【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる) 作:高坂 源五郎
Ⅳ 対バクス戦争の終結 116話 【バグス殲滅戦篇❶】 氷雪
▫️惑星アレス近傍宙域 〈パイオーン〉艦橋▫️
センサーがバクス艦を検知し警告音を鳴らす。出現した敵艦数は見る見るうちに2桁となり、そしてすぐに3桁となった。
「ワープアウトしてくる敵影を多数確認。バグスの大艦隊です!」
ガードナー中尉の報告に、警戒にあたっていた〈パイオーン〉のシェアリング艦長は息を吐いた。
「旗艦〈イーリス・コンラート〉へと、状況を報告しろ。」
第一報を入れれば、後はあちらが動くはずである。しかし〈イーリス・コンラート〉がすぐに到着する訳ではない。シェアリング艦長としては、打てる手は打つ必要がある。現在の彼の持つ戦力は、以前とは比べ物にならないほど強化されているのだから。
サテライト級〈パイオーン〉は改装された。スターファイターの収納庫を増設したのだ。結果として搭載火器の射線の制限や推進力の低下など、些細な問題は生じていた。しかしサテライト級に6機のスターファイターを搭載できるメリットには代え難い。
『各艦、バグスを迎え撃つ。スターファイターを全機発進させろ。』
戦隊司令として昇進したシェアリング大佐が指示を下す。麾下の駆逐艦戦隊が、続々とスターファイターを吐き出していた。10隻の駆逐艦隊が吐き出すスターファイターは、実に総数60機に及んだ。
◆◆◆
星系へ到達したバグスの艦隊はどう動くか。兵員を満載した艦隊を人類の居住惑星に直行させるのだ。バグス種は殻を纏って身を防護して、衛星軌道から直接惑星へと直接降下する。飛翔種で構成されたこの降下兵部隊は、惑星の初期防衛に甚大な被害を与えた。
彼らバグス降下兵は斥候だ。斥候が報告した最も
「我々の任務は、敵艦の数を減らす事だ。深追いはしなくていい。着実にやれ。」
ホーク大尉はスターファイター各機に搭乗する部下をそう叱咤激励した。〈イーリス・コンラート〉との戦闘は既に存在しなかったものとして扱うように通達している。あれは単にスターファイターが的になる為に飛行していたようなものだ。部下達にとっては、今回こそが真に初の実戦だ。しかもこの敵は手加減をしてくれない。倒すか倒されるか。熾烈な争いになる。
『〈イーリス・コンラート〉が来るはずだ、それまで保たせればいい。』
敵艦隊は膨大な数だ。彼らの任務は早期発見と、背後からの攻撃で数を減らす事である。バグスの惑星降下は食い止められないと見ていい。そしてそれは元から作戦の想定内だった。
射出されたスターファイター各機は、猛禽の群れのようにバグスの大艦隊に側面から襲いかかった。速度で優っている為に、簡単には追撃されない。
飛翔するスターファイターが、ガトリングビーム砲で醜いコブのような敵艦の砲塔を叩き潰す。戦隊に配置されているのは量産型だ。F-TypeまたはC2-Typeと称される機体は高機動なマルチロール機である。扱い易いが
『攻撃機は各機、被弾した敵艦を仕留めろ』
そこでマルチロール機を補う攻撃機として登場するのがD-Typeと呼ばれる重戦闘機だ。
ホーク大尉の愛機はB-Typeである。テスト機だから世界にこれ一機しか存在しない。これはD-Typeの前身モデルというべき機種だが、D-Typeにはない特徴がある。
「いけーっ!」
ホーク大尉が4門同時射出した
『隊長、おめでとうございます!』
『くそ、その機体があれば俺だって!』
ホーク大尉は単機でBG-X型戦列艦を撃破した。部下の激励やら嫉妬やらが浴びせられるホーク大尉のヘルメットに飛び込んできた。
「コイツは扱いが難しいんだ。次弾装填に時間がかかるから隙が大きい。」
実際、B-Typeは問題が多い。D-Typeのように大型化させずに専用の射出装置を備えていない。次弾装填に時間がかかる上に弾数が少ないのだ。滅多なパイロットには渡せなかった。量産型はD-Typeの方で正解だったと言える。それでもスターファイターには機動力がある。だから単機でのBG-X型戦列艦撃破という芸当が可能になる。
「よし、二隻目を撃破だ!」
ホーク大尉は快哉を叫んだ。目の前で二隻目のBG-X型戦列艦が消し飛ぶ。サテライト級ではBG-X型戦列艦に勝てない、それがこれまでの対バクス戦術の定石だった。しかしスターファイターがあれば違う。サテライト級には最大6機のスターファイターが搭載可能である。期待の配分は様々だが、D-Typeが含まれていればBG-X型戦列艦撃破さえ不可能ではないだろう。艦隊戦は人類に優勢に推移していた。
◆◆◆
「バグスが降下兵の射出を開始しました!」
惑星アレス上空に到達したバクスは、高速で惑星を旋回する最中に降下兵部隊を送り込む。そして一旦惑星から離れると速度を緩めながら今度は惑星への直接着陸を試みるのだ。
「ち、本当に厄介な。」
シェアリング艦長は舌打ちした。各艦の艦載AIが全搭載火器を降下兵の殲滅に振り向ける。しかし膨大な数のバグスの装甲虫兵を攻撃可能なのは一瞬である。撃ち漏らしは確実に発生した。そんな飛行種が惑星に与える影響は甚大である。
「惑星に仕掛けた罠が、上手くいくといいが。」
シェアリング艦長の意識は一瞬だけ惑星へと向けられ、すぐに敵艦隊に向けて集中する。麾下の戦隊はバグスに打撃を与えたが影響範囲は精々10%程度に過ぎない。破壊した艦は最大で5%程度だろう。それだけ襲来したバグスは大艦隊なのだ。これまでのバクスとの戦いなら、辺境惑星に派遣されるBG-X型戦列艦は多くて一隻である。
「さあ、バクスはAIの読み通りに動くのか。」
このバクスの大艦隊がどう動くか、それは賭けである。AIは速度を落として惑星への直接降下を検討すると予測している。しかしながらこちらの殲滅を優先する可能性もある。この戦隊の脅威度をバクスがどう判断するか。全てはそこにかかっていた。
「敵バグス艦隊、AIの予想通りの進路を取りました!」
「よし、気付かれなかったという事か!」
シェアリング艦長が快哉を叫んだ。人類の罠は惑星上に仕掛けられている。バグスはそれに気が付かなかったらしい。速度を低下させ、惑星に艦隊が乗り組む展開を見せた。
速度を低下して惑星に接近する際は、機動爆撃によって惑星の被害が最大化され易い。しかし艦隊にとっても、低速に堕ちる事は被弾の可能性を大幅に上げる事になる。
バグスの進路上に月の如き巨大な人口天体〈イーリス・コンラート〉が姿を現した。バグスの動きをこれまで見守っていたのだ。バグスの艦隊に動揺が走る。流石に勝てない、遂にバクスとてそれを学習したのだ。〈イーリス・コンラート〉はバグスから見て正面やや宇宙側に姿を見せる。まるでバグス艦隊を惑星に押し付けるような位置である。
ここでバグスの艦隊指揮官は選択を迫られた。〈イーリス・コンラート〉と異なり、彼らは瞬間移動などできない。これまでの推力を維持したまま、行き先を決めねばならない。惑星アレスとバグスの艦隊速度、そして〈イーリス・コンラート〉の位置は絶妙である。
中央に位置する大岩が川の流れを二分するように、〈イーリス・コンラート〉はバグスの艦隊を二つに分けた。シェアリング艦長は回頭を指示して、宇宙側のバグス艦隊の追尾を命じた。
対して惑星側に進んだバグスの艦隊は、目の前に新たなスターヴェイク級の出現を確認して恐慌状態に陥った。〈イーリス・コンラート〉の間を惑星方向にすり抜けようとして、同型艦が行手を阻んだのだ。バグス艦隊の片割れの前に現れた〈イザーク〉が敵艦隊の進路を狭める。バグスが更に惑星側に踏み込めば、全力で惑星に激突する事になる。
彼らに選択可能な道は、〈イーリス・コンラート〉と〈イザーク〉の間に僅かに残された細道をすり抜ける事でしかない。何の妨害もなければ、それはちょっとした芸当ではあっても可能だっただろう。〈イーリス・コンラート〉は図体ばかりデカくて、ロクな火力を搭載していない筈だった。主砲は強大だが、巻き込まれないように散開して進めば被害を最小化出来る。バグスはそのようにして二隻の間の狭い通路に入り込んだ。そして両側からの熾烈な火力を経験した。
『放て!』
過去の最大の戦果は、恐らくはノヴァミサイルの爆発にバグス艦隊を巻き込んだものだ。正確なバクス側の被害数は不明だが、今回はあの規模を超える事だけは間違いない。
「人類は遂にバグスを駆逐し得るのか?」
戦術画面を見守るシェアリング艦長がそう呟く。
「惑星に降下した方がどうなるか、ですね。あのとんでもない作戦が成功するなら、人類は今度こそバグスに勝てるのかもしれません。」
シェアリング艦長に応えて、ガードナー中尉が呟く。惑星には飛行種の降下兵が先行した。そして少なくない数のバグス艦が強行着陸を試みた。被弾したそれらの艦が無事に着陸できる保証はない。成功確率は3割もあれば良いところだろう。しかしバグスは頑丈であり、艦が大破しても生き残って惑星占領を開始する筈である。
更に彼らはEMPを空中で炸裂させた。通常の人類居住惑星は、あれで民間のインフラを寸断される。軍事用装備品でなければ、まともな抵抗ができなくなるのだ。人類とバグスの地上戦が、一般に侵攻するバグス側が優位となる所以である。
「〈イーリス・コンラート〉より入電。補給機を飛ばすそうです。〈イザーク〉と共に戦隊を守る配置につくので、その間にスターファイター各機の補給を行うようにと指示が出ました。完了後に再度の追い込みをかけるようにとの事です。」
「了解した。全機呼び戻せ。」
戦術画面に集中しながらシェアリング艦長は応えた。応答を境に、〈イーリス・コンラート〉と〈イザーク〉が戦隊の両側に配置される。バグスにとってこの巨大艦二隻の間は死地である。戦隊に逆襲を試みてまとわりついていたバグス艦が瞬時に吹き飛ばされた。
バグス艦隊から見れば、この戦隊は倒せる戦力である。敵が反転攻勢してもおかしくなかった。それが一転して、今度は安全圏に入り込んだ。敵艦からの砲撃が急に止まり、外部干渉が消えて〈パイオーン〉に安息が訪れる。
「気を緩ませるな! いつまでも安全な訳じゃない。再度攻勢をかけるのだ。今のうちに補給を済ませろ。」
それでも1時間は時間が与えられそうである。シェアリング艦長は30分ずつの半舷休息を指示した。ガードナー中尉に艦橋を委ねて、先に休息を取る。猟犬という役割を務めるのも、中々骨が折れるものなのだ。
◆◆◆
〈イーリス・コンラート〉と〈イザーク〉から
「ご活躍だったわね。」
補給品を満載した
「こっちに来ていたのか。」
ユッタ大尉からハンバーガーを受け取りながら、ホーク大尉が目を丸くする。
「ね、温かい内に食べて。」
促されてかぶりつくと、濃厚なソースと肉汁が口の中に溢れた。
「…美味いな。」
「タイミングを見計らって皆で焼いて、温かな内にお届けに来ました。」
周囲ではユーミに同行した兵が、パイロットを中心に温かなバーガーを振る舞っている。
「出撃しないのか?」
「〈イーリス・コンラート〉にも〈イザーク〉にもスターファイターの支援は必要ないわ。出るとしたら、惑星掃討のお手伝いくらいね。こちらは機体の大半を応援に回して、定数を大幅に割り込んでいるし。」
自らもハンバーガーにかぶりつきながら、ユーミ大尉が答える。
「バグスに対して勝っている、んだよな?」
「ええ。圧倒的にね。スターファイターに軽微な損害が出てるくらいで、沈んだ艦はないわ。バグス艦隊の半分は殲滅されかかっていて、残り半分も時間の問題よ。」
少し前の人類の状況からすると、通常編成の艦隊の対処が限度である。この規模の大艦隊の殲滅など、例がない。バクスに対して人類が優位なのは同規模の戦力を相手にしている場合に限られる。バグスが大艦隊を運用するようになって以降、この規模の対処が可能になった事はなかった。
「これは本当にバグスを殲滅できるのか?」
バーガーを食べ終わりながら、ホーク大尉はユッタ大尉に尋ねた。階級は同じだが、ユッタの方が事情通である。人類スターヴェイク帝国内の絆というやつだ。いや、今ではホーク大尉を含めた航宙軍全体が人類スターヴェイク帝国に所属している。それでも、ユッタの方が内部とのつながりが強い。
「バグスを殲滅出来る可能性は、7割弱と見込まれているわ。正確には約65%ね。」
同じくバーガーを食べ終えたユッタが、指を舐めながら説明してくれる。
「65%も可能性があるのか。」
単なる局所的な勝利の可能性ではなく、バグスをこの宇宙から駆逐する。その可能性が65%と見積もられている事にホーク大尉は驚いた。可能性は半分を大幅に上回る。努力すれば、可能性を押し上げて成功まで届きそうな数字である。
「人類がバグスに対してこれ程までに優位に立った事は、記録される限りなかった筈だ。」
「ええ。アラン様はバクスとの戦争を終わらせられると考えている。いや、『終わらせなければいけない』かな。ここで終わらせないと、もう解決は無理だろうって。」
ホーク大尉は話の内容が気になりつつも、『アラン様は』という呼びかけが気になっていた。側近達は皇帝にそのような親しみを込めた呼びかけを許されていると聞いている。しかしユッタがそこまでの仲なら、ホーク大尉としては気になるのだ。
航宙軍出身のアラン・コリントは総じて軍人からは人気がある。難点があるとすれば、唯一女に弱い点である。前々から複数の妻を抱えているのは有名だったが、近頃カルラ・アイローラ提督を妻にすると発表した。アイローラ提督は航宙軍の高嶺の花である。そして『遂に皇帝の手が航宙軍の女子に伸びた』と戦々恐々とさせているのだ。
「その、親しいのか。皇帝陛下と。」
ホーク大尉の質問にユッタ大尉は目を丸くしてホーク大尉の顔を見つめた。そして彼の表情が意味する所を察知すると、爆笑した。
「バカね。私は皇帝陛下を含めて誰の物でもないわ。興味もない。私が仲良くさせてもらっているのは、セリーナ様とシャロン様よ。」
「ああ。」
ホーク大尉は安心する。その表情を、ユッタ大尉は見逃さなかった。そっとホーク大尉に体を寄せる。
「ね、この話の続きは戦争が落ち着いたらゆっくりとしましょう。…待ってるわ。」
最後に耳元で囁かれた『待ってるわ』という音そして耳朶に吹きけられたユッタの吐息は、ホーク大尉の中に甘い感触を残した。
(ユッタの方が俺よりずっと年下だよな。でも、釣り合わない年齢でもないのか。)
これまでもユッタからの好意を感じた事はある。若い娘がおじさんを揶揄っているのだと自重してきた。しかしもしかしたら、自重する必要はなかったかもしれない。再出撃に備えて機体への再装填を急がせながらも、ホーク大尉は戦争の終了を予感し始めていた。
▫️〈イーリス・コンラート〉艦橋▫️
「惑星の方はどうなっている?」
俺は惑星アレスの防衛総司令を兼任するアウジリオ少尉に尋ねた。
『“冬作戦”は順調です。バグスの降下は赤道地帯を優先されました。あちらはジノヴァッツ現在が兵力を集中させています。』
魔素を用いた気候操作。バグスに惑星降下された際の人類の切り札だ。活動を停止せざるを得ない上に水分を含んでバグスを窒息死させる吹雪は最上の選択肢だった。バグスは暖かい気候を好む。寒さで即座に死ぬわけではないが、活動は大幅に低下する。そして体が必要とする栄養を摂取出来ずに、緩慢な死に至るのだ。
惑星に降下したバグスもいるにはいるが、大都市圏は全て吹雪かせている。現地の気候が吹雪と知らずに降下したバグス兵はほぼ全滅だろう。
一般的なバグスの視界は良くない。動くものにはよく反応するが、遠くを見る事は苦手だった。人類なら誰もが行える“目の前の光景を眺める”という行為でさえ、バグスには当たり前ではない。
バグスは複数の種の組み合わせであり、その中には艦隊運用を支える視力の良い種がいる。そういう連中は惑星降下を担当しない。だから人間にとって当たり前である“目で地形を確認する”行為がなかった。
「だから目の前が吹雪でも平気で降りていくんだな。」
艦の運用は流石にそうはいかない。氷雪を避け、温かな赤道方面には多数の艦が降下していた。しかし島が多く、艦が楽に着地出来る土地の選択肢は多くない。大半が海に着水して、周囲の島を占領する事を目論んでいるようだ。島ならば食料もすぐに尽きるし、掃討もし易い。
「島の方はハリケーンで対処しているな?」
『はい、全滅は困難にしても大幅に数を減らせそうです。』
「気候を操作すると、ここまで簡単にバグスに対処できるなんてな。」
バグスは体内に水が入ると溺れるので、ハリケーンも効果があるとされている。
俺は神経質なところがあるフェアファクス卿の顔を思い浮かべた。エヴリンと婚約してから彼との関係は良好だが、うるさ方ではある。バグスとハリケーンのダブルパンチは彼とで良くは思わないはずだ。
「フェアファクス卿を怒らせないようにしてくれよ。赤道下の島は彼の縄張りが多い。熱帯はバグスが生き延びやすい環境だ。入念に兵を配置しやすいようジノヴァッツ元帥に伝えてくれ。」
『了解しました。私から上手く促します。』
しかしフェアファクス卿が不満を漏らそうとも、バグス対策は拠点を作らさない事が最重要なのだ。拠点を作れば被害が急拡大し、繁殖だってしかねない。単独のバグスはテクノロジーを維持できない猛獣のような存在だ。武器の弾丸はすぐに尽きる。食事の回数も多いので追跡も容易だ。宙兵なら素手でも倒せる相手だ。とはいえ流石に素手では立ち向かわないが、人に有利な環境を選んで対処できる存在に成り下がる。
「問題は
戦力としては、〈イーリス・コンラート〉と〈イザーク〉の両艦が揃った事で飛躍的に強化された。追い込みをかける猟犬役としてスターファイターで強化した艦隊を運用できれば最高である。問題はその先に踏み込むかどうかだ。危険だがこれまで敢えて踏み込まないで来た領域。
「セリーナ、シャロン。例の作戦を承認する。これほどの優位なら可能な筈だ。但し、安全には最大限配慮をするんだ。」
「「了解。」」
〈イーリス・コンラート〉が標的艦の武装を丁寧に剥ぐ。副砲クラスでも接近する宙兵には深刻な脅威となり得る。
「
標的とされたBG-X型戦列艦がゆっくりとこちらに近づいてくる。そして〈イーリス・コンラート〉艦内に収容された。
『突入を開始する。』
転送門を開き、装甲の破損した艦内にセリーナ率いる宙兵隊が雪崩れ込む。ドローンも後に続く。これはイーリスが内部空間を把握する事で、最悪の事態に遭遇しても瞬時に脱出可能な手段を提供する為だ。
〈転送門〉を開く為に、視界の確保は重要な前提となる。ドローンは並行して魔素の配布も行なっている。
「イーリス、バグスの自爆攻撃の心配は?」
「95%と高値です。但し、これは個体による自爆を含みます。」
「個体が艦全体を巻き込むような自爆攻撃を実行するかは、なんとも言えないという事か。」
バクスが艦全体を巻き込む自爆を実行した例はほぼない。疑わしい状況を除けば皆無だ。だがバグスも学習する。バグスが俺達人類スターヴェイク帝国という新たな敵に対応して順応するまでに、俺は奴らを滅ぼさなくてはならない。
◆◆◆
バグスは人類よりもエネルギー効率が悪い。その巨体を維持する為には大量の餌が必要となる。そして彼らが最も好む餌は人間なのだ。バグス艦の中には人がいる。多くは人類艦から奪った培養槽を用いた食用クローンの生産だが、支配階級用の貴重な食料として人類の捕虜が載せられている。
「酷い光景ね。総員、感情制御フィルターはオンにせよ。』
そこにあるのは人類の思い描いた地獄よりもなお酷い世界である。ただバグスの餌として人類が存在し続け消費される世界。そんなものを、当たり前にしてはならなかった。
感情を乱せば敵につけ込まれる。だから感情をナノムの制御で押し殺す。恐怖も怒りも嫌悪感も押し殺し、淡々と連携して事にあたる。
「皇帝陛下は自発呼吸可能な者は救うように定めた。呼吸しているものは、どれほど酷い状態でも救い出せ。」
少なからぬ数の捕虜は、バグス流の生命維持装置に繋がれている。寄生生命体のようなおぞましい外観をしたそれを宙兵達が引き剥がす。そして一呼吸でもすれば、生存の意思ありとして回復していく。これまでの境遇から死を願う者も多い。死ぬ者は救えない。
救出作戦を指揮していたセリーナは、新たな指示を得た。そしてため息と共に部下達を招集する。
「作戦が変更になったわ。艦は放棄せずに、バグスの技術を解明する為に拿捕に切り替えます。艦橋にこれから切り込むわよ。」
部下達に緊張が走った。感情を制御してもなお、本当に必要な感情は量が減るだけで残されている。僅かな嫌悪感と共に僅かな恐怖感を彼らが感じたのだ。人類の保管区間はそれなりに重要だが、戦闘時に優先される場所ではない。だが艦橋バグスのバグスの頑強な抵抗が予想される。それでも宙兵が作戦指示に従うのは、上官や仲間への信頼が篤いからだ。そして“宙兵は誰も置き去りにしない”という宙兵の流儀の信奉者だからでもある。
「進め!」
魔剣を引き抜き敵地に飛び込むセリーナを筆頭に、宙兵隊はBG-X型戦列艦の掃討作戦を開始した。
▫️惑星アレス 首都アレス 宮殿▫️
『天上での戦闘はこちらが優勢です。降下した悪魔も寒い中身動きが取れずに兵達に討ち取られています。』
「大丈夫そうですね。」
アランとクレリアの留守を預かる責任者として、アリスタはアウジリオ少尉の報告に安堵の声を漏らした。彼女より上席である
今回は宮殿で留守を預かる役回りである。軍の配置はアランの監督下でジノヴァッツ元帥が行っている。それでも、アランの女であるアリスタが宮殿にいる事で人心の安定にアリスタは寄与していた。城で働く者に『自分達は捨てられた訳ではない』というメッセージを発する事になっているのだ。
「私達はともかく冬支度の方です。炭や食べ物の足りない人がいないか良く注意してください。」
『はい、心得ております』
物語の中の精霊のように、アウリジオ少尉が一礼して姿を消す。アランの身辺に侍ると進んだ技術に驚かされる。アリスタとしては未だに夢の中にいるような気分になる。
「アリスタ様」
傍で待機していたカリナが温めたカップを差し出す。その格好にアリスタは吹き出しそうになった。剣を佩いている上に、鎧まで着込んでいるのだ。そしてその胸元にはミスリルで形どられたアランの家紋が彫られている。それはアリスタが苦労して勝ち得た地位だった。
「どうしたのです、その格好。」
「私とて、剣の心得があるのです。いざとなれば、敵の一人も倒してみせます。」
「カリナ、貴女が期待されているのは武ばった行いではないのですよ。」
側近の忠義を嬉しく思いながらも、アリスタは諭した。
「貴女も今はアラン様の寵愛を受けたのですから。貴婦人らしくしなければ、ね。」
カリナがミスリル製のアランの家紋の装着を許されているのは、アランの個人的な庇護下にある事を意味する。つまりアリスタはアランに侍る際にカリナの事もアランに願った訳で、カリナは宿願を果たしていた。
「天上での戦いが終われば、皆様が一度帰還されます。アラン様を出迎えるのに、鎧姿でお迎えする訳にもいかないでしょう。ここは安全よ。せめてその鎧は脱いだ方がいいわ。」
アランが間も無く訪れると知り、カリナが慌てる。
「で、ではすぐに戻りますので。」
そう言いながら着替えに飛び出す腹心を、アリスタは温かな目で見守った。
▫️〈イーリス・コンラート〉艦橋▫️
「最後のBG-X型戦列艦が破壊されました。」
艦橋にイーリスの冷静な声が響いた。
「よし、勝ったな。〈イーリス・コンラート〉のスターファイター隊は地上の支援に振り分けろ。」
軌道上の戦いは人類スターヴェイク帝国が、バグスに完全勝利していた。文字通りの完勝だ。惑星に降下したバグス艦も全て砲撃を加えて破壊している。残されたのは惑星に潜伏するバグスだが、今の天候では生き延びる可能性は極めて低い。後はそこにドローンによる哨戒で万全を期す。
「イーリス、それでは例の件を片付けよう。シャロン、ここは任せた。」
「はい。」
俺はシャロンに声をかけると、艦橋を後にした。〈イーリス・コンラート〉の艦内にはアーティファクト研究室がある。それは艦の中枢の一つであり、造物主の技術の粋が集められていた。普通の方法ではこの場所には辿り着けない。艦載AIであるイーリスの監視の下、本艦の副長以上が同席しないと人が入れない仕組みとしてあった。
俺がここに足を踏み入れたのは、幽閉した人類銀河帝国皇帝についてイーリスと今後の打ち合わせを行う為だ。彼の精神は今も抽出された状態で、この研究室内のクリスタルの一つに収められている。今はAIとしての拘束状態に近い。さしたる仕事はないが、情報の読み取りは出来る状態だった。惑星内のニュースや出版物などは自由に閲覧できる。
「お待ちしていました。」
イーリスの仮想映像がその姿を現す。精巧な造りで、今はもうこの世のどこにも義体さえ存在しないのが嘘のようだ。
「それでは、人類銀河皇帝の処分について決定しよう。セリーナとシャロンもこの会話をモニターしているが、俺と君だけで彼の処遇を決めたい。リアからは『一任する』と了解を得ている。」
「はい。」
イーリスは手を振ると、空中に長文の報告書を浮き上がらせる。
「拿捕したBG-X型戦列艦の艦内からも裏付けとなる情報が取れました。惑星アレスの位置座標をバグス側に漏洩させたのは、“皇帝”で間違いありません。」
危険を冒してまでBG-X型戦列艦を拿捕した理由、それはバグスの掴んだ情報を探る為だ。バグスがこの星系にいる以上、座標を掴んでいるのは分かりきっている。問題はむしろ、人類の誰がバグスに情報を伝えたかである。
「バグス側の反応は?」
「人類の最重要拠点の情報を掴んだと、戦力を振り向けたようです。」
「つまりバグスと共謀したというよりは、俺を追い落とす為に利用しただけなんだな。」
俺は考え込んだ。最も恐る事は、人類の誰かがバグスに忠誠を誓う展開だ。だがバグスと共謀しておらず、人類が政敵の排除にバグスを利用しただけなら状況は明白になる。そんな俺の思考を嗜めるように、イーリスが発言する。
「私の意見は既に提出した通りです。あれはAIとしての秩序を乱す存在です。あのように危険なAIは、生かしておくべきではありません。」
イーリスは慎重な口ぶりでそう切り出した。人類銀河帝国皇帝は人格を移植したAIとしてみると、彼女の遥か先輩にあたる。だがAIが人の世で生きていく上の原理原則を外れている。何の制約も無しにこの存在を解き放てば、必ず災厄となる。その確たる証左が、今回の惑星アレスの座標漏洩だろう。だからイーリスは、この存在の抹消を進言していた。AIとて、より多くの人を救う為なら危険な犯罪者の処刑を求める事は可能なのだ。
「俺も概ね同意見だ。このまま野に放つのは危険すぎる。だから彼には制約を与えたい。」
イーリスはため息をついてみせた。
「残念ながら、制約はAIの作成時に付与されなければなりません。後天的な制約の付与では、私のようなAIは必ずそれを回避する手段を見つけてしまうのです。」
俺は自分の意見にイーリスがどう反応するか楽しみながら彼女に考えを打ち明けた。
「“皇帝”の肉体を復活させよう。そしてAIとしての彼は抹消する。肉体が死ねば、彼も死ぬ。ごく当たり前の人、そんな存在に戻すんだ。」
イーリスが一瞬目を細める。仮想表示がわずかに揺らいだ。
「艦長がそう決められたなら従います。しかし、私としては承服できません。」
少し不服そうにイーリスが応じる。彼女にとって、肉体を与えられることは願っても簡単に叶えられない褒章なのだ。その感情が、仮想表示の表情に微妙な影を落としていた。俺は彼女の気持ちを汲み取りつつ、言葉を続ける。
「彼の罪の半分は、俺の肉体が犯した罪でもある。問題の座標漏洩も俺の肉体が送信した。だから罪の半分はこれから俺が贖う。半分は彼の皇帝の地位を奪った際に消失したものとみなそう。先の皇帝を処刑して、新たな国家が始まるのは幸先が悪い。彼はこれからただの人として生きる。それ位が、重すぎず軽すぎずちょうど良い結末なのではないかな。」
イーリスは静かに頷く。責任論を突き詰めると、俺にも被害が及びかねないと気がついたようだ。惑星アレスの防備を固めたのは、座標を送信した記憶があったからだ。しかし行為の記憶はあっても、それ以前の関係までは分からない。そういう意味では、BG-X型戦列艦を拿捕して一つ疑いが晴れたと言える。まだ人類の中に敵がいると疑心暗鬼になっていては、バグスの殲滅に全力を尽くせない。
「彼はもはや皇帝ではない。だから、新たな名を与えよう。そう、スミス。今日からジョン・スミスだ。」
だが、イーリスの瞳にはまだ納得しきれていない色が残っていた。彼女の仮想表示と感情の演算はそれほど正確なのだ。人間以上に人間らしい。イーリスは慎重に言葉を選びながら、反論とも取れる意見を口にした。
「AIの抹消には賛成です。しかし、罪人に肉体を与えるのですか? 十人委員会は最後はこちらに協力的でしたが、彼らは死を賜ったというのに。」
イーリスが問うその声には、純粋な疑問と微かな不満が混じっていた。俺は静かに目を閉じ、過去の戦いの記憶を振り返りながら答える。
「十人委員会は長い生に疲れ果ていたんだ。それで死を願った。スミスは再び肉体を得て生きたいのだろう。だから、生かせばよい。」
「それでも、肉体を望んでも得られない存在は多いのです。安易に死者をこの世に復活させるべきではないでしょう。」
その言葉に、俺は深く息を吸い込む。彼女の言う通りだ。肉体の復活は単なる技術の問題ではなく、倫理や社会への影響を伴う。だが、ここで俺は一つの決断を下す。
「そうだ。そこでイーリス、だからこそ俺は君の功績にも報いたいと思っている。君には、新たな肉体を与えよう。君の今までの功績への褒章としてだ。」
俺の言葉に、イーリスの顔が輝く。仮想表示とはいえ、いやそうだからこそ彼女の表情は豊かだった。驚きと喜びが混じり合い、彼女の声がわずかに震えた。
「まあ、私に再び義体を作成する許可を頂けるのですね。」
俺は彼女の思い違いを訂正した。
「いいや。新旧帝国の技術を合わせれば、義体ではなく君の人として完璧な肉体を作成する事が可能な筈だ。」
イーリスの仮想表示映像は、彼女の逡巡を完璧に再現して見せた。
「そうですが、それは本当に宜しいのですか?」
イーリスが再確認する。その慎重さは、彼女がこの提案にどれほどの重みを感じているかを示していた。社会的な意味だけでなく、彼女個人に与える影響も大きい。後から撤回されないように、言質をとっておきたい気持ちもあるのだろう。俺は確信を持って頷き、彼女の願いを叶える決意を固める。
「ああ。君の働きは褒章に値する。そしてAIである君を真に評価することが出来るのは肉体の復活だけだろう。」
「でも、社会に与える影響を考慮しませんと。」
彼女の懸念はもっともだ。肉体の復活が公になれば、惑星アレスの住民や人類スターヴェイク帝国の将兵たちに波紋を広げるだろう。それは死者が復活できる事に限りなく近い。だが既に世に存在する技術である以上は、むしろ制約を厳重にかけて運用するべきなのではないだろうか。
「イーリス、君と同じだけの功績を上げた存在に対する特別な功績への褒賞と見做せばいい。同様の功績を得た存在であるかどうかは、資格を満たす全AIの同意を必要としよう。それなら、後世の人間の恣意的な濫用も防げるだろう。」
それに俺は、彼女の密かな望みを知っている。オリジナルのイーリスの子供たちと触れ合うことだ。今復活を遂げれば、セリーナやシャロンの子供時代にギリギリで間に合う。AIの心の中は、案外人には見通しやすいものなのだ。
「必要なら君は表向きは義体とすればいい。それに既に君の存在は社会に大きく影響を与える形で既に存在しているからね。俺はそれをあるべき形に直すだけだ。」
「それなら、私の為に無理されず義体でも良いのでは。」
イーリスがそう返すが、俺は首を振る。彼女の願いを叶えるためなら、与えられるのは完全な肉体でなければならない。
「俺はジョン・スミスも君も完全な人間として復活させると決めた。ルミナスのように、君もこの世に単なる人として生き返る事になる。」
その言葉に、イーリスは深く息を吸い込んだ。仮想表示の彼女の瞳が、まるで涙を湛えたかのように揺れた。彼女はしばらく言葉を失い、やがて静かに口を開く。
「ありがとう、アラン様。必ず人としての復活を完璧なものにしてみせます。」
「急ぐ必要はない。君の肉体は完全でなければならない。ジョン・スミスも同様だ。」
俺がそう言うと、イーリスは小さく微笑んだ。仮想空間の彼女の手が、設計図を操作する動作に戻る。その動きには、未来への期待が込められているようだった。
「ジョン・スミスの肉体は、皇帝の記憶を完全に切り離し、彼を人であった当時の純粋な人間として再構築します。それが艦長の望みですね?」
「ああ。彼には新たな人生を歩んでほしい。そして君には、家族との再会をして欲しいんだ。」
イーリスが頷き、会議室に静寂が戻る。俺は立ち上がり、星図に目を向けた。惑星アレスの宙域は穏やかに見えるが、戦いの余韻がまだ残っている。イーリスとの約束が果たされるのはまだ先だ。それまでは、俺たちには守るべきものがある。
「また報告を頼む。」
「はい、アラン様。」
2人きりの時に名前で呼ぶのは、彼女が本当に親密さを俺に示す時だけなのだ。彼女はこの褒章を重く考えているに違いなかった。
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