️スターヴェイク級戦艦〈イーリス・コンラート〉艦橋▫️
『ルミナス様に、全てをお伝えする日が来ました。もしコリント少将も同行をご希望されるのでしたら、お二人のご都合の良い日に当方の神殿までお越しください。』
俺がモスマン師から受け取ったメッセージは、新人類教会の本拠地であるマクミラン神殿への招待だった。
『ご都合の良い日にお越しください。』と言われても、これは何かの罠ではないかと疑いたくなる。これまでモスマン師と直接やりとりを担当してきたのはルミナスなのだ。招待もルミナスが主体のようである。突然の招待について、ルミナスの見解は聞いておきたい。俺は、惑星アデルに滞在中のルミナスに連絡した。
『彼は私達の味方よ、アラン。』
俺の疑念に対する、ルミナスの回答は明快だった。
「ルミナス。君のその判断に根拠はあるのか?」
俺の問いに答えるルミナスの瞳は、真っ直ぐであるがまるで捉えどころがない。
『もちろんこの人類銀河帝国の中で生きていく為に、隠し事はいっぱいあるでしょう。けれど、彼の本質は善だもの。』
些か浮世離れしたルミナスの返事は、感覚的でどこか観念的だ。俺が疑わしそうな表情を浮かべたのが通じたのだろうか。ルミナスが言葉を重ねる。
『うちのマシラも、彼は信じられると言っているわ。』
画面内のルミナスの傍で、マシラが俺の視界に入ろうとルミナスの前に身を乗り出す。
『はい、信じられる人物かと。最終的には陛下の御為になりましょう。』
それはマシラの勘という弱い根拠だ。ただ、パルスライフルの銃口を読んで回避して見せた者の勘だ。
『それにね、アラン。AIとしてのイーリスを製造したのは、あの者の率いる新人類教会なのでしょう。イーリスの恩恵を一番被っている貴方が、彼を信じなくてどうするのですか。』
ルミナスが指摘してみせたように、確かに彼はイーリスの産みの親に一番近しい。艦載AIのイーリスという作品は、オリジナルの人格や資質が最も大きく影響している。新人類教会は、芸術品を生み出した作家そのものではない。その作品が描かれたキャンバスや絵の具の製造者という方が正しいかもしれない。それでも、新人類教会がイーリスの誕生に与えた影響は無視出来ない程に大きい。
艦載AIの製造にあたり、新人類教会はアデル政府直轄の帝国倫理委員会が定めた掟を逸脱するような振る舞いをした。それが難破した〈イーリス・コンラート〉でのクローン製造にも繋がったのだ。新人類教会の行った枠組みは、確かにこれまでの俺の行動に利益をもたらすものだった。今の人類スターヴェイク帝国という体制の骨格を形成してくれたと言える程である。
これ以上は悩んでいても仕方がない。イーリスの件では礼の一つも言わねばならないだろう。人類銀河帝国についての疑問も少しは解消するかもしれない。仕入れられる情報は、この際に仕入れておくべきだろう。
「分かった。俺も君に同行して訪問する事にしようか。」
俺の返答は、どうやらルミナスの意に沿う内容だったようだ。
『そう、ありがとう。』
そう言って画面内で微笑むルミナスは、相変わらず掴みどころがない。生に対してはどこか希薄で、俺に対しては嗜好品をねだるくらいしかしないからだろうか。
それでも彼女の臣下達とは、この短期間で随分と打ち解けた気がする。特に以前のマシラとジノヴァッツは敵対心を剥き出しにしていたものだが、随分と俺に対して丸くなったのではないか。
(この全てが俺を欺く策略という可能性もあるのだろうか。いや、まさかな。)
特にジノヴァッツは、無条件で信頼できる訳ではない。だが今の俺とジノヴァッツは、進む方向が極めて近しい。イーリスの分析によれば、人類の統一という可能性にジノヴァッツは熱中しているらしい。その間に限っては、奴は恐らくは大丈夫な筈だった。
「お呼びでしょうか。」
黙ったままこちらを警戒する様子のジノヴァッツの代わりに、バルスペロウが挨拶がわりにそう述べた。ジノヴァッツが何も発言しないのは、こちらが召喚した意図を図りかねているからだろう。今日の召喚については、ルミナスからは特に説明が無かったらしい。
俺が今回ルミナスだけでなくジノヴァッツとバルスペロウまで呼び出したのは、至極単純な理由だ。俺が新人類教会を訪問するにあたり、彼らにも連携して貰う。
「元帥、バルスペロウ少佐。君達を呼んだのは、司令体制の一本化の為だ。今日は司令部に詰めてくれ。俺が不在でも留守の者達で上手く連携を取れるように、今から慣れておいて貰う。」
俺のその言葉に嘘はないと見たのか。こちらの意図を知り、ジノヴァッツが一気に緊張を緩める。示されたのが不信ではなく信頼と知って、あの不遜な男も何だか拍子抜けしたような顔をしていた。自分の活動が俺の指示で妨げられる。どうもそんな展開を危惧していたらしい。バルスペロウを押し除けて、ジノヴァッツがススッと前に出た。
「なるほど、我らに全てを委ねてくださる為の準備ですか。」
「そうだ。こうして会ってしまえばなんて事もない話だ。それでも裏があるかと勘ぐりたくなるのはお互いの精神に良くないな、元帥。」
「正にそれです、陛下。今の私のように心に曇りがなくても緊張を強いられます。」
俺が留守の際の最も不安な要素は、派閥間の機能不全である。例えばリアとルミナスの関係性は良好でも、周囲がそれぞれ派閥を構成する現状は些か問題がある。
特に<イーリス・コンラート>艦内では俺に次ぐ指揮官であるセリーナと、全軍の元帥であるジノヴァッツは相性が良くない。セリーナとシャロンの階級は少佐であるが、人類スターヴェイク帝国の妃でもある。位階はセリーナが上だが、軍事指揮権と軍の階級ではジノヴァッツが勝る。と、このように指揮系統は複雑だ。
それは協力を前提として、権力を集中させない意図でもある。ジノヴァッツを監視する体制はそれはそれで必要だろう。
俺が不在の時に何か問題が起こっても、相互に不和や不信感を抱えていては意味がない。航宙軍の艦長の権限は元々大きい。ジノヴァッツとセリーナに限らずとも、艦長同士の連携は元々それだけ難しいものだ。だからこそ日頃の関係構築が重要となる。
「俺の留守中は、共同統治者てあるリアが全てを差配する。セリーナもジノヴァッツ元帥も彼女の指示に従うように。これは俺が不在時に問題が生じた場合の対処を学ぶ演習と思え。」
「緊密な連携は、勝利の為の必然ですからな。」
「了解。」
納得顔のジノヴァッツに対して、セリーナの短い返事は些か不満を滲ませている。留守番をさせられて俺に同行できないのが不満なのか、或いはジノヴァッツと同格に扱われているからなのだろうか。
貴重なスターヴェイク級の戦艦を任せると言う意味では〈イーリス・コンラート〉〈イザーク〉の二隻をそれぞれ任せる形となる。この2人を並べても、さほどおかしくはないと思うのだが。
「それに今回は、新機軸を用意した。俺もアインス少尉の取り組みを見習おうと思う。新人類教会での俺の会話は全て記録され、この作戦室に中継される。こうすれば、わざわざ内容共有する会議を別に開かなくて良い筈だ。」
今日に限ってわざわざジノヴァッツを呼び出したのは、これが目的だった。新人類教会でのヒアリング内容の即時共有だ。正直、モスマン師と会話した内容をジノヴァッツと改めて詳細を詰める気にはなれない。報告書を送り付けても、内容理解は落ちるだろうし本当に奴が全て読んだかも怪しまれる。
しかし、指揮官同士の認識の擦り合わせは不可欠である。何かあれば、ジノヴァッツにもセリーナやシャロンにも俺に頼らぬ即応力が求められる。それならば俺と同じタイミングで、生の情報に触れて貰えば良い。こうして指揮権を明確にした上での措置なら、奴もやる気を出すだろう。将を抱え込み仕事をさせるのは、情報共有が要だ。
中継をすれば隠し立てがない事は明白なので、信頼を示す良い機会にもなるだろう。バクスとの戦争は継続中とはいえ、アサポート星系内は平穏であり障害が生じる懸念は低い。ジノヴァッツの学習態度もセリーナとシャロンがこの場で直接確認できる筈だ。何事もまずは一度試してそれからどこを改善するか考えればいい。
「百聞は一見にしかず、ですな。司令部に詰めている事で伝言ゲームにならないのは助かります。会議会議ではくたびれて、揉め事も増えるでしょう。」
そう賢しげにジノヴァッツが言う内容は一理ある。不仲な者が膝を突き合わせて内容を共有する時間を取ると、今より関係性が悪化しそうなのを危惧したのは否めない。それに中継する俺は、細かいやりとりをしなくて済む。ジノヴァッツ相手に疲れさせられないというのは、それはそれで都合が良い。
「俺の意図としてはそんなところだ。約束の時間も近い。特に異論がなければ、これで進める。」
見渡す限り、誰からも特に異論はなさそうである。後はジノヴァッツ元帥とセリーナやシャロンの間に漂う緊張感を、リアに和らげて貰うしかない。スターヴァイン王家の育ちであるリアは、各将の力を結束に導く役目が期待出来る。各将を従える権威の行使者という点では、リアが最も信頼が出来た。
軍事指揮官としての代理はセリーナやシャロン、あるいはジノヴァッツ元帥に任せられる。全体の状況はイーリスが見守れる。しかし彼ら全員の上に立って俺の意思を代弁出来るのは、やはり女帝クレリアをおいて他にいない。
「それでは留守を頼む、リア。」
俺の言葉にリアがくすぐったそうな表情を見せる。そして姫様口調で疑問を呈した。
「アランがそこまで皆を頼るのは、かなり珍しいのではないか?」
「俺という存在は、リアや皆に支えられて貰っているからこそだとそう思っている。」
俺の返事にクククっと喉を鳴らしてリアが笑う。
「そうか、アランがそういうのなら我らも気張らなばならないな。」
入手した秘密は間髪入れずに共有する。新旧の部下を融合させ、新しい組織を作る。全てこうやって、新たな腹心達と分かち合っていく事を習慣化しなくてはならないのだろう。惑星アレスでは一堂に介して会議を行った。今回の試みも、その延長にある。
「軍の事はセリーナとジノヴァッツ元帥に、国内の調整は宰相たるイーリスに任せられる。しかし全体に目を光らせられるのは、やはりリア。君をおいて他にはいない。」
▫️アサポート星系惑星アデル マクミラン神殿▫️
ルミナスとマシラに加えてイーリスの義体を伴った俺は、新人類教会の神殿の前に降り立った。
今のルミナスはどこに行くにもマシラを連れ歩くそうだ。こう見えて知恵も忠誠心もあるマシラは、護衛だけでなく側近としての仕事もそつなくこなすのだという。しかも勘の良さもある。側近としての能力は、目の良いフランツイシュカにけして劣ってはいない。
まあ肝心の侍女としての能力は、マシラもフランツイシュカもその腕前は最低限だったようだ。コンスタンスの代わりとして侍女役を務めた最初の頃は、ルミナスの髪型は些か奇妙な形になっていた。ただ最近はその方面もメキメキ上達したようだ。元が器用なのもあるのだろう。ルミナスの髪型は、見慣れた以前の形に落ち着きつつあった。
「アランにこうして直接エスコートされるのは、初めてかもしれないわね。」
神殿の入り口を構成する大階段を登るルミナスに手を貸しながら共に歩くと、ルミナスがそう感想を漏らした。確かに普段は、女性をエスコートするこんな役割を果たしていない気もする。リアを始めとしてエルナやセリーナやシャロンは共に冒険をした仲だ。樹海での冒険中は階段で手を貸すよりも、背中を預けて敵を警戒しあった。
今ではドレスを着た彼女達を相手にする事もそれなりに多いのだが、アレスの都市計画は隙がない。バリアフリーでない建物は珍しいのだ。だからこんな風に外で女性をエスコートするのは、ありそうでそうは無い経験なのかもしれない。
「今日も腰に剣を吊っているからな。片手を差し出すくらいしかできないが。」
映像や音声を中継している以上、こちらに何かあれば完全武装のセリーナやシャロンが宙兵を引き連れて駆けつける筈である。それでも腰の魔剣やレーザーガンを手放さないのは、警戒心というよりは習慣に近い。それに普段から武装しておけば、何があっても即座に対応できる。かつて暗殺されかけた経験のある身では、当然の配慮だ。
「ようこそお越しくださいました、陛下。
頭を下げて出迎えてくれたモスマン師は、聖職者らしく落ち着いた様子だった。神殿内は限られた聖職者のみが行き交う静かな空間である。神殿の周辺では、この区域を担当するイリリカの兵が警戒にあたる。指揮官はアダーであり、彼には宙兵の指揮も委ねた。マシラの夫である事から、連携に齟齬が生じる心配もまずないだろう。そもそも、ジノヴァッツの身柄も〈イーリス・コンラート〉に押さえてある。特に拘束している訳ではないが、互いの動きは筒抜けだ。そうした事で、互いに不安はなく今回の訪問に集中できている筈だった。
「まず最初に見て頂きたいものが御座います。茶菓を持っての応接は、その後でいかがでしょうか。」
「分かった。」
案内された部屋は、どこか惑星アレスの造物主の遺跡を思わせる。ただ、より近代的である。立ち並ぶ透明な培養槽には、何体かのクローンが並んでいた。これはギャラクシー級の乗組員を量産育成しているのではない。それぞれ顔や姿形が異なる。
「クローンのようだが。」
「はい。クローンを十人委員会のメンバーの為の肉体として培養しているのです。そろそろ入れ替わりの時期ですから。」
「なるほどな、アデル政府がクローンを厳しく制限する理由はこれか。」
受精卵から育てたクローンには、独立した意識が生じる。人間の体にはそれぞれ固有の意識が宿る。それぞれ別の意識を持つ以上、生み出されたクローンは兄弟姉妹となる。これは戸籍上の続柄もそうなるのだ。しかしクローンには彼らが実践しているような生体パーツとしての道もある。ナノムがあれば大抵の健康被害は修復できる。失った手足などの部位の欠損さえ修復可能だ。しかしナノムでは細胞の若返りは不可能である。
「十人委員会は、若返りする為にクローンの肉体を使っているんだな。もしもクローンに人権を持たれると、その手が使えなくなる。だからこれまで人類の改変を禁止するという名目で厳しく禁止した。そういう事か。」
「はい。ご明察の通りです。ただ人類の改変禁止には、造物主のアーティファクトを使用する前提を満たす意図もありますが。」
モスマン師はあっさりと事実を認めた。自分の肉体の複製とは言え、クローンには自分では無い意識が生じている。その体を乗っ取るのは重大な人権侵害になり得るだろう。ただしクローンの製造を禁止していれば、作成される肉体は生体パーツとしてのみ扱われる。そして何を良しとするかは、アデル政府の匙加減一つだ。
「イーリスはクローンの人権を使わずとも、失われた肉体を作り上げた。そういう選択肢もあるのではないか?」
俺はまさに今そこにあるイーリスの義体を指し示した。この肉体は生身の人間と変わらない。この様な解決は出来なかったのだろうか。
「そのような技術水準に至ったのは最近の事です。それに人としての機能が幾つか欠落しています。あくまでもAIが遠隔操作するデバイスという形ですので、本来持つ肉体の代わりにはなりません。」
モスマン師は専門家だ。そしてイーリスが何も反論しないという事は、その回答内容は正しいのだろう。確かに突き詰めていくと、アーティファクトの制御は可能でも、そもそもの起動ができない等問題が生じるのかもしれなかった。
「アデル政府は、いつからこんな事を?」
「それは二千年前。サイヤン帝国を滅ぼし、人類銀河帝国が成立した時からでございます。」
そうでは無いかと直感したが、最悪の予感が的中した。モスマン師が言葉を紡ぐ。
「つまりアデル政府は、固有のメンバーがずっと永続的に支配してきた寡頭政治体制なのです。」
統治者が誰1人死なず、入れ替わる事もない。支配者にとっては永遠の夢かもしれない。特権的な地位を子孫ではなく、己自身が受け継ぎ続ける。
「それは本当に、そんなことが可能なのか?」
「意識を新たな肉体に入れ替えることが可能なのです。そしてサイヤン帝国を滅ぼし、技術を手に入れた支配者達がその道を選んだ。それだけの話でございます。」
モスマン師は黙ってルミナスを見ている。ルミナスもまた同類ではないかとそう言いたいのだろうか。厳密にはルミナスは少し違う。停滞していた時の中に閉じ込められていた肉体を修復した。クローンのように培養槽で最初から育てて、独自の魂を持っていた訳ではない。
厳密には肉体を抜け出てAIとなった意識が、AIとしての活動を経て戻されてはいる。ルミナスはあくまで肉体が破壊された際の年齢のまま停止していた格好であり、その肉体が老化するまで普通の時を生きる事になる。意識と肉体の関係性として近似しているのは認めよう。しかしアデル政府で十人委員会が行った支配体制の構築とは、やはり違うものではないのだろうか。
「・・これまで、誰も気が付かないものなのか?」
「各委員の名前や出自は公開されておりません。表に出るのは元首のみ。そして元首は10人の中で交代するのです。元首の任期は最短でも10年です。10人が入れ替わる迄に最低でも100年が経過しています。もし顔の相似に気がつくものがいても、よく似た顔の別人か子孫だとすれば違和感は生じません。」
衝撃だった。ただ、航宙軍の士官はアデル政府に従うように教育されている。特に将官ともなれば、文字通り洗脳を受けなくてはならない。事実を知るのは上層部のごく一握りの筈だが、知っても逆らえないようにされているのだろう。もしかしたら、いや間違いなく目の前のモスマン師でさえ洗脳に縛られる同類なのではないか。
「もしかして、貴方もアデル政府の指示に逆らえないようにされているのか?」
「ご明察です。私も、そしてコリント少将貴方も将官である以上は洗脳の強い影響下にあります。人類スターヴェイク帝国の皇帝とされた今の貴方であっても、その洗脳を解くことは出来ないでしょう。」
「やはりそうなのか・・・。」
薄々気がついていた気がする。俺がどれだけ力を増そうとも問題視されなかった理由は、この洗脳という束縛にあるのだろう。ただルミナスやジノヴァッツといった人類銀河帝国外の人材が、人類スターヴェイク帝国の中核となるなどと予見しなかったに違いない。普通はそんなことは起こり得ないのだ。特にジノヴァッツは、人類スターヴェイク帝国が単独の国家として成立してから登用した。
「貴方が抱える問題を解決する方法があります。」
モスマン師が光る石を差し出す。それはどこか見覚えがあるような形をしていた。
『その石に触れてはなりませんぞ』
通信回線を経由して、バルスペロウの警告が俺の耳に届く。しかし俺には別の声が聞こえていた。その石には意思と権限があり、自分に触れるようにと命令を下していた。その権限とは、人類銀河帝国皇帝としてである。少将が人類銀河帝国皇帝に逆らう事は出来ない。許されていないのだ。身体が勝手に動いた。俺はバルスペロウの警告を聞き流し、石に触れた。まばゆい光が解き放たれ、俺はそこで意識を喪失した。
崩れかかったアランをモスマン師が支えるのを、ルミナスとマシラは恐怖と共に呆然と見守った。目の前でアランの肉体が乗っ取られたのだ。どうしてそんなことが起こり得るのか理解できなかったが、謀略に長けたアデル政府はそのような手練手管を得意としている。サイヤン帝国も、正にそのような手段で滅ぼされたのだ。
「人類銀河帝国皇帝陛下の復活です」
哀切を帯びた口調で、モスマン師が宣言する。彼の本心は間違いなく善であるとルミナスは断じた。そうであった筈なのだが、彼もまたアランのように人類銀河帝国皇帝の前には奴隷に過ぎないのだろう。蹲った皇帝とやらは、アランの肉体にまだ馴染まないのかすぐに立ち上がれないでいる。その時間を利用して、ルミナスは傍に立つイーリスに尋ねた。
「イーリス、これはどうにかなるのかしら?」
「残念ながら、今はどうすることもできません。しかし、艦長のオリジナルの意識は肉体内に囚われています。先例に従えば艦長の復活は可能な筈です。」
イーリスの回答にルミナスは安堵した。今のところ、イーリスはこちら側らしい。となると、最初に質問するべきはこれだ。
「貴方は支配されないの?」
「私は艦長の指示により、全てのバックドアの侵入阻止を実行しました。今は正当な権威に基づかない指示を受け付けません。そして今の私の所属は、人類スターヴェイク帝国です。この譲渡は人類銀河帝国による正式な手続きを経ています。人類銀河帝国皇帝が、私に命令を下すことは出来ません。」
ルミナスは今なお動かないアランの肉体を指し示した。きっとアランはあの肉体の中で、今も抵抗を繰り広げているのだろう。
「あそこに存在する、アランの肉体から指示を受けたらどうなるの?」
矢継ぎ早にルミナスは質問した。イーリスが健在なら、作戦室への中継はまだ生きている。クレリアやジノヴァッツがなんとかする筈だ。
「脳波の波長パターンが艦長とは異なります。権限審査の厳格化も艦長の指示で実行済です。肉体的特徴は、ナノムを用いれば幾らでも近づけることができますから。」
「そう、ひとまずは安心したわ。」
「クレリア陛下より、ルミナス様に伝言です。『状況は把握した。安心せよ。』と。」
それを聞いたルミナスの緊張が緩んだ。床に崩れ落ちそうになる。人類スターヴェイク帝国は未だ健在なようだ。奪われたのは、アランの肉体だけなのだ。皇帝本人が人質になっていても、国家と全軍が健在なら手の打ちようはあるだろう。
「そう、それを聞いて安心したわ。でもまだここは、敵地の只中のようだけれど。」
アランがモスマン師を支えに立ち上がる。マシラがナイフを抜いて進み出ると、ルミナスを守るようにアランの前に立ちはだかった。マシラの肩に、ルミナスが手をそっと置く。
「では、人類銀河帝国皇帝陛下の見解をまずは聞いてみましょうか。」
▫️スターヴェイク級戦艦〈イーリス・コンラート〉作戦室▫️
作戦室内の者達は、中継された映像を呆然と見守った。アランの肉体が何者かに侵食される。むしろアランは進んでそれを受け入れた様にさえ見えた。アランとモスマン師が話していた様に、なんらかの強制力が存在するのだろう。そして映像がすぐにイーリスの視点に切り替わる。ルミナスとイーリスの会話が聞こえた。それを聞く限り、イーリスはアランと異なり支配されないらしい。人類銀河帝国の出身者でなければ、どうやら大丈夫な様子だった。
「あの石には覚えがあります。」
声を上げて警告を発したバルスペロウがそう述懐する。
「私はかつてイザーク様の指示でジノヴァッツに同じ事をしました。」
その場の全員が、その告白で今の状況の全てを理解した。その能力はサイヤン帝国固有の技術と思われていた。しかしながら、サイヤン帝国を滅ぼしたアデル政府には伝わっていて当然の話だったのだろう。
(どうするべきか。)
ルミナスとイーリスの会話に耳を澄ませながら、クレリアは考え込んだ。幸いクレリアは、アランとの間に既に子を成している。いざとなれば、その子を後継者とする。そうすれば、人類スターヴェイク帝国の皇統の維持は可能だ。
「イーリス、まずはルミナスに伝えよ。『状況は把握した。安心せよ。』だ。」
「分かりました。」
実際に発したその言葉とは裏腹に、クレリアは未だ思い悩んでいた。そう簡単に考えが纏まるはずがない。
(このまま宇宙の果てまで逃げてしまえば、この敵ももバグスとやらも誰も追ってはこれないのではないか。)
一瞬、そんな考えがクレリアの脳内を横切る。しかしそれは彼女の選択ではない。クレリアの、そしてこの場の全員の望みはアラン・コリントをこの手に取り戻す事だ。
「イーリス、本当に我々はアランを元通りに出来るだろうか?」
その質問を予期していたように、イーリスは口を開いた。
「肉体と精神の結合を解除すれば、理論上は可能な筈です。不確定要素は幾つかあります。ですがジノヴァッツ元帥というサンプルに於いては、対象に障害は何も残りませんでした。」
イーリスの言葉に作戦室にいる全員がジノヴァッツを見た。ジノヴァッツとイザーク。それは今のアランとその肉体を奪った人類銀河帝国皇帝との関係性に近しい。ジノヴァッツが無事に人格を取り戻したという先例がある以上、現実的な可能性は存在しているのだ。ならば、後は行動あるのみである。
「そうか。では、次はジノヴァッツ元帥に問う。アランの肉体を奪ったかの存在にも、戦いを挑めば元帥は勝てるか?」
真っ直ぐなクレリアの下問に、ジノヴァッツはニヤリと笑う。そして自信を秘めた口調で短く答えた。
「無論、可能です。」
人類銀河帝国を滅ぼす為の算段は、ジノヴァッツの脳内でとうについている。これまで実行しない最大の障害は、武力的な統一に否定的な皇帝アラン・コリントの意思だった。共同統治者のクレリア女帝が侵略を決断するというのなら、ジノヴァッツが反対する理由は何一つない。むしろ、皇帝アランが動けない今こそ嬉々として実行したい。
「では、我が命を伝える。元帥、そこに直れ。」
作戦室内の視線を集めながらジノヴァッツがクレリアの前に膝をつき、かしこまる。
「元帥、我が全軍を用いて人類銀河帝国に打ち勝て。」
「そのご命令を、待ち侘びておりました。」
クレリアは、そこで深々と頭を下げたジノヴァッツに釘を刺す事を忘れなかった。
「人類銀河帝国への宣戦布告は、アランをこの手に取り戻す事が目的だ。人類銀河帝国の征服など、あくまでもそのついでの事。決して、その優先順位を間違えるなよ。」
「御意。」