【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる) 作:高坂 源五郎
ベルタ王国統一記 21 サイラス邸での晩餐会
意外な事に、サイラスさんの邸宅は門外に大勢の市民が押し掛けてごった返していた。
「ガンツの市民で陳情に訪れる者が多く、本日も皆様と一目会いたいと人が押し寄せておりまして。」
サイラスさんは古くからの街の有力者であり、辺境伯に意見を言える立場として人気なのだと、そう弁解した。
「権力はそれを握る者よりも、その周辺にいる者が得をするのです。」
ライスター卿が呟く。このガンツという街でさえ、それは例外ではないらしい。
「実際に我々がこの館に到着する所を見せて、サイラスへの期待が増す、そういう計算があるのでしょう。実に食えない男ですな。」
「なるほど」
やはりサイラスさんは計算高いらしい。俺としては無能な相手より、計算高い相手の方が味方としては期待は出来る。こう考えてしまうのは、サイラスさんのやり方にすっかり染められているのだろうか。
「皆様、お越し頂きましてありがとうございます。」
綺麗に正装したアリスタさんに出迎えられる。アリスタさんは貴族の家に嫁いでもおかしくない教養を身につけたと聞く。実際、アリスタさんの出迎えぶりは堂々としていてライスター卿もその手際に満足しているようだ。
ライスター卿の長男のアベルは花嫁募集中だからだろう。アリスタさんを食い入るように見つめている。彼が子孫を残さないと一族が途絶える。かなり真剣な様子だった。
今日の席順はリアとエルナが吟味して決めたらしい。
「リア様の身分をまだ明かす訳には参りませんが、それとなく身分の高さを知らしめる。これはそういう戦いなのです。」
リアとエルナから、俺は事前に長々と説明を受けていた。大陸の礼法では中央に主催者が座り、男女交互に着席するらしい。中央に主催者であるサイラスさんとアリスタさんが向かい合わせで座る。サイラスさんの両脇はウルズラとリア、アリスタさんの両脇はライスター卿と俺である。右左の順に座るのでウルズラと俺が向かい合う形だ。
今回はウルズラとライスター卿を上座に据えたそうだ。リアは身分を明かせば王女であり、ライスター卿はリアに忠誠を尽くす立場である。が、今回はそれを隠す事になる。同志としてウルズラとライスター卿を主賓の扱いにしており、リアと俺が継ぐ立場となる。ライスター卿、アベル、カトルにはリアの身分は隠すように予め伝えている。
リアの隣はプレル士爵を挟んでエルナ。ウルズラの隣はバルテン士爵を挟んでウルズラの騎兵隊長を務めるロベルタの席となる。リアとエルナ、バルテンとプレル、ウルズラとロベルタのように関係性が深い者を卓の同じ側に配置するのも作法らしい。ザイフリート士爵は既に出発してるので今回は不参加だ。
ライスター卿の横はセリーナを挟んでアベル。俺の横はシャロンを挟んでカトルである。ライスター卿とアベル、セリーナとシャロン、俺とカトルが卓の同じ側となる。ロベルタと向かい合ったカトル、アアベルと向かい合ったエルナの位置が末席だそうだ。
「リアの護衛がエルナ、ウルズラの護衛がロベルタ、ライスター卿の護衛がアベル、となると俺の護衛がカトルか。」
「そんな、僕がアラン様の護衛だなんて」
「大丈夫だ。何も起きやしないし、何かあればむしろ俺がカトルを守るよ」
「それでは乾杯のご挨拶を。」
シャロンを挟んでカトルと冗談を言い合っているとアリスタさんがリアと話しながら、それとなく俺に水を向ける。だが本日はもっと挨拶するのに相応しい人物がいるだろう。
「実は、こちらのヴェルナー・ライスター卿にガンツの代官に就任頂く事になりました。本日はそのご挨拶を兼ねてこちらにお邪魔したんですよ。ですので本日の主賓はライスター卿とお考えください。」
「まぁ。」
「それはそれは、お喜び申し上げます。」
如才なくサイラスさんがライスター卿を持ち上げる。やれやれ、これで今日の宴会の主役はライスター卿と明確になったな。サイラスさんとしても、ガンツ行政の実務を担当するライスター卿とその息子と親睦を深める機会は貴重な筈だった。本来は一国の宰相を務めていた大物である。世が世ならサイラスさんが同席する事など無かったかもしれない。
いや、ガンツを仕切る大物ともなれば、同じ卓を囲む位の可能性はあったのだろうか。いずれにせよ、この2人が今後のガンツの市政の要となる。まずは親睦を深めてもらって間違いはないだろう。
ライスター卿やサイラスさんを中心に当たり障りのない会話が続く。久々にお洒落に着飾って悠々と豪快な食卓と会話を楽しむ。ガンツの支配が順調で会話も弾むし、緊張から解き放たれた直後だけに料理も一層美味しく感じられた。
「お、トンカツですね。」
「実はそちらの拠点の料理人から作り方を聞き出しましてね。まぁ、料理の製法くらい良いではないですか。」
そう言えば拠点のスタッフは商業ギルドの紹介だった。その線で料理法を聞き出したのか。サイラスさんは本当に抜け目がないな。
宴の後は3つほどのグループに別れて食後の会話を楽しむ事になった。俺はサイラスさんと商業ギルドの話を詰めたかったし、皆もそれは承知している。ライスター卿父子と2人の士爵はカードを使った賭けを始めたようだ。ロベルタとカトルは賭けを見物するらしい。それ以外の女性陣はアリスタさんの用意したお茶と甘味を楽しむらしい。
サイラスさんと連れ立って書斎に移動すると、サイラスさんが自慢の酒を並々と注いだグラスを手渡してくれる。
「サイラスさん、そろそろ商業ギルドをアレスに誘致しようかと考えているんですが。」
「奇遇だな、俺もその話をアランとしたいと思っていたんだ。」
「商業ギルドの誘致、難しいでしょうか?」
「そんな事はない。1万人を超える都市なら問題なく許可される。むしろ向こうから頭を下げてくるような話だ。だが幾つか問題はあるな。」
「そうなんですね。」
「まず商業ギルドを仕切れる人間が絶対に必要だ。商人としての知名度が条件だ。露骨な利益誘導をしない信頼もいる。ある程度、名を馳せた商人が子供に商売を継がせてからギルド長に収まることが多いな。」
「なるほど」
サイラスさんはアリスタさんに商館の仕事を任せているとはいえ自身の商館を持っている。この条件に当てはまらない気がするが、今は黙っておこう。
「もう一つはアーティファクトだ。ギルドの機能の大半はアーティファクトに依存している。」
「はい、他のギルドと通信出来ますよね。俺としてもアレスにあの機能が必要です。」
「だろうな。だがアーティファクトは商業ギルドの最高機密だ。金がかかるのは勿論だが、厳重な審査があるし何年も待つ必要がある。今から申し込んでも何年待たされるか分からないな。10年はなくとも5年は覚悟する方がいい。」
「やはりそうですか。」
「だがな、何事も例外はあるぞ。ギルド長の説明をしていた時も、俺がガンツのギルド長を務めるのが不思議だっただろう?」
「まぁ不思議とまでは思いませんが」
「隠さなくていい。サイラス商会は商業ギルドを仕切って大きくなったんだ。だが、俺が商業ギルドを仕切れるのには理由がある。人には言えない秘密だが、俺達の仲だ。特別に教えてもいい。だがタダというわけにはいかないな。」
「なるほど。情報料を寄越せと?」
「言い方は悪いがそういう事だ。俺としてはガンツだけでなくアレスにもサイラス商館を建てたいと思っている。」
「それくらいなら問題ありませんが。」
「まだある。ガンツだけでなくアレスの商業ギルド長の座も欲しい。」
なんと答えるべきか、俺は沈黙した。サイラスさんと2人空気を読み合う時間が流れる。ようやくどう話すか決意して、俺は口を開いた。
「俺としてはカトルにやらせようと考えていました。サイラスさんがガンツのギルド長を辞めてくれるなら考えますが、ガンツのギルド長はどうするんですか?」
「カトルは若い。もっと揉まれて経験を積んだ方がいい。将来はさておき、今はまだギルド長の器ではないな。俺としてはアリスタをアランの側近くに置いてもらってアレスのギルド長にしてはどうかと思うんだがな。」
なるほど。
「それはサイラス商会と兼任という事ですか?」
「そうだ」
「その条件は飲めませんね。ガンツもアレスもどちらもサイラス商会の支配下にあるように見えるのは避けたいと考えています。商人から見て健全さの見えない所は、魅力がないでしょう。サイラスさんも先程言っていましたよね。商業ギルド長は経験豊富な人間が求められると。サイラスさんがギルド長なら文句ありませんが、アリスタさんではやはり難しいのではないですか。」
「確かにそう言った。だが、アリスタなら俺が教えられる事もある。どのみち、商業ギルド長は経験豊富な大商人でなければ務まらないぞ。」
サイラスさんの話を聞いて、俺の中では一つの考えが浮かんでいた。どうしよう。確かめてからの方が良いだろうか。いや、アイディアと念押しした上で披露しても良いだろう。
「俺にアレスの商業ギルド長のあてがあります。」
「アランに俺以外の大物商人との繋がりが、か?」
「カトルの父親のタルスさんでどうでしょうか。ガンツより小さい街ではありますが、ゴタニアの大物商人です。」
その名を聞いてサイラスさんは渋い顔をして考え込んだ。
「タルスか、確かにあいつならな。」
「ガンツのギルド長にサイラスさん、アレスのギルド長にタルスさん。これなら釣り合いが取れるんじゃありませんか。2つの商館がせめぎ合っているように見えるなら、健全な競争があるように見えるでしょう。」
「その場合、アリスタはどうなる?」
「タルスさんの息子のカトルの例もあります。俺の下でアレスで何か適当な役を務めて貰うのは可能と思いますよ。」
「俺としてはアリスタの面倒をアランが見てくれるというなら不満はない。決まりだな、この話。」
「わかりました。それでアーティファクト入手はどうするんですか?」
「なに、簡単な話だ。世の中には不景気で喘いで潰れそうな街の商業ギルドがある。そういう所に取引を持ちかけるんだ。アーティファクトを買取しますってな。」
「そんな手があるんですか」
「アーティファクトは商業ギルドでしか使えないようになってる。商業ギルドに加入しない限り使い道はないんだ。だから本来は売り買いの対象じゃない。が、今回のように新規にギルドを立ち上げる場合は別だ。急ぎでアーティファクトを入手したい相手なら金で譲渡して、売った方は申請を待って新たなアーティファクトを手に入れる手はある。つまり順番の売り買いだな。」
「サイラスさんに、心当たりの街がありますか?」
「不景気に喘ぐ町なんかいくらでもあるぜ。後でリストを作って渡してやる。金を持っていけば取引出来るはずだ。そういう街は『アーティファクトが壊れた』って発表するんだけどな、アーティファクトはまず壊れない。だから商人は皆、借金で首から回らなくなったと分かるんだ。」
「その街はどうなるんですか?」
「もともと不景気で立ち行かない訳だからな。ただまあ、アーティファクトの再発行なら審査はいらない。アーティファクトが届くまで耐えさえすればどうにかなる。街の規模が大きければ最優先で発行はされるはずだ。それでも1年は覚悟しないとだけどな。」
「ではその線で進めます。」
「おう、アリスタの事はよろしく頼むぜ」
ライスター卿父子とバルテン士爵とプレル士爵はカードゲームが白熱してまだ帰らないらしい。残りのメンバーはサイラスさんとアリスタさんに暇乞いし、いち早く帰宅する事にした。3台の馬車で来た関係で4名ずつに分かれて行動する必要がある。乗る馬車を往来とは組み替えて、うまく対応が出来た。
帰りの馬車はセリーナとシャロン、カトルと相乗りになった。リアとエルナ、ウルズラとベルタで同乗するらしい。リアとウルズラの関係性はギクシャクしていると思っていたが、同じ馬車に同乗する程に改善されて何よりだった。
こちらはいわば残り物の組みわせだが、アレスへの商業ギルドの話を共有しておきたかったのでちょうどいいだろう。
「それで、商業ギルドの誘致についてはうまく言ったのですか?」
「ああ、サイラスさんに色々と聞いてきた。ギルドの通信用アーティファクトを手に入れるまでに数年間は待たされるらしい。やはりそれが無いとギルドの体裁をなさないらしいんだ。けれど、不景気な街のギルドの通信機を条件をつけて引き取る方法があるらしい。」
「なるほど、サイラスさんはそんな手を使ったのですか。」
商人繋がりがあるだけにカトルが呆然としている。商人として真っ当に育てられているだけに、こういうグレーゾーンをつくようなやり方は馴染みがないらしい。
「よくそんな情報を無料で教えてくれましたね。吹っ掛けられたんじゃありませんか、アラン様?」
「サイラスさんからは、アレスの商業ギルド長にしろと迫られたよ。」
「何ですって。ガンツだけでなくアレスの商業ギルドも仕切るつもりなんですか。流石にお断りになったんですよね、アラン様。」
「ああ。サイラスさんとアリスタさんがそれぞれギルド長を務める形を考えていたみたいだけれど、商人から見て公正に見えない可能性があると思った。だから流石に断ったよ。」
「良かった。流石はアラン様。」
「二つの都市のギルド長をサイラス商会に独占させる訳にはいかないだろう。だからタルスさんにガンツの商業ギルド長をお願い出来ないかと思っているんだけれど、どうだろう。」
「なんと、父に声をかけてくださるんですか。早速手紙を書きます。絶対に喜ぶと思います。」
「時間が惜しいから商業ギルドの通信文でやり取りするといい。必要なら費用はこちらで負担する。タルスさんがいつ来てもいいように、アレスでタルス商館は確保してあるだろう?もしタルスさんに来てもらえたらガンツのサイラス商会、アレスのタルス商会が並び立つ形でサイラスさんは説得したよ。同時に2つの街のギルド長は無理だものな。」
「はい、商館も建ててあると聞いたら父も後には引けませんよ。」
「商館とは別にちゃんと屋敷も贈呈するよ。例によって細かい所は職人を使って仕上げをして貰わないといけないけれどな。それにアレスの街もそろそろタルスさんが来ても充分利益を上げられる体制になって来ているはずだ。」
タルスさんをアレスの商業ギルド長にする案にカトルは喜んでくれたか。
「しかし、それでよくサイラスさんが納得しましたね。問題は無いんですか?」
セリーナが口を挟む。
「タルス商館と並ぶサイラス商館の建物を用意する事、カトルのようにアリスタさんを引き受けて俺の所で働いて貰う条件で何とか納得してもらったよ。」
「「何ですって?」」
セリーナとシャロンが大声を出す。その声にカトルが飛び上がって驚いていた。
「アラン、それはサイラスさんにいっぱい食わされたんですよ。」
「アラン、最初からアリスタさんをアランの所に押し付ける策略なんです。ギルド長になりたいというのはその為の前振りですよ。分からないんですか?」
俺とカトルは2人の剣幕に顔を見合わせる。
「サイラスさんが未婚のアリシアさんを『コリント卿のもとに差し出した』と言いふらしたら、もう街の人にとってはそういう意味にしかならないんです。」
「男性のカトルと違ってアリスタさんは未婚の女性ですよ。責任を持つというのは嫁にするって意味が入るんです。」
「お、俺は結婚するとは一言も言って無いぞ。」
「『預かる』っていうと、そういう意味が出ちゃうんです。貴族は身分差があるから平民とは事実婚で済ませる事も多いみたいですよ。」
「そもそも貴族は側室を持てるので、複数を相手に結婚出来るみたいです。正室が決まる前にアリスタさんをアランの所に押し込みたかったって事ですよね。」
2人の剣幕にタジタジとなった俺はカトルに助けを求めた。だが、カトルは満面の笑顔でこう言った。
「アラン様、うちの妹のタラとも結婚する気になったら教えてくださいね。父を説得しますので。」
違う、そうじゃない。
翌朝に招集した会議はやや重苦しい空気で始まった。気のせいか女性陣の俺を見る目線が厳しい。今回は班長級に加えてカトルを呼んである。商業ギルドの件を話す為だ。
「おはよう。皆集まってくれて感謝している。まずアレスの街に商業ギルドを誘致する件だが、カトル、報告を頼めるかな。」
「はい、アラン様。アラン様が昨日商業ギルド長のサイラスさんと交渉し、商業ギルドの申請に必要な通信用アーティファクトについては既にそれを所持している都市から譲り受ける方法があると聞き出されました。通常の手順でアーティファクトの割り当てを待つと審査に時間がかかるようですが、アーティファクトを持っていると変更手続きだけで可能なので時間を大幅に短縮できるそうです。」
「おお、何とかなりそうですな。」
ライスター卿が肯定的な反応を示してくれる。今朝の逆風の中でこの反応はありがたいな。
「ガンツの商業ギルド長サイラスさんは娘のアリスタさんをギルド長に推薦したようですが、アラン様がお断りになり私の父のタルスを指名いただきました。光栄なことですので父を早く呼び寄せます。私からは以上です。」
「「コホンッ」」
強い咳払いの声が聞こえる。あれはセリーナとシャロンだろう。カトルと俺は顔を見合わせる。
「あ、アラン様は娘のアリスタさんを預かるお約束をされたそうで、その条件で父親のサイラスさんを説得したそうです。以上です。」
はぁ、とデカいため息が聞こえる。1人2人では無いな今のは。逃げるようにカトルが椅子に腰を下ろした。
「それで、アラン様。アリスタ嬢はどのような立場になるのですかな。」
ダルシムから質問が飛ぶ。ダルシムはまだしも俺に同情的なようだが、リアに仕える立場なのでこの質問で手を抜くつもりもないらしい。
「俺としてはカトルと同じような形で身元を預かる、と。」
ハァ、と皆が一斉にため息を吐く。
「良いでは無いですか、リア様が一番重い立場という事をはっきりさせさえすれば。」
ケリーがそう口走って周囲から制止されている。同席しているウルズラやバルテン士爵達はリアの素性を正確には知らない。制止されて当然だろう。しかし今のはいいヒントだったな。
「コリント卿、私の結婚の申し出は依然有効だからな。私の協力が必要ならあてにしてくれていい。商業ギルド長の娘など平民でしかない。貴族の私が押さえて見せよう。」
ウルズラが妙な自信を見せるが、内容の噛み合わなさに誰もまともに取り合わない。彼女の言葉が宙に浮かんで消える。
「アラン、どうするつもりなのかしら?」
遂にリアが真っ向から切り込んできた。
「商業ギルドの件、サイラスさんと先走って交渉したのはすまない。ただ、お互いに協力関係にある以上、程良い所で妥協する必要はあったと思う。」
「商業ギルドの件は気にしていないわ。問題は事情を完全に把握していない人間を内部に抱え込む事になる点にあるのではないかしら。」
確かにカトルはリアの素性を知っている。協力的とはいえ、リアの素性を知らないアリスタさんを抱え込むのは早計だったかもしれない。
「アリスタさんの事はリアの管理に任せたい。俺としてはあくまで預かっただけという立場だ。リアが差配する範囲に収めて貰えばそれでいい。」
「彼女の事も私の管理下に置くという事でいいのね。でも、私が彼女を受け入れる理由があるのかしら?」
「ああ、俺はリアを信頼している。アリスタさんの事は知らない訳じゃないだろう。リアなら悪いようにはしないだろう?」
ハァ、とリアが息を吐き出した。
「アランのお願いなら仕方ないわ、それならアリスタさんはサイラスさんから人質として預かった奉公人という形を取りましょう。」
リアの決定に一同がどよめく。
「確かにサイラスが裏切らない為の保証という形が良さそうですな。」
ライスター卿も賛成してくれた。良かった、これで何とか緊迫した事態が収まりそうだ。セリーナとシャロンは2人してまだ俺を睨んでいるが、エルナはリアの決定に肯定的反応を示しているらしい。
「いずれにせよ、アリスタさんの事は私が預かる事で話が決まりました。アランは私の許可がない限りアリスタさんとは私的な会話はしないように。他の皆も、アリスタさんは私の庇護下にあると理解して接してください。」
リアの言葉に皆が重々しく頷く。リアの口調が姫様モード全開でないのは、ウルズラなど新参の事情を知らない人間がいるからだろう。一方のウルズラが少し悔しそうなのは、事情が分からないにせよ、古参のリアの方が扱いが高いからだろう。その点はフォローしないといけないな。良し。開拓民の護衛の話を振ってウルズラに花を持たせよう。この話はまだ限られたメンバーしか把握していない筈だ。
「さて、改めて今後の予定について話したい。」
懸案事項に道筋がついたからかようやく会議の雰囲気が戻ったようだ。これで本題に入れるな。
「ガンツには代官のライスター卿とサテライトを4班残す。それ以外は一旦アレスに引き上げる。ガンツ守備軍は改めて編成するか、人が増えるまではサテライトの班を交互に入れ替えながらになるだろうな。」
皆を見渡す。
「ウルズラとバルテン士爵と話し合った件があり、今日の会議で取り上げて皆の意見を聞きたい。まずはウルズラから頼む。」
「了解した。コリント卿との話し合いの結果、我が兵はセシリオ王国にいるコリント卿の開拓民の護衛を請け負った。我が名はセシリオ王国で知らぬ者はない。何の問題も生じさせぬ筈だ。」
おお、とどよめきが響く。ロベルトが引き連れたのは先発隊であり、リアを慕う開拓民の大多数はセシリオ王国にいる。やはりそれは皆の懸念事項になっていたのだ。セシリア王国の大物の貴族であるウルズラの部下が差配すれば移住はスムーズに進む筈だ。彼女の部下は精鋭揃いなので、護衛として申し分ないだろう。
「私の護衛役として数名が残るが、大半はコリント卿の了解を得て既に出発させ、残りの者もアレスを見物したら帰国させる。私は表向き人質なのでコリント卿の世話になる事になる。私が人質なのを理由に、囚われた美しき王家の姫である私の身代金という体裁で我が民の財産をアレスに運び込む、形式としてはそういう事になるな。」
一同の期待の視線を受けて得意満面、調子に乗ったウルズラの話が長くなりそうなので、俺が慌てて口を挟んだ。
「ウルズラ、開拓民の件はよろしく頼む。君の領民も保護すると約束しよう。全員に快適な住居と耕作予定地を用意するつもりだ。当面の食料と給与の支払いも検討しよう。」
「よろしく頼む、コリント卿。」
「では次にバルテン士爵、昨夜打ち合わせした内容の説明をお願いできるかな。」
「ハッ。護国卿閣下とは兵の装備について話し合いを致しました。兵を増やす限り、装備の充実は必須です。その点、いかがされるのだろうかと。」
これは頭の痛い問題だった。これまでは職業軍人を勧誘していたようなもので兵と装備は一体で給料を払うだけで良かった。募兵となると装備が不十分なものがいるだろう。こちらで用意する必要もあるだろうし、装備の均一性も課題になる筈だ。
「予算的にも騎兵ばかりという訳にはいかない。歩兵を揃える場合、弓兵なのか槍兵なのか。それらの装備はどうするのか。確かにこれまではそう言った視点が抜けていたなと思ってね。」
途端に皆が意見を話し出した。専門分野だけにこだわりが強いのだろう。うーん、ちょっとこのままでは話がまとまりそうにないな。俺の専門分野は宙兵だから、弓や槍のことは正直よく分からないんだよな。サテライトは精鋭揃いだが、近衛のメンバーが多く戦場で働く軍人とは少し異なるようだった。そうなるとルドヴィーク辺境伯軍やベルタ王国軍の編成を参考にする事になるのだろう。
「いずれにせよ、編成は今日決める話ではない。使える兵がどれだけ集まるかにもよる。それまで皆、各自で腹案は練っておいてほしい。」
とりあえず問題は先送りし、棚上げした。
「馬と魔法剣を全員に揃えるのは難しい。だが、普通の弓や槍は不足させないようにしたい。俺の方では当面、兵の装備を充実させる方向で考える。訓練や編成はある程度適性を見た上でにするしかないだろうな。」
予算は有限である以上、全軍騎兵で魔法剣持ちにしたいと言っても無理だろう。普通の武器も数が多ければ費用は莫大な物になるはずだ。
「賛成です。しかしガンツとアレスで武器の製造を全て賄えますか?」
「今のままでは難しいだろうな。」
「我が領内には優秀な鍛治師も多いが。」
ウルズラが口を挟む。
「アレス市内にも武器職人の経験者はいるとロベルトから報告を受けているわ。」
リアがウルズラには負けまいと口を挟む。
「職人がいるのは助かるが、一から揃えるとなると時間がかかるだろう。だから作り方を工夫する必要がある。それに俺たちの最大の問題は原料の調達だ。まず良質な鉄と石炭を安定して調達しないといけない。」
「我らの目標とする兵士の数は多いですからな。」
ダルシムも納得顔で頷く。
「仮に5,000人の兵士に新たに剣を持たせようとする。1年で行きわたわせるには1日あたり14振りの剣を完成させる必要がある。それも毎日だ。職人を15人雇っても1日それぞれの職人が1振り完成させるのは難しいんじゃないかな。」
「それは確かに。」
「人を大勢雇うより、どこから買わないといけないわね。」
「大量生産するにはそれに相応しいやり方がある。工程を分割して、個々の作業を単純化させる。複数で分断する方が圧倒的に速いんだ。全部の工程をマスターするより、得意な工程を完璧にマスターする方が質も上がる。人も入れ替えやすいし、そのグループを増やせば製造数も増やせる。軍隊のように数を活かして大量に生産させる工場を作成しよう。」
「なんと、そんなやり方があるのですね。」
「俺たちが必要なのは剣だけじゃない。槍や鎧も必要だろう。一度に買い揃えるのは現実的じゃない。作る方法のイメージはあるんだ。だがまずは原料を確保しないと始まらない。幸い樹海は鉱物資源は豊富なはずだ。いずれ領内から調達できるだろう。だが当面は近場で調達する。生産が軌道に乗れば、売れるくらい大量の武器を作成出来るはずだ。」
「武器の輸出まで視野に。流石です、アラン様。」
カトルは収入の柱になりそうだと大いに乗り気だな。
「そんな事は可能なのですか?」
驚いた口ぶりでプレル士爵が疑問を投げかける。
「可能なはずだ。というか可能にしないと辺境伯軍の創設が夢物語で終わる。計画はある。アレスには製鉄の為の溶鉱炉も用意してあるぞ。」
原料がないだけで、製鉄所はアレスに建造してある。巨大構造物は汎用ボッドで工作するのが得意な範囲だったし、100万人規模の都市を作るのに必須の設備だったからだ。皆はその外観は見かけた事があるかもしれないが、溶鉱炉など実際に稼働している所を目撃していなければ施設の機能までは把握できないだろうな。
「原料の調達、商業ギルドの通信アーティファクト。いずれも交渉が必要だ。皆がアレスに移動している間に、グローリアと候補となる街を回ってみるつもりだ。」
「護衛は連れていかれるのですか?」
「今回はセリーナとシャロンを連れていく。2人が良ければだが。」
「問題ありません。」
「もちろんついていきます、アラン。」
よし、大丈夫そうだな。
「交渉がうまく纏まれば、セリーナとシャロンに実務は引き継ぐつもりだ。」
皆の顔を見渡す。
「アレスまで引き上げる行程は任せきりになるが、ガンツもアレスも我らの都市。この間の移動には慣れて欲しい。よろしく頼む。」
原料調達については、明日を出発の日と定めて散会となった。