【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる)   作:高坂 源五郎

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Ⅱ アロイス・セシリオ戦役 33話 【開戦編】 ロベルタの虜囚ルージ

Ⅱ アロイス・セシリオ戦役 33話 【開戦編】 ロベルタの虜囚ルージ

 

オルト村はアロイス王国国境の湖岸の高台に位置する。アロイス王国の中でも最北端であり、湖を周回して旧ベルタ地域に向かう2つの道が交叉する場所である。

 

クレリアの女王即位式から1週間後、クレリアとエルナは兵を率いてオルト村に居た。アレスからの鉄道の開通を受けての事だ。急ぎの工事の為、湖に至る2つの街道は事実上、鉄道用の軌道で占有された。元々、そんなに広い道でもない。

 

軍の侵攻か隣国への亡命でもなければ、元々まともに使われない道である。樹海程ではないが魔物の襲来もある。事実、クレリアが臣下を失い死にかけたのもこの辺りだった。アランがいなければ、クレリアはこの地で果てていたし、片手片足を失ったままだったろう。

 

「あの時、エルナと私は別の道を使ったのであったな」

 

「はい、こうしてみると不思議ですが、リア様に近い道を使っていたのは私の班になりますね。」

 

クレリアと近衛が国から脱出の際に使った道は8本あり、その中で2本だけがかつてのスターヴェイク王国から旧ベルタ王国へと続いていた。その2つの道を辿った片方の班はグレイハウンドに襲撃されてクレリアだけがアランに救われ、もう片方の班は宰相のバールケに与する貴族に捕えられエルナだけが行動の自由を得ていた。この地に至ると、これらの出来事はつい昨日の事のように感じられる。

 

「大丈夫です、御身は必ず我らがお守りします。」 

 

怪我をした頃を思い出し、心細そうな様子のクレリアにエルナが声をかける。クレリアとエルナはアレスの兵3,000を率いてこの地にいる。厳冬を押して出陣したのは、先遣隊であるダルシムとヴァルターの支援をする為であり、この地にスターヴァイン王家の旗が立つことが国民にとって何より重要と考えた為だ。

 

残念ながらクレリアを慕う民は大半が焼け出された被害者だ。その多くはここオルト村を目指している。ダムシムとヴァルターの軍は先駆してそれぞれ前線基地を築いている。そこを避難民の受け皿にして、オルト村までの移動の安全を確保する役割である。残った広大なエリアはセリーナとシャロンは部下の騎兵を引き連れてスターヴァイン領内のアロイス勢を駆逐していた。

 

「しかし、鉄道の事をよく分からぬ我らがこの地を担当して良いのだろうか」

 

クレリアの心中には迷いがある。それは焦りと言い換えても良い。彼女に与する貴族の軍を率いて旧王都を早く解放したいという気持ちだ。

 

「当初の計画はクレリア様自らルドヴィークを押さえ、その後に王都を解放する手筈でした、しかし国民の少なくない割合が住む土地を追われて焼け出されています。」

 

最初にセリーナとシャロンがグローリアと共にスターヴァインの焼き討ち対策に駆けつけた。ヴァルターやダルシムの軍勢と連動して敵を駆逐し、今は鉄道輸送で2人の兵5,000も揃ってアロイス方面の前線入りした。スターヴァイン王家に忠実な貴族はそちらに合流している。彼らの支援もあってそれ以降の蛮行はほぼ食い止めた。今はセリーナとシャロンが王都の間近まで進行してダルシム、ヴァルターと共に最前線を形成している。

 

だが、これから冬が厳しくなる。食料が足りていても冬の移動は厳しい。それを焼け出された民が必死にこちらを目指してくるのだ。クレリアが手を差し伸べなければその多数が死ぬ事になる。

 

家や田畑を焼き出され難民となった民の総数の見通しは全体の3割程度と聞く。それでも30万人から45万人程度の受け入れは必要と見積もられていた。加えて味方への兵糧の補給がある。

 

「この基地をルドヴィークに置く訳にはいかなかったのだろうか?」

 

「あちらでは敵地に入り込み過ぎると、そう判断されたのです。」

 

ルドヴィークの田畑が健在であり、クレリアの信奉者で固められているなら、そこを前線基地に出来るというのが元の計画だった。しかし広域を焼かれて民の生活もままならない状況では、主君たるクレリアがそこに至るのは危険すぎると皆が判断していた。現在は、ルドヴィークはヴァルターの軍で固めている。

 

「今の我らは民をアレスに逃すのが役目です。」

 

「そうだな、アレスなら皆も快適に暮らせるだろう。」

 

冬の間、焼け出された民はアレスで過ごし、終戦を待って段階的に農地に復帰させる。それが現在のプランである。ただ全てはアロイス王国との戦況次第であるし、今年の収穫は厳しいかもしれない。

 

麦の種蒔きは秋に行われている。次は麦踏みだ。これは何度も繰り返す必要がある。

 

「最初の収穫までには旧スターヴェイク側はなんとかなるかもしれない、とはアランが言っていました。」

 

「なんとか、それまでには国を取り返したいな。」

 

空中に白い息を吐き出しながらクレリアが希望を述べる。収穫は6月頃から始まる。放置した麦畑でどこまで収穫が見込めるか分からないが、芽を出したばかりの青麦をそう簡単に燃やし尽くせないだろうとも思う。それまでには国を取り返す必要がある。現在は春を待って民を帰還させる予定だ。しかし、そんな事が可能なのだろうか。

 

「民は皆、この地にスターヴァイン王家の旗が立つ。その事を喜んでおります。」

 

「そうだな、王家の旗はもっとあってもいい。アリスタに作成をさせよう。」

 

「はい、それでこの地の民の心も安らぎましょう。まずは我らがここにいると世に知らしめるのです。」

 

 

 

 

 

喉の渇きを覚えて、ルージ王太子は薄暗がりの中で目を覚ました。彼の傍らにはロベルタが惜しげもなくその裸身を晒している。昨夜も2人は愛し合った。虜囚となったルージの身の上では、それしかする事がなかったとも言える。

 

(ロベルタを懐柔すれば、ウルズラを追い落とす事も不可能ではないと踏んだが)

 

かつてルージに抱かれ、処女を捧げたロベルタはルージを憎からず思っている。セシリオ王国では王族の人気は強い。かつて関係をもったロベルタが監視役なのを良い事に、ルージはロベルタをまんまと口説き落とし、こうして2人でルージの寝室の中で情事に耽っていたのだが。

 

(王族が主であるべきだが、ロベルタ奴はそこを履き違えている)

 

ルージにとって女とは愛玩物である。しかしロベルタはあくまで対等かそれ以下の生身の男としてルージを扱う。ロベルタとの快楽に耽っていても、その意識の違いは王族であると片時も忘れることのないルージには容認し難い。

 

自室に軟禁されているとはいえ、ルージの生活は以前とほぼ変わらない。元々、王宮の外に余り出る出かけるタイプではないのだ。ルージが出不精であるからこそ、側近を遠ざけ、王宮の出入りと勝手な面談を封じれば良しとウルズラ達も考えているようであった。

 

幸い、監視者達の対象は男性の面会者に絞られ、女性に対する警戒は甘い。愛人を呼び寄せる事は、これはおそらくロベルタの嫉妬心から禁止されていたが、ルージ付きの侍女は変わらずであった。そしてルージは、これまで侍女にも見境なく手を出して来たのである。

 

中でもルージに忠実なのは、アグネスという小娘だった。彼女は身の回りの世話の為、寝所の立ち入りを許されている。今朝も静かに身を潜めて寝所に入ると、深い眠りに入っているロベルタの身なりを整え始めた。ロベルタの裸身に絡んだ2人の体液を拭き清め、彼らが去った後は寝台の汚れを取り除く役目である。

 

「ロベルタは後で良い、先にこちらを頼む。」

 

ルージは洗面室にアグネスを呼び寄せた。

 

「はい、殿下。」

 

アグネスは素直に従う。ルージは王族なのだし、アグネスはかつてルージに抱かれてもいる。寝室の主人がロベルタになっても、アグネスが心で密かに忠誠を誓うのはルージただ1人だった。

 

洗面所の戸を閉め、ルージは身体の清掃をアグネスに委ねる。アグネスは健気に、そして少し嬉しそうにルージの世話を開始した。

 

「で、どうだった?」

 

「はい、殿下の要請に基づき、昨日使者が到着致しました。手筈通り、入城まで殿下の護衛を務める、と。」

 

「そうか、でかした!」

 

ルージは大声を出しそうになって、慌てて声を顰めた。大丈夫、ロベルタはまだ寝息を立てている。この1週間でルージはロベルタの習性はよく把握していた。一晩中愛し合って果てたこの時間帯、そしてこの眠り方、ロベルタは深い眠りに落ちもう殆ど意識がない。武人だから殺意には反応するかもしれないが、侍女とルージの会話などは全く警戒してはいないだろう。

 

「昨日はアレスより新たな軍勢も到着しました。今夜は歓迎の宴が開かれるそうです。」

 

歓迎の宴にはロベルタも出席するだろう。その間はロベルタの部下に見張られる事になる。だがロベルタが戻れば、ルージを警戒していない彼女は室内では2人きりだ。後はロベルタさえ寝かしつければ、ルージの逃亡を阻む者はいない筈だった。

 

「抜け道の出口で待つように、先方には確かにそう伝えたのだな?」

 

「はい、場所は確認したと述べておりました。」

 

「そうか、いよいよ今夜だな。」

 

今夜、ロベルタを散々攻め立てて寝かしつけた後、ルージはアグネスを連れて抜け道を使って王宮を去る。受け入れ先と連絡がついた以上、もうルージの挙兵を邪魔できる者はいない。

 

「彼の地に着いたら、お前には私自らロベルタ以上に入念に礼をする事にしよう。」

 

ルージの言葉に、アグネスが暗がりでもそうと分かるほど頬を染める。

 

「今ここで抱いてやりたいが、ロベルタを寝かしつける為、我が全精力は取っておかねばならんのだ。待たせるな。」

 

「はい、殿下。その日を楽しみにしております。」

 

戦争には敗れたが、ルージは得意中の得意と自負する女の扱いで、自身の劣勢を挽回しようと企んでいた。

 

 

 

 

 

「アラン。すまない、ルージに逃げられた。」

 

ルージ王子逃亡の知らせを受けてグローリアと共にセシリオ王宮入りした俺を、申し訳なさそうな様子でウルズラが出迎えてくれた。

 

「仕方ないさ。こちらもアロイス王国に気を取られ過ぎていた、セシリオの件は任せきりにしていてすまなかった。」

 

実際は食料調達の依頼を出した後は、寝食を忘れて機関車の製造に励んでいた。ルージ王子に逃げられた所で、王都を押さえ次期後継者の指名を受けたこちらの優位が揺らぐわけではない。

 

「ロベルタをつけて寝食を共にさせていたが、何の不満があったのか。」

 

そう言いながらもウルズラはルージ王子の諦めの悪さを分かった風でもある。ルージ王子は彼なりにセシリオ王国を背負っている、王族としてのそんな自負心を彼なりに抱いているのかもしれない。

 

「ルージ王太子、いやルージ王子か。彼はこの後どうすると思う?」

 

「その事なのだが。」

 

言いにくそうな様子でウルズラはルージの居場所を述べた。

 

「手引きする者があり、ルージはカッシネッタに入城した。」

 

カッシネタはセシリオ有数の港町だった。王都を除けば、金も人も集まる街としてはセシリオ王国随一と言って良い。

 

「もう、逃れた先まで分かっているのか。しかし、用意周到なウルズラがカッシネッタを事前に手当していないとは意外だな。そこに何か事情がありそうだが?」

 

「カッシネッタはセシリオ随一の港町。その重要性から王家直轄の都市だ。そこに駐留する部隊がルージ脱出の手引きをした。そしてカッシネッタ駐留軍を統括するモレル大将軍は、私の母方の祖父なのだ。」

 

そう言ってウルズラは唇を噛んだ。血の繋がった身内だからこそ、信じた者に裏切られた衝撃が深いのだろう。

 

「肉親とはいえ軍人だからこそ、信念に忠実なのではないかな」

 

「そうかもしれない。だが、私にとって愛情深い祖父であったのだ。」

 

モレル大将軍がウルズラの祖父であり後ろ盾というのはセシリオ国内では有名な話なのだろう。だからこそ、ウルズラ派の将兵はモレル大将軍の兵を疑う事はなかったのだ。祖父が孫娘を裏切る事はよもやないのだろうと。

 

 

 

 

 

 

モレル大将軍は、王都からカッシネッタまで馬車で乗り付けたルージ王子を盛大な舞踏会で歓待した。老齢の将軍の歓待は地元貴族の老齢貴族の揃う堅苦しい席で、ルージの好みからは大いに外れていた。しかしながら、今のルージの立場では、このような地方貴族の正室という枯れた花々にも愛想を言って回らねばならない。

 

歓迎の夜会を終えたルージの評判は上々だった。敗戦は大将軍たるセルナンデスの責任が大きいのだし、地元では元々敗死したセルナンデスよりモレル大将軍の人気の方が高いのである。

 

そしてルージが荒ぶらず愛想よく務めた事で地元の貴族は気をよくした。つまるところ、今回の事態はベルタによるセシリオ侵略の企てであり、原因はなんであれセシリオの独立を守るのは諸侯の役割でもある。

 

これまでは愛妾や仰々しいお供を多数連れていたルージが、侍女1人伴うだけの軽装なのも人々の共感と同情を得る。おいたわしや、国の中枢たる王族がそこまで追い込まれているのだ、国を憂う貴族こそがこの危難に際して王を支えるべきだろう。

 

「貴顕らの支援を受ければ、セシリアの兵が人類スターヴェイクを名乗る愚連隊を打ち破るのは明らかだ!王都を奪還し、父を救わねばならない。皆、我に力を貸してくれ!」

 

ルージの演説は会場を埋め尽くす貴族達の万雷の拍手に包まれた。

 

 

 

 

 

ルージがカッシネッタ入りした翌日、現国王であるルージ7世国王の退位式とウルズラ女王の即位式が執り行われた。アランとウルズラの結婚式については、アランが全力で拒否した結果、「我が主であり婚約者であるコリント卿」として紹介されるに留まった。

 

(人間はいっぱい奥さんを貰うんですね、族長。早く私の番が来ないかな、期待していますよー)

 

「兄貴、カッコいいよ!そのままキスしちゃえ!」

 

「アラン様•••」

 

撮影班として同席したテオやカリナさんが、グローリアの咆哮にかき消されながらも、影で好き勝手に色々と感想を述べているのをアランは懸命に聞き流していた。

 

 

 

 

 

 

「そなたがコリント卿か。良い面構えだな。」

 

退位したルージ7世国王は病弱という世評に反して意外と矍鑠としていた。惑星アレスでは社会的に老人が少ないという事情があるのだろう。元気溌剌かといえばそうではなく、風邪をひきやすいとか疲れを溜めやすいといった風情だった。軍を指揮して前線に立つような武骨な体質ではないが、暖かな宮殿で養生すれば長生きをするという事なのだろう。病弱というのも、半分は早く跡目を相続したいルージによる世論操作込みのようだった。

 

「息子の往生際が悪く苦労をかけるが、あ奴が旗頭になる事で国は固まる。そのような儀式ととらえてくれい。」

 

「ええ。」

 

俺は手短に答えた。この対面する相手は扱いが難しい。従うわけではないが、セシリオの国民感情を考慮しても粗略に扱えない相手である。支配すれど格上の相手、国と国との関係性が絡むだけに下手な対応は舐められる。どうしてもこちらは口数が少なくなる。

 

「流血は事態の解決に繋がらぬ。くれぐれも息子の命は頼みましたぞ。」

 

「ウルズラが女王として即位した以上、約束は果たします。我らが可能な限りルージ王子の命は守り、王族としての扱いも変えるつもりはありません。」

 

こちらの返答に、ルージ7世も深く安堵した様子だった。

 

「コリント卿とウルズラの治世に祝福を。2人の子を、ルージの子に娶せる話はよろしく頼む。」

 

そう言い置いた彼は廷臣に囲まれて自室に引き上げていく。見守っていると、傍に立つウルズラが俺を見上げてそっと囁いた。

 

「今日、婚礼を挙げてしまっても良かったのに。」

 

俺を見つめるウルズラは少しだけ恨めしそうにそういう。彼女の装束は女王の即位式としては華やか過ぎて、まるでウェディングドレスのようだったが、その点について俺は頑なに黙秘しようと決めていた。

 

「クレリアの即位式に出たのだから、私の即位式にも出ろ。子を成すと公式に約束したのだ、早ければ早いほど良い。」

 

セシリオの政治的な事情は予断を許さない。だからこその、アランのセシリオ女王即位式同席だったのだが。婚約者の女王から上目遣いに迫られるセシリオ方面は、アロイス戦線に比べると拍子抜けする程に平和だった。

 

 

 

 

「で、どうする」

 

麾下の精鋭を従えたカリファ伯がアランに問う。カッシネッタを押さえたルージ王子は周辺の貴族の応援を受け、早くも大軍を揃えて王都近郊まだ押し出していた。その数は兵30,000。意外にもモレル大将軍はカッシネッタ防衛に残し、ルージ率いる諸侯の兵がセシリオ王都に向けて押し出して来た。

 

セルナンデス大将軍の兵を下した人類スターヴェイク側とは兵力が隔絶しているが、セシリオの兵はどこまでウルズラ女王に信服しているかは疑わしい。それらに対する抑えを考慮すると、なかなか際どい兵力差であった。結果、帰順したセシリオの兵は王都に留めている。反乱など起こされては堪らないし、決着をつけるなら人類スターヴェイクの手で、と言う思いもあった。

 

「敵は有象無象だ、カリファ伯の精鋭なら勝てるんじゃないか。」

 

「そう言うのは勝手だが、我が兵の働きは報酬次第だな。」

 

バルテンやプレルも交えて手早く相談をまとめた。セシリオの兵は動かさず、カリファ伯、バルテン、プレル、各5,000の兵で迎え撃つ事にする。カリファ伯の指揮下に本来はアラン直属の兵5,000も加える。これはアダーに指揮させる。これで兵が20,000と兵力差が1.5倍程度に落ち着く。さらにロベルタが騎兵1,000を率いて参加する事になった。味方は計21,000である。ウルズラ女王麾下の兵の大半は王都を押さえる。これは同国人である彼らにしか務まらない役割だろう。

 

「後は頼むぞ、カリファ伯」

 

今回はセシリオの手当てと、避難民に向けた食料確保がこちらに来た主題である。俺は諸々の対応の為に、諸将に前線は委ねてアレスに引き上げる。対ルージの作戦は、当面は軍事経験の豊富なカリファ伯に委ねる。

 

セシリオ王都には麾下の兵と共にウルズラを残し、軍への補給と政務とセシリオ貴族との折衝に当たらせる。降伏した諸将を手懐けるのも彼女の役割だ。カリファ伯の人質の価値を過信してはいないだろうか、いや、娘のサンドラ嬢に対する愛情は本物だろう。今更カリファ伯がどうこうするとは考えにくい。

 

「私は報酬を期待しているぞ」

 

兵を揃えたカリファ伯を主将とする迎撃軍を、俺は王都正門まで見送りに行く。

 

「分かっている、実入りの良い街の代官職あたりだな、だが俺の一存と言うわけにはいかない。その方向で持ち帰らせてくれ。」

 

カリファ伯の起用にあたっては報酬も用意するが、役に立たなければ指揮官を更迭するとも伝えている。バルテンやプレルなど、こちらの戦線を維持する諸将にも落ち着いたら褒章は必要だろう。忙しさにかまけたとはいえ、金や待遇は改善しても所領の加増などの形でこれまで報いては来なかった。

 

「報酬は弾む、皆も期待してくれ。」

 

俺の言葉に、迎撃に出陣する大勢の兵が歓声で応えた。

 

 

 

 

ルージ王子は彼を推戴する勢力の揃えた兵に満足していた。王位の正当な後継者たる彼が動けば、草木も靡く。考えてみればこれで良かったのかもしれない。後継を争い敵対するウルズラを正面から叩き潰し、名実共に救国の英雄として王国に君臨出来るのだ。父王の権力を継承しただけの息子というだけの立場とは、これ以降の権勢の勢いは異なるだろう。

 

セルナンデス大将軍の敗北はルージには不可解だったが、人類スターヴェイクもアロイスと戦端を開いたと聞く。ならば2正面作戦で苦労するのは人類スターヴェイクの側となる。いよいよ当初の戦略に従って王都を取り戻せば良いのだ。

 

「この勢いのまま王都を囲むぞ!」

 

人類スターヴェイクはアロイスとの間に多数の難民を抱え、兵糧にゆとりがないという情報を既にルージは得ている。難民対策に追われるコリント卿は自身が出陣する余裕がないとも。王都の包囲が完成すれば、王都奪還を狙うルージの優位は揺るぎない筈だった。

 

彼に味方する諸侯の兵を連れ、王都近郊まで侵攻を果たした。ここまでほぼ独力で成し遂げたルージの手腕は褒められて良く、王族としての資質はあるいはウルズラの才能を凌ぐかもしれない。逆境を経て艱難辛苦に鍛えられたルージは燃えていた。その堂々たる指揮ぶりは、 セシリオ王家の始祖の功績にも恥じぬ勇姿であった。

 

ルージ率いるセシリオ軍の正面には、迎撃に出た人類スターヴェイク軍の姿が見える。

 

「ま、そうであろうな。」

 

敵に援軍の予定も兵糧の余裕もないのなら、迎撃に出るしかないのである。セシリオの大半は潜在的にルージの味方であり、人類スターヴェイクにとってセシリオは敵地のままである事に違いはない。人類スターヴェイクは、未だセシリオの民に何の恩恵も施していないからである。彼らは単なる侵略者に過ぎない。

 

アラン・コリントがドラゴンに乗って数日前に姿を消している事は把握していた。残されたウルズラや留守を預かる属将は見殺しとされたのであろう。

 

目の前の敵を打ち砕きさえすれば、救国の英雄としてルージは王都に入り、王冠を戴く事になる。それは、もうほぼ確定した未来と思われた。

 

 

 

 

両軍とも野戦を決意し、戦端を開く頃合いを図り合う。睨み合う両軍の最前線に進み出たのは禿頭の太り肉の中年男だった。ベルタ王国ではその名の知られたカリファ伯と聞く。しかしベルタ王国など、その実態は野心的な貴族に食い物にされた落ち目の国でしかない。

 

引き止めようとする諸将を制してルージも馬を駆り前に進み出た。兵を掌握し、かつてのセルナンデス大将軍以上に勝利を確信する彼は、兵の士気を鼓舞する事で自身の伝説を打ち立てようと決意していた。

 

敗戦とロベルタとの情熱的で爛れた1週間程の時間がルージを変化させていた。まるでロベルタから武人の覚悟を吸収して己のものとしたかのように。

 

「お主らは失敗した。先王は退位し、既に新たな女王が即位したのだ。無為な戦を起こすな。ウルズラ女王の命に従え。」

 

カリファ伯の大音声にセシリオの諸将の気持ちが揺れる。

 

「笑止。セシリオ王家の王統は我が身にこそ宿るのだ。我が軍が侵略者を打ち破り、セシリオに正しき秩序を取り戻す。首を洗って待っておれ。」

 

「ふん、話にならんな。戦場で決着をつけるとしよう。手加減できずとも泣き言を言うなよ。」

 

「望むところよ」

 

両方とも馬を返し軍の最前列まで引き返す。堂々と馬を進めるルージに兵が大歓声を送る。王族自ら最前線に立つその姿にセシリオの兵は奮い立っていた。しかも敵の指揮官はコリント卿ではない。侵略者を打ち破る為、セシリオの兵の士気は最大限まで高められている。

 

「かかれ!」

 

剣を振るルージの指示で前衛が突進を開始する。先の敗戦でルージが学んだことがある。それは勢いこそ戦の全てということだ。先の敗戦は、特にロベルタを勢いにのせたのがまずかった。しかしロベルタを爆裂魔法で支えたコリントの双子は不在である。まだルーシが虜囚であった頃にアロイス方面に投入さセシリオを去っている。ロベルタがいかに強いとはいえ、支援なしではセシリオ諸侯の全面攻撃を受け切れる筈もない。

 

対する人類スターヴェイク側は居竦まるように動かない。兵の少ない側が士気で劣り、動きも悪いとなればこれはもう必敗する流れだろう。

 

「勝ったな」

 

ルージはセシリオの騎兵が人類スターヴェイクの前衛を突き破る姿を確かに見たと思った。だが、血飛沫を上げて倒れたのはセシリオの兵だった。

 

「なんだと?」

 

戦争の常識からして、野戦で勢いに乗った騎兵が歩兵に一方的に突き崩されるなどあり得ない。槍衾を作って待ち構えていようと、人間である以上、突撃する馬の姿に抵抗し切れるものではない。この戦場では、何か異常な事が進行していた。

 

 

 

 

カリファ伯は、満足そうに麾下の兵がセシリオの先陣を屠る様を眺めていた。今回、無理を言ってコリント卿の直属の兵を借り受けていた。その活用目的は槍の射出装置にある。魔石を交換してフル充填しても、先のセシリオ討伐では出番がないまま終わっていた。今回、ルージを迎え撃つにあたり、実質的な部隊長であるアダーに命じて入念に準備させたのだ。

 

そして開戦と同時に飛槍を敵に叩き込ませた。前列後列入れ替わりながら交互に叩き込んだ飛槍で掛け寄せる敵の先鋒が壊滅する。それはかつてのベルタ内戦で自身が味わった手である。自分がやられたからこそ、あの衝撃のどうしようもなさは痛感していた。

 

先鋒を崩され動揺する敵軍に味方の兵が仕掛ける。アダーの隊はその場で第三射の用意をささていた。だが、カリファ伯なりに改善した結果、抜群の破壊力で敵を叩き潰す事となり迎え撃つ兵はもういない。待機を命ぜられた為、前進するカリファ伯の兵に取り残され、前進するカリファ伯の本陣とそのまま合流を果たした。

 

「これでよろしいのですが?」

 

指揮を終えたアダーが馬を飛ばしてカリファ伯の元に駆けつける。複数の部隊が入り乱れる為、指揮官たるカリファ伯の元に手空きの諸将が詰めかけていた。

 

「上等、上等。よくやってくれた。後は他の部隊に任せてこの本陣の守りに回っていいぞ。」

 

いつになく丁寧にカリファ伯がアダーを労う。普段ならコリント卿の部下にいちいち声はかけないが、彼の指揮下で戦いかつ活躍を見せた今日ばかりはカリファ伯とてコリント卿の部下を口で労うくらいの事はするのだ。

 

槍を射出装置で飛ばすのはコリント卿の発案である。前列後列が入れ替わり交互に射出するのもそうだ。だがカリファ伯はそこに創意を加えていた。隊を2つに分けて交差するように撃たせたのだ。十字砲火である。

 

これにより2つの効果を狙っている。1つ目は2方向から飛ぶ槍によって、焦点に当たる位置での殺傷力の増大。2つ目は焦点距離を工夫する事で中央後方のルージの身の安全を図ること。

 

(白兵戦では数と士気に溢れる敵は、城壁でも無ければ御し切れなかったが、道具の使い方で敵の勢いを削げる、か。)

 

戦を知悉するカリファ伯の思考は、槍の射出装置から、今後の戦闘を主導する火器がなんたるかに気がつきかけていた。彼の思考が戦の未来を予見し始めた、その時である。

 

「御大将、私の出番はまだかっ!」

 

ドカドカとカリファ伯の本陣に乗り込んで来たのはウルズラの騎兵隊長のロベルタだった。ウルズラより命を受け、ルージ王子捕縛の任を受けて騎兵1,000を率いて乗り込んで来ていた。ロベルタと入れ替わりで、アダーがそっと蛇のように姿を消す。

 

(役目も役目だし、大人しく待っていれば良いものを)

 

焦っているのだろう、話し終えるとロベルタは革手袋を嵌めた指先を、ぎりり、と噛みちぎらんばかりの勢いで咥えている。

 

ロベルタがルージ王子に懸想していた事も、彼女の寝てる間に寝室からルージ王子が逃げ出した事も、セシリオ方面軍内では周知の事実である。独り身で女好きのバルテン士爵などは、美しい黒髪のロベルタに関心を示していたのだが、流石にルージと深い仲と知るとさすがに関心を示さなくなった。王族と関係した女性の相手は無駄と知悉しているのだろう。

 

人類スターヴェイク軍の冷めた雰囲気の中で、ルージを取り戻そうと焦るロベルタのみが空回りをしている、今はそんな構図となっていた。

 

「敵の勢いは崩した、後は押し込んでいけばそう遠くない先に、貴殿の出番も来るだろう。機を見て突撃されると良い。」

 

カリファ伯はロベルタと同じ戦場に立つのは初めてであり、敵としても味方としてもこれまで見知ってはいない。優秀な武人として聞いてはいるが、脳が筋肉で構成されているような手合いと見た。そのような相手は好き勝手に突撃させれば良いのだ。セシリオ出身の軍人が1,000人ばかりの騎兵で勝手に突撃しても大勢に影響はない、カリファ伯はそう判断しロベルタに独断専行の許可を与えた。何があってもカリファ伯の管理外という意味での自由裁量である。

 

「ありがたいっ、では、こちらの判断で行かせて頂く。」

 

セカセカと側近を引き連れてロベルタも自分の部隊へと引き上げていった。戦闘は正念場である。カリファ伯は戦況に、意識を集中した。

 

バルテン、プレルの両翼はきちんと仕事をしている。相当以上有利な形に敵を押し込んでいた。中央もカリファ伯麾下の精鋭が敵を破っている。

 

前回、つまりアラン・コリントに敗れてからカリファ伯は研鑽を怠らなかった。兵の士気は重要である。同条件であれば士気が高い方が勝つ。軍隊という人間の集団は平均化して仕舞えば、その質に劇的な差は生じにくい。

 

だからこそ数の差が重要になるし、数の差を効果的に使う為に士気や戦術、兵の装備の優劣が注目を集める。その点、ルージ王子は立派に仕事をしていた。そのままなら劣勢であったし、侵攻軍にとってそれは致命的になりかねない。常識的な将なら不利を悟って兵を引くタイミングを考慮し始める頃合いである。

 

だが飛槍のような戦の道具で一方的に狩り立てられれば士気も萎む。数の差を活かすのは、士気の高さや兵の能力に差がない前提だ。

 

「頃合いよし。かかれ。」

 

カリファ伯は勝利を確信し、勝負を決めるべく全軍前進を指示した。さあ、これで総崩れになれば、敵はカッシネッタまで一直線に引いていくだろう。

 

 

 

 

またもルージはほぼ単騎で馬を駆けさせた。先の敗戦でルージが学んだ事、それは逃げ足こそ全てという事である。先に逃げれば街道を兵で塞がれる事もない。

 

忌々しい事に、ルージは再び人類スターヴェイク軍に敗れていた。今回は爆裂魔法を放つコリントの双子はいない。ロベルタも終盤まで温存されていた。兵の質や将の経験、そんな所で勝敗が決着していた。

 

(セルナンデス大将軍が用意したミスリル鎧の部隊、今にして思えばあれは慧眼だったな。)

 

先の会戦では爆裂魔法と謎の魔道具によって一網打尽にされた。しかし強力な防御力を誇る部隊で敵の攻勢を足止めできていれば、数に勝るセシリオ側が敵を駆逐するに至るというセルナンデス大将軍の方針は、ルージが実際に戦闘指揮を実践しみて初めてよく理解できた。

 

(しかし、人類スターヴェイクは属将の指揮する軍でさえその先をいくか。)

 

ルージは知らないが飛槍はまさにミスリル鎧対策として生み出されている。どの道セルナンデス大将軍の方針では勝ち筋はなかったのだが、軍を指揮してようやく事態の理解に至ったルージの足取りは軽い。

 

(モレル大将軍がカッシネッタに残留したのはこれを見越してか)

 

コリント卿の必勝パターンは、質で勝る精鋭が野戦で数に勝る敵の弱点をつく戦い方である。これまで城に籠る兵の城壁を破ってみせた事はない。堅固な城壁で守られた城の中に篭れば、敵軍防ぎ切れるのではないだろうか。そして敵の不利な状況何生ずればそこでは逆襲をかける。指揮者としてのルージは今回の戦闘で格段に進歩しつつあった。その時である。

 

ルージの背後を馬蹄が轟く。そしてフワリとロベルタの匂いがした。

 

「殿下」

 

ロベルタの声を耳にしてルージは懐かしささえ覚える。

 

「お探ししましたよ,殿下。さ、お部屋へ戻りましょう。」

 

むんずと首筋を掴まれ、ルージは馬から鎧ごと引きずり下ろされる。抵抗虚しく、ルージ王子は再びロベルタの手で虜囚の身と成り果てた。

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