【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる) 作:高坂 源五郎
ベルタ王国統一記 26話 【統一戦編】セリーナのアレス防衛
ルチリア卿が率いる兵4,000は遂にアレス正門まで辿り着いた。
「ザイフリート士爵、ここまでは極めて順調だな。ガンツ伯ユルゲンよりも遥か先に進んだぞ。」
「はい、ここまで来れば、後はアレスを陥落させるだけです。」
ガンツ伯ユルゲンは3,000の兵を率いて樹海で果てた。彼らはそれより1,000人も兵が多く、アレスの目の前まで到達した。しかもコリント卿とその精鋭は留守にしている。勝利はもはや約束されているかに見えた。
「ふふふ、主人の不在の城など恐るるに足らんな。」
ガンツには2,000もの兵をあてて包囲させている。寄せ集めの兵ばかりとはいえ、まずガンツからはこちらまで手出しできないだろう。後は別働隊の主力である彼らがアレスを奪うなり破壊するなりすれば、宰相の軍は圧倒的な優位に立つ。
ルチリア卿は、バールケ宰相より戦後のアレス支配を約束されていた。目の前の都市が全て自分の物になると考えると欲望をくすぐられるが、まずは都市の住民を恐怖に陥れて以後の支配を盤石にせねばなるまい。誰が支配者か思い知らせておく必要がある。
「さて、アレスの攻め口ですが2箇所あります。正面に見えるは正門、そして警備の手薄なのは裏門ですな。こちらは都市の排水を湖とは反対の沼に流す流路です。ルチリア卿はどちらを進まれますか?」
「やはり正門は防御が手厚かろうな。」
「でしょうな。」
「であるならば私は裏門を担当しよう。ザイフリート士爵が兵1,000で正門に攻め寄せてくれたまえ。敵が正門の対応をしている間に、我が兵が裏門を突く。何、小当たりしてくれれば良いのだ。」
「承知いたしました。」
アレスは城壁のほぼない都市だ。流石に堀を橋で渡った正門の周囲は壁を築いているが、それ以外は外堀で囲まれているだけで見通しがよく双方の眺めは良い。正門があるのも、堀を渡る箇所を限定してそこだけ壁と門で守る意図である。
正門に至る堀の手前でザイフリート士爵の部隊はひたすら待機した。
「さて、頃合いか。」
流石にルチリア卿も兵3,000を率いて配置についただろう。そうでなくては困る。
「軍旗を掲げよ」
ザイフリート士爵の指示で軍旗が掲げられる。ザイフリート士爵の部隊は静々と正門前の堀に向かって進んだ。目指すは橋を渡った先、正門前の広場だ。
ルチリア卿は都市の裏門に到達した。何もかもザイフリート士爵に聞いていた通りの造作である。ルチリア卿は自らの勝利を確信した。都市の排水の為の水路が顔を覗かせていた。この涸れた水路に降りて先に進めば、後は金網だか鉄格子の扉だかを一枚を突破するだけでアレスの中に入れるらしい。
「全軍前進せよ。だがアレスの中に入るまでは静かに進め。生娘の寝室に忍び込む時のように静かにだ。」
ルチリア卿の言葉に部下達の忍び笑いが応える。兵達は馬を降りて順々と水路の中に降り立つ。彼らはアレスを手中に収める未来を微塵も疑っていなかった。だが。
「閣下、このままでは先に進めません。」
「そんなはずはないだろう。音がしても構わん。門でもなんでも打ち破れ。一気にアレスの中に雪崩れ込むぞ。」
都市の住人に気取られぬように、慎重に涸れた排水路を抜けたまでは良かった。辿り着いた先は鉄格子で閉ざされた都市の裏口である。都市の入り口は目の前に見えた、が戸を塞ぐ鉄格子を開けられそうにない。なんとか打ち破ろうと先頭の兵が四苦八苦していると頭上から女の声が響いた。
「その鉄格子は開かないわ。門に見せかけているだけの作り物だもの。遠目には扉があるように見えるのね、鉄格子を立てかけただけなのに。」
「伏兵か。」
ルチリア卿の部下がざわつく。
「伏兵だとて恐れるな、こちらの方が数が多いのだ。攻め寄せてきたところを反撃しろ。」
「だから、ここに裏口なんてないのよ。あるのは檻。馬鹿な兵隊さんを罠にかける為のね。」
そういえば進めば進むほど傾斜が下になっていた。都市からの排水路であるならば傾斜の角度が逆でなければおかしかったはずである。
ルチリア卿の脳裏にザイフリート士爵の顔が浮かぶ。奴はここが絶好の攻め口だと保証した。くそ、計られたのか。
「戻れ、戻れっ。こんなところに長居は無用だ。」
兵を引き返させようとする。
「無駄だわ。もう裏口は閉じてしまったし、水も流し込んでしまったから。」
彼らが水路に降り立った側、つまり背後から、彼らの足元に一気に水が流れ込む。それは退路が完全に断たれた事を意味していた。
鎧を着たまま水を流れる排水路を駆け上がって退却し、滝のように水路に流れ込む水の下を潜って水門に取り付き、かんぬきを破壊して先に進むなど現実的ではない。溺死の恐怖に兵が一斉に蒼ざめた。
「おかしな仕掛けで、我ら一同危うく死ぬところであったわ。」
なんとか水路から這い上がったルチリア卿は毒づいた。武器を捨て、鎧も脱ぎ捨てて兵の大半は生き残った。水路内の水はゆっくり上昇したので、裸や鎧下となって溺れぬように待機し、水位が上がりきる迄に下の者が上を押し上げて水路の上に這い上がったのだ。恥をかいたが、敵地で溺れ死ぬよりは遥かにマシである。
彼らは都市の裏口侵入を諦めて、這々の体で来た道を戻る所だった。馬は水路に下ろさなかった為に無事だった。縄を降ろして馬に引かせる事で生き残った全ての兵が救われた。それだけは不幸中の幸いだった。
(妨害も追撃もない、ということは都市の兵は少ない。攻め口さえ見つければ挽回は出来る。敵の詰めは甘いな。)
ザイフリート士爵の軍はまさか濡れ鼠ではないだろう。合流して建て直す。油断さえしなければ、数で勝る彼らが負けるはずはない。
都市の正面に戻る。大きな堀を渡った先にはアレスの正門があり、正門前の広場には開拓民を一時的に収容する為の簡素な野営地がある。広場の中にも土を掘っただけの簡易な堀と柵が設けられていて、野営地内に入る為の門は閉ざされていた。ザイフリート士爵の隊は、その開拓民用の野営地に快適そうに収まっている。
「こら、ザイフリート、我らもそこに入れろ。」
「これはこれは、ルチリア卿。」
「挨拶などいい。こちらの姿が見えないのか。敵の罠に嵌って装備を失った。合流して建て直す。我らもその野営地に入れろ。」
門を開けるように要求しても、ザイフリート士爵は応えない。
「残念ながら、ルチリア卿の部隊はまだ中に入れるなとの命令でしてね。」
「なんだと?この別働隊の総大将は私だ。そんな命令を誰が出すというのか。」
濡れた体を秋風に晒してガタガタと震えながら、ルチリア卿は凄んで見せるがその姿には威厳などひとかけらも残ってはいなかった。
「もちろん、アレスの主将のセリーナ殿の命令です。」
「ザイフリート、やはり貴様裏切ったな。」
「裏切ったとは人聞きの悪い。私は最初からアマド国王陛下に忠誠を尽くしている。その志は変化しておらん。」
「だが、我らと共にアレスに攻めいる手筈ではないか。」
「確かにアレスへ案内はしたぞ。3,000の兵を1兵も失わさずにここまで導いたのだ、褒めて欲しいものだな。だが、我の忠誠心はアマド陛下に捧げられているのでな。陛下が宰相を見限ると言われたら、それに従わざるをえないのだよ。」
「ザイフリート、貴様」
罵っても埒が明かない。ここにいるのは危険だ。装備を失って多くの兵が裸とは言え馬はある。樹海に戻るべきだろうか。俊俊している間に背後に敵の部隊が姿を見せていた。
ウルズラ率いるセシリオ王国の騎兵隊である。彼らの退路を断つように立ちはだかっていた。その数は1,000名程である。しかし完全武装した敵に対して、こちらは丸裸だ。「3倍の数がいるから勝てる」などとは口が裂けても言えない状況だった。
「ザイフリート頼む、中に入れてくれ。このままでは全滅だ。」
ルチリア卿は泣き叫ぶ。
「寝食を共にした仲だ、君達を直接手にかけるのは忍びん。だが、アレスの脅威である以上、滅ぼされても文句は言えないであろうな。せめて降伏する兵達は命を取らぬように進言しておいてやろう。」
「私は宰相の命に従っただけの被害者だ。降伏する。勘弁してくれ。殺されるほどの事はしていない。」
降伏すると訴えるルチリア卿を咎める声が頭上から響いた。
「どうかしら、王都に入る寸前で盗賊をアランにけしかけたのはあなたの差金よね?全部知っているのよ。」
正門の城壁の上に立つ人影から、先ほどと同じ女性の声がした。見上げると若い女性が兵を引き連れて立っている。あれがザイフリート士爵の言うアレスの主将のセリーナなのだろう。
「誰であれ、アランに危害を加えようとした者は許すわけにはいかないわ。それにルチリア卿、貴方の役割はもう決まっているの。首だけを宰相の元に運ばせて貰うわ。宰相に別働隊が全滅したと知らせる証拠として、ね。」
ザッと音を立ててルチリア卿の周囲から部下が離れる。もうルチリア卿は助からないと見抜かれた。その最期に巻き込まれまいとする、それがルチリア卿の部下の兵の意思表示だった。
捨てられまいとルチリア卿は周囲の兵にしがみつくが、邪険に振り解かれる。そんな様子をザイフリート士爵は物悲しそうな目で眺めていた。
ルチリア卿の醜態を知ってか知らずか、その時、騎兵を引き連れたウルズラは部下に指示を出していた。
「ロベルタ、彼奴の首を取れ。それがアランの望みだ。」
「御意。」
ウルズラ麾下の女騎兵隊長ロベルタが馬を駆けさせる。抵抗する術もなく裸の兵が逃げ惑う。ロベルタは難なくルチリア卿の元に到達した。
スラリと抜かれたロベルタの軍刀は狙い違わず、ルチリア卿の首を一太刀で切断した。返す刀で血を吹き飛ばすと、ロベルタは素早く軍刀を鞘に納める。
死体を少し馬で通り過ぎてから旋回して馬を返し、鞍から大きく身を乗り出して地面に転がった生首を拾い上げた。そしてよく躾けられた猟犬のように、ロベルタは主人の元に馳せ参じた。
「私には生首など不要だ。それはセリーナに渡してやれ。」
「はい、お姫様。」
ロベルタが部下の1人にポンと投げて生首を委ねる。再び手が空いたロベルタは一度は鞘に納めた軍刀を抜き放ち検分する。血を吹き飛ばしたものの、刀身が刃こぼれしていないか確認したのだ。無論、後で人を斬った脂は拭き取らねばならないだろう。軍刀の検分を終えると満足そうに言った。
「さすが、アレスの刀はよく切れます。」
「ロベルタ、その軍刀はお前の力では軽すぎるのではないか?」
ドラゴンのグローリアに挑み掛かった際に破損した武具はもっと長く重い品だった。ドラゴンの鱗は硬く、数撃加えただけで折れて使い物にならなくなったそうだ。
『ドラゴンに挑んだのは騎士の誉れと申せましょう。武器さえ壊れなければ私もドラゴンを仕留めていたと孫子の代まで語り継ぐいい土産話になりました』とロベルタ本人は笑っていたのだが。
「切れ味が良いのですから、軽くても問題ございません。それに壊してしまってもすぐに代わりが用意できる点は素晴らしいですわ。」
「数が用意できる方が良いか。アレスは何事もそれだな。代わりがあるのは安心できもするが、その考え方が空恐ろしくもある。私もいつか捨てられてしまうのでは無いか。」
「大丈夫です、コリント卿にはお姫様の代わりはおりません。安心して婚約者として受け入れてください。あのドラゴンを従えただけで一千人の兵士に匹敵しましょう。婚期を逃しかけているお姫様に、これ以上の良縁はございません。」
「私は別に婚期を逃しかけてはいないぞ。だが、アランに抱きしめられるのは悪く無い。」
「あら、お姫様は奥手と思っておりましたが、もうそんなに仲が進展していましたか。」
「いや、アランとの事は想像の話だ。が、私も宮殿に部屋が与えられる身、いずれそうなるのは確実だがな。」
自分の美貌に自信のあるウルズラは、コリント卿も自分の魅力の虜になると信じて疑わなかった。
セリーナはアランとシャロンに、手早くアレス防衛成功の報告を行っていた。
(こちらは予定通り終わらせました。ルチリア卿の兵は上手く水路に誘導して武装解除出来ました。ウルズラの部下のロベルタが仕留めた彼の首はワイバーンに運ばせます。逃れた敵が他にいないから探索の兵は展開しますが、今のところ漏れはなさそうです)
(よし、セリーナお手柄だな。これで無駄な血を流さずに済んだ。)
(正直拍子抜けするような相手でした、アラン)
(こちらも大差ないさ。だが油断すると思わぬ被害を出すから注意しておいてくれ)
(了解しました)
通信を終えたセリーナは、帰参したザイフリート士爵と共に降伏した兵の選別を開始した。
ルチリア卿の率いた3,000人は2:6:2の比率で区分する。最初の2割そのまま雇用する優秀な兵士かまたは有望そうな若者。6割は民として解放する特に素行に問題のない者。最後の2割が兵士としても民としても差し障りのある素行の悪い兵。この2割は隔離して強制労働させる事になる。
彼らと共に行軍したザイフリート士爵が主に選別したが、それをイーリスの指示を受けたセリーナが補正した。
アレスは今では合計4,000人の人数が追加されてもそれを楽々受け入れる都市になっている。そして兵士の問題行動を経過観察するイーリスによる人物評価はAIだけに人智の限界を超えている。
捕虜達にしても、強制労働させるとおどされたが、拘束されるのは2割でしかなく、6割は残留を退去も自由と言うことでほっとしたのだろう。大きな反抗は起きず、裁定結果を許容する雰囲気だった。
ガンツを占領した直後は捕虜を抱えて苦労した苦労が嘘のように、流れ作業で捕虜の行き先が決まっていく。予め宿舎の割り振りも済ませてある。
「ざっと済みましたな。しかし、私は帰参を認めていただきましたが、本当によろしいのですか?」
ザイフリート士爵は割り当てられた作業を終えると、恐る恐るセリーナに話しかけた。王都から宰相の軍を誘い出すこの計略を共有していたのはコリント卿とであり、部下に過ぎないセリーナがどこまで把握していたのか訝しんだのだ。もし誤解を解け切れていないのなら、闇討ちされないように潔白を証明する用心が必要となるだろう。
「ええ、構わないわ。アランは貴方の帰参を認めるでしょう。だから私の権限で受け入れます。」
「偽って宰相に帰参するという、こちらの事情をご存知だったのですか?」
「特には。でも、アマド国王に対してアランは常に配慮を示してきたわ。ザイフリート士爵の離脱はアマド国王への忠誠心が理由だからアランは離脱を容認した。アランがそんな対応を取るのは稀なの。それだけ貴方は認められているのです。だからザイフリート士爵が帰参するのも問題ないと私には分かります。だから、おかえりなさい、ザイフリート士爵。」