【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる) 作:高坂 源五郎
「火を放て」
オデットの号令で兵たちが一斉に火の魔法を放つ。火は森の下生えを舐めて見る間に拡散した。野焼き、森を浄化する為の炎が森を包む。遠目には人類の慣れ親しんだ姿に見える。しかし、その生物相は深刻に汚染されていた。
「…木は、どれほど残るのかしらね?」
独り言かのようにそう質問する主を、オデットは見上げる。エルナの衣装は火災が起こす強風で、激しくはためいていた。
「バグスの汚染地域ですから、この地は残らず焼き尽くされます。冬が終われば、全て草原になるかと。」
「そう、仕方ないわね。」
この星の名はノクテリス。人類銀河帝国では、長らくバグスの支配する“夜の星”として忌避された。勝者たる人類スターヴェイク帝国は、この星をノクターリスと呼ぶ。綴りは変わらない。ただ“夜を超えし星”と再解釈した。この地の再生こそが、新たに女王としてこの星を得たエルナに与えられた役目である。
ウルズラや
「煙いわ。」
「早く移動しましょう。エルナ様、こちらへ」
火の回りを確認していたエルナが、引き上げを示唆する。その合図をハラハラとした心持ちで見守っていたオデットは、エルナを守り部下と共に引き上げを開始した。
この火事は可能な限り全てを燃やし尽くした後で、呼び出された雨により消し止められる。オデットには計り知れない強大な力で、天候を操作するのだ。それは帝国宰相であるイーリスの力。人類最高の演算力を誇るAIであるイーリスは、造物主の遺産である魔素を用いてそれを行う。
そして冬が来る。火と氷を繰り返す浄化と再生。数年間かけて、この星はバグスの痕跡を全て消し去る。それがノクターリス再生の計画だった。
「自分の主君は要領が良く、運も良い。」
オデットは早くからその事に気がついていた。エルナ様は凄い人だ。近衛の班では唯一、捕縛を免れた。壊滅したクレリア様付きの近衛の跡を一人で引き継いだ。アラン様と合流してからは冒険者パーティー“シャイニングスター”を結成した。その縁を見込まれて、パーティメンバーは全て妃に迎えられた。戦場においても要所で活躍している。
オデットも剣も使うし、魔法も使える。魔法を使えない女性が戦場で活躍する事は難しい。しかし自分はエルナに似ているようで、エルナのようにはなれない。エルナは集団に埋没せず、いつも煌めいて見えた。
オデットがエルナに仕えた経緯は偶然だった。だが思い返せばあれは必然だった気もする。捕虜の中の志願兵を部隊とする際に、男女を分けて女性兵をエルナにつけたのがきっかけだ。結果的に弓兵や魔法兵が大半で、支援部隊の形となった。その後、拡張を重ねて今の形に至る。女性兵のみの縛りは当初だけだったが、男女比では今も他より女性兵が多い。
オデットはエルナの部隊で副官という立場を得て、以来ずっとエルナの片腕として過ごした。
移動した先はノクターリスでは珍しく清浄化された土地だった。あまりにも汚染が酷いので、全てを軌道爆撃で吹き飛ばした跡地である。すり鉢状の巨大クレーターの中に、惑星全土を覆った大火の後の雨水が溜まって湖となっている。この辺りは前倒しで冬を到来させており、今はどこまでも水平な氷の平原が広がっていた。一部の斜面は雪で覆われて格好のゲレンデを形成している。それも本来より緩やかになるよう、宇宙から切り開いたのだ。
そんな冬遊びに最適なロケーションに、惑星アレスから移築した豪華な館がある。冬遊びに使えるだろうと、エルナが建てさせたものだ。この星には今、ここにしか建物は存在していない。それは見方を変えれば、とてつもない贅沢ではある。エルナは誰にも気兼ねすることの無い遊び場とする事を選んだのだ。どうせ冬はまだ終わらせられない。再生の春は先なので、楽しむしかないのなら楽しむ方が賢明だろう。
「…それで、どうするつもりなのです?」
エルナは唐突にオデットへと声をかけた。オデットはどきりとする。エルナは口うるさい主ではないし、ちょっとした手抜かりは黙って補ってくれる。エルナとオデットの間で問題にすべき事柄などまずない。たった一つを除いては。
「あなたも適齢期、このままでいいわけがないでしょう。」
オデットは一瞬沈黙した。
「エルナ様、私は正式にカトル様から結婚を申し込まれたわけでは…。」
「カトルもカトルですが、貴方がはっきりしないのがいけないのです。貴方さえその気なら、私からタルスさんに話をしても。」
「カトル様は、私なんかよりいいお相手がもういるかと。」
オデットは生まれを言った。彼女は無論貴族などではない。しかしそれを言えば、カトルも商人の子である。
「カトルの身近に、貴方ほど格好の相手がいるとは思えませんけれどね。」
オデットとカトルは淡い交際を重ねていた時期がある。ザイリンク帝国との戦いが佳境だった頃で、後方の地固めを担当していた時期だ。当時からアランの側近として、カトルは各国でもてなしを受ける立場である。そこには貴族令嬢方の誘いも含まれる。オデットはそれに耐えられなかった。ありありと想像してしまったのだ。綺麗な令嬢達に囲まれて、自分の存在など忘れ去ったカトルの姿を。
「カトル様はお忙しいですし、きっと私のことなんかもうお忘れです。奥方候補だって大勢います。」
「全部、貴方の想像よ。」
エルナはそう言って笑い飛ばす。
「エルナ様はお綺麗だから、普通の人の気持ちなんてわからないんです。」
オデットは抗弁した。エルナは綺麗だ。華やかな赤毛の髪、目鼻立ちは整って品がある。何より活発にもお淑やかにも出来る要領の良さが彼女を輝かせている。エルナなら、男の心を虜にするのは容易いだろう。冒険者時代でさえ、道ゆく者を振り向かせていたと聞く。女王に即位した今は、その美しさは同性でも目が眩む程だ。
だがエルナは言った。
「オデット、相手が好みかどうかだけで結婚するのではないわ。貴族は家の釣り合いや結びつきを大切にするの。」
「私はそんな家柄では。」
「今はもう違うわ。この私の、腹心なのよ。」
エルナは『この私』というところに力を込める。オデットの自由にさせてはいるが、家柄を持ち出すとエルナの体面もかかってくる。オデットがカトルと結婚しないにしても、そこを理由にさせる気はない。
「この私を腹心だなんて、恐れ多いです。」
「オデット、貴方はもう少し危機感を持つべきですね。」
エルナが思うに、オデットは結婚を理想化し過ぎている。結婚とはもっとこう、狩のようなものだ。すまし顔をしていても、水面下では足掻いている。エルナはオデットをきちんと諭すことにした。
(悪い子ではないのだけれど、少し詰めが甘いわ。)
良い相手に巡り合った貴族の令嬢など、猛禽の類だ。他にすることもない以上、どこまでも付き纏う。オデットやカトルのように仕事を抱えている訳ではないのだ。侮っていい相手ではない。
それに思いのほか暇で、エルナはこの瞬間は他にすることもなかったからである。オデットを思う気持ちもある。しかし、カトルと縁組させてアランの家臣団の紐帯を高めたい意図もある。
「考えてご覧なさい。アランの家臣の中で、カトルと釣り合いの取れるのは貴方くらいなのよ。」
オデットもカトルもアランの直臣の地位を与えられている。カトルはタラの、オデットはエルナの臣下でもある。だがそれは家臣は家臣でも貴臣と呼ぶべきもの。その為に、最上位者アランから預かった臣下という形式を取る。だから立場は限りなく同格に近い。確かにカトルの方が上位だが、そこが逆転する方が問題だろう。
「エルナ様、でも私どうしたらいいのか…。」
エルナはオデットのその一言が聞きたかった。脈はあると判断する。ナノムを通じてアランを呼び出した。そして、オデットには手で『待て』と合図する。
オデットはエルナの沈黙に訝しんだが、すぐに事情を察した。航宙軍を従えた人類スターヴェイク帝国は、ナノムの制御と武器の管理権を掌握した。その対象は今では航宙軍から拡大され、人類スターヴェイク帝国軍全てに及んでいる。
つまり、エルナは通話中なのだ。無論、エルナに連絡可能なのは限られた人物である。通話相手はエルナ直属の自分のような立場か、同格の女王達そして皇帝アランと女帝クレリアその人だ。
「あら、それは好都合ですね。」
エルナが応える声がした。ナノムを用いた秘匿通信は唇を動かす必要はない。しかし頭の中で会話をするのは難しい。或いはそれはむしろ、心の中の声を口に出す事でこの場にいない者に聞かせる意図だったのか。オデットは訝しんだ。
(この地にエルナ様が滞在されていると知る者は限られる。でも、雪遊びの誘いをかけられていた。クレリア様が来られるのだろうか?)
その疑問の答えは、すぐに出る。
「アランから誘われました。今宵はアレスで過ごします。」
エルナはそう宣言した。
「護衛は、いかが致しましょう?」
「必要ないわ。近衛がいるし、慣れていない者を連れていく方が面倒。同行は貴方だけ、他はここに残らせなさい。」
「はっ、ではその様に手配いたします。」
エルナがアランの元で過ごす、それは日常だ。付き従うのがオデットだけというのも珍しくはない。オデットがアランの直臣なのは、この様な場合に対応できる意図である。それにエルナは、まだ自身の親衛隊を組織していない。オデット以下の直属部隊があるので、別に親衛隊を組織する必要性が薄いのだ。
「それでね、オデット。宮中に行くのに相応しい格好をして。私達は野焼きでまだ煙臭いわ。完全に支度を整えて、晩餐前にはアレス入りしましょう。」
宮殿の外は夕闇が覆っている。西の空だけが微かに明るさを保つ中、宮殿の内部は煌々と照らし出されていた。女王としての衣装を纏ったエルナは、早々にアランの私室へと消えた。そのまま二人きりで艶めいた夜を過ごすのだろう。
エルナを送り届けたオデットは、城の食堂へと足を向ける。オデットの資格であれば、いつでもこの城で食事の提供を受けられる。エルナの家臣団用に部屋も与えられているので、不便はない。
廊下を潜り抜けて食堂の入り口に至る所で声を掛けられた。カトルだ。オデットはアレス入りした時から、カトルの存在を半ば予期していた。彼はこの地にいる事が多い。
「オデット、久しぶり。」
そう声をかけるカトルは、疲れて見えた。
「お久しぶりです。カトル様も、お元気そうで。」
対応するオデットが敬語なのは、カトルがタラ女王の縁者だからだ。エルナの兄のマックスと同等と考えると、自然と背筋が伸びる。エルナはオデットが同格とそう言った。あれは結婚に際してエルナが後ろ盾を務めるという意図である。しかしオデットが思うに、カトルのみならずタルスやタラ女王に認められようというのは大変な事なのだ。
「話があるんだ。今から一緒に食事でも、どうだろうか。」
カトルがさり気ない風を装って誘ってくる。オデットは周囲を見渡した。ここには食事をしに来た。今夜、エルナから呼び出しが来ることはもうあり得ない。アランと過ごすからだ。こちらから連絡をする事態はまずあり得ない。緊急時の連絡は、宰相イーリスからアランへ報告される。周囲を見渡しても、厄介事の気配はない。そしてオデットは、なんだかんだでカトルを想う気持ちはある。誘われて素直に嬉しかった。
「…分かりました。」
頷いた。カトルと仲良く並んで食堂の中へ進む。二人が通されたのは、食堂の中心の上等な席である。カトルやオデットの地位は、今はそれくらい高いのだ。大食堂で食事をする者達の中では、最上位に近い程に。
「…それで私、大食堂の中心でカトル様に結婚を申し込まれてしまって。」
一夜が明けた。居館へと引き上げたエルナは、遅い朝食の席でオデットから昨夜の首尾を聞いていた。オデットの口からは決壊したダムのように言葉が溢れている。昨日の口の重さは嘘のようだった。
「そう、良かったわ。」
応えたエルナは卵とベーコンを口に運んだ。
「指輪まで頂いてしまいました。私、どうしよう。」
オデットの指には、燦然と輝く宝石が装飾された指輪が輝いている。その輝きに見惚れたように、指から外す気はないらしかった。今はそうやって誇示させるのがいいだろう。
(きっと、出所はタラの宝石箱ね)
エルナの見立てでは、タルスがタラが見劣りしないように張り切って買い込んだ中の一品の筈だ。カトルが二人に理由を伝えて譲り受けたのだろう。カトルの妻は、タルスやタラにも関係する。きっと快く譲られたに違いない。
「指輪を受け取ったから、今は仮の婚約というところね。後で、私の所に申し込みに来ると言っていたのでしょう?」
「はい。カトル様は必ずエルナ様の許可は自分で頂くから、と。でも本当にそれでいいんでしょうか。」
あら、とエルナは訝しんだ。ここまでお膳立てして、この子は今さら何を言い出すのだろうかと。もしかして『脈がある』と判断したのは勘違いだったのだろうか。わざわざアランに手を回して、アランからカトルに機会を与えるように仕向けたのだが。
「もしもこの話が気に入らなければ、私から断ってあげるわ。」
「そんな。気に入らないなんて事がある筈が。」
「あら。私の侍女として共にアランに抱かれる道もあるのよ。そう、アリスタの所のカリナやセリーナとシャロンのギルベルタの様に。」
少し意地悪な口調でエルナがいう。艶を含んだ目でオデットを見つめるのは、その路線も満更悪い手ではないからだ。二の手三の手を組み立てるのは、兵法の常道である。
「それは、私なんかがアラン様のお相手など恐れ多いです。」
ブンブンとオデットは首を横に振る。その顔色には恐慌の色さえある。つまるところオデットはこの縁組を分かりやすい程に喜んでいるのか。
「ねえ、何が気に入らないの?」
「私なんかが、本当にいいんでしょうか。」
オデットは戦災孤児だ。傭兵や冒険者として成り上がってきた。カトルはタルスの嗣子である。貴族としては二代目で、タラの女王即位で王族の地位にまで昇った。気圧される気持ちも、分からないではない。だがしかし、だ。
「我が王国の家臣団筆頭はオデット、あなたなのよ。もう少し自信を持って欲しいわ。」
「そんな、でも。」
「そもそも、私の王国を低く扱わないで欲しいわ。」
ノクターリスは未だに再生途上にあるが、エルナは星持ち女王である。タラよりは上位にいるのだ。オデットはカトルと比べて遜色はない。寧ろ、戦場での実績はオデットが勝る。女性に限定すれば、オデットの活躍は
まぁマシラを筆頭に
「タラ女王の家臣団は、戦場での貢献がほぼないわ。正直、一番立ち遅れている。一からの立ち上げに成功した我が王国のノウハウは、喉から手が出るほど欲しいでしょうね。」
エルナがそういうと、オデットがハッとした顔をする。
「つまりカトル様の求婚は、エルナ様の秘密を売れとの腹なんですか。」
「違うわ。そりゃ下心はあるでしょうけれど、カトルにとって貴方はそれだけ価値があるの。」
「私に、価値が。」
「カトルはタラの家臣団作成に苦慮しているわ。そんな時、妻がオデットの様な軍人ならどれほど楽かと考えた筈よ。」
「…私も、カトル様のお役に立てるのでしょうか。」
「ええ。間違いなくそうなるわ。」
(やれやれ、手が掛かったわ)
エルナは思った。まあ、悪い夜ではなかった。アランと夜を過ごす役得はあったし、カトルも上手くしたらしい。
実の所は『上手くしたらしい』ではない。エルナはアランやクレリアと共にその実況を楽しんだのだ。カトルの告白の為にわざわざ用意された席は、イーリスの厳重な監視下にあった。大食堂という場所を指定したのも、実況中継の意図あればこそである。二人は見られていたとまでは知らない筈だ。
エルナはお茶のカップを手に取ると、オデットの口から溢れる言葉の奔流に耳を傾けた。今日はもう、カトルが申し込みにくるまでオデットもエルナも仕事が手につかないだろう。
オデットとカトルの縁組は、本編でカットしたエピソードです。今回の外伝では入れたいと考えていました。エルナ、オデット、カトルと繋がるのは意図しておらず偶然です。
カトルは原作勢なので幸福な結婚をして欲しいと考えていました。外伝ではアランやクレリアより、オデットやカトルのような脇役達を主人公とする機会が多くなりそうです。