【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる)   作:高坂 源五郎

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Ⅱ アロイス・セシリオ戦役 32話 【開戦編】 焦土戦術

Ⅱ アロイス・セシリオ戦役 32話 【開戦編】 焦土戦術

 

クレリアの女王即位の知らせをワイバーン騎兵を通じて受けたダルシムとヴァルターは街道を並んで軍を出発させた。目的は北部の要衝ルドヴィークである。かつての辺境伯領も、現在はアロイス王国の直轄地として代官の治める土地になっていると聞く。そこを占拠し当面の本拠地にする計画だった。

 

この数日で、スターヴェイク軍到着の知らせは近隣に伝わっている。この辺りはまだ国境の未開拓地帯で人は少ないが、それでも街道にチラホラと出迎えの民がいる。

 

「遂にスターヴァイン王家の兵がこの国に戻ってきた。」

 

今回、ダルシムはクレリアに乞うてスターヴァイン王家の旗を先頭に押し立てている。ヴァルターはルドヴィーク辺境伯家の旗だ。どちらもクレリアが継承する旗であり、政治的な効果を持つ。

 

「だが、兵が少ないのではないか。」

 

見物人の漏らす声の中には失望の声も聞こえる。2軍を合わせて1万の兵は充分な多さだが、重要な拠点を攻略するには少なく見えるらしい。ヴァルターに言わせれば、これでもかつてのルドヴィーク辺境伯軍を質量共に凌駕しているらしいのだが。

 

「我らは先ぶれに過ぎぬ。クレリア女王陛下率いる本隊はいずれ来るぞ。」

 

騎馬の上からヴァルターが気勢を上げると、兵も沿道も活気づいた。ふと気がつくと、沿道からダルシムに向かって進み出る人影がある。制止しようとする部下を、ダルシムは押し留めた。

 

「まさか、お主はカロットか?」

 

その男がこちらを見る眼光は尋常な鋭さでは無かったが、その中に敵意はない。薄汚れた外套に身を包んだ薄汚れた風体でも、長身のその姿に見覚えがあった。

 

「おお、立派な装束で見違えたが、やはりダルシムか!」

 

髭だるまになったカロットが笑うと白い歯が見えた。ダルシムは馬から降り、旧友と向き合った。

 

「カロット、お主も息災なようだな。」

 

「アロイスの余りの素早さに、王都はほとんど戦場にならなかったのだ。」

 

初手で王宮が包囲されて、そこから攻防開始となったらしい。王宮は何とか3日間は持ち堪えたそうだが、全軍を率いる軍務大臣が敵となったのだ、当直の近衛と衛兵だけではそれ以上支えるのは不可能だったそうだ。

 

「せめて王都に入られる前に、籠城を開始できて入れば多少は違ったかもしれないが」

 

カロットは悔しそうに口の端を歪める。王都の民は50万を誇る。敵が外から来たのなら民を組織して抵抗する道もあった。しかし敵は、スターヴァインの全軍を掌握する軍務大臣だったのだ。

 

「両陛下及びアルフ王子殿下は臣下の身の安全と引き換えに投降された。そう、臣下である我らの為に。そして王家の皆様はそのまま斬首されてしまったのだ。」

 

沈痛な表情でカロットが言う。3日間の攻防で負傷していたカロットが意識を失っている間に全ては終わっていたらしい。王宮に勤める女子供や負傷者は、王族の処刑後に早々と放り出されて路頭に迷ったらしく、彼らも守りながら伝手を頼って王都から北部へと落ち延びて、今まで食い繋いで来たとの事だった。

 

「皆様をお守り出来なかった事は、近衛として痛恨の極みだ、クレリア様にご報告の上で自害して果てるつもりだ。」

 

「カロット、俺とて王宮にはいなかったのだ。近衛にお前を責めるものはおらん。王家の皆様が貴様のその命を救われたのだろう。ならば今後はクレリア様にお仕えする事こそ、責務ではないのか。」

 

「しかし、おめおめ生き残った俺が、何事もなかったようにお仕えできようか。」

 

「そんな事はない。むしろクレリア様をよく知る者が側を固めていかねばならんのだ、俺も柄にもなくこのような大役を仰せつかった。我らは1人何役でもこなし、死んだ者の代わりを務め上げねはならん。」

 

「しかし、傷は癒えても昔のように剣を振えるかどうかも分からんぞ。」

 

カロットがだらりと垂れた右腕に目をやる。神経を痛めたらしく、あまりよく動かせないとの事だった。

 

「カロット、貴様にはこの隊の副官を務めて貰おう。我らには現地の事情に明るい者が必要だ。クレリア様には使者を遣わし追って了解を取る、が、決まりと思ってくれこの話。」

 

カロットは嬉しそうな表情を取ると、かつての同僚に深々と頭を下げた。

 

「そうか、すまない。ダルシム」

 

 

 

 

その夜、野営してクレリアへの報告書を作成しているダルシムの所へヴァルターがそっと訪ねてきた。

 

「旧友を見つけたと聞いた、副官に抜擢したそうだが、その男は信頼できるのか?」

 

ダルシムはペンを机に置き、ヴァルターへと向き直った。

 

「カロットは俺と近衛の双璧と言われた男だ。いずれ団長になる程の器と言われた。実際、クレリア様の護衛として発ったアンデス団長が後を託したのはあの男だった。何よりクレリア様を直接知っているし、国王陛下に近侍していた男だ、無碍には出来ん。」

 

「しかし、かつての友が今も変わらぬとは限らぬ。王都の方はだいぶ酷かったようだが」

 

「そうだな。俺が側に置いて滅多な事はさせない。だが、現地の事情に通じた者が必要だし、カロットが無事と知ればクレリア様も喜ばれるだろう。それに王家の方々の最後のご様子を知る者は確保しておくべきと、そう考えたのだ。」

 

「そうか、それもそうだな。」

 

邪魔したな、と言いヴァルターは天幕を出た。ダルシムは少し物思いに耽っていたが、クレリアに宛てた報告書を一気に書き上げると、報告書を手渡すべくワイバーン騎兵を探しに外に出た。

 

 

 

 

 

首尾よくルドヴィークに到達した先遣隊は、代官の籠る城への攻撃を開始した。鎧袖一触、さしたる抵抗も無しにかつてのルドヴィーク辺境伯の城を制圧した。

 

「ここを北部攻略の拠点に定める」

 

「近隣の貴族に使いを派遣し、兵を集めよう。」

 

ダルシムとヴァルターは短く会話した。現在のアレスは5万の兵は優に派遣できる。セシリア方面が落着すればその倍は可能だろう。アロイス王国側も迎撃の兵を揃えるのに時間はかかるはずである。

 

敵襲来の兆候があれば、応援の軍を出すとアランからは言われていた。それまではダルシム等のヴァルターの両将の裁量で切り取り自由となる。

 

だが異変は彼ら先遣部隊がルドヴィークを確保した直後に起こった。味方する貴族の兵ではなく民が、ルドヴィークに押し寄せてきたのだ。アロイス王国の兵に家や田畑を焼かれて村を追い出されたのだという。

 

「どういう事だ?」

 

ダルシムは、土地の事情に明るい筈のカロットやヴァルターに尋ねるもその理由は判明しなかった。しかし容易ならざる事態が起こった事は間違いがなかった。

 

 

 

 

「艦長、こちらの即位式と宣戦布告を受けたアロイス王国軍が旧スターヴェイク領の村々を焼き払っています。」

 

(どれくらい被害が出ている?)

 

「王都近郊から順に田畑は焼かれ、家畜は奪われたようです。今年の収穫どころか復興には多大な費用と労力を要するでしょう。ただ、人的な損失はほぼありません。抵抗した際の負傷程度で済んでいるようです。」

 

(虐殺ではない、という事か?)

 

「はい、これは抑制された武力の行使です。人類スターヴェイク帝国軍の兵糧を断つ意図で行われた焦土戦術でしょう。」

 

良かった。最悪中の最悪は民間人虐殺だ。そこさえ回避できれば、どうにかなるかもしれない。

 

(旧スターヴェイク側の防衛は諦めるが、タダでは国土を渡さないという事か)

 

過酷な税の取り立てと、隣国で即位した旧王家のクレリアへの忠義立てもあって、この地域のアロイス王国の支持は急落している。もう守りきれないと踏んだのだろう。

 

(焼け出された民は、どうなった?)

 

「王都などアロイス王国側に移動する者も一定数いますが、大半は人類スターヴェイク帝国側に狩り立てられているようです。主にルドヴィークに向かっているようですね。これは緩衝地帯を作り、難民を意図的にこちらに押し付ける戦術と考えられます。このままでは先遣隊の兵糧がすぐに枯渇するでしょう。」

 

(旧スターヴェイク王国領域といっても優に1国分の領域はある。1国の難民が発生すれば、旧ベルタ王国の領域しか治めていない我々では養いきれない、それが向こうの狙いか。)

 

セシリオ王国との会戦の様子は、アロイス王国も知るところとなったのだろう。どうせ守りきれないならと作戦を切り替えたようだ。正面から戦わず、搦手から敵の体力を削る意図。優秀な軍師がいるのだろう。ずいぶん思い切りが良いな。

 

(まずは蛮行をやめさせる事が大事だろう。だが難民を全て収容した場合、アレスで養い切れるだろうか?)

 

「住居であれば、アレスはまだ余力があります。優に100万人超は収容可能ですので問題ありません。後は純粋に食料供給ですが、こちらは悪化します。遠征軍の兵站も支えるとなると破綻する可能性が大です。そしてこちらに呼応して蜂起し各地で立て篭もった蜂起貴族達の抵抗は補給面から厳しいものとなりました。」

 

(やはり、このままでは無理か)

 

一気に戦争の見通しが暗くなった。予想される最多の難民数はベルタ王国中の食料を費やしても養い切るには足りないようだ。セシリオ王国を完全確保できていれば、まだ対処のしようもあるかもしれないが。

 

「秋まで持ち堪えれば、樹海での収穫が本格化しますので収支は改善しますが」

 

(まだ新年を迎えたばかりだ、苦しいな)

 

秋まで持ち堪えるのは難しいだろう。輸入なりに頼る他ないな。最前線に送る余力も確保しづらい。

 

(アラム聖国から買い付けるのは難しいだろうか?)

 

「アロイス王国に通行を遮断されるので現実的ではありません。」

 

(食料補給のアテはないが、養わない訳にはいかないな。当面は汽車の往路で食料をフル輸送して、帰路で難民を少しでも多く連れ帰る他ないな、計画を立案してくれ、イーリス。)

 

「了解しました。」

 

さて、セリーナとシャロンに声をかけておこう。あの2人の支援が絶対に必要だ。

 

(セリーナ、シャロン、今話せるかな?)

 

(はい)

 

(なんでしょう?、アラン)

 

(アロイス側で戦況に変化があった。詳細はこの後、イーリスの報告を見てくれ。対抗作戦を取る必要がある、君たちの部隊は輸送計画に従って引き上げになる可能性が高い。セシリオからの引き上げ準備を開始してくれ。)

 

((了解しました))

 

セシリオ方面はウルズラに任せる他ない。安全の為、バルテンとプレルは残す。戦況は安定している、それでまず不安はないだろう。

 

 

 

 

リアとエルナ、ロベルトとライスター卿を呼び出して作戦会議を行う。

 

「アロイス王国側の戦況に変化があった。我が軍に問題は無いが、敵が旧スターヴェイク側の村村を焼き払い、家畜を奪って民をこちら側に追い立てている。」

 

「アロイスめ、民に手を出すとは信じがたい。」

 

ロベルトがうめくように非難の言葉を口にする。

 

「戦争が終わって復興させる迄、焼き討ちされた土地は税収はおろか民が食べていくのも難しいだろう。蜂起した貴族が戦線を維持するのも難しくなったはずだ。大量の難民がルドヴィークやベルタ地域側に追い立てられているそうだ。俺としては難民は受け入れたいが、こちらの食料はかなり苦しくなる。民は受け入れるべきと思うが、リア、どうだろう?」

 

「勿論だ、我が民は見殺しにはしない。全て保護するべきだ。」

 

「分かった、俺も全力を尽くす。しかし流石に保護するべき人数が多い、旧スターヴェイクだけでベルタ全域と変わらない人口はいるはずだろう。この国を傾けても支え切れるか俺の見立てではギリギリだ。それに大量の数の難民を受け入れるには戦地では何もかも不足して戦闘どころではなくなる。」

 

「そんなに莫大な数なの、アラン」

 

「戦争の後に過酷な税の取り立てに苦しんだと言っても、民の大半は普通に暮らしていた筈だ。最悪、そのアロイスの全国民の半分近くが難民になる訳だからね。」

 

そしてアロイス王国はベルタの倍は大きいとされているのだ。

 

「アラン、しかし我が民を救わない訳には•••」

 

「分かってるさ、リア。彼らには食料を与えつつ、鉄道を使ってアレスまで来てもらおう。蜂起した貴族もけして見捨てない。アレスなら食料事情は良くなるし、仕事の斡旋も出来る。」

 

「どうやって、そんなに大勢運ぶの?」

 

「鉄道しかない。1車両の定員は座席で120人。10両編成で1,200人だ。客車より貨物車が多いがスペースの使い方は変わらない筈だ。立つ人も含めて詰めれば無理せず1.5倍の人は入ると思う。1回で1,800人だ。11両編成に増やせば約2,000人だな。1日に何便輸送できるかだが、元々兵員輸送用に多めに割り当ててあるから、集約すればそう無理せず5便は運行できる。1日5便運用できれば1万人は運べる計算だ。」

 

最近は兵員輸送用に内装を簡略化した車両を多数用意していた。その方が難民を運ぶのも良いだろう。機関車の数が課題だが、工員も慣れてきている。急がせなくても追加車両の引き渡しや新路線の運行開始を遅らせれば数は確保出来る筈だ。

 

機関車の製造は俺がアレスに篭れば改善するし、車両の運行についてはアベルに調整させれば良い。パーツの製造さえ進めば組み立ては早い。牽引する機関車の製造はタンクなど大きな部品も多く俺の手が必要だが、客車や補修部品は既に作成済みの型を用いて多数用意させてある。

 

一月で30万人。それだけの輸送力があればどうにかなるかもしれない。ただ最悪の予想に立つとそれでもかなり苦しい。その倍は欲しい所だ。鉄道については無理する必要があるだろう。全員救うなら1月で60万人。それ位が必要だろう。

 

「しかし、アレスが大きな都市とはいえ全人口の数倍もの人口を受け入れられますか?」

 

ライスター卿が疑問を呈する。

 

「住宅だけなら可能な筈だ、そうだろう、ロベルト?」

 

「はい、アラン様からは未使用の街区があると伺っております。不用心ですので普段は壁で覆って通行を制限していますが、壁を壊せば既存の街区とは問題なく往来可能となります。」

 

「今使ってる街区は2つなんだ。ベルタの開拓民用とセシリオのウルズラの領民用で2つだね。本来は12方位になぞらえて宮殿をぐるりと取り囲むように12街区が存在している。壁を解放すれば行き来が出来るから、120万人を最大収容出来る。今回は多くても50万人から60万人の受け入れをするくらいだろう。追加で5街区解放すれば足りる筈だ。」

 

アレスの人口は民間人だけだとまだ宮殿の正面にあたる2街区の上限の20万人に届かない筈だ。10万人前後だろう。ただ、ウルズラが移住させたセシリオ王国の民を別の街区に分けた関係で、余り人が多い印象はない。人口としてはそこに常備軍の4万人が追加される。

 

「輸送と住処はどうにかなると後は食料ですね」

 

エルナが口を挟む。

 

「食料は正直厳しい。セシリオ王国全域を効率的に支配出来てトントン、現状だと輸入は頼らざるを得ない。だが、そんなに多く買い付けできないだろう。」

 

他国と交易がうまくいっても他国との間には輸送に使える鉄道はない。輸送のコストも莫大になるし、量も限られるだろう。

 

「船はどうかしら?セシリオは海に面していて港があるわ」

 

「おお、船ならば大量の穀物を輸送できそうですな。」

 

リアの提案にロベルトも同意する。

 

「船か」

 

現状、船と鉄道の活用が最も見込みのある案になるだろうか。交易先の開拓も必要だろう。どこかに余っている食料はないだろうか。

 

「輸送は鉄道担当のアベルと、輸入は商業ギルド長のタラスさんと相談しよう。ウルズラにはセシリオで港の確保が可能かを打診する。で、こちらとしてはセシリオ方面からアロイス王国側に軍を振り分けたい。この機会に進めるだけ進むべきだろう。」

 

作戦は、セリーナとシャロン、そして俺の部隊をセシリオ王国から呼び寄せて、アロイス王国方面に振り分けると決まった。

 

敵が焦土戦術を取るなら取るで、ルドヴィークだけに部隊を控えさせている段階ではないだろう。焦土戦術を可能な限り食い止める為に旧スターヴェイク全域に展開するべきだ。

 

「スターヴェイク王都まで落としたいが、流石に難しいだろうな。」

 

王都は50万人規模の都市だ。当然、王都はこちらに渡すつもりはないらしく防備を固めている。現実問題として、追加で50万人に難民として押し寄せられてもこちらも完全に破綻する。

 

(さて、こうなるとあの男を活用するしかないな)

 

俺は予備兵力の投入を決断した。

 

「カリファ伯も、セシリオ方面に投入しよう。誰か反対の者はいるかな?」

 

「この状況ではやむを得ないと思うわ、人質がいるのだしその点では安心できるもの。」

 

よし、リアの同意を引き出した。これで決まりだな。

 

 

 

 

カリファ伯の娘はサンドラといい、カリファ伯を捕らえた後で使者としてユリアンが首尾よく領地から連れ出した。このサンドラの病の治療が、カリファ伯が俺に帰順する条件である。サンドラとユリアンは少し前にアレスに到着していた。俺は既に彼女に治療を施し、監視付きで幽閉して経過観察している。

 

「さて、具合はどうですか?」

 

サンドラ嬢に本日の来訪は予め予告しておいた。リアの即位式前後はアレスにいる筈なので、即位式翌日に訪問予定を組んでおいたのだ。

 

イーリス•コンラートから持ち出した機材の中でもメディカルスキャナーは貴重品である。代わりはないので、帝国艦隊士官、つまり俺とセリーナとシャロン以外に触れさせるつもりは無かった。

 

付き添いの侍女立ち合いの元、寝台の上にサンドラ嬢を寝かせる。

 

「おい、娘に何かいやらしい事をするつもりではないだろうな。」

 

無理に検査への同席を要求したカリファ伯が、俺を牽制する。

 

「俺はサンドラ嬢に手出しせぬと誓いを立てたし、今は医療を目的とした検査の為にここにいる。」

 

声のトーンで俺の真剣さが伝わったのだろう。

 

「お父様、もうそれくらいで。」

 

「う、うむ」

 

娘にも嗜められたカリファ伯が矛を収める。まぁカリファ伯に影響されたのか、治療が怖いのか、サンドラ嬢も俺の事は警戒している様子ではある。

 

「さて、スキャンするだけなので痛みはありません。具合の悪い箇所があれば教えてください。」

 

サンドラ嬢の着衣の上から全身をメディカルスキャナーでくまなく走査した。サンドラ嬢の病魔は寄生虫症だ。この惑星にそれなりに寄生虫症はあるようだが、彼女の症例はかなり珍しく、局所的な奇病に類するらしい。

 

この寄生虫は水場に起因するので沼や川、特に浅瀬に潜む寄生虫だった。厄介なのは水を飲んでいなくても、皮膚から入り込む事だ。

 

伯爵家の令嬢が感染したのは不思議だったが、サンドラ嬢は以前は活発な子で野山を駆け回っていたらしい。禁足地のような場所も恐れず入り込んだようでそれで感染したらしい。

 

最初にサンドラ嬢が俺の診察を受けた時は全身が寄生虫でビッシリだった。看護婦役のセリーナとシャロンが悲鳴を上げて、2人ともナノムによる感情抑制モードを発動した程だ。

 

彼女達は初回で懲りたらしく、以後の手伝いは拒否された。因みに俺の見立てでは重度の胆石を疑っていた。胆管に問題があったまでは正しかったが、その原因は胆管から肝臓をびっしりと寄生虫が覆っていた。つまり実際には肝臓にも問題があった訳だ。

 

麻酔をかけ、メディカルスキャナーで怪しい箇所は開腹して寄生虫を取り除き、回復魔法で傷を塞いだ。虫卵の駆除もあったのでナノムも注入して病後のコントロールもさせた。麻酔自体、ナノムによるものだ。

 

流石に夥しい量の寄生虫なので予後の検査は必須とした。今日で問題なければ注入したナノムを回収する手筈だ。

 

ナノムから情報を得て怪しい箇所はメディカルスキャナーで二重にチェックする。流石に再発されると沽券に関わる。

 

メディカルスキャナーの映像と、娘の体内から取り出した虫の死骸を見せたカリファ伯の顔を見れたのが報酬なだけの過酷な作業だった。カリファ伯には、領内の虫の駆除を決意させたのは朗報だろう。

 

「再発はないですね、問題ありません。」

 

「おお、元気になったのだな、サンドラ」

 

「衰えた体力はすぐに回復しません。栄養のある物を食べて、運動すれば成長も回復しますよ。」

 

サンドラ嬢は10代前半くらいか。それでも年齢の割に発育が悪く幼く見える。寄生虫に養分を吸われていたのだ、無理もないだろう。

 

貴族の令嬢で栄養状態が良いから生き残れたが、庶民では難しかったろう。今回ナノムに収集させたデータを元に適合する薬剤の開発を予定していた。カリファ伯領内の怪しい水溜まりは全て埋め立てさせるが薬の開発は並行して捜索が必要だろう。

 

「さて。」

 

と俺はカリファ伯に向き直った。

 

「これまで散々待たされたのだ、約束は果たしてもらうぞ」

 

「おう、心得ている」

 

カリファ伯とは奴の直轄部隊を率いてセシリオ方面に送り出す事で話を詰めた。軍の編成にまだ数日かかるだろうがやむを得ない。経費は持つし兵を補充する資金も融通する。

 

 

カリファ伯令嬢の部屋を出ると、外で待機していたユリアンが心配そうに駆け寄ってきた。

 

「アラン様、サンドラ様は?」

 

「大丈夫、心配ない。後で監視役として様子を確認しておくと良い。」

 

「はい」

 

ユリアンの嬉しそうな顔が弾ける。サンドラ嬢を護衛する間にユリアンと彼女はいい雰囲気になったらしい。サンドラ嬢の方も満更ではないというか、かなりその気になっているようだ。『あなたは命の恩人です』と常々言われているらしい。

 

ユリアンとサンドラ嬢の恋仲はリアの侍女の間でも話題らしい。『サンドラ嬢に手出ししない』と俺が誓った件からどんな娘かと注目を集めていたようだが、ユリアンと恋仲になった事で話題のカップルという認識に着地する事になったようだ。

 

だが、2人の間には貴族と平民という身分の壁がある。俺としても応援したい気持ちもあるが、サンドラ嬢の父親が誰か考えると複雑な心境だった。色々と面倒な事に巻き込まれそうな気配しかない。

 

「ユリアン、サンドラ嬢が好きか?」

 

ユリアンは戸惑いながらも、黙ってコクリと頷いた。

 

「ユリアンがサンドラ嬢に結婚を申し込む下地までならなんとかしてやれると思う。このまま励めば、いずれ士爵にしよう。頑張り次第では、その先も考える。道は用意するが、自分の力でその道を登ってくるんだぞ。」

 

俺の言葉にユリアンの顔が紅潮する。

 

「はい、ありがとうございます。頑張ります、アラン様。」

 

良かった、ユリアンは喜んでくれているようだ。ユリアンについては、後でエルヴィンの了解も取っておく方が良いのだろうな。

 

 

 

 

今後の軍の運用について見通しと方針が立ったので、執務室に戻りカリファ伯軍の投入とサンドラ嬢の健康状態、そしてついでにユリアンについてをリアとエルナに報告する。

 

「ユリアンは、無理をして討ち死にしなければ良いけれど」

 

「そうですね、後で戦場で命を落とさない為に気をつける点を指導しておくようにします。」

 

リアとエルナの間では、軍の編成よりユリアンの話題が関心を集めた様子だった。こちらとしては複数の戦線に軍を貼りつかせ、補給を行う上に難民まで輸送する以上、軍の進退が最優先事項なのだが。

 

「軍を管理する大本営の機能が欲しいな、エルナは興味ないか?」

 

「私では資質も資格も足りせんよ、アラン」

 

難民対策として諸々の手配や鉄道車両や食料の増産に尽くす以上、俺が前線に張り付く事は難しいかもしれない。当面は俺がイーリスの支援を受けて全体の軍のバランスを調整していくしかないだろうな。イーリスが直接指示を出せれば楽になるんだがな。

 

(イーリスに身体があれば、帝国宰相に推すんだが)

 

「艦長、管理AIはクローンであっても生身の体の管理は出来ません」

 

(分かっているさ、しかしどうにか方法を考えたいな。)

 

「はい、それが艦長のご命令とあれば。」

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