【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる) 作:高坂 源五郎
Ⅳ 対バグス戦争の終結 118話 【バグス殲滅戦篇❸】 対峙
▫️惑星アレス 都市アレス▫️
人類スターヴェイク帝国が人類銀河帝国を吸収した。その事を契機として、アラン・コリントは次々と式を挙げる事となった。
スターヴェイク帝国の中枢で行われる、他の諸国との婚姻。その筆頭はルミナス。その元侍女で今はアラム聖国の女王となったコンスタンス。海洋大国デグリート王国女王の姪で次期女王指名を受けたエヴリン。そして商務省長官の息女タラ。最後の人物は人類銀河帝国の航宙軍の首位の一角を占めるカルラ・アイローラ提督である。
「アランも忙しい事だ。」
エルナやウルズラそしてアリスタと共に奥まった席に座すウルズラが、お茶を飲みながら他の妻達にそう愚痴をこぼした。
「妻はクレリア様だけとなさるべきだったのです。私も含めて、あとの皆は側室でも。」
「そうはいかないわ。」
新たな嫁の存在を認める共同統治者のクレリアがエルナを嗜める。これはウルズラやアリスタの手前もある。
「この広大な帝国を支配するのは、実際には人なの。今まである王国を残し、その王族に仕えた貴族たちにもこれまでと変わらぬ権益を保護する。翻って民達には自由に移動して住み良い場所を探させる。そうやって良き政治と良き民が出会えるようにする。それを成し遂げる為には、これまでの支配者と明確な結びつきを持たなければいけないわ。」
「結局、セシリオは新たな土地を得て2つに分かれた。最初から移住を勧められたら反発していただろう。移住が進んだのは、それがルージの派閥争いの解決法として優れていたからだ。」
ウルズラもそう述懐した。人の持つエネルギーの活かし方は場面により様々なのだ。それに反応したアリスタが、そっと口を挟む。
「私などは飾りのように上に据えられた女王ですが、皆さん良くしてくださいます。」
「旧王族が殺された被支配地域では、独立して皇帝と直に繋がる女王を頂くのは歓迎されるだろうな。それにアリスタは産業を起こすのが上手い。」
「それは、主に父の功績ですので。」
珍しいウルズラの褒め言葉に、アリスタが謙遜して見せた。各国内の取りまとめはそれぞれの色が出るが、女王やその側近の手腕も求められる。アリスタは実際、物産に富んだ国に生まれ変わらせようと励んでいるのだ。より大きな規模の領域を任されているからこそ、ウルズラも国家の健全経営を成し遂げてあるアリスタの領国の在り方には深い関心を抱いているのだ。
「そう、政治はまず安定させること。そして改善をするのはその後。最初から完璧を目指しては船はいつまでも出航できない。だから折り合う努力が必要となるの。」
クレリアがそう言って、エルナへの説明を終える。クレリアの心中に複雑な思いがないといえば嘘になる。だが、アランの新たな妻達を仲間として捉えるとこれ以上に強力な味方もいない。そしてまた、唯一の共同統治者であるクレリアの存在感が高まることも意味している。
「アランはまだ若いわ。今はまだ、少しくらい羽目を外すのは認めてやりましょう。それにアランは真面目すぎるから、大勢の妻に感化されるくらいがちょうどいいのよ。」
アランはこれから多くの子を持てるだろう。それらは各地の王族の血統とつながる事で統治の正当性をもたらす。その一方でそれは帝国に対する謀反の可能性も内在するが、政治が乱れぬ限りはその心配はない。最もその点で担保になっているのは、人と異なる時を生きる神の如きAIイーリスの存在だろう。造物主の技術により強化された彼女の知性は、既存の全てのAIを凌駕しているのだから。だから未来は明るいと、クレリアは素直にそう信じていられる事が出来るのだ。
◆◆◆
燭台の灯り中、ルミナスがアランを寝台へ導く。マシラとカレイドが見守る中、ルミナスの艶やかな瞳と温かな吐息がアランを包んだ。次の夜、コンスタンスはただ一人でアランにその身を捧げた。念願だった彼女の処遇は遂にアランの妻としての地位に確定したのだ。またその次の夜、エヴリンは寝室で衣を解かれて満足げな吐息を漏らした。侍女役を務めるエヴリンの二人の従姉妹ロゼットとソフィアナがエヴリンの寝室に彩を添えた。翌日には、侍女役のカーラに見守られてタラは遂にアランの元へ嫁いだ。最後の夜、カーラ・アイローラ提督はアランとの情熱的な夜を過ごした。
▫️アサポート星系 〈イーリス・コンラート〉▫️
『…順調ですか?』
イーリスの仮想映像が研究所に姿を現した。研究院達がざわつく。彼女が義体を喪失した事を知っているエミリー・スワソンは作業の手を止めずに黙礼した。イーリスはAIである以前に、この人類スターヴェイク帝国の宰相という要職にある。それだけでなくバグス研究自体が彼女の発案であり、エミリーはその監督下にある。蔑ろにできる相手ではない。スワソン所長はきりのよいところで自分の取りまとめ作業を中断し、イーリスに向き直った。
艦載AIであるイーリスは研究日誌も読めるし、研究室内も逐次モニタリングしている。それでも手の空いた頃合いを見て話しかけてくるのは、対話したいからだろうとスワソン所長は察したのだ。
「ええ。支配種から幾つか座標を入手しました。今、そちらにお送りしますね。」
『…なるほど。それでは該当座標の一つに転移します。』
座標を得た途端、攻撃を仕掛けるのなら最適な位置へ〈イーリス・コンラート〉は転移する。イーリスの判断の速さに、エミリーは驚いた。この部屋に来た時にはもう、攻撃の支度まで全て整えていたのだろう。
「こんな具合に即座に移動すれば、座標の真贋もすぐにハッキリしますね。」
スワソン所長の反応にイーリスは微笑んだ。
「ええ、そうね。これから連戦になります。スワソン所長は、艦の撃破で座標が消滅するかをモニタリングしていてくださいね。」
▫️ヴェルナ星系宙域 〈イーリス・コンラート〉▫️
セリーナの指揮する〈イーリス・コンラート〉はヴェルナ星系へと転移していた。見たところ、星系内には何も異変はない。しかし、座標に向けて真っ直ぐに完全武装のスターファイターの中隊を飛ばすと、すぐにバグスの艦隊の反応があった。潜んでいたバグスの艦隊が逃亡を開始したのだ。
「バグスの艦隊が逃亡を開始したわ。全員、戦闘配置!」
セリーナ・コンラート中佐の声が艦橋に響き渡る。
「…しかし何度も航宙軍の捜索範囲だったところよ、この宙域は。星系政府でさえ、バグスが居ると気がついていなかったようだわ。」
シャロンがため息をつく。動き出したバグス艦隊をようやく今発見して、ヴェルナ星系の管理AIが騒ぎ出しているのだ。それはつまりヴェルナ星系政府でさえ、バグス艦隊を発見できて居なかった事を意味する。
「普通のセンサーでは恒星の背後までは見通せない。ワープポイント周囲のセンサー類が潰されていれば、そんな事もあるでしょう。人類の近くに潜んで、簡単な手出しをしないバグスの方が一枚上手だったのよ。或いは、人類の側で手引きした裏切り者がいるのかもね。」
「そうね。目の前のご馳走にすぐに手を出さないバグスがいるなんて変だものね。誰かが代わりに餌を運んでいたのかも。」
宇宙は広い。地元の星系政府でさえ見つけられていないならセンサー類での捜索なら当然見通しも出るだろう。
今回、〈イーリス・コンラート〉は支配種同士のネットワークに入り込んで相手の座標を把握するというズルをしている。正解を知っているからこそ、潜伏するバグスを発見出来た。そうでなければ気が付かずに通り過ぎていただろう。
「宇宙は広大ね。この調子でバグスの殲滅なんて本当に出来るのかしら?」
「あら、座標さえ掴めれば戦力的にはいけるわ。アランはむしろ、バグスという種の全滅に対して責任を負う事を気にしているようだけれど。」
シャロンの疑問に、セリーナはそう応じた。部下でありまた妻として公私をアランと共にするこの双子は、アランの悩みに気がついている。
バグスと人類のどちらが生き残るべきか。当然、人類が優先される。バグスと人類に共存の余地もない。しかし星間航行を成し遂げた異星のこの知的生命体に対して、人類はまだあまりにも何も知らない。芸術や文化、あるいは生命科学の分野で知り得る事は多い。科学界からは、バグスの助命嘆願のようなものも無いでは無いのだ。
「まあ、座標はまだあるわ。残り一つが二つになる頃までにアランが決断を下すでしょう。私達は座標の位置を捜索して、バグスを殲滅するだけよ。」
「ええ、そうね。」
セリーナの言葉にシャロンが頷く。この二人は必要ならアランに代わり、バグス殲滅を決断する決心を固めている。だがその一方で、セリーナとシャロンのどちらがバグスを滅ぼしてもアランが自己の責任として抱え込むとも承知していた。彼女達にとって、問題の本質は“バグスを滅ぼすべきか”ではなくて“アランが悩まずにバグス問題を解決できるか”となりつつあるのだった。
そういう意味ではセリーナとシャロンが決断するよりも、やはりアランに最終判断を委ねる方が正解である。二人は何も口に出さずとも、お互いに相手の意図をそう理解しあっている。
「スターファイターはバグス艦を上手く追い込めるかしら?」
シャロンが尋ねる。セリーナは部下に対する自信を覗かせた。
「ええ。ユーミなら必ず上手くやるわ。」
◆◆◆
ユーミ大尉の指揮するスターファイター隊は、猛禽の群れのようにバクスの艦隊に襲いかかった。これまで相手にしてきた敵艦隊に比べると圧倒的に小規模な艦隊である。
「攻撃開始』
ユーミ大尉の指示で
「これで一息つけるわね。」
セリーナが息を吐いた。シャロンが微笑む。
「そうね。
「ええ、お願い。でも、バグスのネットワークがこんなに広範囲だなんて驚きよ。15箇所もの支配種を叩くのは骨が折れるわ。」
残りの座標情報を見ながらセリーナが頷く。広域に点在するそれは、本来なら同一の艦が対処する事など不可能である。しかし人類にとって既知の宙域なら、〈イーリス・コンラート〉は瞬時に移動できる。
「アイローラ提督が、いえカルラが人類銀河共和国を押さえるそうだけれど。」
バグスが居るのは人類スターヴェイク帝国に限らない。人類の既知宇宙には新たな星間国家の人類銀河共和国が存在する為だ。かつて十人委員会が押さえていた星系、それらの結成した新国家である人類銀河共和国の支配領域にも発見された半数近いバグスの支配種が存在している。
「アランはカース提督の説得は、カルラに任せるそうだから。」
「そうね、私達は叩けるところに専念しましょう。」
十人委員会の派閥はクローンに対して好意的ではなかった。セリーナやシャロンもクローンであると知られている。正直、航宙軍内の視線は好意的なものばかりではない。過去を振り返ると、それなりに風当たりはきつかった。アランの手前、表立って何か言われた事はない。しかしながら航宙軍でのアランの正妻という立場は、カルラ・アイローラ提督に持って行かれた感がある。
「まあ、航宙軍で人気のある女性提督と比べるとクローンの私達に人望はないわね。」
「そもそも士官学校卒ではないし、同期も知り合いもいないものね。」
セリーナとシャロンは苦笑し合う。士官学校卒でないというのは、閉鎖的な航宙軍の出世の基本である。正式な士官として認められていても、その種の区別やら差別やらは枚挙に暇がないのだ。しかしセリーナとシャロンは全く気にしていなかった。人の集団がどう感じるかは指図できないが、アランこそが人類集団のトップなのだから。クローンに対する差別も、人類の在り方もここから彼女達が変えていけば良いのだ。
航宙軍というカビの生えた組織の中の狭い人間関係での受けなどどうでもいい。セリーナとシャロンはいつでも好きな時にアランの隣に入り込めると考えている。他の妻達との時間を邪魔しないのは、単にこの二人が優しいからだ。いつでもアランを振り向かせられる、しかも肉体的には他の妻を合わせたよりもこの双子は強い。だからまあ、他の妻にも活躍の余地を残してあげないといけないのだった。
▫️カイラス星系 主星ザルカ▫️
ザルカは発展途上の惑星である。人類銀河帝国への加盟時期は比較的古いが、高度な技術の受け入れには慎重で閉鎖的な土地だった。さしたる資源も文化もない。人の流入はあっても文明の進捗はかなり遅れていた。独自の歴史は豊富にあるが、その基本は細々とした農業主体の社会構造である。バグスの襲撃を受けたことが無いのが特色と言えるだけである。その文明レベルは、ある意味では惑星アレスとよく似ていた。
惑星上のとある地点に、灰狼兵が展開していた。彼らはそのまま施設内に傾れ込む。先頭で指揮を取るのはアラン・コリント自身であり、両脇をクレリアとエルナが固めている。
「お前たちが、バグスの取引相手か。」
アランが剣を向けた先には異国風の衣装の男女がいる。押し入ってきたのが人類スターヴェイク帝国の皇帝であることに驚きを隠せない様子だった。人類スターヴェイク帝国に加盟した以上、法の行使権はアランの側にある。特にこの場合、かけられてある容疑は人類の敵であるバグスへの通敵行為であるからだ。
「…人の家に土足で上がり込むのが、スターヴェイクの支配者の行いか。周辺の星々も失望しよう。」
拠点の頭と見える男は昂然とそう言い返した。
「人身売買、いや対立する勢力の人員を拉致してバグスに餌として渡していたのだ。証拠を掴めば、こちらが非難される謂れはないな。」
「我々の尊貴さを知らないと見える。我らを蔑ろにしては、この星はまとまらぬぞ。」
彼らは人類銀河帝国にその地位を追われたこの星の王族だった。現在はこの星系の抵抗勢力として活動を続けている。いや、彼ら現地住民の統治のしきたりの中では、今も彼らこそが正当な支配者なのだろう。
「仮に王であるとしても、何をしても良いわけではない。それに皇帝が直々に足を運んだのだ。反論する機会も与えよう。充分、貴人への礼を尽くしているのではないかな。」
アランのその言葉が、男の感情の引き金を引く。或いは最初から暴発すると決めていたのかもしれない。
「人類銀河帝国に加入を強制され、民族や家族が散り散りになった我らザルカの民の苦しみがお前に分かるか!」
灰狼兵に四方を囲まれながらも、主らしき浅黒い肌の男がそう答える。彼は腰から三日月刀を引き抜こうとした。
「まあ、待て。話し合いをしようではないか。」
サッと前に出てアランの横に立つクレリア。素早くエルナがその側面を固める。
「其方が現状を気に入らなくても、この星には既に新たな住民達もいる。其方らが住む為に、新たな星系を与えると約束する事は出来るが。この星系にこだわるのなら、現在の所有者との交渉を仲介しても良い。」
クレリアの提案に、その場の多数の者は心を動かされるように見える。彼らが何をしたとしても、それは星を取り戻す為だったのだろう。しかし頭は動じなかった。卑猥なジェスチャーをクレリアにして見せると、昂然と言い放った。
「騙されるな。既に我らは悪魔に魂を売った。ならばそれを貫くのみよ。」
頭の命令で、男達の大多数は三日月刀を手に一斉に襲いかかる。皇帝とその妃が目の前にいる、刀や剣を用いての肉弾戦なら、負けるはずがないとそう判断したのだろう。人類スターヴェイク帝国の首脳を一挙に確保できる好機を見逃せなかったのだ。そんな彼らを、アラン、エルナ、クレリアが次々に切り伏せた。説得に耳を貸さず襲いかかったきた以上、彼らはもはや倒すべき敵だった。アランの剣技が冴え渡り、敵を圧倒する。クレリアへの無礼を働いた頭に対しては、エルナが魔法でその首を切断していた。
「これは、礼儀をわきまえぬ者への当然の報いです。」
エルナが剣を清めて、また油断なく生き残りに向けて構える。クレリアは剣を抜いたままで、怯える男女に笑顔を向けた。害意を持たない相手には、彼女達も危害を加えるつもりはない。
「皆安心せよ。悪は倒した。今降伏すれば、約束は守ろう。新たな星系に行き、過去を忘れて生きるが良い。」
生き残った者の中から老人が進み出て平伏する。
「ザルカの民は陛下の仰せに従います。捕らえた人々も解放しましょう。どうかご寛恕を。」
「うん、良い。これからバグスと関わらずまともな生活を営むなら、降伏したザルカの民を罪に問う事はしない。」
エルナが警護する中、クレリアが帰伏を呼びかける。それに賛同する人の輪が増える中で、カプセルに入った支配種をアランは灰狼兵達にそっと運び出せた。
▫️アサポート星系 〈イーリス・コンラート〉艦内▫️
俺とカルラ・アイローラ提督が改修の終わったエーテル改級〈エーテルリンク〉を検分していた。オリジナルの
かつてのエーテル級空母は、複数の艦船を継ぎ接ぎした急造艦だった。今回は強度計算を改めて行い全体の目的に合わせた艦体を再設計して造成してある。全体は滑らかで一体感のある外装に仕上げられている。艦の後方にはスターファイター用の大型の格納ベイとその入り口が設けられた他、艦の前方には射出機を兼用したレールガンが並ぶ。レールガンは近接火力の増設にも貢献していた。
「素晴らしい艦ね。これなら単艦でもバグスの艦隊に立ち向かえそう。」
俺の隣に立つアイローラ提督、いやカルラは嬉しそうだった。
「そうだね。しかし、君にはバグスではなく別の相手を屈服させて欲しい。」
俺の真意を計ろうとカルラが俺を見つめ返す。
「人類を相手にするというの? あなたらしくないのね、アラン。」
「俺はこれまでも多数の人類を相手にしてきた。最後に立ち塞がるのは常に人だよ。」
カルラはバグス戦争時代の航宙軍の申し子だ。人と人とが争う現実をよく理解していない面がある。だが惑星アレス統一での経験から、俺は人と人とが争う状況を熟知していた。人は敵を倒す為なら悪魔とでも取引をしようとするのだ。俺は彼女の前に資料を表示させた。スターヴェイク領内における一連のバグスへの通敵行為とその内容だ。そして我々が把握している最大規模の組織は、人類銀河共和国の中にある。
「…これは本当なの?」
「間違いない、取引の現場を押さえた。」
証拠として提示した資料の中には、遺棄されたバグスのBG-I型巡洋艦の映像がある。視点が変わり内部が映し出されると、そこにはうず高く金塊や宝石が映されていた。カルラが息を呑む。
「奴隷を、いや人を餌として提供している。代わりに安全や希少鉱石や金銀財宝を得ているんだ。一種の貿易とみなしてもいい。交易品は人類向けにカットされた宝石や金塊で、全てバグスの侵略した星系にあった人類の財産だ。バグスは食べらず、武器でも道具でもないものに執着を示さないからね。」
BG-I型巡洋艦から運び出された財宝は一隻の貨物船に積み込まれる。その貨物船は人類銀河共和国の紋章を映し出す。かつての十人委員会の支配域を中心に人類銀河帝国の後継国家として樹立された組織だ。現在、カース提督麾下の艦隊は大半がそちらに所属している。そして既存の艦船の供給能力の大半はそれらの惑星に存在していた。
「カースは、彼はこの事を知っているのかしら?」
「知らないだろう。ただ、俺達以上に人類銀河共和国の艦船建造ペースは早い。何かあるとは考えているんじゃないかな。秘蔵された資源を活用しているとそんなような説明をされているようだが。」
艦船を建造する上で重要なのは鉄やニッケル、アルミニウムというありふれた金属ではない。アダマントのような希少な金属を合金の素材に用いる事で耐久性が何倍にも跳ね上がるのだ。
「安定的にアダマントを入手出来ることが、艦船の製造能力に繋がるはずだ。そしてそれが彼らが軍艦製造のシェアを維持する事に繋がる。」
オーランド重工が不正に手を染める必要があった理由はそこにある。手を尽くしても政府による統制で入手量が限られる希少金属をバグスから入手する事でふんだんに用意していたのだ。まともな経営では、到底太刀打ちできなかったのだろう。だが不正が数値の改竄でなく、材料の入手にあるのがオーランド重工側の想像の外にあっただけなのだ。
「バグスと交易して得た資材や資金でバグスを倒す艦船を作る。こういうのはマッチポンプとは言わないのかしら?」
カルラがため息混じりにそう溢す。
「厳密には違うだろうな。バグスという火事を起こしたとまでは言えない。彼らの中では敵を倒す上で必要な行為と考えているのだろう。だが、もうやめてもらう必要がある。」
「そうね。」
俺の言葉にカルラが静かに同意した。この時、航宙軍は人類銀河共和国との開戦を決定した。
「かつてバグスから得た希少鉱石でバグスを倒す武器を作る必要があった事を否定するつもりはない。それは何よりも、犠牲者が浮かばれないからだ。ただ、もうその必要はない。これ以上の犠牲者を増やすべきではないだろう。」
「ええ。バグスと人類を切り離す戦争。ある意味では、これこそバグスに終焉をもたらす為の戦争になるのね。」
「そうだ。彼らには自身の敗北を直視させたい。単に力でねじ伏せるのでは足りない。間違っていたと認めさせる為に、君には対等な条件で完膚なきまでに相手を叩き潰して欲しい。カース提督に証拠を突きつけるのは、その後でも遅くはないだろう。」
カルラは高く結い上げた長い後ろ髪を揺らして答えた。
「ええ、分かったわ。私が航宙軍で最高の指揮官である事を貴方に証明して見せましょう。」
▫️カイラス星系 主星ザルカ▫️
クレリアとエルナは主だったザルカの民とその財産を〈イーリス・コンラート〉に収容した。惑星住民との余計な軋轢を生じさせない為にも、隔離が鉄則である。ザルカの民に捕らえられていた人々は解放する。今後はその補償問題が争点になるだろうが、一旦は星系政府に委ねることにした。いずれ、彼らが音を上げてスターヴェイクに縋り付いてくるだろうからその時に惑星ザルカをまとめて買い叩くつもりである。無論全てを掌握する上での比喩表現だが、土地の交換は困難を伴う。結果として、資金を積み上げて相手を満足させるしかない。
「ざっと済んだな。エルナ、苦労をかけた。」
ようやく監督を終えて私室に引き上げたクレリアがエルナに声をかける。
「クレリア様、見事なご采配でした。」
「いやいや、エルナの剣の冴えは今日も見事だったぞ。」
この主従は互いを労り称えあった。
「しかし奴隷貿易を行った者を許して良かったのでしょうか。」
エルナが疑問を投げかける。それは従者として主君に問う質問というより、アランの妃の一人としてと問いであるとクレリアには分かった。
「バグスの餌にされた者から見れば不平等だろう。裁きを求める気持ちも分かる。だが、政治は常に死者よりも生者が優先される。死者の名誉は回復された。最も悪辣なる者たちは死んだ。ならば優先すべきは全員に罰を与えるよりも人身売買を止める事だ。その最も簡単な解決方法こそ、許す事なのだ。」
「本当にこれで防げるのでしょうか?」
「分からん。」
クレリアはあっさりと認めた。
「我らには機会を与える事しか出来ない。止めるなやめないか。それを決断するのは我らではない。我らは線からはみ出た者を討ち取るだけだ。」
「そうですね。そもそも我らが帝国に組み込む前の行為、どこまで追求できるかとも思います。」
「本来であれば重罪と為すべきなのも分かる。しかしそのやり方では、報復の連鎖が止まらん。必要なのは問題の芽を摘む事なのだろうからな。」
クレリアの統治者としての視点に納得顔のエルナだったが、そこである事を思い出した。
「しかしあのザルカの王族、クレリア様に無礼な真似を。許せません。」
エルナの注いだお茶を楽しみながら、クレリアはニンマリとした顔をして見せる。
「良いのだ。私が侮辱されるとアランは憤る。そして払拭しようと、この私に執着を見せる。そんなアランはとても可愛らしい。だから今夜辺りは忙しくなるぞ。」
「まあ、リア様。」
エルナは目を丸くした。彼女の中ではクレリアの印象は清らかなままである。クレリアの肉食獣のような反応は、些か彼女の予想を超えていたのだ。
「今夜はエルナも供をせよ。セリーナとシャロンに負けてはいられぬ。我らも二人でアランを迎え打つのだ。」
▫️シグマ星系 〈エーテルリンク〉艦内▫️
人類スターヴェイク帝国と人類銀河共和国、共存するかに思われた2つの大国は遂に衝突した。スターヴェイク側が、バグスとの交易の疑いを理由に共和国の貨物船への査察を強行したのだ。共和国側が反発し、スターヴェイクに加盟した星系に共和国への参加を呼びかける。事態が切迫する中、アイローラ提督は艦隊を率いて人類銀河共和国の宙域を進んでいた。
カース『引いてください、と言っても聞き届けてもらえんのでしょうな。』
通信越しに再開したカース提督の顔は酷く疲れて見えた。カルラ・アイローラ提督は彼の疲弊を察した。人類スターヴェイク帝国との戦闘は彼らには悪夢だろう。バグスとの二正面作戦を余儀なくされると考えると胃が痛いに違いない。アイローラ提督は、カース提督に応答した。
カース、貴方爺むさくなったわ。苦労しているのね。」
『そういう貴方は若々しいですな。ご結婚おめでとうございます。』
「ありがとう。祝電受け取ったわ。」
『我々の共通の敵はバグスだ。人類同士が歪み合うのは馬鹿げている。コリント少将、いや皇帝の野心に貴方まで協力するのですか?』
カース提督の目は、アイローラ提督から夫である皇帝を説得してほしいと訴えかけている。
「アランは、貴方がそう考えるだろうと言っていた。でも違うの。私達はバグスに協力している人類が、まだ残っているのは人類銀河帝国の中だけだとそう考えているわ。」
映像の中のカース提督が唖然とした顔をした。
『そんな事が、あるはずがない』
「私達は自分たちの支配域の中で、バグスに与する人類を駆逐したわ。」
「もしそうなら話し合いで解決を図るべきだ。」
「取引をしているのが、貴方達の政府そのものなら?」
「…」
カース提督は沈黙した。結局のところ、平行線なのだ。人類銀河共和国が成立したのは、得体の知れぬ人類スターヴェイク帝国に対する警戒心もあるだろう。だが、シグマ星系の優れた艦船製造能力が独立独歩でやっていく為の中核技術と見込まれたからだ。人類圏全体を見渡しても特筆すべきこの製造能力が、人間の拉致とそれによりバグスから得た対価により支えられている。それはカース提督麾下の航宙軍の立つ足場が崩れる事を意味している。
「平行線なのよ。だから戦いで決着をつけましょう。今回の戦いで敗北すれば、手出しされない限りこちらから攻撃する事はもうないとアランが言っているわ。」
カース提督の目が光った。
『信じられるとお思いですか?』
「アランの妻である私がそう言っているのよ。貴方が勝てば私は降伏します。人質にして、好きなように交渉すればいい。この会話も記録しているのでしょう? 人類の各星系にこれを証拠として訴えて掛ければ済むはずよ。」
通信映像が乱れた。カース艦長は誰かと短い会話を切り上げた様子で、1分後に通信が再開される。アイローラ提督は穏やかな口調で尋ねた。
「考えは決まった?」
『そちらの提案を受け入れよう。開戦時刻を決めるという形で良いのかな? 戦力は不均衡で些かこちらが不利ではないかと思うが。』
「そうかしら? アランから伝言よ。『そちらに送ったスターファイターは正規品であり、こちらも運用するのは同数とする』と。」
カース提督は初めて笑顔を覗かせた。
『するとスターファイターの密輸が決まったあの望外の幸運は、そちらの好意だった訳だ。』
「ええ、そうよ。人の心を得るのはそれだけ難しいものだから対等な条件で戦うべきだとアランはそう考えているの。」
『ならば艦の数が多いだけ、こちらが有利ではないですかな。』
アイローラ提督はニヤリと笑って見せた。
「ええ、そうね。でもエーテル改級は手強いわよ。私も、貴方に負ける気はしない。」
『その言葉、そっくりお返ししましょう。』
両艦の艦載AIが直接対話して開戦時刻や付随するルールを決め合う。その画面を目視しながら、二人の提督は対話を重ねた。
「約束して、被弾したパイロットへの攻撃はなしよ。殺傷は最小限にしましょう。」
カース提督も力強く頷く。
『心得た。そう通達を出しておきます。それでも、死者も負傷者も出るのでしょうが。』
「ええ、そうね。」
『それでは戦場で。幸運を。』
「貴方もね、カース。」
睨み合う両艦隊が接近を開始する。そして遂に開戦のカウントダウンが始まった。
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