【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる) 作:高坂 源五郎
Ⅱ アロイス・セシリオ戦役 31話 【開戦編】 即位式
クレリアの女王即位式に出席する為、ガンツとアレスには多数の国内貴族が詰めかけている。これらの貴族は両都市のいずれかに宿を割り当てられていた。
貴族家当主かその後嗣が即位式に参列する場合は、滞在費の1週間分が免除される。鉄道での移動なら国内は大抵往復2日から4日で済む。新女王への謁見と新王都閲覧の機会とあって多数の貴族がガンツとアレスに集結した。
ガンツではライスター卿父子と鉄道衛兵隊のギード隊長、アレスではエルナや密偵の元締めであるエルヴィンが警戒と対応にあたっていた。
来賓の中でも大物はベルタ公爵のアマド•ベルティーだ。彼は許可を得て特別に部下の兵を率いて到着していた。率いるのは旧王都の魔法士隊の精鋭250名だ。これはベルタから教会関係者をエスコートしている為でもある。アマド公爵はゲルトナー大司教一行と共に、新造された汽車の路線でアレスに到着していた。
アレス〜ベルタ間を含め、現在では国内を多数の鉄道路線が開通している。鉄道ならば道中の盗賊や魔獣の不安もないが、最大のメリットは大幅に移動時間が節約出来る点だ。今となっては皆、何週間もかけて旅をするのは望まないのだ。旅費の節約効果も大きい。国内の主要な貴族は式典参列の為に呼び集められているが、その兵はそれぞれの領地で盗賊などの警戒にあたっている。
市内には物見遊山の客が増え、ガンツもアレスもクレリアの即位を前に祭り気分で湧きかえっていた。そんな折、セシリオでの戦況がもたらされた。
「コリント卿の軍勢は、セシリオ王国のセルナンデス大将軍の兵75,000を撃退し快勝。ルージ王太子は捕えられ、セルナンデス大将軍は討死。セシリオ王都は占領され、ルージ7世はウルズラ王女への譲位を決断。」
新女王即位を前にしたお祭り気分の中、舞い込んだ新たな勝利の知らせに両都市は熱狂した。セシリオ王国からの侵略は長い懸念事項だった。それが1日にして解決した。もちろん完全な終戦には至っていないが、王都が陥落しウルズラが即位すると決まった以上、後は時間の問題とは衆目の一致するところである。
コリント卿の配偶者の1人として予定されるウルズラ王女がセシリオの女王として即位すればセシリオとの間に戦争などもう起きよう筈もない。となれば女王たるクレリア王女の仇のアロイス王国との戦いに専念出来る事になる。戦争の情勢を憂えていた国内貴族達も一安心した。
ルージ王太子はクレリア女王の即位式でコリント卿は兵を多数出せないと見越して軍を発し、兵の多さで威圧を試みたのだろう。だがあまりに早い敗戦で勝利を献上し、クレリアの即位式を彩る結果となっている。この辺りは人類スターヴェイク側に距離と時間を上手く活用された結果となっていた。
「お帰りなさい、アラン」
即位式に間に合う様に式の前日に慌ててグローリアでアレス入りした俺と同行者を、宮殿でリアとエルナとアリスタが出迎えてくれた。
「セシリオの方は、どう?」
「まだ色々と続きそうだけれど、敵の大半は降伏し王都は陥落したからね。後はウルズラに任せて良いと思う。」
ウルズラからはもう少し国内貴族の説得に時間がかかりそうだと報告を受けていた。王都より遠方の貴族はやはり様子見に入るらしい。短期で決着をつける弊害が出ていた。
情勢の変化があまりに急だと、人の脳が変化を受け入れられないのだ。脳が持つ正常性バイアスが、かつての日常を維持する方向に機能する。
「そう、やはり簡単には行かないわね。」
リアも複雑そうな表情をのぞかせる。現在はセシリオとアロイスの2正面作戦になってしまっている。誰が悪いわけではないが、2:1は誰が考えても単純に不利だ。アロイスを早くなんとかしたい気持ちと相まって、リアが色々と複雑な気持ちを抱えているのは理解できた。
「戦闘で勝つだけでなく、国民にこちらを認めてもらう必要があるからね。アロイスはその点で旧スターヴェイク領で失敗しているから、俺達がセシリオ相手に成功させれば有利になる。」
国家にはハッキリとした形がない。個々人の心の中にのみ存在している。会戦は分かりやすい事実の陳列だが、直接見聞きしてなければ受け入れられない者も出る。セシリオ王国においてルージ王太子が虜囚の身となった事が周知され浸透すれば、現実を受け入れる人が増える筈だ。それまで時間がかかるのだろう。
「そうね。アロイス王国がもし正義を貫く国なら、国民の大半は今頃は彼らの政治を支持していたでしょう。しかし旧スターヴェイク領民が弾圧されているのを私は見過ごす訳にはいかないわ。」
アロイスはスターヴェイク王家を処刑して自らの支配を知らしめた。王が倒れた事実は周知されたが、その後の過酷な税の取り立てに政情を不安定なままにしている。
「はい。アランとリア様で、民を救わないといけませんね。」
リアの述懐にエルナが同意する。
「なかなか旧ベルタ地域の時のようにはいかないさ。」
旧ベルタ地域ではその点、宰相を務めていたライスター卿の存在が大きかった。宰相との政争の結果として失踪していたライスター卿が護国卿の支援で再登場し、国内貴族を調略した事は、主に貴族界隈では「現状回復」という形で受け止められた。
宰相との戦闘に勝った事実も重要だが、勝てば即完全に支配できるものでもない。人の心を獲るのは、あるいは戦いに勝つ以上に難しいものだ。
「今回は戦闘を後世に残す為に撮影をしてきた。後で皆に見てもらおう。」
意識改革や情報の周知という点で取り組みを行っているのがフィルム映画の撮影だ。『目で見たものしか信じられない』というのなら、見せてしまうのが早いという訳だ。
既に樹海では冒険者に探索させて化石燃料の採取を少量だが開始している。元々、樹海に都市を築く理由の一つに化石燃料の豊富さがあった。
今回は燃料確保ではなく原料確保の試みだった。中でも輸入に頼れない石油は優先した。石油から生成される幾つかの品の中でも、最優先としたのが撮影用のフィルムだった。レンズ越しに映る景色を感光させる事でフィルムに焼き付ける。静止画なら写真、フィルムをコマ送りにしたものが映画だ。
この世界にも元々凹凸レンズの技術自体は存在した。書類があり、人間の目が近視や老眼という現象に悩まされる以上、眼鏡や拡大鏡の需要は常にあるので技術はそれなりに発達している。
映画の萌芽も針穴写真、針穴から明るい外の景色が屋内の白壁に投影される現象も把握されていた様だった。
まずフィルムとその現像方法を開発し、写真と映画の規格を決めてそれぞれ必要な製品を組み立てる事はできた。既に他の惑星の人類史において発明された物をイーリスに再設計させるのは簡単な事だ。
レンズは職人を雇い入れて工房を整備し、職人に不足した幾つかの知識をアップデートすれば事足りた。凹凸レンズはある。必要なのは式典を摂る広角レンズと望遠レンズだったので、「凸1凹2で組み合わせれば望遠」などと選抜した職人に知識を伝えて制作させた。問題はむしろ完成した撮影機材を使いこなす人間の教育にあった。少しでも簡便にしたいとレンズターレットを採用した程だ。重量が重くなったので三脚や固定なしで使うものではなくなったかその方が良いだろう。
「アラン様の勇姿はお見事でした。私はもう見惚れてしまいました。」
立ち話が済んで頃合い良しと見たのだろう。その言葉と共に、俺の背後からフワリと地面に降り立ったのはカリナさんだ。彼女は商業ギルドからの出向で映画撮影の手配を頼んでいた。いわゆるプロデューサーと呼ばれる役割だ。カメラマンと共にセシリオでの戦争の様子を撮影し、今また即位式の撮影の為に共にアレスに帰還したのだ。
「セリーナとシャロンのアネキが敵に突撃する所は最高にカッコよかったぜ、です。」
同行したカメラマンはガンツ出身のテオだ。撮影は授業の一環として学生にカメラを持たせて撮影した作品の中から選抜し、最終的にテオに決めた。
元はガンツで幼い妹のエラを養っているのを見兼ねて拠点で雇っていたが、アレスで学校が出来たのを期にアレスの学校の寮生として引き取っていた。最初は蒸気機関車の操作に夢中になっていたが、今はカメラマンとして本人も意外な才能を発揮した訳だ。
映像作品の優秀作の受賞者は別にいたのだが、そちらは戦場に行くのを怖がったのだ。俺を信頼して戦場についてくる間柄というと、学生で佳作を獲得した才能を示した中でテオが適任だった。やはり見ず知らずの相手は連れ歩きにくい。まぁ今回は即位式に際してセシリオの敗戦を印象付ける為に特別に撮影を同行させた。流石に勝つと確信しない戦闘に彼らを連れてゆく訳にはいかない。カリナさんも『アラン様の為なら死んでも構いません』と同行を願い出てくれたのだが。
カメラを撮影していたテオが、戦争の情景を早口で捲し立てるのをクレリアもエルナもニコニコと聞いている。元々ホームで養っていただけに面識があるからだろう。宮殿内は他の貴族の目もないので、そう口喧しくない感じか。
「テオ、クレリア様は女王となられるのです、態度を改めるように」
あ、やはりエルナに注意されたか。
「アラン様、式典の方は滞りなく準備が出来ております。」
リアの侍女を務めるアリスタさんがスッと前に出て報告してくれる。アリスタさんをリアの侍女にしたのは、元々はサイラスさんに押し付けられたからだ。しかし即位式を開催するにあたり、アリスタさんは王宮で無くてはならない役割を果たす程の存在だったと聞く。
式典の議事進行については、アレスの行政を預かるロベルトが最適な人材である。だが、リアの意向を反映して女性側の意見の取りまとめ役が必要だった。更に衣装や装飾品の発注手配といった実務面で、侍女でありサイラス商会の一員でもあるアリスタさんが大活躍したのだ。
衣装や装飾品の手配はサイラス商会の専門でありアリスタさんは元々商会としてそれらの仕事を担当していた。貴族の教育を受けた素養もある。本人のやりたい事と一致しているので細部まで行き届き進捗も速い。彼女は「クレリア様の女王即位のお手伝いなど一生に一度の大仕事です」と大はしゃぎだったそうだ。
「アリスタが居なければ、これほどの完成度にはならなかった。」
彼女の仕事ぶりに満足したようにリアが述懐する。
「リア様のドレスは完成したでしょうが、式典としては武骨なものになりましたね。リア様の治世の先駆けを知らしめる効果は生まれなかった筈です。」
エルナもリアに同意する。良かった、即位式の支度も人間関係も上手くいっているらしい。リアもエルナも細かい事は人に任せる立場だ、アリスタさんが侍女として参加する事で上手くまとまったようだ。
(アラン様へのご奉仕についても、クレリア様にお許しを頂けそうです)
そっとアリスタさんに囁かれた。
「アリスタ様、早速ですが式典の撮影の準備に入りたいのですが。」
「それでは案内するわ、カリナ」
アリスタさんの突然の囁きと香水の芳香に呆然としていると、アリスタさんはすぐにカリナさんやテオを引き連れて退室して行った。映画の撮影機材は場所を確認して運ぶようだ。何かあれば侍従に手伝わせるだろうし、撮影の方は任せて問題ないだろうな。
「カリナさんはリアの侍女のアリスタさんに未だに敬語だ。昔の関係を引きずっている気がするな。」
「そんな事はないぞ、アラン。アリスタは表向きは私の侍女とはいえアランの側、おほんっ。サイラスからの預り人なのは周知だ。修行の身だが、一定の配慮を受けてもおかしくはない。」
「そもそもクレリア様付きの侍女は宮殿内でも地位が高いのです。」
取りなすようにエルナが補足する。なるほど、リアの側近と考えると民間人に敬称をつけられても特におかしくはないのか。
「それでアラン、私と一緒に会って欲しい相手がいるのだが。」
国内の有力貴族との顔合わせだろうか?
「厄介な外交相手がいるのです。お2人が揃ってでないと対処が難しいと考え、アランが戻るまで待たせていました。」
なるほど、そういう事情か。
外交使節と面談するという事で、身嗜みを整える時間をもらう。相手は面会を待って迎賓館に詰めているという事で、こちらの準備が出来次第呼び出して構わないらしい。
「アラム聖国は、度々スターヴェイク王国の国境を脅かして来た厄介な隣国です。」
道々エルナが説明してくれる。南方のアロイス側に国境を接するのが今回の使者を派遣したアラム聖国だという。国名が表す通りの宗教国家で、同じ女神ルミナスを信仰する者同士であり、本来なら対立する要素はないように思える。
「しかし、我々とは宗派が異なるのです。」
ベルタやスターヴェイクで主流なのはアトラス教会だ。現世利益を説くというか、王権との折り合いの良い宗教で政治的な摩擦が少ない宗派である。教義内容は温和で俺にも抵抗がない。今回、リアの即位式を執り行うのもアトラス教会の大司教だ。
アラム聖国はアトラス教会とは異なる宗派の再臨派という宗派が建国した国だという。今となっては国教にする国は少数派だが起源は古く、女神ルミナスがいつかまた降臨するという教えを説く。いずれの宗派も女神の実在は疑わないものの、再臨派はより人間に近しい存在として女神の存在を説く点に特徴があるのだそうだ。
教義はざっくり言うと「我らは女神ルミナスの再臨に備えなければならない」と言うものだ。それがどうしてか「ルミナス様に献上する為、その土地を寄越せ」と周辺国に無理難題を吹っ掛けるので酷く評判が悪いらしい。宗教と世俗権力が土地などの現物を巡って争うと折り合いが悪いのは良く理解できる話だった。
「アトラス教会のゲルトナー大司教と懇意にしている俺たちからすると、会談するだけでもアトラス教会に悪印象を与えかねないのか。それはややこしそうな相手だな。」
「スターヴァイン王家との関係も良くないのだ、よく父上が愚痴をこぼされていた、その相手だ。」
国でもあるが宗派の代表でもある相手。あまりに信仰心が篤いと会話も成立しなさそうな印象もある。アトラス教会の手前、出来れば会わずに済ませたい気持ちも分かる。
「今回の使者は妙に丁寧な態度らしいが、我が臣下にはアラム聖国嫌いが多い。普段なら信仰心の篤いロベルトに仲介を頼むところだが、ロベルトは再臨派とは特に折り合いが悪いのだ。」
リアの話によると、宗教的な差異は受け入れ難いものらしい。ベルタやセシリオやスターヴェイクは皆アトラス教会なのでこれまではそのような差異が表面化しなかったが、再臨派とはそんな厄介な存在であるようだ。
宗教の問題に限ってはロベルトを外してライスター卿に委ねようとすると、それはそれで家中随一の信仰心を自負するロベルトがヘソを曲げるらしい。
「アランと私が会って判断する分には問題ない、アラム聖国側もそれを望んでいる。」
「分かった、まずは話を聞いてみようか。」
宮殿の建設は急ピッチで進んでいる。中でも謁見の間は最優先で完成させていた。宮殿の柱と天井はほとんどグローリアが建ててくれているので、細部の飾りは職人の手を待つ箇所もある。が、遠目には立派な環境が整っていた。
「アラム聖国の使者、グライム卿が謁見を望まれております。」
「許可する」
侍臣に伴われ、鎧姿の男が玉座の間に入室した。剣は流石に預けているので、この場合は正装としての鎧なのだろう。輝きがリアの鎧と似ているように見える。もしかしたら鎧がミスリル製なのかもしれない。
「人類スターヴェイク帝国の最高司令官のコリント卿閣下並びに共同統治者のクレリア・スターヴァイン王女殿下が、アラム聖国の使者グライム卿を引見される。」
「はッ」
進み出たグライム卿が作法に則って膝をつく。
「面を上げよ、直答を許す。」
慣れた様子でクレリアが声をかける。
「両陛下。お初にお目にかかります、アラム聖国を代表して遣わされました聖騎士のフランツ・グライムと申します。」
「コリント卿は我が婚約者にして共同統治者だが、今は最高司令官の地位が本人の希望だ。この為、閣下の呼びかけとなる。私も女王としての即位前なので殿下の呼称で良い。」
気のせいかリアの口調が通常の使者相手より硬い気がするな。きっとアラム聖国にあまり良い印象がないのだろう。
「かしこまりました。それではクレリア殿下、アラム聖国からのメッセージを披露して宜しいでしょうか?」
「よかろう。我ら2人で判断するゆえ、使者の用向きを述べられると良い。」
「はい。アラム聖国はクレリア殿下の女王御即位をお慶び申し上げると共に、女神ルミナス様に祝福される御身への服属を申し出ます。」
使者に口上を述べる許可を与えたリアが、その内容を聞いて玉座の上でひっくり返りそうになったのを俺は確かに目撃した。まあ、リアをよく知らない使者には気づかれていないだろう。
リアは驚いているようだし、この話題はこちらで引き取る方がいいな、グライム卿には俺から返答しよう。
「突然の申し出でこちらも驚いている。そのような提案をするに至った仔細を聞かせてもらえないだろうか。」
「はい。アトラス教会が使徒様を認定したとの報を受けて、我らも使徒様を一目なり見たいとこの地を訪れました。そして先のバールケ派と閣下との会戦において、私達はクレリア殿下の頭上を守護するかのように使徒様が活躍されたのを確かに見たのです!」
なるほど、バールケのいる本陣に突撃するリアを守らせる為にドローンには支援を命じた。少しでも威嚇になればと思ってイーリスに『姿を見せても良い』と伝えたが、それがこの展開に繋がるのか。
「念の為だが、グライム卿。アラム聖国、つまり君の本国はその提案に賛成なのか?」
「はい、会戦後にすぐに帰国し、会議の全会一致を経て再びこちらに参りました。」
そうか。アラム聖国はアロイス王国と関係破綻した訳ではないから、問題なく行き来ができるのだろう。
「人類スターヴェイク帝国としては貴国の本気の提案であれば歓迎する。前向きに検討したい。だが、ルミナス教の宗派間には意見の対立があると聞く。我々はアトラス教会の大司祭と懇意にしており、明日の即位式もアトラス教会が執り行うことになっている。この点は問題にならないだろうか?」
「閣下のご指摘の通り、アトラス教会と再臨派には過去に意見の対立がございました。しかしご懸念には及びません。使徒イザーク様の支援をクレリア殿下が受けられた事実が判明した今、全ては些細な相違です。我らはアトラス教会と宗派連合する用意がございます。」
アラム聖王国の使節としてグライム卿を国賓として明日の即位式に招き、諸々の決定は先送りとした。グライム卿も即答できない問題なのは承知しており、返答を待って当面はアレスに滞在するとのことだった。
「しかし、凄い話だったな」
ロベルトを交えて会議を開いた。他の主だった顔ぶれは戦地にいる。即位式の開催前日の為、ライスター卿はガンツで警戒にあたっている。即位式の当日はなんとか顔を出すとの事だった。アレスとガンツは今や鉄道で2時間の距離である。
「アラム聖王国はスターヴェイク王国から見て敵国でありますが、その諍いはアロイスの奴輩の所業に比べれば些細なこと。しかもクレリア様に与えられしルミナス様の御加護の威光を目撃して帰伏を申し出るとは、なかなか殊勝な心がけではありませんか」
ロベルトは信心深いだけに感極まった様子だった。少し涙ぐんでいるようにさえ見える。リアの即位前日というのもあり、このタイミングで宗教対立が解消される事が印象深いのだろう。
「アラム聖国はそんな凄い国なのかい?」
「周囲をアトラス教会の国に囲まれても、平然と再臨派を貫く力を保持する強国ですな。」
「国という単位で見るとアトラス教会が圧倒的ですが、民衆の支持という点で再臨派は無視できない数がいます」
ロベルトの回答をエルナが補足してくれる。
「司祭を兼ねる聖騎士と呼ばれる存在がいて、彼らがアラム聖国の中核です。聖騎士はそれぞれ教区ごとに兵を率いているので他の国の領主と同じ存在です」
宗教的権威と世俗での権威を兼ね備えた存在か、それは強そうだ。
「俺としては彼らの見込み違いだった場合、突然、彼らが敵に回る心配がないか気がかりだな。」
突然味方になるという事は、突然敵になるという事かもしれない。流石に味方として遇した後に、些細な理由で敵に回られてはこちらも困るし、色々と厄介だろう。
「それはないと思うわ。アラム聖国はとにかく頭が硬いもの。一度決めたら3代は考えを変えないと言われるくらいだから、その点は大丈夫だと思う」
リアの意見に、ロベルトもエルナも賛意を示している。
「そんなにかい?」
「今回は宗派連合とまで言い出しているのです、連合の話がまとまりさえすれば心配はご無用でしょう。そもそも使徒様がクレリア様を守護された、これはアトラス教会の認定を受けた事象なのですから。」
ロベルトが恭しく女神に祈る仕草をする。リアをドローンが守護した件は、ゲルトナー大司教がアレスについて早々に目撃証言を元に使徒の活動として認定していた。
「いずれにせよ、即位式より前にアラム聖国の使者の出席についてゲルトナー大司教に予め話を通しておく必要があると思うが、どうだろう。」
仲の悪いライバル宗派を式典に呼ぶのだ、予め事情を説明しないとまずいだろう。
「はい、至急アラン様が教会に行かれるのが良いかと。不肖、このロベルトもお供を致します」
ロベルトに連れられてアレスの教会に向かった。教会は宮殿に近い一等地に建設したので、宮殿正門からも近く徒歩圏内と言える。ロベルトは敬虔な信徒らしく頻繁に教会を訪れているらしい。都市行政の担当者という事もあって赴任した司教とは懇意にしているようだ。ゲルトナー大司教とはまだ軽くしか会話していないそうだが、彼とは俺が王都で面識があるので特に不安はないだろう。話が行き違いになる恐れはまずないはずだ。
教会は即位式の準備で立て込んでいた。考えてみればわざわざ大司教を呼んで執り行うのだから、忙しくて仕方がないかもしれない。それでも「コリント卿の来訪」とロベルトが告げるとすぐに対応してくれた。人気のない奥の間に通される。明日の式典関係と思われたのかもしれない。お茶を出されてすぐにゲルトナー大司教が顔を出した。
「これはこれは閣下、ご無沙汰しております」
「ゲルトナー大司教、お元気そうですね。」
久しぶりに見たゲルトナー大司教は変わらない印象だった。敢えて言えば、国を統治するようになった俺と彼の序列が逆転したくらいか。
「突然、どうされたのでしょうか。」
「実はアラム聖国のことで教会にご報告があるのです。」
「アラム聖国の使者が到着したと聞き及んでおりますが、まさか彼らを即位式に出席させるおつもりではありますまいな」
やはり話を通しに来て良かった。難色を示すゲルトナー大司教に、俺はかいつまんで事情を説明した。
「なんと宗派連合ですと、あの再臨派が」
ゲルトナー大司教は呆然としていた。
「こちらとしては、アラム聖国と関係を持つにあたりアトラス教会の意向を確認しておきたいのです。流石に宗派連合となると、こちらでは細かな事情は分かりかねますから。」
俺は言外に宗教に介入する気がない事を匂わせた。そのつもりがないのに、宗教に干渉しようとしていると捉えられる事は避けたい。
「そ、そうでしょう、そうでしょう。私も今お聞きして驚きました。閣下のお話でなければ与太話と思うところです。あの話を聞かないことで有名な再臨派がそんなことを言い出すのですから。」
ゲルトナー大司教の口ぶりだと、再臨派は相当に狂信的な集団らしい。
「で、どうでしょうか。ゲルトナー大司教のお考えとしては宗派連合の可能性はありますか?」
「これは、ここだけの話ですが、」
ゲルトナー大司教は声を顰めた。
「即位式の再臨派の同席もそのような申し入れがあるなら問題ありますまい。ルミナス教徒にとって宗派対立があるのは懸念事項でした。使徒様が現れた以上、宗派の垣根を解消する好機であること疑いようはありません。直ぐにでも戻り、枢機卿様に報告をさねばなりません。教皇様のご臨席の上で、討論されることになりましょうが、アトラス教会が主となる宗派統合であれば、まず問題なく決定されるのではありますまいか。」
それではごめん、と慌てて席を立つゲルトナー大司教の背中に俺は声をかけた。
「明日の即位式も、よろしくお願いしますね。」
その翌日、リアの即位式は厳粛な空気の中で執り行われた。光を浴びて壇上に上がったゲルトナー大司教がクレリアに祝福を与え、クレリアは自ら王冠を被った。
「クレリア女王陛下、万歳!!」
式に参列した一同が拝跪する。それは壇上の女神像に祈ったようでもあり、クレリア女王に対しての臣下の礼でもある。
「皆よく集まってくれた。ルミナス様の加護の下、我が婚約者のコリント卿と共に良き国を創ることをここに誓う。皆もよろしく頼むぞ。」
近衛を代表してエルナが近侍してはいるが、クレリアの即位を誰よりも待ち望んでいた旧スターヴェイク出身の臣下達は、その大半が今はセシリオやアロイスとの戦争に従事していた。クレリアの即位も、祖国奪還の為の1ステップに過ぎない。
「我らは必ず勝つ。皆も期待しておれ。」
「「ハッ」」
即位式が終わって、すぐに祝宴とはいかない。高位の貴族から新女王との謁見に臨む事になる。クレリアと並んで高位貴族の挨拶を受ける。そして今回は貴族の待合室前に仕掛けをしていた。
「あれは凄いですな、戦場の様子がつぶさに見て取れます」
そう、謁見室の手前の大広間ではセシリオの戦場の様子を映写機で上映していた。リアルタイムではなく先日の会戦の様子を記録したものだ。要所を抜粋したものなので15分程だが、動く戦場の映像に皆感銘を受けた様子だった。
「本日の即位式の様子も付け加えて、国内の主要な都市で上映会を開く予定です。まずは王宮でお披露目ですね。」
「なるほど、いや、コリント卿とクレリア女王の治世は凄まじいですな」
「あのような道具、是非とも買い求めたいがどこで買えるのでしょうか。」
「撮影用機材の一式は、魔術ギルドで取り扱う予定です。上映させる為には一度加工させる必要がありますが、それも魔術ギルドで受付ます」
完成した撮影機材一式は魔道具という事にした。フィルムをリールで回転させシャッターを開いて感光する仕組の動力源に魔石を採用したのだ。魔石を消費する以上、立派な魔道具と魔術ギルドのお墨付きを得ていた。
手でフィルムを回転させるハンドルを取り付けても良かったのだが、一定の安定した速度で回転させるなら魔道具とする方が都合が良かった。電動モーターはないが魔法陣と魔石がある。魔石は魔法陣に適合するように削る必要があるが、それこそ魔術ギルドの得意中の得意の担当領域だった。アフターケアを考えると魔術ギルドの専売にしておくのは悪くない取引だろう。フィルムの現像も必要なのだ。
それにこういう新奇な品は「魔道具です」とする方がすぐ受け入れられ易い。
戦場の様子を撮影するにあたり、撮影班の安全確保は課題だった。勝ち戦と確信していたとはいえ、実戦は何があるかわからない。そこで撮影班の護衛としてグローリアをつけている。ドラゴンを見てわざわざ自分から突撃するロベルタのような物好きはそうはいない。
グローリアの背の高さは敵兵を簡単に寄せ付けず、テオの話では撮影する上でも足場を組んだように高所で安定していたらしい。
しかもグローリアの判断でそのまま飛翔して、右翼が敵の本陣に突入する映像の後半は空撮に切り替えた。テオはカメラを操作するが実態としては助手で、本当の意味でのカメラマンはグローリアと言えるかもしれないな。クレジットにも明記させる方が良いだろう。多岐の星を跨ぐ人類の歴史でも、最初の映画で空撮を取り入れたのは惑星アレスが初ではないだろうか。
「民間でも映画撮影の技術が進めば、芝居のように上映される機会も増えるでしょう。」
「鉄道といい、映画といい閣下とクレリア女王陛下の治世は実に画期的ですな。」
皆、口々に褒めてくれた。そんな即位式を終えた翌日、太陽嵐の間は沈黙を守っていたイーリスからの緊急の呼び出しを受けた。
(どうした、イーリス)
「艦長、アロイス方面に重大な異変が発生しました」