【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる) 作:高坂 源五郎
ベルタ王国統一記 20 ガンツ代官任命
幸い、用意した兵舎は騎兵には好評だった。屋根の下に清潔な寝床が用意されているだけでも安心感が違うようだ。長く生活すると不満も出るだろうから、今後もガンツに駐留する兵士の為に改善は続けていく必要があるだろう。
「アラン、騎兵達も喜んでいるわね」
騎兵の様子を確認して嬉しそうなリアに話しかけられる。リアは人の輪の中心にいるだけに、常日頃、人の動向を気にかけているのだろう。
「そうだね。彼らにはなるべく居着いて貰わないといけないからな。」
念の為、階段はカーテンで区切るようにした。人の気配と馬の気配がそれぞれ階を跨いで何となく伝わるようで、互いに安心する距離感らしい。近すぎず遠すぎずと評されている。
「色々細かいところにアランの創意が見てとれる。使う人は必ず気がつくから、大丈夫じゃないかしら。」
裏庭に天幕を置いて食堂がわりにする案も概ね好評だった。兵は野営でこのスタイルに慣れているし、費用はこちら持ちの食べ放題なのが思いの他受けた。ただ、いずれ食堂は改善したい。
魚釣りチームと狩りチームの競争は、リアとエルナの魚釣りチームに軍配が上がった。狩りチームのセリーナとシャロンは狩りに探知魔法を使っている。にもかかわらず、それに負けない程の量を釣ったエルナは凄いの一言である。
サーモンはサイズが大きいとは言え、流石に全員には行き渡らない。だがそれが希少価値を高めたようだ。
「新鮮な魚を、これだけ食べられるとは!」
人が殺到し、切り身を焼いても焼いてもキリがない。魚の数は多めに用意されているが、人が多過ぎるのだ。
「流石にこの人数は多いな。」
「人、増えましたものね。」
魚を焼きながらボヤく俺の横で、焼けた切り身を取り分けながらシャロンが返事をする。
ウルズラの兵やケール男爵の部下が大半とは言え、なんだかんだで総数で1000人を超える数である。ウルズラの兵を兵舎を用意して収容したのも、志願兵とケール男爵の兵が宿に分散している為だ。
「拠点の厨房もフル回転ですが、人が多くて。」
正直、1000人でこの有様だ。先々、1万人の兵士に料理を提供するとなると、機材からして変わるのだろう。
「25人分を一度に作れる大鍋があったとしても40個は必要な計算だものな。」
開拓民に料理を振る舞った際は、ローテーションを組みながら人数を調整した。今回はなし崩しの内に全ての関係者が集まる会となり、もてなす側が対応に追われた。兵士であれば皆集まって良いと勘違いしているのではないだろうか?
ただ考えてみると、出動させたケール男爵麾下の近隣諸侯の部隊を爪弾きにするのも確かに支障が出そうである。
「おお、魚だ。魚が食べられるぞ!」
今回は味の工夫もした。焚き火の調理は火力の調整が難しい。それで開拓民の移動の際は鉄板を用いた。鉄板は火力をできるだけ均一にする為の苦肉の策だったが、今回はさらに改良した。商業ギルドに木炭と鉄網も用意してもらったのだ。
やはり魚は鉄板より網焼きの方がよく焼ける。木炭の香りと相まって食欲を誘う。滅多に食せない新鮮な魚の匂いは尚のこと兵の食欲を誘うのだろう。軽く塩を振るだけでご馳走になった。鉄板も炭との相性が良く火の通りが改善する。炊いた米で焼飯を作れるし、同じ肉でも鉄板焼きと網焼きで風味が変わる。
鉄板焼きと網焼きはそれぞれ25は用意した。20人で1つずつのつもりが、人が増えて20人で鉄板か網焼きどちらかに1つになった。そして魚のある網焼きの人気が凄い。
新参の兵が仲間を呼び、行列を作る。ひたすら手早く焼き上げて行列を解消しようとするのだが、噂が噂を呼び列が長くなる。
「おい、コリント卿だ。」
「コリント卿自ら、我らの為に料理を」
俺の存在がバレてから行列のマナーは格段に良くなったが、俺の前には長い長い列が出来ている。話の種にするのだろうか。それに元々、この世界では魚の評判がいい。
確か湖や大きな川には大型の捕食獣が潜んでいるようで、一度ならず巨大な生物の存在を感じている。
一般的な惑星より、住人が水場に近づく事さえ限られるのだろう。釣りの技術や文化がさして発達しなかったのも、そもそも近づく機会が少ない為と考えると納得できた。
魚はパンにも合うが、やはりライスの方が相応しい。好みで拠点には多めにライスを蓄えてあるので炊けた端から運び込んで塩むすびを作成して配る。ライスに慣れない兵が多かったようだが、チャーハンは人気を博していたし、食べ易さから塩むすびも好評だった。
共あれこの日は忙殺された。今後は、食材だけ差し入れて自分達で調理してもらうようにする他ないだろう。
ウルズラやバール士爵がこちらと話したそうにしている。手が空き次第、彼らとも会話して要望を把握しておく方が良いだろうな。
翌日は朝から会議を招集した。顔合わせが終わっていない主要メンバーも多いし、ウルズラや3人の士爵達にサテライトの班長を紹介しておきたい。
「おはよう。よく集まってくれた。まず、知っての通りセシリオ王国のウルズラ・ドプナー女伯爵が仲間になった。またベルタ王国軍からザイフリート士爵、バルテン士爵、プレル士爵の3名が部下と共に加わってくれた。」
歓迎の声が会議室内に満ちる。
「我々の方針は戦力の拡充だが、そのための嬉しい増員となる。皆でアレスに戻り、今後の策を練るつもりだ。辺境伯軍の募兵を進め、編成を整える必要がある。俺たちがガンツを領有できるのは約3年。この期間が宰相の一派と決着をつける猶予期間だ。」
俺は会議の参加者を見渡して、どこまで内容が理解されているか確認した。大丈夫、皆ついてきているようだ。
「この3年は猶予期間だ。ガンツを落としたのは大きい。しかしガンツの街の人々が本心から俺達の味方にならなければ、この先はうまくいかない。」
城塞都市ガンツの人口は6万人を超える。交易都市として栄えたゴタニアが2万人の規模だったので破格の大都市だ。紛争の影響は少なからず出るだろうが、正しく統治すれば、大多数の住人はついてくる筈だった。
元の生活のまま、管理する人間が変わるだけなのだ。王命を得た今は統治の大義名分はある。上手く進めれば、ガンツとアレス双方の人口を増やす事も夢ではないだろう。実際、アレスは多数の移民予定を抱えている。
「冒険者ギルドも商業ギルドも以前のまま手つつかずで、衛兵も大半は入れ替えなし。これでどこまでうまくいくかですね。」
セリーナが意見する。確かに現状その通りだ。変更なしは住民のメリットだ。だが改革を押し出す為には、分かりやすいアピールポイントが必要だな。
「租税を安くしよう。どうせ俺達の手元に残らない筈の金だ。それに減税は常に民衆の味方だ。小銭をガンツ伯から横領するより、人気取りに使おう。」
「衛兵の雇用は維持しても、防衛費は大きく削れそうですな。ガンツ伯の私兵は我々の敵でしかないですし。」
「我々がガンツを守る代わりに、防衛費の一部を支払ってもらう、その条件ならどうだ」
「滞在費を実費で請求するだけでも、お互い助かるんじゃないか。」
議論が活発化した。
「しかし数年かけて蓄えた富を費やしたガンツ伯の軍勢であの規模だったのです。軍の強化に、予算はいくらあっても困る事はないのではないですか」
ライスター卿の意見だった。やはり反対意見も出たか。
「いや、富は樹海から産み出させる。ガンツは俺たちにとって、ベルタ王国の全市場への入り口なんだ。ガンツを通じて樹海の産品を販売し続ける限り、俺たちに損はない。」
俺はしばし話を中断して、自分の言葉が浸透するのを待つ。
「ガンツは名義上、ガンツ伯家の物のままだ。俺が預かっているのは後継者が王命で決まるまでの暫定的な措置。減税でガンツ伯家の取り分は減るだろうが、俺達は困らない。そしてガンツの経済が活発化すれば、ガンツに商品を卸す俺達は必ず潤う。」
「なるほど、ガンツは通過点という事ですな。」
よし、ライスター卿も納得してくれたようだ。
「厳しく取り立ててもガンツ伯の物になる金なんだ。それなら綺麗にばら撒いて俺たちの人気を上げた方がいい。こちらのやり方で上手く回ると分かれば、俺達の統治を望む人の数が増える。それこそが俺たちの狙い目なんだ。」
「カトル達の腕の見せ所かしら」
リアが口を挟む。
「ガンツの運営についてはやはり商業ギルドが仕切ろうとするんじゃないかしら、サイラスさんはこういうの好きそうですものね。」
セリーナは商業ギルドの動向が気になるようだ。
「魅力的な商品と安い税、そして安全を担保する事で国中の商人を集める。ガンツ伯家の取り分も正確に残す。王命を尊びながら、宰相一派に勝つ力を手に入れようじゃないか。」
なんとかガンツの運営方針がまとまった。俺は素早くリアに目配せする。
「ライスター卿、其方をガンツの代官に任命しよう。一国を差配した其方には役不足かもしれないが、この役目は其方にしか務まらぬ。」
主催者たるリアの言葉に会議場がどよめいた。ライスター卿は新参だが、ベルタ王国の貴族で知らぬ者はいない存在だ。俺達の庇護下にあると知れば、接触してくる貴族は1人2人ではないだろう。
「なんと、私にガンツをお預けくださるのですか」
ライスター卿は早くも都市の代官に任じられた事に感激した様子だった。
「ガンツの代官として正当な収益をガンツ伯家への分配金から請求し、そのままライスター卿に支払います。その資金を元手に、ライスター卿の信頼できる家臣を呼び集めて欲しいのです。」
リアの任命を俺が補足する。今の俺達には人材が必要だった。ライスター卿は宰相を務めた大貴族。一族郎党は皆殺しにされ、生き残った家臣団が散り散りになったとはいえ、ガンツを支配する立場になればライスター卿を慕う者が集まる筈だった。上手く行けば国政に力を振るう手腕の持ち主も参加してくれるだろう。
「それは何とも嬉しきお言葉、急ぎ使者を走らせ旧臣を呼び集めましょう。」
「頼む。我らの力は見ての通りだ。すぐに集まった全員を希望の役職につけるわけにはいかないが、寝食に苦労はさせぬし働き次第では幾らでも報いよう。ライスター卿も期待してくれて良い。」
「ははっ、我ら親子、身命を賭して御身の為に尽くしまする」
深々と頭を下げるライスター卿を、リアは満足そうに眺める。会議に出席した者達は万雷の拍手でライスター卿の任命を祝った。
散会後、内向きの話があるからとライスター卿親子には残ってもらう。今後のガンツの運営について話し合う必要があった。
同席するのは、俺とリア、エルナとダルシムだけだ。他一名はセリーナやシャロンと別室に待たせているが、この人間は俺の合図で二人が入室させる手筈になっている。
「それで、ガンツの代官に任命頂きましたが、ガンツをどのように運営すればよろしいのでしょうか?」
ライスター卿は単刀直入に切り込んできた。
「どうなのかな、アラン」
「ライスター卿には代官という形でガンツに滞在いただきますが、これは名目です。都市行政の実務は商業ギルドと冒険者ギルドに丸投げしてください。統治方針としては先程の会議にありました人気取りですね。アレスとガンツの取引の細かい調整はカトルにやらせます。ライスター卿には実際はベルタ王国の切り取りをお願いしたい。」
「何と。しかし手持ちの兵では攻略は捗らぬのでは。」
「はい、ベルタ王国の攻略と言っても謀略面です。王国貴族の中の宰相一派の切り崩しをお願いしたいのです。」
「それは何とも腕が鳴りますな。しかし、いかんさん今の私には部下も資金も足りません。」
「その事ならご心配要りません。資金はこちらで出しますし、とびきりの部下も用意しました。エルヴィン、入れ。」
「ご無沙汰しております、閣下」
こちらの会話をモニターしているセリーナとシャロンが完璧なタイミングでエルヴィンを入室させた。この演出にライスター卿もリアも感銘を受けた様子だ。
「おお、エルヴィンではないか。聞いてはいたが、本当にコリント辺境伯の麾下についたのだな」
「現宰相一派の陰謀、私が見抜く事が出来ず申し訳ありません。」
「奴には私も騙された、それは言ってくれるな。あれは寧ろ私の落ち度ではある」
「旧知の仲と知っていましたが、上手くやれそうで良かった。エルヴィンをライスター卿の補佐につけます。期間は、ベルタ王国を我々が奪うまでとしましょう。エルヴィンの一族には他の役割も与えています。また、もし何か緊急で優先する事態があればこちらから指示を出しますが、それ以外は2人で相談して有望そうな貴族にこちらの陣営につくよう説得してください。」
「なるほど、それならば私の得意とするところ。しかも格好のバールケへの復讐となります。是非ともその任を我らに。」
「しかと頼んだぞ、ライスター卿、エルヴィン。」
リアの言葉に両名が深々と頭を下げる。
「しかし、こちらにつく際の報酬はいかが致しましょうか。」
「望みのままに、と言いたいところだが無い袖は振れないしな。どうかな、アラン。」
「働きぶり次第では、領地加増も陞爵もさせよう。敵に回るようなら滅ぼす。我々はいずれベルタ王国を統べる。そう伝えてもらいましょうか。」
「ライスター卿も、それで良いな。」
「それならば、私がお二人のお味方を集めてご覧にいれましょう。」
ライスター卿はやる気に満ち溢れた様子でアベルとエルヴィンを従えて退室した。クランのホームは暫定の領主館になっている。今後、執務室は代官のライスター卿に使って貰えば良いだろう。
本来の領主館には少数であるが、ガンツ伯の家臣が居残っている。こちらで接収しても良い筈だが、管理も面倒なので放置する方針だった。王命を尊ぶ建前は維持したかったし、その方が領民の受けも良いと計算していた。
残ったダルシムとリアで最後の打ち合わせを行う。エルヴィンを入室させたのでセリーナとシャロンも呼び寄せよう。
「ダルシム副官、すまないがセリーナとシャロンを呼んできてくれないか。最後にこのメンバーで少し打ち合わせをしよう」
「分かりました。」
「まず、金鉱山に人をやって職人を連れてくる必要がある。彼らはまだセシリオ王国の軍に怯えている筈だ。早く解放してやりたい。」
これは皆で相談してザイフリート士爵にケリーの班を付き添わせる事にする。因みにザイフリート士爵は自らこの役目を志願していた。
「では2人には準備が出来次第出発させてくれ。新規のメンバーはなるべくアレスに連れて行きたいが、ザイフリート士爵には後から追いかけてもらう他ないな。」
ウルズラやバルテン士爵はアレスに連れて行く。彼らの今後の処遇を決める上でも、アレスを見せておく事は有益な筈だった。ザイフリート士爵には案内役を残せば問題ないだろう。一本道なので、そこまで複雑な工程でもない。
「リア、ガンツには引き続きサテライトを何班か残さないとまずいよな」
「この規模の都市だと、3班、いえ4班は必要かと」
リアに代わりエルナが答える。サテライトは10班100人しかいない。王都で解放したメンバーを加えても11班。残り7班か。街道の警備にも人が必要だし、味方に対して余り手薄に見せたくないし厳しいな。
「都市の治安維持は衛兵と冒険者ギルドを当てにするとしても、人が足りないな。」
ライスター卿の旧臣もどれだけ集まるか読めない。人望はある筈だが、なんと言っても一族を滅ぼされているのだ。ライスター卿自身でさえどれだけ人が集まるかはやってみないと読めない所はあるだろう。
「とりあえず4つの班を残して撤収し、辺境伯軍の創設を目指しましょう」
ダルシムの意見に深く頷く。
「そういえばアロイス王国の軍勢はどのくらいなのでしょうね」
セリーナが質問を投げかける。
「確か、ルドヴィークの戦いが4万対6千だったと聞いている。同程度の動員力を維持できているなら5万は堅いな。総数はおそらくそれ以上だと思うが。」
「アロイス王国の軍勢は少なくても5万ですか。」
セリーナがため息をつく。今の俺たちの兵力では5万の軍を集めるのは途方もないと実感したのだろう。こちらはウルズラの騎兵に宿舎と食事を提供するだけで総動員だったのだから。
「国の大きさも違うわ。2つの国がひとつになったような国だから。ベルタ王国の2倍の規模はあるんじゃ無いかしら」
「ベルタ王国中の兵士を集めても、そんなにいかないかも知れないわね。」
「俺たちなら3万の兵士でも5万の軍勢に勝てると思う。しかし、今はとにかく人が欲しいな。」
王国貴族の切り崩しやライスター卿の旧臣を集めても限界がある。中核となる軍団の創設は急務だった。
「宰相一派との対決までに兵を集め鍛えましょう。」
今は王国軍やウルズラの兵士や降伏した志願兵を足しても3千人に届かない位の兵士しかいないだろう。いや、実数としては2千人を幾らか超える程度か。しかしどう見積もっても俺たちにはまず1万人を越える兵士は必要になると思われた。まずは受け入れの環境から整備していくほかないだろう。
しかし1万の兵士とというも今の我々の経済規模からしても多すぎる。人口の1割を兵士の上限としてみた場合、二つの都市が10万人を超える人口にならなければ兵を養うのに足りないだろう。ガンツでさえ6万人の都市でしかないのだ。
「上水道と下水道の建設、それに下水処理場ですか。」
午後、ガンツの街の首脳陣を招集した会議で、俺はガンツの上下水道事業を提案していた。
「まずは、こちらの自前の資金でガンツの拠点と兵舎に上水道だけでも引くつもりだ。視察を受け入れるので賛同が得られればガンツの街の予算から上下水道の整備を進めていきたい。」
「検証を経てという事なら、特に反対する理由は無さそうですがガンツの街にそこまで需要があるかどうか。」
冒険者ギルドのケヴィンさんは消極的な様子だった。冒険者ギルドともなれば、ウォーターの魔法の使い手は珍しくないのだろう。
「商業ギルドとしては大賛成だ。が、費用次第という所だな。」
サイラスさんは食いついている。出来れば無料で水道を手に入れたいのだろう。魔法があるとはいえ、為政者にとって水は悩みの種のはずだ。
「辺境伯軍の創設で住人が増える。商人も大勢くるし、ガンツの住人も増える筈だ。今は問題なくても、軍が駐留するだけで人が溢れかえる。水の問題は街を大きくする上で避けて通れない筈だ。」
俺は力説していた。
「水道の整備はガンツ伯の収入から出せるだろう。少なくとも我々の自由に出来る今の内に目星がつく段階まで進めてしまいたい。」
「なるほど、そういう事でしたら。」
費用面の心配は不要と判断したケヴィンさんが賛成に回るようだ。商業ギルドは元々賛成していたし、ガンツ伯の財布から出す話なら支障ないと判断した様子だった。この話はこれで決まりだな。
「工事については商業ギルドを経由してガンツの街に資金が還元される理解で宜しいですな?」
商業ギルド長としてサイラスさんに釘を刺される。しかしここはガンツに還元しないとダメだろうとこちらでも判断していた。
「ああ、先行するこちらの拠点と兵舎についてはともかく、ガンツ市内全域の水道整備については無論そのつもりでいる。人の手配は冒険者ギルドにも頼ろう。期待してくれていい。」
「ならば、これで話は決まりですな。」
言質を取って満足そうなサイラスさんのその言葉でガンツの上下水道の導入が決まった。実際は試験的に上水道を引いて確認するプロセスがあるが、アレス市内でも実現出来ているのであまり心配はしていない。
アレスがガンツから日帰り可能な距離なら彼らに視察に来てもらう所なのだが。ガンツ伯の撃退では活躍したアレスとガンツの間の距離が、現在では双方の都市の発展の限界になりつつある。
「(やはり、鉄道の整備が必要だな)」
汽車さえあれば人の移動が加速する。日々の経済活動だけでも都市の発展に大きく寄与してくれる筈だった。軍事的にも移動速度の改善は大事である。
次回から会議は昼に開催して軽食を出す形に改めようと話をした。当初の緊張感を孕む空気はだいぶ緩和されていたし、お互いに忙しい立場なので時間も惜しい。今後は週に一回の町の収支の報告を兼ねたランチミーティングなら負担は少ない。俺が不在でもシステムを構築すればライスター卿がうまく運営してくれる筈だし、定例会という場があると細かな情報も拾い易い。
街の首脳を帰した後は、シャイニングスターのメンバーにダルシムとウルズラ呼び入れて引き続き会議を開催する事になった。
「いやはや、今日は会議続きだな。」
「節目だもの、仕方がないわ。」
ガンツの防衛が不安なので、王国軍の士爵達は交互にガンツとアレスに詰めてもらう形を取る事にした。正規軍の将兵は都市に駐留しての防衛戦に強いだらうという読みもある。先にアレスを見てもらうがすぐにガンツに戻すイメージだ。
ウルズラの兵は、移住を担当させる方向で昨夜話をした。ドプナー女伯爵領の領民もそうだが、ロベルトが率いていた民もセシリオ王国に滞在しているのだ。ウルズラの兵はセシリオ王国の中で自由に動けるので移動の護衛にうってつけだろう。今日から順次帰還を開始させる。
となると残りの課題は2つ。
「辺境伯軍の創設と商業ギルドの誘致ですね。」
「ガンツでの募兵は商業ギルド任せになるが応募が来るはずだ。取りまとめはライスター卿とハインツ班長に任せて良いだろう。問題は、ガンツ伯の軍に招集された王国軍が混じっていた件だ。」
ウルズラから聞いた話は初耳のメンバーもいるので改めて事情を説明する。
「なるほど。国境防衛の王国軍部隊が混ざっていたかもしれないと。確かに毛色の違う人が混じっていましたものね。」
シャロンが感想を述べる。
「誰か、志願兵から何か気になった話は聞いていないか?」
「ガンツ伯の部下でなさそうだな、と思っていましたが、個々の素性しか確認していませんでした。」
なるほど。こちらもガンツ伯軍としか認識していなかった。素性を名乗らせてイーリスに真贋の判定はさせていたが、部隊の所属まで確認していなかったという事か。盲点だったな。
「では志願兵は手分けして所属を確認してくれ。これは別に責めるという話じゃない。単に元の仲間に連絡がつくものがいるのなら使者に立てて勧誘をさせたい。」
「分かりました。」
俺の脳裏にアダーの顔が浮かんだ。彼もガンツ伯の部下としては毛色が違っていたように思える。実際は王国軍の一員なのかもしれない。
「しかし王国軍のメンバーなら堂々と名乗れば良さそうなものだが。」
「ガンツ伯に加担して護国卿を攻めたというのは、王国軍の立場として宜しくないからでないでしょうか。」
セリーナが真っ直ぐに意見を述べる。
「そうだな。内戦だからなんでもありだが、報復を恐れているというのもあるかもしれないな。まぁ、俺達としては今回か過去を蒸し返すつもりはない。募兵に応じてくれさえすれば問題視しないと約束すれば解決しないだろうか。」
「そうね、今は人を増やしたいわ。」
リアの賛同が得られた。
「ところで商業ギルドの誘致の話は、サイラスさんと詰めたい。昨日、カリナさんにリア宛で晩餐会の都合確認をしてほしいと依頼してある。おそらく今日来訪があるから対応して貰えないだろうか?」
「分かったわ、アラン。私達もアレスに戻らないといけないから、なるべく早くでお願いしておくわね。」
「ところで昨日届いたこの商業ギルドの通信文は誰が持ってきたのですか?」
「カリナさんだ。」
昨日、皆が不在の間に俺が自室でカリナさんに会ったとわかるとエルナとセリーナとシャロンがひそひそ話を開始したが、俺は何も気が付かないフリをした。
リアが調整した結果、晩餐会に出席するのは12名となった。俺、リア、エルナ、ウルズラ、セリーナ、シャロン、ライスター卿父子、バルテン士爵とプレル士爵、カトル、ウルズラの護衛としてロベルタである。上流階級用の馬車は4人乗りが基本らしく、3台の馬車に分乗する事になった。
「馬車は増やす必要がありそうですな。」
「そうですね、意匠を凝らした馬車であればガンツの商業ギルドで手配する方が良いですね。」
俺とセリーナ、ライスター卿父子の馬車では会話が盛んだった。ガンツ代官に任じられた事で色々手掛けたい構想が膨らんでいるだろう。基本はライスター卿にお任せするつもりでいるが、馬車で同席している道々で口頭でも了解を取っておくとスムーズと考えるのは理解できた。
「父上、領地から兵を集めたら幾人集まりましょうか。」
「うむ、人を派遣してみなければ分からぬが、皆バールケの仕打ちを良しとしていない筈。ガンツという確かな土地に依って立つのだ。人を集めねばならん。」
「はい、馬に武具に鎧も買い集めませんと。」
やはり土地に根差して自由に差配出来るようになるとやる気が違うのだろう。
「そうだ、ライスター卿。良ければ教えていただきたいのですが、ガンツ近隣で炭鉱や鉄鉱山はありますか?」
「ほう、辺境伯軍の武器を自前で作るおつもりですか?」
「はい、鉄はアレスの発展に使えますし、既存の鉱山があるなら鉄鉱石や石炭の買い入れをまず交渉しても良いかなと考えています。」
セリーナは興味深そうに俺たちの会話を聞いている。俺の狙いが軍の装備拡充より鉄道敷設だと気が付いているだろう。
無論、兵の装備拡充も喫緊の課題だ。アレスにはイーリスが製造させた溶鉱炉がある。原料不足で稼働させていないが、購入の目処が立てば稼働させたい。武具に使う製鉄だけでも鉄鉱石の購入を検討する価値がある。
「この近隣で有名なのは何と言ってもノイスですな。」
ライスター卿の説明によるとノイスは伯爵領で鉱物資源の豊富な山に囲まれた盆地に位置するらしい。
「では、きっと富裕な街なのでしようね」
「いえ、それが。」
実はそうでもないとライスター卿が教えてくれる。金やミスリルは買取価格が高く、掘れば掘るだけ儲かるらしいが、鉄や銅は需要が少なく石炭に至っては露天掘り出来るほどに量が多い事もあってただ同然らしい。
「(産業革命前だと銅や鉄の需要がそこまでないのか。どう思う、イーリス。)」
「ミスリルや魔獣の素材など原料が豊富で鉱物資源の活用が進んでいないのかもしれませんね。」
「樹海というくらいで近隣は薪には不足していません。わざわざノイスから石炭を運ぶ必要がないのですな。近隣の街には武具、それに鉄や銅のインゴットを卸していますが、ノイスでは魔道具への加工はできないようですし、鉄の武具も加工の手間ばかりかかるようです。足元を見られてガンツ伯などにはだいぶ買い叩かれていたようですな。」
さすが国内の情勢に通じたライスター卿の説明には頷かされる。
「やはりガンツは魔石に困りませんから、魔道具の需要が高いですか?」
「そうですな。魔法か魔剣でなければ歯が立たない魔物もいると聞きます。品質がそれなりだと、鉄は重いだけです。加工技術は王都に劣りますし、王都まで運ぶには輸送費がかかる。近隣で加工する技術の街はない。特に鎧などは魔道具として加工する技術がないとやはり買い叩かれてしまいますな。」
「艦長、説明にあったノイスの街にドローンを派遣して宜しいでしょうか?」
「(ああ、よろしく頼む。どうやら近々にノイスの街を訪問する事になりそうだ。)」