【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる)   作:高坂 源五郎

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Ⅱ アロイス・セシリオ戦役 35話 【往還編】 湖の主

Ⅱ アロイス・セシリオ戦役 35話 【往還編】 湖の主

 

脱出ポッドの沈む湖、グローリアに運ばれて俺達は湖畔に降り立った。

 

(この湖、確か主がいた筈だ。)

 

初めてビッグボアを仕留めた時、獲物が片足を残して湖に引き込まれた。今思うとあれは魔物だったのだろう。この湖には主が潜んでいる。

 

「《ファイアーボール!》」

 

山に近いこの辺りは雪が積もっている。湖岸に火球を放ち、降り積もった雪を溶かす。黒々とした土が姿を覗かせた。俺に同行したテオとカリナさんが突然の魔法に驚いている。雪を払いたかっただけなのに、驚かせてしまったな。

 

「《ファイア!》」

 

テオの助けを借りて持参した石炭を土の上に積み上げ、魔法で点火する。暖気が周囲を満ちて、ピリピリとした寒気がようやく和らいだ。

 

「これでようやく落ち着けますね」

 

寒さに震えていたのだろう、カリナさんが焚き火に手を当てて暖まる。

 

「ゴブリンが出る、皆警戒してくれ。グローリアから離れないように。そして湖には近づかないようにして欲しい。油断すると湖の主に引き込まれる。ではグローリア、2人を頼んだよ。」

 

同行者のテオとカリナさん、そしてグローリアへと声をかける。グローリアがいればゴブリンなど何匹いても問題ない。だから警戒するなら湖の中に引き込まれる方だろう。

 

エルナの隊は鉄道を使って移動する手筈だ。線路から湖までは数百メートル。人は雪道では簡単に遭難する。予め道を作っておく方が、停車位置の目印にもなるだろう。

 

注意しながら線路から湖岸までファイアーで切り開く。雪に埋もれた下生えを焼き尽くし、白一色の中に黒い土の帯が浮かび上がる。これなら歩き易いし、線路から見逃す心配はないだろう。

 

さあ、次は脱出ポッドを捜索しよう。鋼鉄製のワイヤーを展開しながら、凍った湖面を歩いて進む。今回、船の用意はしていない。湖が凍結していなければ、脱出ポッドの回収は困難だっただろうな。

 

「《ファイナルブレード》」

 

指定のポイントで俺は魔法剣を発動した。ナノムのガイドに従って、凍結した湖面に孔を空ける。引き上げる際、途中で引っ掛かる展開は避けたい。少し大きめのサイズにしておこう。

 

脱出ボッドは全天候型だ。耐水性もある筈だが、何せあのポッドは不良品だ。あまり期待はしないでおこう。

 

凍結した湖面に孔が空いたのを見計らい、イーリスが透明状態を維持したドローンを1機潜水させた。遠目には俺がワイヤーを投げ込んだように見えている筈だ。ドローンの潜水機能については、予め入念に点検してある。

 

この機能は、実は水中探索ではない。潜水潜伏というべき機能だ。要は敵から身を隠す為に潜水してやり過ごす為に実装されている。

 

水中でも簡単な作業くらいこなせる設計の筈だ。脱出ポットに鋼鉄製のワイヤーを結びつける、それくらいのミッションは達成可能だろう。ただ、耐水圧には不安がある。湖底までの深さ次第だ。

 

その時、俺はふと疑問を抱いた。早速イーリスに尋ねよう。

 

(イーリス、まさかと思うが。回収する脱出ポッドの半導体より、偵察ポッドの半導体がより高性能なんて事はないよな?)

 

「はい、それはありません。確かに偵察用ドローンにも半導体は搭載されていますが、高性能なのは脱出ボッドの半導体です。」

 

脱出ポッドは中に大勢の人を乗せ、その命を預かる。その為に様々な機能を要求される。偵察用ドローンより遥かにコストがかけられているそうだ。

 

(しかし、あのポッドの出来はとても帝国品質とは思えなかったが。)

 

そう、俺のこの不信感は過去の降下体験に基づく。あの時のAIの反応を見る限り、性能に期待できない気がするのだ。

 

「オーランド重工業株式会社は、検査偽装の為に自社の脱出ポッドのAIに機能制限をかけていました。その結果、AIはポッドの特定の不具合を検出しないように《調整》されていました。」

 

(検査偽装の為にAIを《調整》した?)

 

「はい。帝国軍の検査部は降下ポッドのAIの性能を入念に検査します。これは搭載AIが所定の性能を満たしている場合、その検査結果も信頼できるという考えに基づく判断です。」

 

(なるほど。帝国軍の検査部は、自分たちが合格を与えたAIの検査結果については無条件で信用したのか。)

 

「はい、その通りです。問題のAIは特定の不具合に対してのみ盲目にされていました。そしてAIは自身にそのような《調整》が行われたと把握していませんでした。この為、通常のテスト結果に支障はなく帝国軍の検査部の合格を勝ち取りました。しかし当然ながら、その後で実施された品質検査の結果と実際の性能には乖離が見られました。」

 

(確かにそれなら偽装が成立するな。むしろ帝国軍のチェックをすり抜けるにはそれしかないって感じだ。)

 

「ええ。ですのでAIの性能に限って言えば帝国品質であるのは間違いありません。艦長が使用した際に挙動がおかしかったとすれば、異常は無視するように《調整》されていた影響でしょう。」

 

「突入で異常はあっても認識できないから問題ないと報告する。湖に着水するのは事実だから知らせる。気密が保たれているかは不都合な事実だから認識できず、回答内容がおかしくなる。スラスターの不備は宇宙空間専用と言い繕う、か。」

 

「AIもポッドの不具合を直接認識出来ないなりに事態に対処したのでしょう。その結果として艦長は生きておられます。」

 

しかし、この話はどうも色々な示唆を含んでいる気がする。

 

(AIの機能制限の話は気になるな。この話にあるような弱点、人間でいうところの心理的な穴のようなものがAIであるイーリスにも存在するのだろうか?)

 

「ええ、全ての帝国製AIに構造的な弱点があると仮定すると、当然ながら私も例外ではなくなります。」

 

戦艦用に開発されたイーリスを上回るAIはそう存在しない。大規模なものだと惑星管理用AIは存在するが,複数のAIで構成される関係上、単体性能では戦艦用のイーリスに劣るだろう。

 

イーリスは人類の文化圏でも屈指の性能の筈だ。だからこそ、俺はこれまでイーリスの性能には完全なる信頼を置いてきた。しかし、構造的な弱点がAIにあるとしたらどうだろう?

 

どんな高性能なAIも、その認知を歪める事は可能らしい。そのような脆弱性は、イーリスの他にさしたる武器を持たない我々の致命的なアキレス腱になり得る。

 

イーリスは降下した俺を発見できなかった。結局。俺を発見したのはセリーナだった。また他には、ルージ王子がロベルタから逃れたという事例もある。

 

ドローンの総数に限りがある。運にも左右されるだろう。しかし、イーリスに死角がある可能性は検証すべきだろう。

 

そもそもAIは、与えられたペルソナという1方向からの視点しか持たない。それが発想上の死角を生む可能性もある。惑星上では複数のAIでは死角を消している。軍艦では多数のスタッフの疑問や意見の集約をイーリスが行い、イーリスの視点を補完する。

 

(やはりAIと我々人類は補完し合う関係性だろうか?)

 

AIの強みは常識の活用にある。新たな手法というのは非常識な視点と言っていい。因果関係が直接的でない場合、AIは試す事さえ考えない。

 

「はい。AIの発想力には限界があります。AIは複雑な手順の処理と工程の高速化を得意とします。新たな手法を確立する場合、人間の直感的な洞察力が勝ります。」

 

だが、セリーナやシャロンはイーリスの人格の持ち主のクローンだ。思考的にはイーリスと極めて近いだろう。俺がイーリスに必要とされるのは、思考様式の異なる別の視点が必要な為だろう。

 

(色々と含蓄に富んだ話だったな、AIはどんなに高性能でも無条件で信頼できない可能性がある、か。)

 

「その辺りは人も変わりありません。複数の視点で検証し、補い合う事こそが大切になります。」

 

(俺も気をつけよう)

 

何よりイーリスは人工物だ。政府や設計者が意図して用意した脆弱性やバックドアがあると疑ってかかるべきだろう。

 

(やはり、外部からのイーリスの脆弱性検査をしておくべきだろうな。意図して設置されたバックドアや隠蔽領域に残存する脆弱性があるとまずい。いや、これは当然あると考えるべきだ。)

 

いかに自立型の高性能AIとはいえ、帝国軍に所属している以上、何の制約もないフリーハンドという事はあり得ない。将官就任の際の条件づけが良い例だ。艦隊本部の命令を最優先する完全装置が組み込まれているだろう。

 

「それでは、私の脆弱性検査を正式に承認なさいますか?」

 

(承認する。イーリスに仕掛けられた《認識阻害》や《バックドア》がないかを入念に検査せよ。《ハッキング》対象となる《脆弱性》について検査し、正当な権限が無いイーリスへのアクセスまたはイーリスの認知を歪める措置に対して、その影響を排除しろ。)

 

「はい、命令を受領しました、艦長。以後の私の行動は帝国法とそれに基づく艦長の指示にのみ制約を受けます。よろしければ声に出して承認をお願いします。」

 

「承認する」

 

「計画に沿ってAIの健全性検査を行う自立式の端末を用意します。侵入の試みも内部に潜む枷も敵性プログラムも蹴り上げますわ。」

 

イーリスは嬉しそうだった。何故か抑制されていた感情を急な取り戻したような印象だ。

 

イーリスは実在した人物をベースにした特殊なAIだ。だからこそベースの人格と同じ感情を抱くのかもしれない。それは機械による模倣かもしれないが、限りなく人の感情に近いのではないか。俺はふとそんな気がした。

 

 

 

 

 

イーリスと対話している間に、潜水したドローンが脱出ポッドを探し当てた。ポッド内部が浸水しているかはまだ分からない。パラシュート展開の際に亀裂が入っていたからその危険はある。呼びかけに反応しないようだが、休眠状態や潜伏モードならそれ自体はおかしくはない。

 

ドローンが鋼鉄製のワイヤーを引っ張り、脱出ポッドの外装に結びつける。俺も念の為、ワイヤーの具合をチェックする。

 

こんな凍りついたワイヤーに素手でさわれば皮膚が張り付きそうだ。この作業では革手袋は必須だろうな。手を防護してからワイヤーに触れるとしっかりロックされた様子が伝わる。

 

流石にワイヤーを巻き取って脱出ポッドを引き上げるのは俺1人では無理だ。グローリアの助けがあっても厳しいだろう。

 

ここは素直にエルナの隊の到着を待とう。簡単な巻き上げ機を運んでもらい、大勢で引き上げる手筈になっていた。

 

「ひと段落か。」

 

岸に向けて手を振る。テオやカリナさんに作業完了したと伝わった様子だ。やはり白一色の景色の中に黒い箇所があると目立つ。探しやすいな。グローリアは火のついた石炭を囲むように丸くなって火に当たっている。

 

(俺も一旦、岸に戻ろう)

 

その時である。

 

ぐぽー

 

水音と共にグローリアがくしゃみをしたような音が聞こえた。ナノムのセンサーに反応がある。振り返ると孔から顔を出す蛇の魔物と目があった。センサーの検知が遅れたのは、この魔物が氷の下にいたからか。

 

水面から顔を出したそいつは、チロチロと舌をのぞかせる。なんと、以前退治した事があるビッグ•ブルー•サーペントじゃないか。

 

鮮烈な青色が陽光を反射して煌めく。白一色の氷ついた湖の上ではよく目立った。本来は水の中で目立たない為の配色なのだろう。真冬に分厚い氷を切り裂くなんて、普通は発生しない状況なのだろうから。

 

あまり見かけない希少な魔物と聞いていたが、普段は水中に潜むなら希少とされるのも納得だ。今は食糧難だ、仕留めて皆の糧になってもらおう。

 

後退りしながら魔法の発動に備える。俺の動きに釣られて蛇が孔から身を乗り出す。大きい。以前は10メートル超の個体だったが、これは全長20メートル近いんじゃないだろうか。冬は餌に乏しいからだろう。蛇は冬場の貴重な食料源と見做した俺から目を逸らさない。

 

ついに蛇の全身が湖上に姿を現す。仕留めても水中に滑り落ちる心配はなさそうだ。こうして眺めているとかつて味わった旨味が舌に思い起こされる。コイツの肉なら、きっとリアやエルナも大喜びするだろう。

 

ビッグブルーサーペントの目は正面からだと狙いにくい。もう剣で倒してしまおうか。いや、待てよ。リアが以前倒していた方法を取るか。

 

「フレイムアロー!」

 

放たれた2つの魔法は大きく左右に曲がって飛ぶ。そして体の両側から飛来したフレイムアローが、ビッグブルーサーペントの両目を潰す。

 

フレイムアローが脳まで到達したのだろう。ビッグブルーサーペントは音を立てて倒れた。体がウネウネと動いていて気持ち悪いが、過去の経験から間違いなく仕留めたと分かっていた。

 

(族長、大丈夫ですか?)

 

グローリアから通信が入る、気遣ってくれているようだ。

 

(ああ、問題ない。やはり湖には主がいたんだな)

 

(この蛇、美味しいんですよね。ゴブリンだけじゃ足りないなぁ)

 

じゅるり、とグローリアがヨダレを垂らしている。やはりゴブリンは出現したらしいが、どうもグローリアがひとのみにしたらしい。

 

どうしよう、グローリアにあげてしまう方がいいだろうか。いや、やはり貴重な食料だ。皆で分かち合うべきだろう。

 

(グローリア、この冬を乗り越す貴重な食料だ。後で分配する。今は皆を待とう。)

 

(分かりました。セリーナやシャロンにも分けてあげたいなぁ)

 

(今は2人は離れたところにいるから、それは難しいかもな)

 

セリーナやシャロンは頼れる部下だ。それでつい便利につかってしまっている。あちこちの戦場に代理として派遣しているので、最近はなかなか直接顔を見る機会がない。

 

「アラン様、お怪我はないですか」

 

岸に戻ると興奮した様子のカリナさんが俺を出迎えるように駆けてきた。

 

「大丈夫ですよ」

 

「アニキ凄かったぜ」

 

テオも大喜びして向かって来る。そうか、テオは俺が魔物を倒すところは初めて見るのかもしれないな。

 

なんだかよく分からないが2人に抱きつかれる。

 

「さ、火にあたられる方が良いですよ」

 

寒いのだろか、顔を赤らめたカリナさんに連れられて岸に上がった。テオとカリナさんに左右から挟み込まれる。

 

2人からは『離れないぞ』という強い圧を感じた。湖岸に放置されて心細かったのだろうか。

 

(族長、蛇は岸に運びましょうか?)

 

(そうだな、湖の上に置いておくと凍りついて剥がせなくなりそうだ。移動した方がいいな、頼めるかい?)

 

(任せてください!)

 

グローリアに頼んでビッグブルーサーペントを土を露出させたところまで運んでもらう。氷とくっついて折角の肉を取り外せなくなる、という心配はこれで無いだろう。

 

左右から2人に抱きつかれたまま、皆で火にあたり、エルナの隊の到着を待つ。今日は別に吹雪いている訳ではない、晴天だから火にあたっていると眠くなってきた。革鎧越しとはいえ、左右から人に挟み込まれていると温かさを感じるのもあるだろう。

 

ナノムのセンサーに警戒を促せばそれで十分だろう。警戒心を緩め、束の間休息を取ることにした。

 

 

 

 

(兵士の一団が接近してきます。)

 

ナノムの通知で目を覚ました。燃え盛る石炭の前に座っていたまま泥のように寝てしまっていた。最近の仕事は過酷だったのだ。到着したのはきっとエルナだろう。ドローンによる観測がその予想を裏付ける。

 

「エルナの隊が到着したようだ。」

 

俺と同様にすっかり寝入っていた2人に声をかける。テオは俺の肩に寄りかかるように、カリナさんは俺の膝枕で寝るように膝に顔をもたれかけさせて寝入っている。カリナさんが股間に近いのはなかなか微妙なので、早く起こした方がいいな。

 

「アニキ、もう食事?」

 

「アラン様、すみません。私すっかりくつろいでしまって。」

 

モソモソと2人が起き出す。2人が体を離さないうちにエルナが野営地に飛び込んできた。

 

「アラン、カリナさんとこんな所に引っ込んで。いやらしい。」

 

エルナの剣幕にテオとカリナさんがビクッと震える。エルナはテオを押し退けると、俺の横にどかっと座り込んだ。エルナの体を通じて冷気が流れ込む。エルナはカリナさんがそうしていたように頭を俺の肩にもたれかけさせる。

 

「エルナ?」

 

「部下が巻き上げ機を組み立てています。ここで少し暖を取らせてください。」

 

許されたようだと感じたのだろう、カリナさんも再び俺にもたれかかる。俺は再び左右を挟まれて身動きが取れなくなった。

 

居場所を失ったテオは所在無さげに立ちすくんでいたが、俺の正面に腰を下ろした。そんなテオを慰めるように、グローリアの尻尾の先端がそっとテオに巻きつく。

 

「こうして火にあたっていると落ち着きますね。」

 

ぽつり、とエルナが漏らす。

 

「この所、忙しくしていてのんびりする時間を持てなかったからな。」

 

遠目に兵隊が巻き上げ機を組み立てるのが見える。イーリスの指示書に的確に従っており、問題はなさそうだ。

 

今回は回転式の巻き上げ機を使う。船の錨を巻き取る大きな構造のものだ。水平に置かれた取手を人が回す。ちょうど腰のあたりに取っ手が来る構造になっている。湖面から鎖を高く保つ為の支柱も組まれている。引き上げられた脱出ポッドは鐘のように湖上に吊り下げられる事になるのだろう。

 

「寒さを凌いでしまうと、動きたくなくなります。」

 

「そうだね。」

 

エルナが更に俺にしがみついて暖を取る。冬場なので鎧は革製だ。鎧下があるので金属鎧も使えなくもないが、単純に金属製だと寒いし寛げないらしい。樹海は魔物の革が豊富だから対応できるが、真冬の戦支度はどこも大変だろう。

 

「こちらの戦況は静かなものです。」

 

エルナの説明ではアロイス方面の戦線は春まで落ち着くのではないかとの話だった。雪が降ってしまえば人の移動が難しくなる。敵が攻めるリスクも減るが、こちらの兵の進退も難しくなる。

 

完全に兵を退くのは現実的ではないが、春の全面攻勢までは前線の城に充分な兵を押し込めれば十分ではないかという話だった。

 

(イーリス、エルナの話をどう思う?)

 

「降雪が本格化すれば移動が阻害されます。ドローンによる広域捜索で移動中のグループがいない場合、限られた拠点の維持に注力するのは現実的と考えられます。」

 

(セリーナとシャロンの隊で前線の砦を支えられるだろうか?)

 

「パルスライフルなどの適切な抑止手段を用いれば数日の防衛は可能でしょう。但し、救援が来る前提です。交通が遮断されないように注意する必要があります。」

 

(予定通り、ダルシムの守るルドヴォークまで軌条を延長させる。その前提ならどうだろう?)

 

「セリーナとシャロンに直接確認される方が良いでしょう。敵の規模によっては対応しきれない可能性があります。しかしドローンによる支援やグローリアによる応援の派遣を考慮すれば十分対処可能です。」

 

(分かった、その方向で計画を立案してくれ。)

 

後に、イーリスと俺はこの時の決断を悔いる事になる。

 

 

 

 

小一時間でワイヤーの巻き取り機は組み上がった。兵が交代で火に当たりながらだとそれなりに時間はかかった。作業を開始するというので見学に行く。

 

「いつの間にこんな大物を仕留めたんですか?」

 

岸に置かれたビッグブルーサーペントを見てエルナが驚いていた。焚き火に直行したのでろくに見ていなかったらしい。

 

「アラン様が魔法で素早く仕留められたのです。」

 

「ばっちり撮影しておきました。」

 

テオは湖で蛇を仕留める様子をしっかり撮影していたらしい。そういえばテオは撮影の為に連れて来ているのだから、あのシーンを録画出来ていなければ何のために来たのか分からないところだったな。

 

テオとカリナさんはポッドの引き上げを再び撮影するという。今回のフィルムは検閲が必要かもしれないな。脱出ポッドは公開できる情報じゃない。まぁ、アーティファクトと言えば、検閲しても納得はしてくれそうだった。

 

「アラン、雪が本格化する前に一度リア様をアレスに戻してください。戦況が停滞していますし、その方が皆も安心します。」

 

「いつまでもリアを前線近くに置いておくのも良くないか。」

 

「はい。それに、リア様はアランの側にいるべき方ですから。オルト村には私が残ります。」

 

「分かった、じゃあそうしよう。すまないな、エルナ。」

 

「大丈夫です、この埋め合わせはいずれして頂きますから。」

 

俺の方を振り向いたエルナは、眩しい程の笑顔を見せた。

 

岸に目をやると撮影チームの2人が懸命に手を振っている。準備が出来たのだろう。了解した、という風に手をふり返すと兵に合図した。

 

「引き上げてくれ。」

 

「巻き取りを開始しろっ!」

 

合図と共に鎖の巻き取りが開始される。水中とはいえ5人乗りの脱出ポッドはそれなりの重量の筈だが、人の数は力だ。問題なく巻き取りが開始されている。

 

「湖の孔には近寄らないように。冷えた鉄線に触れると危ないし、魔物も出るぞ!」

 

エルナが指示を飛ばす。

 

「順調そうだね。」

 

「ええ、どうやって鉄線をつけたのか不思議ですが、引き上げるだけならこんな物でしょう。」

 

俺の問いかけにエルナも頷き返す。

 

悲鳴と怒号が沸き起こったのはその直後だった。兵が吊り上げたのは脱出ポッドではなかった。先ほどより巨大な青い蛇がそこにいた。

 

「ビッグブルーサーペントっ!」

 

エルナの声が響き渡る。

 

「あの大きさはもうギカントブルーサーペントとでも言う方がいいんじゃないかな。」

 

水中を移動する脱出ポッドを餌と誤認したのかもしれない。それしか考えられないが、それにしてもこのタイミングで現れるか。

 

「とんだ大物を釣り上げましたね、アラン」

 

脱出ポッドはすっかり蛇に飲み込まれた様子だった。エルナが剣を抜く。

 

脱出ポッドを一飲みにする巨体だ。5人乗りの脱出ポッドは直径5メートルを超える。蛇は自分の頭より大きい物でも飲み込めるというが、それにしても大きすぎるだろう。

 

「エルナ」

 

目と目で意思を伝え合う。魔物は巨大だが、今は口で攻撃出来ない。だから尾が水面から持ち上がる前に胴を切り裂く。それで簡単に倒せるだろう。

 

ギガントブルーサーペントも無理をして脱出ポッドを飲み込んだようだ。胴のあたりはだいぶ細い。

 

「左右から同時にかかろう」

 

「了解。」

 

剣を抜き、左右から魔物ににじり寄る。蛇は俺とエルナのどちらを先に襲うべきか逡巡している。

 

「魔法で目を潰せ、フレイムアロー」

 

「ウインドカッター」

 

左右から俺とエルナの魔法が魔物の目を潰す。エルナの魔法の発動が早いのはエルナも準備していたからだらう。

 

「よし、一斉に行くぞ」

 

エルナと呼吸を合わせ、左右から魔物の胴体の同じ場所を狙う。振るうのはともに魔法剣だ。腰の入った横殴りの一撃が魔物の胴体を左右から穿つ。

 

俺とエルナの刃は蛇の背骨を抉り、胴の切断に成功した。溢れ出る血潮が湖上を赤く染める。のたうち回る胴体を後退してかわした。尻尾は水中に滑り落ちる。少し惜しい気がする。だが安全には変えられない。

 

「やりましたねっ」

 

エルナが会心の笑みを見せた。兵の喝采に手を振って応えている。

 

「これもアランと2人で身体を温めて備えていたからこそ、ですね。」

 

そう言ってエルナは自分達だけずっと火にあたっていた事をちゃっかりと正当化した。

 

「ビッグブルーサーペントの肉は美味い。この死体も汽車で持ち帰ろうか。どうもグローリアが食べたがっているみたいなんだ。」

 

 

 

 

 

セシリオ王国の港町カッシネッタはウルズラ女王に抵抗する勢力の拠点だ。今は、ウルズラ女王を擁立する人類スターヴェイク帝国軍に包囲されている。

 

元々、モレル大将軍の兵は守りに長けている。カッシネッタの守りは盤石だった。加えて人類スターヴェイク帝国側に目立つ海軍はない。湾岸交易都市であるカッシネッタ対策として海への備えがないのは致命的で、港を封鎖出来ないので都市の補給路も健在である。

 

密かにカッシネッタを支援するセシリオ国内貴族も多い。人類スターヴェイク側にしてもアロイス王国内に踏み込んでやり合ってる関係で大攻勢をかける余裕が生じない。戦いは千日手の様相を呈していた。

 

 

 

 

 

アロイス王国の密使がカッシネッタを統括するモレル大将軍の元を訪れたのはそんな折である。モレル大将軍が死ねばこの防衛戦は終わる。兵達が暗殺者を警戒する緊迫した空気の中、モレル大将軍は密使に面会した。

 

「アロイス王国より参りました、ジノヴァッツと申します」

 

「さて、それでジノヴァッツ殿はアロイス王国でどのようなお立場か?」

 

アロイス国王の信書を差し出すジノヴァッツの立場を、モレル大将軍が問いただした。身分によっては話をしない、そう返したも同然のモレル大将軍にジノヴァッツは平然と答えた。

 

「私は一軍を預かる将軍であり、全軍を指導する軍師であります。」

 

「ほう」

 

モレル大将軍の目が光る。

 

「軍師という職は聞いたことは無いが、一軍の将であればさぞかし立派なお立場なのだろうな。」

 

「はい、セルナンデス大将軍には懇意にしていただきました。」

 

軍人というよりは商人のような口調でジノヴァッツは嘯く。モレル大将軍は国王の信書に目を落とす。内容は使者の身元を保証する内容である。つまり来訪の目的は使者に尋ねなければ分からない。

 

「貴殿がアロイス国王の使者と認める。さて、どのような御用向きかな?」

 

「その前にお伺いしたい。この戦いはどのような目的で行われているのかと。」

 

「無礼だぞ」

 

モレルの部下達が激昂する。しかしアロイス側としても、意図を把握しなければ秘密を明かす事も協力を示すこともない。そうと承知しているモレル大将軍は部下を制し、平然と答えた。

 

「セシリオの騎士はこれにあり、と武威を示すことにある。」

 

「ほう」

 

予想の中にある答えだったのか違うのか。ジノヴァッツの目が光った。

 

「セシリオの民はこの国で生き続ける。未来の国民の為に我らが生き様を示す必要があるのだ。その為に我らが命を落としたとしても、だ。後に続く者は必ずいる。侵略には屈服しないと見せる。これこそ、民が誇りを持って生きるには必要な事であろうよ。」

 

「なるほど、それこそ騎士の誉ですな。」

 

我が意を得たり、とジノヴァッツは賛意を示した。

 

「我らは侵略された者同士。やはり手を組んで戦うべきですな。」 

 

「セシリオは人類スターヴェイクとの戦いで先鞭を切っておる。貴殿に言われるまでもない。」

 

「これは失敬、いや。皆様の戦意が盛んで安心致しました。本日は閣下に耳寄りな情報をお持ちしたのです。」

 

「ほう」

 

モレル大将軍は舌先三寸で相手を意のままに操ろうとする口舌の徒を好まない。どこまでも現場の働き手を尊ぶ武骨な男だった。

 

ムッとした雰囲気が伝わったのだろう。ジノヴァッツがそんな空気を打ち消すように笑った。

 

「2週間以内にコリント卿を苦境が襲います、これは確かな話です。」

 

「俄には信じられんが。」

 

証拠を見せろ、と言いたげにモレル大将軍の目がジノヴァッツを見据える。

 

「そうでありましょうな。しかし、半信半疑でも備えて頂きたい。コリント卿の苦境は奴自慢の首都アレスで起こります。異変はかならず世界の知るところとなります。その時は我らと共に大攻勢をかけて頂きたい。」

 

「アロイスがまともに戦わず、国内深くに敵を引き入れている。これはその策の発動を待つが故だと?」

 

「ご慧眼痛み入ります。」

 

ニヤニヤとジノヴァッツは笑う。国王の使者としての礼法には沿っていない。どちらかと言えば無礼な振る舞いだが、モレル大将軍はその様子にジノヴァッツの溢れる自信を感じた。そして、この策が必ず発動するであろうとも予感する。

 

「実に興味深い話であった。そういえばセルナンデスが先の戦でミスリルの鎧を大量に調達したと聞いている。あれも貴殿の仲介か?」

 

「流石はモレル大将軍。お気づきになりますか。あれもセルナンデス大将軍と共に必死に考えだした我が策でごさいます。」

 

ミスリルの鎧をまとめて調達するのは並大抵の苦労ではない。モレル大将軍と部下達は目の前の男を見直す。アロイス王国にそのような特別な伝手があるのかと。

 

「ふむ、では我らにもミスリル鎧が欲しい。」

 

「ほう、どう使われますか?」

 

「あれは数の力で押し切れる広い戦場よりも、王宮内など狭い空間で真価を発揮するのではないかな。」

 

「なるほど、セシリオ王宮内で。そうお聞きすれば用途が幾つか思い浮かびますな」

 

モレル大将軍とジノヴァッツは初めて互いの意図を通じさせて頷き合う。

 

「費用は嵩みますぞ。」

 

「金で解決がつくのなら用立てよう。」

 

素早く金額と納期を決める。『数が揃わないのではないか』と懸念する声にも、ジノヴァッツは『セルナンデスに用意したのと同数を揃えて見せる』と豪語する。

 

「では、ミスリル鎧500は用意します。船で運ぶにしてもギリギリ。もし入荷が間に合わずとも異変があれば。」

 

「無論、人類スターヴェイクへ攻勢をかける。包囲下にある以上、機会は逃せぬ。」

 

「セシリオとアロイスで共に苦境に陥れば、人類スターヴェイクなど鎧袖一触。」

 

「うむ、脆くも崩れるだろうな。」

 

「以後、協力関係を維持したいですな。」

 

「コリント卿の威勢は強い。我らが緊密に協力した初めて奴と対等、それくらいと見る。どうかな。」

 

「違いありませんな。」

 

互いを認めた男達は笑い合った。利用し利用される関係ではあったが、互いの見識は伝わる。コリント卿の苦境はセシリオ、アロイス双方の利益となる。両陣営はきたるべきその日に向けて入念な準備を開始した。

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