【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる) 作:高坂 源五郎
外伝1 女王アリスタの試練(前編)
女帝クレリアと皇帝アランの外征中、留守を預かるのは女王アリスタだった。対バグス戦に専念する皇帝と女帝に代わり、アリスタは首都アレス上空の天空城にいた。
「それで、アウリジオ少尉。状況はどうなっているのかしら?」
アリスタは今、惑星アレスにゲリラが潜伏し騒乱を引き起こしている件について報告を受けている最中だった。報告を行うアウリジオはアリスタのすぐ脇に控えているように見える。しかし、それが“立体映像”と呼ばれる魔法の力である事をアリスタは知っていた。本当のアウリジオ少尉はこの場にはいない。
「はい。ノイスのカドリス地区で不穏な動きが確認されています。難民キャンプ内で武器の密輸が行われ、複数の反帝国派のリーダーが民衆を扇動しようとしています。」
「使徒に監視を委ねたこれまでのやり方では、治安維持は困難なのですか?」
アリスタは『イーリス宰相の通常手順ではダメなのですか?』との疑問を呈した。使徒と呼ばれるのは、透明化したドローンの事だ。惑星アレスでは、数を揃えたドローンに太刀打ち可能な存在はまずない。
「ええ。残念ながら調査に派遣した使徒の損耗率は5割を超えました。この為、現在は安全な距離からの監視へと切り替えています。」
「まさか。使徒で太刀打ち出来ないのですか。」
アリスタは唖然とした。使徒と呼ばれるドローンは治安維持の要だ。イーリスの見えざる手であり、今はアウリジオ少尉が指揮する存在。それが容易く撃破されるのはアランとクレリアの治世への脅威に他ならない。
「彼らは最新鋭のパルスライフルを多数持ち込んでおります。その上、使徒を探し出す目も備えているのです。」
「ああ、アラン様と同じ武器を持っているのですか。そう、それならば仕方ないかもしれませんね。」
今回のゲリラはパルスライフルを装備し、通常は見えない筈のドローンを撃墜してみせた。火器だけでなく優れたセンサー類をも持ち込んだらしい。惑星アレスで、飛翔する使徒を撃ち落とす技術を持つ敵勢力は限られる。征服し尽くされた結果、現在はほぼ存在しないと言っていい。だからこそ、今回のように外部から持ち込まれると脅威となる。
「活動しているゲリラは惑星アレスの住民ではありません。人類スターヴェイク帝国の中枢を混乱に陥れようと、旧人類銀河帝国の領域から侵入した旧人類銀河帝国の残党です。」
ゲリラは難民に紛れて入り込んでいる。バグスの攻撃を受けた惑星から難民を避難させる際に入り込んだらしい。
「ああ、もう。アラン様が出陣した留守を狙って、そのような賊が領域内に入り込んでしまうとは。」
アリスタは身悶えし、ため息をついた。
「ノイス伯や使徒では対応しきれません。追加の兵の派遣が必要と思慮します。」
アウリジオ少尉は状況説明をそう締め括った。
「やはり、留守を預かる私の名前で兵を派遣せねばなりませんか。」
結論を耳にして、アリスタの顔が更に憂いを帯びる。アリスタは平民の出であり、その出自は商業ギルド長の娘というものだ。つまり、信頼できる譜代の家臣がいる立場ではない。腹心としてはカリナがいるものの、武臣については実に手薄なのだ。
「問題はやはり派遣される将の人選でしょうか?」
アウリジオの問いかけを、アリスタは首肯する。
「ええ。私やカリナに務まる役目とも思えませんし、かと言って新参の将に兵を委ね責任を負わせるのも躊躇われます。」
アリスタは今でこそアランとの関係性によって女王という地位を与えられてはいる。しかし彼女の領国はザイリンク帝国の支配地域から解放された国である。少なくとも貴族家から身を起こした他の女王に比べても、頼りない成り立ちだ。家臣の出自はザイリンク帝国、それもロージャ将軍に与して謀反した側から降伏した者が主体である。領内の取り締まりに派遣する程度ならば兎も角、帝国全体を代表して無事に事態を収めるほどの経験も信頼関係もまだ構築されてはいない。
仮にこれがバグスのBG-I型巡洋艦だったなら。アウリジオ少尉に命じて砲撃すれば済む。地上に降りた残敵もドローンで撃破できる筈だった。その想定を超えて多数の兵を直接都市内に送り込まれると、軍事の経験者ではないアリスタの手に余る話となる。
「私が、直接対処可能であれば良かったのですが。」
肉体を持たぬAIであるアウリジオ少尉が申し訳なさそうな顔をする。イーリスが肉体を得ただけに、彼も肉体を欲しているのかもしれない。そんな想いを断ち切るように、アリスタは質問を投げかけて話を推し進める。
「それで、今回の事態については肝心の両陛下はなんと仰せなのでしょう?」
アリスタは改めてアウリジオ少尉に尋ねた。
「お二人とも『万事、アリスタ女王の判断に委ねられる』との事です。」
「そう。この私を信頼して頂いているという事ならば、それはそれで良いのだけれど。」
内心の期待を裏切るその返答に、アリスタはまたも吐息を漏らす。自分が軍事に疎い事をアリスタは十分承知している。アリスタは慎重で小心で、不要な危険や軋轢を起こさない。アリスタが留守を預かる位置にあるのは、正にその点を見込まれたからだ。信頼故ではあるのだが、アリスタとしては軍事に明るいエルナやウルズラが責任者なら話が早かっただろうとしか思えなかった。
「さて。当地に残ったアラン様の臣下で、誰か手隙の者がいるかしら?」
アリスタは惑星アレスの人員配置図を睨んだ。そしてすぐに結論を下す。
「ダメね。名の知れた将軍は、もうアラン様が配置を決めてしまっているわ。」
事態を丸投げ出来そうな地位と能力の者で、手持ち無沙汰な軍人は見当たらない。少なくとも今のアランの配置は精緻を極めて完璧に思える。軍事の素人のアリスタが軍の配置をいじるのは、アウリジオ少尉の手を借りるにしても危険極まりないだろう。
「それでは、アラン様の軍を動かすのは最後まで控えます。代わりに“黒き宰相の手”を呼ぶ事にします。今はまず正確な情勢を掴むことを優先します。」
遂にアリスタはそう決定した。アリスタのこの判断は、自らの私兵による軍事作戦を忌避したと言えなくもない。ただ今回のような謀略が絡む場合、最も頼りになるのは単なる武人ではなく暗部と呼ばれる影の存在だろう。そして帝国宰相たるイーリスは、情報収集の為に直属の部下を従えている。彼らはかつてベルタ王国に仕えていた暗部で、イーリスの元で鍛えられて大幅にその能力を成長させた。なによりイーリス宰相の代理であるアウリジオ少尉の権限で動かせるのだ。
「なるほど。“黒き宰相の手”に使徒の代わりを務めさせるのですね。」
「・・・私の権限で、彼ら暗部に指示を出すのは問題ありませんよね?」
本来であれば、帝国全域の宰相たるイーリスの権限は大きい。単なる惑星アレスの一つの王国の支配者に過ぎないアリスタは、本来は帝国全域の宰相たるイーリスより格下の存在だ。しかし今は、留守位役とはいえ女帝名代の地位にある。
「はい。問題ございません。イーリス宰相も“アリスタ女王に喜んでご協力します”と。」
アウリジオ少尉はそう返答し、彼らのこの短い会話の中でイーリスの了解を得た事を示唆して見せた。
(イーリス宰相に連絡がつくのなら、彼女が直接指示を出す方が早いのではないかしら?)
アリスタはそう想いをしたものの、これは自らの力量が試されている場なのだとそう思い直した。帝国の安定の為には、アリスタを筆頭に臣下が主君に頼り切りでは駄目なのだ。
「それでは、速やかにエルヴィン殿をこちらへ呼び出してください。ああ、簡単な事前説明も貴方に任せます。」
「承知致しました。」
胸中に複雑な感情を抱きながら、アリスタは“黒き宰相の手”の責任者を呼び出すようにアウリジオ少尉に命じた。そしてアリスタは考える。アランやクレリアにとってはきっと、今回の危機もアリスタの資質を試す程度の軽い危険にすぎないのだろうと。
★★★重臣会議★★★
セリース大陸各地には、人類スターヴェイク帝国の重臣達が配置されている。アリスタは与えられた権限を行使し、主だった者達を会議の場へと招集した。無論、天空城にクレリアの家臣団を直接呼び出した訳ではない。そんな迂闊な事をすれば、責任者が不在で支配の空白が生じてアランの苦心の配置が無駄になる。少しでも隙を見せると、大陸内に潜伏したゲリラにつけ込まれかねない。だから近頃配置された立体映像の戦術会議システムでの会議参加を呼びかけた。
セシリオ王国やアラム聖国、そしてザイリンク帝国やイリリカ王国などはクレリアから見て外様である。それに対してクレリアの直臣は、
「皆様。お忙しい中、よくお集まりくださいました。状況は提示した資料の通りです。留守を預かる我らに、一つの懸念が生じています。」
戦術システムに参加した高官達を前に、アリスタはそう切り出した。アリスタは女王位を授かるとはいえ、実態としてクレリアの侍女という出自は隠せない。その地位はアランやクレリアとの関係性に基づく。だから他の家臣、特に建国の功臣を一方的に命令できる立場でもない。アリスタは女王ではある。が、このような場では自然と彼女の言葉遣いも丁寧になる。
「アリスタ様。それで、我らにどうせよと仰せなのでしょうか。」
表面上は丁寧にロベルトが問う。首都アレスを預かる彼は、クレリアの家臣筆頭として重い地位にある。彼の意見は事実上、この会議の決定を左右出来るほどだ。
「はい。皆様には両陛下の指示された通り、今のまま職務に専念していただきたいのです。」
謹直なロベルトに対して、アリスタは丁寧に言葉をかけた。
「しかし留守を預かる我らが、この星に入り込んだ賊徒を放置する訳にも参りません。各々、兵を率いてアリスタ女王の下に集うべきとそう思慮しますが。」
ロベルトは首を傾げた。そのロベルトの心理をアリスタは読み解く。ロベルトはアランやクレリア以外に頭ごなしに命令されるのは好まないはずだ。それでも、留守を預かる身としては今回の事態への対応の方がより気になるのだろう。
「私は皆様の助力を必要としています。しかし私の権限は、両陛下の指示を覆す程ではないでしょう。なんと言っても、皆様にはアラン様が委ねた大切なお役目があります。」
アリスタは参列した重臣達の顔を眺め、そう言葉を紡いだ。ここが難しい所である。アランやクレリアなら、ただ「こうせよ」と命令を出せば済む。しかし留守居役のアリスタではそうはいかない。彼女が誰気兼ねなく直接動かせるのは腹心のカリナくらいだ。また、クレリアの重臣達がが勝手に動いてもそれはそれで厄介である。
これが同じ女王でもエルナであれば展開が異なる。エルナはクレリアの功臣中の功臣として、彼らに認められ一目置かれている。クレリアとの深い関係性もあって、彼らクレリアの家臣団にサラリと自身の意図を伝えてしまえるだろう。しかし、アリスタはエルナほど器用ではない。彼女に出来る事は、誠実に疑念をぶつけて来る彼らに向き合う事だけだ。
細かな対応を等閑にせぬアリスタのその誠実さこそ、実は建国間もない帝国の屋台骨である。アリスタが今回の役目に見込まれた所以なのだが、アリスタ本人はそこまで気がついていなかった。
「なるほど。確かに賊徒如きに騒いで大切なお役目を蔑ろにしては、それはそれで問題となりましょうな。」
ロベルトは納得顔で頷いた。特に今回はアランやクレリアに既に報告が届いているという。ならば、事態は適切に管理されていると言える。重臣達は与えられた職務に専念して良いというのは、ロベルトとしても妥当な判断であると思えた。
「ええ。この度の会議は正確な情報を共有する為のものです。皆で一丸となって対処する為にも、こうして場を設けました。」
当面はアリスタが問題の対処を預かると知って、会議に参加した一同にどこかホッとした空気が流れている。
「こちらが動けばその間隙をぬって、騒乱を飛び火させられる恐れもおります。今は、各々がしっかりと持ち場を固めるべきなのでしょうね。」
武臣を代表するかのように、
「我らは連絡を取り合い緩みがないように努めるべき、と。さすがはクレリア様の信頼されるアリスタ様ですな。」
ダルシムがケニーの言葉を引き取る様にそう述べた。アリスタは協力的な者たちに対して、そっと感謝の眼差しを向けた。こうしてみると、アリスタの立場は言うほど低くもない。クレリアの侍女を務めた彼女は、謂わばクレリアの腹心である。エルナがクレリアの右腕なら、アリスタは左腕に相当する存在なのだ。これがクレリアとアランの寵愛を争う立場のウルズラ辺りなら、重臣達の反発も免れない所だ。
沈黙を貫いているものの、アランの妻の一人であるウルズラ女王もこの会議の場に同席している。つまりクレリアの家臣団はアリスタを持ち上げて、もう一人の女王であるウルズラを軽視しているに過ぎない。ただ、それが行き過ぎるのも危険だとアリスタは感じる。人類スターヴェイク帝国も人の組織である以上、その維持の為には権力の配分バランスが極めて重要となるのだ。
「しかし、アリスタ様お一人でどうされるのです? まさかご自身で兵を率いられる訳にも参りますまい。誰かに討伐役を命じられても良いかと思いまするが。」
それは良かれと思ってのロベルトの助言だったのだろう。アリスタが軍事に疎いのは恥でもなんでもない。誰か指揮者を選び、後を委ねる。それは誤った判断ではなく、むしろこのような場合の標準的な対応と言える。
「ええ。誰か将を任命して、我が兵を派遣するつもりです。ただ、それにはしばし時間を頂きたいのですわ。」
アリスタの発言に一同はどよめいた。兵は拙速を尊ぶ。これがアランであれば、既に一軍を率いて現場に急行しているだろう。アリスタはアランではないので同じ事をする必要はないが、舞台派遣に時間をかけすぎるのは好ましくないと皆が感じていた。
「…何か、お考えがあるのですかな?」
落ち着いた口ぶりでロベルトが尋ね返す。その口調でアリスタは気がついた。この老人は本当に賢いのだと。
「はい。状況の詳細が分からない点が見られます。ですので“黒き宰相の手”を既に派遣しました。私が部隊を派遣するのは、彼らが情報を持ち帰った後になるでしょう。」
アリスタの返答に、ロベルトは目を細めて頷いてみせた。
「それは的確なご判断ですな。より大勢の兵を派遣される必要が生じた際には、我らにも是非お声がけくだされ。」
「ええ。私には皆様が頼りですから。」
アリスタの対応は、どうやらロベルトからは及第点を貰えたらしい。それには派閥の論理が、ウルズラに余計な口出しをさせなかった功績が影響してそうである。
「では、我ら臣下一同は各々の守りを固めるように致しましょう。」
各地の責任者は部署を固めて警備を強化すると確認しあった。一定の結論を出して終了となる。立体映像の参加者が次々に姿を消していく。そしてアリスタとアウリジオ以外に、2つの影がその場に残った。
一人は女王エルナの腹心であるオデット、もう一人は女王ウルズラその人である。オデットはアリスタとウルズラに丁寧に会釈をすると、先に要件を話し始めた。女王同士が会話を始める前に、伝えるべき事を伝えて自分は退散しようという心づもりなのだろう。
「エルナ女王陛下は、アリスタ女王の求めに応じていつでも部隊を派遣致します。」
「そう、とてもありがたいわ。エルナ女王陛下には、よしなに伝えて。」
エルナの助力の申し出に、アリスタは笑顔をのぞかせる。エルナとアリスタは立場が極めて近しいクレリアの腹心同士だ。二人の立場がそのまま入れ替わっていて、留守位の責任者はエルナだった可能性も大いにあったのだ。エルナはその点も加味して、協力する姿勢を示しているのだろう。それはアリスタ個人に対する好意もあるだろうが、共にクレリアを補佐する立場という仲間意識こそが主な理由だろう。
「御用はいつでもお申し付けください。それでは、私はこれで失礼します。」
オデットは再び二人に丁寧に会釈をすると、姿を消した。エルナの副官を長く務めた彼女は、軍の作戦行動に通暁している。今回のように信頼できる相手を討伐に送り込みたい場合には、大いに検討に値する人物だった。
「…クレリアの臣下達は、口煩いな。アリスタもご苦労な事だ。」
オデットが姿を消すと、それを待っていたかのようにウルズラが重い口を開いた。会議中も彼女はほとんど発言をしていない。自らが発言してもクレリアの家臣団からは反発されるだけ。そう見抜いている彼女は、どこか白けたような雰囲気を隠さなかった。
「それでウルズラ様は、私にどのようなお話でしょう?」
アリスタは慎重な姿勢を崩さなかった。ウルズラは外様であり、同じ外様でもシャイニングスターのパーティーメンバーであるセリーナやシャロンといった創業メンバーとも立場が異なる。同盟者という意味合いの強い立場のウルズラは、クレリアの臣下という経歴もない。
ただアランの妻という点では、クレリアやアリスタとは共通項がある。協力を取り付けておきたいし、最悪でもウルズラに静観していて欲しい。権限的にはウルズラを無理に従わせる事も可能ではあるが、頭ごなしに命令してもきっと拗れるだけである。それに強権的な手段は、アリスタの好むやり方ではなかった。
「無論、協力の提案じゃ。」
ウルズラは微笑む。それはアリスタを籠絡し、説得しようという笑いだった。こう見えてウルズラはおねだり上手な所がある。アランやクレリアから望み通りの対応を引き出す術に長けていた。同性であるアリスタには、ウルズラの放つ女としての魅力は効果がある筈がない。ただ相手を手玉に取り望みを叶えるやり方は、ウルズラの知性を示している。それに勃興期のアランやクレリアを組む相手に選んだ以上、ウルズラの眼力は節穴ではないのだ。
「重臣を集めて会議を開くのは、さして悪い考えではない。しかし毎度毎度会議を開いていては、対応が後手に回るのではないかな。」
「…。」
痛い所を突かれて、アリスタが暫し沈黙する。今のアリスタの方法は円滑であろうとし過ぎている。その自覚もある。そもそも、アリスタの手元に切り札となる部隊があれば事後報告でも済む話なのだ。兵の装備や頭数は揃えたが、練度や指揮官に対しての自信まではない。それになんと言ってもアリスタは軍事のど素人に過ぎない。
「なに、事情は分かっておる。我が精兵を其方の望み通りの規模で派遣しよう。」
ウルズラは笑う。それはお茶会で見せるような、屈託のない笑いである。
「だから我らで手を組もうではないか。責任を分かち合おう。妾が兵を派遣し、其方に協力する。其方は会議で重臣達を抑えていれば良い。」
それはアリスタにとっても都合の良い提案である。自分の得意な調整に専念すれば良いのだ。軍事についてウルズラは経験が豊富であり、セシリオも精兵が揃っている。ただこの誘いに乗ってしまった場合の、政治的なデメリットは何か。少し逡巡して、アリスタは気がついた。
(むしろ、このままウルズラ女王を巻き込んでしまう方がいいんだわ。)
恐らくアリスタに後を託したアランやクレリアの意図は、アリスタが独断専行しない点にある。つまりこれは『協力体制を構築せよ』と言われているに等しい。だからアリスタは性格的にも立場的にも、周囲の軋轢を回避する為に慎重に対処せざるを得ない。
しかしウルズラは違う。自らの臣下を使うようにクレリアの臣下を顎で使おうとして、彼らに反発されているだろう。だからアランには『ウルズラにはとても任せられない』と判断したのではないか。
となると協力体制を構築しなくてはならないアリスタとしては、そのウルズラをも使いこなしてみなければならない。そしてウルズラも馬鹿ではない。この提案内容を発案した点だけとっても、組むに値する相手である。そう考えると、アリスタの悩みはスッキリと晴れた。協力体制の具体的な内容が脳裏に描けたのだ。軍事作戦に比べれば、折衝や調整はむしろアリスタの得意分野にあたる。そして責任は、ウルズラとアリスタで分担し合えばいい。エルナもそこに交えれば、ウルズラとの不毛な綱引きもなくなる。
「それは魅力的なご提案ですね、ウルズラ女王。それで対価として私に何をお望みなのでしょう?」
アリスタはウルズラに負けず劣らずにこやかに笑う。アリスタはアランの寵をウルズラと今は競う立場である。女王としてウルズラと位階も並んだ。序列の上下はあれど、それは式典の席次や皇帝の寝室に侍る順番などの些細な差に過ぎない。
「我ら女王同士の話し合いで、アランとクレリアの留守の対応を取り仕切ろうではないか。ただ、それだけの事だ。ああ、アランの子を授かる為に夜の日程も調整して欲しくはあるが。」
ウルズラは自らをそう売り込んでから、小さな条件を付け加える。アランと過ごす日程調整の優先権を求めたのだ。しかし、これは実は形ばかりの要求である。究極的には妻の間の調整よりも、アランの求めが優先される筈だからだ。
クレリアの重臣達にはまともに相手にされない以上、ウルズラが帝国の政治で存在感を発揮する為にはアリスタと組むしかない。だからアリスタはウルズラに見込まれ、目をつけられたのだ。性格的にウルズラを受け入れる可能性が最も高い存在はアリスタであると。そしてそれはウルズラからだけでない。皇帝たるアランやクレリアも、アリスタの柔和さを見込んだ人々に含まれるのだろう。
(ウルズラ女王を孤立させず、上手く取り込んで政治に利用せよと仰せなのですね。)
アランやクレリアの意向はきっとそんな所だろう。王女様育ちのクレリアでは、ウルズラの相手はやや手に余るかもしれない。それはウルズラもまた王族であるが故に、相手が断れぬように水を向ける話術に優れるからだ。ならばウルズラを手懐け懐柔するのは、クレリアの腹心としてアリスタやエルナに期待されている役回りだろう。厄介な王族は、王の周囲にいる者が調整する必要があるのだ。
「分かりました。女王同士として我らは手を取り合いましょう。そう、エルナ様も交えて。それでよろしいですね、ウルズラ様。」
ウルズラはアリスタに手を差し出して屈託なく笑う。本懐を遂げたウルズラの笑顔は、アリスタには意外にもどこか純粋なものに見えた。
「妾の事はウルズラと、そう呼び捨てで良い。こちらもアリスタとそう呼ぼう。アランを介した我ら女王同士は対等な関係なのだから。」
アリスタは差し出されたウルズラの手を自らの両手で受け入れた。これは立体映像である、本当に手と手が触れ合う事はない。しかし二人の女王は、ここに確かに手を組み協力を誓い合った。
「ええ。分かりましたわ、ウルズラ。」
⭐︎⭐︎⭐︎天空城城内⭐︎⭐︎⭐︎
アウリジオ少尉が解説した〈転送門〉を通じて、兵が集められていた。アリスタ、ウルズラ、エルナのそれぞれの領国からの兵である。ウルズラは自身が兵を率いて乗り込んできたが、エルナの代理は当面はオデットが務める。アリスタは些か危ぶんでいたが、カリナが率いてきた自らの兵も見た目には他の女王の兵と遜色なく強そうに見えた。
「…しかし、お父様まで来られる事はなかったのです。」
アリスタは小声でミスリルの鎧姿の父に、そう文句を述べる。アリスタの側近であるカリナと共に、父であるサイラスが意気揚々と兵を率いて到着したのだ。
「む、しかしだな。このような危険の生じた時こそ、愛する娘の役に立つべきだろう。」
口髭を捻りながらサイラスが答えた。現在サイラスはアリスタの領国の宰相の地位にある。ナタリーが身籠った以上、公爵家として彼の男系の血筋も後世に伝わる。今更、出世する為に現場で無理をする必要など何もない。サイラスがそう述べた通り、全ては娘可愛さゆえの行動なのだろう。
「お父様まで留守にしては、国の皆が狼狽えますわ。私の代理として、お父様にはどんと控えておいて頂きたいのです。」
アリスタはそう言いながらも、サイラスの父親としての愛情は感じていた。サイラスにしてもカリナにしても、剣を帯びて慣れぬ鎧を身につけてこうして駆けつけてくれる。後方で控えていれば良い今回は、別に命の危険が生じる様な危地ではない。しかし仮に命が危うい状況であっても、この二人はアリスタと運命を共にしてくれるだろう。
「ん、そうか。だが、折角だ。今回こそは俺が将軍役を、だな。」
諦めきれない様子でサイラスが指揮権をねだる。アリスタは焦った。天空城はアランの権威を表す場だ。サイラスが差し出口で指揮を取ると、後に禍根を残しそうな場所である。代理の自分はいいが、代理の代理が口を出すと後でアランに叱責をされかねない。父親を愛するが故に、アリスタはサイラスを説得した。
「駄目ですよ、お父様。それは領内の盗賊狩りなど別の機会になさってください。勝手をしては、私がアラン様に叱られます。」
「む、そうか。」
サイラスとしても娘の立場を悪くするのは本意ではない。渋々、という様子で引き上げにかかる。転送門に戻り姿を消す。そのサイラスの後ろ姿を見送って、アリスタとカリナは視線を交わし合った。
「困ったお父様ね。」
「アラン様が御不在という事もあり、サイラス様もアリスタ様を心配されているのです。」
サイラスの本来の想いは、アランに娘を託したというものだ。だがそうであると同時に、夫の留守を預かるアリスタの立場もサイラスは理解できる。張り切り過ぎてしまうのも、けして私利私欲の為ではない。アリスタは父の愛を重く感じながらも、素直に感謝する気持ちはあった。ただ全てが完全なる無欲と言い切れないのが、野心的なサイラスの困った点ではあったのだけれど。
「それでカリナ、この者たちは?」
サイラスが無事に国元へ去った事を確認したアリスタは、ようやく自らの前に膝をつき声をかけれるのを待つ二人の騎士へと向き直った。
「アリスタ様にお仕えする騎士のマティアス・ヴォルカと、女騎士のイヴェリナ・ドラゴミールです。今回の部隊を率いる為に、選び抜かれた精鋭です。」
「そう、それがこの者達ですか。許します、顔をお上げなさい。」
騎士二人が顔を上げる。天空城に呼び出されて、些か緊張した面持ちだった。その顔つきを見て、アリスタは密かに部下の採点を行う。
(二人とも顔つきは、真面目そうね。私の指示に忠実に従ってくれるなら、良しとしましょう。)
マティアスは中肉中背の剽悍そうな優男だった。黒髪を編み込んでおり、その目つきが鋭い。ロージャ将軍の部下では若手であっても、名の知られた騎士である。対するイヴェリナはマティアスよりも大柄だ。軍で名を馳せる女騎士ともなると、並の男より大きな身体が必要なのだろう。しかし騎士としてはマティアスに劣り、平凡な能力であると聞く。彼女がこの場に呼び出されたのは、主にアリスタと同性である事が理由だ。イヴェリナなら、マティアスが同席が不可能な場所に立ち会う機会もあるだろう。
「マティアス、それにイヴェリナ。貴方達は新参であれど、私が期待する臣下です。よくよく頼みましたよ。」
アリスタは懇ろに声をかけた。マティアスにせよイヴェリナにせよ、採用にあたってはダルシムやヴァルターの面接をくぐり抜けている。ロージャの部下という出自でなければ、引くて数多の人材なのだ。これという武臣のいないアリスタに任せられたのは、彼らにも幸運ではある。さしたる武臣がいないアリスタの騎士となる方が、活躍の場も得られるし出世も早い。彼らは、互いに互いの存在を必要としていた。
「貴方達の今後の処遇は、今回の働き次第です。忠勤に励みなさい。」
アリスタの筆頭家臣として、取り繕った表情のカリナが声をかける。二人の騎士はカリナにも素直に頭を下げて見せた。それはカリナもまた、有名であり高位の女性だからだ。カリナはアリスタの側近であると共に、アランの寝室に侍る権利を保持している。権力の只中にあるこの二人の高貴な女性に対して、マティアスとイヴェリナは闘志と決意を秘めて忠誠を示す為に平伏していた。
⭐︎⭐︎⭐︎ノイス駅構内⭐︎⭐︎⭐︎
蒸気機関車の重々しい汽笛が、まるでドラゴンの咆哮のようにノイスの鉄道ターミナル駅構内に響き渡る。客車に充満していたゲリラの増援部隊は、人気の少ない構内に一様に警戒の色を濃くしていた。プラットフォームには、普段なら雑踏をなすはずの商人や旅人の姿がない。駅員の姿もなく、静寂が不気味に漂っている。この星を初めて訪れる彼らでさえ、終着駅が示すこの光景が異様なものだと気がついた。
ゲリラのリーダーであるグレイナードは鋭い眼光で周囲を睨み、鼻先に漂う油と煤の匂いの中で何か異変を嗅ぎ取った。
「全員、配置につけ。罠の匂いがするぞ。」
グレイナードは低い声で部下に命じ、自身もパルスレーザーライフルの安全装置を外した。部下たちも素早く散開した。客車を降りた者達が、駅構内の柱や貨物コンテナの陰に身を隠す。彼らの装備は旧人類銀河帝国の一流の装備品であり、帝国が解体された今もその精緻さを失っていない。取り付けられたセンサー類も、透明化したドローンさえ探し出して撃ち落とすほどの精度を誇っていた。
その時、突如として空気が震えた。
「来た!」
先行したゲリラの一人が叫んだ瞬間、駅の三方向——東、西、北の出入り口から騎士たちが一斉に突入してきた。それぞれの部隊は魔石を動力源とするパワードスーツに身を包み、魔法の槍や剣を手にしていた。彼らに違いがあるとすれば、鎧の上に纏う外套がそれぞれ一色に染め上げられていた事だ。赤、緑、青、光の三原色を示すその色は三人の女王に仕える兵である事を表している。
オデットはエルナ女王の兵を率いて東側から進軍した。彼らの纏う外套の色は赤である。それはエルナの赤い髪色を思わせる。
「第一陣、右翼を固めなさい。敵のセンサーは正確よ。隠れても無駄。鎧が防ぐと信じて、正面から叩く!」
彼女の部下が掲げるミスリルの槍が、一斉に客車へと放たれた。ミスリル製の槍は射出装置に取り付けられた魔石のエネルギーで、鋼鉄の壁を紙のように貫いた。全てのゲリラが客車外に逃げ延びた訳ではない。客車内で待機していたゲリラが悲鳴を上げ、貫かれた身体が血と煙を上げて倒れる。
「くそっ、あんな攻撃で!」
槍などという程度の低い武器が、自分達の脅威であることにゲリラは憤慨した。しかし鋼鉄さえ貫通するミスリルの槍は、存在それ自体が魔法に等しい。しかも莫大な運動エネルギーを与えられて放たれた質量兵器であり、しかもその加速は速やかで命中精度も高い。即死しないまでも、串刺しされればまず動けずに戦闘不能となる。
展開したゲリラ達がパルスレーザーライフルを構え、反撃を試みる。レーザーがオデットに向かって放たれるが、魔法の鎧がその一撃を弾き返した。キーンという衝撃波が空気を揺らす。パルスレーザーは質量がない故に、その威力を防がれると相手にはまるで損害は与えられない。
オデットは自ら槍を手に、軽やかな動きで続くゲリラの射線を避けると、瞬時に間合いを詰めて最寄の敵に槍を突き立てた。持ち前の俊敏さもあるが、魔石パワードスーツのパワーアシストが可能にした力強い動きだ。
「無駄よ。貴方たちの技術は我々の魔法には敵わないわ。武器を捨てて降伏するのなら、生かしておいて上げる。赤の女王に降伏なさい。」
鋭い槍の切先が、ライフルを保持するゲリラの右手首を撥ね飛ばす。続けてオデットが相手の太腿を槍で貫く。足で自重を支えることができず、そのゲリラは悲鳴を上げてうつ伏せに倒れた。
西側では、ウルズラの副官アヒムが獰猛な笑みを浮かべて兵を統御していた。青い外套を纏うセシリオの騎士達の陣頭に立つのは、女騎士セラフィナだ。彼女は部隊の先頭に立ち突進していた。セラフィナが魔法の剣を振るうと、ゲリラは簡単に切り裂かれた。ゲリラにはまともな鎧もなく、金属の剣も持たない彼らは脆弱である。光るだけのコケ脅しの武器を用いても、魔石パワードスーツがあれば何の脅威でもなかった。
セラフィナは魔法の鎧が与えてくれる力を上手く用いて、触れるもの全てを切り裂いていく。ゲリラが放ったパルスレーザーは、セラフィナの鎧に弾かれてただ淡い光芒を放つのみだ。
「はっ!その程度の光線で我々を止められると思ったか?」
馬鹿にしたように相手を詰るセラフィナは剣を振り上げ、客車の側壁を一刀両断した。鉄と木材が爆音とともに崩れ、隠れていたゲリラの姿が露わになる。彼らは慌ててライフルを構えるが、セラフィナの部下が放つ魔法の槍が次々と彼らを串刺しにした。
「逃がさんよ、虫けらども!」
セラフィナの剣が弧を描き、ゲリラの首を刎ねる。その動きは優雅でありながら残忍で、正に戦場を往来する死神そのものだ。彼女の部下たちもセラフィナの生み出した勢いに乗り、ゲリラを次々と血祭りに上げていく。『ゲリラを生かして捕らえよ』そのような指示が出ていた筈ではあるのだが、今のセシリオの騎士達は簡単に倒せる敵の血に酔いしれていた。
北側では、アリスタの新たな騎士であるマティアスとイヴェリナが協力して進軍していた。彼らの外套の色は緑である。マティアスは努めて冷静沈着に、そして戦術的な動きで部下を統率する。一方、イヴェリナは大柄な体躯を活かし、逃れようとする敵を押し留める役を担っていた。
「イヴェリナ、左翼を見ろ! 敵が密集して逃れようとしているぞ。」
マティアスの叱責に、慌てた様子のイヴェリナが応じる。包囲の綻びを塞ぐべく立ちはだかった彼女の魔法の鎧は、逃げ口を塞がれまいと火線を集中するゲリラのパルスレーザーを次々と弾き返す。どれほど攻撃を集約しようとも、ゲリラは騎士達の包囲を突破できないでいた。
「こいつら、しぶといわね!」
イヴェリナは槍を構え、電磁ブレードナイフを構えて突進してくるゲリラの一人を跳ね飛ばす。電磁ブレードナイフは、魔石パワードスーツに対しても有効な武器だ。しかし、携行性を優先しただけに得物の長さは短い。対して、イヴェリナの槍は長い。それでいて重さを感じぬほどに軽く、繊細な動きを可能とする。その技術は、電磁ブレードナイフを持つ敵を相手に遺憾無く発揮されていた。
マティアスは後方から状況を俯瞰し、包囲網にこれ以上の漏れがないように部下に的確な指示を出す。
「青の女王の兵は押し込みすぎだ。我らはその分、引く必要がる。引いて空間を作り、そこに敵を押し込めて一兵も逃すな。」
青、赤、緑で所属部隊を色分けするのは、寄せ集めを機能させる戦術だ。この細やかな試みは成功していた。新参者同士で、他国の国名や他の女王の名前さえ知らない兵が多い。同じ国の所属の兵でさえ、新たに編成されて顔に馴染みがない者が混じっているのだから。そのような未熟者を適切に管理するのに、色による識別が有効だった。
アリスタからは、作戦の成功をもって功績とする事を明示されている。通常と異なり、敵を倒すのは当然であって数を誇る事ではないとされた。全兵がその指示を受けている。そつなく無駄なく動くのが赤の女王を称するエルナの兵である。同じ指示を受けているのに、予定より踏み込んでいるのが青の女王を称するウルズラの兵である。両者の均衡を図る緑の女王アリスタの兵は、ここで引いて見せて全体のバランスを測る必要がある。今は、赤の兵も青の兵も攻撃を激しく加えている。それが、緑の側にゲリラだけを追い立てる結果となっていた。
緑の兵が引いた事により、僅かな空間が生じた。客車内にいた無関係の乗客が悲鳴を上げながら、包囲の隙間から逃れようと開けた空間に殺到する。そしてゲリラはその流れを利用して客を巻き込んで、与し易しと見たイヴェリナへ向けて殺到している。それを横から狙う形のマティアスは冷静にその動きを計算に入れ、部下に命じた。
「民間人を巻き込むな。倒れた者には
後で回復すれば済むとばかり、客も巻き込んだ騎士の攻撃でゲリラは続々と仕留められている。しかし致命傷を与えずにゲリラを間引くのは、それなりに時間を要する。戦闘は人類スターヴェイクの優位が確定しつつも、長期化しつつあった。
その頃、ゲリラのリーダーであるグレイナードは戦闘の混乱を察知し、素早く行動に移っていた。彼はプラットフォームの端で手引きする現地の協力者の案内で、この窮地から逃れようとしていた。
「ここだ、急げ!」
協力者の男が、カーペットを捲り上げると床下に続くメンテナンスハッチを開ける。グレイナードは這うようにしてその中へ滑り込む。背後では、部下たちの悲鳴と血が飛び散る音が響いていたが、彼は振り返らなかった。後に続く者がいれば、この逃走ルートが露見する。だから今は自分だけが逃げるべきだ、とグレイナードはそう考えていた。
「こんな場所、本当に大丈夫なのか?」
汽車の床下でグレイナードは訝しむ。汽車の車輪の下は、いかにも危うい場所に思えた。しかし現地人の男は騒乱の渦中で、歯を見せて笑う。
「魔法の鎧の騎士は、狭い場所には潜り込めまい。汽車の構造にも疎いから、ここなら当面は気づまれまい。」
「お前は、汽車の構造に詳しいのか?」
怪訝に思ったグレイナードは問うと、男は肩をすくめて答えた。
「敵国の兵は、降伏後に汽車の軌条を敷く仕事をやらされた。それなりに詳しくもなるさ。」
「そうか…。」
男の言葉に篭る実感に、グレイナードも頷く。
「さ、戦闘が終わらぬうちに抜け出すぞ。このまま這って進む。ホームの陰に隠れれば、騎士達には見つからないはずだ。宙を舞う使徒の対策は任せるぞ。」
「ああ、使徒は問題ない。こちらで対処する。」
グレイナードは自信を見せてそう返答してから、男に続いて匍匐前進を開始する。汽車が動き出せば忽ち轢かれて死ぬ。もしも死の運命を逃れられたとしても、すぐに居場所が明らかになりそうだ。しかし戦闘が続く限り、汽車が動く心配はまずない。
「帝国の犬どもめ…次はお前たちがこうなる番だ。」
グレイナードは暗い床下で歯を食いしばり、復讐の炎を胸に秘めた。
お待たせしました、お約束していた外伝作品です。
人類スターヴェイク帝国の支配体制構築の過程を以前から書きたかったのですが、結果としてアリスタが留守番として奮闘する内容となりました。敵勢力は、ゲリラとして入り込むというのは以前から考えていた内容です。ただバグスと戦ってる最中だと話があっちこっちしてしまうために、外伝として整理しました。
後編がいつ頃になるかは分かりませんが、まだ一行も書いておりません!!
久しぶりだったからか、今回書き上げるのに結構時間を要しました。毎週一万字を超えていたのは遠い昔です。ですので、早く書けたとしてもお盆頃になるかと思います。遅くなる場合には・・10月までにはなんとか。