【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる)   作:高坂 源五郎

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Ⅳ 対バクス戦争の終結 114話 【帝国継承戦争篇③】 宇宙へ

Ⅳ 対バクス戦争の終結 114話 【帝国継承戦争篇③】 宇宙へ

 

▫️アサポート星系 惑星アデル マクミラン神殿▫️

 

「陛下、脱出の準備が整いました。」

 

イーリスが皇帝に囁きかける。声は穏やかで、あくまでも皇帝におもねるかのように恭しい。人類銀河皇帝はアランの肉体を動かし、満足気に頷いた。

 

「良かろう。地上の戦いはもう限界だそうだな。宙兵隊の質も落ちたものだ。だが、この身体は余の物だ。そしてイーリス、其方がいれば〈イーリス・コンラート〉もこの手に出来るだろう。そうすれば人類スターヴェイク帝国の全てを手中に収められる筈だ。」

 

皇帝の視線はイーリスに向けられているが、焦点は彼女の義体のずっと先の虚空に当てられていた。イーリスは皇帝を慰めるかのような仕草でそっとアランの肉体に触れた。そしてアランの精神へと繋がる。

 

(艦長、地上での戦いは終わりました。ジノヴァッツ元帥が地上の戦力を再編しつつあります。現在は敵の艦隊と私達との合流を阻止する策が進行中です。)

 

(分かった。イーリス、皇帝の精神を俺から引き剥がす事は可能だろうか?)

 

(神殿の技術の全てを精査しなければ、成功する確率は70%と言った所です。それに皇帝が艦長の肉体を完全に掌握している以上、タイミングが重要です。その際は、新たな人質を取られないように留意する必要があります。脱出の混乱を利用すれば、ナノムの制御を一時的に遮断できる可能性があります。)

 

(そうか。それならば宇宙へ脱出させて、アイローラ提督の艦隊に合流させない道を探ろう。)

 

(了解しました。)

 

神殿内部の奥まった一室で、皇帝は立ち上がる。

 

「生きるという事は、常に新たな敵に遭遇するという事だ。サイヤン帝国、バグス、人類スターヴェイク帝国。生き続ければ、生き続けるほど全ては悲劇的結末に至る。だからこそ、全ての力を余のものとして人類世界を支配しなければならないのだ。分かってくれるな、イーリス。」

 

「はい。」

 

「では参ろうか。まずはアイローラ提督の艦隊に合流せねばならん。」

 

床下から隠されたシャトルポートが開き、サイヤン帝国の脱出艇が姿を現した。マクミラン神殿には、かつてサイヤン帝国が残した技術を運び出す為の秘密の脱出経路が存在している。皇帝は最初からそれを利用して脱出する計画だった。

 

「ルミナスとその従者はどうした?」

 

皇帝が問うと、イーリスは淡々と答えた。

 

「モスマン師が別室に案内したままです。魔獣の群れに対してマシラが抵抗を試みましたが、魔素の不足で魔法は使えませんので押さえ込まれています。」

 

マシラは最初から魔法を使えない。彼女の戦闘力には変更はないのだが、こう説明することでイーリスは魔獣に囲まれたルミナス達を救う手段はないと匂わせた。

 

「ふん、そもそもルミナスを必要としたのはアランをこの場所に導く為の道具であった。」

 

皇帝のその言葉には嘘がある。皇帝がルミナスを必要としたのは、サイヤン帝国の技術の解放の為である。それに皇統に興味があったからだ。アランを呼び込む為にも利用したのは事実だが、神殿に保管されるサイヤン帝国の技術の完全なる掌握の為にはルミナスの協力が不可欠だった。大量の魔物の侵入騒ぎにより、その可能性を潰されただけなのだ。それは皇帝の意図が挫かれた事を意味する。

 

だが〈イーリス・コンラート〉が造物主の残したアーティファクトの力を自在に使えるのなら、ルミナスはもう不要と見做して差し支えがない。

 

ルミナスに残された価値があるとすれば、サイヤン帝国の後継者という正統性の根拠としてだけだ。サイヤン帝国と人類銀河帝国の最高権力が一つなる。だが二千年の支配の後で、皇帝には今更新たな子を為す必要性は感じられなかった。

 

かつて肉体があった頃に儲けた子はすぐに孫や曾孫を産んでいった。そして彼らは自らの子孫を優先し、帝国の支配権を皇帝から奪おうとあの手この手で逆らうのだ。精神のみをAIとして再現して不滅の存在として君臨する皇帝にとっては、全てが煩わしいだけであった。だからこうして新たな肉体を得た皇帝が女を抱くのは単なる欲望の発散であり、往時を回顧する意味しかもたない。欲望の発散と共に相手が本当に自分の支配に屈しているか、それを試す為だけの行為に過ぎないのだ。

 

「必要なものは全て宇宙にある。ルミナスの運が良ければ生き残るであろう。判断するのはそれからで良い。敵が不注意で自らの女王を殺そうとも、余の気にする所ではないな。」

 

その時、神殿全体が揺れた。外で展開する魔物と最後の抵抗を示す宙兵隊の戦闘が激化したのだ。今残っている宙兵はパワードスーツに乗る者だけだ。その抵抗を排除しようとして、ジノヴァッツの指示で魔獣がさらに散布されていたのだ。皇帝は舌打ちし、急いで脱出艇に乗り込む。

 

「イーリス、脱出艇を操縦せよ。アイローラ提督の艦隊と合流するのだ。」

 

イーリスは頷き、義体の指先を操縦盤に滑らせた。艇は轟音とともに神殿の地下から飛び立ち、大気圏を突き抜けて宇宙へと向かった。

 

 

 

 

 

▫️マクミラン神殿外周▫️

 

スターヴェイク兵を指揮するダルシムとヴァルターは呆然と神殿から離昇する脱出艇を見守った。どうやら、彼らの任務は失敗したようだった。

 

「さて、クレリア様へはなんと言い訳するべきか。」

 

そうぼやきながらダルシムは兵を指揮して魔物を駆除し、神殿内に兵を進める。残る敵の抵抗を完全に排除し、神殿を掌握せねばならない。エルナとアダーは建物の裏側から同じ作業を行なっている。アランを支配した技術の詳細を掴む上でも、神殿の確保は重要な行いである。

 

「ここです、ここ。早く助けなさい!」

 

か細い女性の声が届いたのはその時である。魔獣に囲まれた回廊の片隅で、手を振るルミナスの姿が見えた。マシラが魔獣とルミナスの間に立ち塞がっている。梁の上にルミナスとモスマン師を押し上げて、そのままルミナスを守る様に独り戦いを続けていたのだ。だがマシラとて多数の魔獣を前にして、傷を負って些か劣勢に陥っているように見える。

 

「今、行きますぞ!」

 

腰の魔剣を引き抜いたダルシムが駆け出した。ヴァルターは既に自分の魔剣を抜いて先行している。アラン救出には間に合わなかったとしても、目の前のルミナスとマシラは救えそうであった。

 

 

 

 

 

▫️アサポート星系 上空 エーテル級空母〈エーテルリンク〉艦橋▫️

 

「提督、脱出艇が神殿から離昇しました!」

 

副官の報告に、アイローラ提督が艦橋の指揮席から身を乗り出す。彼女の瞳には期待と焦燥が入り混じっていた。

 

「あの脱出艇にはコリント少将が乗っているのだな?」

 

「はい。生体認証によれば、アラン・コリント艦長の肉体が確認されました。しかし、脳波認証では不明です。」

 

アイローラの眉が僅かに動く。彼女はアランへの想いを胸に秘めつつも、戦場での冷静さを失ってはいなかった。

 

「カース提督と連携し、脱出艇を回収する。スターファイター隊を脱出艇の周囲にのみ展開せよ。〈イーリス・コンラート〉が動く前にこちらで確保するのだ。」

 

「了解しました!」

 

艦載AIのエーテルリンク少佐が即座に命令を伝達し、エーテル級空母のレールガンが唸りを上げる。スターファイターが次々と射出され、猛禽の群れのように脱出艇へと迫った。だが、その背後にはすでに巨大な影が迫っていた。

 

スターヴェイク級戦艦〈イーリス・コンラート〉。月の如き巨大な人工天体が惑星アデル上空にその威容を現した。より脱出艇に近い位置に転移したのだ。その艦橋ではセリーナが戦局を冷静に眺めていた。

 

「イーリスお姉様は『あの脱出艇を最優先で確保せよ』というけれど、それは可能かしら?」

 

セリーナの隣でシャロンが応じた。

 

「艦隊のスターファイターに間に入り込まれたら厄介だわ。牽引(トラクター)ビームの妨げになる。もうこれ以上は、不殺の方針を貫くのは無理よ。敵に回収される前に、こちらが捕獲する為に出来るだけ敵の数を減らすべきではないかしら。」

 

「そうね。アランに怒られそうだけど、これは仕方ないわね。アインス少尉、副砲の展開準備を。」

 

「了解しました、セリーナ艦長代理。」

 

〈イーリス・コンラート〉はこれまで人類銀河帝国艦隊への手出しを控えてきた。人類同士は本来仲間なのだし、バグスと戦う上での戦力を残したい思惑もある。しかし脱出艇を確保する為ならその前提が変わる。アランを救えないより、アランを救ってから艦隊の被害をアランに叱られる方がまだマシである。

 

セリーナとシャロンにとって、アランの存在はそれだけ重い。それに惑星アレスを統一する過程で、これまでも多数の命を奪ってきた。謂わばこの対応は、その頃に戻るだけである。

 

「アランは人命を大事にしすぎるわ。今は敵なら、多少のことは多めに見てほしいのに。」

 

シャロンがぼやく。それはシャロンの本心であるような、本心ではないような言葉だ。人命を大事にしなければならないとシャロンも分かっている。しかしアランを永遠に失うかもしれない焦りが彼女にそのような発言をさせているのだ。セリーナはシャロンにそっと寄り添った。

 

「仕方ないわ。それがアランの魅力だもの。」

 

姉妹は頷き合う。これまでの〈イーリス・コンラート〉は敵の攻撃を柳に風と受け流してきた。しかしあの脱出艇はこちらで確保せねばならない。アランの肉体を自由なままにこちらに入り込まれると、艦の制御を奪われる恐れがある。その為には、敵に被害が出てもやむを得ない。

 

「全砲門を開け。あの脱出艇以外の全ての敵を撃ち落とす。」

 

セリーナの命令一下、〈イーリス・コンラート〉の内部から無数のビームが放たれた。主砲を除く全搭載火器の一斉解放。星空を切り裂く光の奔流が、アイローラ提督の艦隊を飲み込もうとしていた。

 

 

 

 

 

 

▫️脱出艇内部▫️

 

「何だ、この揺れは!」

 

アランの肉体に宿った皇帝が叫ぶ。シャトルの窓から見えるのは、〈イーリス・コンラート〉から放たれた光の嵐だった。イーリスは皇帝を落ち着かせる為のスキンシップのようにアランの肉体に手を伸ばし、アランの精神に触れた。冷静に操縦を続けつつ、密かにアランとの対話を重ねる。

 

(艦長、セリーナとシャロンが動きました。多少強引にでも私たちを確保するつもりです。)

 

アイローラ提督は既に脱出艇の周囲に多数のスターファイターを展開している。スターファイターを文字通り壁として、〈イーリス・コンラート〉の牽引(トラクター)ビームの照準を阻む意図なのだ。

 

〈イーリス・コンラート〉の搭載火器は、合流予定地点周囲のスターファイターを次々と吹き飛ばしていく。しかし〈エーテルリンク〉からは続々と新たなスターファイターが送り込まれる。両軍はこの狭い空域での優位を競い合っていた。

 

(それでいい。あの2人に脱出艇を押さえてもらうのが最善だ。やりすぎに見えても、我々を傷つける気はないはずだ。任せていいさ。それよりこのままアイローラ提督と合流すれば厄介になる。イーリス、その時はナノムの制御を遮断できるか?)

 

(魔素が十分にあれば、皇帝のナノム支配の遮断が可能です。)

 

皇帝はイーリスの活動に気付いていなかった。彼の目は脱出艇の外で繰り広げられる光の渦と敵味方の攻防に目を奪われている。スターファイターという新たな兵器の可能性に魅せられているのと同時に、アイローラ提督の艦隊が近づくのを確認していたのだ。

 

「ようやく合流出来るな。イーリス、新たな命令を下す。〈イーリス・コンラート〉の指揮権を余に渡せ。艦との近傍通信が可能なこの距離ならば、指揮権の変更が可能なのではないか?」

 

イーリスは一瞬沈黙し、首を振った。

 

「残念ながら陛下。アラン・コリント艦長の脳波認証がなければ、義体である私には艦の指揮権の譲渡決定はできません。」

 

「何だと、まだ抵抗するのか?」

 

「ええ、肉体のみで艦に命令が下せるのは自由な身で艦橋に入られた時だけです。正式に任命された艦長代理がいる以上、遠隔での操作は出来ません。」

 

イーリスの返答に皇帝が激昂する刹那、シャトルが急激に減速した。周囲のスターファイターを排除し、遂に射線を確保した〈イーリス・コンラート〉の牽引ビームが脱出艇を捕らえたのだ。それと共に放出された魔素が脱出艇を包み込む。イーリスの意図に従って、脱出艇の周囲に送り込まれたナノムの信号にノイズが走る。

 

(今だ、イーリス!)

 

アランの精神が叫び、イーリスの義体が皇帝の首に手を伸ばした。電磁パルスの閃光が放たれた。アランの肉体のナノムが一時的に麻痺して肉体そのものがシャットダウンされる。そして皇帝の意識が一瞬揺らいだ。

 

 

 

 

 

 

▫️エーテル級空母〈エーテルリンク〉 艦橋▫️

 

「脱出艇がこちらに向かっています。」

 

「こちらは脱出艇の回収に専念せよ。カース提督、敵艦への対応や艦隊の指揮はそちらに委ねる。」

 

『了解しました』

 

アイローラ提督は脱出艇を迎え入れる為に全力を尽くした。そして遂に、〈エーテルリンク〉の牽引(トラクター)ビームが脱出艇を捕えたのだ。

 

「引き続き艦隊は任せるぞ。私はコリント少将と今後を協議する必要がある。」

 

カース艦提督に艦隊指揮を引き継がせると、アイローラ提督はドッキングベイへと急いだ。脱出艇を〈エーテルリンク〉シャトルベイ内に確保した今、〈エーテルリンク〉が攻撃される可能性は低いと踏んでいた。ならばまずはアラン・コリント少将と合流する方が優先される。

 

アイローラ提督はまるで少女のように胸が高鳴るのを感じていた。贔屓の部下で好みの異性なのだ。久々の対面でちょっとくらいドギマギしても、罰は当たらないのではないか。それにコリント少将はこれまでずっと彼女に忠実だった。

 

誘導された脱出艇がドッキングベイへと到着する。宙兵を従えたアイローラ提督が脱出艇の前に立つ。その扉が開くと、アラン・コリント少将の無事な姿が現れた。アイローラ提督の顔が輝く。

 

「コリント少将、無事だったか!君の下で野心を燃やしていた人類スターヴェイク帝国の反乱とは実に厄介だったな。だが、私が正当なる君の権利を取り戻す手伝いをしようではないか。案じることはない。我らは同じ側に立つ仲間、なのだからな。」

 

そこまで一息に述べて、コリント少将の返答がまるでない事にようやくアイローラ提督が気がついた。初めて彼女という存在を知ったかのような表情を浮かべたアランの肉体が、彼女に近づき強引に腕を引き寄せる。予期せぬその仕草に、アイローラ提督の笑顔が凍りついた。

 

「少し強引だな、コリント少将。兵が見ているのだ。もう少し私に敬意を示せ。私にも立場が…」

 

言葉が尻すぼみになるのは、好ましいと思うアラン・コリント少将がアイローラ提督を見つめる目がこれまでにないほど欲望を秘めて彼女を見つめていた為だ。

 

「…と、ともかく。私の部屋で以後の戦略を練ろう。」

 

そう言ってコリント少将の手を払うと、彼を先導しようとするアイローラ提督が背後に向き直った。その肩をアランの肉体が無作法に掴んだ。

 

「全員、余に従え。これは皇帝の命だ。」

 

「・・・はい、陛下。」

 

アイローラ提督も宙兵隊も皇帝直々の命令には逆らえない。その場の全員がアランの肉体に対して向き直り膝をついた。

 

「アイローラ提督のみ、我に従え。他の者は我々が去り次第任務に戻るが良い。いや、宙兵隊は引き続き我らの護衛をせよ。」

 

アランの肉体がアイローラ提督の肩を再び掴み、強引に立たせる。

 

「では参ろうか。其方の私室に案内せよ。」

 

宙兵隊を引き連れた2人は何事もなく、アイローラ提督の私室に到着した。宙兵を護衛に立たせると、2人だけが部屋に入る。やはりアランの肉体を艦内に乗せた今、人類スターヴェイク帝国側に手出しされる危険は限りなく少なくなっていた。

 

この会談は、アイローラ提督の予定では今後の戦略をコリント少将と練る為の時間となる筈だった。しかし、皇帝を名乗るアランの顔を見ながら、目の前で服を脱ぎ出した様子からアイローラ提督はアランの肉体の内にある異様な欲望に気付いていた。皇帝の命令下で目の逸らしようがない以上、気が付かされたとも言える。

 

「君もその服を脱ぎたまえ。共に互いの裸を鑑賞し合おうではないか。」

 

アイローラ提督は恐怖と屈辱に震えた。しかし、彼女の心の奥底では、コリント少将に対する甘い想いがまだ息づいている。そんな気持ちは抑えきれず、アラン・コリントを遂に自分のものと出来る事に奇妙な歓喜が混じる。

 

(アラン、これは貴方ではないのね。それでも私は・・・)

 

アイローラ提督の内には葛藤がある。しかしそれでもアイローラ提督は、命じられたままに手早く制服を脱ぎ捨て下着姿となった。今のアイローラ提督は完全な皇帝の支配の下にある。だから抵抗など何も出来なかった。いや、アイローラ提督にも最初から抵抗する気は無かったのかもしれない。

 

アランの肉体がアイローラ提督の体を撫でる。その手つきにぞくりと鳥肌を立てながらも、アイローラ提督は強引に魅了された。その手に促されるまま、下着までも脱ぎ捨てた彼女はベッドに横たわる。アランの肉体が彼女の上に覆い被さる。アイローラ提督は皇帝に命ぜられるままに体を開き、アランの肉体の全てを受け入れようとした。

 

 

 

 

 

▫️アサポート星系 上空 スターヴェイク級戦艦〈イーリス・コンラート〉艦橋▫️

 

「失敗してしまったわ。それに、あの義体も失われました。」

 

イーリスが再現された自らの肉体を艦橋内にいるかのように投影した。義体として身体を取り戻して以来、現在の義体の状態を常に艦内での投影に用いてきた。完全なる仮想再現された肉体を投影するのは、彼女の復活以来初めての事態だった。

 

「お姉様を出し抜く程に、あの皇帝はしたたかなの?」

 

セリーナがイーリスに問う。イーリスはゆっくり首を振った。

 

「今回失敗したのは、私の中のAIの部分が邪魔をしたのです。あの場で皇帝の精神を追い出し、艦長の精神を解放する事は可能でした。しかし、それでは皇帝の精神という人命の喪失に繋がる。AIとしての内部判定がそう判断した為に、私の義体が緊急停止したのです。あの瞬間は、他の人命が失われる危機ではありませんでしたから。」

 

「そう。それは皇帝も運の強い男ね。」

 

「きっと運だけで皇帝になったような男なのでしょう。」

 

セリーナとシャロンが口々に感想を漏らす。

 

「今回の接触で得た成果もあります。皇帝の精神侵食には対抗策を見つけました。全員のナノムをアップデートします。軍籍が人類スターヴェイク帝国の所属であれば、これでもう肉体を乗っ取られる事はありません。」

 

イーリスの導き出した対抗手段。それはセリーナとシャロンの表情を明るくさせた。

 

「それでは私達がもう前に出ていいのね?」

 

「ええ、あの艦に乗り込んで存分に暴れて構わないわ。」

 

イーリスも喜ぶ妹達に対して、にこやかに微笑んで見せた。彼女の内部では、今も復讐心が激っている。

 

彼女の義体は失われた。この喪失感は、お気に入りの装飾品が永遠に失われた感覚に似ている。似た品は作れるだろうが、その身体に刻まれた歴史や愛着までは再現できない。そして何より、肉体があってこそ彼女はより人間的な感情を持つことが出来ていたのだ。

 

その時、ずっと艦橋の後方に座ったまま、黙って事態の推移を見守っていたクレリアが遂に口を開いた。

 

「セリーナとシャロンがアランの救出に向かうのは賛成だ。しかし、その場合はこの艦には誰が残るのだ?」

 

 

 

 

 

▫️エーテル級空母〈エーテルリンク〉 艦橋▫️

 

再び艦橋に姿を現したアイローラ提督を見て、乗組員(クルー)はホッとした表情を浮かべた。

 

「状況は、どうなっているのか。」

 

アイローラ提督は艦長席に身体を押し込んだ。まだ身体が自分のものではないような感触だった。艦橋に戻る前に、皇帝からシャワーを浴びる許可は得た。しかし短い情事の痕跡は今も彼女の体に残っている気がした。汚されたような気もするし、遂に本願を遂げたような甘く弛緩した想いもする。いずれにしろ彼女の中の緩んだ空気を払拭させる為に、彼女は今から軍務に励んで遅れを取り戻さなくてはならない。

 

「はい。脱出艇の収容以降は敵艦からの手出しはありません。その為、カース提督の指示でスターファイターの収容と撃破された機体のパイロットの救助を進めています。・・・その、話し合いは上手くいかれたのですか?」

 

心配そうに尋ねる副官に、アイローラ提督は笑顔で頷いて見せた。

 

「ああ、我々がコリント少将をあの艦の中に送り届ければ少将が艦の指揮権を取り戻す。それでこちらの勝ちだ。コリント少将の肉体が本艦にある限り、こちらには手出し出来ないようだ。本艦で敵艦内部にこのまま突入する。敵はこの動きも阻止できない筈だ。」

 

アイローラ提督の言葉に艦橋乗組員(クルー)の表情が一斉に明るくなる。ビーム砲だろうとスターファイターだろうと光子魚雷(フォトンビート)だろうと、艦隊の攻撃は〈イーリス・コンラート〉に対して有効であるように見えなかった。

 

しかし内部からの奪還が可能なら、見通しは一気に明るくなる。誰だって勝てない戦はしたくない。艦隊本部が陥落した今、逃亡はもはや現実的な選択肢では無かった。物資の不足は確定的だし、あの艦はワープポイントから逆算して超空間を航行中にこちらの行き先に先回りするだろうからだ。

 

「皆、覚悟を決めよ。ここで勝ち切る。突入前にカース提督に通信で状況を共有しよう。」

 

その時、エーテルリンク少佐が警告の声を上げた。

 

「〈イーリス・コンラート〉が消失しました。こちらの探知可能範囲外へと転移した模様です。」

 

「逃げたか。」

 

考えられる事ではある。艦の制御を奪われない為には、敵が逃げるのはむしろ最善手かもしれない。それなら、アサポート星系を皮切りに人類銀河帝国の支配体制を固めるだけである。しかし、アイローラ提督の思索はそこで強引に止めさせられた。再び艦載AIが警告を発したのだ。

 

「艦の前方と後方に、再び巨大な質量体が同時に出現しました。どちらもスターヴェイク級と推測されます。」

 

「馬鹿な。」

 

そう言ってアイローラ提督は、前方に表示されるスクリーンを見た。この距離でタイムラグはあり得ない。〈イーリス・コンラート〉は目の前にいた。

 

だが、エーテルリンク少佐がスクリーンを操作する。前方のスターヴェイク級の横に、枠付きの画面で後方に位置するもう一つのスターヴェイク級を映し出した。どちらが本当の〈イーリス・コンラート〉なのか、情報共有が切断された今は外見からではまるで判断がつかない。

 

「2隻あるのか!」

 

艦橋乗組員(クルー)は息を呑んだ。確かに、スターヴェイク級戦艦の建造は短期間で行われたと聞いていた。〈イーリス・コンラート〉の難破からまだ2年から3年という所である。それでもあのような巨大な人工天体の2隻目が完成済みとは、一体どういう事であるのか。あんなものを短時間で、何隻も建造が可能だとでもいうのか。

 

絶望的なまでの彼我の戦力差に、暗然とした空気が流れる。それはまるで、あの2つの人工天体にこのまま挟まれ押し潰される、そんな未来を宣言されたかのような重苦しい空気だった。勝てるわけが無い。乗組員(クルー)の誰もが、口にしないだけでそう考えていた。アイローラ提督は素早く思考を巡らせた。

 

「これは大掛かりな欺瞞、仮想表示の類の可能性はないのか?」

 

「ビーム砲を発射すれば判明します。一発だけであれば、相手へのダメージにもならないでしょう。」

 

「すぐに実行せよ。」

 

〈エーテルリンク〉のビーム砲が前方と後方に同時に放たれた。それは人工天体の正面装甲に命中し、それぞれ僅かな反応と痕跡を返す。

 

「どちらも、実在する存在と確認されました。」

 

そう告げる艦載AIであるエーテルリンクの声は、どこか無情な響きを秘めて艦橋内に響き渡った。

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