【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる) 作:高坂 源五郎
ベルタ王国統一記 17 ウルズラの捕縛
「艦長、エルヴィンがアーティファクトを入手しました。」
「(そうか、早かったな。イーリス、報告を見せてくれ。)」
「それが艦長、敵が迫っており出迎えの必要があるようです。」
「(何だって?)」
仮想ウインドウに表示された最初のシーンは王都でエルヴィンがウルス•バルテン士爵を捕らえたシーンだった。賭けを約束させてそのシーンは終わった。
続いて旅の途中に商業ギルドでガンツ騒乱についてバルテン士爵が知るシーンが映し出される。賭けの敗北をバルテン士爵が認めて協力を約束するシーンだった。鉱山内の説得のシーンを経て、場面はバルテン士爵達の鉱山出発の日に切り替わった。バルテン士爵が馬車から下ろしたアーティファクトをエルヴィンに渡している。
『必ずコリント卿に届けるのだぞ、我らは囮になる』
『了解した。バルテンよ、主人に引き合わせるまで死ぬなよ。』
場面はそこで終わっていた。なるほど、エルヴィンは上手くバルテン士爵を味方に引き入れたらしい。ガンツを開城させたのを知ったとはいえ、簡単に出来る仕事ではないだろう。
「(イーリス、彼らの現在地を教えてくれ。)」
仮想ウインドウに地図が表示される。予想進路と予想到着時間が表示された。馬で5日の距離と言っていたが思ったよりはずっと近い。エルヴィンは問題なくガンツに届くだろう。最短ルートを取るだろうから迎撃ポイントの選定も問題なく絞り込めそうだった。
「(イーリス、ここを迎撃ポイントに指定する。兵はどれくらい必要と予測する?)」
「敵兵は約500です。ただ隊列が縦に伸びます。指揮官を捕縛するだけなら数十人の兵士でも足りるでしょう。今回の敵は指揮官を押さえれば降伏する筈です。」
「(よし、セリーナとシャロンに繋いでくれ)」
まず、セリーナとシャロンをグローリアと現地に先発させる事にした。エルヴィンとは面識があるので彼らを的確に誘導出来るはずだ。エルヴィンとも早く接触する方が良いだろう。
三人で手早く検討した結果、動員できる兵の半数を出す事にした。サテライトでいうと6つの班を動員する。今回はリアも連れ出すので留守はダルシムに任せ、副官役としてケリーを残している。
ダルシムはガンツ残留にして、セリーナとシャロンがエルヴィンを上手く捕捉できない際に、王国軍やアーティファクトの出迎えをしてもらうつもりだった。
「ヴァルター、エルナ、志願兵の取りまとめを頼んだぞ」
「お任せください。」
「アラン、任せて」
まず4班を、2班ずつセリーナとシャロンに指揮をさせる。ただし2人はグローリアで先発させるので合流は現地だ。
ヴァルターの班には志願兵の男性を加える。俺とリアはエルナや女性の志願兵と共にハインツの班と行動する事にする。
「全兵力でなくて良いのかしら?」
リアが率いる兵士の少なさに疑問を投げかける。
「金鉱山にいた王国軍の兵が100名程いる。志願兵も加わっているしそう考えるとガンツ伯やカリファ伯のときより数の差は少ないから。」
近隣の貴族を動員する時間的な余裕はないだろう。兵力的には完璧なポイントで待ち伏せして後は作戦通りやれば支障はないはずだった。それはそれとして今後の事を考えると兵は欲しい。いつも最小の兵力では綱渡りすぎる。今後は味方を増やす事を主軸にする必要がある。人は増やしていかなければ、すぐに行き詰まってしまうだろう。
王国軍の精鋭100名は是非指揮下に置きたかったし、セシリア王国の兵も条件次第で配下に組み込む事を考えていた。
「そうだ、ケール男爵の部下がいたな」
ケール男爵の部下は昨夜到着していた。面談も済ませて諸々の取り決めは確認している。今はカリナさんの手配で宿に分散して宿泊させていた。
「ガンツの手前にケール男爵の兵を並べよう。彼らも俺の部下だし、数は多い。それでこちらの方が兵が少ない印象は拭える筈だ。先行する王国軍部隊はケール男爵に収容してもらおう。彼らはアマド国王の部下だ。バルテン士爵達を仲間に誘うにしてもガンツに戻ってからの方が良いだろう。それまで対面しない方がお互い良いと思う。そこは慎重にやろう。」
「分かったわ、そうしましょう。」
発生した実際の戦闘は狩に近かった。仮想ディスプレイで予想した範囲で展開する。今回は街道の両脇に兵を伏せていた。敵の最前列に割って入るのがシャロンの隊、敵の最後列に割って入るのがセリーナの隊。中央で敵の指揮官を捉えるのが俺とリアとエルナ、ヴァルターの役割である。シャロンよりガンツ側にケール男爵の兵を配置している。同数に近い敵にガンツへの突破は不可能と考える筈だ。だが背後にはセリーナと共にグローリアを配置する。袋の鼠になる筈だ。降伏させる手立てがなければ悪手になり得るが、今回の敵は指揮官さえ捕えれば降伏を促せると踏んでいた。
敵指揮官の位置は上空からモニターしている。イーリスがハイライト表示する敵の指揮官の姿が見えた瞬間、俺はエルナに指示を出した。
「あれが敵の指揮官だ」
「了解。〈エアバレット!〉」
圧縮された空気の塊が敵の指揮官を捉える。横からの強烈な衝撃に指揮官は馬から吹き飛ばされた。顔からモロに地面に激突する。乗っていた馬はかなり勢いよく走っていた。兜があるとはいえ、あの落ち方では無傷では済まないだろう。
仮想ウインドウ上では俺たちの介入に連携して、セリーナとシャロンが敵部隊の頭と尻尾に喰らい付いた様子が映し出される。
目の前ではヴァルターの隊が敵の指揮官周辺に押し寄せる敵兵を食い止めている。リアとエルナは敵指揮官の周囲の確保を行なって、成功したようだ。
「(セリーナ、シャロン、敵の指揮官を捕らえた。降伏勧告し、従わない者は排除しろ)」
「((了解!))」
「アラン、すみません。殺すつもりはなかったけれど手加減し損ねました。」
エルナが少し申し訳なさそうにしている。
「敵の指揮官をこちらへ」
周囲を固めているエルナの部下の志願兵達が敵の指揮官を連れてくる。女性兵の1人が後で束ねた髪を掴んで顔を持ち上げた。酷い有様だった。これでは捕縛しなくても戦闘不能だろう。
額のあたりを切ったのか顔の全体が血に塗れて、そこに泥がこびりついている。鼻は曲がり、口は裂け歯も何本かやられた様子だった。幸い息はあるものの、とても女性の顔に見えない。
「治療する、天幕に連れて行こう」
リアが素早くうなずく。俺は周囲の戦闘を抑える事にした。
「君達の指揮官は捕らえた。降伏しろ。そうすれば君たちと指揮官の命は保証する。だが酷い怪我だ。こちらはヒールが使えるが、そちらにヒールの使い手がいなければ指揮官を奪い返してもすぐに死ぬぞ。こちらで治療するから戦闘を止めて降伏しろ。」
しばしの間は戦闘は継続する。が、やがて要求が伝播するに連れて沈静化していった。敵兵は抵抗を止める。まだ投降には至らないが様子を探りつつこちらの出方を待つ雰囲気に変わった。
「ヴァルター、ここは任せた。とりあえず近づかせなければ良い」
「分かりました、アラン様」
周囲をヴァルターとエルナの兵に固めさせ、俺とリアはエルナが敵の指揮官を運び入れた天幕に向かった。
「(セリーナ、シャロン、そちらの様子は?)」
「(ようやく戦闘が沈静化しました。グローリアに挑みかかる無鉄砲な戦士が1人いましたが、
指揮官を捕えたと敵の中で連絡が来たようでなんとか説得に成功しました。)」
「(近づくものは魔法で吹き飛ばしたのでこちらは無傷です、アラン)」
良かった、上手くいったようだ。セリーナと共にグローリアにも登場してもらっていたが、敵の指揮官を捕えた事で大人しくなり大きな問題は無かったらしい。今日はもうドラゴンの活躍の機会はないかもしれないな。
天幕は街道から木立を抜けた所に設置していた。リアを連れてきたので待機でも少し気を使ったのだが、思わぬ役に立ってくれたようだった。
到着した時に、敵の指揮官は机の上に寝かされていた。
「リア、傷を洗ってやってくれないか。」
「分かったわ、アラン。」
リアはウォーターの魔法が使える。ヒールの前に予め傷口を洗ってもらう。こうしないと傷に異物が融合する可能性がある。
傷口に水が沁みたのだろう。気絶していた敵の女指揮官が覚醒した。怪我の具合を確認している俺の姿に気がついて興奮した様子で発言する。
「犯すなら、犯せ。だが私は王家に連なる血筋、私を望むなら王家に連なる王女として扱え。我が夫となれば、王位も夢ではないぞ。」
元は若く麗しき高位貴族なのかもしれないが、まだ自分の怪我の程度に気がついていないのだろう。俺はエルナやリアと顔を見合わせる。顔から落馬し泥に塗れていた彼女は今、顔を洗われたにしても見栄えのする容姿ではないのだが。
だが今は怪我の程度に触れず、〈ヒール〉で可能な限り治すことを優先する方がいいだろう。俺は〈ヒール〉を使用する為にウルズラに近づいた。
「まず治療を施す、話はそれからだ。それに、王女はもう間に合っているから。」
彼女は会話が噛み合わない事に少し怪訝そうな様子だが、治療を優先するこちらの意図は察したようだった。傷口を確認した。綺麗に洗われている。これなら何も問題ないな。俺は適当にぶつぶつと何か詠唱して時間を稼ぐ。そろそろ良いだろう。
「〈ヒール〉」
ウルズラの顔が温かな光に包まれる。彼女の顔の傷が見る間に癒され、欠けた歯の修復も折れた鼻も元に戻る。
「これはまるで、奇跡の力ではないか」
感動したようなウルズラの声が聞こえた。
「(本人の言うとおり、意外と美人だったな)」
長く伸ばした黒髪の清楚そうな雰囲気に気の強そうな表情を浮かべている。特徴的なのはその三白眼で、白眼の多い目をギョロっと向けるところは意志の強さを感じさせる。本人も目力の強さは意識しているのだろう。意識して上目遣いにしているようだった。
年齢は若い。二十歳前後だろう。リアよりは年上だが、エルナよりは年下の雰囲気だ。おちょぼ口なのもあって、全体的な印象は愛らしい。特に口元から溢れるような白い歯が見事だった。ウルズラの怪我が綺麗に治ったようで本当に良かった。
「良かった、綺麗な顔をしていたのね。あの顔のままならあんまりだったもの」
リアがウルズラに近づき顔を覗き込む。彼女も俺と似た感想を抱いたようだ。リアは美少女だが正統派でウルズラとは雰囲気が異なる。ウルズラのような異形の美女は物珍しいのだろう。
「リア様、捕虜なのです。あまり近づかれては。」
エルナがリアを制止する。
「治療には礼を言う、コリント卿でいいのかな。」
ウルズラは上目遣いで俺に礼をいう。パチパチと揺れる黒いまつ毛の長さが印象的だった。
「ああ、俺がアラン・コリント。ベルタ王国の辺境伯にして護国卿だ。」
見下ろしていると話にくい。治療を終えた事だし、ウルズラに手を貸して立たせ、手近な椅子に座らせる。
「覚悟は出来ている。私はセシリオ王国のウルズラ•ドプナー女伯爵だ。降伏する。殺すなり犯すなり好きなようにしろ。だが兵はなるべく助けてやって欲しい。その条件ならば私は抵抗しない。コリント卿に協力すると貴族の名に賭けて誓おう。それに私はセシリオ王国の王家の血筋を引く。粗略に扱うのではなく妻とする方がそちらも得な筈だ。」
その語気の鋭い独特の口調に圧倒された。自ら500の騎兵を率いて敵国に乗り込むような猛者なのだ。こちらが彼女の本質だと理解した方がいいだろう。
それにしても俺たちはそんなに荒くれ者の集団に見えるだろうか。女性の兵士も多いし、治療には俺以外の男の目を無くして気を使ったつもりなのだが。
俺は戸惑ってリアやエルナと視線を交わす。彼女達もちょっと違和感を感じているようだった。きっとセシリオ王国が少し特殊なのだろう。
「分かった、ウルズラ•ドプナー女伯爵。そちらの降伏を受け入れる。君の兵には既に降伏を受け入れると伝えている。かなりの兵が君が捕えられたと知って降伏に応じている。君の身柄をどうするかについては、あーその、これから話し合いをしようか。」
「降伏の受け入れと我が兵への配慮に感謝する、コリント卿。」
ウルズラの治療が済み、彼女が正式に降伏したとなると落馬して泥まみれになったウルズラの身支度を整えるという話になった。それで俺は席を外す事になる。
王国軍の面々は先にガンツに向かわせている。ケール男爵には彼らは先発させるようにと予め伝えてあるし、武官の制服を見間違える事はない筈だ。それなら今、片付けられる案件を片付けていこう。
「さて、今回はお手柄だった。」
天幕を出た俺は、木立の中でアーティファクトを携えたエルヴィンと面談した。グローリアで先行したセリーナとシャロンが上手く誘導したのだ。例によって俺の周囲はドローンが遊弋し、セリーナとシャロンに両脇を固めてもらっている。
「お確かめください」
エルヴィンからセリーナがアーティファクトを受け取る。
「(セリーナ、イーリスに確認させてやってくれ。イーリス、問題なさそうか?何かあれば伝えてくれ。)」
「了解しました。」
「セリーナがアーティファクトを検分する。こちらはこちらで話を進めようか。」
「はい、ありがとうございます。」
「エルヴィン、お前はアーティファクトを俺にもたらし、3人の士爵を味方に引き入れる事に成功した。なおセシリオ王国のウルズラ•ドプナー女伯爵だが、彼女も今さっき俺に降伏した。この降伏についても貢献があったと認めよう。」
俺の言葉に満足げな笑みがエルヴィンの顔に浮かぶ。以後は彼の扱いを、セリーナとシャロンを襲撃したゴミムシから、信頼出来る配下に改めなければな。呼び方も改めよう。
「以後、こちらの扱いを正式に改める。君達はもう俺の部下だ。君とその一族を庇護すると我が名に賭けて誓おう。アレスに約束した家と農地は与えるし、金銭的な報酬も弾もう。今後も俺の役に立って欲しい。だが贖いとしてのアーティファクトの入手だけでなく、味方を増やした功績もある。何か願いがあれば言うがいい。」
「お言葉ありがとうございます。金銭とは別でとなれは、一度ドラゴンを利用させていただきたいのですが。」
「ほう?」
「閣下が王都にドラゴンで戻られアマド国王を説得されたのには度肝を抜かれました。諜報の世界では距離を越えるのは禁じ手とも言えるほど効果的です。先ほども先発したドラゴンの伝言で我らはここで閣下の到着をお待ちする事になりました。そのような謀略の妙技を、是非とも我が手で実現させてみたいのです。」
遊覧飛行は別としてグローリアをエルヴィンに預ける気にはなれない。そもそも意思疎通出来ないだろう。だが、ワイバーンを手懐けた時、数頭しか確保できなければ軍事より諜報に活用する方が効果的かもしれない。
「ドラゴンの件は却下だ。俺でなければグローリアとの意思疎通が困難だしな。だがドラゴンはワイバーンを使役出来るそうだ。そこでワイバーンを飼い慣らす計画を立てていた。忙しくてまだ着手出来ていないが、ワイバーンの巣を見つけ次第、グローリアが何頭か連れ帰る。それを君の一族に任せよう。上手く手懐ければ空を飛べると期待している。ワイバーンの飼育を一切を君に任せるというのはどうだ?無論、場所と費用はこちらで用意する。」
「おおっ!、誠ですか?」
「ああ、担当者を探していたが軍事より諜報の方がワイバーンを活かせるかもしれない。君は諜報の観点からワイバーンの真価を理解している。その視点は貴重だ。それに一族で育成する方が上手く知識を共有できるし人材も育成出来るだろう。だが軍事でも利用したい。だから飼育と調教は任せるが、ある程度数が増えたらこちらにも回せよ。」
「もちろんです。閣下からのお預かり物として大切に致します。ワイバーンの飼育と調教の知識が加われば、我らが一族の諜報の技は飛躍し、他者に抜きん出ます。どうかワイバーンを我らに!」
「(イーリス、問題ないな?)」
「はい、新しく担当者を育成するより、価値を知る集団に任せる方が生物の飼育は安心できます。ただ、ワイバーンを飼育させるとなると彼らの住居の候補地は選び直しが必要ですね。」
「ではワイバーンは君の一族に任せよう。だが畑を作る場所だが、ワイバーンを飼育出来る条件となると選定場所が変わる。場所が決まるまで、街中で過ごしてもらう事になる。街に館をあてがうがそれで構わないな?」
「はい、勿論です。」
エルヴィンは思いの外、追加の報酬に喜んでいる様子だった。ドラゴンを手懐けた俺達の支援を受ければワイバーンを飼育するのは可能と踏んでいるのだろう。実際大変だろうが、イーリスとグローリアがいれば不可能ではない筈だ。
「セリーナ、アーティファクトについては何か問題があったかな?」
「何も問題ないわ、アラン。彼らの仕事には満足しています。」
最後の言葉はセリーナ自身の言葉ではなく、イーリスの言葉の仲介なんだろうな。
「よし。これでざっと終わったな。金は後で渡す。当面はガンツに居てもらう。君の里の者が到着したらアレスに移動するといい。うまくいけばそれまでに移住先の候補地も絞れる筈だ。必要なら一族の移住の護衛も手配するから声をかけてくれ。」
「かしこまりました」
「手頃な宿を取ってくれ、代金はこちらで持つ。必要なら手配させるが。」
「目立ちたくありませんので、宿は手配頂く方が良いかと。」
「それなら我らと共にガンツに戻れ。紹介状を持たせるので商業ギルドでカリナという女性に宿を手配してもらうといい。」
「そのカリナという女性は閣下のお身内ですか?」
俺はしばし考えた。カリナさんと俺の関係はどう考えるべきなのだろう。良くしてくれていると思うが、別に俺に忠誠を誓ってくれている訳ではない。
「そうだな、彼女は自由だが俺の庇護下にある、という所か。だから失礼な態度は取らないようにな。アーティファクトの守護は引き続き任せる。」
「かしこまりました」
「セリーナ、シャロン、エルヴィンを送って行ってくれ。彼が咎められないように手配して欲しい。必要なら何か書き付けのようなものを何枚か書いて渡してやってくれないか。」
「了解しました。」
セリーナとシャロンに後を任せ、エルヴィンと別れて天幕に戻ると中からウルズラの部下が出てくる所だった。朴訥そうな男だ。きっとエルナが選んだのだろう。ああ見えてエルナの好みは渋い。危険は冒さない手堅い雰囲気の男を重視する。近衛としての習性がそうさせるのだろうか。
「護国卿のアラン•コリントだ。主君の無事は確認出来たかな」
相手は飛び上がった。慌てて跪こうとする。
「これは閣下、失礼を」
「跪かなくていい、こちらが不意をついたのだから。」
じっくりと表情を観察する。確かに朴訥そうに見える。が、目の光り方に油断できないものを感じる。
「名前は?」
「アヒムと申します。」
「アヒム、邪魔して悪かったな。この後、君の主君と面会させてもらうぞ。今後の事を相談するだけだ、危害を加えるつもりはない、それは約束しておこう。」
アヒムは少し緊張が解けた様子だった。俺の声の調子に、不穏な気配を感じなかったせいだろう。
「お姫様の事、何卒よろしくお頼み申します。」
俺はアヒムと入れ替わるようにして天幕に入った。アヒムが居たのならウルズラの身嗜みは問題なく終わっているだろう。
ウルズラはリアの普段着を身につけている。派手さはないか高位貴族の室内着だ、とてもくつろいで見えた。
「さて、ウルズラ•ドプナー女伯爵と言ったね。もう、落ち着いたかな?」
「ああ、人心地ついた」
改めてウルズラを眺める。身嗜みを整えた彼女は美しかった。やはり目が特徴的だ。今は柔らかな表情を保っているが、やはり白目が多い。睨みつけられたら部下は震え上がるだろう。組む相手としては、部下の統制が取れる手強い相手の方が望ましい。
「それは良かった。」
そう返して、俺はウルズラの前の椅子に腰を下ろした。ウルズラとはテーブル越しに正対する形となる。
「それでは、どうしてセシリオ王国の君の兵がベルタ王国内でアマド国王陛下の金鉱山を守護する兵を襲っていたか教えてもらおうか。」
「我が領地はベルタ王国との境界にある。街道をゆく旅人は街道に沿った道筋しか知らないが、地形を図に起こすと私の領地はベルタ王国に隣接している。」
「それは興味深いな」
「地図は貴族や軍人など為政者の知識だ。そして土地の者は土地の者なりに地形を把握して折り合っている。2つを組み合わせると、ベルタ王国との境は広大な原野と気がつく。魔物が出るので開拓しきれていないが、そこに拓かれた獣道を辿ると、気取られず短時間でベルタ王国の中に入り込む事が出来る。」
なるほど、これでどうやって国境を越えたかはよく理解出来た。仮想ウインドウでは推定位置が表示される。イーリスの手配でドローンが数機確認に向かった。ウルズラの所領まで実態を把握しに行かせたのだろう。
「私は領地の位置ゆえにルージ王太子からベルタ王国への工作を命じられていた。」
ウルズラは全て正直に告白した。
「金鉱山の事はどうして知った?」
「ルージ王太子から聞いた。ルージ王太子は父王から軍の指揮権こそ受け継いでいないが、国政は主催し、飼っている目も耳も質が良いのだ。アーティファクトの情報も入手済みだった。」
間諜としてはベルタ王国屈指と自負していたエルヴィンと比較してどうなのだろう。イーリスの諜報力には敵わない筈だが、人とAIではそれぞれ得意な領域は異なる筈だ。エルヴィンを活用する上でも、思わぬ盲点がないか気をつけるべきだろう。
「金鉱山に仕掛ける決意を固めたのはガンツでの騒乱を知ったがゆえに、だ。ガンツ伯が国境警備の兵を動員したのも掴んでいた。それこそアーティファクト強奪の賭けに出た理由だ。」
俺は表情に出さなかったものの衝撃を受けていた。ガンツ伯は国境警備の兵まで動員していたのか。ガンツ伯の異常な兵力の多さの一端が見えたな。
「(イーリス、今の話をどう思う?)」
「十分考えられます。ガンツ伯軍から分離した集団の一つがそのような性質の軍団と考えても不自然はありません。」
漠然とガンツ伯の兵士と考えていたが、志願兵の出自を探る方がいいかもしれない。これはセリーナとシャロンに依頼しよう。彼らはどこに消えたのか。もし可能なら麾下に取り込みたい。
「ガンツの騒乱をどのようにして知ったのだ?」
「商業ギルドの通信網はベルタ王国内だけではない、大陸内を網羅している。近隣国の動向を知りたい領主に、めぼしい情報があれば報告に来る職員は珍しくない。予め褒賞を与えて手懐けておくものだ。」
なるほど。これも盲点だった。俺たちは商業ギルドの利用を国内に限定した情報拡散と捉えていた。しかし実際は近隣の国にも筒抜けになっているという事か。
この「知られている」という感覚は重要だった。近隣にはアロイス王国もある。俺とアロイス王国には今のところ表面上は悪いいきがかりは皆無だ。警戒されているにしても、ベルタ王国の護国卿としてだろう。だがいずれ俺とスターヴェイク王国との繋がりが明るみに出た時、商業ギルドで情報を拡散されればアロイス王国はハッキリと敵に回る。
これまで漠然とリアの情報を伏せできたが、明確に危険性を認識できた。また通信内容の秘匿性も課題だろう。少なくとも、職員に見られている以上、諜報組織にも筒抜けになると理解しておくべきだった。
少し考え込んでしまったが、ウルズラは俺が納得して先に進めろと促していると解釈したらしく、金鉱山の襲撃に話を進めていた。
先発隊を発進させ、確実を期す為に本隊を自分で率いたこと。金鉱山は既にもぬけのからだったが、ルージ王太子と決別する選択肢としてアーティファクト入手を決意したこと。
「ちょっと待ってくれ、ルージ王太子とはどのような間柄なのだ? 最初は随分と親しげな印象だったが」
「血筋の上では従兄弟にあたる。血縁としては親しい。私が王家の血筋というのも嘘ではない。父は国境の伯爵に叙せられた王弟であり、私はその娘で唯一の後継者にあたる。だが、ルージ王太子は何もかも自分の思い通りになって当然という傲岸な男だ。次期国王である以上、指示に従わない訳にはいかない。我が父母の亡き後は都合の良い駒として扱われている。だが、私は奴に話かけられる度に胃がムカムカとする。」
「なるほど、複雑な事情は理解した。それでアーティファクトを入手すると、ルージ王太子から独立できるのはどうしてだ?」
「アーティファクトのギニーアルケミンは国家の証明そのものだ。王家の血筋と組み合わさる事で支配の正当性を生む。つまり王家の血筋である私とギニーアルケミンが組みわされば、私と結婚する有力者は王を名乗る資格を得る。下剋上も思いのままだ。それは私が組む相手を自由に選べるという事を意味する。」
なんと。国取りという点ではウルズラと俺たちの目的は一致するようだ。手段もかなり似通っている。ゴールが一緒だと却って問題があるかもしれない。その点は入念に確認しておくべきだろう。
「君の目的はセシリオ王国での王位なのか?それともベルタ王国も含まれるのか?」
「王家に連なる私がギニーアルケミンを入手してもルージ王太子より条件は悪く、セシリオ王国の中で十分な支持を得るのは難しい。だから私としては、ベルタ王国内の然るべき有力者と結託するのが最善と判断していた。セシリオ王国の侵略の危機は現実のものだし私が生き証人でもある。セシリオ王国に対抗するベルタの貴族に私が手を貸せばルージ王太子に対抗できる戦力になるはずだ。」
良かった。この認識なら折り合う余地はありそうだ。
「なるほど、状況は理解した。ベルタ王国での同盟相手を探しているのだな」
「違う、私が探しているのは私を女王にしてくれる婚姻相手だ。私を手に入れギニーアルケミンを上手く扱えばベルタ王国もセシリア王国も手に入るぞ。」
ふむ。ウルズラの目的は女王か。最初に聞いた時はどこまで本気か危ぶんでいたが、かなり本気で女王になる事を考えていたか。
こちらとしてはベルタ王室にも血の繋がりのあるリアを女王の本命候補と考えている。関係性から言ってもリアしか考えられない。しかし味方になるか不確実な相手にリアの正体を明かす訳にもいかない。
ウルズラをなんと言って説得するべきだろうか。俺は話をどう展開させるか考え込んでしまった。流石にこの先はどう話を進めるか熟考を要する。
「遅くなりました」
そんな時に、エルヴィンの諸々の手配を頼んでいたセリーナとシャロンが顔を出した。彼女達を交えてうまく話を展開するのが良いだろう。
「わ、私としてはコリント卿の妻の数を制限するつもりはないが。」
ふむ。今の発言でウルズラの思惑は更に分からなくなったな。ここは誤解の生じないようにハッキリ聞いておくべき所だろう。
「ウルズラ、それでは君が求めるものは何だ。ルージ王太子から離れる事か?それとも女王になる事か?前者であれば手を組む事は可能だが、後者であれば話が折り合わないな。」
「私の希望は前者だ。女王になるのはルージから離れる手段でしかない。だが、ルージと対峙するには支配者である必要があり、支配者たるには後者が必須と考えている。私の血がもたらす正当性が、だ。」
「なるほど、理解した。君が俺につくのであれば、俺は君と部下や領民に庇護を与える事は出来る。」
「コリント卿の手腕が優れているのは分かった。しかし近道があるのにそれを通らないのは理解出来ない。私たちの結婚に何か障害があるのだろうか?」
ウルズラを女王にするのはリアを女王に戴く俺たちの既定方針から外れる。その路線は大いに障害がある。
「こちらにも計画がある。それをまだ味方でもない君に全て伝える訳にはいかない。」
「なるほど。」
「アラン、彼女を味方にする必要があるのかしら?」
焦れたリアが口を出す。確かにウルズラを仲間にしなければ、こんな本音を隠した歯がゆい駆け引きなどする必要はない。だが、仲間を増やす必要はある。その点はリアに説明しておく必要がある。
俺たちは上手く兵士を配置してそうと気取られないように誤魔化してはいるが、実働部隊の少なさは致命的だ。アレスとガンツの両都市を支配しているので、実績から誰も俺達の兵の数が少ないと考えもしないだけだ。冷静に考えればすぐに分かる事だが、ケール男爵の部隊を除いた俺達の兵の総数はウルズラが今連れている兵数より低い。今すぐにでも使える兵士が必要なのだ。
「リア、俺達はまだ圧倒的に人手が足りない。セシリオ王国のルージ王太子とは相入れないのは分かっている。それに彼女は嘘はついているように見えないだろう。だからセシリオ王国の中でルージ王太子の事を良く知り、かつルージ王太子から離れたがっているウルズラの存在は好都合だ。兵の質も忠誠心も高い。こういう相手とは手を組みたい。」
「確かに嘘はついていなさそうだけれど」
リアは不承不承といった風で押し黙った。完全ではないにせよ、一応は納得してくれたようだ。
「それではどうだろう?私達は手を組む。コリント卿はルージ王太子やその他の危機から私を保護する。私はコリント卿の同志となる。いや、コリント卿の庇護を受けるのだ。私は忠誠を誓おう。婚姻の事は必要となったらで構わない。コリント卿の求めがあれば私は応じる。必要な時に必要な選択肢を取れるように可能性を留保しておくという事でどうか。」
ふむ。女王の座を強要しないのであればゴールとして悪くない。お互い同志として関係が深まればこちらの計画を伝える機会も来る筈だ。
「良いだろう。俺達の目的はベルタ王国の統一に留まらない。セシリオ王国もいずれ平らげる。君が協力を惜しまないなら庇護を与える。ただし、条件がある。樹海に切り拓いた俺達の都市アレス、君も領民もそこに移り住む事が条件だ。セシリオ王国の中にいては流石に俺も守り切る自信はないからな。」
そう言いながらも俺の本心はアレスの住人を増やす事にある。数は力だ。アレスは設計上100万人を超える住人も住めるようにしてある。実際はまだまだ必要なものが揃っていないが、まずは人を増やすサイクルを構築しないと先に進めない。
「樹海か、悩ましいところだがルージのお膝元にどどまるよりはマシか。領民を飢えさせない。セシリオ王国を平らげた際は領地を復興復興に手を貸して貰う。その条件で従おう。」
「良いだろう。」
俺は合意した証に手を差し出す。
「それは何だ?」
「俺の故郷の風習では、誓い合う時に手を握り合うんだ。」
「なるほど」
俺とウルズラは手を握りあった。
「俺は忠実なる同盟者のウルズラ・ドプナー女伯爵とその領民に庇護を与えると貴族の名にかけて誓う」
「同盟者であるコリント卿の庇護に対し、叛かず忠義を尽くすことを私は女神ルミナスに誓う。」
女神に誓いを立てたウルズラの身体が光る。それは奇しくもリアを助けた時の光景と同じだった。その様子を、リアやエルナ、セリーナやシャロンはやや複雑そうな様子で眺めているのに俺はあまり注意を払っていなかった。