【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる)   作:高坂 源五郎

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航宙軍組織図

艦隊本部
作戦艦隊司令部 カルラ・アイローラ元帥
人事・教育局 イーリス・コンラート中将
管理・監察局 デイビッド・チェン中将

情報本部
防諜・治安情報局 ハインリヒ・ヴァイス中将
偵察・戦域情報局 ヴィクトル・バフマン中将
戦略AI・解析局  イザベラ・クローデル中将

兵站本部
開発・研究局 ナディア・ノクス中将
生産・建造局 リサ・モントーヤ中将
装備補給維持局 グレゴール・サーン中将

宙兵本部 ガイウス・オコナー中将


航宙軍は4つに大別されるが、実態はより細分化された部局により構成されている。艦隊本部は作戦艦隊司令部、人事・教育局、管理・監察局。情報本部は防諜・治安情報局、偵察・戦域情報局、戦略AI・解析局。兵站本部は開発研究局、生産建造局、装備補給維持局。宙兵本部のみは細分化されず、独立した一部門とされた。これは権限を一人に集約している反面、航宙軍内での政治的な発言力が制限されている事を意味する。

士官は各本部の枠組みに沿って配置される。この事が、航宙軍内部での派閥形成の基盤となっている。

伝統的に艦隊本部が花形とされ、宙兵本部がそれに準じている。しかしバグスとの戦争は艦隊の前線を担当する人的資源に深刻な損耗をもたらした。結果として、後方である為に士官が温存された情報本部及び兵站本部が政治力を高めていた。


外伝5 エルナ

惑星アデル 航宙軍兵站本部

 

応接室へと入室したその赤毛の女性はとてもスラリとしていた。乗馬服の様なピッタリとした衣装に身を包み、体のラインが隠されず浮き上がっている。露出する肌は少なくとも、それは同性から見ても魅力的なほどだった。長い赤い髪を飾る略式の王冠が、その尊き身分を誇示している。

 

航宙軍生産・建造局のリサ・モントーヤ中将は背筋を伸ばして敬礼し、歓迎の挨拶を述べた。

 

「本日は航宙軍へようこそ。歓迎致します、エルナ陛下。」

 

「礼儀は気になさらないで。形式ばらずに行きましょう。どうか、エルナと。」

 

「はい、エルナ様。どうぞお座りください。」

 

護衛の騎士達を外に待たせて、応接室の椅子にエルナが腰を下ろす。傍に彼女の副官がそっと寄り添う様に立った。モントーヤ中将も腰を下ろした。今日の交渉相手は2名。こちらは兵站本部の中将が3名だ。

 

「何かお飲み物でも。珈琲か、紅茶でよろしいでしょうか?」

 

「では珈琲を。お茶は自分で淹れる事にしていますの。…オデットも、同じ物でいいわね?」

 

「はい、エルナ様。」

 

同行する副官もエルナ女王に同意してみせた。軍の女性スタッフが女王と副官に珈琲を提供する。来客の2人は揃ってカップに口をつけた。開発・研究局のナディア・ノクス中将と装備補給維持局のグレゴール・サーン中将も同じく珈琲のカップを受け取った。少し驚いているのは、わざわざ一流ホテルから取り寄せた高級品だからだろう。情報本部が、珍しく気を回してくれたのだ。

 

「さて、それで我々へのご提案というのは?」

 

それぞれの自己紹介を経てから、モントーヤ中将はそう切り出した。

 

「航宙軍の軍艦を、私達へと払い下げて頂きたいのです。」

 

オデットがそう切り出す。

 

「航宙軍の軍艦を売れと、そう申されるのですか。」

 

サーン中将が困惑の色を見せた。航宙軍が解体される、あるいは縮小されるというような悪い予感を懸念した表情をしている。

 

「オデット、順を追ってご説明しないと理解されないでしょう。」

 

そうたしなめるエルナの透き通った声に、オデットがかしこまる。

 

「私は両陛下から新たに星を賜わりました。星の連なりを星系、というのでしたわね。そこで航宙軍の退役艦を用いたいのです。」

 

「ほう。」

 

兵站本部側の参加者に理解と、少し遅れて安堵の色が浮かぶ。

 

「対価を頂くことになるかとは思いますが、プラネット級軽巡洋艦なら何隻か状態が中程度のものをお渡しできるでしょう。…現在進捗中の、貴帝国と航宙軍との統合計画の進展次第ですが。」

 

バグスとの戦争に人類は勝利した。今、漸く艦隊の再編計画を進みつつある。これは疲弊した艦隊戦力の再建の為だが、艦の再編は修理より新造の割合が高い。程度によっては払い下げる事は不可能ではない。

 

「航宙軍は人類スターヴェイク帝国に艦隊再編予算を申請しております。その結果次第となりますので、この場で確約はできかねます。」

 

エルナとオデットは素早く視線を交わし、頷きあう。

 

「航宙軍の希望条件に添えるよう、私からアランに口添えしましょう。満額回答をお約束します。こちらへ回して頂く退役艦は、その成果次第でどうかしら?」

 

「なんと、その様なお話でしたか!」

 

流石に人類スターヴェイク帝国の中枢にいる相手は違う、と一同は舌を巻く。

 

「はい、それはもう。」

 

「それならば、こちらからお願いしたいもぜひお願いしたいお話ですな。」

 

計画通りの新造艦が増えれば、退役艦もまた増える。これぞ利害の一致の最たるものだった。しかし、まだ懸念はある。

 

「つかぬ事をお伺いしますが、艦を動かす為の人員はどうされるのでしょう?」

 

懸念を口にしたのはナディア・ノクス中将である。その質問に、エルナは笑って見せた。

 

「航宙軍の退役士官を雇い入れます。航宙軍の人事・教育局には、既に話を通してあるのです。場合によっては、軍籍を残した上での出向という形も検討して頂けると。」

 

「なるほど、その様なお話でしたか。」

 

航宙軍の艦隊本部を統括するのはカルラ・アイローラ元帥である。彼女は皇帝アラン・コリントの妻である。幾らでも便宜ははかるだろう。今回のエルナ女王の訪問も、アイローラ元帥の口利きである。

 

「これは退役する航宙軍士官の為でもあります。アランは彼らに、半民間での受け皿を用意したいのです。」

 

バグスとの戦争が終わった以上、退役を希望する航宙軍の将兵は多い。そして航宙軍にいるのは、軍艦の動かし方しか知らない連中である。退役しても、艦船の運行に関わろうとする人員がいても何も不思議はないのだ。

 

「星系駐留艦隊を、独自に用意されるおつもりなのですな。」

 

「いいですわね、それ。」

 

エルナはサーン中将に向けて品よくニコリと笑う。愛想笑いなのだろうが、皇帝の妻でなければ懸想する男も出かねない。モントーヤ中将が割って入った。

 

「星系政府単体で小規模とはいえ艦隊を維持する、巨大な目的ですがそんな事が予算的に可能なのですか?」

 

艦隊は金食い虫だ。兵站本部はそれを熟知している。だからこそ、聞かずにはいられない。

 

「ええ。アランと相談しています。我々は段階的に、民間向けの市場を開拓するつもりなのです。資金はそこから長期で回収します。」

 

「失礼、民間ですか? それは貨物船や客船などの?」

 

確かに戦後となれば客船需要は増す筈である。貨客船の需要となれば天井知らずだろう。だが流石に、貨客船では利益に限度がありはしないか。

 

「それだけにとどまりません。航宙軍の再編で手薄な箇所に有償で艦隊を送り込むのです。謂わば、傭兵艦隊ですわ。」

 

「戦争が終わったのです。本当に艦隊が必要とされると?」

 

「自治を許された各星系は、内部の開発を進める事になります。資源型の惑星や小惑星帯は広大で、治安が乱れやすいもの。手元に派遣可能な艦を契約したいという需要を見込んでいます。航宙軍への依頼では、乱が起こった後になりましょうから。」

 

一堂の顔に理解が浮かんだ。つまりは警察力という事だ。開発の主軸は民間企業に委ねるにしても、取り締まりや検査は必要だ。自前で艦隊を揃えるのは時間も費用もかかる。公式に用意された傭兵艦隊との契約市場があるのなら、活用は進むかもしれない。

 

「なるほど。星系政府同士の融通し合いということですか。確かにその様なお話であればご相談に乗れるかもしれません。お支払いはどうお考えで?」

 

「為替の手間を省く為、航宙軍にとって必要と考えられる資材を現物提供します。用意可能な品目はこちらです。」

 

オデットがスッと持参の資料を差し出す。彼らは食い入る様にその資料を見た。

 

「…本当に、これだけの品目を希望数量でご用意いただけると?」

 

艦隊再編計画が皇帝に承認されれば予算はある。しかし規模が規模だけに素材の手配に時間を要する。先んじてこれだけの素材が得られるなら、兵站本部主導の再建計画は円滑に進められるだろう。そもそもの予算承認の支援まで含まれば、条件はいい。

 

「航宙軍の生産拠点への輸送も、していただけるのでしょうな?」

 

「ええ、勿論。宰相府に伝えれば、そのように取り計らうでしょう。」

 

この宇宙のどこにでも進出可能な戦艦〈イーリス・コンラート〉の事は誰もが把握している。こちらから使わせてくれと頼む事は出来ないが、取引という形なら利用可能なのだろう。

 

「確かに。このような形ならもう少し提供艦の数を増やしてもいいですな。」

 

サーン中将は欲を出している。取引である以上、資源を得るにはより多くの退役艦を払い下げる必要がある。そしてそこには少なからずエルナ女王に迎合する気持ちあるのだろう。本当に男というのは美人に弱い。皇帝の妻とはいえ、商談相手にはこうして美人が微笑んでみせてくれるのだから悪い気はしない。

 

「エーテル級は当然駄目として、ギャラクシー級も出せません。しかし、それ以外なら艦種も数もご相談に応じれるかと。」

 

「あら、スター級重巡洋艦でさえも提供可能だと?」

 

エルナ女王が問い返す。詳しい。夫から学習してきたのだろう。元よりこれは皇帝絡みの案件なのだ。それに艦隊を編成しようとするなら流石に把握しておくべき知識である。

 

「…流石にスター級は、数に限りはございますが。」

 

モントーヤ中将を見つめ返すエルナ女王の瞳が煌めく。

 

「では初回はスター級1隻、プラネット級を2隻のお約束としましょうか。我々にはサテライト級は必要ありません。」

 

モントーヤ中将は胸を撫で下ろした。なんとか提供可能な範囲だ。特に今となってはサテライト級が貴重だ。ギャラクシー級と比べれば調達価格は安いが、低コストで運用できる為に任務の幅が広い。需要が逼迫しているので、退役予定艦となると本当に稼働しないものに限られる。流石にそれでは相手も納得すまい。それに相手から対価を多く設定する上でもスター級を混ぜられるのは都合がいい。

 

「となりますと。」

 

素早くモントーヤ中将が紙の上でペンを走らせる。

 

「資源はこの程度頂ければ。」

 

多少甘めに見積もりを出す。一度限りの取引なら、女王に媚びても損はない。

 

「構いません。が、こちらは取引を継続希望です。今後も、その条件で続けられますか?」

 

オデットの冷静な声に、兵站本部の三人の将官は色めき立った。

 

「継続ですと、それではやはり艦隊を構築されるのですか?」

 

聞き返す彼らに、エルナがにこやかに微笑んで見せた。

 

「ええ。民間市場を開拓するのです。市場規模の拡大を見込んでいます。航宙軍では優先度が低い業務を、クレジット次第で請け負う傭兵業は他にもあるだろうと考えていますの。」

 

「繰り返しになますが、いくら民間市場とはいえそれで本当に採算が取れるのですか?」

 

同じ質問をしてから気づいた。彼らは採算など度外視なのだ。

 

「私達、つまり私と帝国宰相は航宙軍との幸福な関わり方のバランスを求めています。航宙軍には必要な資材を、退役する者には新たな仕事を、そして星系政府の需要を満たし治安を改善するのです。こちらに儲けがなくとも、成果が上がれば持ち出しで良い。その方向で、アランの内諾を得ています。」

 

帝国宰相たるイーリス・コンラートは人格を付与されたAIだが、モデルの人物は航宙軍の士官である。そのように配慮しても不思議はない。そして何より、旧式艦とはいえ人類スターヴェイク帝国には補助艦隊が備わることになる。

 

「なるほど、それならば確かに。」

 

「では、協力していただけますね?」

 

エルナのその問いかけに、将官たちは皆同意した。開発・生産本部は、エルナ女王と契約を交わした。

 

 

 

 

 

惑星アデル 最高統帥会議

 

最高統帥会議は、航宙軍が自らの意思を決定する場として用意された。人類銀河帝国において、アデル政府“文民統制”という規律を掲げてきた。これにより、航宙軍は永らくアデル政府の指揮下に置かれていた。アデル政府が消滅した事で、航宙軍は自ら方針を決断する必要に迫られた。これは過渡期における緊急対応的な措置であり、人類スターヴェイク帝国という新たな国家に正式に帰属する為には価値観の擦り合わせこそが必要だからである。航宙軍内で円滑な合意形成を行う為に、議論が必要な課題は多岐に渡っている。必要な予算を請求するだけならどれだけ楽なことかと、生き残った責任者達は頭を抱えた。しかし、長い戦争の後始末は誰かが処理する必要があった。それにここで適切な下地を形成する事こそが、航宙軍の未来を生むために必要な足場固めに他ならない。だから最高統帥会議を構成する誰もが、自分達の使命の重要性と歴史的意義を良く理解していた。

 

「それでは、始めよう。」

 

会議の議長役は、艦隊本部の作戦艦隊司令部を統括するカルラ・アイローラ提督である。元帥に任じられている彼女は、文字通り航宙軍の代表として振る舞っていた。元々、艦隊本部こそが組織の花形でもある。

 

「アランは、航宙軍の存続について全面的に同意した。彼は航宙軍存続を熱烈に支持していると、そう言って良いだろう。本件については、私の請願に応えて貰った形だ。他の女王からも熱心な働きかけがあった。アランからはそう聞いている。」

 

アイローラ提督のこの発言に張り詰めていた緊張が緩み、安堵に満ちた空気が流れた。アイローラ提督を人類スターヴェイク帝国皇帝本人への交渉窓口とする、それこそが航宙軍側の必勝の策だった。そして彼らはこの賭けに勝ったのだ。

 

「それはそれは。これは魚心あれば水心、とそう評すべきなのでしょうな。大変結構な事だ。」

 

情報本部を代表して、防諜・治安情報局のハインリヒ・ヴァイス中将が少しばかり皮肉めいた笑みを浮かべてそう発言した。皇帝の懐柔こそが航宙軍からの花嫁としてのアイローラ提督の役割であった。皇帝から大幅に譲歩を引き出せてこそ、彼女を嫁がせた価値があるというものだ。

 

無論、結婚自体は当人同士の自由意志で決まってはいる。だが、周囲の賛成と後押しには少なからず政治の色が込められていた。皇帝の側にも、彼女を介して航宙軍側を懐柔する意図はあった筈なのだ。だから両者の結婚は、そのまま人類スターヴェイク帝国と航宙軍の平和理の統合への道なのである。

 

「吉報ですね。皇帝と折り合えたのは、何よりでした。」

 

兵站本部開発・研究局のノクス中将も機嫌良さそうにそう評価した。彼女としては、エルナ女王を通じた約束を皇帝が守ったと判断している。

 

「それでは段階的に、一つずつ整理して確認していきましょう。ではまず、私から質問を宜しいですか?」

 

同じく兵站本部から生産・建造局のリサ・モントーヤ中将がそう質問する。彼女も朗報に満足そうにしてはいるが、建造の責任者としては早急に確認すべき事があるのだ。

 

「まずは皇帝陛下は航宙軍の規模の縮小は予定されていない、その理解で宜しいのですね?」

 

航宙軍の再編に伴い執行される予算の規模感は、彼ら兵站本部の主要な関心事だ。航宙軍が存続するとしても、規模の縮小は起こり得る。予算は有限であり、軍の必要性がどう定義されるかも不明瞭である。常識的に考えれば、バクスとの戦争が完了した以上は緩やかな組織の縮小が当然と言える。この点を把握する事は、この会議の結果を左右する上で基礎となるべき事柄なのだ。

 

「その通りだ。艦隊の再編は行われる。しかしこれは退役する将兵と再造される艦船の調整を基軸とした発展的な内容だ。戦力面に限れば現水準以上の規模の維持を目指しており、我々航宙軍が織り込み済みの内容とほぼ一致するだろう。」

 

後方組たる軍官僚のモントーヤ中将相手に、アイローラ提督は明快にそう答えてみせた。彼女の率いる艦隊本部内では、これは既に結論が出た問題なのだ。アイローラ提督の左右に座す二人の将官、人事・教育局長も、管理・監察局長も同意とばかりに頷いていた。

 

「では、詳細は宰相府の資料を確認してくれ。本会議で承認され次第、この予算は即座に執行されると聞いている。」

 

アイローラ提督の指示で、資料が参加者の視覚内に掲載される。情報本部と兵站本部の人間は、注意深く資料の閲覧を開始した。ナノムに概要を掴ませながら、航宙軍の計画からの修正点を掴んでいく。問題は何も無かった。部分的には条件がより有利になってさえいた。仮執行された繋ぎ予算が本予算に切り替われば、彼ら後方組の計画は一気に進展する事は間違いない。帝国へ提出した希望案に対する回答は、航宙軍への優遇と言っても過言ではない。この満額回答というべき内容に、一同が満足そうな表情を浮かべる。

 

「この内容なら、会議を今すぐ終えても問題なさそうですな。」

 

情報本部のヴァイス中将の冗談めかした発言を、『待って欲しい』と制止する声が響いた。

 

「情報本部はこれまで態度を留保し、会議の決定を先送りしてきただろう。『全ては本当にバグスが絶滅して戦争が終わったのなら』と言ってな。懸案となっていたその点を、今日こそは明らかにしようじゃないか。その点はどうなのだ?情報本部としての結論はもう出たのだろう?」

 

語気を強めてそう発言するのは、宙兵本部のガイウス・オコナー中将だった。彼はかつての航宙軍内部の派閥争いにおいては宙兵総指揮官として局外中立というべき立場にいた。だが、現在では熱心な皇帝支持を打ち出している。今回の質問も、『バグスを滅ぼした』という皇帝の宣言に嘘はない事の確認の意図である。宙兵本部が公然と皇帝側を支持するのは、皇帝アラン・コリントが宙兵隊の出身だからだ。オコナー中将にとっては極めて重要な事に、皇帝は宙兵の流儀を忘れていない事をその軍務で度々証明している。更にその上でバクスの絶滅までも成し遂げた。だからこそ、皇帝は宙兵から絶大に支持されていた。

 

「私も同意見です。バグスの絶滅は航宙軍全体としても事実認定したと、そう今ここで結論を出してよろしいのですか?」

 

艦隊本部に属する管理・監査局のチェン中将も情報本部へと質問を投げかけた。オコナー中将とチェン中将の疑念を受けて、列席者の視線が参加者の一人へと集中した。全員の疑念を代表して、アイローラ提督が議長としての立場で情報本部へと問いかける。

 

「調査艦隊からの通信では全て、バグスの兆候なしとされていた筈だな。まずはその点を明らかにするべきか。バフマン提督、情報本部を代表して貴官より調査結果の最終報告をお願いしたい。」

 

アイローラ提督が水を向けたバフマン中将は、旧バグス支配域に航宙軍の残存艦を分派派遣した偵察・戦域情報局の責任者だ。バグスの奇襲で艦隊士官が払底した為に予備役から現役復帰を余儀なくされた人物である。老齢で能力は凡庸。経歴も戦闘指揮能力も平凡極まりない。だが派閥とは距離を置いた中立で、丁寧な仕事ぶりと職務に忠実な軍人としての定評があった。策略家の多い情報本部所属にしては、敵の少ない無害な人物なのだ。それだけで政治的には貴重極まりない人材だった。

 

「我々の調査艦隊が訪れた全ての星系でバグスの活動は確認されませんでした。各星系には少数ながら艦を割り当てて調査を続けさせています。しかし旧バグス支配星系全てで、生きたバグスはこれまで発見されていません。バグスを絶滅させたとする皇帝陛下の主張は全て事実である。と、そう考えて良いでしょう。」

 

資料を空中へと表示させつつ、淡々とバフマン中将は報告を行った。それは艦隊本部や宙兵本部の見解を支持する内容である。そもそも会議の基本方針は融和路線なのだ。情報本部とてその点は弁えている。これまで過去の会議を長引かせたのは、皇帝から譲歩を引き出す為の駆け引きという側面が強い。航宙軍が皇帝に頭を垂れるしかないにしても、条件を少しでも有利にするという意図でしかなかった。

 

皇帝が航宙軍の予算案を丸呑みしてくれた以上、これ以上の結論の引き伸ばしを望んでいる訳ではない。単に手続き上行うべき慎重な確認をしたまでという態度をは崩さず、淡々と幕引きを図っていた。全ては保身と利益の最大化の為の行動に過ぎない。情報本部以外からは、その様な条件闘争の為の小細工など軍人らしくないと映る。しかし航宙軍の進退に後ろ指を刺されないようにどんな小石であっても万全を尽くして排除する事は、この場合は極めて大切な行いである。時間は有限とはいえ、最初の方針を撤回しての手戻りは致命的な悪手になりかねないのだ。この場合、慎重な確認こそが美徳である。

 

「バグスの活動の痕跡さえも発見に至らないのは分かった。それならば、人類の生存者は他にいたのかね?」

 

気忙しげにオコナー中将が尋ねる。生存者が居れば宙兵が出動している筈であり、彼が知らないはずがなかった。つまりはこれは、記録の為の質問である。情報本部には事実関係を証言させ、記録に残す。それは後世が検証可能とする為の質問である。互いにその意図は把握していた。だから今は別段、諍いをしている訳ではない。全てはお互いの役割を演じるだけの、必要な手順の履行に過ぎないのだ。

 

「追加で発見された者はいません。救助された者は皇帝陛下による解放者の回収のみです。遺品については大量に発見されていますが、これは皇帝陛下の手から漏れていても当然とすべき面があるでしょうな。」

 

バグスは文字通りの意味において、人類を捕食する。その為に人類を捕らえ、安定的な供給可能な餌として人類を繁殖していた。人類の戦略を理解する為に、政治家や軍人を生かして利用さえした。皇帝はバグスとの交渉において、人類の生存者を全て吐き出させた。これはバグスが隠匿しようとした存在も含めて全て、である。

 

航宙軍とてこれらの経緯は共有されて把握している。しかしそうだとしても全てを「はい、そうですか」と簡単には受け入れられない。独自に調査を実施して確認する検証作業は、組織として絶対的に必要だった。それは航宙軍の今後を決定する上で、皇帝の誠実さと能力は共に重要な要素であるからだ。航宙軍が相手に従うかどうかの査定に手を抜く訳にはいかないのだ。

 

「これでバグスとの長き戦争は終わった、か。」

 

艦隊本部のチェン中将がそう呟く。彼は比較的短期ではあるが、バグスに捕えられ抑留された経験を持つ。バグスの予備食糧として解放までを生き延びる事が出来たのは、人類の内情に精通していると価値を見出されていた為だ。こうして軍務に復帰出来たのも、当時の記憶をナノムを用いて完全に封印しているからに他ならない。

 

もし仮に心的外傷を惹起する記憶を呼び起こせば、自分が意識を正常に保ち得るか分からない自覚がある。恐らくは発狂し、正気を保てない。バグスからの解放者の全ては、バグスに拘束された過去の行為を免責されこのような記憶のブロック措置を受けている。ともすれば個人のアイデンティティに対する皇帝の権力の乱用とも成りかねないが、バグスに捕食される恐怖と人類や仲間を裏切った記憶は封印されて然るべきものだという点で異論は出ていない。バグスの事も、彼らが食べていたものも、人々が食べさせられていたものでさえ思い出すのは憚られる内容とされていた。全てを不要な過去として忘れてしまえるなら、それは幸福なのだ。

 

「バグスはどこにいても目立つ。奴らは食事と代謝を止められないからだ。潜伏していてもそれはごく短期の事だ。一定の時間をかけて痕跡も発見できないならば、その地にはいない。これは間違いないだろう。」

 

チェン中将は職務上の知識と実体験の両方で承知していた。バグスが今も生きていれば、彼らの旺盛な食欲は闇夜の篝火のように目立つであろう事を。バグスは群れで行動する生物であり、潜伏を企図していても食糧供給の面で課題を抱えている。惑星上空から監視して、何の兆候も見出せないとはまず考えられなかった。しかも今回は、惑星に降下して丹念な調査を実施している。

 

「以上、情報本部としては大いに納得した。…これで宜しいかな?」

 

情報本部のヴァイス中将がやや挑戦的に宙兵本部のオコナー中将に向けてそう発言する。オコナー中将は黙って頷いてから一言付け加えた。念押しである。

 

「バグスはもう滅んだ。情報本部がそう結論を出したと理解していいのだな?」

 

「情報本部としては、過去に議題に上がったバグス以外の異性生命体に注力して問題ないとそう考えている。」

 

「大いに結構な結論だ。宙兵本部としても同意見だよ。」

 

漸く宙兵本部が矛を収めたと見たのだろう。それまで沈黙していた情報本部の最後の一人が口を挟む。

 

「それでは今から話し合うべきは、航宙軍の今後をどうすべきかとするべきでしょう。」

 

同じ情報本部の同僚と宙兵本部のやりとりを少し嗜めるようにそう返すのは、戦略AI・解析局のイザベラ・クローデル中将である。ヴァイス中将とクローデル中将の2人は情報本部では常に賛成反対の立場を違えるかのように振る舞う。今回もその流れで「私はヴァイス中将とは関係ありません」と澄まし顔をしていた。

 

だがそれは「良い警官と悪い警官」に代表される友好と敵対の単純な交渉技術に基づく計算に過ぎない。アイローラ提督はその事をよく承知していた。何故なら情報本部とは、スパイと策略家の巣窟であるのだから。

 

「戦争が終わったとして、退役を求める声も多数あります。そしてそれは彼らの権利でもある。」

 

そう発言したバフマン提督の声は半ば独り言だったのだろう。しかし、会議の注目を集めていた。思わぬ注目を得たと悟ったバフマン提督は補う言葉を付け足す。

 

「生き残った兵達を、家へ帰してやりませんと。」

 

「バグスとの戦争が終結した以上、徴兵動員された将兵の退役は当然でしょう。ならば退役の実施を進めるべきですな。」

 

宙兵本部のオコナー中将が場を代表して返答する。現在の将兵の少ない割合は、迫るバグスの脅威に対して駆り集められた。志願であれ徴募であれ、これは臨時の措置である。戦争が終われば解放されるのは当然の事である。召集兵の割合は、特にバグスと直に戦う宙兵部隊にこそ多い。退役の問題が一番関係するのは彼であった。それで会議の関心は兵の退役に集約されていく。

 

「兵や大衆からの皇帝陛下の人気も、これで決定的に高まるでしょうね。航宙軍の姿勢を内外に示す事になりましょう。」

 

「皇帝陛下の約束が事実なら、我らも既定方針に沿っていいだろう。」

 

「我らが考えるべきは、皇帝の企図する航宙軍の在り方に集約されたようです。」

 

「その通り。バグス絶滅後に、どの目的で航宙軍が維持されるのか。またその目的も我らは知らねば最終判断はできかねる。」

 

会議の参列者がそれぞれ意見を口にする。それはバクスと人類との長き戦争の終わりを知った自然な反応だった。その様子を冷静に眺めていたアイローラ提督は会議の結論を出す段階であると見極め、発言した。

 

「…では全てを、粛々と計画に沿って進めよう。皇帝を忌避する懸念点は全て確認されたものと見做す。皆、それでよろしいか?」

 

「「「意義なし」」」

 

もう反対や懸念を表明する者はいない。航宙軍はここに、人類スターヴェイク帝国への帰属を正式に決定した。

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