【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる)   作:高坂 源五郎

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アロイス・セシリオ戦役
Ⅱ アロイス・セシリオ戦役 30話 【開戦編】セシリオ王国の敗戦


Ⅱ アロイス・セシリオ戦役 30話 【開戦編】セシリオ王国の敗戦

 

旧スターヴェイク王国、その領域は北と南に大別される。これは正確には北東部と南西部となる。アロイス王国は南西部の貴族が主体であり、北東部の貴族が支持をするスターヴァイン王家を倒す形で建国された。旧王家に忠実と見做された北部や東部の貴族は、新王朝の重税に喘いでいる。

 

アロイス王国から旧ベルタ地域へは8つの街道が存在する。両国の間には広大な未開拓地が広がり、一つの大きな湖で遮られる。2つの直通ルートはこの湖のどちらの岸を通るかの違いでしかなく、残りの道は全てセシリオ王国内を経由している。

 

現在、この湖を周回してアロイス王国に至る2つの街道の分岐に至る前の根本の道を、人類スターヴェイク帝国軍のアロイス侵攻部隊が進んでいた。

 

右翼は近衛の隊長と将軍を兼任するダルシムが率いる。左翼を率いるのはスターヴェイク北部出身のヴァルターである。

 

クレリア王女の女王即位の噂がアロイス王国に伝わると、北東部の貴族は一斉蜂起した。それ程までにアロイス王国の課す重税に耐えかねていたのだ。

 

だがクレリア女王の即位を待たずして行われた為、敵のみならず味方にも予想外の蜂起だった。そこで土地勘のある2人が将軍として選ばれ、担当を命ぜられた。

 

現在、人類スターヴェイク帝国軍の主力はセシリオ王国に向かっている。この2人の役目はアロイス方面の戦線の維持であり、蜂起した旧スターヴェイク貴族の支援に限定されていた。

 

「遂に軍を率いて祖国に帰還する日が来るとはな」

 

感慨深そうにヴァルターが述べる。

 

「クレリア様の女王即位と共に、正式にアロイス王国に宣戦布告される。国境を踏み越すのはそれからだ。」

 

ゴタニアまで戻らなければ付近には大きな街もない。進行開始の合図はワイバーンで寄せられる手筈になっていた。

 

「ま、それまで我らはここで警戒態勢だな。」

 

「いや、我らは軌条の敷設だ」

 

汽車による補給路の構築は人類スターヴェイク帝国軍にとって必須となっている。馬車が不要になったわけではないが、最前線で用いる馬車の中身がここまではすぐ汽車で到達すると考えると画期的だった。埋設する軌条でさえ、汽車で直接運ばれてくるのだ。

 

「我らにとってはセシリオ王国よりアロイス王国の支配を打ち破ることこそ肝要。」

 

「ああ、この日を待ちかねた。腕が鳴る。」

 

ダルシムとヴァルターは臨戦態勢が整っていた。ここまで来たら行けるところまで突き進むのみ。止まる気はない。侵攻開始の合図を待ち兼ねていた。

 

 

 

 

 

ウルズラは満足そうに麾下の精鋭を眺めた。彼らは、厳密にはその大半が彼女の配偶者であるアランの軍勢だ。だが、アランの妻たる地位を約束された彼女の立場からすると夫の兵と妻の兵はささやかな違いでしかない。アランとウルズラは結婚を誓い合った婚約者の仲なのだから。

 

この侵攻の日を迎える為に、昼は会議でセシリア王国の重要性を訴え、夜はアランの為に艶かしくその腰を動かす事さえした。もっともアランはウルズラの夜の誘いに乗らなかったので、ウルズラの誘惑は不発に終わっていたのだが。

 

(だが、それでもいい。アランは理性でセシリオ王国の早期討伐を決めた)

 

セシリオ方面にはコリント卿が自ら出陣し、麾下の精兵を揃えている。戦力は敵の半数足らずだったが、彼らの戦意は旺盛だった。今回はこの初戦で勝負を決める腹である、

 

侵略を開始したセシリオ王国側はその出兵可能兵力のほぼ全てを揃えていた。その数、実に75,000名。コリント卿の率いる人類スターヴェイク帝国軍の出兵30,000そこそこと考えると倍以上で、実数としては2.5倍となる。この敵を打ち破れば、セシリオ王国攻略がスピード決着する事も夢ではない。敵は会戦に引き摺り出した。後はベルタ王国征服で見せたアランの手腕が、セシリオ王国に通用するか否かだけの問題であった。

 

 

 

 

ルージ王太子はセシリオ王国の全軍を満足そうに眺めた。アロイス王国との同盟が成立し、背後の憂いがなくなったからこその総動員である。そして国境を超えて早々に人類スターヴェイク側が迎撃に出たのも想定内である。その方が早く決着がつくと、意図して今回の侵攻を喧伝したのだ。大軍の移動が漏れない方がおかしい。ならば集めた敵を叩き潰すのみである。この侵攻の日の為に鍛え上げた精鋭は、戦闘開始の号令を待ち侘びていた。

 

 

 

 

 

「順調だな、セルナンデスよ。」

 

ルージ王太子は信頼する大将軍に声をかける。セルナンデス大将軍は、用兵ではセシリオ王国随一と評される。2名しかいない大将軍の1翼であり、万事何を任せてもそつのない男だった。防御の名手と言いながら、引き篭もりを続けるもう1人のモレル大将軍とは頭の出来も王家への忠誠心も違う。

 

「殿下、コリント卿の対策は万全です。要は、奴の奇術に驚かなければ良いのです。」

 

セルナンデス大将軍は、既にコリント卿の過去の用兵を分析し終えていた。そして『奴はただ運が良いだけのハッタリ屋である』と結論を出していた。

 

ベルタ王国宰相軍の撃破も、別働隊指揮官と称する生首がハッタリとして功を奏したからであり、後は偶々そこにタイミング良く使徒イザークが出現した結果に過ぎない。

 

ガンツの戦いもハッタリで敵を退けている。最初のガンツ伯を倒したのだけは奇跡的な勝利と言えなくもないが、大樹海に慣れた兵が不慣れな兵を駆逐した地の利の差が大きい。

 

「奴は見掛け倒しなのです、殿下。」

 

セルナンデスは自信を持って断言する。ただしコリント卿は、補給や兵站といった点は非凡なものを持っている。その点を認めるのにやぶさかではなかった。国を富ませるという点においては、セルナンデス大将軍はコリント卿の後塵を拝するかもしれない。だが将軍としては器が違うと言わざるを得ない。

 

「用兵の妙では、一向に負ける気がしませんな」

 

セルナンデス大将軍はその頭脳に蓄積された情報を元に華麗な戦を展開する。兵の能力とその限界を把握しているからこそ出来る芸当であり、彼は人間の平均値というものを良く知悉していた。数の多さや兵の質の高さは圧倒的な利である。倍以上の兵力を戦場に突入した今回、負ける筈がないと踏んでいた。

 

 

 

 

 

布陣を終えた両軍が睨み合う。頃合い良し、と見て人類スターヴェイクの騎馬が2騎進み出る。呼応するようにセシリオの騎馬も前に出た。総大将であるルージ王太子は動かない。当然、前に出るのはセルナンデス大将軍の役目である。護衛役の副官を連れて前に出た。

 

「アラン•コリント、お前の手口はもう知れている。このハッタリ屋めが。手練手管で王家の姫を拐かした罪は重いぞ。我が怒りの鉄槌を受けよ!」

 

馬の上から繰り出されるセルナンデスの大音声に麾下の兵達の嘲笑が連動する。セシリオ王国は成り上がりのアラン•コリントを完全に下に見ており、寝技師でしかないと見做していた。相手を下に見ているからこそ、兵も口々に野次り倒している。

 

セシリオ側はコリント卿がどう返答するかと皆待ち構えていた。だが、前に出た2騎のうちの小柄の方が声を張り上げる。どうもコリント卿は護衛役だったらしい。その女性の声は不思議と風になったかのように拡声され戦場に響き渡った。

 

「セシリオの兵よ、よく聞け。我はウルズラ。そなたらも見知っておろう。セシリオ王家に連なる者だ。我が婚約者のコリント卿は不世出の英雄である。今は信じずとも良い。だが、戦えば、我が言葉が嘘ではないとすぐ知る事になる。その時は直ちに降伏せよ。我はそなた達セシリオの兵を惜しむ。ルージの為に無駄に死ぬ必要はない。我を頼れ。いいか、我はそなた達の降伏を受け入れる準備がある。」

 

朗々と王家の姫が訴える内容に兵は度肝を抜かれた。相手は歴とした主筋である。嘲笑も出来ず、ただ沈黙を持って応えるのみである。語ることはもうない。前に出た敵味方の4騎は目礼し合い、両陣営とも馬を後ろに下がらせた。

 

(コリント卿はハッタリ屋らしく、馬を返す際もなかなか堂々としている。あれで実力が本物なら英雄たるべき男だが、まぁ、流石にそれは無かろうな。)

 

アラン•コリントを巡る様々な逸話は出来過ぎであり、人の限界を超えている。セルナンデスでなくとも虚報と断じるであろう内容である。普通の人間ではなし得ないのだから、嘘でありハッタリと断言出来る。

 

免疫のない王家の姫が騙されてもそれは仕方がない。セルナンデスもこれまでの軍歴による経験の裏付けがなければ、あるいは英雄と信じていた。たが今は素早く開戦し、ウルズラ王女の目を覚まさせる事こそが王国の守護者の一翼たる彼の務めだろう。

 

 

 

 

 

ウルズラは今日は舞い上がっていた。『今回はウルズラの戦いだから』とアラン直々に宣言され、宣戦布告する大役を仰せつかったのだ。

 

(ちゃんと口上は予定した通りにやり遂げたつもりだ。あれで大丈夫だったろうか、もっとアランの凄さを伝えるべきだっただろうか)

 

仲良くアランと馬を並べて味方の列に戻る。さり気なくアランがウルズラを庇う位置に変わるのも喜ばしい。今日は名実共にウルズラが主役なのだ。

 

美しい鎧で着飾った2人で共に騎馬を進める様は、一幅の絵のようだろうなと思ったりもする。しかし2人で馬を進める美しい瞬間はあっという間に終わり、もう味方の陣地に辿り着いてしまった。

 

「お姫様、ご立派でしたぞ。」

 

かつては傅役を務めていた老練のアヒムが近寄ってウルズラに声をかける。

 

「今日は、我らでアランに華を持たせねばならぬ。」

 

「はい、心得ております。」

 

ウルズラの見込んだアランの実力であればまず問題なく勝つ筈だ。なんと言っても、ウルズラは男を見る目には自信があるのだから。ああ、開戦が待ち遠しかった。ルージの吠え面こそ、最高の画材となろうという物である。

 

この晴れ舞台の為に最高の画家を招聘してある。なんとアランが彼女の為に手配したのだ。勝利の瞬間がどのような芸術として昇華されるのか、ウルズラは今から楽しみでならなかった。

 

「セシリオ王国に勝利した暁には、いよいよアランが私を抱く日が来るのだろうな。」

 

 

 

 

 

今回、人類スターヴェイク帝国軍の兵30,000は中央にアランとウルズラの兵が5,000ずつで10,000。右翼がセリーナとシャロンと共にウルズラの騎兵隊長のロベルタで10,000。左翼がベルタ王国軍出身のバルテン士爵とプレル士爵で10,000である。右翼に精鋭を固めた超攻撃的な布陣だった。

 

対するセシリオ王国は75,000。右翼左翼に兵を20,000ずつ置いた。中央に35,000。右翼と左翼も敵の倍の兵を確保し、中央に至っては実に3.5倍の兵力差である。通常であれば負ける方が難しい大差と言えた。しかもセシリオ側は兵数差を過信せずに入念な策も用意していた。

 

両軍、攻撃開始のタイミングを読み合う。セルナンデス大将軍の号令でセシリオ王国の兵が前進を開始する。その動きを見定め、剣を掲げたアランが腕を振る。それが人類スターヴェイク帝国軍の攻撃開始の合図だった。

 

右翼のセリーナとシャロンの部隊が前に飛び出した。見る見る敵陣に肉薄する。対するセシリオ側も慌てずに槍衾で騎兵を阻止する構えだった。そんな敵陣めがけてセリーナとシャロンの2人が次々と爆裂魔法を放つ。

 

強烈な爆音と共に粉塵が立ち込める。敵が吹き飛ぶ。人類スターヴェイクの騎兵を待ち構えていた槍衾の中央には2人の魔法が直撃して大きな穴が2つ繋がるように空いていた。そこにもう槍を構える兵の姿はない。皆吹き飛ばされた。或いは爆裂魔法が直撃した者はバラバラの肉片になった。

 

爆裂魔法の直撃を免れた残りの者も、初めて経験する爆裂魔法に度肝を抜かれた。放心状態で立ち尽くす。組織だった抵抗は止んだ。突撃する人類スターヴェイクの騎兵隊を阻むものはない。

 

敵兵を後続の兵と共に馬蹄にかけながら、右翼の騎兵部隊は前へ前へと突き進む。セリーナとシャロンの2人の放つ爆裂魔法は1度では済まなかった。魔力切れの存在を知らないかのように次々と打ち出される。同じタイミングで放たれ、駆ける味方の先頭を追い越し、味方が爆風に巻き込まれないギリギリの位置に着弾する。

 

突撃する右翼の先頭を駆けるのはウルズラの騎兵隊長のロベルタだ。彼女はセシリオ王国最強の戦士であり、100人斬りと讃えられる存在である。そんな彼女はセリーナとシャロンの2人が放つ爆裂魔法の着弾に追いつくスレスレの所を駆けている。爆裂魔法が切り拓いた点を、ロベルタの騎兵隊が広げて押し通る。

 

「もっと!もっと!もっと!もっと!もっと!」

 

軍刀を煌めかせ、狂ったようにより速い爆裂をロベルタは2人に要求した。その様子に少し当惑しながらも、セリーナとシャロンは爆裂魔法の照準をよりロベルタの要求に合わせて調整していった。ロベルタがさらに加速した。

 

爆炎と共にロベルタが敵兵の前に姿を現す。ロベルタがその軍刀を振るたびに、敵兵の命が散る。死を掛けた彼らの抵抗も、ロベルタの速度を落とす事さえ出来る筈がない。

 

見る見るうちに右翼は敵陣に修復不可能な大穴を空けていった。連動する形で人類スターヴェイク帝国の左翼も前進を開始する。両翼で挟み込むような動きを見せ、敵部隊の隊形が大きく歪む。

 

「バカな。人間の限界を超えている。あり得るはずがない。」

 

セルナンデスは天を仰いで呻いた。アラン•コリントさえ倒せば終わる戦の筈だった。この為、セルナンデスは中央にミスリル鎧を与えた最強の部隊を備えていた。魔法剣を振るうアラン•コリントがどれほどの剣技を誇ろうとも、必ず攻撃に耐えて奴を倒すであろう必殺の攻撃部隊である。それこそがセルナンデス大将軍の用意した必勝の策だった。しかしその最強部隊は、今、味方の左翼を崩壊させた敵の右翼に早くも食い破られつつあった。

 

まず爆裂魔法で吹き飛び、生き残りもロベルタの軍刀に首を狩られ、なおも敵を阻止せんと敵の先端に接近を図る兵も連射される魔道具の放つ閃光に灼かれた。ミスリルで固めた最強の兵もなす術もなく崩壊していく。それも目標たるアラン•コリントと接触する前に、である。数で勝るセシリオ王国軍が、こんな様に陥るなどあってはならない事だった。まさに道理に外れる。良将にまとめ上げられた数こそが、戦場を制する力の筈なのだ。

 

「予備兵は、予備兵はどうなったか。殿下の前に壁を厚く。」

 

「閣下、予備兵は既に溶けました。」

 

5,000程の予備兵は既に前に出て、そのまま溶かされた。瞬殺である。ミスリル鎧部隊が善戦して時間を稼いだ為に、それより早く溶けた予備兵は知覚されなかった。無論、全員がロベルタに首を刈られた訳ではなかろうが、通行を遮断されたのか、逃げたのか、ただ立ちすくんでいるのか。なんにせよ今この場に投入出来ないのは明白だった。この兵の溶け方の速さは人智を超えている。

 

セリーナとシャロンは敵の本陣突入後はパルスライフルの連射に切り替えてロベルタを支援していた。爆裂魔法は魔力も喰うし、敵を吹き飛ばし過ぎて個々の敵を判別出来ない。それではルージ王太子を誤って殺害しかねない。敵の総大将を確実に捉える為の対策である。予想を遥かに超えて硬い敵部隊がいてカートリッジの消耗が増えたが、彼女達は状況をコントロールし続けた。

 

詳細は分からないにせよ、敵の気配の変化をセルナンデスは敏感に感じ取った。棍棒による殴打ではなく、外科用メスによる摘出の様な繊細さに切り替わったと。敵の意図する所は王家の血筋であり総大将のルージ王太子の捕縛以外あり得ないだろう。

 

「王太子殿下にはお逃げ頂け、ここは我が食い止める。」

 

セルナンデス大将軍は迫り来る敵を自ら迎え撃つべく腰の剣を引き抜いた。本陣にはまだ多数の兵が詰めている。敵の勢いを止めさえすれば、包囲して殲滅出来る。それが出来ずとも、ルージ王太子が王都に向けて脱出する時間を稼げると計算していた。

 

だがセルナンデス大将軍と部下の稼いだ時間は、実際にはほんの数秒でしかなかった。セリーナとシャロンのパルスライフルの砲火に晒された後で、ロベルタの圧倒的な武力の前に生きて抵抗を示せる者など皆無だ。

 

武器を捨てて頭を垂れて降伏した者を除き、後は屍の山である。セルナンデス大将軍とて例外ではなく、ロベルタの手で即座に物言わぬ骸と成り果てた。

 

「先頭はロベルタか。ロベルタの猛攻は100人斬りどころではないではないか。」

 

ルージ王太子はついに軍を見捨てて逃げる決断をした。だが、もはやそれは遅い決断だった。ロベルタが視界に入れば、それは既にロベルタの手の届く範囲。いずれロベルタに追い付かれることを意味している。

 

総大将の逃亡にセシリオ本陣の兵は皆散り散りになった。武器を捨てて前に駆ける者が多かったのは、ウルズラに降伏する意思を固めた者が多かったからでもある。

 

「シャロン、止まりましょう。これ以上、深追い出来ないわ。この戦いは我が軍の勝利よ。」

 

パルスライフルのエネルギーカートリッジを交換しながらセリーナとシャロンが兵を止める。今日のエネルギーカートリッジの消費は酷く激しい。それぞれ5本のカートリッジは消費した。本陣内で数に勝る敵を突き崩すには連射に次ぐ連射しか方法がなかった為だ。

 

今回の戦闘はイーリスの支援が限定的だった。大規模な太陽嵐が予報されたのでドローンの活用台数を限定したのだ。その為、いつもより細かい情報のアップデートが追いついていない。ルージ王太子を間違えて殺さないように位置を特定したくらいだ。

 

「セリーナ、妙に硬い敵がいたわ」

 

「ええ。普通の部隊とは鎧が違っていたのかもしれない。兵に回収させましょう。」

 

「普段、大尉の情報にどれだけ助けられているか、ね。」

 

「戦闘面で不安は感じなかったけど、効率がまるで違うわね」

 

敵は潰走し、周囲には降伏した兵しか存在しなくなっている。もう隊列を回復して勝利を確定させるべきタイミングだった。だが味方にも止まらぬ者もいた、そうロベルタである。

 

彼女は戦場のコントロールをセリーナとシャロンに委ねると引き続きルージ王太子を追跡した。彼女はウルズラの放つ猟犬である。獲物を捕らえるまで止まる事はなかった。

 

 

 

 

「とうとう追い詰めましたよ、愛しい殿下」

 

ロベルタと麾下の騎兵にルージとその側近が囲まれる。ロベルタは折れて柄上に僅かしか刃の残っていない軍刀を投げ捨てる。その動作を見て部下達は競って自らの軍刀を差し出した。ロベルタは無造作に手近な物から新たな軍刀を2本受け取った。

 

「ロベルタ、私とお前の仲だ。あれだけ愛してやったではないか。あの熱い夜を思い出せ。ここは我を見逃すのだ。」

 

ルージ王太子は追手であるロベルタを掻き口説いた。好き者のルージ王太子はかつてウルズラに乞うて、ロベルタを召して一夜を共にした事がある。ウルズラ秘蔵の女騎士の噂に心惹かれての所業だった。深い考えなどない、いつものきまぐれである。実際、つい先程まで忘れていた。しかし、その様な行為をされた側は忘れない。

 

「あの夜の事は、忘れはしません。殿下のなすがままとなる屈辱を味わいました。今度はこちらの番ですわ」

 

ロベルタの怨の籠った目に、ルージ王太子と側近一同は縮み上がった。

 

「殿下は抱いた女が全て殿下を愛し、殿下の言いなりとなる幻想の世界に生きておられました。しかし実際はそうではない事を、この私が教えて差し上げましょう。」

 

ロベルタは軍刀を振るって、ルージの側近や護衛を次々と物言わぬ骸に変える。そして素早い蹴りの一撃でルージを馬から突き落とした。そのまま左の軍刀を捨て、無造作にルージの首根っこを捕まえる。

 

「さあ、また2人で楽しみましょう、殿下。暴れると手が滑って、殿下を殺してしまうかもしれません。くれぐれも私にそうさせないように注意してくださいね。」

 

ルージを自分の鞍に引きずり上げると、震えるルージの耳元で蠱惑的にロベルタがそう囁いた。

 

 

 

 

 

ロベルタがルージ王太子が捕えた、との報告が入った。人類スターヴェイク側の大勝利である。敵の大半は戦闘を停止し、降伏の姿勢を示している。そちらはウルズラが担当する。

 

コリント卿の命令で人類スターヴェイク帝国軍の先陣は軍勢を整えセシリオ王都に向けて進撃を開始した。この役割はバルテンとプレルの担当である。

 

セリーナとシャロンの部隊は隊形を整えると、アラン率いる本陣の両翼を形成した。そしてアラン、セリーナ、シャロンの3名は密かに敵味方の重傷者の治療を開始する。

 

「ヒールの使い手を増やしたいですね。」

 

戦闘に支援にと休みなく駆り出される境遇にシャロンが思わず愚痴をこぼす。確かに指揮官自ら負傷兵を治療するのが常態化するのも良くないだろう。

 

(優秀な士官候補生にはナノムを注入し、魔法を教えるか。」)

 

((賛成です!))

 

セリーナやシャロンの熱烈な支持を受ける。既存の軍団に対して候補生をどの様に加入させるのか悩ましい問題だったが、ヒールが使えるとなればどの部隊も諸手を上げて歓迎するだろう。

 

 

 

 

 

本陣の壊滅並びにルージ王太子捕縛の報を受け、国境から王都近郊のセシリオの貴族は続々とウルズラ王女に降伏した。降伏を受け付けるウルズラの本陣はロベルタが警戒にあたる。彼女の猛攻を見せつけられた貴族には、挑戦しようという意識など消し飛んでいる。王都には病床にある国王と僅かな兵が残るのみであり、セシリオ王国の滅亡はもはや目前に迫っている事は戦場にいた誰の目にも明らかであった。

 

 

 

バルテン士爵とプレル士爵は素早くセシリオ王国の王都に入城した。案内役を務めたウルズラの騎兵隊が優秀だった為である。アヒムと名乗るその騎兵はロベルタの補佐役らしく、そつのない動きで的確に人類スターヴェイク帝国軍をセシリオ王都に入城させた。ルージ王太子の身柄を抑えているからだろう。王都の主要箇所もすんなりと明け渡された。

 

「思いの外、簡単でしたね。」

 

「セシリオ王国の平定がこのまま行けば楽だが、まぁ無理だろうな。物事は常に予測の斜め上をいくものだ。」

 

プレル士爵の言葉にバルテン士爵はそう返答した。流石に一国を平らげるというのは、1回の会戦で決着がつくそんな簡単なものではないだろうと思う。どこかで発生する揺り戻しに備える、それこそが彼らの役目だろう。

 

「しかし王家の後継者争いと見た場合、ウルズラ王女がルージ王太子を下した結果と言えます。」

 

「それは確かにな。」

 

ウルズラ王女側がコリント卿の勢力を頼っているのは事実だが、両者に婚姻関係が結ばれる以上そこは問題とはならない。このままウルズラ王女がセシリオ国内をまとめ上げれば、コリント卿は労せずして一国を支配できそうである。

 

「ところで、流石にこのまま王宮へ踏み込むのはマズイですか。」

 

「病の老王しかおらぬと聞いてはな。無礼を働くと今は大人しくしている民が敵に変わりかねん。それこそ、ウルズラ王女に任せるべき事柄だろう。我らは王都の防備を固めておけばいい筈だ。」

 

身内であるウルズラが王宮を訪れる分には問題は生じにくい筈だ。ロベルタを連れていけば手出しする者など皆無だろう。

 

「セシリオがこの調子なら、我らはアロイス王国側に呼び出されそうだな。」

 

「ええ、そうかもしれませんね。」

 

アロイス王国側の戦線は国境に留まり、余り踏み込んでいないとはいえ手薄な印象がある。こちらの戦争がこれで決まりなら、早くアロイス王国側のは動きを固めたいのは彼ら軍人の本能のような物だった。

 

 

 

 

ウルズラ率いる本隊のセシリオ王都到着は、予定より数日遅れた。膨れ上がった降伏した貴族を引き連れての行進となった為だ。その軍中にコリント卿の姿はない。セリーナとシャロンが両翼を支えるので軍の強さには大きな影響がない筈だが、コリント卿は直属部隊も残してグローリアと共にガンツ経由でアレスへの帰国を開始していた。

 

「結局、私ではなくクレリアの方を取るのか。」

 

(会戦の夜は私達夫婦の祝福された夜となる筈だった)と、ウルズラはむくれた。先発していた為、王都でウルズラに合流したアヒムが取りなすように言う。

 

「お姫様、あちらもクレリア女王即位の戴冠式があるのです。国内の貴族と会談し、共同統治の書類記入など必要な手続きもありましょう。」

 

だが、貴族の相手や事務など待たせれば良いとウルズラは思う。吉日を選んで行われる女王即位の式は、会戦の翌日に既に予定通り執り行われた筈だ。アランが急いで帰国しても式の前日に戻れるくらいの時間だ。ならばこちらでゆっくりしていっても、と言いたくなるのはウルズラの我儘だろうか。

 

(とは言えこちらも酷い忙しさだしな。国取りとはこんなものであったか。)

 

軍を進め国内の動向を見定めながら帰順した貴族と面会を果たし、所領安堵を約束してやり、人質を取る。ウルズラは今回の事で国内の仕置きは任されていた。

 

彼女はクレリアのようなアランの共同体統治者ではないが、セシリオ国内平定にあたって必要な権限を付与されている。というよりも彼女の物として国内をまとめ上げ、その上でアランに仕える事を許されているというべきか。

 

会戦に勝利した今は国取りの大事な渦中であり、正直なところウルズラとその近臣はろくに寝る間もない。保証を得ようと詰めかける貴族と寸暇を惜しんで直に対面する必要があるのだ。軍の進展が遅いのもその為である。それでもようやくセシリオ王都まで到達した。さあ、いよいよだ。

 

 

 

 

 

ロベルタとアヒムを従えたウルズラは王宮に参内した。

 

「陛下、いえ、伯父上。」

 

病床の老人に向けてウルズラは片膝をついた。ルージ7世国王はかつては馬に乗れないほどの肥満体だったが、病床に伏せった今は見る影もなく痩せ細っている。

 

「ウルズラか、王太子をルージ8世として即位させるのが我の望みだったがそれも叶わぬか。」

 

病床のルージ7世がそう声をかける。

 

「はい、残念ながら我が従兄弟殿はその器ではありません。しかし私がコリント卿と結婚し、息子にルージ8世を継がせましょう。」

 

「ウルズラ。この勝負はお前の勝ちだ。だから我が息子を殺すでないぞ。」

 

「はい、承知しております。」

 

「私は息子の為に言っているのではない。お前の為に言っているのだ。息子のルージが死ねば、これ幸いと反乱を起こす者が出る。ルージは必ず生かしておけ。ルージを抑えている限り、お前の治世は安定するだろう。後継者には指名してやる。ルージをよろしくたのんだぞ。王族として子孫を残させる件、くれぐれも頼んだぞ。良くしてやってくれ。」

 

「承りました、陛下。」

 

その日、ルージ王太子の廃嫡が発表された。後継者はウルズラ女王が指名され、彼女の即位決定を受けてルージ7世国王の退位が決まった。セシリオ王国の大勢はここに決した。しかしあまりにも早いこの決着に不服な者も多い。セシリオの情勢はコリント陣営の予期せぬ次の展開を迎える事となる。

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