【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる)   作:高坂 源五郎

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Ⅰ ベルタ王国統一記 24話 【統一戦編】開戦準備

ベルタ王国統一記 24話 【統一戦編】開戦準備

 

アレスを去る際、ザイフリート士爵は別れを惜しむ2人の同僚にこう語った。

 

「コリント卿の威勢は私の予想より強過ぎる。もしコリント卿が劣勢であったなら私が功績を立て、陛下への寛大な処置を願う腹積りであったのだが。こうなってはせめて私が陛下の元へ戻り、この剣でお助けしたい。」

 

アレスを去ったザイフリート士爵が頼みとするのは、金鉱山の業務で通い慣れた王都の宰相府しかあり得なかった。王都の見慣れた街並みも、勢いのあるアレスと見比べるとありきたりで平凡に映った。

 

今のアレスは鉄道馬車に代わって蒸気機関車が運行を開始して大変な活況にある。アレスは山脈と樹海に囲まれた関係で都市の境界を成す外堀から外に出る者は少ない。だが毎朝、学校の生徒達の年長の者が小型の蒸気機関車を走らせている。その為、市民は鉄道を見慣れるようになっていた。

 

人がまたがると足が地面に届くような小型の蒸気機関車は、農園で搾りたての牛乳を学校の給食として生徒に配達させるのだという。色々な魔道具を見慣れていたアレスの市民も蒸気機関車には驚いた。『湯が沸くと湯気がやかんの蓋を押し上げるのと同じ原理だ』と聞かされても、ザイフリート士爵には何の事やら理解が及ばない。

 

日替わりで小型の機関車を操作する役割は生徒達の人気の的で、当初は敬遠されていた学校の人気に一役買っていた。得意満面で小型の蒸気機関車を操作する姿は子の晴れ姿であり、学校の先進性を喧伝する材料になっている。馬より小さな小型の機関車で何人もの生徒や貨物を載せられるのは驚きだった。

 

線路は立ち入り禁止とされて柵で区切られているが、衝突防止で汽笛もついている。生徒は好んでそれを鳴らすので、小型の蒸気機関車が運行してるとすぐにそれと分かった。

 

馬車では溢しやすい幾つもの桶に入った牛乳という液体を運ぶのにも、軌道の上を走る蒸気機関車は馬車よりも振動が少なく適しているらしい。

 

都市の快適さや清潔さ、新規さにおいてアレスは大陸に並ぶ都市がないだろう。その上、コリント卿が飼い慣らしたドラゴンやワイバーンまで辺りを遊弋しているのだ。時代の先端とはまさにあの都市である。

 

「(アレスを去り、あの宰相に取り入るのは正直気が進まんが、これも我が運命だ。仕方ない。)」

 

取次を経て宰相とカリファ伯へと面会の叶ったザイフリート士爵は、懸命に自分を売り込んだ。

 

「私はコリント辺境伯軍の中で指揮官として遇されておりました。アレスへの道筋も兵の配備状況も心得ております。」

 

「ほう。何やら心惹かれる話のようだ。だが私がアレス滞在した折に、その顔を見かけなかったが。」

 

ザイフリート士爵の発言の真意を、カリファ伯が問いただす。

 

「王国軍の人間がコリント卿に合流しているのは隠されております。王都の使者の前に顔を出すことは許されておりませんでした。」

 

「しかし、コリント卿がよく君の離脱を許可したな。」

 

「ガンツに行ったのは、守備しておりました金鉱山がセシリオ王国に襲撃されたが故の苦肉の策です。コリント卿についた私の同僚の手前もあり、国王への忠誠を理由とした離脱については最初の面談の際に許可を得ていました。その約束を持ち出したのです。3人のうち2人を獲得出来たのだから、1人は離脱しても構わぬと、あちらもそう算盤を弾いたのでしょう。」

 

ザイフリート士爵の申し開きはカリファ伯は受け入れた。

 

「一応筋は通っている。で、どうする?」

 

カリファ伯が宰相にそう問いかける。

 

「ザイフリート士爵、君とは知らない仲ではない。率直に言ってくれないか。君は我々に何を期待しているのかね。」

 

いつになく穏やかな口調でバールケがザイフリート士爵に問いかけた。

 

「私はアマド国王陛下に仕える軍人です。そしてコリント卿は王位簒奪を狙っていると判断しました。コリント卿自身が簒奪の意思ありと、そう語ったのです。『ベルタ王国を効率的に作り変える、その為の障害は排除する』と。であるならば、選ぶ道は自ずと定ります。」

 

ザイフリート士爵の気迫の籠った物言いに、宰相のバールケも感銘を受けた様子だった。

 

「ならば我らは同志だな、ザイフリート士爵。勝利の暁には王国軍の指揮を其方に委ねる、とそう約束する。」

 

宰相の決定で方針は一決した。以後の問題はどう戦うかである。王都で籠城するのは悪手である。軍事の専門家たるカリファ伯に諭されるまでもなく宰相のバールケもそれは知っている。

 

国政に慣れたライスター卿が、復活をかけてコリント卿に入れ込んでいる事は今では周知の事実となっている。ライスター卿が貴族達と往来させている使者をいつまでも放置できない以上、早めに兵を集めて叩き潰す必要がある。

 

ベルタ王国の貴族の大半は現実主義である。王都での籠城まで追い込まれたらアマド国王陣営は滅国の危機に瀕していると考え、大勢がコリント卿の陣営に走るだろう。

 

選択肢としては、敵より多くの兵を集めて数的有利な状況を作る事である。数が多ければ倒せない相手などいない。そして一度でも敗戦させればコリント卿の威望など地に堕ちる。

 

「野戦にも不安はあるが、私が指揮する限り負けはまずない。こちらの兵数が敵を圧倒できてあればだがな。」

 

戦上手で名を売るカリファ伯が自信の一端を覗かせる。

 

「だが、例のドラゴンがいるだろう。ワイバーンも追加されたと聞く。対策はどうする。」

 

気忙しげに宰相が問うた。ドラゴンやワイバーンは不確定要素すぎる。金や人で解決できない要素を宰相は好まない。

 

「コリント卿にも弱点はあります。兵は常に少なく、都市は脆弱です。コリント卿を誘き出し、その隙に彼の自慢の都市を落としましょう。補給を絶たれ帰る場所を失えばコリント卿は孤立無援です。それで決着がつくのでないですかな。」

 

「ほう、中入りさせる別働隊か。考えないではなかったが。」

 

カリファ伯が反応を示した。

 

「私は軍人としてアレスの防備の状況は把握しております。コリント卿が率いる主力が不在であれば、落とす自信はあります。」

 

カリファ伯と宰相は素早く視線を交わし合った。

 

「その策には難点がある。別動隊を用意しても部隊の位置を捕捉されていては意味がない。手品のようにコリント卿の視界から別働隊を隠す策があれば考えなくもないがな。」

 

「それならば、私の勤務しておりました金鉱山が使えます。」

 

「というと?」

 

「私の任務は金鉱山の守護です。コリント卿は『金鉱山を守る気はない』と私に明言しました。であるならば、私が役目柄、王国軍の兵を率いて金鉱山に駐屯しても何も不思議はありません。そして金鉱山はガンツから馬で数日と近いのです。」

 

「だろうな。」

 

「宰相閣下とカリファ伯の軍勢をコリント卿はどこかで迎撃に出るはずです。金鉱山の位置は王都と方位が異なります。兵の存在を気取られぬ程には遠い。コリント卿を十分に樹海から引き離せば、金鉱山を発した軍はガンツとアレスの両方を包囲可能ではありますまいか。」

 

「うむむ」

 

宰相は腕組みして考え込んだ。

 

「悪くない作戦だが、本当にお主が考えたのかザイフリート士爵?」

 

カリファ伯が確認する。

 

「はい、アレスと金鉱山に駐留した経験がある私でなければ思いつかない策と自負しております。」

 

「コリント卿が対決を避け、樹海に戻ったらどうなる?」

 

「我らの軍を前に撤退するのは自殺行為だ。奴についた貴族も離反するし、追撃を受ければ軍が崩壊する。まずあり得ないだろうな。」

 

この宰相の問いには、ザイフリート士爵ではなくカリファ伯が答えた。

 

「ならば、コリント卿が樹海から出なければどうする?」

 

宰相は尚も不安に駆られて質問を浴びせかける。

 

「ガンツとアレスの交通を遮断し、アレスが立ち枯れるのを待つ。立ち上げて間もない都市だ。食料の自給には難があるとみていい。ガンツが食料を供給していると見て間違いない。いずれにせよ交通を遮断すればそれで済む。

 それに他の貴族の領地ならさておき、ガンツを見捨てれば奴の武威に傷もつく。ガンツ周辺の貴族の支持もこちらに集まり戦力差は決定的になるだろうな。まず、こちらの勝ちは揺るがない。」

 

カリファ伯の自信に満ちた口ぶりに、宰相も落ち着きを取り戻した。

 

「ふむ、問題は兵力か。」

 

「閣下、それについても提案がございます。」

 

「よかろう、言ってみよ。」

 

「ガンツ伯の縁者が後継者争いに忙しいと聞きます。ガンツの攻略は彼らに任せてはいかがでしょうか。ガンツ伯軍の生き残りと後継者を争う縁者を集めれば2,000人の兵は超えましょう。しかもコリント卿の不在の間に彼らの求めるガンツを陥落させる話なのです。彼らには願ったりではありますまいか。」

 

「なるほどな。王国軍の指揮官は褒賞のつもりでいたが、ザイフリート士爵こそ国防の要であったか。」

 

宰相は感嘆の声を上げた。貴族の欲を掻き立てて特定の目標にけしかけるのは彼の得意中の得意とする所である。誰にどう声を掛ければ良いか、宰相の脳裏で計画は瞬時に組み上げられていた。

 

「ガンツの抑えに2,000名、アレス攻略には可能なら4,000名の兵が必要かと思いますが。」

 

「合わせて6,000名か。悪くない策だが、それだけの兵の手配がつくかな?」

 

軍人であって政争や陰謀に疎いカリファ伯は懐疑的だが、兵読みにおいて宰相は他の貴族の追随を許さない。

 

「アレスの攻略には我が配下を充てよう。腹心のルチリア卿の兵と合わせて3,000人は用意させる。残りの1,000人の兵士はザイフリート士爵、君が王国軍の兵を率いるのだ。君が先鋒、ルチリア卿を大将としてアレスを攻略すれば、必ずやアレスを占領しコリント卿を死地に追い込めるだろう。」

 

 

「動員可能兵力は推定20,000です。」

 

イーリスと俺は味方の軍の兵数を読み合っていた。

 

(宰相の軍の予定数の半数くらいか。ギリギリ合格といった所だな。)

 

「艦長はお忘れかもしれませんが、ガンツ伯との戦いは概算で30:1の兵力差でした。この短期間では2:1より有利な兵力差はミッションの[A+]判定に該当します。」

 

(宰相の軍より大勢の兵を確保するのは、流石に1年足らずでは厳しかったか)

 

「はい。ベルタ王国内に限定すれば不可能に近いと考えられます。大規模な民衆の反乱を扇動しない限り、政権側を上回る兵力の確保は困難です。それに味方が多ければ良いというものではありません。」

 

イーリスが指摘しているのは装備や補給などの物質に加えて、味方として参陣する貴族への報酬を指しているのだろう。ライスター卿を通じて集める味方には報酬を支払う必要がある。爵位はなんとかなるにせよ、領地は有限なのだ。いや、それもなんとかなるのか?

 

(イーリス、アレス建設の前後でベルタ王国の国力はどれだけ増えている?)

 

「国力は飛躍的に伸びています。アレス建設自体の経済効果は限定的ですが、鉄道敷設による経済圏の構築に成功した為です。これにより鉄道沿線が経済的に潤い、半年前の蒸気機関車の導入以降は急速に発展しています。推定ですが規模は1.5倍程度でしょう。」

 

「アレスやガンツが特別な都市とはいえ、王都を含め国土の大半が宰相側の中でこの成果は上出来か。」

 

この結果には創設されたアレスの商業ギルドの果たした役割が大きい。カトルがタルスさんを口説き落としたのだ。なんと言って説得したのかまではまだ聞いていないが、一等地にタルス商会の商館を建てる場所を開けて待っていた。こちらの準備の熱のこもり方を受けて、タルスさんは妻や娘を連れて商業ギルド長兼タルス商館長としてアレス入りしてくれている。

 

タルス商会は当面ゴタニアを拠点としたままなようだ。ヨーナスさんに留守を任せるらしい。だが、アレスの商売が軌道に乗ったら親しい間柄の人を連れて正式に移住するようだ。

 

今はゴタニアの領主の手前、大々的な移住行動は取りにくいようなのでこっそり商売の旅に出た体裁にしているそうだ。

 

「樹海周辺の新たな経済圏はすでに構築され発展しています。鉄道の沿線に領地があるだけで大金を手に入れられるのはノイスへの鉄道開通で証明されました。」

 

王都からの使節団を送り出した後、軌条は鉄道馬車ではなく蒸気機関車を走らせる形に改めた。蒸気機関車の導入で貨物量も消費時間も段違いに改善した。

 

ノイスの鉄鉱石と石炭は急速に消費され、鉄道馬車の運べる貨物量では不足していた。鉄鉱石はともかく、ノイスの石炭は埋蔵量が豊富で露天掘りなので生産量を簡単に増やせる。それに石炭は安価なので、蒸気機関車を走らせても貨物量の増大で経済的な収集は改善した。

 

特に重要なのはノイスとガンツの鉄道線の間の貴族の領地が潤ったという事だ。駅を用意させ、産物を用意する。それだけで交通に有利な箇所にあるのでガンツやアレスに産品が売れる。集住が進み駅前に町が形成され発展する。

 

鉄道の運行と沿線の領地の開発はカトルに仕切らせていた。こちらの責任の範囲は限られているが、カトルが窓口役として助言を与え、アレスの業者に鉄道整備関連の仕事を発注させる役目も負わせた。

 

カトルの担当には個々の街の特産品の開発も含まれている。商品開拓と物流を管理させるのは商人の感覚を持つカトルが得意な分野だ。カトルを手伝っているウィリーやペーターも含めて若者は鉄道という新技術についての理解も早い。

 

現在の内政の区切りこうなる。国内の外交と謀略を担当するライスター卿、アレスの内政全般がロベルト、教育と新技術の担当がセリーナとシャロン、鉄道の運営と資材調達のカトル。最後に商業ギルドをまとめてアレスの収益を回収するのがタラスさんだ。付け加えるとガンツの実務とガンツ側の収益回収がサイラスさん、こちらの意向を受けて必要な物品の調達を有料で受ける御用商人がサイラス商会のアリスタさんやカリナさんで、タラス商会のヨーナスさんもこの担当に含まれる。

 

蒸気機関車は密かに製造していた物だ。最初にイーリスの設計に沿ってミニSLを製造した。汽車ともなると部品点数は多いが、俺は土魔法で鋳型を作成できる。もし紙の設計図で指示していたら全て書き上げて、それを職人が再現するのに莫大な時間を消費していただろう。だが、型に融解した鉄を流し込んで部品を完成させるのは圧倒的に早い。

 

多少は精度や強度が甘くても実用範囲に収まるというイーリスの太鼓判に従い、開発の為の試行錯誤や工員の教育を飛ばして、初手でパーツの製造に持ち込めた。

 

機関車の組み立てはイーリスとナノムの支援を受けられるセリーナとシャロンを中心に学校での授業の一環として行なった。これまで学習機会がない子に、机での学習だけは限界があるという判断もあった。ならば手を動かして覚えさせようという事だ。そして作業させれば子供の適性は見抜ける。

 

まずはミニSLという現物を軸に、年齢や経験別に割り振った作業を分配。組み立てや整備を経験させた上で動作原理を勉強させる。

 

国家プロジェクトの担当育成を義務教育で行うような物だが、全てを任せる必要はなく、作業を的確に分割していけば個々の作業は単純化され致命的な問題は生じにくい。作業の割り振りと監督と検品が鍵だが、その点は人類を超える知性のイーリスというAIがいる。

 

セリーナやシャロンを経由して行われるイーリスの指導は完璧でミニSLをものの数日で完成させていた。動作する現物があると、何が必要なのかの理解は進む。原理に対する関心も増す。通常の勉強は無償ではあるが、子供に賃金が出るわけではない。しかし蒸気機関車製造には、当然ながら賃金も出す。

 

こちらとしては彼らの中からは技術者や熟練労働者を確保したい。帝国軍人の育成にも、科学的知識の基礎教育や関心は必須条件と言えた。蒸気機関からスタートして、イーリスのジェネレーターの再現まで文明を進めなくてはならないからだ。

 

「鉄道産業はこのままアレスの基幹産業として定着可能です。学校教育を経て育成された技術者が大陸中に鉄道網を建設する日もそう遠くありません。」

 

蒸気機関車のメリットは速度と貨物量といった経済性に留まらない。高速で移動するので魔物の襲撃に遭いにくい。駅の安全性は確保する必要があるし、オークやゴブリンなど人型の魔物はいずれ線路へちょっかいを出せる方法を発見するかもしれない。盗賊なども将来的な障害になりうる。しかし馬車に比べてはるかに安全で快適な事は言うまでもない。人が集まるし、人が集まるところは発展する。

 

「目敏い貴族は鉄道の利便性に気がついているな。政治的にはライスター卿の働きかけがあり、経済的には鉄道の恩恵を受けようという思惑で近隣の貴族は動いたか。」

 

「はい。遠方の貴族は王命を盾に宰相が助力する形で押し切ったようです。ただ、諸々の報告を勘案すると実態は中立に近い様子見と言えるものです。」

 

「味方する貴族への報酬は爵位の陞爵と領地への鉄道開通辺りで手を打ちたいな。」

 

「ええ、鉄道敷設の最適地は限られます。現時点で存在している主要な街道に沿う形の鉄道計画は一つの答えですが、領地に引き込む為に意図して曲げられた街道も目立ちます。街道の再整備は必要です。その上で鉄道敷設は最短ルートを前提とし、好意的な貴族の領地を主要な鉄道路線となるように配置転換や区画整理すれば更なる発展は間違いありません。」

 

「配置転換は鉄道敷設に有利な敵の領地を取り上げて、鉄道敷設に不利な土地への交換。区画整理は鉄道に面した領地配分となるように隣接した領地の区切りの変更か。」

 

「土地として狭くても、鉄道の駅を置けるだけの土地が線路沿いに確保されるだけで領地の発展速度は変わります。」

 

「戦争と発展に向けてベルタ王国のグランドデザインを組み直す。宰相に勝利して論功行賞でそれをやるしかないな。イーリス、ライスター卿とエルヴィンの報告する最新の情勢から計画を練っておいてくれ。」

 

「了解しました、艦長」

 

 

ガンツ伯家の家令のデニスは金庫番を兼ねている。ガンツ陥落で都市は失ったものの、商業ギルドの口座に眠る現金は全て彼の管理下にある。ベルタ王国一の富豪貴族なのだ、蓄えた資産は王家のそれを上回るだろう。また、ガンツ伯家の王都の家屋敷や点在する細かな所領は手付かずであった。ガンツ伯家のかつての威勢を取り戻させるのは、ユルゲンより留守を託された彼の役目であった。

 

証人を買って出てコリント卿のドラゴンに便乗して王都入りを果たした彼は、宰相への工作に成功して支持を取り付けていた。

 

アマド国王の裁定は残念ながらコリント卿のガンツ支配を3年認めるものであったが、ガンツが開城した以上、当座の処置としては致し方ない面があった。だがガンツはあくまでガンツ伯の所領である。国王もそれは認めている。デニスはガンツ伯の後継者と虎視眈々と機会を狙っていた。

 

待望の知らせが宰相府よりもたらされたのは、夕方近くだった。

 

「ベンジャミン様、遂に決起する日が参りましたぞ。」

 

「おう、そうかデニス。この日を待ち兼ねたぞ。」

 

ベンジャミンはガンツ伯ユルゲンの甥にあたる。何人もいる甥や姪の中で彼だけがユルゲンに愛され重用されていた。ベンジャミンはユルゲンの護衛の騎士として働いており、ユルゲンの死亡の際はその場にいた。彼が護衛と名乗ったのは嘘ではない。

 

捕虜となりガンツに軟禁されていた所、ガンツ伯の縁者の捜索に来たデニスと面会し、首尾よく証人役を申し出てデニスと共に王都入りを果たした。家令のデニスと結託し宰相の支援を受けた今、彼こそが最もガンツ伯に近い男である。

 

「ベンジャミン様、宰相の軍と連動して兵を起こせと。しからばガンツの攻略を認めると、そうありますな。」

 

「で、兵は集まるか。」

 

「無論です、金にモノを言わせて是が非でも我らの軍を集めてみせましょう。」

 

 

 

その日、俺はアレスの商業ギルドでの会合に呼び出されていた。同行者はエルナとユリアンで、エルナが同席しているのには理由があった。

 

「ご無沙汰しております、アラン様」

 

「アリスタさん、お元気そうですね。」

 

今回はサイラス商館の代表としてアリスタさんが出席している。アリスタさんと俺が私的に会うのはリアに禁止されているので、エルナは俺の護衛というより監視役に近い扱いらしい。

 

(安心して下さい、アラン。今回の話はリア様の発案なので。)

 

エルナにそっと耳打ちされる。

 

(分かったよ、エルナ)

 

どうも宮殿建設とリアの女王就任準備が始まってから、リアの周辺はピリピリしている。スターヴェイク出身者以外の人間が増えてくると、色々関係性が難しいのは理解できた。

 

リアを王族と知らない相手に序列を強いるのは難しいだろうが、即位が目前ともなれば関係性をあるべき姿に正したくなるリアの周囲の気持ちもよくわかる。リアが女王として即位すれば、その辺の力関係は自然に定まる筈ではあるのだが。アリスタさんも、外に漏らさない条件でリアの素性を知らされているはずだ。

 

「リアとは上手くやっているようですね。」

 

「はい、リア様、いえ、スターヴァイン王家のクレリア王女殿下にお仕えできるとは夢のようです。」

 

アリスタさんは満面の笑みで答えた。アリスタさんは貴族の家庭教師に教えを乞うほど上流階級の生活への憧れが強いとサイラスさんから聞いている。

 

実際、リアに仕える近衛のエルナも子爵令嬢である事だし、リアの侍女は貴族としての格が求められるらしい。そんな中で働けるのはアリスタさんにとって夢の職場なのかもしれないな。

 

「さて、今日はどんなお話でしょうか。」

 

「クレリア殿下は、来るべき開戦に備えて軍旗を作成される方が良いとお考えなのです。そしてアラン様へ軍旗を贈られるおつもりなのです。」

 

「なるほど、そういう事情でしたか。」

 

これまで食料や武器や鎧、馬などは想定していた。確かに軍旗の必要性は考えていなかったな。

 

「クレリア殿下のご命令でサイラス商会が御用立する事になりました。しかし、アラン様の紋章は実際に見なければ説明が難しいとの事で、こうして見せて頂こうと伺った次第です。」

 

「私の紋章は簡単な構図ですが、王都でもかなり風変わりと言われましたからね。」

 

本来、女王となるリアの紋章を軍旗として用意しても良かったのだろう。だがサイラス商会に外注する関係でコリント家の紋章しか使えないの事だった。リアの側も遠慮は有るのだろう。俺としても、別の紋章で国を起こすと反逆罪に問われる危険がある。それならば以後は人類銀河帝国の紋章を押し通させて貰おう。その方が俺が指揮する軍と明確に伝わるはずだ。

 

紋章は以前、ミスリルの板に刻まれたものがある。『紋章持参で来てください』との言伝の意味がようやく理解できたな。

 

「ユリアン、俺の紋章を出してくれないか」

 

「はい、アラン様」

 

ユリアンには持参させた紋章を机の上に置き、包んでいた布を取り外す。

 

「これがアラン様の紋章、やはり特別な物ですね。」

 

「貴族としては本来、色々な品に紋章を刻むべきだったのかもしれませんが、つい忙しさにかまけていました。」

 

いまでこそコリント辺境伯家を名乗ってはいる。が、俺個人の家臣と言えるのはセリーナやシャロンを除けば実のところカトル達とエルヴィンやユリアンくらいしかいない。

 

 特にカトルとその部下やユリアンは成長するまで預かった見習いのような感じなのだ。そんな事情もあって、貴族としての体面を飾る意識はこれまで希薄だった。

 

アレスで製造している軍刀についても、贈答や販売を意識したので特に紋章は入れなかった。

 

軍を起こして宰相と戦う以上、軍旗で敵味方を識別する必要はあるだろう。今後はこの紋章を前面に打ち出す必要はあるかもしれない。

 

「クレリア様のご用命で、サイラス商会が立派な軍旗を仕上げて参ります。ただ、この紋章を職人に伝えたいのですが、この図案をどう伝えるべきか。お借りするわけには行かないでしょうし。」

 

紋章の現物となるとこれしかない。サイラス商会はガンツの職人を手配するようだし、完全に渡してしまうと紋章が何日も手元を離れる。それはまずい気がするな。

 

「後で時間を作って私の方で図案を書き写しておきましょう。この紋章の下書きもこちらでやりましたし。その紙を元に軍旗を作成して下さい。いずれ追加の品を作成する機会もあるでしょう。図案の紙は工房で保管して構いませんよ。」

 

「ああ、それでしたら完璧な軍旗を仕上げて見せます。」

 

「では、明日にでも誰か取りに寄越して下さい。」

 

「かしこまりました。あの、アラン様」

 

「なんでしょう?」

 

「私もエルナさんのようにクレリア殿下に認められるように頑張ります。その、アラン様の寝所に呼ばれる権利を私も勝ち取りたいのです。」

 

それでは失礼します、と顔を赤らめたアリスタさんは一礼すると急いで退室した。振り返るとエルナも慌てた様子で部屋を飛び出る所だった。

 

とりあえず変な噂にならないようにユリアンに口止めしておこう。

 

「ユリアン、何か誤解があるといけない。だから今日見聞きしたことは口外しないようにな。」

 

「はい、お任せください。伯父にも閣下の秘密は決して漏らしません。」

 

なんだかユリアンにまで何か大きな誤解を与えてしまった気がするな。

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