【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる) 作:高坂 源五郎
Ⅳ 対バクス戦争の終結 113話 【帝国継承戦争篇②】 逆侵攻
▫️アサポート星系 惑星アデル 艦隊本部▫️
「神殿の情勢は膠着している。しかし我らの皇帝陛下は素早く、そして最終的な解決をせよと仰せだ。」
軍を率いる指揮官達の前でそう宣告したのは十人委員会の進行役となったキッドマン委員である。他の委員達は彼の背後に控えていた。皇帝の直々の命令には彼らとて逆らえない。それでこれまでとは異なり、委員達はわざわざ人類銀河帝国の軍勢を督率に出張っていた。
「魔物とは実に厄介ですな。あれで我々は、完全にマクミラン神殿から締め出されたのです。」
サイボーグ宙兵隊を率いるニコラス少佐が毒付く。地を覆う魔物は敵と味方を区別しない。それでも、魔物に不慣れな人類銀河帝国側が不利であった。宙兵はパクスに対抗する為にナノムを注入されているが、兵の数は限られている。無尽蔵に湧く魔物には、サイボーグであっても不覚を取るのだ。
皇帝の始めたこの戦争は、人類銀河帝国側が不利であった。少数の兵が皇帝を守護して神殿内に立て籠もっているが、内部との直接的なやり取りは途絶していた。
立ち塞がる障害が魔物だけならいい。或いはそれが人類スターヴェイク帝国の兵だけでも対処できる。その両方が揃うこの状況が厄介なのだ。必要な攻撃の組み立てがそれぞれ違う。人類スターヴェイク兵のように、攻撃を防ぐ魔法の鎧でもなければ、埒が開かない。
皇帝の命を受けて動いている地上部隊は雑多な混成部隊である。戦力としての筆頭は、アイローラ提督の下で拡充されたニコラス少佐のサイボーグ宙兵隊である。そこに十人委員会の麾下として新設されたクローン宙兵部隊もいる。元首の特殊部隊の面々もいれば、航宙軍の宙兵部隊もいる。加えて警察や消防官などに加えて治安維持目的の部隊も駆り出されていた。
錚々たる顔ぶれである。だが、いずれの部隊も各方面でそれぞれイリリカ兵の数に圧倒され、散り散りになって撤退していた。実態としては神殿周辺より手酷く叩き出された格好である。
「ご指示に従い、警護の兵を除いて全地上部隊には集結させております。この戦力をどこに振り向けるのか、作戦をご教示ください。」
チートス特使が今後の策を尋ねる。キッドマン委員は信頼するこの部下に頷き返した。
「これも全て勝利の為である。艦隊本部長が全てを統括している。彼の発案に従い、最適な策を講じるように。」
会議を主催する十人委員会の面々は、そう言ってこの地に集めた指揮官たちの顔ぶれを眺めた。
「まずは計画を聞いてくれ。人類スターヴェイク本国は手薄なはずだ。そこを攻撃する。」
場を取り仕切るのは艦隊本部長のトラップ大将である。彼は前線指揮官としての能力は高くない。今回の一連の負け戦の前線指揮の3割程度は、彼に責任がある。
だがトラップ大将の強みは、兵器や装備の特性を理解する点にある。そして彼は、その兵器の本質から逆算して最適な活用を導き出すのだ。その為に必要なのは教育であるが、彼は特に軍隊を形成する下士官教育に定評があった。
軍事作戦の中で作戦の占める割合など実は低い。実際に勝敗を決めるのは装備の優劣であり、それを活かす知識と訓練なのだ。作戦という要素が皆無というわけではないが、そもそも戦力がある水準に至らなければまともな戦いにならないのだった。
トラップ大将は軍を強くする存在である。彼の手にかかれば、短時間のうちに強力な軍が形成される。しかしながら作戦立案や前線指揮といった点では急に評価を下げる。教本を作れる人間の限界は、教本を超えられない点にある。
「各員の補給と再編成を終え次第、遠征軍を派遣する。まずは個々の再編成先について確認するように。所属が分からんと、作戦を聞いても意味不明だからな。」
トラップ大将は戦術や戦略の理論家という面も持ち合わせている。そんなトラップ大将に個々の戦場での兵の進退の能力が伴わないのは、純粋にその場にある物から得る情報の方向性が違うからなのであろう。そして味方に戦術意図を徹底させるその開明さ故に、敵からも意図や作戦が読まれやすいだけなのだ。実戦指揮は下手であるが、運用においてはスペシャリストだった。
「それではケンジントン技術大尉、君の立案した作戦を全員に説明したまえ」
トラップ大将に指名されたケンジントン技術大尉が前に進み出る。トラップ大将もケンジントン技術大尉も人類スターヴェイク帝国に親しみを覚え、その技術を吸収しようと努めてきた。だからこそ彼らはこの局面で起用され、人類スターヴェイクを倒す作業に従事されられているのだ。
「彼らの本国への侵攻は人類スターヴェイクの技術を逆用します。つまり、彼らの誇る銀河鉄道の列車のハイジャックです。」
作戦の詳細が明かされるにつれて、静かなどよめきが起きた。惑星アレスの座標は現在も秘匿されている。艦隊での到達は不可能だと考えられてきた。だがなるほど、銀河鉄道なら既にこのアサポート星系との間に線が開通している。
「そのような作戦、本当に可能なのですか?」
疑問を呈したのはサイボーグ宙兵を率いるニコラス少佐である。
「既に特殊部隊の面々は、彼の地に潜伏しています。我々は星空の観測から人類スターヴェイク帝国主星のアレスの座標も入手しました。」
「おお、ではノヴァミサイルで一撃ではないのか?」
次に声を上げたのはチートス特使である。しかしケンジントン技術大尉はその可能性を即座に否定した。
「航宙軍の艦艇は出入りを監視されています。惑星アレスに宇宙から軍艦が接近すれば、その艦隊運度は阻止されるでしょう。宇宙では彼らが優勢です。移動は〈イーリス・コンラート〉の方がはるかに早いのです。そして、彼らは特定の場所にとどまる理由もありません。」
今のところ、二隻のエーテル級が率いる艦隊が全力でスターヴェイク級戦艦の相手をしている。しかし成功の保証のない戦いである。人類銀河帝国側の火力は豆鉄砲のような物だ。攻撃を命中させたとしても、敵の厚い装甲に阻まれて有効打を与えられないでいた。
「アイローラ提督は、何か策があるそうだ。しかし開かせないという。当然だな、通信の秘密がどこまで担保されるかもわからん。地上は地上で最善を尽くすしかない。・・・ケンジントン技術大尉。」
トラップ大将に促され、ケンジントン技術大尉が説明を再開する。
「人類スターヴェイク帝国の主星アレスとの銀河鉄道の往還は既に成功しています。その手引きに従えば、惑星アレスに潜伏できます。しかし目立つ形で武器を持ち込めば、流石に警報が発せられるでしょう。」
そこでケンジントン技術大尉が、ニコラス少佐に視線を向ける。その意図は明白だった。
「そこで投入可能な戦力で最も的確な目標を狙います。まずは敵の鉄道省本部を押さえて後続の移動を可能とするのです。これはサイボーグ宙兵隊に担当してもらいます。それから他の部隊が続きます。しかしこれはあくまでも、銀河鉄道の運行をこちらで確保できた場合に限られます。」
「概要としては、ケンジントン技術大尉が説明した通りだ。戦術目標は定めるが、以後の判断は現場に委ねる。各部隊の指揮官はその前提で備えてもらいたい。」
トラップ大将の言葉に、チートス特使が質問を投げかけた。チートス特使は、ニコラス少佐に続いて後続を指揮して混成部隊を現地で指揮する責任者となる。
「敵の本拠地に進むのはいい。そこで果たすべき目標とは何かな? 人類スターヴェイクのルミナスもクレリアも彼の地には残留してはいないのだろう?」
人質は有効な策だが、現在は些か情勢が複雑である。アラン・コリント本人がこちらの人質なのだ。しかも皇帝の肉体を構成している以上、簡単に殺せない。その上、皇帝の妻を幾ら押さえても有効打となり難い。人質はあくまで敵にアラン・コリントが健在でいてこそ成立する。
「ええ。ですから押さえるべきは彼らの首都です。その上で、征服された諸国に反抗を呼びかけましょう。本国の政情不安定化は、彼等も堪えるでしょう。」
細部を検討すると、作戦内容は緻密に構成されていた。銀河鉄道を確保しさえすれば、問題なく実現可能に思える。初動のニコラス少佐の責任は重いが、敵の本拠地に進める利点は余りにも大きい。惑星アレスの住民を人質にすれば、クレリア・スターヴァインなる正妃の譲歩も見込めそうである。
「問題は戦力だ。こちらでは敵兵に圧倒されるのに、あちらでは勝てる。そんな都合の良い展開となる保証はあるのか?」
装備についてはトラップ大将こそが専門家である。チートス特使の質問に前に出た。
「厄介なのは魔法の鎧だけだ。武器については人類銀河帝国のそれと大差ない。魔物に対してはパルスライフルが極めて有効だ。マクミラン神殿内の兵が立てこもれているのもそれが理由だ。」
「ふむ。」
頷ける話ではある。魔法の鎧が存在する事で、火器の優位性が下がる。その上で白兵戦を挑まれる。電磁ブレードナイフの用意は進めているものの、武器のリーチは埋め難い。更にいうと数が問題であって、敵は十倍以上いるのだ。火力に頼れない白兵戦でこの差は埋め難い。
武器のない純粋な白兵戦闘なら
「ふむ、なるほど承知した。それでは陛下の命に従い、人類スターヴェイクに引導を渡そうではないか。」
▫️惑星アデル 銀河鉄道プラットフォーム▫️
「本当に、定時運行しているとはな。」
敵の警戒が厳しいのではないかと疑うニコラス少佐の気持ちは、プラットフォームを見て氷解した。銀河鉄道方面はまるで警戒されていない。そこにあるのはあまりにも平和な光景だったのだ。
平時と何ら変わらない。むしろ惑星アデルでもイリリカ兵が治安自体は維持している。マクミラン神殿以外の戦場では人類銀河帝国の地上部隊は叩き出されている。今立て直しができているのは、航宙軍の艦隊から追加で宙兵隊を降下させて大幅に増員したからだ。それでもなお、魔物とスターヴェイク兵に手も足も出なかったのだ。
「車両は既に必要なチケットの手配という形で押さえてあります。」
同行を申し出たケンジントン技術大尉がそう報告する。彼のチームは工兵部隊として同行する。実際に鉄道網を運営し続けるとなると、ニコラス少佐の手に余る。作戦を立案し、技術に明るいケンジントン技術大尉がその役割で適任だったのだ。
全員が制服姿とはいえ、目立つ武器は携行していない。サイボーグの身体でパワードスーツ並みというのが、サイボーグ宙兵隊の特徴である。ある意味、惑星アレスのような未開地に送り込まれるのに最も適しているのだ。
300人のサイボーグ宙兵と20人の工兵部隊。それが第一陣である。4つの車両に分乗した彼らは問題なく惑星アレスに到達した。トンネルを抜けると、田田風景が広がる。
首都アレスといえど、人類スターヴェイクの人口の大半は農耕と牧畜に従事している。つい数年前までは樹海だった場所が、畑や牧草に生まれ変わっていた。それでも土地の境や防風林とした残された林が点在し、緑は多い。
「美しい惑星だな。」
兵達はしばし車窓からの眺めに見惚れた。人類銀河帝国に加盟する惑星の大半が高度に文明化化されている。こんなに牧歌的なというか、つい数年前まで工業化していないような惑星は珍しいのだ。それをこのように遅いスピードで地上走行すると、彼らの感覚としては遊覧走行に等しいものとなる。
武装もしていないし、トンネルを抜けてからの彼らは何やら気の抜けたようになっていた。
「まずは兵を整列させてください。」
アレス駅に到着すると、ケンジントン技術大尉が部下を連れて離れていく。乗客は彼らだけではない。その人波が引くのを暫し待つ。その間にケンジントン技術大尉のチームは特殊部隊の手引きに従い配置を行う。
それまでは、ニコラス少佐は待機であった。その時彼は初めて不信感を覚えた。ケンジントン技術大尉は作戦立案した人物である。間違いはないのだろうが、そもそも彼は軍人ではない。民間人を軍の技術者として採用して、階級を与えたに過ぎない。事情通とはいえ、そんな彼に作戦の重要な箇所を任せておいて果たして大丈夫だったのだろうかと。
「ようこそ、お越しくださいました。」
「ジノヴァッツ元帥!」
部下を惑星アレスのプラットフォームに整列させていると、背後から声をかけられる。歓迎に出たその人物の顔を見て、ニコラス少佐は狼狽えた。
「おっと動くなよ、一千張の弓が狙っているぞ。ミスリルの矢は簡単にその装甲を貫くからな。」
そう言ってジノヴァッツはニヤリと笑う。その間にも、ジノヴァッツを護衛するように兵が続々と満ちていく。両軍は互いの将を先頭に暫し睨み合った。だが数が多いのはイリリカ兵である。展開する前から、サイボーグ宙兵は居竦まる。
「・・・これは罠か。」
「そう取ってもらって結構。だが、即座に殺さないのは君達への良い勧誘機会だからだ。」
ジノヴァッツの発言と共に、ナノムの仮装表示に文字が浮かび上がる。表示される文字は『汝、人類スターヴェイク帝国への帰属を希望するか?』だ。そして静かなどよめきが地を覆う。相手はナノムという最もデリケートで繊細な箇所までコントロールしていた。これでは到底、勝てるものではない。そんな諦めの声である。
「良いかな。君達は人類銀河帝国においてはその自由であるべき意思が歪められていたのだ。皇帝の命令という呪いによってな。自らの意志でこの地に来たわけではないだろう。あくまでも命令に抵抗できなかっただけだ。」
鞘に収めた剣を杖代わりに立つジノヴァッツの声は不思議とよく通った。静まり返った駅のホームで、サイボーグ宙兵達の心の中に滲み入る。
「人類スターヴェイクの皇帝アラン・コリント陛下はこう仰せだ。『人類銀河帝国から人類スターヴェイク帝国に移る機会を与える』と。君達の前に選択画面が出ている筈だ。まだ、押せないようになっているがね。」
ジノヴァッツそこで冗談でも口にしているかのように悪戯っぽくそう付け加えてから言った。
「自由意志、そうそれこそが大切だ。人類銀河帝国の惑星管理AIは、人類銀河帝国の軍人に干渉する。皇帝の命令に逆らえないように個人の意思を覆う。だが、この地に人類銀河帝国の惑星管理AIはない。だから今は自分の頭で考える事が出来るはずだ。違うかな?」
考え込む間が起こり、兵達が皆沈黙する。ニコラス少佐もジノヴァッツの語る内容を考えた。確かに先ほどまで、トンネルから列車が出る前までの自分達はおかしかった。トンネルを出た瞬間に敵意を忘れて景色に魅入った。あれが洗脳が解けた瞬間なら、それは頷ける。だが騙されてはならないだろう。因果関係が逆転する事もあるのではないか。つまり今洗脳を受けている最中という事はないのか。
「今の俺の思考が、自由意志だという保証がどこにある?」
その質問はジノヴァッツの予想の範疇だったようである。ジノヴァッツは素早く答えを口にする。
「そんなものは簡単に証明出来るぞ。『くたばれ皇帝、くたばれアラン・コリント』と言えばいい。どちらの皇帝も同時に罵倒できる筈だからな。」
ジノヴァッツは実に楽しそうに情感を込めてアラン・コリントを罵ってみせた。サイボーグ宙兵達の呟きの輪が広がる。
「・・・どうやら本当らしいな。」
未だ半信半疑ではあるものの、皇帝への罵倒やコリント少将への罵倒を口にしたところで意思が歪められる事はなかった。皇帝の支配がそれほど強大なら、罵詈雑言を発する事は愚か考える事さえも出来ないだろう。
「さて、選択の時だ。君達はどうするか選びたまえ。我らの友となるか、敵となるかだ。我らの皇帝に忠誠を誓うなら自由意思と軍人としての待遇は保障されるそうだ。退役を望むなら、十分な開拓地を分与される。土地ではなく金を受け取るのも自由だ。退役までの賃金を一括で支払われる。で、どうするね。」
ジノヴァッツの言葉と共に、仮想表示における選択画面が解禁される。部下達の視線はニコラス少佐に集まった。ただでさえ優勢な相手である。敵地に乗り込んだ上で待ち伏せにあい、ナノムまで抑えられた。勝ち目はない。それに、降る条件は良い。
「選択の前にもう一つ聞かせて欲しい。大事な事だ。どうやって我らを罠に嵌めた。」
堂々とニコラス少佐が問う。彼の心は部下と同じように人類スターヴェイクに惹かれている。だからこそ、ここは問うておかねばならない。
そもそも皇帝の混成軍の中に元首も元首補佐官達の姿もなかった。彼らは人類スターヴェイク帝国に忠誠を誓った。そうであるが故に皇帝の命令に先んじて、その命令範囲を超えていたのだ。
つまりニコラス少佐は妻であるブルワジットと帰属国が違っていた。自由意思を取り戻した今なら、喜んで人類スターヴェイク帝国に鞍替えしたい。しかし、彼らをどうやって誘導したのか聞いておく。そうでなければ、部下の中に悔いが残る者が出るかもしれない。
「何、簡単な話ですよ。ねえ、ケンジントン技術大尉。」
「はっ」
姿を消していたケンジントン技術大尉が、ジノヴァッツの声に応じる。そしてサイボーグ宙兵を取り囲むイリリカ兵の列から現れた。
「人類銀河帝国においては、技術大尉はあくまで軍に雇われた民間人の扱いだ。指示に従うべきだが、自由意志を捻じ曲げる対象には低まれていないのだな。そして皇帝はそんな抜け穴があるとは命令を下した際に気がつきもしなかったのだよ。」
ジノヴァッツの解説に、ニコラス少佐は驚愕した。
「な、しかし彼を起用したのはトラップ大将だ。どうやって大将まで巻き込んだ。」
「トラップ大将も私も、元より人類スターヴェイク帝国派なのです。」
ジノヴァッツ元帥ではなく、ケンジントン技術大尉が答える。
「トラップ大将はかねてより、何か混乱が生じた際はコリント少将を手助けするようにとの指示を徹底されていました。今のトラップ大将は皇帝の命令を拒める状況にありませんが、民間人の私に全てを委ねる事で縛りを回避されたのです。」
「・・・なるほどな。」
振り返ると、トラップ大将は口では皇帝の意思を尊重していた。そして人類スターヴェイク帝国の技術に詳しいという理由で、ケンジントン技術大尉に全ての作戦立案させた。彼は作戦の中身に介在していない。それこそが、皇帝の縛りを出し抜く方法だったわけだ。
誰も疑問に思わなかったのは、それがトラップ大将直々の決定だったからだ。それに銀河鉄道を使えば瞬時に惑星アレスに到達すると言われて、『はい、そうですか』と瞬時に受け入れる筈もない。あの場の誰もが無意識に責任を負うべき誰かを探していた。技術の責任者が訳のわからないテクノロジーを活用する責任を負う。それがごく自然で当たり前な事として感じられてしまったのだ。
「そうか。トラップ大将までが人類スターヴェイク帝国に味方していたのか。それではこの俺が勝てるはずがないな。」
部下達が唖然として見守る中、ニコラス少佐は大笑いした。事ここに至ると、自分達など駒でしかないことを痛感する。彼の自由意志はもとより妻の側にある。人類スターヴェイク帝国だって,それを承知で誘いけてきたに違いなかった。
なんという事はない。サイボーグ宙兵が最初に選ばれたのも、ニコラス少佐が人類スターヴェイクに引き入れられる可能性が高いと見做されていたからなのだ。先ほどからイリリカ兵の後ろでこちらを心配そうに窺う彼の妻ブルワジットの姿がチラチラと見え隠れしている。強化した視力が捉えるその姿がもう答えのようなものであった。
「全員に命じる。人類スターヴェイク帝国に与するぞ。俺の部下をやめたければ好きにしろ。今でもまだ人類銀河帝国に忠誠を誓えったも良いそうだからな。だが、薦めはせんぞ。あの混成軍の雰囲気は最悪だ。到底勝てはしない。」
どうやら個々人の帰属を決めると仮装表示されるらしい。ニコラス少佐の宣言に半数ほどの部下が人類スターヴェイク参加を即決する。そして残りの者も悩みながらも、既に意思を表した者に置いていかれるまいと人類スターヴェイク入りを決めた。数人は人類銀河帝国を選んだ者がいたが、彼らも決定を覆したようだ。
「俺達は、歓迎されると考えていいんだよな?」
ニコラス少佐の問いかけに、ジノヴァッツ元帥は頷いた。
「そうだ。我ら人類スターヴェイク帝国の皇帝陛下は慈悲深い。過去は一切問わないと仰せだ。」
「しかし、アラン・コリント少将は未だに拘束されている筈だろう?」
人類銀河帝国皇帝は、人類スターヴェイク帝国皇帝の身体を占拠している。ややこしいがそういう話である。自由意志などあるのだろうか。ニコラス少佐の疑問に、ジノヴァッツはニヤリと笑った。
「その辺りの説明は、今後の作戦の打ち合わせと共にじっくりと行おうではないか。」
▫️惑星アデル マクミラン神殿▫️
イーリスは一糸纏わぬ姿で皇帝の傍に侍っていた。その手は常に皇帝の背に触れている。その手つきはまるで皇帝を誘っているかのようである。
「まだだ、イーリス。この身体が回復しきっていないからな。」
「はい,陛下。」
皇帝の発言に、イーリスは従順に頷いた。
「その梨を貰おうか。剥いてくれ。」
イーリスは素直に頷くと果物ナイフを使って梨を剥く。そして子供に食べさせるようにしてアランの口に運ぶ。
アラン・コリントの肉体を占拠した皇帝は2つの欲望に身を委ねている。食欲と性欲である。そのどちらもイーリスに担当させているのは、この神殿内には他にルミナスとマシラしか女性がいないからだ。
あの2人に対しては彼の命令が無効な以上、皇帝はイーリスを玩弄するのだ。それにアラン・コリントの肉体に対してはイーリスは危害を加えられないとそう見抜いていた。
イーリスの方にも目論見がある。アラン・コリントの肉体と接触している時、彼女だけはアランの精神に接触が出来るのだった。
(艦長、ジノヴァッツ元帥がニコラス少佐のサイボーグ宙兵隊を無事に降伏させました。)
(よし。これで敵戦力の大半を奪ったな。)
元首の率いる特殊部隊は元首の降伏と共に忠誠の対象を変えている。現在はフランツイシュカが指揮していた。警官や消防士にはさしたる武器はない。残る大物はクローン宙兵隊だ。
(チートス特使の説得は可能か?)
(恐らくはジノヴァッツ元帥の方で問題ないでしょう。十人委員会はそもそも皇帝とは相容れないようですから。)
皇帝の命令の制約を避ける点では、十人委員会は先んじている。なんと言っても、彼らは皇帝のいるアサポート星系にノヴァミサイルを撃ってみせたのだ。叛逆が容易だった筈はないが、『バクス相手にはどんな手段を用いても構わない。』そんな非常命令を盾にして強硬手段に出たのだ。それはあと一歩で成功するところだった。その時人類銀河帝国はアサポート星系壊滅という多大な犠牲を出しながらも、皇帝の支配を逃れた新たな時代を迎えていた筈である。
(ノヴァミサイル発射の真相が、こんな事とはな。)
人類銀河帝国の頂点に座す皇帝を暗殺し、その支配に終止符を打つ。そして同時にパクスの母星系を破壊する。皇帝の人類銀河帝国支配の手先である十人委員会は、皇帝からの支配の脱却を狙っていたのだ。
(間も無くケンジントン技術大尉が、艦隊本部に戻ります。そこでチートス特使の誘導にあたる筈です。)
(分かった。イーリスには苦労をかけるが、引き続きよろしく頼む。)
梨を食べ終えたアランの肉体が、イーリスを引き寄せる。長い時間の接触は談合に最適である。イーリスの義体は満足そうな笑みを浮かべた。
▫️アサポート星系 惑星アデル 艦隊本部▫️
「お迎えに上がりました。」
チートス特使の前に出ると、ケンジントン技術大尉はそう申告した。彼の到着を待っていたチートス特使は少し不機嫌そうである。
「ニコラス少佐の作戦は成功したようだな。」
「少佐の部隊は完全に駅を掌握しています。」
ケンジントン技術大尉はそう答えた。直接の問答については嘘をつかないように注意していた。嘘というのは見抜かれやすい。
ふう、とチートス特使は溜息をついた。
「事ここに至ればやらねばならんか。」
そういうチートス特使の声は重苦しい。彼の部下はクローン兵の少女達だ。様々なオリジナルから生み出された同年齢の少女達。彼らが一律で女性なのは、人類の繁殖をも担うと期待されているからだ。チートス特使はどこまでも普通の感覚の男である。少女達に戦地に赴けと命令する事は気が進まない。しかし、やらなばならないだろう。
「作戦変化をご希望ですか?」
「いや順調なら変えずとも良い。現地に行けば自由に決められるのだろう?」
「・・・はい。」
「ならば臨機応変に行く。」
チートス特使はまじな魔獣を相手に少し数を減らした部下達を集めた。完全武装で待機していた彼女達は、存分に戦える筈であった。
▫️惑星アレス 銀河鉄道プラットフォーム▫️
「・・・という事なのですがね、いかがされますか特使?」
彼らを包囲する敵には既にニコラス少佐のサイボーグ宙兵隊がいる。出発した時と異なり完全武装なのは、彼らは人類スターヴェイク帝国の補給を受けたからなのだろう。
チートス特使の戦意は高くない。十人委員会もまた、皇帝に逆らえないまでも皇帝を滅ぼそうとしてきたのだ。忠義を尽くす謂れはない。気になるのは十人委員会の処遇である。彼個人の仲裁は委員会の委員達に捧げられている。
だがチートス特使の部下達は戦意旺盛だった。話し合いの必要はないとばかりに全員がパルスライフルでジノヴァッツを狙っている。これだけの数で攻撃されたら、果たして魔法の鎧を装着していても無傷でいられるのだろうか。
「ジノヴァッツ元帥とは話し合いの場を持つ。皆、銃を下せ。命令がない限り発砲はするな。」
チートス特使の声に部下達は渋々銃を下ろした。彼女達にとっては軍務が文字通り生まれてきた理由である。そしてクローン達は、文字通り彼女達を産み出した存在を礼賛していた。敵の完全包囲下という不利な状況にあっても、いやだからこそ最後の一兵まで臆する事なく戦い抜くだろう。そんな彼女達の命運は、チートスの手に握られているのだ。
「降伏を受け入れた場合、我が部下達の安全は当然として十人委員会の処遇はどうなる。」
「皇帝陛下は、温情として彼らに死を賜るそうです。」
ジノヴァッツ元帥の言葉に、チートス特使はハラハラと涙を溢した。
「マスター、どこか痛みますか?」
不思議そうに指揮官役のクローン宙兵が尋ねる。それは異常がないかを気遣う声音であった。
「大丈夫だ。」
チートスは慌てて涙を拭うと、身振りで安全だと知らせた。何か攻撃を受けたと彼女達が勘違いしてはいけない。
「歳をとると涙もろくなるな。」
「そのようですな。」
交渉が決裂したのかと危ぶみながらジノヴァッツが答えた。皇帝の指示だからそのまま伝えたものの、「死を賜る」という条件で降伏する相手など見たことは無い。
「遂にあの方達にも安息が訪れるか。全て承知した。コリント少将、否、我らが皇帝アラン・コリント陛下に忠誠を尽くそう。皆武装を解け。彼らの指示に従うのだ。この地での戦いは終わりだ。」
クローン宙兵は本気かどうか訝しみながら、それでもチートス特使の命令が変わらない事を確認すると銃を下ろし始めた。
「これからどうなるんですか、マスター?」
「そうだな。君たちは人間に戻るんだ。」