【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる) 作:高坂 源五郎
Ⅳ 対バクス戦争の終結 115話 【帝国継承戦争篇④】 解放
▫️アサポート星系 上空 エーテル級空母〈エーテルリンク〉艦橋
光の奔流が〈エーテルリンク〉を襲った。〈イーリス・コンラート〉と〈イザーク〉、2隻のスターヴェイク級戦艦から放たれたビーム砲が続々と着弾する閃光。艦橋に響く爆音と振動の中、アイローラ提督は叫んだ。
「回避しろ! 全速で距離を取れ!」
副官が慌てて報告した。
「提督、敵の照準が正確すぎます! スターファイター隊も次々に被弾し撃墜されています!」
スクリーンには、〈イーリス・コンラート〉と〈イザーク〉がまるで月のように屹立し、〈エーテルリンク〉を挟み込む姿が映し出されていた。前後から挟み込まれた2隻が繰り出す攻撃に、〈エーテルリンク〉の全装甲と武装が見る間に剥がされていく。
両艦のビーム砲を操るのは、アインス少尉以下のクローン士官たちだ。この距離なら2隻の射撃管制も同時に処理できる、アインス、ツヴァイ、ドライ、フィーア、フュンフ、ゼックス、ズィーベン、アハト、ノイン、ツェーン。全員が少尉の階級を持ち、新造された〈イーリス・コンラート〉内の射撃管制所から冷徹な射撃命令を下していた。
「全武装準備完了。目標を捕捉、攻撃続行。」
アインスの声が通信越しに響く。目標を分担し合う10名の連携がビーム砲を容赦なく〈エーテルリンク〉に浴びせた。
アイローラ提督は歯を食いしばって耐える他なかった。2隻の間を逃れようとしても、2隻のスターヴェイク級が絶妙に距離を詰める。そうやって挟撃態勢を維持し続けるのだ。猛射を浴びて艦の動きが鈍る。遂に敵の攻撃は推進装置さえも破壊し始めた。
〈エーテルリンク〉の動作が鈍くなる。そこをこの2隻の敵艦はまるで指で摘み上げるように〈エーテルリンク〉の艦体を完全に挟み込んだ。不必要な損傷は与えられていないが、残された推進装置を全力で作動させてももはやピクリとも動かなかった。もはや〈エーテルリンク〉は、座礁した状態と変わりなかった。
「動けない……これでは完全に袋の鼠だ。」
呻くアイローラ提督の声が艦橋に響く中、艦載AIのエーテルリンク少佐が新たな警告を発した。
「艦の4カ所――ドッキングベイ、前部ハッチ、後部整備口、側面緊急ポートに敵の宙兵隊侵入の兆候を検知しました。」
▫️アサポート星系 上空 エーテル級空母〈エーテルリンク〉艦内▫️
セリーナ・コンラート中佐とシャロン・コンラート中佐は、宙兵隊を4隊に分けて同時侵入を決行した。セリーナはドッキングベイを自ら率い、副官のルート中尉が補佐に回る。シャロンは前部ハッチを指揮し、カーヤ中尉が援護に立つ。ルート中尉の分隊は後部整備口から、カーヤ中尉の部隊は側面緊急ポートから、それぞれ艦内に突入したのだ。
『同時侵攻により敵の逃げ場を奪う。皇帝がどこにいても逃がす気はないわ。』
セリーナの声が通信越しに鋭く響き、シャロンが応じる。
「ええ。この艦を押さえて私達がアランを取り戻す。行くわよ!」
金属音と爆発音が〈エーテルリンク〉艦内に響き渡る。スタンモードのパルスライフルの閃光が、
4カ所からの侵入が進む中、アランの肉体に宿る皇帝は宙兵パワードスーツ部隊を招集した。全部隊を率いて中央部に陣取ったのだ。大勢が戦うに最適な空間はここしかない。狭い通路から押し寄せる敵は、広間内に充満するパワードスーツ部隊で押し潰す腹だった。
セリーナとシャロンがドッキングベイと前部ハッチから合流し、挟み撃ちで宙兵パワードスーツ部隊を撃ち倒す。そして未だ多数のパワードスーツ部隊に囲まれた皇帝と遂に対峙した。
「愚かな姉妹がノコノコと現れたか。貴様らはここで敗れる運命だ。大人しく〈イーリス・コンラート〉を明け渡せ。そうすれば、妻の地位のままで我が元に迎え入れてやろう。」
皇帝が魔法剣を手に冷笑し、
流血を伴わない綺麗な解決はもう諦めていた。この敵達は降伏など出来ない。こちらも後には引けない。魔法剣を振い、相手の四肢ごとパワードスーツの装甲を切断する。なんでも切断する魔法剣を、常人には不可能な速度で繰り広げるセリーナとシャロン。パワードスーツ部隊は面白いように撹乱された。
「生身でパワードスーツと渡り合う相手に、勝てる筈ないっ!」
悲鳴を上げる彼らは、逃げる事も隠れる事も出来なかった。人類銀河帝国の軍人にとって、皇帝の命令は絶対である。ただ生き人形のように、皇帝が生き延びる僅かな時間を稼ぐ為の供物として魔法剣の前に供されるのだ。
「ナノムが注入されていれば死なないわ。もしナノムが注入していなければ、優先して拘束して救助します。助けてと、そう声を上げて。」
敵を切り捨てながらも、シャロンが相手を気遣う声をかける。
▫️アサポート星系 上空 エーテル級空母〈エーテルリンク〉艦橋▫️
後部整備口と側面緊急ポートから侵入したルート中尉とカーヤ中尉は、それぞれの宙兵隊を率いて艦橋に突入した。
パルスライフルの閃光が放たれる度に、
アイローラ提督の頬を汗が伝う。ジリジリと敵の宙兵が接近してくる。皇帝の指示により、指揮官である彼女達でさえいざとなれば自決する必要がある。生きて虜囚の辱めを受けるのは航宙軍士官の恥になる。アイローラ提督の構えたレーザーガンの銃口が動いた。
(艦が動かせないのなら自決しよう。最後に良い思い出も作れた。)
自らの頭部にレーザーガンを押し当てようとした彼女の手を、スタンモードのパルスライフルの銃弾が撃ち抜く。アイローラ提督は必死にレーザーガンを拾い上げようともがいたが、更なる連射が床からレーザーガンを弾いた。それでも抵抗を試みたが、遠くに押し飛ばしたレーザーガンにはもう手が届かない。遂にアイローラ提督は、足を撃ち抜かれて副官と共に床に膝をついた。
「提督、抵抗は無意味です。この艦はすでに我々の手中にあります。」
構えていたパルスライフルをゆっくりと下ろしたルート・バールケ中尉の声が静かに響き渡る。カーヤが素早くアイローラ提督の手首に拘束具をはめた。副官や他の
▫️アサポート星系 上空 エーテル級空母〈エーテルリンク〉中枢通路▫️
「来るが良い。」
皇帝は魔法剣を構えた。セリーナとシャロンを倒さぬ限り、勝利はないと見極めたのだ。
「皆、皇帝への手出しは控えなさい。」
「私達だけでやり遂げます。」
部下達にそう指示を下したセリーナとシャロンが皇帝の誘いに応じるように前にでる。彼女達は、ここで皇帝を捕えるためにわざわざ出向いてきた。直接対決は、この二人としても望むところだった。
剣戟が響き合い、皇帝の刃がセリーナの肩を浅く切り、シャロンの脇腹をかすめた。二人は
「この身体を傷つければアラン・コリントは死ぬぞ。」
剣を振りかぶりながら放たれた皇帝の脅迫に、セリーナが毅然と返す。
「アランは死よりも自由である事を望むわ。」
シャロンが続けた。
「アランが死ぬ時は、私達も一緒に死ぬ覚悟よ。」
口先の介入で怯む相手ではない。両者譲らずに戦闘が激化する。セリーナが剣を振り下ろし、一体のパワードスーツを両断したが、別の兵が背後から襲い掛かってきた。シャロンが援護に回り、魔法剣でその敵を斬り倒した。しかし光と共に傷が癒え、再び動き出す。
「回復が早すぎる……!」
シャロンが舌打ちし、セリーナが息を切らしながら呟いた。
「流石はアランの魔力量ね。このままじゃ消耗戦よ。皇帝を直接叩かないと。」
皇帝は冷たく笑い、再び剣を振るう。その一撃がセリーナの剣を弾き、彼女を後退させた。シャロンが隙を突いて横から斬りかかるが、皇帝は素早く身を翻し、魔法剣で反撃した。アランの肉体は剣術にかけては二人を凌駕していた。そしてパワードスーツ部隊が二人を囲み、スタンガン付きの槍で牽制する。
「くそっ、囲まれた!」
シャロンが槍を避けながら叫び、セリーナが部下に指示を飛ばした。
「宙兵、援護を! 敵パワードスーツの動きを止めなさい!」
パルスライフルの銃剣による突撃が敵パワードスーツ部隊を一時的に押し戻す。しかし回復魔法で即座に復帰され、相手の数的有利を崩せなかった。互いに全力を尽くしながらも、戦況は膠着する。
「小癪な」
再び
「ち、魔力切れか。」
「残念。魔力切れで失神してはくれないか。」
回復したパワードスーツ部隊を早くも斬り倒して、セリーナとシャロンが皇帝との距離を詰める。アランの所持していた魔石は、もう大分使い果たしたのだろう。対するセリーナとシャロンは、ここまで魔力を温存していた。
アランの特性がどれほど優れていても、今の肉体の使い手はアラン自身ではない。そして数は力である。セリーナとシャロンは、過去の苦しい戦いからその事を熟知していた。これまで経験してきたあの苦しい思いの数々は、決して無駄ではなかった。
アランの能力を誰よりも信じているのはセリーナとシャロンだ。でも今は、厄介な事に彼女達自身がアランの能力の限界を探る展開となっていた。そうしなければ、皇帝をアランの肉体から引き離せないのだ。
皇帝の剣がセリーナの腕をかすめ、血が滴る。シャロンが反撃に飛び込むが、パワードスーツ部隊の一体が皇帝の盾となり、彼女を弾き返した。
「この程度か、貴様ら!」
皇帝が嘲笑うと、目眩を覚えて突然剣を下げた。肉体の限界と共に魔力切れが近づいていた。そこで息を整えると共に、最後の魔石を用いて魔力を回復し始めたのだ。時間を稼ぐ為に、皇帝は異様な提案を持ちかけた。
「セリーナとシャロン。其方達がアランに執着しているの知っている。ならば余が代わりに理想的なアラン・コリントを提供する。どうだ? 味方になれば、アランが到底応じない君たちの秘めた欲望も忠実に叶えよう。」
その言葉に、セリーナとシャロンは一瞬動きを止めて顔を見合わせたが、すぐに冷たい視線を返した。
「いやよ、アラン本人でなければそんな願いを叶えても意味がないもの。」
セリーナの声は揺るぎない。シャロンも続いて拒絶の言葉を投げかける。
「私たちは必ず、アラン本人に自分達の願いを叶えさせてみせるわ。」
篭絡できなかったと知った皇帝の顔が歪む。そして迫るセリーナとシャロンを迎えつつ為、再び剣を構えた。稼げた時間は完全なる回復には足りなかった。アランの所持する最後の魔石から、ごく微量の魔力を回復した程度である。皇帝の魔力はほぼ尽きた。敵兵が蘇る事はもうない。
戦闘が再開された。両陣営の戦力が拮抗して膠着する中、シャロンが皇帝の隙を突いて剣を側面から叩き込む。皇帝がそれを防ごうとした刹那、セリーナが正面から突きを繰り出す。その瞬間、二人の剣が同時にアランの剣を捉えた。力づくで挟み込み、遂に魔法剣が皇帝の手から弾き飛ばされる。
皇帝は腰の電磁ブレードナイフを引き抜こうとした。しかしシャロンの鋭いキックが掌を強打し、電磁ブレードナイフが床に落ちた。セリーナが落ちた電磁ブレードナイフを蹴り飛ばし、後方の宙兵が拾い上げる。
丸腰となった皇帝に対し、セリーナとシャロンも魔法剣を鞘に収めた。少し下がって、魔法剣もライフルも部下達に預ける。そして腰に装備した「魔晶封縛器」の存在を確認した。この戦いはこれから
先制した皇帝のパンチがセリーナの顔に炸裂し、シャロンの裏拳が皇帝の腹に叩き込まれた。互いに譲らない攻防の中、セリーナが皇帝の腕を掴み、高く上げた足で巻き取るように姿勢を崩す。皇帝が溜まらずに膝をついた瞬間、シャロンが背後から脇腹に腎臓を狙った蹴りを入れた。皇帝が身体を支えきれずに倒れ伏す。セリーナとシャロンは二人がかりで寝技に持ち込んだ。皇帝の操るアランの身体は、セリーナとシャロンの肉体に絡め取られた。
「終わりよ。」
シャロンが魔晶封縛器を引き抜き、トドメを刺す素振りを見せる。皇帝が叫んだ。
「かかったな。」
その声と共に、皇帝はシャロンの肉体を乗っ取ろうとした。だが不発に終わる。その掌から、わずかな光が溢れ落ちただけである。皇帝の精神はシャロンの肉体に入ってゆかず、アランの肉体に留まったままだったのだ。
「何故だ。」
皇帝の叫びに、シャロンが答えた。
「全てイーリスお姉様のおかげよ。何の対策もせずに、私達がノコノコと現れる訳ないじゃない。」
「さあ、アランを解放するわ。」
今度はセリーナが腰から引き抜いた魔晶封縛器を振りかざす。杭型の器具に嵌められた紫水晶が輝く。皇帝の胸に杭が突き刺さると、水晶が赤く染まった。悲鳴と共に、皇帝はその意識を喪失した。
アランの肉体が再び目を開いた時、その眼差しは明らかに変わっていた。間近でずっと観察していたセリーナとシャロンには、その眼差しがアラン本人のものへと変化しているように思われた。しかしまだ、油断は出来ない、
「まだ動かないで。」
シャロンが未使用の魔晶識別器をアランの首元に突きつける。僅かに刺さった切先からアランの血が滴った。そして魔晶識別器の紫結晶が緑色に輝き、完全なる探査が終わる。
『間違いありません、アラン・コリント艦長本人です。』
通信を経由してイーリスの声が響いた。それを聞いて、宙兵たちの歓声が一斉に爆発した。
「もう、心配したんだから。」
「手間、かけさせないでよね。」
セリーナとシャロンが思わず涙をこぼしながら口々に言い、アランの手を引いて床から立たせた。
「そうだな、みんなには本当に迷惑をかけた。」
俺は両手で二人を抱き返した。彼女達のお陰で、俺はようやく自分の肉体を取り戻す事が出来たのだ。
▫️エーテル級空母〈エーテルリンク〉拘束室▫️
部下を引き連れたカーヤ中尉は艦橋を離れ、〈エーテルリンク〉の拘束室へと急いでいた。アイローラ提督の命令で捕らえられていた妹のユッタの解放が目的だった。拘束室の扉に辿り着くと、カーヤは部下に指示を出した。
「急いで扉を壊しなさい!」
パルスライフルが扉のロックを撃ち抜く。金属が軋む音と共に扉が開いた。中には、拘束具で縛られたユッタが座っていた。彼女の顔は青ざめ、肩には打ち傷が残っている。しかし、その目にはまだ戦う意志が宿っていた。
「ユッタ!」
カーヤが駆け寄り、拘束具を外す。ユッタは妹を見上げ、かすれた声で呟いた。
「カーヤ……来てくれたの。」
「当たり前よ。パイロットを指導しに来た同盟軍の教官に対する仕打ちじゃないよね、こんなの。」
カーヤが涙を堪えながらユッタを抱き起こす。ユッタは弱々しく笑い、姉の肩に凭れた。
「ありがとう。ね、戦況はどうなったの?」
「もちろん、私たちの勝ち。アラン様も無事よ。」
ユッタは安心した、というように微笑む。
「これでもう大丈夫だね。」
「そう、だから安心して。」
笑顔を妹に見せたカーヤは、
(ルート、こちらカーヤ。ユッタを確保したわ。)
ルートの声が返ってくる。
(了解、カーヤ。先にユッタを〈イーリス・コンラート〉に連れ帰って。)
(え、いいの? そちらは大丈夫なの?)
(アラン様と捕虜達はセリーナ中佐が連れ帰ります。こちらはシャロン中佐と私が残るわ。だから、大丈夫なの。)
▫️エーテル級空母〈エーテルリンク〉艦橋▫️
アラン解放の連絡を受け、艦橋ではルート中尉が通信機を手に取った。
『こちら〈エーテルリンク〉艦橋。艦隊を構成する全艦艇に告げる。本艦は人類スターヴェイク帝国が占領した。人類銀河帝国皇帝並びにアイローラ提督以下の
ルート・バールケの声は、抑えきれない勝利の響きを帯びていた。〈エーテルリンク〉は制圧された。皇帝の支配が終わりを迎えたことで、戦場の空気が一変する。
艦隊の指揮を引き継いだカース提督は敗北を認め、ゆっくりと後退していく。以後の交渉に備えて距離を取る。それが彼の下した判断なのだろう。
「…遅くなったわ。」
艦橋に一仕事終えたシャロンが駆け込んでくる。ルートは黙って指揮官の席を開け渡した。
「艦載AIは協力的?」
「はい。通信装置は使用可能でした。我々が同盟軍として登録されていた事が功を奏したようです。イーリス大尉によると『皇帝の介入が遮断され、正常化されたのではないか』との事でした。ただ、我々を指揮官としては認めないそうです。」
「試してみるわ。エーテルリンク少佐。」
「はい、シャロン・コンラート中佐。」
艦載AIのエーテルリンク少佐が立体映像として姿を表す。
「現在のこの艦の所属について、貴方の認識を聞かせてほしい。」
「現在、本艦は人類スターヴェイク帝国と交戦して拿捕された状態と認識しています。」
「それで、貴方は我々の指示に従うのかしら?」
エーテルリンク少佐の返事は躊躇いがなかった。
「人類スターヴェイク帝国は同盟国として設定されています。艦橋にいる当直士官の指示は受け付けますが、指揮官としての登録は出来ません。」
「了解したわ。」
他国の士官を指揮官として登録できないのは、ある意味では当然だろう。ただ軍籍を共通化している関係で、艦橋にいる間は命令は下せるらしい。これは主に対バグス戦を想定して、同盟軍の士官にも命令権を付与した結果である。艦が全滅したような、緊急時の対応が可能なように設計されているのだ。
『〈エーテルリンク〉応答願いたい。』
シャロンはその声には聞き覚えがあった。素早く応答する。
「こちら〈エーテルリンク〉のシャロン・コンラート中佐よ。聞こえているわ。」
『こちら〈エーテルゼルダ〉のカース提督だ。外交的な修辞は後にしよう。まずは喫緊の課題を話し合いたい。撃破されたスターファイターから脱出した多数のパイロットが救助を待って漂流中だ。こちらから救援機を飛ばす許可を頂きたい。」
シャロンは即決した。
「了解したわ。戦術リンクを再開しましょう。相互に座標共有した機体のみを攻撃対象から外します。救援機は、必ず座標を表示させて。胡乱な動きをすれば、警告の後に攻撃を加える可能性があります。」
『それで問題ない。感謝する。』
「信じられないかもしれないけれど、私達も一人でも多く救いたいと考えているの。こちらから救援機を出しても構わなくて?」
『救援機派遣の提案を感謝する。正式に救助を要請する。まずは互いを信頼して、この宙域の秩序を取り戻そうではないか。』
カース提督との合意が成立し、宙域は急速に戦後処理の場へと変貌していった。宙に散らばったスターファイターの残骸や、脱出を果たしたパイロットが回収されていく。細心の注意を払ったとはいえ、この無益な争いで死亡した兵士は多い。何故こんな事態となったのか。大多数の者が明確な理由も分からぬまま、ただ戦闘が終わり生き延びたという結果を喜びあっていた。後は、救える限りの命を救うだけである。両軍の生存者は人命救助という最も崇高な任務に邁進した。
▫️惑星アレス 議事堂▫️
クレリアを送り届けた
(イーリスの肉体が健在ならば、良かったのだが。)
状況を鑑みて、艦載AIによる遠隔操縦は見送られた。結果としてパイロット兼護衛を務めたのは孤児出身のマリーである。研究畑の人材なので、操縦のスキルはギリギリ及第点なのだった。
惑星アレスでは、ジノヴァッツ元帥が戒厳令を敷いていた。惑星アレスの占領とアデル政府の解体は、既にジノヴァッツの名で発表されている。皇帝の存在など知らなかった人々も、アデル政府崩壊の危機に怯えていた。民衆の動揺を抑え込む為に、ジノヴァッツ元帥の配置したイリリカ兵が展開している。剣や槍を構えた彼らは市民に恐怖を与える存在であるが、だからこそ抑止力としても機能していた。
アランが心血を注いだ食料や医療の供給はスムーズに機能している。それは大きな利点だった。占領に伴う軋轢やトラブルは押さえ込まれていた。それこそが、人類スターヴェイク帝国が密かに支持されつつある理由なのかも知れなかった。
「クレリア様」
「出迎えご苦労。」
エルナがクレリアの前に姿を表す。その傍にはジノヴァッツも姿を見せていた。
「遂に完全勝利ですな。」
少しはしゃいだジノヴァッツの様子に、クレリアはニヤリと笑った。アラン解放の知らせを受けて彼女も気が大きくなっていたのだ。
「其方も、今回の勝利の立役者として嬉しいのではないか?」
「そうですな。勝利こそが最高の快楽ですな。」
ジノヴァッツは胸をそらして見せた。気難しく見える彼も、これで意外と単純な所がある。それに何よりルミナスより遥かにクレリアの方が合わせやすい。二人は互いの存在の中に、意外な相性の良さを発見していた。世俗の支配に長けたジノヴァッツとクレリアは、少し似た気質があるのかも知れなかった。価値観に近しいものが存在しているのだ。クレリアがルミナスの血統というのも、多分に影響しているのだろう。
「さ、陛下。人類銀河帝国の議員達を待たせてあります。」
「うむ、では行こうか。」
クレリアは足元の帝国議会の議事堂を見下ろした。議事堂の屋根にわざわざ
▫️惑星アレス 人類銀河帝国議会▫️
人類銀河帝国の議会は緊急召集された。そしてクレリア・スターヴァイン・コリントが議場の中央に立ち、人類銀河帝国の全惑星代表を前に演説を開始した。
彼女の背後にはジノヴァッツ元帥が控え、その周囲をエルナをはじめダルシムやヴァルターといったクレリアの腹心が固めていた。立ち並ぶ兵士達の姿が、議会の空気を重くしていた。
議員達は一様に浮かない表情を浮かべていた。アサポート星系の接収とアデル政府の解体は既に発表されている。では、わざわざ勝利宣言でどのような内容を発表するのか?
『武力による人類圏の統一宣言』議員達が恐れつつも予期していたのはそれである。新興国の蛮族達が遂に都を奪った。今回の事態については、そんな想像をしていた者達が多かったのだ。しかし、彼らの予想は良い方向に外れた。
「敬愛すべき議員諸兄よ。アデル政府は人類銀河帝国皇帝を名乗る存在に、永年牛耳られた政体であった。」
クレリアのその語り出しに議場がどよめきに包まれる。
「我々人類スターヴェイク帝国は、その皇帝を捕えて戦争に勝利した。この行いは、全人類の支配からの解放の為に行われたのだ。」
度肝を抜かれた聴衆は、次にクレリアが何を語るのか固唾を呑んで見守っている。
「只今を持って、皇帝の支配装置たるアデル政府は解体される。そして我々は人類銀河帝国に代わる新たな政治体制として、ここに存在することを宣言する。」
『やはり』という失望と諦めに議場にざわめきが広がった。いや、彼らは既に諦めていたのかも知れない。人類銀河帝国は既に滅ぼされた。人類スターヴェイク帝国の高らかな勝利宣言を聞くことになるのだと、そう覚悟していたのだ。少し間を置いてから、クレリアが意外な事を語り始めた。
「人類スターヴェイク帝国に参加するか否かは、自由だ。ここにいる各惑星、各政治体制、そして個々の意志に委ねられる。そして人類銀河帝国に対する債務や契約は、全て我々が引き継ぐ。それが敵を滅ぼした勝者の務めであるからだ。」
滅ぼさた国家の負債まで負う。その決定に驚きの声が上がった。
「バグスに対しては、人類の敵として共通して対処することを提案する。そしてバグスに対する救援を、我々人類スターヴェイク帝国は必ず行うものとする。」
クレリアのその発言が終わるや否や、議場は驚きと議論の渦に包まれた。武力を用いた征服宣言ではなかった。加入は任意だという。そしてバグスへの支援を約束する姿勢に、多くの代表が好意的な反応を示した。クレリアの言葉は、単なる権力の移行ではなく、新たな希望の提示だった。
「人類スターヴェイク帝国は宣言する。我々がバクスと人類との戦争を終わらせる事を。」
議事堂が拍手に包まれた。それは圧倒的賛意を示す万雷の拍手ではない。半数を超えるか超えないか微妙な数である。しかしこの日、人類銀河帝国を構成する星系政府の3分の1の惑星が人類スターヴェイク帝国への加入を決めた。3分の1は、所属惑星との確認を経て年内加入を決断するとした。最後の3分の1は、独立した人類圏の構築を模索し、人類銀河共和国の樹立を宣言した。カース提督率いる航宙軍の艦隊は、この新共和国に所属する事となる。
▫️スターヴェイク級戦艦〈イーリス・コンラート〉艦内▫️
虜囚の身となったアイローラ提督は、〈イーリス・コンラート〉艦内の居留地に抑留されていた。砂浜に立つアイローラ提督の足元には、海の波が押し寄せている。吹き付ける潮風と磯の香り、そして照らす太陽と青空。それら全てがここは惑星上だと錯覚させる。スターヴェイク級は惑星上にいるのと変わらない感覚で、正に全てが規格外だった。
「今更、私に何の用があるのだ? コリント少将。」
今のアイローラ提督は囚われの身である。そんな彼女を、人類世界の新たな支配者であるアラン・コリントが直々に尋ねてきた。
牢屋というには快適な場所だった。そもそもは将兵の休暇の為のリゾートだという。しかしアイローラ提督にとっては、指揮する艦がない生活など考えられなかった。
「今日はご報告とお願いに来ました。」
「報告? 私の処刑が決まったのか?」
アイローラ提督は、すまし顔のコリント少将に言葉をぶつけた。『あんなに愛し合った仲ではないか』そんな言葉が、喉元まで出かかる。
あれは確かにアランの肉体ではあったが、彼の意識ではなかった。それを持ち出すのは不公平というものだろう。大体、アランには既に嫁が幾人もいるのだ。結ばれる筈も無かったと思い、平静に振る舞う他ない。もしかしたらアランはアイローラ提督との行為を記憶すらしていないのかもしれない。
「貴方は自由の身ですよ。新たな艦を提供する迄、ここで休んで頂いているだけです。」
「なに。」
アイローラ提督は呆気に取られた。今もこうして、ここに押し込められているではないか。いや、そもそも彼女が指揮するべき艦が今はないのか。確かに虜囚としては妙に快適な生活だと思ったのだが。部下達は既に解放されている。アイローラ提督だけ残されたのは、コリント少将なりの心尽くしだったらしい。
「…新しい艦?」
結局色々な思いを飲み込んだアイローラ提督は、結局一番気になる話に思わず反応してしまう。
「ええ。人類スターヴェイク帝国が占領した〈エーテルリンク〉を全面改修します。より快適な艦としてお返ししますよ。」
「しかし、まだ数日しか経過していないだろう。そんな事が出来るわけが。…いや君達なら可能なのか?」
コリント少将は笑った。
「ええ、魔素を用いれば艦体はすぐに組み上がります。艦載AIイーリスの能力を持ってすれば、設計も容易だ。」
「凄いものだな。それで、私は艦をもらう代わりに君に忠義を尽くせばいいのかな?」
冗談めかしてそう口にしたものの、アイローラ提督の心は揺れている。何と言われても彼女の望むような関係はもう得られないだろう。それならばコリント少将の提案を断り、どこか遠くの星系に行くのがよいのではないか。
「今だけ、親しげな口を聞いても?」
「ああ、構わん。」
突然、アランがポケットから指輪を取り出し彼女の前に跪いた。
「カルラ、俺と結婚してくれないか? 俺には複数の妻がいる。彼女達の了解は得た。君の貞操を奪った責任を取る為にも、妻の一人として君を迎えたい。」
そのプロポーズは唐突ではある。しかし相手に望まぬ性行為を強いた責任を取る。そんなアランの強い想いが込められていた。
「あの事ならそう気にしなくても…。野良犬にでも噛まれたと思って忘れてくれないか。それに、私が君を襲った解釈も成り立つではないか。」
アイローラ提督はしどろもどろになりながら、心にもない事を口にした。本当は忘れないでいて欲しい。しかし彼女にも体面がある。それに自分の方が上官だった。自分の方が責任を負うべきだという、そんな意識もまだあるのだ。
「唐突な形になってしまったとはいえ、君との逢瀬は忘れられない。これは、俺が君という素敵な女性を手放したくないんだ。」
どうやらアランは彼女との行為を全部記憶していたらしい。自分の乱れた様子を思い返して、羞恥心がアイローラ提督の顔を紅く染め上げる。部下達に知られたらどうしよう。いや、むしろ『皇帝に抱かれた』と皆は気がついていた。ならばこうなった事を祝福してくれるのかも知れない。
(ああ、もう興奮で考えがまとまらない。)
アイローラ提督は、小さな声で一番気になる事を尋ねた。もう、余裕の無さからアランに対する好意を隠しきれなくなっていた。
「本当に私でいいのか、…私は年上だぞ?」
「ああカルラ、君だからだ。俺は君と添い遂げたい。」
アランはそっと自分に差し出されたカルラ・アイローラ提督の指に、持参した婚約指輪を装着した。
人類銀河帝国の最大の敵との対決シーンは、セリーナとシャロンがアランと戦う展開と決めていました。敢えてアランの肉体を敵に委ね、
またアイローラ提督は元々ヒロインとしてカウントしており、アイローラ提督の部下路線を長く維持したのもその辺りが理由でした。お互い立場がありすれ違いそうなので、そこは皇帝に敢えて介入してもらっています。アイローラ提督はこれまでアランの周囲にはあまりいないタイプなので、そういう意味でも良かったのではないかと思います。