【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる)   作:高坂 源五郎

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外伝1 女王アリスタの試練(後編)

外伝1 女王アリスタの試練(後編)

 

【地下牢】

 

ノイスの駅で捕らえられたゲリラたちは、数名ずつ冷たい地下牢へと押し込められていた。

そこは苔むす石壁に鉄格子が嵌められた、中世の牢獄そのものである。床は石造りで、干し草を敷いても体温を奪い去る。用を足すための穴が壁際に掘られており、そこからは湿った水路の匂いが風に乗って漂ってきた。

 

薄暗いランプが天井で揺れるだけのその空間に、文明人を自負する彼らは肩を寄せ合い、訪れるはずのない希望を求めて目を光らせていた。

 

永劫に感じられる程の時を経て、変化が生じた。牢獄を閉ざす重い扉が軋み、新鮮な空気が流れ込んだのだ。少しでも外気に触れようと、囚人達が鉄格子に群がる。

 

そんな薄暗い牢獄の中にまるで光を纏ったようにエリアン・カレイド――カレイド卿が現れた。地上への戸口に立った彼女は、背後に強烈な真昼の太陽の光を背負っている。階段の上に立っていて、囚人からはスラリとしたそのフォルムがよく見えた。髪を短く刈り込んだ彼女は中性的な容姿で、本当に男であるようにしか見えない。それでいて、彼女は周囲に強烈な色気を放っていた。

 

豹のようにしなやかな足取りで、カレイド卿は階段を降り始めた。女性で統一された護衛や文官がその後に続くが、囚人達は他の女には目もくれなかった。彼らはただカレイド卿を目で追い続けていた。

 

カレイド卿は軍の要職にある歴とした指揮官の一人である。その地位は高く、自ら地下牢に足を運ぶ必要などない。しかしそうでありながら、本日この瞬間の彼女の役目は拷問吏のようなものだ。アリスタ女王の依頼で、ゲリラの秘密を聞き取りに来たのだ。カレイド卿に付き従うカリナが、素早く尋問の対象者を決めていく。

 

「閣下。それではあの者からお願いします。」

 

鷹揚にカリナに対して頷いて見せたカレイド卿は、どこか素直な様子で指示された牢獄の前に立った。囚人達は鉄格子の前に押し寄せ、そんな彼女の一挙手一投足に注目している。それはまるでカレイド卿の放つ磁力に捉えられたかのようだった。彼らは実際に、カレイド卿の放つ強力なフェロモンによってその心を鷲掴みにされていた。

 

「皆様、こちらがかの高名なカレイド卿です。本日はカレイド卿が直々に取り調べを担当されます。あまり時間をかけられませんので、聴取には協力を。」

 

カリナがカレイド卿の身分を囚人と看守に告げる。それまで知らなかったカレイド卿の名が、捕虜達の心に染み渡る。看守達には奇妙に感じられる程、捕虜達は静かだった。暴動の気配も抵抗の気配も不服従の兆候もない。カレイド卿が鋭くその視線を走らせるだけで、捕虜達はただ従順にひれ伏した。

 

カリナに命じられて、看守がカレイド卿の進む先の牢獄の戸を開く。護衛が牢内へと雪崩れ込み、跪いた捕虜とカレイド卿の間に立つ。その間、カレイド卿は言葉を発してはいない。ただ女優のように微笑みながら、制圧された牢内へと静かに足を踏み入れた。

 

「さあ、始めよう。」

 

低く甘い声が響き、フェロモンの香りが漂う。その甘い霧は鉄格子を潜り抜け、隣接した周辺の房内の捕虜たちの心をもざわつかせる。護衛はフェロモンの影響に陥らないように男性である看守達をその場から遠ざける。カレイド卿はその能力で男達の肉欲を誘いながらも、近寄り難い神聖さを彼らの心に刻み込む。こうしてカレイド卿は、その場にいるだけで絶望に沈んでいた地下牢全体の空気を一瞬で変えてしまった。そして鉄格子の外から、カリナが書類をめくり事務的に一人の捕虜を指差す。

 

「では、この男からお願いします。」

 

護衛の手で、選ばれた男が手前に引き出される。抵抗する素振りがないのは、自分が選ばれたと知っているからだ。カレイド卿に、目の前の女神に近づけるのに抵抗する筈がない。選ばれた捕虜の服は戦闘でボロボロに破かれている。初めて彼は、そんな見苦しい自分の姿を恥じた。そして目の前の美女を前に、膝を震わせた。カレイド卿は捕虜全員の視線を一身に集めながら、まるで女優のように微笑む。そうやって注目を集め、場の支配を確立する。

 

「きみ、名前は?」

 

低く問いかける声に、男は従順に答えた。

 

「…ロラン…」

 

カレイド卿は優雅に手を伸ばし、ロランの顎に指を這わせる。僅かにフェロモンが流れ込み、彼の身体は顎に触れられただけで快楽のさざ波に震える。彼女の指が頬を滑り、首筋をなぞる。優雅なその動きは、鉄格子の奥の捕虜たちに見せつけるように身体を置いた角度まで計算されていた。

 

「それでは、お前達の計画を話せ。」

 

フェロモンを漂わせるカレイド卿は存在そのものが眼福であり、彼女にただじっと見られているだけでも興奮する。そんな相手に触れられて、虜となった者が秘密を保てる筈がない。ロランは他の仲間の潜伏場所、武器の隠し場所、作戦の全貌に至るまで知り得た全てを吐き出す。囀っている間は、カレイド卿の視線を自分だけに集めていられる。カレイド卿の視線を浴びる快楽。彼は刹那の触れ合いで、瞬時にその悦楽を叩き込まれていた。

 

重要そうな情報を得る度に、カレイド卿の指がロランに触れる。彼女に触れられるたびに、ロランの口からは恍惚の吐息が漏れた。そして仲間達の羨望が彼に集まる。秘密を全て吐き出したロランは脱力して地に伏せる。彼の身体は、もはやこれ以上の刺激に耐えられないのだ。女神に祈る信者のように、ロランはただカレイド卿への感謝を呟く。供述の全てを書き留めたカリナがカレイド卿と視線を交わす。彼女の目は、『次の捕虜を』とそう要請していた。

 

「ありがとう。」

 

カレイド卿は、最後に礼を述べると一際濃厚なフェロモンを放ってその場を離れた。護衛が男を他の捕虜達の列に押し込む。その間に手早くカリナと相談を済ませたカレイド卿は、より重要な秘密を知る者がいないか虜囚達に問いかけた。

 

「さて、次は誰?」

 

低いカレイド卿の声は、フェロモンを纏い誘うように響く。捕虜たちは我先にと叫ぶ。

 

「俺だ!」

 

「俺が何でも話す!」

 

カリナが次の男を指名し、護衛が選ばれた男を引き出す。カレイド卿は同じように尋問を進めるが、その動きは常に全体を意識している。彼女の視線は捕虜一人一人を捉え、指の動きは全員に見せつける。そして彼女に触れられた男たちは次々と秘密を吐き、フェロモンの波に飲み込まれ感謝の言葉を口にしながら恍惚に沈む。

 

捕虜たちは、もはや個々の意志を失い始めていた。フェロモンの香りが彼らの心を侵し、男達の抱く全ての抵抗を溶かす。囚人達は今この瞬間しか感じる事が出来なくなっている。そして彼らが生かされるこの瞬間に熱望するのは、カレイド卿の事だけだ。彼女の視線を浴び、触れられ、その関心を独り占めしたい。その衝動に突き動かされて、ゲリラ達は大人しくカレイド卿に触れて貰える瞬間を待ち続けていた。

 

何かを知っていそうな者達の尋問は終わった。カリナが書類を閉じ、事務的に宣告する。

 

「尋問はこれでもう十分です。」

 

カレイド卿は満足げに頷き、踵を返す。鉄格子の奥の捕虜たちは、彼女の背中を見送り吐息を漏らした。そして一瞥もくれない彼らの女神にひれ伏し、再訪を心の底から祈る。

 

「カレイド卿…」

 

虜囚達の祈りの呟きが唱和のように牢内に響き渡った。それはまるで聖堂の祈りのようだった。カレイド卿に触れられた者も触れられなかった者も、等しくフェロモンの余韻に溺れた。去り際のカレイド卿は、一際強烈なフェロモンを放ってから地下牢を去ったからだ。僅か一時間に満たない滞在で、虜囚達は彼女を女神として心に刻んだ。悪夢の舞台のような地下牢は、実際に彼らの女神の降臨した場として虜囚達の認識を上書きしていた。

 

 

【調整】

 

 

そこは天空城の一角だった。静寂に満ちた大部屋の中央に、円卓と椅子が三つだけ並んでいる。そこに座しているのは、現在の人類スターヴェイク帝国を預かる三人の女王、ウルズラとエルナとアリスタである。彼女達はゲリラ掃討作戦を経て、最新の情報を共有し合う為に一堂に会していた。

 

アリスタが手を挙げ、会議の開始を告げる。彼女の声は穏やかだが、場の支配を確立する力強さを秘めていた。

 

「皆様、まずは捕虜の数を確認しましょう。カリナ、報告を。」

 

カリナが書類を広げ、淡々と報告する。

 

「捕虜の数はアリスタ様の部隊が382名、エルナ様の部隊が318名、ウルズラ様の部隊が198名です。合計で898名を確保しました。」

 

「敵は千名の隊と聞いています。取りこぼしがいなければ残りが死者ですね。少し、殺し過ぎの部隊がいたのでは?」

 

ウルズラを咎めるようなエルナのその言葉に反応して、ウルズラは眉をひそめると軽く舌打ちする。そして言い返した。

 

「私の正面は敵の本隊だぞ。数も火力も桁違いだった。お前たちと同列に比べるのは無理がある!」

 

エルナは涼やかに微笑む。

 

「言い訳を並べるのは簡単ですわ。結果がすべて、そうではなくて?」

 

「ぐっ……!」

 

ウルズラの拳が机を打ち、場が一瞬凍りついた。

 

「それにアランは、敵の生命とて蔑ろにしません。」

 

エルナが武人としての誇りを込めて、ウルズラにそう言い返す。一方的な虐殺はアランやクレリアの好むところではない。二人の意向を理解するエルナとしては、ウルズラの基準はやや殺しすぎに思われる。エルナに釣られた形で、アリスタも自分の価値観に沿って口を出す。

 

「捕虜は労働刑を科せば鉱山で使役出来ます。囚人も軽視できぬ労働力です。それに生かせば情報も得られましょう。」

 

ウルズラが二人の女王に嗜められるという劣勢を覆すべく、口を開く。今は認めるべきは認めて、議論を先に進めたい。

 

「その通りじゃな。鉱山で働かせるなら捕虜は多い方が良い。こちらに被害が出ない範囲で我が部下に努力はさせよう。だが、今の問題は捕虜の数ではない筈じゃ。捕らえた者から何を得たかであろう。それで、尋問の結果はどうなっているのじゃ?」

 

アリスタがウルズラの視線を受け流すように振り返ると、背後のカリナに視線を向ける。アリスタと視線を交わして、報告を終えて下がった形のカリナが再び前に進み出る。

 

「アリスタ様の指示で尋問は行われました。ゲリラの潜伏場所、武器庫、作戦の概要――全てを聞き出しています。ただこれらは全て既知の情報に留まっております。」

 

ウルズラが目を細める。

 

「何? 捕虜をこれだけ捕まえたのに、何も新しいことは得られなかったというのか?」

 

エルナは冷静に答える。

 

「落ち着いて、ウルズラ。それはおそらく、〈宰相の黒き手〉が先に核心情報を掴んでいた為でしょう。その裏付けが取れたと、そういう話ではないかしら。」

 

ウルズラが腕を組み、唸る。

 

「なるほどな。流石はイーリス宰相の手の者ということか。だが、尋問は誰が担当したのじゃ? 尋問は人権とやらに配慮して手緩かったのなら、その手際の悪さこそが問題となるであろう。」

 

アリスタが静かに口を開く。

 

「尋問についてはエリアン・カレイド卿にお願いしました。彼女の能力なら、虚偽の情報が入り込む可能性は低いと考えています。」

 

カレイド卿の関与をアリスタから知らされて、ウルズラもエルナも暫し沈黙した。そして先にエルナが口を開く。

 

「エリアン? カレイド卿のファーストネームを知っているとは、アリスタは随分とカレイド卿と親しいようですね。」

 

エルナの声には、隠し切れない驚きが混じる。カレイド卿の存在も能力もこの場にいる全員が承知している。しかし、カレイド卿のエリアンという名前はこれまで秘密にされていた。それを知るほどの関係は、アリスタの影響力の深さを示していた。この場に同席しているウルズラの側近のアヒムも驚いたように目を瞬かせた。アヒムの気配に押されるように、ウルズラが不服そうに唇を尖らせるとアリスタを追及する。

 

「カレイド卿を尋問に? ルミナスの臣下である彼女をどうやって動かしたのじゃ、アリスタ? 」

 

それは他の女王に対する越権ではないか、と言いたげなウルズラに対してアリスタはただ穏やかに微笑む。

 

「カレイド卿は私の依頼に個人として快く応じ、協力してくれただけです。それにあの方の能力は、今回のような急ぎの尋問でこそ役立てられる能力でしょうし。」

 

ウルズラがやや冷ややかに続ける。

 

「ふむ、エリアン・カレイド卿とな。ルミナスを介さずに彼女を動かしたのなら、報酬の支払いが高くつくのではないかな。」

 

ウルズラがアリスタを見る視線は鋭い。アリスタがカレイド卿と連携してみせたこと、短時間でそのような関係を築く影響力は軽視出来るものでは無かった。だがアリスタはウルズラの視線に動じず、軽く首を振る。

 

「カレイド卿への報酬については、私の責任で交渉を行います。私達三人の影響力を行使すれば、問題のない範囲となる予定です。それより今後をどうするかの話し合いを優先すべきではないでしょうか。」

 

最初の作戦にアリスタは自信を深めているように見えた。ウルズラは不満げに鼻を鳴らすが、特に口を挟まなかった。エルナも懸念を感じているようだが、ここではアリスタを援護する構えか懸念を口には出さないでいる。

 

「それで、アリスタはどうしようというのです?」

 

エルナが率直にアリスタの存念を問うと、アリスタが即座にその質問に応じた。

 

「まず捕虜の管理ですが、対処は各地に分散させましょう。重臣方にそれぞれ数名ずつ割り当てて、管理を依頼します。一箇所に数名ずつならば、通常の盗賊などと同じ。管理にはさほど手間はかからないでしょう。」

 

アリスタは守護星(サテライト)を含めた重臣が捕虜を管理する案を披露した。移動は〈転送門〉を駆使すれば障害にならない。各地に数名ずつの割り当てなら、捕虜の負担が行政の処理を圧迫する心配はない。

 

「彼らにも働かせるのは賛成じゃ。何よりこちらの手間を省けるしな。」

 

ウルズラが軽く笑う。広く巻き込む事で、責任は軽くなり報酬も分散される。さほど手間ではないのなら、有力な皇帝臣下の大勢を巻き込んでゲリラに対応したと一体感を出してもいいだろう。エルナも肯定の為に頷いた。そして問い返す。

 

「それで、拠点を築いて今も扇動を続けているゲリラの残りはどうするのです?」

 

「残ったゲリラについては、送り込んだ〈黒き宰相の手〉に一度委ねます。情報を得るほど深く入り込んでいるのです。一網打尽にする為にも、彼らに総攻撃の時期を計らせましょう。暫し、私に時間をください。」

 

「いいでしょう。」

 

「ふむ、これで決まりじゃな。」

 

エルナとウルズラが賛意を示した事で、会議は一決した。後は捕虜の移送についての細々とした割り当てを済ませ、この調整の場は終了となる。

 

アリスタとカリナは、カレイド卿と報酬の話を確認する為に一時退席する。報酬の件を審議して、本日は終了となる予定だ。アリスタ達の足音が遠ざかると、広間に残された者達の間を微妙な静寂が漂う。

 

オデットを引き連れたエルナは窓辺に近づいた。窓の外では、天空城の周囲を浮遊する雲が太陽の光を反射して煌めいていた。ウルズラがアヒムに目配せし、ゆっくり立ち上がる。ウルズラはエルナ達へと近づき、静かに切り出す。

 

「今のままでは、緑の女王こそが我ら三名を代表する存在となりかねんぞ。」

 

エルナの目が少し驚いた様にウルズラを見つめて瞬く。そしてエルナも、ウルズラの漏らした危機感に共感した。

 

「ええ。カレイド卿まで駆り出すなんてね。随分とアリスタの影響力を軽く見ていたと、私も反省しました。」

 

エルナの同意を得て、ウルズラの視線がスッと細くなる。

 

「ここは我らが協調すべきであろう。そうすればアリスタがどれだけ突出しようと、均衡を崩させる事はない。どうじゃ?」

 

ウルズラの性急な申し出を、エルナが微笑を浮かべて了承する。

 

「そうですね。我々三人はそれぞれ得意な領分があります。互いに協力し合い、成果は平等に。それでいいのではないかしら。」

 

今回アリスタが活躍したにしても、それはあくまで三人の協力の枠組みがあってこその話だ。だから彼女達は対等であるという建前を押し通し、アリスタ個人の成果としてはならないだろう。

 

「あくまでも全ては協力の成果です。だからこの三人の協力こそが肝要です。そうでしょう?」

 

「ああ。我らは共に働き、共に成果を得る。どこまでもその関係を突き詰めなくてはならんな。」

 

エルナとウルズラは危機感を共有する者同士として、視線を交わし気脈を通じ合う。彼女達がアランの妻であり続ける以上、関係性の破綻はあり得ない。協調してい為には、平等という建前がいる。これは三すくみの関係である。誰も突出させない事で、体制を安定させる。負担も成果も平等にする事、それこそが協力の継続に必要である。エルナとウルズラはアリスタの影響力を警戒し、暗黙の内に盟約を交わした。

 

 

【ボスの帰還】

 

 

ノイスの都市圏内にゲリラの拠点がある。数軒の集合住宅や工場跡地を武力と財力の双方で占拠した空間だ。最低でもパルスライフルで武装したゲリラは、ノイス伯の私兵では太刀打ちが困難な武装集団である。彼らのアジトには金や食料で扇動された流民が流れ込んで、大きな勢力を構成している。

 

アジトの留守を預かるのは、アイナという名前の女幹部である。ボスとされるグレイナードに権限は及ばないが、革命を標榜する同志として幹部の地位にある。彼女の役目は非戦闘員の組織化であり、浮浪児や出稼ぎ労働者を懐柔する手腕で知られていた。

 

アイナは長い黒髪を無造作に束ね、鋭い目つきで入り口を見つめる。そこにはペーターに導かれたグレイナードが兵を連れない敗残者として到着していた。

 

「グレイナード、自慢していた増援は一体どうなったのです?」

 

そう質問を投げかけながらも、アイナの声には既に事情を悟ったかのように失望が滲んでいた。到着する予定だったのは兵士だけではない。彼女が流民達に約束した武器、食料、貴金属――その全てがグレイナードの率いる部隊によって運ばれるはずだったのだ。この損失はアイナ個人の奮闘では埋め難い。

 

だがグレイナードは何も応えず、煤で汚れた顔を桶の水で洗った。そして苛立ちを隠さずに答えた。

 

「部下は全滅だ。帝国の騎士にやられた。」

 

アイナの目が細まる。

 

「全滅? こんな未開の惑星の兵士など一捻りだと、あれほど豪語していたではないですか。」

 

「それはパワードスーツ部隊を率いていれば、の話だ。目立つからと部隊の派遣を取りやめにした経緯は、お前も知っているだろう。」

 

そしてグレイナードは一歩踏み出し、声を荒げた。

 

「お前こそなんてザマだ。現地の協力者の懐柔が聞いて呆れる。」

 

グレイナードの指し示した先には、彼らが使っていた倉庫がある。倉庫にうず高く積まれていた物資は、今ではほぼ空になっていた。その理由の半分は、アイナが気前よく流民に振る舞ったせいだ。もう半分は、約束された物資も兵隊も来ない事で現地の民に見捨てられた結果だった。倉庫は地元の流民達が去る際に、大規模な略奪を受けていた。そしてアイナは、流民の反感を買うのを恐れてろくに制止しなかったのである。

 

「これでは、到底立て籠もれないぞ。今夜の食事にも事欠くのではないか。」

 

グレイナードの非難する口調に、留守を守った自負のあるアイナは冷笑を浮かべる。

 

「貴方がそれを言いますか。物資も兵も貴方が連れて到着する筈だったんです。それが失敗したから、なんとかある物で私が皆を説得してみせたのでしょう。」

 

「何をいうか。同志が到着していても、これでは食事さえ与えられなかったじゃないか。」

 

「その同志がもう到着しないからこそ、です。私は仕事を果たしています。結果として状況が悪化したように見えても、それは過程に過ぎません。しかし貴方は、せっかく集った千人もの同志達を喪失したのですよ。」

 

口論する二人の視線が火花を散らす。平行線のまま、議論は膠着した。グレイナードもアイナも、お互いそれぞれ正しさを主張して譲らない。そして失敗の度合いは、グレイナードの方がやや大きい。それはボスの地位にいるグレイナードも、認めざるを得ない現実である。

 

幹部の言い争いに、ゲリラ達がざわつく。主力のパワードスーツ部隊の士気にまで影響しそうである。それを危惧したアイナが攻撃を緩める。その隙にペーターが二人の間に入り、静かに口を開く。

 

「今は内輪揉めしてる場合ではないと思うが。」

 

「誰ですかこれは?」

 

見知らぬ乱入者の存在に、訝しげにアイナが尋ねる。グレイナードは舌打ちし、壁に凭れかかった。そして冷静さを取り戻そうと気を沈めてから、ペーターの紹介を行う。

 

「俺が見つけた協力者だ。流民とは違う、本物の反スターヴェイク派の戦士だ。」

 

「そうですか。」

 

それを聞いたアイナもまた、深く息を吐いて冷静さを取り戻そうとした。言われなくとも、協力の重要性は熟知している。ある程度にガス抜きは必要とはいえ、幹部同士が結束しなければ共倒れになりかねない。表面上だけでも今は関係を修復する必要がある。

 

「食事の件は心配はいりません。人数分の食事は用意させています。流民はああ見えても、義理堅いのですよ。」

 

アイナは説明する。備蓄食料は配ってしまったが、それは現地の住民から食料供給を受けるあてを得たからだ。当面の食糧供給を受ける手筈は整っているのだ。

 

「今夜の食事は、千人は余分に用意されている筈です。まあ、流民の数は多いのでその分は振る舞いに回して民を手懐けましょう。」

 

ゲリラの幹部達は事態を打開すべくそのまま協議を重ねた。作戦を修正しつつ、協力する体制を取り戻していく。表面上は互いの連帯に隙間のない振りを装い合う。しかし互いの中に一度蒔かれた不信の芽は、急速に大きくなりつつあった。

 

 

【確認】

 

 

天空城の一室。静かな空間に、アリスタとカリナが佇んでいる。部屋の中央で立体映像装置が淡い光を放ち、カレイド卿の姿が浮かんでいた。短く刈り込んだ髪と中性的な美貌は、映像越しでも圧倒的な存在感を放つ。アリスタは優雅に微笑み、口を開いた。

 

「エリアン、今回の尋問での協力に感謝します。報酬について、貴女の望みを聞かせてください。」

 

カレイド卿は一瞬目を細め、微笑を返す。

 

「アリスタ様、率直に申し上げます。私はアラン・コリント様の寝室に侍る権利を望みます。」

 

カリナが書類を持つ手を一瞬硬直させた。アリスタも微笑を保ちつつ、眉をわずかに動かした。

 

「それは……大胆な願いね、エリアン。その願い、即座に聞き入れる訳にはいきません。少し、預からせてください。」

 

カレイド卿は穏やかに頷く。

 

「拒否でなかったことに感謝します、アリスタ様。どうかご検討をお願いします。」

 

彼女の声は柔らかだが、どこか挑戦的な響きを帯びていた。立体映像が消え、部屋に静寂が戻る。カリナは小さくため息をつき、まだ呆然としているアリスタに視線を向けた。

 

「アリスタ様、これは実に厄介な話になりましたね。」

 

 

【調整】

 

 

カレイド卿の意向が共有されると、エルナもウルズラも難色を示した。

 

「だから言ったではないか。あの女に頼むと碌な事にならないと。」

 

ウルズラがそう指摘する。エルナも頷いてウルズラを肯定している。権力者に近寄ろうとする誘惑者の実態については、王族であるウルズラはある意味では専門家と言える。

 

「カレイド卿は、ヴァルター将軍と結婚しているから無害だとそう思っていたのですが。」

 

言い訳するように小さくアリスタが呟くが、ウルズラが切って捨てた。

 

「まだ事実婚だ。それに何より、自分が女王になればヴァルター将軍にも恩恵があると考えるのだろう。夫婦ぐるみという線もある。」

 

流石にエルナはヴァルターまで同心という意見には与しないようだが、カレイド卿がヴァルターから乗り換える可能性はあると判断したようだ。

 

「私が、隙を見せてしまったかもしれませんね。」

 

アリスタは溜め息混じりに内心を吐露した。今はこの悩みを共有する仲間がいて幸いである。そんなアリスタのすがるような想いをバサリと切り捨てるかのようにウルズラの声が響いた。

 

「で、どうするのだ?」

 

アリスタはウルズラに対して肩をすくめて見せた。断る方向ではあるが、他にカレイド卿を納得させる材料の持ち合わせはない。慎重に検討を要する難問だった。

 

「これはいい機会です。アランについて近づく事が出来る女達のルールを改めて整理しましょう。」

 

エルナがそう切り出す。皇帝たるアランには、外目には何の制約も無いように思われる。しかし人としてはそれではダメなのだ。客観的な制約は双方向に作用する。アランと取引するものが、全て彼との婚姻を望むようでは始末に悪い。いや、政治的には既にそうなりかかっているとさえ言える。クレリアを軸に、妻の地位を整理して規定し直す時期が来ていた。ウルズラもエルナの言わんとする事はよく理解していた。

 

「我らで婚姻に関しての定数を設け、結婚の資格も明確化しよう。不文律とは言え、これまでの妻の共通項は重要な指標となる。」

 

そこにはアラン以外の男を知らないという項目も盛り込まれるべきだろう。少なくともそれで、カレイド卿はアランの妻の座からは弾ける。

 

「問題となるとすれば、侍女という扱いの方ですね。」

 

カレイド卿も当面は妻の座を狙ってはいない。皇帝と親密な関係を結べば、いずれ自分の望みが叶うとそう考えているのだ。アランの私生活に立ち入られてからのルール整備では遅い。ここは予想される困難を未然に阻止しうる対策が必要である。それも早急に。

 

「結婚ではないにしても、私通ではないとされると厄介だ。つまりカレイド卿が誰か女王の侍女となる線を予め潰さねばならん。」

 

女王が侍女に皇帝と親密な関係を結ぶ許可を与えてきた。それはクレリアがアリスタやタラに行った処置である。実際は因果関係が逆だ。『皇帝の望む相手を侍女という事にして、結婚の抜け穴の対象とした』のだ。この抜け穴をカレイド卿に使わせるのは危険すぎる。本来はアランが望む相手を得る為の抜け道だが、カレイド卿は男の欲望を刺激してその意思を歪めかねない相手である。それを阻止するのは今しかない。

 

「そのような扱いはそもそも無制限というわけにはいかないでしょう。やはりここは侍女出来る数の定数を設けましょう。」

 

「それだな。」

 

アリスタの発案に、ウルズラが素早く同意する。女王が指名できる侍女の数に制限を加えるしかない。クレリアは既に複数名を侍女としているが、彼女は女帝だ。女王とは立場が異なるとしてもおかしくない。

 

「しかし私やウルズラは侍女をまだ指名していないわ。そこを指摘され、どちらかの侍女を要請されればどうするのです?」

 

エルナが尋ねる。しかしアリスタはエルナの疑問の答えを用意していた。

 

「侍女として仕えられる相手は、その者が忠誠を尽くす対象でなければならない筈。少なくともカレイド卿は、ルミナス女王の承認を得る必要があるという事になります。」

 

三人の女王は顔を見合わせた。本件についてのルミナスの出方は分からない。ルミナスは気まぐれで、こちらの事情などには頓着しないかもしれない。しかし大切なのはルールが整備される事だ。ルミナスでさえルールに沿った行動しか出来ないのなら、今後生じる被害は最小限に抑え込める。

 

「それでは私はクレリア様に話を通します。」

 

エルナがまずそう宣言した。クレリアも賛同する筈だが、話の進め方は重要である。クレリアの担当にはエルナが最適である事に、ウルズラもアリスタも異論はない。ー

 

「では、妾はカレイド卿以外のルミナスの使徒達から話を聞いておこう。ルミナスがどうするか決める上で、彼女達の意向も気にするはずだ。」

 

ウルズラがアリスタが考えもしなかった知恵を出す。そしれからエルナもウルズラも黙ってアリスタを見た。

 

「…分かりました。お二人の後で、私がルミナス女王と直接話をしてきます。」

 

責任を取らされる者の表情と声色で、アリスタが自分の担当を選択する。

 

「それにカレイド卿にも、じゃな。」

 

アリスタはため息をついた。

 

「ええ、ルミナスの意向を踏まえてカレイド卿にも私から話をしましょう。」

 

「いいえ、それは良くありません。カレイド卿に対しては、我々も同席した方がいいでしょう。その方が交渉の余地はないと、相手に知らせる事になる筈です。」

 

「そう言われると、確かにそれもそうじゃな。」

 

アリスタは後ろ盾になると宣言したエルナに感謝の視線を向けた。それがカレイド卿にアリスタが良いように利用されかねいという危惧でしかなかったとしても、エルナとウルズラの二人の同席は心強い。

 

「では、そのように。」

 

三人の女王は、降って湧いた新たな危機に立ち向かうべく行動を開始した。彼らの中では問題の本質が変わり始めている。ゲリラの脅威はもはや過去のことになりつつあり、今後の帝国の統治の在り方が主題となりつつあった。

 

 

【調略】

 

 

「万事順調と、そう聞いていますよ。」

 

ゲリラの問題に頭を切り替えたアリスタは、以後の作戦の進捗の為に報告に訪れたエルヴィンにそう声をかけた。先日のゲリラの捕縛に際して、グレイナードが逃げおおせたのは間諜を統括するエルヴィンの策である。

 

あの場から誰一人逃さぬよう捕縛する事も出来た。しかしエルヴィンが擁する間諜の一人であるペーターをゲリラの協力者に仕立てて、グレイナードの元へと送り込んでいたのだ。

 

「お褒めの言葉に預かり、誠に光栄です。」

 

エルヴィンは素直に頭を下げた。アリスタ女王は万事において素人であるが故に常識に囚われない。そして省力化の為の前例踏襲ではなく、アランとクレリアの為の常に最善を志向する。単なる力押しをしないアリスタは、エルヴィンから見て実にやり甲斐のある上役だった。

 

「それで、貴方の見るところどちらの相手が有望かしら?」

 

アリスタとエルヴィンはゲリラの切り崩しを狙っていた。それは『敵は分断すべし』という戦術の原則に則った行動である。また、これは事後の対応を睨んでの政治的な配慮でもある。単に囚人を増やすだけの戦闘よりも、相手に選択を委ねる事で彼らが帝国にとって役立てる道を模索しているのだ。

 

その為にゲリラを二つの集団に分割する。そして片方を許し、片方を罰する。それは統治の原則でもある。力は結集してこそ力なのだ。だから弾圧によって全てをまとめ上げるのは時に悪手となる。より強固な抵抗を生みかねない為だ。しかしゲリラ達も今の段階までなら、まだ大半のものは旅先で騒いだ程度の罪しか犯していない。確かに彼らは皇帝の権威に挑戦した。それはそれで問題ではあるが、罪を認めて悔い改めるなら慈悲を与えて話し合う余地はある。

 

「やはり、実際に戦闘に参加した者を許しては今後に差し障りが出るのではと愚考します、少なくともボスの首はすげ替えるべきでしょう。」

 

冷徹なエルヴィンの返答は、アリスタの予想した範疇にある。

 

「ええ。私もそう思います。では、アイナという幹部を私の元に。貴方達なら、彼女を問題なく連れて来れますね?」

 

それは質問のようであるが、質問ではなく命令である。そしてエルヴィンは、アリスタ女王がそう望むだろうとこの展開を読み切っていた。

 

「かしこまりました、緑の女王陛下。ペーターへ改めて指示を出すように致します。」

 

エルヴィンの返答を是として、アリスタが嫣然と頷く。アリスタがゲリラを懐柔するのは、人は宝であると信じるからだ。単なる奴隷より、やる気に溢れた従業員の方が価値がある。それにまとまった人類銀河帝国の人民を勧誘する機会など、女王位につくアリスタであってもそう訪れる機会だとは思えなかった。

 

 

【勧誘】

 

 

駅での戦闘から数日後、アイナはペーターに導かれて天空城へと足を踏み入れた。アジトの近くに設置された転送門を潜り抜けて広大なホールに足を踏み入れる。そこにはアリスタを筆頭に彼女を待つ3人の女王の姿があった。

 

「よく来てくれましたね。」

 

アイナは親しげな笑みを浮かべる緑の女王の姿に気押された。一瞬にして空間を移動するテクノロジーを見て、『この相手には勝てない』と度肝を抜かれた直後の事である。中世の国家に過ぎないと考えていた。しかし相手は文字通り魔法のような力を使う。更にこのホールには一千人のゲリラ兵を殲滅した騎士が居並んでいる。卓越した技術に武力、そしてそれらを統べる権威。しかも今アイナが訪れたのは敵の中枢だ。気おされるのに充分である。そもそも本来なら立ち入る資格さえ与えられ無いだろう。しかし今は、断るにはあまりにも魅力的な提案を受けて特別に訪問を許されていた。

 

「貴方が緑の女王と呼ばれる、アリスタ女王ですか?」

 

「ええ。いかにも。」

 

自信を内に秘めてアリスタは嫣然と微笑む。異世界人の無礼は咎めぬようにと、親衛隊の騎士達には予めいい含めてあった。今から行われるのはゲリラの分断工作の為の交渉だ。そうである以上、交渉を円滑に進めるべく騎士達も沈黙を守っている。

 

「私達の政治的自由を約束してくれると、それは本当ですか?」

 

名乗りも挨拶もそこそこに、アイナはペーターから聞かされた自らの関心事を切り出す。そんな単刀直入な物言いにも、アリスタは笑顔で頷いてみせた。

 

「ええ、本当ですよ。皇帝に楯突くような武力行使は論外ですが、平和的な政治活動は認めましょう。そして貴方に一つの都市を差配する権利を与えます。」

 

「政治活動はどこまで許されますか。都市とはどのような?」

 

アイナは矢継ぎ早に質問をする。それを押し留めるように、アリスタは告げた。

 

「詳細は書類を用意しています。帰順して法を守る限りは、我が庇護を与えます。そして貴方とその支持者に都市を与え自治を許します。自立するにあたっては、必要な金銭的な支援も行いましょう。」

 

アリスタの返答に興奮気味のアイナに、アリスタの傍に控えるカリナが書類を差し出した。人類銀河帝国の共通言語で記された書類は、アウリジオ少尉の作成したものだ。内容はアリスタの約束を盛り込んだ内容である。

 

「私達にこんな処遇をして、そちらに何の得が? この全ては罠では無いの?」

 

なおも訝しむアイナに、アリスタは笑って応えた。

 

「罠と言えばそうかもしれませんね。これは懐柔しようという試みなのですから。ただ、私の王国では土地は元々余っているのです。そして資金もある。だから無駄な争いをしなくとも、私は貴方に都市を与えられる。法を守り税を納めてくれれば、貴方の君主としてはそれで充分なのですよ。」

 

アリスタの笑みに、嘘はないようにアイナには感じられた。そもそも彼女の志す革命が何を示しているか、それはアイナ自身に取っても曖昧である。やってみなければわからない。究極的には、アイナ個人が全宇宙の支配を行うなど出来るはずがない。人類スターヴェイク帝国でさえ、それはしていない。各国家の政治体制は変えずに、大きな枠組みを主導して変更しているだけである。

 

だから革命の目的次第では、帝国や皇帝との交渉の余地が生まれる。そしてアイナの目的は、自己の理想の政治の実現である。その規模はそこまで大きくなくて良い。人の手の届く範囲は、案外と狭いものだ。手始めに都市が一つ与えられるというのは、検討に値する現実的な目標だった。特に専制君主の支援が与えられるのは大きい。それは下手な民主政体の政治家の支援を受けるよりも、相手の任期や権限に限りのある約束よりも絶対であり手堅いからだ。

 

「しかし、宇宙全体に革命の火を広げるのを諦める訳には…。」

 

いかにもこの機会を逃すのは惜しい、という顔をしながらもアイナが建前として理想を述べる。だがその視線は、今も渡された書類を検分するのに忙しく動いていた。

 

「あら。それも貴方のやり方次第ではないかしら。」

 

「私のやり方次第?」

 

書類から顔を上げ、食いついたアイナの反応を楽しみながらアリスタが持論を展開する。

 

「貴方の政治が真に優れているならば、その手法や信念は平和的に他の都市や国へと伝わる筈です。そして貴方達へ自治を許したのはこの私、皇帝と法を重んじる限りは邪魔をすることはありません。」

 

「しかし、革命とは本来はそんな皇帝の配慮の下で行うような政治活動では。」

 

「人は無限には生きられないのですよ。今ここで私の手を取れば、少なくとも都市を一つ切り盛り出来るのです。そしてその都市が隆盛を極めれば、他の皆も貴方のやり方に従う筈です。」

 

アリスタの提案は甘美な罠である。そしてアイナは闘争が好きなわけではない。むしろ問題解決する為に理想を語る事にその本分があり、闘争は単なる手段に過ぎない。もし今すぐに彼女の理想の政治を実現出来るのなら、代償に片腕を差し出すくらいの覚悟はしている。都市を一つ任せられるのは、それも誰とも何の争いなく公的な権限を与えられる形というのは望外で破格の条件と言える。

 

「邪魔者を排除する為ではなく、本心から私達を支援してくださいますか?」

 

真剣なアイナの眼差しに、アリスタは頷く。

 

「ええ。貴方が我が臣民として模範的に振る舞うのならそうしましょう。私ではない他の二人の女王を含めた、この場の皆が証人です。貴方達が本心から帰順するのであれば、我が庇護を与えましょう。そして我が民を慈しむのは、女王としての私の責務です。」

 

アリスタのその言葉に、アイナの決心が固まる。元々、都市を与えられる条件は断れぬほど魅力的な誘いだったのだ。そう、危険を承知でこの場に足を踏み入れる程に。

 

「アリスタ女王陛下、どうか陛下の民として私たちが加わる事をお許しください。」

 

ペーターに教わった作法に従い、アイナが首を垂れる。ウルズラとエルナの見守る中で、アリスタはアイナの請願を受け入れた。

 

 

【離反】

 

 

ゲリラのアジトは、数日前までの活気を完全に喪失していた。増援が到着しなかった事で流民達が去り、続いてアイナとその支持者までもが姿を消したからだ。彼らの大半は非戦闘員であるが、それだけに拠点の運営の中核ではあった。

 

アイナ達の離脱の手引きしたのは、よりにもよってグレイナードが連れてきた現地支援者のペーターである。彼は反スターヴェイクを騙っていたが、実態は間諜であり宰相の犬だったと分かった。それはグレイナードが再び失態を犯した事を意味する。しかし彼に対抗するような幹部は、もう拠点の中には残っていなかった。

 

ゲリラはこれまでに地元民の支持も喪失している。元から約束の物資を用意できず支持が揺らいでいた所に、これまでの交渉担当が離脱したのだ。これで『信用しろ』というのは無理があった。グレイナードはボスとして更に追い込まれていた。

 

「まだだ、まだ終わらんぞ。」

 

残されたのは、グレイナードに忠実な戦闘員のみ。物資は底を尽き、もう食糧すらままならない状況だった。100名ほどに減った部下達はボスの目を盗んで、交代で街に食事に出掛けている。街は豊かで、僅かな小銭で食事が出来る。ある意味ではアイナは正しかった。拠点に籠城でもしない限り、備蓄食料など必要はない。

 

それでもここに来てゲリラ達の士気は高くなっている。目の前には手付かずの豊かな世界が広がっている。そしてゲリラ達はこの地を征服するために来たのだと信じ切っていた。グレイナードは残った部下たちを集め、更に戦闘の意欲を高めるべく薄暗い部屋で声を張り上げた。

 

「無駄飯食いが減ったのはちょうどいい! アイナのような軟弱者は必要ない。物資の喪失? 関係ない! アラン・コリントはパルスライフル一丁でこの惑星に帝国を築いたという。ならば我々だって同じことができる筈だ!」

 

部下たちはグレイナードの言葉に鼓舞されていた。この地を征服する力の裏付けならある。何故なら、彼らは旧人類銀河帝国製のパワードスーツに身を包みんでいるのだ。しかも新型である。親衛隊の騎士が所持する魔石パワードスーツにも引けを取らない自信を持っていた。敵となる騎士達のデータも、既に確認済みである。相手にして不足はないと確信していた。

 

「我々に敵はいない! ノイスを制圧し、革命の第一歩を刻むぞ!」

 

この都市は豊かである。その都市をじぶんたちが思うままに支配する。それぞれが自分に都合の良い未来を思い描き、ゲリラ達の意気が上がり集団が熱を帯びる。その熱気の中、グレイナードは笑みを浮かべた。

 

「そうだ。この100名で十分だ。まずは帝国の犬どもを叩き潰す!」

 

だが、彼らの楽観はそう長くは続かなかった。

 

 

【作戦】

 

 

天空城の戦術室で、アリスタは騎士マティアスと騎士イヴェリナを左右に従えていた。目の前ではカリナが、帰順したアイナ達から得た情報を報告している。

 

加えて間諜ペーターからの報告書も机に広げられていた。そこにはグレイナードの言動が詳細に記されていて、もはやアリスタが知りたい内容は全て網羅されていた。

 

「正面攻撃は、些か不利なようです。」

 

軍事の専門家を代表して、アウリジオ少尉が懸念を述べる。アリスタは顎に手を当て、思案顔で呟く。

 

「彼らの装備は確かに脅威ですね。」

 

間諜の元締めであるエルヴィンが冷静に進言する。

 

「ペーターはゲリラの分断の後で離脱させています。ですので、ここは軍事力でグレイナードを確実に仕留める必要があります。必要であれば、損耗も覚悟して頂かなくては。」

 

アリスタの目が一瞬光る。

 

「ええ、この場で兵を惜しみなく投じてでも彼らを仕留める必要がありますね。しかし兵を消費せずとも済む策があります。」

 

「陛下に策が?」

 

アリスタは軍事の素人である。エルヴィンは怪訝に思った。

 

「ええ。私ではなく、アウリジオ少尉の立てた策です。」

 

得意気にそう言ってアリスタとカリナは笑顔を交わしあうと、傍に控えるアウリジオ少尉に視線を向けた。

 

「今回は兵を突入させずに、彼らを無力化してみせましょう。」

 

 

【作戦】

 

 

ノイスの旧市街にあるゲリラ達のアジト。グレイナードとその部下たちは、突如襲撃してきた騎士たちを易々と撃退していた。パワードスーツの性能は圧倒的で、魔石パワードスーツを装備した騎士たちを全く寄せ付けなかった。

 

武装の中で特に効果的だったのはグレネードだ。魔石パワードスーツは、その実態は金属鎧に等しい。パワーアシストと堅牢な防御力を誇るものの、衝撃波には弱い。グレネードの破壊力が直撃しても死にはしないが、衝撃には弱かったのだ。中の人間が脳震盪を起こすなり失神なりするらしい。

 

密集して押し寄せる的に、グレネードが炸裂する。騎士の集団が倒れ、勢いが削がれる。残った敵が集中砲火を浴びて押し戻される。決定力を欠く騎士に対し、ゲリラは火力で勝っている。こうなると数の上でもグレイナード側が上回る。戦況は優位に推移していた。

 

「この調子だ! ノイスを占拠し、帝国に一泡吹かせるぞ!」

 

グレイナードは高揚し、部下に叫んだ。部下の一人が進言する。

 

「このまま打って出て、都市全体を制圧しましょう!」

 

グレイナードが頷こうとしたその瞬間、部下の一人が警告を発した。

 

「上空から何か、巨大な物が落ちて来ます!」

 

彼らの脳裏を『軌道爆撃されたか』という思いが横切る。しかし自分達の都市を相手に、そんな下劣な手段を取るだろうか。動揺したゲリラ達は、それでもマニュアルに従い対ショック姿勢を取った。パワードスーツを装着していれば、爆心地でも無ければ生き延びられる可能性がある。

 

轟音と共に天井が軋んだ。拠点にしている建物の屋根が崩れる。瓦礫の山が彼らに覆い被さる。そして瓦礫の上では巨大な影が建物を覆っている。空から降下してきた巨大な物体、それは天空城だった。これまで浮遊していたその巨体が、ゆっくりと降下しながらアジトを圧迫し始めたのだ。

 

「何だ、これは!?」

 

グレイナードは目を疑った。センサーは巨大な質量体による負荷を示している。対抗する為にパワードスーツの出力を限界まで上げ、崩れ落ちる天井を支える部下たち。だが、天空城の質量は彼らの想像を遥かに超えていた。

 

「くそっ、押し返せ! 出力を全開にしろ!」

 

グレイナードは叫んだ。その指示に呼応する部下たちのパワードスーツは悲鳴のような機械音を上げ、エネルギーが急速に消耗していく。天空城は重力を操作して浮遊してている。これまで浮遊の為に相殺していたその質量を少しずつ戻していくだけで、パワードスーツは忽ち出力の限界に達し始めた。本来なら百機のパワードスーツの出力で持ち上げられる重量ではない。

 

「こんな……こんな戦術が許されるのか……!」

 

グレイナードは部下と共にスーツの出力を振り絞り、天井を支える。もはや天井はチリと化し、天空城の基底部を支える形となっている。だが、押し返そうとする全ての努力は無意味だった。天空城の重さは、まるで神の鉄槌のように彼らを押し潰そうとしている。助からないと悟り、ゲリラ達が悲鳴を上げる。

 

「ボス、どうしますか!?」

 

グレイナードは歯を食いしばり、答えた。

 

「出力を全開にして押し返す! 一瞬でも時間を稼ぎ、このデカブツの下から抜け出すんだ!」

 

しかし、その指示は完全なる無駄に終わった。天空城の圧力は精密に調整されている。瞬間的に出力を増大させても、瞬時に追随された。その上でグレイナードたちを即座には潰さず、動けなくする絶妙な力加減を維持し続けた。そんな状態をパワードスーツは長く耐える事が出来ない。スーツのエネルギー警告音が響き、一機、また一機と機能停止していく。

 

「なんて事だ……。」

 

グレイナードもついにエネルギーを使い果たして膝をついた。天空城はその高さに合わせて僅かに降下し、更に圧力を強める。圧力に耐えかねて、次々とパワードスーツが自壊する。その精緻な操作は人間業ではなかった。降り掛かる衝撃でパワードスーツが次々と修復不可能な域にまで粉々に破壊する。絶妙な力加減で中のゲリラは押し潰さないようにしながら、天空城が圧を加え続ける。それでも逃れられない以上、グレイナードは『もう押し潰される』と覚悟した。

 

その刹那、横から腕が伸びた。〈転送門〉越しに伸ばされたその手は、グレイナードの破損したパワードスーツを掴む。引く腕の動きに合わせて、天空城が僅かに浮かぶ。

 

〈転送門〉を経由して、グレイナードは破壊されたパワードスーツの残骸と共に別の空間へと引きずり出された。

 

 

【審判】

 

 

天空城の玉座の間。広大なホールに、三人の女王――アリスタ、ウルズラ、エルナ――が親衛隊の騎士達に囲まれて居並ぶ。グレイナードは部下と共に後ろ手に拘束され、膝をついたまま彼女たちの前に引き出されていた。その横では、アイナが同志たちと共に裁きの場への同席を許されていた。参加者が揃った事を確認して、アリスタが静かに口を開く。

 

「アイナ、あなたとその支持者の協力に感謝を。その〈転送門〉の先に、貴方達に約束した都市があります。帝国の法を守る限り、自治と支援を保証しましょう。」

 

アイナは満面の笑みを浮かべ、アリスタに深く頭を下げて礼を述べた。

 

「感謝します、緑の女王陛下。」

 

彼女はチラリと横目でグレイナードを眺めた。彼女は滅亡を回避して望みを遂げた自らの選択に満足気である。そして親衛隊の騎士に導かれて、支持者の集団と共に〈転送門〉を潜り抜けて行った。

 

そのアイナ達の姿を、グレイナードは歯噛みしながら見つめた。かつての仲間が自分を見捨て、新天地へと去っていく。捕えられ武装解除されたグレイナードの部下たちも、その光景に羨望の眼差しを向ける。アリスタの視線がアイナ達から、グレイナードとその部下達へと移る。

 

「さて。貴方たちの同志は新たな道を選びました。希望する者は、彼女に合流しても構いませんよ。それとも、法による裁きを望みますか? 帝国の法では、叛逆罪は例外なく死罪ですが。」

 

その言葉に、グレイナードの部下たちは顔を見合わせた。親衛隊の騎士たちが列を組み替えて、転送門への道を開く。後ろ手に縛られたままで、ゲリラの一人が立ち上がった。アリスタが頷くのを確認して、そのまま転送門に向かうとアイナ達の後を追う。その行動が容認されたのを見て、流れが変わった。一人、また一人と、グレイナードの部下たちは立ち上がり裁きの場から逃れ出ていく。最後までグレイナードと運命を共にする者は、遂に一人も残らなかった。

 

「ゲリラの結束とは、この程度のものなのですね。」

 

アリスタはグレイナードに向かって冷ややかにそう言い放った。そしてゆっくりと身動き出来ないままのグレイナードに歩み寄る。マティアスとイヴェリナがその左右に控え、女王を守る為に立つ。グレイナードは膝立ちの姿勢を強要されながらも、なおも傲岸に胸を張って叫んだ。

 

「俺が倒れても、同志が革命を引き継ぐ!」

 

アリスタは冷たく微笑む。

 

「そうですか。それは既にこの場を去ったあの者たちのようにですか?」

 

アリスタの視線は離反したアイナとその支持者や、あるいはグレイナードを見捨てて去った者たちを指していた。グレイナードは言葉を失い、沈黙した。彼にはもはや反論する材料は何もなかった。

 

「安心してください。貴方の死は無駄にはしません。」

 

グレイナードの耳に響くアリスタの声は静かだが、どこか凄惨な響きを帯びていた。

 

「首謀者である貴方一人が死んで責任を取れば、他の者は都市内への隔離という扱いで済ませましょう。」

 

彼女は一歩下がり、騎士マティアスに目配せする。マティアスが腰の魔法剣を抜き放った。魔力を込められて、構えられた刀身が光り輝く。

 

「皇帝陛下およびクレリア女帝陛下に代わり、貴方に死を授けます。」

 

マティアスの剣が閃き、グレイナードの首が宙を舞った。鮮血が玉座の間に飛び散る。そしてこのグレイナードの処刑で、ゲリラの蠢動は完全に鎮圧された。

 

 

【褒章】

 

 

グレイナードの処刑を終えた三人の女王は、カレイド卿を呼び出した。処刑を見物していたカレイド卿が進み出て首を垂れる。その様子は得意げで、望みの物を勝ち取ったという自信に溢れている。

 

しかしアリスタは、これからあのカレイド卿を言い包めなくてはならなかった。そもそも、アリスタにはカレイド卿を公式にアランの寝室に送り込む権利はない。非公式になら可能だが、それも自分の侍女とするやり方だ。既にルミナスに忠誠を尽くすカレイド卿には馴染まないだろう。

 

「エリアン・カレイド卿、貴方の協力に感謝します。面を上げなさい。」

 

名を呼ばれてカレイド卿が顔を上げる。その鋭い目がアリスタを射抜いた。傍には親衛隊の騎士達が控えている、そう自分に言い聞かせながらアリスタは懸命に説得の言葉を紡ぐ。

 

「貴方の求めに応じて、ルミナス女王へ確認を行いました。ルミナス女王が侍女として指名するのはコンスタンス女王との事です。」

 

一瞬の間があった。“それなら何故自分は呼ばれたのか?”とカレイド卿顔に書いてある。しかしルミナスがコンスタンスを指名するのはある意味当然の話だった。コンスタンスは既に女王の地位が内定している。侍女が女王位まで上り詰めるのは、アリスタが侍女を務めるクレリアくらいである。ルミナスは他の女王を支配下に置くというこの一点を持ってクレリアに比肩する地位にある。クレリアの祖先という点からも、あるいはこの地の女神の顕現した姿として崇められて存在としても当然の話だ。

 

「そこでルミナスは貴女とアランの関係を非公式に容認すると決めたわ。貴方への報酬は、ルミナス女王の黙認です。」

 

緊張して話を終えるアリスタに、カレイド卿は意外にも笑顔で応じた。

 

「ルミナス様が禁止されず、黙認してくれた。それが私の成果です。」

 

彼女の言葉に、アリスタは背筋に冷たいものを感じた。

 

「本当に満足しているのですね?」

 

「ええ。表から関係を結ぶのはもう無理なのでしょう。しかし、私が皇帝陛下に選ばれればいいのでしょう? ルミナス様が禁止されなかった。それだけで、私には十分な褒美です。」

 

明確に禁止されない限り、成し遂げる。カレイド卿にはその自信が溢れていた。その様子を見てエルナは呆れ、ウルズラは歯噛みしている。無論公式な場で感情を表情には表さないが、三人の女王がそれぞれ憮然とした気配となる。その様子をカレイド卿はニヤニヤと楽しげな目つきで眺めていた。

 

 

【反芻】

 

 

アリスタは独寝の寝室で、事件を振り返っていた。

 

(思いの外、安く速く解決したわ)

 

それがアリスタの実感である。味方に死者はいない。敵の大勢は捕らえた上に、帰順者は出た。収支で考えればプラスと言っていい。

 

(あ、破損した駅舎と鉄道があったわね。)

 

アリスタは収支を整え直した。それでも製造が容易な物なので収支はプラスだ。これがもっと高額な、例えば軍艦というものなら怪しい。しかしその水準の物は惑星アレスでは建造していない。アレスで作れる鉄道の車両は単なる製造物だ。親衛隊の騎士達に報酬を支払っても、収支は大幅にプラスと出た。

 

(もう少し費用を計上して、国庫から請求すべきだったかしら?)

 

実はそこがアリスタの1番の悩みどころである。惑星アレスの安寧が揺らいだと考えると、歴史的な大きな事件と言って良い。その鎮圧を主導したとなると、アリスタの手柄も大きくなる。

 

が、しかしだ。

 

(私は所詮は留守居役。ならばこれ位の事を平然とこなして見せるのが当然なのでは?)

 

アリスタは実績を積む必要のある立場ではない。出世を望む女官ではなく、既に女王の地位にある。その地位にある者に相応しい立ち居振る舞いが求められるだろう。

 

(私もカレイド卿にあてられていたのかしら。)

 

アリスタは自分を戒めた。アリスタはアランに見込まれて留守居役を務めた。つまりつつがなくその役目を終えるのが期待される態度だ。

 

(時間については過不足なく報告書にまとめておけばいいわね。)

 

アランに対して声高に大変だったと主張する必要はない。ウルズラ辺りはそれを行いそうではあるし、エルナもさらりとそれを伝える技術がある。しかしアリスタは違う。それを主題に定めてしまうと、アランに伝えたい話の軸がブレてしまいそうである。

 

(私は、アラン様の期待に応えられるとそう言いたい。)

 

アリスタの受けた教育は、貴族の妻となる為のものだ。それは戦に出る夫の留守を預かる留守位の心得が多分に含まれる。

 

そこで重要なのは波風立てず、何事もなかったかのように夫を出迎える事である。事件は事件で発生しているのだが、夫婦の中でそれを持ち出すとギクシャクしてしまうらしい。

 

「そうね。」

 

アリスタは思考する内容を声に出して考えをまとめる。

 

「同じ規模の障害が発生しても、もう大丈夫。いえ、更に大きな内容であっても協力の枠組みを作れた。それこそが伝えるべき成果と言えましょう。」

 

アランに伝えるべきはそこだ。断じて苦労話などで辟易させてはならない。大切なのは役目をなおざりにも投げ出しもせずにやり遂げた事だ。そして次は更に安定して対処できると示す事。

 

「アラン様はお忙しいもの、雰囲気を壊さずに伝えられるのはそれが限度ね。」

 

雰囲気、アリスタはそこに思考を伸ばす。アランが遠征中である以上、独寝は仕方がない。平常時でも、正妻たるクレリアが最優先される。むしろ多すぎる妻がいる以上、独寝は当然のこと。その上で機会が与えられる事に感謝すべき環境だ。

 

「遠征後、楽しみね。」

 

アリスタは嫣然と笑う。留守の報告などは最小で良いのだ。雰囲気をぶち壊すなら報告書のみで済ませていい。貴重な時間はアランへの報告の為に存在しているのではない。むしろアランを独占する時間を引き延ばす為にこそ、用いられるべきなのだ。

 

(カレイド卿ような女性がアラン様のお眼鏡に叶うかは分からないけれど、私は自分を見失わないようにしなくては。)

 

アリスタが選ばれたのは容姿もさることながら、クレリアよりぞんざいに扱える便利な存在だったからだ。無論それだけだと思いたくはないが、単に美しさだけでは対抗できるはずがない。

 

(私にとって大切なのは、アラン様に快適な時間を過ごせるようにする事)

 

アリスタの理想は全ての苦労を飲み込む事である。

 

「あら、そんな事ありましたかしら。」

 

冗談めかして口にする。水面下では懸命にもがいていても、水上では優雅に見える水鳥のように生きる。それこそが、アリスタがアランに見せたい姿であった。




外伝作品を形にできて,良かったです。アリスタを軸とした女王の協力体制というのは以前から考えておりましたが、本編ではテンポを悪くするので外伝という形となりました。

またエルヴィンやアウリジオが活躍すら話にしたかったのですが、案外地味な活躍になった印象です。カレイド卿にも活躍してもらい、未処理だった彼女の危険性が浮き彫りになる感じがアランと無関係に進行するのが良かったと思いました。

天空城というギミックもバグス相手に移行すると使い所がなかったので使ってみたかった形になります。

それはそれとして話の流れが終わった物をリブートするのは大変だと痛感しました。この辺は「ある程度書いたら次回」は楽だったと痛感しています。

アリスタの考えるヒロイン像は主人公向きであり、能力がないが故に他の力を借りる辺りは好きな人物像です。エルナとはまた違ったクレリアの中身だなと思います。

【コミックス展開の感想】

カドコミ連載のコミック版は2025年8月29日に57話が更新されましたね。コミックスオリジナル展開が進み、アラリック王子がバグスの遺伝子を組み込まれた怪物に変貌します。

惑星アレスにバグスの影響が現れる、或いは敵対勢力がバグスの支援を受ける展開は私も検討しました。これをしなかった最大の理由は小説の本筋から外れると考えた為です。惑星を統一した上でのバグス戦が正しい順番だと。また話が煩雑になるとも考えました。

謎の女やルミナスの正体などコミックス版は謎を未処理で進行している印象がありますが、バグス汚染された敵というビジュアルはアナザー展開としては興味深くこのまま上手く纏まるのを楽しみにしています。
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