【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる)   作:高坂 源五郎

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Ⅱ アロイス・セシリオ戦役 34話 【開戦編】 カロットの帰還

Ⅱ アロイス・セシリオ戦役 34話 【開戦編】 カロットの帰還

 

「ですから艦長、管制に必要な半導体を入手して頂かなくては。」

 

イーリスが懸命に立体映像の中から俺に訴えかけていた。この所の奮闘もあって機関車の追加部品の製造は成功した。学校での組み立て指導の手配もついている。賃金を払うので特に親元を離れた生徒がやる気だった。だが皆に依頼をかけていた食料の調達が不首尾に終わったと結果報告が入り始めていた。次は食料問題の解決に邁進しなければならないだろう。だが、そこに割って入ったのがイーリスだった。

 

今、我々が直面している問題は、短期的には国民を救う食料自給の問題だ。だが、バグスからこの惑星を救う為の文明の発展こそが目的だ。セシリオとアロイスの2カ国を相手に戦争をしていても、文明の進捗は停滞が許されない。戦況の良し悪しなどに影響されてはならないのだ。

 

今の所、技術革新は進んでいる。だが、ゴール地点から眺めるとその歩みは酷く遅い。人類スターヴェイク帝国の支配する領域では確実に文明を次の時代へと転換させている。だが、銀河文明を基準にすれば馬車と汽車の差など50歩100歩と言ったところになってしまう。

 

「頑張っているが、なかなか休ませてはもらえないな」

 

「はい、艦長のタスク進捗は目覚ましいものがあります。しかし、惑星アレスでの文明構築は艦の現状を考慮するとあまり猶予のない問題です。後回しにすればするほど、計画の進捗が遅れます。」

 

今、イーリスが問題視しているのは半導体の入手だった。これは衛星軌道上にある戦艦イーリス•コンラートとのアクセスに関係する。現状、惑星上で受けることができる物理的な支援は、軌道上から降下された人員や資材に限定される。これまでの目的は大陸上に都市を制作する事柄に集約され、その最初の目的は達成された。そして軌道上から受けられる物質的な支援は限界に達した。元々、難破した戦艦であるイーリスの資材には余裕がないのだ。

 

都市アレスは完成し、国家を保有する段階まで進んだ今だからこそ、イーリスの機能を延命させる為に軌道上に資材や人員を運び上げる時期が到達していた。

 

本当は艦に教育済みの人員を送り込み、艦の修理を大々的に実行したいところだが、なかなかそうもいかない。やはり本格的な修理を行うにはドックの製造が必須だ。そこまでの高度な技能を習得した人材も育成できていなければ、部品を作成する文明の段階も至っていない。今のところは『資源を運び上げて艦の自己修復を継続するしかない』とイーリスと意見の一致を見ていた。

 

当面は我々は資材を打ち上げるのみで、実際の修復をイーリスに任せ、人の活動領域については徐々に広げていく。まずは軌道上への資源の供給を実現させたい。

 

「軌道上への到達には固体燃料ロケットも検討しましたが、今のテクノロジーレベルでは安定動作は難しいでしょう。やはり時間がかかっても軌道エレベーターを建築するのが良いと考えます。」

 

軌道エレベーターの建設手法はこうだ。自己増殖の機能のあるナノムは原料を供給すれば、細胞分裂のように増やすことが出来る。AIに制御させたナノムを用いて極々細いカーボンの糸を空中に伸ばしていく。地上から集めた材料で徐々に徐々に太く強く伸ばし衛星軌道まで届けば、それが軌道エレベーターのケーブルとなる。

 

この方式のメリットとしては製造途中でも通信経路として使える点だ。仮に何らかの要因で失敗しても、構造を改善してやり直しをすれば良い。このように軌道エレベーター建設方法の検討は進んでいた。というより元々、惑星開拓用に標準化されたそのような手法が存在しているのだ。ナノムとカーボンナノチューブの開発以降の人類の常套手段である。

 

「紙を42回折ると衛星に届く」という話がある。倍々ゲームの凄みを伝える冗句だが、紙で不可能でもナノムなら似たようなことは出来る。実際は倍ではないし、機能としては置き換えに近いが、ともあれ地上から空に押し出して行けばいずれ衛星軌道に届くのは真実だ。銀河文明においては植民惑星の手軽な開発手法として実践済みの枯れた技術なのだから。

 

ただ、人間が自身の体内に展開するナノムを管理する場合と異なり、全工程を制御する為に専任のAIが必要だった。無論、我々にはイーリスがある。戦艦搭載AIともなれば人類屈指の高性能AIである。イーリスが制御するのは能力的に問題ないのだが、地表と軌道上という距離の問題があった。イーリスの管理下で現場監督を務めるA Iが地上側に必須なのだ。

 

都市アレスが建設された事で用地や資材面での実行環境は整いつつあったが、タスクを制御するプログラムを管理する為に地表に高性能のプロセッサを用意する必要があった。その為に半導体が必要なのだが、当然ながら惑星アレス上で製造出来るはずもない。それはイーリスも承知している。彼女が欲しいのは俺が降下の際に利用した脱出ポッドの搭載AIなのだ。

 

「セリーナやシャロンが使った脱出ポッドのAIでは、ダメなのだろうか?」

 

あちらは回収済みだしイーリスが組み立て直していた筈だ。性能差がないにしても、信頼できるのはそちらだろう。

 

「軌道エレベーターはケーブル管理用のAIと、実際に人や貨物を搭載して輸送に用いるエレベーターポットのAIの2つ必要となります。どちらがどちらでも構いませんが、湖に落ちたものは気密性に問題が生じている可能性が高いと考えます。」

 

湖に着水した脱出ポッドはリコール相当の不良品だった。低品質な上にずっと湖に沈んでいた脱出ボッドを使って、大気圏外に上昇するのは確かにゾッとしない。

 

ケーブルの生成の管理用に使えるのかという話はあるが、実際に作業するのはナノムなのだしAIは回収しさえすればイーリスが再プログラムすると言っている。脱出ポッドのAIを構成する半導体自体は部品としてメーカーに購入された物で自社生産品ではないだろうから、プログラムしなおせば脱出ポッドメーカーの悪影響は及ばないと考えて良さそうだった。

 

「それはあまり選択の余地はなさそうだな。アロイス王国のリア達の様子を見るついでに、湖の脱出ボッドを回収しよう。」

 

「はい、我々の計画の為にも。こちらの準備は進めてしまいます。計画の停滞は深刻な損害を生みます。」

 

いつになく深刻かつ焦りを見せた様子でイーリスが告げる。応急修理にも先立つものが必要になる。イーリスが一息つけるようにする為、何もかも急いで進める必要がありそうだった。

 

「了解した、イーリス。俺も全力を尽くす。」

 

「それでは艦長、よろしくお願いします。」

 

イーリスはこの所、アレスの建設と移住、鉄道網と鉄鋼増産、そしてワイバーンの飼育がひと段落して軌道エレベーターを含む一連の計画にご執心なのだ。俺としても軌道上からの支援の切実さは理解している。お陰でセシリオ王国との最初の会戦以来、前線には全く行けていない。だが前後の状況、事態の深刻さを考えるとそれも致し方なしだろう。イーリスの機能喪失は何としても防がなければならないのだから。

 

 

 

 

「決めたよ、諸君らが支援してくれるならここに食料工場を建設しよう。」

 

モレル大将軍の立て籠るカッシネッタを味方が包囲中のセシリオ王国を俺は再訪していた。そう、ロベルタがルージ王子を再び捕らえても、カッシネッタのモレル大将軍はウルズラに降伏しなかった。

 

セシリオの戦争は継続し、食料供給計画は大きく狂っている。そこでセシリオ側に食料供給基地として工場を建設することにした。グローリアと共に上空から周辺の地形を丹念に探り、カッシネッタ周辺で希望と合致する土地を見つけたのだ。

 

そこは大都市カッシネッタに魚を提供する近隣の漁村である。小さな岬が間にあるので離れてはいる。天然の良港であるカッシネッタに比べてより大きく砂浜が広がっている。

 

(貝の採取に最適だな)

 

港は未整備だが砂浜から押し出していく小さな漁船は多い。埠頭を用意すれば大型船も活用できそうだった。砂浜というのはいい。敵が船で押し寄せて来ても、迎撃する味方の軍が展開する場所に困らない。そして沖合に潮の合流点がある。つまり魚がよく取れる筈だった。

 

ここに新たな缶詰工場を設立する。カッシネッタ包囲軍の食糧供給基地としても重要だが、実際はアレスに難民向けの食料を供給させる役割が最重要となる。

 

村長と握手を交わす。慣れない風習に戸惑っていたが、女王の婚約者が漁民代表と手を握る事に驚きと興奮を隠せない様子だった。

 

「漁の収穫は全て工場で買い取る。魚に貝に海藻、海老や蟹などの甲殻類。食用になるものはなんでも持って来てくれて構わない。どんどん持ち込んでくれ。長く工場を継続させたいから、魚を絶滅させないように一定サイズ以下は買取しない。小ぶりなものは釣れても逃すことを徹底させてくれ。」

 

俺の言葉につめかけた領民がどよめきをあげる。

 

「工場の基礎は今日にも土魔法で形成する。仕上げに作業員も必要になるから、大工の心得があるものは参加してくれ。給金も弾むぞ。」

 

今度は明確な歓声が巻き起こった。

 

(イーリス、視察した近隣の海産物の相場は記録しているな。)

 

「はい。」

 

(相場を反映して買取価格の表を作ってくれ。地元で消費が多い魚は買取価格は安めにして多くを村に残す。高級魚は適価、加工に適した魚や珍しい魚は少し高価に設定しよう。まずはそれでやって、追々修正でどうだろうか。)

 

「了解しました。」

 

今回の同行者はアラム聖国のグライム卿とユリアンである。仲間となる可能性が極めて高いグライム卿には、セシリオ方面の占拠を見せておく必要がある。前線を支える食料工場生産の下準備というのは、彼に見せても良い範疇と判断した。食料事情に対策していると、そう示しておくのが賢明だろう。

 

「ユリアン、もう俺のやり方にも慣れてきた頃だろう。この工場はお前に任せる。前線やアレスの食料を支える食料工場の立ち上げだ。出来るな?」

 

「はい、アラン様。頑張ります。」

 

ユリアンはカリファ伯の令嬢サンドラに夢中だ。サンドラ嬢も満更ではないらしい。この恋人達を応援する為、ユリアンが貴族になる道を作る件は本人にも伝えている。既にユリアンの族長であり伯父であるエルヴィンにも了解をとっていた。ユリアンも、今回の話が彼の為に用意された仕事だと理解した様子だった。

 

ユリアンを取り立てるにはここらで独立した仕事を与える必要がある。舅となる筈のカリファ伯の戦線を裏で支える役目だ、防衛にはカリファ伯の兵の支援を受ける事となる。うまくやれば奴とは良い関係を築けるだろうし、最前線に派遣するほどの危険はないだろう。サンドラ嬢にもあまり危険な仕事をさせる所は見せたくない。俺から離れて最前線に放り込むのは、ユリアンの腕前ではまだ荷が重すぎるように思われた。

 

「ユリアンの最大の役割は、現場の声を俺に届けることだ。俺が怒るとか気にする必要がない。報告すべきと思ったら、必ずすぐ正直に報告を上げてくれ。頼んだぞ。」

 

こう言っておけば、まあ、大丈夫だろう。今日明日で俺の土魔法とグローリアの力で工場の基礎は作ってしまおう。屋根と床張りは材料調達してからだが、賃金を払えば人が集まりそうな感触がある。アレスから大工の棟梁を数人派遣すれば数日で完成しそうだった。

 

アレスは材木だけは豊富なので屋根、壁、床の木材は汽車で運ばせてもいい。アレスでの木材加工に難民を動員してもいいだろう。彼らも臨時収入を喜ぶ筈だ。工場の監督はロベルトに頼んでアレスの工場から適格者を譲ってもらい、候補を選定しよう。

 

ユリアンには近隣から手伝いを募集させる。男が漁に出ている間に、女子供老人で工場で働いてもらう印象だ。ユリアンは強面ではないから、それなりに親しみを持たれる筈だ。人集めを担当させれば良いだろう。

 

「村長、俺の側近であるこのユリアンを工場の責任者にする。中で働く作業員をこの近隣で募りたい、協力をお願いしたい。賃金は弾むつもりだ。」

 

「そ、それは本当なら願ってもないお話ですが。いえ疑うわけではないのですが、そんな早く工場が出来上がるのでしょうか。」

 

俺とユリアンは顔を見合わせた。どうも俺達は土魔法の恩恵やらドラゴンの協力というアレス流の建築に慣れきってしまっているらしい。地元とは常識が乖離しているのだ。

 

「そうだな、1週間で工場を稼働させるつもりでいてくれ。建築はそれまでに、いや大半は今日終わらせる。」

 

イーリスはもう工場の基礎設計を終えている筈だ。グライム卿が見ている事だし、ここはサービスをしておこうか。

 

(イーリス、工場の設計は出来ているな?)

 

「はい。規模感に備えて3種用意してあります。」

 

仮想ディスプレイ上で素早く見聞する。周囲の皆には工場の予定地点にどう建物を建てるか、俺が風景を眺めて思案しているように見える筈だった。

 

(今回は中規模にしよう。ただ、いずれ大規模に直す事になるだろうな。)

 

「それなら最初から最大規模で建築しても良いかと思いますが。」

 

(分かった、ではそうしよう。)

 

「皆、少し離れていてくれ。」

 

俺は場所を確保すると魔石を掴み取り詠唱を開始した。この時間を利用してイーリスの修正した建築計画を、誰にも邪魔されずに最終確認する。うん、問題ないな。

 

ブツブツと呪文を呟く。カモフラージュだからそれらしく聞こえれば構わない。俺の魔力に誘導され、土の中から工場の一部が立ち上がる。

 

 最近は技術に磨きをかけて、土の表面を加熱して壁の表面を陶器風に仕上げる術を学んでいた。砂からガラスを作成するのも思いのままだ。幸い、海に面したこの村の土は砂が多い。天井もとりあえず強化ガラスでいいな。暗いよりは明るい方がいいだろう。魔石を複数消費しながら工場を少しずつ仕上げていく。

 

「おお、これはなんとも凄まじい」

 

グラハム卿も村長も度肝を抜かれているようだ。先ほどまで何もなかった場所に立派な工場が出来上がったのだ。魔法としか思えないだろう。

 

いや、これは実際に魔法なのだが、世界最高峰のAIであるイーリスの精緻な設計をナノムの支援を受けて寸分違わず精密に再現して見せたのだ。科学と魔法の融合は、どちらの世界の常識をも超えるものだ。驚かない方がおかしいのかもしれない。

 

「コリント卿の魔力が、まさかこれ程の物とは」

 

グラハム卿が驚愕している。しまったな。彼の存在を忘れていた訳ではないが、少し派手にやり過ぎてしまったかもしれない。

 

「いえ、これもルミナス様のご加護あってこそです。」

 

「な、なるほど、ルミナス様の示される道を進む者にはかような恩寵が示されると、なるほど、なるほど。」

 

誤魔化す為にそれらしく言った何気ない一言がグラハム卿には何やら重く受け止められている気がする。まぁ土魔法を使ったのは確かなのだし、彼は味方の筈だ。納得してくれているならそれでいいだろう。

 

「工場の建物はこれでいいな。水道と内部の設備はアレスの商業ギルド長に用意させる。蒸気機関にベルトコンベア、白身の魚を茹でて、切り分けて、ほぐした身を缶に入れてプレスして封印する。いずれは冷蔵庫をそなえてエビやカニも加工したい。1週間を目処に研修可能にするから、村長、それまでに人集めを頼んだよ。」

 

「は、ははー。全力で務めます。」

 

目の前で工場が瞬時に組み上がった様に畏怖したのだろう。気がつけば村長以下の村民が全て平伏していた。

 

「そんな畏まらなくていいさ、君達とは良い関係を築きたい。それより井戸を掘るのに適した土地を案内してくれないか。工場では水を大量に使う事になる。井戸から工場まで水道管をひこう。俺がいる間に井戸掘りは済ませてしまいたい。勿論、水道管は村で自由に使ってもらって構わない。」

 

井戸は全面を覆えば雨水侵入もない。村長も村民も驚愕しているが、とりあえずはユリアンの指示の下での全面協力を約束してくれた。

 

 

 

 

 

 

ユリアンを漁村に残してグラハム卿とアレスに帰還した翌日、今度はグローリアと共に俺は脱出ポッドのアロイス王国との係争地点であるオルト村に降り立った。

 

今日の同行者は撮影クルーであるテオとカリナさん、そしてカトルと部下2名を連れてきている。グラハム卿も同行を熱望したのだが、『今回は席に空きがないから』と断ったのだ。昨日の今日でまたボロを出してしまうのはマズイだろう。

 

ドラゴンから降り立った異様な取り合わせに難民は怪訝そうな顔でこちらを見てくるが、グローリアの姿に気がついた兵士たちは歓声を上げる。彼らにとってグローリアは王都アレスで慣れ親しんだ光景なのだ。脅威を感じるよりむしろ、グローリアという強力な味方の到着に士気が上がるのだろう。

 

オルト村はリアが本陣を設置した箇所で、難民移送の中枢地点となっている。ドラゴンであるグローリアを見ても民に動揺が少ないのは、『人類スターヴェイクはドラゴンやワイバーンを使役する』と広く知られているからだろう。流石にドラゴンを生で見るのは初めてらしく熱い視線を向けてくる。遠目に子供がキラキラとした目でこちらを、主にグローリアを見ている。そういえばセシリオでもグローリアは子供に大人気だったな。

 

グローリアが見せ物になるのは好きではないが、グローリアは子供が好きだし祖国を離れる沈んだ空気を少しは変化させられると良いなとは思う。

 

テオとカリナさんという映画フィルム撮影班を連れて来たのは、もちろんアロイス王国方面の現状を隠さず記録する為だ。こういうのは士気を維持する為にもありのままを見せる必要がある。特に撮影内容を決めてきたわけではないか、予想していたよりは明るい雰囲気の映像になるかもしれない。まぁ、グローリアなら子供に怪我をさせるような事はないだろう。

 

「グローリア、それじゃ2人を頼んだよ」

 

テオとカリナさんはグローリアに託した。カリナさんの判断力は信頼がおけるし、テオの良い姉貴分になってくれるだろう。映画撮影クルーということで出入りについても便宜を図ってある。テオとグローリアは上手くやれているようだし、大抵の危険はグローリアがいる限り問題にならない筈だ。

 

「テオは、難民の全体的な状況を撮っておいてくれ。ありのままで構わない。避難する人達の実情を見せたい。カリナさんはテオが人々に干渉しすぎてトラブルにならないように配慮をお願いします。」

 

「かしこまりました。」

 

テキパキと機材の組み立てを始める2人を尻目に、出迎えに来たリアやエルナに合流を果たした。彼らはすでに注目を集めている。レポーター役のカリナさんがいれば、いい感じのインタビューが記録できるだろう。

 

「アラン!」

 

弾けるようなリアの声が周囲に響く。

 

「やあ、リア、エルナ。元気そうだね。」

 

連れ立って歩み寄るリアとエルナと挨拶を交わす。

 

「グローリア、久しぶりね。」

 

俺への挨拶もそこそこに、グローリアに挨拶に来るクレリア女王とその側近エルナを、テオとカリナさんが撮影している。王族としての教育を受けたリアは、自然とその場の注目を集める対象に率先して話しかける性質があるようだ。素で人々の注目を集める華のある行動を取れるのだろう。リアは実に銀幕の女優にふさわしいな。

 

撮影チームがグローリアとクレリアの触れ合いを遠目に眺める難民を撮影している間に、俺はこっそり周囲を警戒するエルナに話しかけた。

 

「こちらの状況に変わりはないかな?」

 

「ええ。民の移動は順調です。もちろん問題はありますが、クレリア様の存在に皆も力付けられたようです。でもアラン、今日はどうして?撮影に同行するだけが目的ではないのでしょう?」

 

エルナの言葉の端に『戦争中なのに?』という疑問を感じる。

 

「俺とリアが初めて会ったのがこの辺りなんだ。そして湖には俺が使った船、いやボートかな。とにかくそんなような乗り物がこの湖に沈んでいるんだ。セシリオでの食料増産の目処がついたので今日は湖から乗り物を引っ張り上げられないかなと思ってね。」

 

「そうなんですね、人手が必要になりますね。我が兵にも是非協力をさせてください、アラン。」

 

エルナは食料の方の手当が進んでいると知って安心した様子だった。難民に囲まれていると気が気ではないのだろう。余裕が出たので、俺が使った乗り物が湖に沈んでいると聞いて俄然興味を持ったようだ。

 

セリーナとシャロンが使った脱出ポッドは回収済だがわざわざ見せた事はない。こちらの素性に近づく内容に興味を隠せないようだった。何か大事なものが積まれていうという受け止め方をしたようだ。AIを作動させるための半導体はエルナの考える難破船の遺留品に該当するかは際どいが、定義としては違わないだろう。よし、そんなイメージを持っていてもらおう。

 

「そうだね、ちょっとした品だが戦争に影響するかもしれない。そして、湖から引き上げるのに人手が必要になりそうだから頼むよ。後は例の難民支援対策でカトルを連れてきた。何かあれば面倒を見て欲しい。頼む。」

 

「はい、心得ています。」

 

実際の所、難民を移動させる際の障害は、彼らの財産だった。この地に移動するまでの間も、当然生活を支える品々が必要となる。手ぶらではここ、汽車の駅があるオルト村まで辿り着けない。衣服や食料、馬車や家畜、家財道具や身の回りの品。難民は様々な品を大事に抱えてきた。しかしながら汽車で彼らの荷物を全て運ぶ事は出来ない。

 

鍋釜などはそこまでの貴重品という程ではないが、愛着もあるし無ければ無いで困る。置いて行けと言っても抵抗があるだろう。こういう避難の際は荷物が大きくなるし、荷物が大きいと色々と滞るのだ。

 

そんな些細な事が問題となって避難が進まずにいた。王都まで敵軍を追い払った結果、近隣から敵兵の姿が見えなくなったこともあって、女子供を先にアレスに逃して男衆が財産を守るために残留、と言ったケースが多い。この問題に対象するのが今回のカトル達だ。この件で彼らの果たす役割は、いわゆる質屋である。

 

「アラン様、早速査定の受付を開始しますね。高価ではない品は相当品の交換で返すという形でよろしいのですね?」

 

「ああ、それで頼む。細かく等級分けすれば問題も出にくい筈だ。細かい調整は差額の支払いで対処しよう。」

 

「了解しました、任せてください。」

 

民が持っていけない荷物は主に質草として預かる。捨てていくのは嫌だが、質入れして返還という事なら案外受け入れる者が多い。質草として僅かでも現金化できるし、いずれ必要になった際は同額の返却で同等品を返還するという事にしている。

 

鍋や釜、馬車や家具などの実用品は等級をつけて同等品を返す事で問題を処理する。魔道具や逸品というべき品は高額で買い取るか、それでも納得しない場合は保管を選ばせる。あくまでも金額的な価値がある物に限らせるが、このような判別はカトルの目利きが必要となる。作業の大半は予め作成した表に沿って進ませるので、よほど特殊か高級な品でなければカトルの審議までは辿り着かないだろう。しかし民の数は多い、厳選しても限界はあるだろうな。俺の指示を受けてカトルのチームは、素早く質屋を開店している。

 

「カトル、全部やると苦労するから民の中から委託先を探すんだ。避難民の中には商売人が含まれているはずだ。特に家畜なんかは専門外だろう。高額なものだけは身内に任せるようにしてくれ。」

 

「はい、アラン様。手隙の商人がいるようならスカウトしますね。」

 

「手伝ってくれる相手なら妥当な手間賃を払っていい。例えばそうだな、仲介者にリストを作成させて、申請者と仲介者の双方に異論がないなら、リストには仲介者の名前を書かせてこちらは承認するだけにするとか。」

 

「結託して、買取額を高く釣り上げたりしませんか?」

 

カトルはあまり賛成ではない様子だった。

 

「これは難民救済だから、少し高いくらいは問題ないな。時間や秩序回復を金で解決できるなら安いものだし、後で物で返す予定だからどうとでもなる。」

 

「しかし、仲裁人は信用できますか?」

 

「仲裁人の信用度は別で評価しよう。書類毎に仲裁人の名前を記載して、それを報酬の支払いの根拠にする。仲裁人毎に査定結果を並べれば、異常な査定は把握できるはずだ。悪質な査定は程度によって仲裁人を処罰しよう、罰金か逮捕を使い分ければいい。」

 

「それはいいですね、了解しました!」

 

カトルの脳裏に明確なビジョンが浮かんだのだろう、途端に笑顔になった。カトルは難民対策に貼り付けておくわけにはいかない。なるべく早くアレスに戻す必要がある。いや、民の命を守るこここそ最前線ではあるのだが。カトルには王都で難民の従事する事業の立ち上げも任せたいのだ。

 

「そうだカトル、牛に関しては取り違えが怖い。焼印なんかがあればいいが、鼻紋をとっておいてくれ。」

 

「鼻紋をですか?」

 

「そうだ、馬は目の肥えた騎兵に担当させて軍馬相当の上等な馬は模様の記録で良い筈だが、牛はそこまで手間をかけるのは煩雑だろう。紙とインクで鼻紋を取得すれば照合可能だ。牛の鼻紋は1頭1頭違うからな。」

 

「馬は鼻紋で判別できないんですか?」

 

「1頭1頭違うらしいから可能は可能なんだろうが、毛で覆われて採取しづらいらしい。」

 

俺はイーリスに教えられたばかりの知識を披露した。それで久々に商人らしい仕事に巡り合って上機嫌のカトルが快活に返事をした。

 

「了解しました。」

 

後はドローンのカメラを受付台と検査場に設置して、イーリスにも記録を取らせよう。使わないに越したことはないが、トラブルがあっても記録が残れば迷宮入りは避けられる筈だ。

 

 

 

 

 

「難民から預かる荷物を保管した貨物倉庫の保護はエルナ、頼むよ」

 

露天から屋根付きまで多様な倉庫を用意していた。簡単に近づかないように堀と柵で区切った。いざという時は立て込まれそうな厳重さだ。現金は預からないが、馬車でないと持ち歩けないサイズの貴金属製品はある。管理は必須だった。そして倉庫街の只中にリアの在所を用意していた。安全の為だが、本丸である財貨とリアはエルナの部隊に確実に守ってもらう為でもある。

 

「ええ。クレリア様の安全はこの命にかけて必ず守ります。民の財産も。撮影隊の方は、こちらで面倒見なくても大丈夫ですか、アラン?」

 

指揮官として自信を深めつつあるエルナが胸を逸らして返答した後で、少し不安そうに問いかける。

 

「撮影の中身はテオが対処する。物理的な危害はグローリアが対処する。トラブルの対応はカリナさんに面倒見てもらう。まぁ、他所でも通用したし、ここでも大丈夫だと思う。何か言われたら面倒を見てもらうくらいで大丈夫なはずだ。」

 

「了解しました。テオとグローリアが一緒なら、カリナさんの事も安心ですね。」

 

「カリナさんは剣の心得があるとは言っていた。俺の名を出せば後は自分の面倒は自分で見られると思うけど、まぁ、戦地に女性を連れてきたわけだし、彼らはお互いに見守って貰う必要があるかもしれないな。」

 

「はい、カリナさんは最近少し派手な印象があります。彼女がおかしな事にならないよう、良く見張るようにとテオとグローリアに伝えておきますね。」

 

なんだか最後のエルナの言葉は『見守る』ではなく『見張る』になっていたが、エルナの言葉の勢いの強さに俺は全く口出しができなかった。

 

 

 

 

ダルシム将軍からクレリア女王宛の信書を預かったカロットは、数名の護衛とともにオルト村に向かっていた。即位を終えたクレリア女王が旧スターヴェイク王国領域内に入った今、報告に赴く必要があるとダルシムとカロットは意見の一致を見ていた。

 

「大丈夫、クレリア女王陛下は必ずお前の無事を喜ばれる。それに、王室の皆様の最後のご様子をお伝えする義務があるだろう」

 

カロットはそうダルシムに背中を押されたのだ。ダルシムの軍中には、カロット以外にも知己であるダルシムを慕って各地から集まった旧王家の臣下が少なくない。アロイス王国成立で行き場をなくした文官や女官が多いが、彼らをクレリア女王の元に護衛するのも大事な役割である。利き腕を痛めたカロットにかつての武勇はない。左腕は鍛えているが、なかなか右腕が健在だった時のように剣は振えないでいた。

 

「クレリア女王陛下にお願いすれば、アラン様がその腕の治療もしてくださるかもしれん」

 

「ヒールか? 治療院の魔術師に伝手を頼って見てもらった事はあるが、既に治療を済ませた以上、神経の回復までは難しいと言われたが。」

 

「俺はこれまで何人もアラン様が治療されてきた兵を見てきた。アラン様の回復魔法の腕は別格だ。まさに女神の恩寵と言って良い。だから望みは持っていてくれ。」

 

クレリア女王は手足にかなり重傷を負ったがアランに治癒されたと聞いていた。兵を治療するアランの様子をダルシムが見る限り、その話に誇張はない。ならば、カロットの手についても期待できるのではないかと考えていた。

 

「お前を俺の隊の副官に任じたのは、報告書に記載しておいた。だが、クレリア女王陛下が貴様の存在を知れば別の任務をお与えになるだろうな。人手が足りんのだ。その時は主命を奉じて、見聞を広げてくるといい。」

 

「そうか、片腕ではなかなか務まる任もないように思うが」

 

「その事に心配は要らない。仮に治療が進まずとも、お前の力を役立てるべき仕事に事欠かないぞ。」

 

 

 

 

 

 

オルト村に到着して、クレリア女王への謁見を申し出たカロットは困惑していた。武器を預ける際に大勢とやりとりをしたが、クレリア女王の周辺に全く知己の姿を見かけないのだ。ベルタ王国を制したと聞いているが、ここまでベルタ王国出身者で女王周辺が固められていると思わなかったのが実情である。ダルシムの周囲の方がまだ近衛の同僚が多かった。

 

(まさかクレリア様の影武者で、事が進んでいると思いたくはないが)

 

アロイス王国ではクレリア王女は魔物に襲われて死亡したとの説明がなされてきた。実は今でも影武者説は根強い。ダルシムやヴァルターといったクレリアに変わらず仕えてきた臣下の存在はクレリア王女の生存を裏付ける証拠と言えるが、近衛の女性の中から影武者を立てたという説もまた根強いのだ。

 

近衛であるカロットはクレリア王女と面識がある。そして今回は特にクレリア王女と親しかった廷臣も伴っている。謁見が叶えば、彼らはクレリア女王が本物か見抜くことができると確信していた。

 

 

 

 

 

「お久しぶりですね」

 

カロットの謁見の求めに応じ、クレリア女王の取次として応接してくれたのは、エルナ・ノリアン子爵家令嬢だった。

 

「まさかノリアン卿か? クレリア女王陛下の側近くに仕えていると聞いてはいたが、見違えたな。」

 

カロットの目に映るエルナの姿は眩しい。女王の親しい臣下としての威勢とベルタ王国統一を成し遂げた自信に溢れていた。年齢的にはエルナはカロットの後輩であり、カロットが厳しく指導してきた立場だが、女王の側近である今のエルナは出世を果たした形となる。カロットとは地位が逆転しているだろう。

 

そしてアロイス王国内では影武者候補と見做されていたエルナの言動にカロットは安堵していた。クレリア王女、いや女王には問題なく謁見が叶いそうである。ここに来るまで信じてはいても、影武者説を疑わずにはいられなかったのだ。

 

「貴方の到着をクレリア様にお伝えしたところ、とてもお喜びでした。臣下の皆に早く会いたいとの仰せです。」

 

カロットとエルナはクレリア女王と面識のあるメンバーを素早く選抜した。誰も彼も女王に会わせる訳にはいかないが、知己の顔合わせは一度に済ませてしまう方が良いだろう。

 

「それでは陛下との謁見を済ませてしまいましょう、戦地ゆえ装束も作法も気にせずそのままで良いとのお言葉です」

 

王族の前に出るには作法のみならず相応の装束が求められる。アロイス王国支配の抵抗者として活動してきた面々は、カロットを筆頭に女王の前に出られる身なりではない。しかしクレリアもエルナも、身命を賭して忠誠を尽くしてきた家臣が駆けつける姿を称賛こそすれ、否定する気はないのだろう。

 

「クレリア女王陛下、王都を脱出した臣下の皆が到着しました。さ、皆はこちらへ。」

 

エルナに導き入れられ、カロットを先頭に臣下の一行は一番大きな建物の中央の部屋に足を踏み入れた。クレリアの在所として仕上げられた建物は平屋だが天井は高い。そしてクレリアの到着に備えて新たに建築されたので、木の香りが強い。

 

「面を上げよ。皆、よく来てくれた。前に出て暖炉の火にあたると良い。」

 

戸口付近から跪いた態勢からカロットが視線を上げると、広間の正面に据えられた仮の玉座には女王であるクレリアが座っている。面影は王女時代のままだ。これはクレリア様本人に違いないとカロットは確信した。豪奢な衣装というわけではなく普段着に近いが、その頭に王冠を戴いているのは女王の証だろう。そして戦地だからだろう、剣を佩いている点にカロットは感心する。

 

クレリアの指示に従い、部屋の中程にある暖炉付近までカロット達は進み出た。既にクレリア女王を守護するように立つ護衛の兵の一団に混じったエルナを通じてダルシムの報告書はクレリア女王の元に渡っており、クレリア女王の手元に持参した報告書が握られていた。

 

「カロット、久しいな。最後まで王家を守る近衛の勤めを果たしてくれて嬉しく思う。それにテリス子爵夫人、教育係を勤めてくれたそなたの姿をまた見ることが出来てよかった。」

 

カロットの横でテリス子爵夫人の涙腺が崩壊した。彼女はクレリア王女の教育係だった。王宮がアロイスに蹂躙されて以降の暗黒の日々において、クレリア王女の生存がテリス子爵夫人の心の支えだったのだ。テリス子爵夫人の様子に、一同も『クレリア王女に疑いなし』と確信する。途端に室内が嗚咽と啜り泣きの声に溢れた。

 

「皆、直答を許す。声を聞かせてくれ。」

 

「クレリア殿下、いえ女王陛下、お懐かしゅうございます」

 

真っ先に声を上げたのはテリス子爵夫人だった。

 

「ご立派になられて、ご即位お慶び申し上げます」

 

「これもそなたの薫陶の賜物だ、テリス子爵夫人」

 

「まあ、これは嬉しきお言葉」

 

テリス子爵婦人は謹直な性質の老婦人で、王宮陥落の時でさえ涙などこれまで周囲に見せた事はない、そんな彼女が真っ先に泣いていた。そうなるとその流れは止まらない。皆泣きながら自分の姓名を述べていく。クレリア女王やエルナも涙ぐみながら、それぞれに声をかけていった。

 

「我が教育係たるテリス子爵婦人には、今日から再び私の側に仕えてもらおう。カロットは近衛であり、我が護衛と為す。他の皆にもこれまでの貢献に相応しい勤めを用意する。戦地ゆえ贅沢は出来ないが、もう衣食には不自由させぬ。役職がない皆は汽車でアレスに移動し、あちらの王宮に出仕するように。ロベルトが万事取り仕切っているから、彼の指示に従うように。カロット、皆をよく送り届けてくれた。」

 

クレリアとの謁見を終え、退室する臣下一同に続こうとしたカロットをエルナがそっと呼び止めた。

 

(カロット、クレリア様が少しお話をされたいとの事です。この場に残るように。)

 

テリス子爵夫人を従えて奥に去ったクレリア女王は、侍女にテリス子爵夫人の世話を委ねたのだろう、すぐに広場に戻ってきた。エルナと女王護衛の兵に囲まれ、カロットはじっとクレリアの帰還を待った。

 

「待たせてすまなかったな、エルナ、カロット」

 

カロットが頭を振る。

 

「とんでもこざいません、陛下」

 

「さてカロット、其方からは王宮落城時の様子を聞きたい」

 

遂にその瞬間が訪れた。カロットはクレリア王女に見えたら語ろうと考えていた、王家の最後の日々の様子を語り始めた。

 

 

 

「・・・・王都の封鎖が間に合わず、四方の街道より敵が王都内に入り込んで来ました。そして王宮に立てこもった我らは2日で敗色が濃厚となり、両陛下は兵を鼓舞されましたが、3日目、最後の正門の突撃を迎撃する際についに門が打ち破られました。正門内には味方の兵が倒れ伏し、抵抗する者は僅かとなりました。私も陛下の命に従い、正門で戦っておりましたが利き腕をやられ倒れました。そんな折です、とどめを刺されるばかりの我らの姿を見かねて、王家の皆様が進み出られたのは。」

 

「・・・・」

 

「本当ならば王宮より脱出する隠し通路が用意されておりました。しかし国防大臣がアロイスに寝返った今、その多くが封鎖されておりました。脱出路内を探索に赴かれたアルフ王子が負傷しながらも戻られると、王家の皆様はもう逃れられぬとお覚悟を決められたのです。そして我ら近衛が死に絶える前にと降伏を決意されました。」

 

「そうか、兄上は脱出を検討されて果たせなかったのだな。」

 

「卑劣なアロイスは王家の主だった皆様をあろうことか即日処刑されました。王室が健在であれば国取りがうまく行かないと思い定められたのでしょう。王宮は略奪され、多くの女官は陵辱され攫われ不幸な目に。降伏した近衛も王家と共に処刑されました。私が命長らえたのは、重傷者は脅威にならないと放置されていた為にすぎません。夜に入り、思慮深いテリス子爵夫人が残された廷臣を組織して脱出を図りました。私も運よく彼らの手当てを受けることができた為、護衛として参加したのです。後は皆と共にアロイスに抵抗しながらも、実態はその日その日を生き延びるのに精一杯でした。」

 

「そうか、言いにくい話をすまなかった。お陰で父上母上兄上の最後のご様子を知ることが出来た。カロット、そちの事はダルシムより報告を受けているが、まずは怪我を治すと良い。腕の治療についてアランには私から頼む。それまで我が護衛として側近くで使えるのだ」

 

「ありがたきお言葉に感謝致します、陛下」

 

 

 

 

 

 

その夜、風呂に入り装束を改め、すっかり人心地のついたテリス子爵夫人は困惑の中にいた。

 

「食事にお風呂に衣装まで、さしたる功績のない私にこのような対応は過分のことではないでしょうか」

 

クレリア女王の就寝の支度を手伝うために呼び出された際おずおずと訴えかけると、鷹揚にクレリアは手を振った。

 

「そなたのこれまでの忠義に報いるのにはまだまだ足りない。それに信頼出来る者の姿が随分と減ってしまった。最近は侍女も置いているが、それまでは長らくエルナと2人で冒険者としてやってきたのだ。また私の面倒を見てくれると嬉しい。」

 

「私のような者が、女王陛下のお側にお仕えして良いのでしょうか」

 

躊躇うテリス子爵夫人に、いつになく真剣な様子でクレリアは言った。

 

「いや、テリス子爵夫人が我が元へ来てくれたのは僥倖だった、実はアランとの婚姻にあたりエルナも私も信頼出来る者から、初夜の作法を聞かねばならなかったのだ、その、殿方を喜ばせるためのな。子爵夫人なら当然知っているだろう。」

 

テリス子爵夫人は思わず目の前の女王を抱きしめた。

 

「まあまあ、あの小さな王女殿下もそんなお年頃になられたんですね。こんな立派な女王陛下にまだお教えできることがあって、私も嬉しい限りです。心配することはありませんよ、殿方に任せておけば良いのですから。でも、そうですね、王家にふさわしいやり方をお教えするように致しましょう。」

 

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