【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる) 作:高坂 源五郎
ベルタ王国統一記 13 賭けの勝敗
「フランツ、バルテン士爵との取引は成立したな。」
「はい、宰相に苦しめられたという点で我らとの共通点も多い奴でしたな。長の作戦の切替も見事でした。」
「アーティファクトを入手しても、使い方が分からぬようでは我らの沽券に関わる。やはり使い方を知ってそうな人間、どの職人が詳しいかを把握している人間はこちらに引き入れておきたい。」
「確かに。せっかく運んでも壊れていると難癖をつけられても困ります。」
「我らの手柄、万全にせねばな。」
「それで、ギニーアルケミンを入手した後のバルテン士爵の扱いはどうしますか?」
「アーティファクトの使い方を説明させるまでが役割、その後はコリント卿のご判断となる。コリント卿には我らも受け入れるとお約束頂けた。バルテン士爵はギニーアルケミン入手に必要な男。悪いようにはされぬだろう。」
「その為にも、バルテン士爵から目を離すわけには行きませんな。」
「どこまでも追跡していくぞ。この作戦に全戦力を注ぐ。エーリヒ、ペーター、ホラーツ、全員で掛かるぞ。里の者にも使いを出せ、もう一族をガンツに移動開始させる。見込みは立った。成功しても失敗しても里には居られぬ。コリント卿を頼るが、最悪の場合は国を出る覚悟を決めさせておけ。」
「かしこまりました、長」
ウルス•バルテン士爵はこれまでと変わらぬ準備をし、普段通りの日程で金鉱山への移動を開始した。王国軍の部隊というのは身なりからして違う。証明する書類も万全だったので、道行は極めて順調だった。
金鉱山に行く道は複数の経路がある。前回と同じ道を辿らないというのが暗黙の了解だった。今回のルートは最短ルートではなく迂回ルートだが、奇しくもガンツに向かうルートに近い。30名の兵士など倍の数の盗賊でもなければ安心して襲う事ができない。盗賊狩りの成果で大物盗賊は壊滅している。道中は余りにも何事もなく、部下の兵の雰囲気も弛緩していた。
それでもウルス•バルテン士爵が緊張を緩める事が無かったのは、例の黒づくめの男達、賊に成り下がった隠密との賭けがあったからだ。ただ、あの日語った事は本心だった。
「(宰相は気に入らん。主人とやらが、本当に英雄に相応しいかどうかだが)」
その日は午後遅くに町に入った。部下達を監督して常宿に馬車を入れる。金は長櫃に入れて部屋に運び込む。部下に常時監視させる手筈になっている。今夜の警戒体制が整ってやれやれ、という所で背後から声が聞こえた。
「商業ギルドでガンツのニュースを聞いてこい」
振り返ると誰もいない。しかしあの時の長と呼ばれた男の声で間違いなかった。
「商業ギルドへ行く。周辺の賊の動きや目ぼしい知らせがないかの確認だな。お前らはここで警戒しろ。気を緩めるなよ。」
副官役の古参兵に声をかけて宿を出る。商業ギルドで周辺情報の聞き込みをする、これはよくある手順である。部下達は誰も不審には思わない。
王都より遥かに小さい街である、商業ギルドのありそうな街の中心などたかが知れている。商業ギルドにはすぐに到着した。バルテン士爵は制服に揃いの剣と鎧をつけた王国軍武官の出立ちをしている、ギルドの受付が飛び上がって畏まった。
「楽にして良い、近隣の目ぼしいニュースがないかか聞きに来ただけだ。周辺の賊の動きと、ガンツで何かあったかをな。」
王国軍の公用である事を示す小さな紋章を出して示す。商業ギルドはこの手の情報提供に金を取る。だが軍の公務であれば金を取らないのが鉄則である。
「はい、現在は何も盗賊の被害は報告されておりません。」
「何も?」
「はい、盗賊狩りが成果を上げているようで、商人は皆喜んでいます。」
盗賊狩りとして王都で名を上げたコリント卿は街道でも着々と成果を上げているらしい。
「素晴らしいな、それは。」
「それでガンツの戦況ですが、閣下はどこまでご存知ですか?」
「戦況?いや、何も知らないが。」
では、まずこちらをご覧ください。ギルドの係は通信文を指し示す。そこにはこう書かれていた。
『ガンツ伯がコリント男爵領に3,000の兵で侵攻し、敗死。ガンツは護国卿の庇護の元、後継者の襲爵まで衛兵隊とギルドの管理下に置かれる。』
なんだこれは。震える手で通信文の記載された紙を握りしめた。それしかないからだろう、破かれると心配したギルドの受付に通信文は回収されてしまう。
「(何という内容だ。奴らの話は本当だったのか。)」
盗賊狩りで護国卿とはいえ、3,000人の軍にたかが男爵のコリント卿がどのようにして勝ったというのだろうか。
「(にわかには信じられんな)」
「これはいつの事だ、続報はないのか?」
「通信文に日付が記載されております。2日前の事です。こちらがその続きです。汚したり破いたりせぬように注意願います。」
示された紙は王都で公示された内容の写しだった。そこには『ガンツ伯の後継者が定まるまでの三年間、ガンツの支配をコリント辺境伯に委ねる』との文言が記されていた。
「辺境伯だと?」
男爵から辺境伯への襲爵など前代未聞である。だが、ガンツ伯亡き後の周辺の動揺を鎮める為の措置としてなら、それなら通らない話でもない。辺境伯は元々国境を守る役割を担った役職なのだから。
「続報はあるのか?」
通信文を返しながら受付に問う。
「そちらが最新の内容です。後は、ガンツに行かれなければこれ以上の詳しい事は分かりません。」
「そうか。手間をかけた。」
商業ギルドを出る。宿に向かって歩き出すと再び背後から声をかけられた。
「ちょっと、そこの酒場で打ち合わせをしないか」
振り返ると今度は普通の旅の身なりをした男がそこにいた。覆面もかぶっていない。敵であるバルテン士爵の前に顔を晒していた。いや、賭けに敗れた今は、仲間となったという事だろうか。
男に導かれるままに、酒場に入る。男がエール頼んで手渡してくれた。黙って口をつける。
「俺は、賭けに負けたようだな」
「良かった、賭けの負けを認めてくれますか。それは話が早そうだ。」
「ずいぶん口調が違うんだな、長」
「あれは仕事用の口調です。人前では言葉遣いを改めますよ。目立ちますしね。今は王国軍の士爵様を相手にした賭け金の取り立て人ですから。長ではなくエルヴィンと、そう名前でお呼びください。」
そう言って嬉しそうに笑う。
「エルヴィン、俺とて払う物は払うつもりだ。だが色々と事情を明かして貰わねば困る。」
「そうですね、打ち合わせは必要です。夜にお部屋に忍んで参りますので、そこで細かい打ち合わせはいかがでしょうか。」
「宿の部屋はまずいだろう。隣に兵達がいる。守らせているものもある、部屋からは人払いはできんぞ。」
「ふむ、娼館はどうでしょうか。」
「それならば行く機会がないでもない、が」
金鉱山は街ではない。兵が交代で旅の途中の慰みで娼館に通う事はある。独り身の自分が行っても兵はおかしいと思わないだろう。
「道中、なるべく高価な娼館をお使いください。」
すっと金貨の詰まった袋を差しだされる。手に載せた重さからして違う。
「豪勢だな」
「それだけこちらも失敗出来ぬ仕事です、まともにバルテン士爵様を買収しようとしても、その金額では無理でしょう。」
「それはそうだ。お前の話を聞いた上で、お前の主人の活躍を確認したからこそだ。金で動いた訳ではない。」
「結構です。今はお納めください。部下にも振る舞われると、より士爵様が自然に娼館へ行きやすいかと。」
「そうだな、そうしよう。」
部下を手懐けておく事は無駄ではないはずだ。宰相の下で経費も削られ、兵は誰もが結婚できるほどの給与ももらっていない。皆、今の仕事に飽き飽きしている。バルテン士爵はエールを飲み干すと、ガンツの情勢を土産話に宿へと戻った。
訪れた娼館は高級な造作だった。預かった金貨をばら撒くと部下の兵達は喜んで送り出してくれた。鉱山までほど近い。大きな街はこれで最後である。羽目を外したいのは皆同じなのだ。輸送する貨幣の金を警護するという事で言えば、早めに戻る必要がありそうだった。
バルテン士爵は娼館で何も言わずに部屋に通された。その部屋にはエルヴィンが待ち構えていた。
「女はいないのか?」
「聞かれては困る話をするのです、居ませんよ」
着座するように促される。ワインと簡単なつまみは用意してあった。
「で、どうする。」
「バルテン士爵にご協力頂けると展開が変わります、こちらも知恵を絞りました。」
1枚の紙を差し出された。鉱山の見取り図まで入手されているのだろうか。そう考えながら手に取るとそれは予想外の内容だった。
「コリント卿の募兵の告知?どういう事だ」
「いっそ、士爵の部下を抱き込めませんか。」
「なるほど、この待遇なら悪くない、むしろ今よりも手厚いな。」
バルテン士爵は部下に慕われている自信はある。部下は宰相も今の仕事の内容も好んではいない。不満はあるはずだ。それでも踏みとどまって働いているのは、国に仕える仕事への責任もあるが自分への信頼故と思う。
だが兵が働くのはあくまで生活の為である。バルテン士爵個人が反乱を起こした所で行き場がなく盗賊に成り果てるしかないだろうし、そうなるとついてくるのは30人の内、多くて1/3程度だろう。
「が、手土産持参でコリント卿に随身するなら兵もついてくるという読みか。」
ガンツを押さえたコリント卿の勢いが本物であり、コリント卿からの使者がいて、募兵とその条件が明示されている。これなら部下も上官の説得に応じ易いだろう。加えていえば、宰相からの無理難題に悩まされている。兵達にとって鉱山はけして居心地の良い働き場ではない。
「ガンツを押さえ、間髪入れずに王都からはコリント卿に有利な裁定が出ました。さらに大規模な募兵を認められている。これは国王の信頼がどちらにあるかを示すものです。」
「確かにな。空でも飛ばなければ王都には短時間では辿り着かぬ。このような内容、事前に打ち合わせだとも思えぬ。ガンツでの勝敗を知った陛下が、コリント卿を支援したのか。」
「人気の無い無能な宰相と、ガンツを押さえ辺境伯に引き上げられ護国卿を務める若き英雄。どちらを支援する方が国の為になるでしょうか。」
「コリント卿だな、同僚も部下も宰相のアホらしさを知っている。宰相に代わる選択肢があるのならそれを推せる。実はな、」
バルテン士爵は懐から紙を取り出した。
「これは?」
「宰相からの要求品だ。これだけの品を用意せよ、とな。ご丁寧に直筆だよ。撤回してもらえるように粘り強く交渉したのだが、な。」
「2ヶ月でこの数量の金貨を、可能なのですか?」
「無理だろうな。それに納めるのは2ヶ月先ではない、俺と入れ替わりに戻る隊に持たせろとの仰せだ。つまり我々が到着した後2週間が期限と言ったところだ。」
流石のエルヴィンも呆れた。
「で、どうするのですか?」
「俺は小細工は出来ない。部下も同僚も堂々と説得するさ。宰相自ら証拠も用意してくれた事だしな。あくまで宰相の私欲に付き合うか、世直しでコリント卿の募兵に応募するか。どちらが良いかを迫ってみる。上手くいけば話は決まるし、悪くしても同士討ちだ。その隙に貴様らがギニーアルケミンを奪えば良い。どうだ、この話は。」
エルヴィンは沈黙したが、ようやくうなずいた。
「いいでしょう。その性格では小細工を教えても無駄でしょうし。運の良さに賭けることにします。」
「あいにくだが、俺は強運の生まれというわけではないぞ」
「貴方の運ではありません、私が賭けるのはコリント卿の運の良さですよ。」