【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる)   作:高坂 源五郎

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Ⅳ 対バグス戦争の終結 117話 【バグス殲滅戦篇❷】 捕獲

Ⅳ 対バグス戦争の終結 117話 【バグス殲滅戦篇❷】 捕獲

 

▫️トレーダー星系惑星ランセル▫️

 

民兵の指揮所で、民兵幹部を前に制帽を小脇に抱えたユーミ大尉は言った。

 

「皇帝陛下はサンダース殿を子爵、クラファン殿とザリンスキー殿は男爵に叙すとのお考えです。」

 

クラファンが口笛を吹いて驚きの感情を表す。ザリンスキーは沈黙を守っているが、サンダースは降って湧いた話に疑わしげな目を向けた。〈イーリス・コンラート〉に帰還していたユーミ大尉が、突然部下を連れて戻って奇妙な話をし始めたのだから無理もない。

 

「俺のこと、アランは何か言ってませんでしたか?」

 

場の空気を読まずにシレン中尉が割り込むように口を開いた。ユーミは彼を一瞥し、冷静に答えた。

 

「ええ、言っていましたよ。シレン中尉は正式に私の部下として編入されたと、そういう扱いです。」

 

ユーミの冷淡な返答に、アランとはかつてルームメイトだったシレン中尉が項垂れる。その様子を見たザリンスキーとクラファンが、緊張から解き放たれてゲラゲラと笑いだした。一度は項垂れたシレン中尉も、すぐに笑顔を取り戻した。ユーミ大尉と一緒にいられるという決定は悪くない。航宙軍では上官を口説くのは禁忌ではない。特に宙兵隊では粉をかけないのは失礼にさえあたる。

 

「いや、待て待て。」

 

サンダースの緊迫した声が、一度は弛緩した場に緊迫感を呼び戻す。

 

「そんなうまい話が突然降って湧いてくるはずがない。お偉い学者先生までこの場に同席してるんだ。これは、俺たちに何か危険なことをさせようって魂胆じゃないのか?」

 

彼の視線はユーミと共にこの指揮所を訪れた珍客に向けられる。対バグス戦研究所のエミリー・スワソン所長。彼女がいるのは偶然ではないだろう。サンダースの問いかけに、ユーミは静かに頷いた。

 

「ええ、一つ重要な任務があります。爵位はこの任務を引き受けていただいた場合のみです。」

 

「やはりな。」

 

サンダースは鼻を鳴らした。美味い話には裏があるものなのだ。

 

「それで、どんな任務なんだ?」

 

「アラン様はバグスの巣穴に入って、『支配種』を見つけて欲しいと。そう仰せなんです。」

 

ユーミは皇帝陛下という呼び方をやめて、囁くようにそう言った。彼女のようなアランに近い立場は、敬称付きならその名前を直接呼ぶ事を許されている。この場合、アラン様との親密さを示すのは民兵に協力を促す上では悪くない。

 

「『支配種』? そんなもんの為にあの巣穴の中に潜れと?」

 

サンダースは眼下に広がる塚のようなバグスの巣穴を指差した。この巣穴は、バグスの繁殖力の象徴であり現在の脅威そのものだった。政治的な思惑――バグスに対する戦闘が継続している事から、支援を受ける為に人類スターヴェイク帝国入りを願い出る――から、これまで殲滅を控えてきた結果、バグスは地下に巨大な巣を築きその数を増やしていた。

 

今や在地のバグスによる逆侵攻の兆しさえ見える。包囲する民兵の側にも恐怖が広がっていた。その為に、巣を一網打尽にすべく軌道爆撃を願い出たのだ。封じ込めに成功している今なら、対策は取れる。ユーミが宙兵隊を率いて派遣された理由も、この重大な危機を食い止めるためだった。

 

「この作戦を成功させればサンダース伯爵、そしてクラファン子爵とザリンスキー子爵に陞爵させるとアラン様は仰せでしたよ。」

 

ユーミ大尉の誘惑も、危険を察したサンダースには届かなかった。そもそも、貴族としての爵位の魅力さえ彼らにはよく分からない。ごっこ遊びの勲章のようなもので現実感がまるでなかった。

 

「どんなに爵位を積まれようともだ。危険を冒す必要があるように見えない。自分の出世の為に部下に命を賭けろとは言えないな。そもそも俺たちは民兵なんだ。」

 

「そうか、皆さんは民兵でしたね。」

 

ユーミ大尉が呟く。彼女の接してきた兵は国なり個人なりに忠誠を誓うのが当たり前である。民兵というのは分かっていたが、今初めてどのような連中か全てが腑に落ちたのだ。

 

「大体、俺達をあてにしないで皇帝自ら精鋭を率いて乗り込めばいい。」

 

「それが、アラン様はこれまで延期されていたルミナス様達のと結婚を遂に実行される所なのです。余分な戦力を割く余裕は。」

 

「それこそ、こちらに頼むのは筋違いじゃないか。」

 

「でもこれは、この惑星の脅威となるバクスの話ではないですか。地上部隊に対する支援だってちゃんとあります。」

 

ユーミとサンダースはそれぞれ引かずに睨み合う。するとそれまで沈黙を保っていたスワソン所長が初めて口を開いた。

 

「バグスが数を増やした以上、あの巣の内部には支配種と呼ばれる存在がいるのは間違いありません。支配種は卵を産み、数を増やす存在なのです。」

 

サンダースは渋々といった様子で頷いた。バグスの数が増えているのは民兵集団が直面する事実である。

 

「支配種とやらがいるのは間違いないのか? いま増えているのは、バグスの卵が最初に持ち込まれて次々と孵ったって可能性もあるぜ」

 

そうサンダースが反論すると、スワソン所長は首を振った。

 

「バグスの卵は長期間の保存できるようなものではありません。“それ”が新たなバグスを産み出しているのです。支配種の卵が持ち込まれて孵化していなければ、増え続けるはずがないのです。」

 

「そうかもしれないが。」

 

サンダースは少し言い淀んでから結論を口にした。

 

「それでも俺は部下たちを危険に晒せない。」

 

サンダースのこの言葉には、部下の民兵を守る決意が込められていた。クラファンが「そうだそうだ」と頷き、ザリンスキーは「バグスが増えればこちらも被害を受けるけどな」と呟いた。

 

ランセルの民兵集団はあくまでも民兵であり、職業軍人ではない。故郷を守る為に立ち上がった有志の集団だ。かつて職業軍人だった者で構成されているし、バグスを前に危険は覚悟の上だ。しかしあくまでも彼らは兵隊である前に市民だ。それぞれ手に職があり、家族もいる。サンダースの私兵でも職業軍人でもない以上、安全な手段があるならそちらを選ぶべきなのだ。

 

「あの巣穴の規模なら、軌道爆撃で十分だろ。惑星側が爆撃してくれって言うなら、航宙軍が断る理由が俺には解せない。」

 

サンダースのいう事は道理である。戦術的には極めて正しい。ユーミとスワソン所長は視線を交わしあった。ここからは極秘の話となる。しかし打ち明けて良いと、アランから予め許可は得ていた。

 

「これまでバグスの支配種については謎が多かったのです。しかし、私たちはそれを解明したと考えています。」

 

そう応じたスワソン所長の言葉に、初めてサンダースが反応した。

 

「…ほう?」

 

「支配種はバグスを生み出す母体と考えられます。多様な形態をとるバグスですが、産卵に特化した支配種が、卵として様々な種を産み分けるのです。この支配種は、バグスの繁殖力の根源であり、彼らの通信網の中枢でもあります。もしこれを捕獲できれば、他の支配種の位置を特定し、バグスの増殖を抑える手がかりが得られます。それは、戦争の流れを変える一歩になるかもしれません。」

 

長々と説明するスワソンに、サンダースが考え込む。代わりに発言したのはクラファンだ。

 

「そちらの狙いを説明してくれ。バグスの生態を聞かされても、俺達は朝食を戻しそうになるだけだ。」

 

スワソン所長はクラファンの言葉に考え込んだ。より彼らの惑星の実利に近づけないとこの相手は説得できないだろう。

 

「そうですね。支配種は互いに通信しており、どちらが上かを常に競い合っています。我々の知る限り、惑星を確保して産卵しているバグスはここだけです。この支配種を捕獲できれば、人類がバグスの脅威に打ち勝つ希望が見えるのです。」

 

「おいっ、それはここを終わらせればバグスを全滅させられるってことか?」

 

ザリンスキーが質問を浴びせかける。スワソン所長は首を振った。

 

「いえ、そうはならないでしょう。統計的に見れば、『世界に残されたバクスの支配種がここにいるだけ』という可能性はほぼありません。ただ、我々はバグスの総数についての確証を得たいのです。そして支配種の通信網を解明できれば、未来の戦いに光を灯せます。」

 

考え込んでいたサンダースがようやく口を挟んだ。

 

「何となく話が見えてきたぜ。支配種を巣穴から引っ張り出して、他の支配種と通信させる腹だな。そうすれば他の支配種の数と位置が分かる。」

 

「ご明察です。」

 

「バグスの居場所が特定できれば、〈イーリス・コンラート〉が全ての敵を打ち砕く。人類がバグスを殲滅できる筈だ。だが、本当にそんなことができるのか?」

 

スワソン所長は不敵に笑った。

 

「ええ、私はそのために来ました。私には支配種を識別し、通信を解析する技術があります。そして人類がうまく立ち回れば、更に大きな計画が実現可能になるかもしれません。」

 

◆◆◆

 

作戦は迅速に決まった。サンダースが同意すれば、クラファンとザリンスキーの動きは早い。クラファンとザリンスキーは早くも貴族を気取って部下達を笑わせている。

 

「野郎ども、サンダース伯爵様の為に気合を入れろ」

 

クラファンが部下を鼓舞するとドッと笑いが起きる。民兵集団にとって貴族は馴染みがない。彼らの政体が実は皇帝の支配する寡頭制だったと知らされても、ピンとこないのと同じ理屈だ。全体として不出来な冗句としか思えないのだ。それよりはこの状況が、人類スターヴェイク帝国軍の支援で打破できる方が遥かに嬉しい。

 

「そんなお前だって男爵様だ。作戦が成功すれば子爵様だぞ。」

 

笑いながらツッコミを入れるのはザリンスキーだ。クラファンに劣らず、彼にも貴族という存在に対しての実感はない。

 

「…俺が貴族ねえ。」

 

作戦進行を2人に任せたサンダースは、渡された貴族の税法の手引きを熟読していた。彼だけは貴族制の持つ税務面での優遇措置を理解し始めている。彼の食肉産業という事業に、貴族の爵位はとんでもない利益をもたらしそうであった。

 

◆◆◆

 

バグスの巣穴への侵攻、いや支配種の捕獲はユーミの宙兵隊が主力を担う。魔石パワードスーツを纏った精鋭が先頭に立ち、シレン中尉の部隊が予備という実態の後衛を務める。民兵は地上での包囲といういわば勢子役を担う手はずだった。民兵を巻き込んだのは、地元の同意を得るという意味合いが大きい。それでも危険は変わりない。バグス相手に軌道爆撃で済ませるのは定石なのだ。わざわざ巣穴に突っ込むバカはそうはいない。だからこそ、解明が進まなかったとも言える。研究者の存在と支配種がいる確証、その条件が揃ったのは今回が初なのだ。それは普通は人類に支援が来るまで時間がかかるからで、大抵は確実な手段で敵を吹き飛ばすかバグスの反撃で人類側が全滅してきたからだ。

 

「今回は誰も死なせない」

 

ユーミは口にだしてそう決意を誓った。ユーミはかつてバグスの巣穴にもぐった事がある。あの時もギリギリの戦いだった。あの時得た教訓を元に部下を集めての最終確認は済ませてある。現在の人類スターヴェイク帝国は装備品も豊富だ。最悪の最悪でも、増援を呼ぶことはできる。即応部隊としてイリリカ兵とセリーナとシャロン直属の灰狼兵が待機している。

 

「戦力がちょい手薄じゃないか? 支援はあるって話だが、詳細はどうなんだ。千人や二千人の兵は簡単に追加できるんだろう?」

 

心配そうにサンダースが尋ねる。これはサンダース独自の判断ではなく、クラファンあたりに言わされているらしかった。ユーミは微笑んだ。

 

「安心してください。対地攻撃の用意をしてあります。」

 

そうユーミが告げると、サンダースは再び胡散臭そうな顔をした。

 

「対地攻撃?」

 

宙兵隊にとって対地支援とは、サテライト級駆逐艦からのビーム砲を意味する。そもそもの口径が宙兵をサポートするには大きすぎる上に高速移動する艦から放たれた攻撃である。少し離れた位置を狙ってもらわないと全く安心できない代物なのだ。

 

「いえ、今回はスターファイターの一個中隊ですよ。」

 

微笑みながら空中に仮想表示されたその諸元性能に、民兵の幹部連中は口をあんぐりと開けて驚愕した。最新兵器のスターファイターについて、彼らは存在すら知らされていなかった。スターファイターのビームガトリング砲は、バグスの飛行種を一掃するのに十分な火力を誇り、速度と機動性も地上支援に最適化されている。

 

「すげえな」

 

ザリンスキーがそう呟いた。普段は見せないザリンスキーの賞賛の言葉に、険しい表情をしていたサンダースも表情を緩めた。

 

◆◆◆

 

遂に攻撃が開始された。ドローンが巣穴に魔石グレネードを投擲すると、爆発音と共に土煙が上がり、バグスの群れが湧き上がった。アリやハチを思わせる甲殻に覆われた体、鋭い顎と触角を蠢かせながら、数で押し潰そうと民兵陣地に殺到した。ビートル種の脚が地面を叩く音が響き合い、飛行種が翅を震わせて飛び立つ音が耳を劈いた。土と血の匂いが混じり、蟲兵が浮かぶ数だけ空気が重くなった。湧き出たバグスの数は多すぎた。

 

「支援を早く!」

 

悲鳴を上げながら応戦する民兵たちが、バラバラな武器を乱射する。彼らのパルスライフルがバグスの甲殻を砕く音が連続して響いた。しかし圧倒的多数のバグスが地を覆い包囲する民兵集団に襲いかかる。

 

「支援はどうなってるんだよっ!」

 

堪らずにクラファンが天を仰いで叫んだその時、スターファイターの中隊が轟音と共に現れた。突撃飛翔をかける飛行種が次々と撃ち落とされ、黒い残骸となって地面に落ちていく。ビームの光が宙を切り裂き、バグスの翅が焼き切られる。その焦げ臭い悪臭こそ、芳しき勝利の香りだった。スターファイターの来援に民兵たちが歓声を上げた。スターファイターは、バグスが最大攻勢をかけるその瞬間を待って一挙に襲来したのだ。

 

飛行種を駆逐したスターファイターが対地攻撃を展開する。高速であるが故に効率は悪いが、味方への誤射もない。上陸艇(エアシップ)に分乗したユーミ大尉と部下の宙兵達が現れたのはその時である。ユーミは巣穴近くに部下を展開した。惑星アレス出身の兵の大半は煌めく槍を手に果敢にバグスに立ち向かう。宙兵が前線を支えた、バグスの攻勢を押し戻した形の民兵は息を吹き返した。ユーミの魔剣が一閃するたび、バグスの首が飛び黒い体液が宙を舞った。

 

「大尉の後を追え!」

 

「分かってるって」

 

ユーミの部下のハロルドとリッツが双刃の戦斧(バトルアクス)を抱えて飛び出した。彼らがユーミの両脇を支える。この双刃の戦斧(バトルアクス)なら、巣穴のバグスを的確に料理できるのだ。

 

「巣穴の上空に展開して。そろそろ突入するわ。」

 

『了解』

 

滞空可能な上陸艇(エアシップ)が低空でガトリング火炎砲を放ちながら対地攻撃を敢行する。炎がパルスレーザー以上に的確にバグスの群れを焼き払う。その熱線を掻い潜るようにして、ハロルドとリッツを先頭に宙兵は集団になって巣穴に突入した。巣穴は直線ではない、曲がりくねった道から不意に突き出されたバグスの鋭い顎がミスリル製の装甲を削り火花が散る。人を喰う欲望に触覚が蠢く。バグスの赤い複眼がと目が合った。その瞬間、ユーミの魔剣が一閃しバグスを一刀両断にした。バグスの体液が全身に降り注いだ。それでも命がある喜びが勝る。

 

「横穴よ、何名か迎撃の為に残りなさい。」

 

「了解。」

 

部下達が素早く横穴を塞ぐ。数名が入り口を固めれば、バグスはもう出入りできない。そうやってユーミと部下達は巣の中にどんどんと浸透していく。少しづつ、ユーミを取り囲む宙兵の数が減っていった。

 

(予想より巣の規模が大きいわ)

 

ユーミはどこか他人事のように分析しながら下へ下へと進んでいた。

 

◆◆◆

 

「あの高さから落ちて無事なんて」

 

エミリー・スワソン所長を乗せた上陸艇(エアシップ)は予期せぬ着陸をしていた。隠れていたバグスの飛行種の突撃飛翔を受けたのだ。襲ってきた飛行種達は既にスターファイターの襲撃でバラバラにされていたが、上陸艇(エアシップ)も中にいた自分も無事だったのは驚きだった。

 

「…所長、大丈夫ですか?」

 

後衛として待機しているシレン中尉が部下と共に上陸艇(エアシップ)に駆けつけた。早速、身動きを取れずにもがいていた彼女達は助け出された。パワードスーツの怪力で機体も引き起こされる。どうやらこのまま再利用できるらしい。飛行中に落下した機体が再使用に耐えるのだ。その耐久性は脅威だった。

 

上陸艇(エアシップ)はミスリル製です。耐久性は折り紙付きですよ」

 

パイロットが笑顔を向ける。とはいえ、今回無事だったのは魔石パワードスーツの信頼性でもある。生身なら少し危なかったのかもしれない。

 

「いい機会です。このまま巣穴に潜入しましょう。」

 

幸いここは巣穴の入り口に近い。スワソン所長はそう提案した。

 

「え、本気ですか?」

 

渋るシレン中尉に、スワソン所長が畳み掛けた。

 

「私なら支配種を識別できます。宙兵隊だと殺してしまう可能性がある。これは戦争を終わらせるために重要なんです。中尉とその部下なら私一人くらい守れるでしょう?」

 

シレン中尉は一瞬躊躇した。本来、スワソン所長とシレン中尉が巣穴に潜るのは連絡を受けてからである。しかしスワソン所長が焦れる気持ちも分かるのだ。なぜなら、予定時刻になってもユーミ大尉から連絡が来ないのだから。シレン中尉も少なからず不安を抱えていた。ユーミ大尉の部隊だけでは数が足りない可能性はある。

 

「クラファン、後衛も突入を開始する。」

 

シレン中尉はクラファンに連絡を入れた。

 

『了解。あのお嬢ちゃん大尉だけじゃ不安だよな。いい判断だ。』

 

「ここは頼んだぞ」

 

『俺もザリンスキーもいるんだ、全く問題ねえよ』

 

普段はザリンスキーが前衛であり、クラファンが後衛となる。二人が揃っていればこの民兵集団に不安はない。

 

「よし、俺たちも巣穴に突入するぞ。整列しろっ」

 

シレン中尉は素早く腹を括った。彼らにはミスリルの鎧も槍もない。しかしサンダーボルトSB-10(ディスラプター)はあるし、パワードスーツだってある。どんなバグスを相手にしても負ける気はしなかった。

 

 

◆◆◆

 

 

巣穴の入り口は、湿った土とバグスの分泌物でぬめり、足元が滑りやすかった。シレン中尉の宙兵隊がサンダーボルトSB-10(ディスラプター)を構え、パワードスーツのサーチライトで暗闇を照らしながら進む。バグスのキチキチという噛音が足元から響いていた。先行するユーミ大尉の隊が敵を惹きつけているからだろう。道中、バグスの姿はなかった。バグスの分泌物で床が滑り、ただただ不快である。宙兵隊でも、バグスの巣穴に潜る経験はない。

 

スワソン所長はシレン中尉の後ろにぴったりと付いている。それでも怯えた様子より興奮が勝るのは、彼女の研究者としての性なのだろう。

 

「こちらですね」

 

スワソン所長が小声で誘導する。彼女は壁の構造から、支配種の在所を的確に把握していた。手にした検知装置が、フェロモンや餌の種類からどこが特別室かを伝えてくれるのだ。

 

「なら急ぎましょう。」

 

シレン中尉が部下を急がせる。不快な時間は、なるべく早く切り上げたかった。

 

◆◆◆

 

最初の交戦は、トンネルの分岐点で起きた。暗闇から飛び出したバグスが襲い掛かってきた。サンダーボルトSB-10(ディスラプター)が光を放つ。バグスが融解光を放ちながらゆっくりと分解される。不快な死体も残らず、確実に敵を分解する。実に宙兵に適した装備である。避けようのない狭いトンネルでは特に威力を発揮した。

 

さらに奥へ進むと、バグスの数が急増した。正しい方角へと進んでいる事をシレン中尉は確信した。トンネルが広がり、天井から吊り下がる繭のようなものが見えた。そこから孵化直後のバグスが次々と這い出し、キチキチと触角を擦り合わせながら殺到してきた。

 

「撃て!撃て!」

 

宙兵達は上に向かってサンダーボルトSB-10(ディスラプター)を連射した。繭の表面だけが分解され、損壊された繭から蠢く幼虫が落下する。スワソン所長が悲鳴を上げた。

 

「…報告しろ、シレン中尉!」

 

ユーミ大尉からの通信が入ったのはそんな時である。

 

「蛹の密集している場所を見つけました。」

 

「座標を送れ、こちらも合流する。間違ってもこちらを撃つなよ。」

 

ナノム管制による友軍への安全装置があるとはいえ、同志撃ちの例が内ではない。シレン中尉は部下達に誤射を厳しく戒めた。発砲禁止まではしないが、近くの標的か天井のバグスのみ撃つように命じたのだ。

 

 

ハロルドとリッツに殿を任せながら、ユーミ大尉は合流を急いだ。行手を阻むバグスが現れた。GⅣ型突撃銃で武装している。これまでバグスは銃を見せていない。つまり最精鋭部隊がいるのだろう。ユーミ大尉は慌てて物陰に隠れた。部下達が応射を開始する。

 

「大尉、後退しますか?」

 

部下の問いかけに、ユーミは首を振った。

 

「ここで引いたら全てが無駄になる。もう少し耐えて!」

 

数分後、部下を引き連れたシレン中尉が走り込んできた。サンダーボルトSB-10(ディスラプター)の発射音が響き、バグスの群れが側面から崩れ始める。シレン中尉は汗だくの顔で笑いながらユーミ大尉に向けて叫んだ。

 

「大尉の部隊だけじゃ危ういって言った、クラファンの読み通りだ! 俺が来てよかったでしょう、ユーミ大尉。」

 

「余計なお世話よ、中尉。でも助かったわ」

 

そう応じたユーミは、挨拶抜きでスワソン所長に問いかける。

 

「ここに支配種はいますか?」

 

「ええ。おそらくはこの先にいます。フェロモンの反応がありますから。」

 

スワソン所長が興奮気味に答えた。彼女の指し示す方向は微かに明るい。

 

「力を合わせて前へ進むぞっ!」

 

シレン中尉と部下達が猛進射撃を浴びせかけて、バグスの抵抗を排除する。それでもこの空間目指してバグスは四方から迫っていた。

 

「さあ、行くわよ」

 

ユーミ大尉とシレン中尉の部隊は一塊になって支配種のいる方へと急いだ。2人の間に挟まれるように、スワソン所長が足早に通路を進む。

 

最奥にたどり着いた時、そこには巨大な空間が広がっていた。中央には、産卵器官を持つ支配種が鎮座していた。体長5メートルを超える巨体で、膨れた腹部から無数の卵が吐き出され、周囲にはそれを守るビートル種が群がっていた。支配種の甲殻は深緑色に輝き、腹部には脈打つ血管のような模様が浮かんでいた。その異様な姿に、宙兵たちが一瞬動きを止めた。

 

「これが…。」

 

支配種の複眼がユーミたちを捉え、低い唸り声が空間を震わせた。だが、その腹部が蠢き、突然切り離されるようにして分離。小型の虫――支配種の核とも言える存在が、卵を産む本体から独立し、近くのバグスに抱えられた。核は甲殻に覆われた小さな体を持ち、触角が素早く動いて周囲を感知しているようだった。

 

「逃げる気です!」

 

スワソン所長が叫ぶ。ユーミ大尉は支配種の核を確保しようと飛び出した。しかし行く手を阻まれる。魔剣を振り翳しても、簡単には先に進めない。

 

「任せろ。」

 

シレン中尉がサンダーボルトSB-10(ディスラプター)を連射する。その一撃が、小型種を抱えたバグス兵を直撃した。核である小型の虫が地面に落ち、どうやったのかバグスの群れを潜り抜けたスワソン所長が駆け寄ってそれを抱き上げる。

 

「これです! これが支配種の通信中枢!」

 

スワソン所長が叫んだ。彼女の手の中で、支配種の核が微かに動き、触角が震えた。

 

「撤退を。」

 

ハロルドとリッツが双刃の戦斧(バトルアクス)を携えて、スワソン所長目掛けて突進するバグスの行手を阻む。ユーミ大尉は慌ててスワソン所長に合流した。

 

「爆破できる?」

 

ユーミ大尉はシレン中尉に問いかけた。頷くシレン中尉が部下に起爆装置を用意させる。彼らは円陣を組んで迫るバクスを阻んだ。

 

「起爆準備OKです。」

 

「さあ、退くわよ。」

 

ユーミ大尉は先陣を切って飛び出した。行手を阻むバグスのビートル種を切り刻む。敵の数も相当に減ってきている。

 

「畜生、エネルギー切れだ。」

 

シレン中尉がサンダーボルトSB-10(ディスラプター)を投げ捨てた。レーザーガンを引き抜く。威力はだいぶ落ちるが、武器はもうこれしかない。彼の部下達もエネルギーカートリッジは使い切った様子だ。

 

「だから剣が必要なのよ。」

 

ユーミ大尉が笑う。

 

「いいわ。助けてあげる。貴方は私の部下だから特別にその青い尻を拭いてあげるわ。先に行きなさい、中尉。」

 

「大尉殿の女性らしい魅力的な尻を追いかけてるのが自分の役割です。」

 

シレン中尉がそう返した。

 

「尻って言うな!」

 

「これは失敬。大尉殿の麗しき後ろ姿でしたね。」

 

「黙って手を動かしなさい。」

 

ユーミが自分のレーザーガンを抜くとシレン中尉にそっと手渡す。任務を成功させた高揚感が2人を饒舌にしていた。ユーミ大尉が殿を務め、シレン中尉がサポートに回る。シレン中尉がレーザーガンの二丁拳銃スタイルなのは、ユーミ大尉の銃を譲られたからだ。そうやって彼らは一塊となって地上を目指した。その中心には、バグスの支配種の核を抱えたスワソン所長がいる。

 

「見えた、光だ!」

 

先導するハロルドが光を見つけた。

 

「進め!進め!進め!総員撤退!」

 

これまでトンネル内で退路を確保していた連中が次々に合流する。彼らは数を増やしながら、高揚感と共に出口を目指した。

 

「さあ、上陸艇(エアシップ)へ。」

 

爆発から逃れるには、すぐにこの場を離れる必要がある。宙兵は上陸艇(エアシップ)に殺到した。

 

(さっき落下した機体に乗るの!?)

 

スワソン所長は驚愕したが、贅沢を言える立場ではない。足元では爆破装置のタイマーが刻々と時を刻んでいるのだ。全員が上陸艇(エアシップ)に飛び乗る。偵察ドローンやスターファイターが警戒する中、地上に飛び出したバグスは即座に狩られた。

 

『限界重量に到達しました。離陸します。』

 

「待って。」

 

ユーミ大尉は再チェックした。人数が多すぎてまだ全員は乗れていない。しかし、スワソン所長という乗るべき人員は乗っていた。戦えない者を優先するべきだろう。まだ戦えるユーミが降りると、部下達も続いた。

 

「いいわ、出して。」

 

上陸艇(エアシップ)が離陸を開始すると同時にナノムが爆破のカウントダウンを開始する。

 

(爆破30秒前です。)

 

もう安全と見て、ユーミが爆弾のタイマーを前倒ししたのだ。グングンと上昇する上陸艇(エアシップ)は忽ち安全圏に到達した。

 

「さあ、塹壕まで全力疾走するわよ。」

 

ユーミは部下と共に駆け出す。ナノムによる制御で爆破の遅延は可能だ。だがここまで来ればもう、安全だという確証は得ていた。それでも走るのはその後があるからだ。

 

(時間です。)

 

ナノムが地下で爆弾が爆発したその瞬間を伝える。宙兵は必死に走った。彼らの背後で巣穴が轟音と共に沈み込む。大地が揺れる。そして圧力が解放されて巣穴が吹き飛び、土煙が空を覆った。地面はまだ震えている。息を切らして駆ける彼らに、サンダースから通信が入る。

 

『この後はダメ押しの軌道爆撃が来るぞ。何もかも吹き飛ばす。全員早く退避するんだ!』

 

包囲網を構成していた民兵達も持ち場を離れて撤退を開始している。全力疾走するユーミとシレンは彼らに並んだ。上空から飛来する質量弾が視界に入った瞬間、彼らは塹壕に滑り込んだ。

 

質量弾が先程まで彼らがいたバグスの巣穴に着弾し、地面が揺れる。シレン中尉はユーミ大尉を庇うように覆い被さった。二人の体が重なる。ユーミが見上げると、そこにはシレン中尉の顔がある。

 

勝利とそして何より生き延びた事に彼女は興奮したのかもしれない。目の前のシレンの顔にユーミがキスをする。自分の唇へのその熱烈な刺激にシレン中尉も応え、二人の吐息が絡まる熱い一瞬が訪れた。汗と土にまみれた二人の顔が近づきあう。互いの胸の鼓動が聞こえる距離で、二人は時間が止まったかのように抱き合った。クラファンとサンダースが塹壕へ駆け込んだ宙兵達の様子を見に来て、抱き合う二人の姿に目を丸くした。

 

「おいおい、何やってるんだよ。」

 

「ま、いいじゃないか」

 

サンダースがクラファンの肩に手を置き、笑った。

 

「この星での戦いはこれで終わったんだ。戦争の後で愛し合う。そういうのは若者の特権だろうさ。」

 

クラファンは黙って、ただ肩をすくめて見せた。

 

◆◆◆

 

爆破された巣穴の跡地を見下ろしながら、ユーミとシレンは肩を並べて立っていた。予備的調査ではバグスの全滅は間違いないとされていた。もし万が一、生存したバグス兵がいても彼らは繁殖出来ない。食料を探しに出てきたところを、武装した民兵なら簡単に始末できるだろう。

 

「勝ったわね。」

 

ユーミ大尉がシレン中尉に話しかける。

 

「でも、これで終わりじゃないんだろうな」

 

「ええ。でも一歩前進したわ。中尉、あなたのおかげよ」

 

ユーミが微笑んだ。

 

「俺のおかげか? 大尉殿の剣さばきがなければ、俺はバグスの餌だったぜ。」

 

「その謙虚さ、嫌いじゃないわ。」

 

二人はしばし見つめ合った。今はまだ戦いの渦中で真剣に未来を考えられない。しかしこの戦争の終わる日が間近に迫っている事を、この二人の若者は微塵も疑っていなかった。




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