【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる)   作:高坂 源五郎

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Ⅰ ベルタ王国統一記 29話 【終戦編】戦後処理 (1章完了)

ベルタ王国統一記 29話 【終戦編】戦後処理

 

会戦を終えた夜、戦後処理のあり方については遅くまでリアと2人だけで話し合った。当主を直接勧誘するカリファ伯とアマド国王は良いとして、当主を亡くした2つの大身貴族家の対応が問題だ。バールケ侯爵家とガンツ伯家である。対応を誤れば新国家の根底を揺らがせかねない。

 

ヴィリス・バールケはライスター卿に身柄を引き渡しており、首謀者である事からも死刑は免れ得ない。残されたバールケ侯爵家の処遇をどうするかは大きな課題となる。

 

再びガンツを争乱に巻き込んだガンツ伯家もまた、ユルゲンの甥ベンジャミンが守将のシャロンに討たれた。こちらは以後のガンツ領有の問題も絡む。セシリオ王国とアロイス王国との開戦が避けられない今、ガンツを国内貴族の所領として渡す事は現実的ではない。直轄都市として防衛の責務もこちらで担う必要があるだろう。

 

時間的な制約もあり、リアとは役割を分担し、結果は受け入れ合う事とした。それぞれ交渉相手のある話なので、流動的に進める他ないだろう。

 

 

 

 

 

クレリアは自らに忠誠を誓うライスター卿父子を天幕に招いた。予め、バールケの最後の様子を諮問すると伝えてある。息子アベルに支えられるようにして入室したライスター卿は、クレリアの前で畏まった。

 

「ライスター卿、バールケの身柄はそちの陣地に届けたはずだ。無事、復讐は遂げられたか。」

 

クレリアの顔を見返すライスター卿も息子のアベルも青い顔色をしていた。だが、ライスター卿のその声色はしっかりとしていた。

 

「はい、息子と2人で彼奴を仕留めてございます。彼奴の首をお譲り頂き、誠にありがとうございました。我が一族の復讐を果たす事ができました。我らが父子の忠誠は永遠にお2人の子孫に捧げます。」

 

クレリアに返答するライスター卿は目に涙を浮かべていた。アベルも涙ぐんでいる。復讐を遂げて感無量なのだろう。牢に幽閉されている時は宰相への復讐を夢想はすれど、宰相の殺害を実現可能だと考えていなかった筈だ。

 

「そなたらの忠義に報いる事ができ、私も嬉しい。さて、ここからは相談だ。そなたらの意見が聞きたい。今後、バールケの一族はどのように扱うのが良いか。」

 

ライスター卿もアベルも押し黙った。

 

「我らにとって最良の選択肢を知りたい。そなたらがバールケの親族をどう処したいかを含めてな。」

 

「実に、難しい御下問ですな。」

 

ライスター卿が息を吐く。

 

「皆殺しにしてやりたい気持ちもございます。しかし、無理を通して不満を抱え込めば折角の御代に影を落とすことにもなりましょう。臣下の身としては、これ以上の無理は申せません。」

 

「父上、彼奴は我が一族を皆殺しにしたのです。我らが報復した所で、後ろ指を指される事はありますまい。クレリア殿下に奴らへの厳しい処置を願い出るべきかと。」

 

「良いのだ、アベル。私にはお前が残った。お前は生き残ったのだ。だからこそお前には復讐心を捨てて欲しい。今を懸命に生きるのだ。そして、どうか私に孫の顔を見せてくれ。一族を再び栄えさせるのがお前の役目。このくだらぬ争いは、宰相を始末して私の代でケリをつけた。もうこれで終わりにしてよい。」

 

子を作って欲しいという父の願いにアベルの顔色が変わる。彼もまた、復讐に生きるべきか、或いは未来に生きるべきかを思い悩んでいたのだろう。

 

「・・・それが父上の望みでしたら、私も従います。」

 

「それではバールケの一族の処遇はコリント卿と相談して我らが決める。それで不服はないな。」

 

「はい、我ら父子はご決定に従います。」

 

地下牢に幽閉されながら、尚も互いを慈しみあった父子の会話である。気持ちを伝え合い、ライスター卿もアベルも同意した証としてクレリアに向き直りゆっくりと頷く。その様子を見届けたクレリアが本題に入る。

 

「さて、アベルよ、ここからが本題だ。そなたに私から提案があるが聞いてくれるか。」

 

「はい、父と私はクレリア殿下の臣下です。ただお命じください。」

 

「私は荒んだ人心を落ち着かせたいと考えているのだ。それでそなたに嫁を紹介したい。だが政治的な意図のある相手だ。意に沿わぬ相手ならこの縁組は断っても良い。」

 

「それはまさか、バールケの縁者でございますか?流石にそれはお断りしたいと思います。」

 

「いや、バールケの縁者ではない。そちの父が代官を務めるガンツ伯家の縁の者で考えていた。ガンツ伯家の継承を企んだユルゲンの甥のベンジャミンは既に討ち果たされた。だが、まだ姪として適齢期の娘が3人いると聞く。外見も悪くは無いはずだ。ガンツ伯家の資産は全て持参金として彼女達に持たせよう。この娘達とそなたが結婚すれば、ガンツ伯家の資産はそなたの物となる。ガンツは除くが、それ以外の領地も付随させよう。この縁組に興味はないか?」

 

「それは、とても寛大なお申し出と思いますが。ガンツ伯家の資産ともなりますと国庫に納めるに相応しい額になりましょう。本当に私がガンツ伯家の資産を頂いてよろしいのですか?」

 

ガンツ伯はベルタ王国で屈指の富裕さを誇り、その遺産はベルティー王家を凌ぐはずだ。家令のデニスが管理し残党軍2,000を組織したのに消費した筈だが、その大半は手付かずと見ていい。金貨だけでも莫大な遺産である。それにガンツ以外の領地も付随する。

 

「勿論だ。そなた達父子はそれだけの功績を上げた。だがこれは報酬であると同時に任務でもある。2度とガンツ伯家の者が騒乱を起こさないようにするのが、アベルそなたの役目だ。無事、家を治めてみせよ。この任務、受けるか?」

 

「クレリア殿下の御下命とあらば、否やはございません。」

 

「ライスター卿も、それで良いな?もし、既にアベルの正室を約束している貴族家が他にあるのなら、今この場で申してみよ。」

 

「何も支障ございません。バールケの首に加えてアベルの嫁取りまでご配慮頂き、感謝に堪えません。我ら父子、喜んでクレリア殿下のご配慮に従います。」

 

「無論、そなた達の旧領は全てそなた達に返されるように取り計らう。ガンツ伯家の資産はまだ大半が残されている。それを用いて領地の復興を行うが良い。今回の縁組でガンツ伯家の子女は全て其方らに委ねる。慈しんでやれ。」

 

「かしこまりました。ところで、3人の娘の誰を嫁にするかは私が決めてよろしいのでしょうか?」

 

アベルの問いかけに、クレリアはカラカラと笑ってみせた。

 

「何を言っておる。3人ともそなたの嫁に決まっているではないか。無事にそなたの長男を産んだ者を正室とするのが良いぞ。だが妻達には平等に接するように。そなたの愛情が不公平にはならないよう良く注意するのだぞ。」

 

「はい、我が全身全霊で励みます。」

 

 

 

 

 

呼び出しを受けたフォルカー•ヘリング士爵はガタガタ震えていた。彼は宰相の身内を嫁にしている。宰相であったバールケ侯爵の敗れた今、新たなる支配者であるコリント卿の前に連行されるのは宰相の一族として処刑されるからだろう。

 

ヘリング士爵は今回は宰相の軍に招集されていた。本陣に素早く突撃したコリント卿の鮮やかな手並みに、抵抗を考えずに降伏して命長らえている。だが、遂に呼び出されたという事は、もうこの命も長くないだろう。コリント卿とは知らない仲ではない。素早く降伏したのは、せめて妻の命だけでも救えないかと命懸けの交渉を試みたかったからだ。

 

「閣下、ヘリング士爵をお連れしました。」

 

意外にも通された部屋は奥向きの上等な部屋だった。即座にコリント卿に手打ちにされる事はなさそうだと、ヘリング士爵は少し安心する。わざわざ彼の血で立派な調度品を汚そうとはしないだろう。

 

「やあ、ヘリング士爵。お元気そうですね。」

 

ヘリング士爵は両手足両膝をついて畏まった。

 

「閣下。此度のバールケ侯爵の不始末、私からも幾重にもお詫び申し上げます。私は奴の命令を断りきれずに従軍しただけなのです。閣下に手向かう気はありませんでした。閣下の配下は傷つけず、素早く降伏を致しました。我が身はどうなっても構いません。しかし妻の命だけでも助けてくださらんか。」

 

コリント卿は少し驚いたように彼の顔を見ていたが、笑顔でこう言った。

 

「ヘリング士爵、私が恩人であるあなたを傷つける訳ないでしょう。我々は友人です。そうではありませんか。」

 

「友人、私のことを友人と言っていただけるのか。ええ、そうですとも。私は閣下の友人たるべく努めてまいりました。」

 

「そんな貴方を見込んで頼みがあります。」

 

「な、何なりとお申し付けください、閣下。」

 

「ヴィリス・バールケ侯爵はライスター卿により処刑されました。」

 

やはりそうなのか。敵対した主将であるバールケ侯爵は助からないだろうと思っていた。一族が連座するなら、リーナの身の危ういのかもしれない。もしリーナの身に危害が及ぶなら、ヘリング士爵も共に死ぬ気持ちだった。

 

「バールケは今回の争乱の主犯です。彼は不遜な野心を抱き、ライスター卿の一族を闇討ちしました。そして宰相の地位を得ると国政を壟断し、私を毒殺しようとした。これらはどの国の法に照らしても死刑に値する罪です。バールケ侯爵家も無傷では済まない。侯爵位を剥奪し、子爵に褫爵させます。彼らが不当に強奪した所領も押収します。」

 

リーナは、妻のリーナはどうなるのか。

 

「このバールケ子爵家は、ヘリング士爵、貴方に継いで頂く。無論、貴方の正室がバールケの身内と私は知っています。確か、分家筋の男爵家の出身との事でしたね。貴方の正室はもちろん、その身内である男爵家の人々は罪に問われないよう私が保護しましょう。この男爵家以外のバールケの一族を全て引き連れて、これ以後はアレスに移り住むように。法を侵さない限り、これ以上罰する事はしません。そして以後の貴方の功績次第では、いずれ侯爵家に戻す事も考慮しましょう。」

 

リーナは助かるのだ!しかも士爵が子爵家当主とは、これは大出世ではないか。

 

「おお、コリント卿。なんと寛大なお申し出か。無論、妻を連れてすぐにアレスへ参ります。そして我が剣は永遠に閣下に捧げます。」

 

「ヘリング士爵、いや、我が友フォルカー・バールケ子爵よ。」

 

コリント卿は口調を改めた。凛とした気配が部屋に満ちる。

 

「以後は、其方が宗家となり一族を導くのだ。これ以降のバールケ子爵家が騒乱に加担する事のないように抑えて見せよ。妻の男爵家に協力させ、他の分家をまとめよ。其方は我が友だ。誰憚る事なくそのように公言して良い。其方に従う者はライスター卿の報復がないよう私が話を通す。其方に従えば身の安泰と知れば、其方に心寄せる者も少なくないはずだ。」

 

「ハッ、妻リーナとその親族の為にも、全力でその責務に励みます。」

 

 

 

 

 

任務を果たしたエルナはグローリアと共にアランとリアの指揮する軍勢に合流を果たした。

 

「エルナ、大任を果たしてくれてありがとう。もっとゆっくりしていても良かったのに。」

 

俺の労りの言葉に、エルナが応える。

 

「アマド国王の退任宣言と、商業ギルドの通信網の報告で、アランはすぐグローリアを差し向けてくれたでしょう?なので慌てて帰ってきました。」

 

エルナの芝居の訓練には、俺もリアも付き合った。さながら初めてアマド国王に謁見する時の俺の特訓の再現だった。ただし今度はアマド国王の役を務めるのが俺で、イーリスが作成した想定問題集に沿ってエルナの芝居をロールプレイで指導した。

 

アマド国王とのやりとりがスムーズだったのは、エルナの頭の回転の速さもあるが特訓の成果も含まれた相乗効果といえる。

 

「こちらでも、エルナの噂で持ちきりだったのだぞ。」

 

リアが笑いながらエルナに話しかける。

 

「実は、エルヴィンがこのようなものを持参したのだ。」

 

それは今も王都で売られているレリーフだった。金属の箱の中に収められており、開くとエルナの顔を模った陶器製のレリーフが姿を現す。

 

「え、まさか、これは私ですか?」

 

「王都では話題のノリアン卿の姿を見たいと思う者が多かったそうだ。作成にはエルヴィンの配下の中で、写し絵の得意な者が協力したそうだ。」

 

エルナが特使として王宮入りするにあたり、事前に王都で二人の恋物語について話を盛り上げるようエルヴィンに指示をしてあった。それは単身王宮に乗り込むエルナの身に危険が及ばないよう、世論を誘導する為だった。国王が退任を決意する後押しの一つには、なったかもしれない。

 

ワイバーンで王都まで移動可能な人数は限られたが、彼らは無事任務を全うしてくれた訳だ。

 

噂の伝播速度が速いというのは本当らしく、アマド・ベルティーとエルナ・ノリアンの恋物語は今では全国民の強い関心事となっていた。

 

「こんな綺麗な姿にしたら、現物を見て幻滅されてしまうんじゃ」

 

「よく似ていると思うぞ、エルナはいつもこんな感じだ。」

 

「こちらでもエルナの噂で持ちきりだった。明日から大変だな。」

 

「そんな、私がこんな注目を集めるなんて。」

 

リアと俺に口々に褒められて、エルナはモジモジと恥ずかしかっている。

 

エルナの交渉の様子はイーリスのドローンによる監視を経て、俺とセリーナとシャロンにはずっと中継されていた。

 

主に危険がないかの確認と交渉の進展を見守る為だったが、ダンスが始まった途端に「異性の恋愛を覗き見するな」とセリーナとシャロンから申し立てがあり、イーリスの判定で俺は中継から締め出された。

 

わざわざ指揮官としての強権を発動する程の事でも無かったので、それ以降はセリーナとシャロンの監視に任せた。二人はかぶりつきで視聴して、何だか偉く盛り上がっていたようだ。

 

エルナもセリーナやシャロンに見られていたと知ったら、更に恥ずかしさで悶絶するかもしれないな。2人には絶対にエルナに知られないように振る舞うよう釘を刺しておこう。

 

「今は2人の悲恋物語を芝居にして、王都で上演しているそうだ。連日立ち見が出るほどの満員と聞く。」

 

その芝居は、エルナが愛するアマド国王の為に骨折りして、ベルティー王家が存続するように身を張るという筋立てらしい。最後に愛する2人が引き裂かれる運命なのが観客の涙を誘わずにはいられないそうだ。まぁ、民衆の敵対心が高まらずに話が落ち着くのなら、俺が悪役でも構わないだろう。

 

「そんな、お芝居まで上演されるなんて。私は浮気はしていませんからね、アラン!」

 

「ん、ああ、分かってる。何も無かったんだろう?」

 

「では、あちらの様子を詳しく教えてくれ。何事も包み隠さずにだ。」

 

「はい、かしこまりました。」

 

俺の反応にも気づかず、リアとエルナが連れ立って去っていく。きっとこれから女同士の話で盛り上がるのだろう。そんな気がした。

 

 

 

 

 

ガンツに帰還した俺達を待っていたのはシャロンの歓迎と2,000名近い捕虜。そして俺たちの到着まで保留とされていたガンツ伯家令のデニスの処分だった。

 

「シャロン、良くやってくれた。君の事はとても自慢に思っている。」

 

拠点の入り口で自慢げな顔をして待ってるシャロンを誉め称える。実際、彼女は任務を無事にやり遂げてくれた。

 

「アランに褒められて嬉しいです、後でギュッとしてくださいね。」

 

おいおい、リアもエルナもいる場で。2人ともジッとこちらを見ているじゃないか。

 

「セリーナを交えて3人で、後で3人で話そう。それで、捕らえたデニスをリアと俺の所に連れてきてくれないか?」

 

シャロンがデニスを連れ出しに行く。シャロンがいなくなると、拠点の入り口から丘の上のガンツ伯家の館が焼け落ちた光景が良く見えた。シャロンは先程は俺に叱られない為にあの光景を見せまいと俺の視線を遮っていたような、まさかな。

 

執務室にいるクレリアと俺の目の前に捕えられたガンツ伯家の家令のデニスが連れてこられた。この場にはライスター卿父子も同席させている。

 

「さて、デニス。お前はなぜここに連れて来られたかわかるか?」

 

「ガンツ伯家の資産が目当てだろう。だが、拷問されても喋る気はない。」

 

デニスは何もかも諦めたようなヤケバチな態度をとっている。

 

「ふむ。拷問を試してもいい。が、まずは提案がある。」

 

「・・・」

 

「ガンツ伯ユルゲンには結婚適齢期の姪が3名いたな。ガンツ伯家の資産は全て持参金としてこの姪達に委ねるが、3人の結婚相手はこちらで決める。相手はここにいるライスター卿の長子のアベルだ。何不足のない貴族家の血統の婚姻だ。ガンツを除く所領を含め、ガンツ伯家の資産は彼に継がせる。アベルに従う限り、ガンツ伯家の者はこれ以降は安泰だ。どう思う、この話。」

 

「・・・結婚されるのは、お三方のどなたか」

 

自分の受け答えに主家の命運がかかっているとデニスもようやく気がついた、そんな声色だった。

 

「アベルは3人の花嫁を同時に娶る。正室は長男を産んだ者とするが、彼女達の扱いは平等にする筈だ。」

 

俺の言葉にアベルが頷いている。

 

「・・・男性のお身内はどうなる?」

 

ベンジャミンが死んだのはデニスも知っている筈だが、まだ年少の、剣も握れない年齢の甥が何人かいた筈だな。もしかしたらそれより年長の男子も従軍したが生き残っているのかもしれない。相続争いまだしていたのなら、それなりに年長の親族はいそうだな。

 

「剣を握れないような年齢の者は、何も罪には問わない。アベルが鍛え直し、自身の身内として扱う。嫁の家の子としてだな。命を取るような事はさせない。嗣子にはなれないが、貴族家の子弟としてこれまでとそう変わらない安泰な暮らしができる筈だ。成年した者で罪を犯した者は相応の罰を与えるが、悔い改めるようなら大事にはしないでも良いだろう。そこは態度次第でアベルが判断する。当主がユルゲンからアベルに変われば家風は変わるだろう。まぁ、そこは慣れる他ないだろうな。」

 

「ベンジャミン様亡き今、ガンツ伯家の血が残るなら何もいう事はございません。ガンツ伯家の資産は、全て御三方にお渡しするように致します。ベンジャミン様を死なせたこの身の不始末はいかようにでも。」

 

主家の行く末を聞き、デニスの態度が従容としたものに変わる。ようやく受け入れたか。

 

「忠誠心は美徳だ。行きすぎなければな。アベル、デニスの処遇はどうする?」

 

「はい、もし宜しければそのまま当家で召し抱えようかと。」

 

アベルも、家政に通じたデニスは使えると判断したようだ。

 

「デニスの身柄はガンツ伯家中に留め、他家に出さないという条件でそれを認めよう。デニス、死ぬまでアベルとその子孫に忠義を尽くすのだ。その命を救ったアベルに感謝しろよ。」

 

「ご当主様、この命は閣下に捧げます。どうか私がお側で働く事をお許しください。」

 

デニスは本心から帰伏したように見える。だが念には念を入れておこう。

 

(イーリス、そちらの推定ではデニスは本心を語っているか?)

 

「はい、96%の確率で彼は嘘を言っていません。本心でしょう。」

 

(分かった。ありがとう、俺も同意見だ。ガンツ伯家の問題はこれでざっと済んだな。)

 

 

 

 

 

ガンツの衛兵隊のギード隊長は俺に呼び出されて不安な様子だった。背後にライスター卿やアベルも控えている。それなのに、わざわざ建国した俺直々の指名に不穏な気配を感じたらしい。

 

「さて、ギード隊長。君とは知らない仲じゃない。良いニュースと悪いニュースのどちらから聞きたい?」

 

「で、では、悪いニュースをお願いします、閣下」

 

「ガンツ伯家は消滅する。ガンツは直轄都市となり、資産はガンツ伯家の姪達と結婚するこのアベルが受け継ぐ。衛兵隊は消滅するから君達は全員失職する事になるな。」

 

クビと聞いてギード隊長が項垂れる。ガンツ伯家がガンツを支配しなくなるのだから衛兵隊を維持する財源もなくなる。お役御免は当然だろう。職務に忠実だったとはいえ、これまでもガンツ防衛に協力していない組織はもう必要ない。今後は今迄の行政構造は解消されるのだから。

 

「良いニュースもあるぞ。君達が占領に協力的だった点は評価している。アベルにはガンツで新しい仕事を任せるが、その実行部隊の役目を旧衛兵隊のメンバーに与えようじゃないか。国直属の仕事だ。興味はないか?」

 

「はい。もちろん興味はごさいます。」

 

「ガンツを起点として国内には鉄道網を張り巡らせる。その運行責任者をアベルに任せる。ガンツ衛兵隊は組織改変し、アベルの下でこの鉄道網の保安を任せたい。鉄道運行や保守はこちらでやるから、対象が鉄道網に変更されるだけで内容は衛兵隊と変わらない筈だ。働くエリアは広くなるが、本拠はガンツに置くから君達が移住する必要はないだろう。直轄都市となるガンツ内の取り締まりも引き続き任せる。各地の鉄道衛兵は君が選抜して採用しろ。無論興味が無ければ断ってもいいが、どうだこの話?」

 

「やります、ぜひやらせてください。」

 

「では任せよう。上司となるアベルの指示には従うように。そして以後は曖昧な態度は許さない。今後は誰に忠誠を誓うべきか、もう分かっているな。」

 

「はい、我らが忠誠は閣下に捧げます。部下にも良く言い聞かせます。」

 

「よし、君とは古い仲だ。期待しているぞ、ギード隊長。」

 

 

 

 

 

ガンツはライスター卿父子に委ねて、皆でアレスに帰還する。シャロンだけは降伏した兵をアレスに移送させる関係で少し遅れてガンツを発つ事になっていた。

 

「セリーナ、よくやってくれたね。」

 

「本当に色々と大変だったんですよ、アラン。」

 

アレスの拠点で出迎えてくれたセリーナが俺に飛びついてくる。普段は直接的な感情表現はあまりしないのに、シャロンがいないから弾けてしまったのか。仕方がない、それだけアレスを預かる重圧が重かったのだろう。

 

俺の首筋に抱きついたセリーナをなんとか引き離すと、俺はセリーナと共に挨拶に出て片膝をついて待機しているザイフリート士爵に向き直った。

 

もう少し接触するセリーナの感触を味わいたくなかったと言えば嘘になるが、流石に首筋の匂いを嗅がれるのはこの場に適切な行為とは思えなかった。

 

「ザイフリート士爵、久しいな。」

 

「閣下、出戻りをお許しくださりありがとうございます。」

 

「お互い相談の上の行為だ、何一つ咎める気はないさ。」

 

ザイフリート士爵とは打ち合わせをした上で、宰相に取り入って貰っていた。彼も俺も一番困るのは宰相が王都を戦場に選ぶ事だった。

 

王都での戦いとなるとアマド国王の身命が損なわれる可能性が高まるし、戦の長期化も懸念された。民に被害が出る可能性もある。民に被害が出れば文明進捗の速度は落ちるし政治的な不安定さも増す。この為、ザイフリート士爵が偽りの降伏をする事で、宰相をうまく野戦へと誘き出したのだ。

 

全ては計画通りだった。ベンジャミンがガンツで蜂起するかは賭けだったが、彼もデニスも誘いにのった。これでガンツの支配権も確立した。

 

「君の役割は公表する訳にはいかないが、厚く報いると約束する。取り急ぎ、アレスの防衛司令官に君を任命する。これは、俺たちの信頼の証と考えてくれ。」

 

来るべき隣国との戦争で、セリーナとシャロンは主力部隊に加わる事になる。アロイス王国に攻め込む場合、ダルシムやヴァルターも欠かす事は出来ない。

 

ザイフリート士爵は信頼に足ると証明して見せた。貫禄もあり知恵の巡りも申し分ない。王家への忠誠心が課題だったが、アマド国王の退位が平和的に決まった今、彼の抱えていた悩みは消失したように見える。俺達の背中を任せるのに適した人材だろう。

 

「そのような大役を、ありがとうございます。」

 

「油断しないように周囲に目を光らせておいてくれ。不測の事態が生じても、支えてくれさえすれば、すぐに俺が駆けつけられる筈だ。」

 

「はい、心得ております。」

 

 

 

 

 

到着した日の夜、アレスで宮殿の建設される予定地に向かった。宮殿の建設ではグローリアが時間のある時に基礎となる石柱を運んでくれている。夜中の内堀内の工事現場は誰も立ち入れない場所だ。グローリアが作業した振りをして夜中にこっそりドローンで石柱を輸送したりもしていた。

 

朝になって工事に訪れる者は、夜の間に工事が進展している事に驚くようだ。だがそれもドラゴンか精霊の仕業という事で受け入れるのに慣れてきているらしい。

 

今夜はこの場所にリアを呼び出していた。少し2人で話をしたいと伝えてある。内堀の中はアレスでも指折りの安全な空間である。リアを呼び出して誰にも聞かれないようにこっそり話をするのに都合がいい。

 

待っていると、護衛役のエルナを連れてリアが近づいて来た。俺が姿を見せると、リアからエルナが遠ざかる。気を遣って、2人だけで話せるようにしてくれるのだろう。俺は決心を固めるとリアに歩みより、声をかけた。

 

「リア、俺達の今後について話があるんだ。」

 

明かりはない。が、魔石を用いた照明で辺りは照らされている。お互いの表情は鮮明に読み取れた。リアは俺の目をじっと覗き込み、表情を押し殺して答えた。

 

「今日の話の内容は予想がついているわ。私達の結婚のことよね。アランは本当に私で構わないの?政略結婚を貫いて仮面夫婦を演じるならそれでも構わないのよ。王家ではそう珍しい話でもないわ。私は、もうウルズラの事も呑み込んでいるし。あの人はそんなに悪い人でもないから。」

 

俺がリアに言いたいのは、もっと純粋な想いだった。

 

「最初に君と出会った時、君と共に歩むと決めた。その時は王女とは知らなかったけどね。」

 

俺の言葉を聞いたリアはそれまで押し殺した感情が急に露わになって、とても嬉しそうに見えた。月明かりの下で、俺に向けた笑顔が輝いている。

 

「アラン、私は貴方に命を救われたわ。皆を丁重に弔って貰った。その恩義は必ず返さなくてはならない物。だから私は貴方が望むなら、本心から貴方の妻になりましょう。」

 

だが、俺はリアにこの事だけは伝えなくてはならない。

 

「リア、君の了解を取っておかなくてはならない事がある。セリーナとシャロンの事だ。俺は君と共に歩みたい。でも彼女達にも責任がある。彼女達の人生は俺に委ねられてしまっている。無碍には出来ない。虫のいい話なのは分かっているが、彼女達を愛する事を君にも認めてほしい。」

 

俺は、彼女のこの笑顔を曇らせてしまうのだろうか。

 

「アランの気持ちは分かっていたわ。私は覚悟しているから大丈夫。でも、それならエルナの事あなたの愛する対象の中に入れて上げて。彼女はよく尽くしてくれているわ、アマド国王との縁談もアランの為に断ったのだから。」

 

さばさばと、リアはそう言ってくれた。内心傷ついているのかもしれない。でもそれを微塵も俺に感じさせずに、真っ直ぐに心を俺に露呈させていた。

 

「分かっている。俺に出来る事はする。でも、結婚式を挙げる前にまだ一つ済ませるべき事がある。」

 

予想外の言葉にショックを受けたようにリアの顔が歪む。

 

「アラン、それは何の事を指しているの?」

 

リアが俺から顔を背ける。これ以上は俺の本心を聞くのを怖がっている、そんな素振りだった。俺はリアを抱きしめたくなる、そんな気持ちをグッと堪える。

 

「まずはアロイス王国を平らげる。そして君に捧げると誓う。その時、改めて君に結婚を申し込むよ、リア」

 

俺の方へと振り向いたリアの笑顔には、ほんの少しだけ涙が滲んでいた。リアも俺と同じで相手がどう反応するか怖かったのだろうか。

 

「嬉しいわ、アラン。」

 

リアのその顔を、俺は美しいと思う。

 

「そうね。私達が結婚できるのは皆の悲願を達成してから。その時が来たら2人で盛大な結婚式を挙げましょう。私もその日を心から待ち望んでいます、アラン。」

 

 

 

 

 

 

鉄道が開通したアレスでは化石燃料についての理解が進んだ。見た事がないものは重要視されないが、石炭のような物といえばそれなりに価値が伝わりやすい。

 

石炭、石油、天然ガスの化石燃料の中で、本命視しているのは石油だ。石油は燃料になる他、プラスチックの原料となるなど資源として有用である。どの用途が重要かと言われると悩ましい程だが、まずは素材として少量でも安定確保することを目標とした。原油を確保すれば、そこから加工出来るものが幾つも存在する筈と考えている。

 

「閣下、せっかくのご依頼ですが、こんな雲を掴むような話では。」

 

冒険者ギルドに原油探索を持ち掛けると、ケヴィンさんに難色を示された。

 

「ドラゴンのグローリアの話では、樹海のこの方角に黒い液体の吹き出る沼があるらしい。おそらく地中から油が噴き出した物だ。その位置を特定したい。」

 

「と、言われましても。」

 

依頼としては大樹海の中の探索となるだろう。大樹海はこれまで人が立ち入らない領域だった。この為、貴重な素材が転がっている事がある。

 

代表的なのが金塊で、大きなものが地表を転がっている事がある。普通の惑星なら人類が暮らす数千年の内に回収されている筈だが、無人の惑星や大陸には往々にしてこういう事がある。元々、鉱石の豊富な土地柄でもある。

 

大樹海で発見された金塊や宝石は相場で買取ると言うことにしている。大樹海の中の探索といえば貴金属探しが相場で、原油遠見たことがない者に原油を探せと命令しても埒が明かないだろう。

 

「わざわざ探して見つからないと負担ばかりとなるのは理解する。だが、探索して見掛ける事もあるんじゃないか。」

 

「それは確かに。」

 

「試料を持ち帰り、位置の重複がなく原油と確認が取れれば報酬は支払う。複数存在する筈だ。金塊探しが空振りでも原油の噴出地が判明すれば金になる。その方が冒険者も報われるだろう。採取権は国のものだが、発見者に報酬は支払うし、位置の管理はギルドに任せ、毎月管理費も支払おうじゃないか。。」

 

「なるほど、そういう事でしたら。」

 

立ち上げたばかりの冒険者ギルドは難題が多いらしい。建物や職員の住居は補助しているが、軌道に乗るまで安定した収入は不可欠だろう。原油の管理費という形で報酬を支払うと伝えると簡単に乗ってきた。

 

樹海の産物の処理だけでも回収は出来るはずだが、やはり安定した収入源の柱は必要なのだろうな。俺にはリアの即位式が決まった以上、作成しなくてはならない物があるのだ。

 

 

 

 

 

ルミナス教のアトラス教会はベルタ王国の国教にして世界の最大教派である。人類スターヴェイク帝国が建国宣言されたのに伴い、ゲルトナー大司教の要請により開催された秘密会議では、クレリア王女の「アレスでの即位式の執行」要請をどうするかを議題としていた。

 

「スターヴァイン王家は代々敬虔なルミナス教の信者であったな。」

 

「はい、そうであったと聞いております。コリント卿も教会に献金を行い、アレスには我が教派の教会が用意されております。コリント卿側は、大司教の在所教会の変更も見据えての今回の女王即位式の執行要請かと。」

 

イーヴォ枢機卿はアトラス教会のナンバー3である。彼の諮問にゲルトナー大司教は緊張しつつ回答した。

 

「アレスでの即位式については問題ないが、大司教区を移すかどうかは現地を見ての判断だな。コリント卿の政権は隣国との関係が不安定なのがやはり気になる。」

 

セシリオ王国とアロイス王国は人類スターヴェイク王国との折り合いが悪く、いつ開戦しても不思議ではない。表面上は均衡しているのは大規模な出兵に向けて準備をしているからと噂されていた。

 

元々、セシリオ王国とアロイス王国も関係性は良くない。セシリオ王国は王家簒奪を企てたアロイス王国を危険視し、スターヴァイン王家にまだしも同情的であった為である。

 

しかしながらスターヴァイン残党側がアロイス王国での抵抗活動でなく、ベルタ王国での国取りを優先した事で風向きが変わった。更にはウルズラ王女を差し置いてクレリア王女の女王即位が決め手になった。王族の婚姻関係でいえば、セシリア王国はウルズラ王女こそ女王に相応しいと考えており、その感覚は官民変わらない。

 

これまで関係の難航していたアロイス、セシリオの両国が反コリント•反スターヴァイン陣営として提携するのは時間の問題と見られている。

 

「では、私が即位式を執り行うお許しを頂けましょうや。」

 

「許す。アトラス教会に帰依する者は拒まぬ。だが、そなたの大司教区の中の話に留める。枢機卿が動けば、色々と勘繰られる故な。我らがベルタ王国に注目するのは使徒様の動向故、そちらに注意を払うのは怠るのではないぞ。」

 

「かしこまりました。」

 

ゲルトナー大司教は報告していない事があった。宰相との会戦の勝敗を決定づけたのはクレリア王女自身が先頭に立った突撃が決め手であり、その時はクレリア王女を守護するように多数の使徒が乱れ飛んだという話を。

 

この報告を上げるのはもっと大勢の貴族や兵が旧王都ベルタに帰還し、多数の目撃者の証言を取れてからだ。

 

結果として即位式を執り行うゲルトナー大司教がより使徒様やコリント卿に接近する結果になったとしても、それは偶然でありまさに女神ルミナス様の思し召し次第と言える。コリント卿も、きっと知己のゲルトナー大司教が式を執り行うのを歓迎する筈だ。

 

 

 

 

 

セシリオ王国のルージ王太子は、ベルタ王国のコリント卿が新女王クレリアを即位させるとの報を聞き、手にしたワインのグラスを床に叩きつけた。傍に控えていた夜伽役の女が悲鳴を上げる。

 

「ウルズラ、あの間抜け奴。コリント卿を食い破るか、ベルタ王位を簒奪した後で女王の座に即位するかと様子を見守ってやれば。あの女は女王の座さえ逃したのか。」

 

ルージはウルズラを仲介にコリント卿との提携も視野に入れていた。無論、アマド国王をコリント卿に排除させた後、ウルズラを使い背後から始末するつもりではあったが。

 

これまでの全てはウルズラがコリント卿を籠絡し、女王に即位すると見込んでの黙認であった。その計画を狂わされた。言わば、コリント卿の前にぶら下げたウルズラという餌だけ食い逃げされて、ルージ王太子は2人にコケにされた。この恨みは深い。

 

「許せんな。アロイス王国に使者を送れ。奴らもコリント卿が目障りだろう。同盟して、彼奴を共に潰す。同盟が成立次第、ベルタ王国に攻め込むぞ。こちらは身代金の約束を守ってやったのに、従姉妹は戻らぬ。こうなれば軍を起こし奪われた従姉妹を救い出すのだ、父上にも否やは言わせぬ。」

 

セシリオ王国は全兵の動員が発令され騒然とした。来るべきクレリア女王即位の日、満を持してセシリオ王国は全軍で人類スターヴェイク帝国に攻め込む事となる。

 

次章「Ⅱ アロイス・セシリオ戦役」に続く

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