【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる)   作:高坂 源五郎

39 / 129
Ⅱ アロイス・セシリオ戦役 38話 【往還編】 士官候補生選抜

Ⅱ アロイス・セシリオ戦役 38話 【往還編】 士官候補生選抜

 

その日の最初の予定は士官候補生の面接だった。ルート・バールケを王宮に呼び出し、志願する意思があるか確認する事になっていた。

 

「総司令、もう案内して宜しいでしょうか?」

 

「手早く済ませよう。イーリス、彼女を連れてきて欲しい。」

 

一礼したイーリスが、階下にルート嬢を迎えに行く。俺はデスクに積まれた決済書類に目を通し始めた。

 

「成績優秀者のルート・バールケ令嬢です、総司令。」

 

イーリスの声が響く。俺は書類から視線を上げた。戸口に立つ令嬢は緊張した面持ちだった。仇敵の部屋をこれから訪れるのだ、緊張しても無理もないかもしれないな。

 

ルート・バールケは髪の色が祖父と同じだった、明るい茶色といった雰囲気だ。それ以外は祖父に似ているところはない。特にあの狡猾そうな細い目は似なくてよかった。

 

強いて言えば、貴族らしい高い鼻は似ていると言えるだろうか。貴族らしく上品そうではあるが、どことなく活発さを漂わせている。これなら軍人も務まるかもしれない。

 

それでも美しく着飾って戸口に登場したのは、彼女なりの貴族としての矜持の表れなのだろう。若いが一人前のレディに見える。俺は閲覧していた決済書類を寄せてデスクの上に場所を作った。面談の準備は出来ている。ルート嬢の為の椅子も予め用意してあった。

 

「軍の総司令を務めるアラン・コリントだ。今日は君に軍に志願して欲しいと考え、面接の為に来てもらった。この椅子に掛けてくれないか。」

 

だが俺の言葉を聞いたルート嬢は凍りついたように戸口から動かない。少々、機嫌が悪くなったように見えるのは、互いの関係性を考慮すると致し方ないだろう。が、返事さえさず、動こうとしないのはおかしい。

 

「どうした? 部屋に入りたまえ。」

 

何故だろうか。俺の言葉にルート嬢はとても憤慨している様子だった。

 

「お断りします。立ったままで結構です。ベッドのある自室に未婚の女性を連れ込むなど、名誉あるコリント卿の振る舞いとは思われませんっ!」

 

噛み付くように吐き出されたルート嬢の言葉に、俺とイーリスは顔を見合わせた。

 

執務室として使用しているこの部屋は一種の作業部屋で、そこには俺はベッドを持ち込んでいる。主寝室は別に存在しているのだが、そちらはリアと結婚した後に使う事になる。

 

ベッドのある部屋に貴族の令嬢を付き添いもなしで導き入れた、というのが良くないのだろう。ルート嬢の目線で見れば、権力者が学生にいかがわしい事をする為に呼び出したように見えたのかもしれない。

 

「すまなかった。人に邪魔されずに話をする意図だった。」

 

上級士官として条件付けされた俺は異性に対して安全なのだが、相手はそれを知り得ない。そして艦隊では艦長の自室に士官を呼び出して話をするのはよくある事なのだ。互いの立場を軍規で守られるからこそ、なのだが。あれは思えばプライベートな空間の少ない軍艦固有の文化だ。

 

イーリスはこちら側の人間だ。彼女がいるから『2人きりではない』と考えていたが、ルート嬢の貴族としての評判を損ない得るのだろう。

 

幸いルート嬢は入室しきらず、ドアを開けたままだ。未遂と言える。しかし俺に全くその発想がないからこその盲点だったな。

 

「そのまま廊下に留まっていてくれ。面談の場所を改めよう。」

 

実際、イーリスによる親密なマッサージを受けている部屋なのだ。態度に出したつもりはないが、敏感な女性は気づき得る何か痕跡のような気配があるのかもしれなかった。

 

「広い部屋がいいな、イーリス、空いてそうな部屋を教えてくれ。」

 

リアならすぐにこの手の事に気が回っただろう。航宙軍士官の育成というテーマの為、リアに声をかけておかなかったのが裏目に出たな。

 

ベルタ王国の人間としては、女王であるリア直々の言葉なら素直に聞けようが、俺単体で呼び出したのも軽率だったのだろう。

 

「客用のベッドのない部屋であれば、会議室として設えた青の間の続き部屋が良いのではないでしょうか。」

 

青の間は貴族を集めた中規模の会合を目的とした部屋だった。続きの間は控えの部屋として使用できる。当然ながら宿泊施設ではないのでベッドは置いていないが、歓談に適した机と椅子は用意してある。なんと、宿泊者を増やせるようにベッドの多い部屋を用意したのも裏目に出るのか。

 

「よし、ではそこにしよう。イーリスはルート嬢を先にそちらにお連れしてくれ。誰か侍女を呼んで茶菓でもてなすように。俺も人を連れてすぐに追いかける。」

 

「かしこまりました。」

 

航宙軍ならイーリスも了解という言葉を使うところだが、今は王宮内の女官という役回りだ。流石にイーリスはそつのない演技をするな。

 

 

 

 

 

 

「リア、ちょっと良いだろうか。」

 

「あら、執務時間中のアランが私に用があるなんて珍しいのね。」

 

慌てた俺が訪ねて行くと、リアは自分の執務室でロベルトなど文官達と過ごしていた。どうやら難民対策とスターヴェイク復興の計画を練っているようだ。

 

室内に近衛として立ち会っているのはカロットとケニーで、侍女としてアリスタさんも同席している。エルナがオルト村に残る関係で近衛のまとめ役が居なくなり、ケニーの班は配属先から呼び戻していた。ケニーを臨時で近衛隊長代理に任命したと聞いている。

 

「教育に関する事なんだが、ちょっとリアと相談があってね。少し時間を貰えないだろうか。」

 

リアが目配せする。ロベルトが承知して文官達を引き連れて退室し、カロットもケニーも部屋を出る。最後にアリスタさんが一礼して室外に出ると扉を閉じた。

 

「それで。アランはどんな相談なのかしら?」

 

「部下のイーリスを教育担当に任命したのは知っているだろう。彼女の提案に従って孤児や成績優秀者に専門教育を施し、俺の直属の部下を増やそうと考えている。」

 

「教育はアランの担当なのだし、軍もアランの担当なのだから、学生を候補生としてスカウトするのはアランの好きにすればいい。前々から、手足となって動くのがセリーナやシャロンだけでは人手不足と私も思っていたわ。」

 

「俺もそう思っていたんだが、最初に声をかけた相手が貴族の子女でね。本人の意思を確認するために自室に呼び出したら、臍を曲げられてしまったんだ。『コリント卿はベッドのある自室に女性を呼び出すとは配慮が足らない』と。」

 

「なるほど、朴念仁のアランはともかくイーリスにしてはそれは迂闊だったわね。貴族の女性にとって体面は何よりも保つものだから。特にその気もないのにアランにそういう扱いをされたら、評判が傷つけられるだけだもの。物申す女性もいるのではないかしら。」

 

「イーリスも女官然と着飾ってはいるが、彼女の本質は軍人なんだ。」

 

「分かったわ、それで私はどうすればいいのかしら?」

 

「俺が思うに命令系統の混乱もある。国内の貴族の忠誠はリア、女王である君に捧げられている。いくら俺が軍の司令官であり婚約者だからといって、貴族を相手に勧誘する場合は君が関与していると最初に示す必要があったと思うんだ。」

 

「分かったわ、アランの部下募集は女王のお声がかりにしたいという訳ね。そんな難しい相手なら、これが国策であるとまず示しましょう。私が把握し、コリント卿に全権を委ねたと相手が確実に知れば、それ以上の無茶は言わないと思う。」

 

「リア、恩に着るよ。早速だが、今からでも良いだろうか?」

 

「問題ないわ」

 

リアが側近を室外から呼び戻す。素早く編成を整えた。ロベルトが執務室に残り作業を続け、近衛2名と侍女としてアリスタさんが付き添ってイーリスとルート・バールケの待つ会議室に向かう事に決まった。

 

「しかし、人類スターヴェイク帝国を指揮するコリント卿を困らせるなんて、その令嬢は相当頭が良いのね。」

 

茶目っぽく笑いながらクレリアが言う。

 

「まだきちんと話せていないが、成績を見ても優秀な相手なのは間違いない。それに彼女はあのヴィリス・バールケの直系の孫娘なんだ。」

 

和やかに歩いていたリアの足がピタリ止まる。リアは振り返り、俺の目を真っ直ぐに見つめる。

 

「あのヴィリス・バールケ侯爵の孫娘、それは大丈夫なのかしら、アラン?」

 

「彼女は学校の主席でね、それに出自で差別するのは良くないとイーリスから諭されたんだよ。」

 

学校は幾つか存在している。ルート嬢の所属するのは上流階級向けの学校だった。

 

「なるほど、色眼鏡で見るのは確かに良くないわね。それでも慎重に見定める方が良い相手だと思います。」

 

再び会議室へ向けて歩き出しながら、リアは記憶を辿っている。

 

「確か、彼女の兄の方はカリファ伯の部隊に騎兵として参加していたと聞いていたけれど、妹の方は確認していなかったわね。どんな相手なのか私も気になるわ。」

 

「そうだな、リアが面談した感想も聞かせて欲しい。」

 

「分かったわ、しかしアランが貴族の子女とこっそり面会して怒られたなんて『これは愛人探しに失敗した後始末を頼まれたのか』と少し思っていたけれど」

 

ふう、とリアが息を吐く。

 

「あのバールケ侯爵の縁者なら、いかがわしい目的ではなかったと私も信じるわ。」

 

 

 

 

 

女王の来訪を告げる近衛の声に、会議室内で着席して何やら話し込んでいたイーリス・コンラートとルート・バールケの2人は席を立って頭を垂れ畏まった。

 

滑るようにリアが室内に入り、当然のように首座に着く。アリスタさんが声をかければ近寄れる位置につき、素早く近衛の2名が左右を固めた。

 

「これは内輪の席、そう畏まらなくて良いわ」

 

「会議の場であるので、着座を許されるとの事です。」

 

アリスタさんがリアの意向を仲介する。イーリスも女官扱いなのだからこれくらいの芸当はして欲しいが、侍女就任以降、リアとエルナに鍛えられたアリスタさんの安定感は別格だな。

 

「アラン様はこちらへ」

 

突っ立って眺めていたらアリスタさんに誘導された。俺も素早く案内された席につく。

 

「皆も知っての通り、こちらのコリント卿は我が婚約者にして軍の総司令であり共同統治者だ。旧スターヴェイク王都を奪還した暁には大聖堂で我らは結婚式を挙げる予定でいる。」

 

細かい事情を知り得なかったであろうルート嬢やカロットが驚いているのは、俺達が結婚式を挙げていない理由が分かったからだろう。

 

リアの祖国解放は俺達にとっては大陸統一の過程に過ぎない。だから結婚のタイミングをそこに設定するのはおかしな感覚ではないのだが、事情を知らなければわざわざ結婚を延期している理由は謎だったのかもしれない。

 

まぁ、普通はアロイス王国の打破が短期に達成可能な目標などと思わない方が常識的か。特に学生なら事情を全く知らなくても無理はない。

 

「そうだ。アランから私への結婚の贈り物はスターヴェイク王国の解放だ。祖国解放を叶えてくれる夫など、大陸広しといえどアランの他にはいないだろう。」

 

驚く二人の反応に満足したのか。それとも皆が黙っている事に気をよくしたのか。リアが言葉を付け加える。付け加えた部分では主にリアの惚気が展開されている気がする。

 

「さて、ルート・バールケ侯爵家令嬢。」

 

直接の呼びかけにルート嬢が居住いを正す。アリスタさんが『直答して大丈夫ですよ』、という風に頷くのを見て真っ直ぐに返答する。

 

「はい、女王陛下。」

 

「皆も承知している筈だが、私とアランはそのような昵懇な間柄だ。今回アランがそなたを呼び出したのは教育と軍事に関わる提案を行う為だった。朴念仁ゆえ配慮が足らず誤解させたかも知れないが、アランから提案があるようだ。聞いてくれるな。」

 

「はい、女王陛下のお望みとあらば。」

 

そこでようやくルート嬢の視線が俺に向く。やれやれ、提案に漕ぎ着けるまでが実に長かったな。

 

「俺は軍の志願者への高等士官教育を考えている。学校での成績優秀者に志願して貰い、未来の指揮官として必要な知識を教え、軍の将来の中核とする。軍の中核と言ったが、実戦を担当するとは限らない。先端的な科学知識を活かした装備の開発など裏方の地味な仕事をする可能性も高い。」

 

軍人だからと言って最前線に駆り出すと決まった訳ではない。そこは入念に説明する方が良いだろう。

 

「俺には優れた部下がいる、だが数が不足している。その為に、俺の手足として働く精鋭集団を作る。彼らには俺の持つ技術は全て授けるつもりだ。武術も魔術も魔道具の使い方も、必要とされる全ての知識をだ。クラス主席としての君に問う、俺を手伝って軍に士官候補生として入隊を果たすつもりはないか?」

 

「・・・汚い。」

 

「何?」

 

ルート嬢がきっと俺を睨みつける。

 

「恐れ多くも陛下を担ぎ出して、自由意思に委ねる振りなどと。それならば最初からただ命じてくだされば従いますものを。」

 

独り言にしては声が大きすぎるだろう。リアと俺は顔を見合わせた。やれやれ、ルート嬢がここまで拗らせているとは思わなかったな。

 

「何か、そちが懸念する事があれば申してみよ。」

 

表面上は優しくリアが問う。だがマズイな、あの表情はリアも内心の怒りを押し殺している感じだ。

 

「では、恐れながら申し上げます。貴族の女性に役目を与えられるのは陛下のご裁量にございます。しかしながら陛下の側仕えでない今回のお役目、私の結婚は保証されるのでありましょうか。」

 

唖然とした。そうか、エルナは軍人ではなく近衛というのもこの辺りから来るのか。貴族は貴族同士で婚姻するものという関係性から言えば、軍人にするのは彼女の不利益になるだろう。

 

「なんと、そちには婚約者がいたのか?」

 

「おりません、ですからこそ支障がございます。」

 

ちょっと頬を膨らませてルート嬢が答える。宰相を務める侯爵家の令嬢、直系の孫なら縁談も多かった筈だ。それが主客転倒し、分家末席の一族とも認められなかったような男が当主になった。元のヴィリス・バールケの直系子孫は大いに割を食い没落した訳だ。それを取り戻す為に、彼女は女王のお声がかりで良縁を引き寄せようとしているのか。

 

(大貴族の元令嬢とはいえ訳アリなのだ、今度の話は十分恩寵と思うのだがな)

 

(結婚のお話かと思えば、爵位を奪うだけでなく、軍に招聘してあまつさえ婚期を遅らせるなどと)

 

両者、礼法上では声には出していないのだろうが、何故か強烈な意思のやりとりが波動のように伝わってくる。

 

近衛の2人はすっかり動かない置物のようだし、アリスタさんはあたふたしていた。頼みのイーリスも動力切れのような顔をして佇んでいる。

 

「アラン、軍人でも幸福な結婚は出来るのではないか?」

 

「今の軍の女性指揮官は、全てコリント卿の妻ばかりと聞いておりますが。」

 

「ぐぬぬ」

 

相手はこの問題の当事者だ。生半可な反論は受け付けないようだ。

 

「今はかろうじて貴族籍に身を置いている私ですが、軍に入れば更に縁遠くなります。それとも陛下に良きお相手をご紹介頂けますでしょうか。」

 

女王に対し、表面上は恭しくルート嬢は答える。航宙軍の人員募集では結婚については頓着しなかった。一般的な人類社会は結婚の決断を個人の自由意志に委ねている。惑星アレスの貴族の婚姻は当主や王族の采配による所が大きいのだろう。そこは彼女の体面を考える必要があるのは確かだ。

 

女官や近衛、という事であれば王族に仕える身であり障害はない。貴族内の聞こえもいいし、どちらかと言うと自由恋愛を望む層がその道を選択する。王族のお手つきも現実的選択肢に入る。それに引き換え軍人というのは、身分ある女性にはかなり特殊なルートを強いる事になるのだろう。

 

航宙軍はそうではない。だが、軍人といえば既存の軍しか知らない相手に口で違うと説明するのは難しい。当人が納得しても社会が受け入れるとは限らない。こういう所でも意識の差が出るな。どうしたものか。

 

「お待ちください。」

 

考えに耽っているとついにイーリスが口を挟んだ。そしてルート嬢に向き直る。

 

「陛下の命であれば軍人に否やはないと、懸念されるのは結婚相手だけですね。それはつまり、ルート嬢は貴族家としての勢威回復を婚姻によって成し遂げようとしていた、そういう事情があったのではありませんか?」

 

「はい、王家の為にこの身を捧げる決意はして罷り越しました。しかし私の結婚がどのような形になるか気に掛かります。今の当主も、いずれ我が家に光がさすように婚姻をコリント卿に申し入れようと常々話してくれておりましたので。」

 

妙にしおらしくルート嬢は応える。

 

(艦長、分かりました。彼女は艦長に手を出されそうになって怒ったのではありません。その逆です)

 

(ん、どういうことだ?)

 

俺にはさっぱり事情は飲み込めなかったが、リアは今のイーリスの発言で理解したようだった。

 

「なるほど、そういう事か。没落した宗家の地位を回復するには、その身を差し出すしかないと思い定めていたのだな。」

 

ようやく話が通じましたね、といいたげにルート嬢がコクコクと頷く。

 

「士官として身を立てれば、そちの家は盛り立てよう。」

 

ルート嬢が顔を顰めている。その様子を見てリアが妙に慎重そうな口ぶりで付け加える。

 

「私はそちが軍人として1人前になった時に、そちが望む婚姻相手との仲を取り持つと約することはできる。」

 

「その、相手が受け入れてくださらない心配はないのでしょうか。」

 

結婚の話に、なんだかルート嬢が食いついているな。

 

「それは、そなたの努力次第ではないかな」

 

「もし私が希望する相手を口説き落としたならば、非公式にでも婚姻関係を結ぶことを陛下は祝福してくださいますか?」

 

リアは一瞬躊躇ったが断言した。

 

「無論だ、そなたの結婚を認め祝福しよう」

 

「陛下のご厚意に感謝いたします」

 

見回すと、ルート嬢もイーリスも納得した様子をしていた。アリスタさんは、よく分からないがややショックそうに見える。近衛の2人は消していた存在感を再び発揮し始めた、どうやら話の決着がついたらしい。ルート嬢は俺を振り返ると笑顔で言った。

 

「入隊を志願致します、閣下。念の為お伺いいたしますが、士官候補生と司令官の恋愛や結婚は認められていると考えてよろしいのでしょうか?」

 

質問の意図がわからないながらも俺は正直に答えた。

 

「軍規では、上級士官は当然ながら士官候補生とは私的な関係が結べないな。まずは候補生から立派な士官になる必要がある。通常であれば2年から3年ほどみっちりと教練を受けることになるだろうか。」

 

ルート嬢は俺の回答に少しショックを受けた様子だった。

 

「そうでなくてはな、まずはアランのために役にたつ人材となって見せよ。そちの結婚の話はそれからだ。」

 

勝ち誇るリアを尻目に、妙に項垂れたルート嬢はイーリスに連れられて静々と退席していった。

 

 

 

 

 

ルート嬢を説得したお礼を兼ねて、俺はリアを執務室に送り届けた。

 

「アラン、そなたは私の婚約者にして共同統治者なのだ。妻の数が増えても、あまり私を蔑ろにされては困るぞ」

 

「勿論だ、リアのことは誰よりも大切に考えているさ」

 

セリーナやシャロンは俺のためにイーリスに生み出された。その為に、俺は二人に対して責任を負う。しかし、この世界で最も親密なのはリアである点は変わらない。

 

「ずるい、そうやっていつも要求を押し通すのだな、アランは。アリスタが呆れているぞ」

 

そう言われて振り返ったが、アリスタさんは「なんのことでしょう?」とばかりに微笑んでいるだけだった。

 

 

 

 

 

リアの執務室では、ロベルトが文官達と難民対策を協議していた。

 

「先程は中断させてしまいすまなかった。この通りリアを返しにきた」

 

「クレリア様がアラン様の大切なご用事が優先されるのは当然のことでございます」

 

リアを出迎える為に立ち上がり、そう返答しながらもロベルトは憂鬱そうだった。

 

「今は何を検討しているんだい?」

 

「はい、アレスで受け入れたスターヴェイク難民のその後の対応についてです」

 

アレスも仕事が溢れているわけではない。大量に受け入れた難民の衣食住は担保している。だが難民は仕事がなければ不安に思うのは当然だった。また消費が増えて物価高になりつつあるのに政策が追いつかないでは、アレス市民から不満の声も出るだろう。

 

「そうか、任せきりにしてしまってすまない」

 

通信でイーリスと連絡をとりながら、素早く計画をまとめる。

 

「食糧生産工場の方で人を受け入れよう、食糧増産は今の急務だし、報酬の半分は現物支給とする。食料を現金化する手間がかからないし、生産するのは備蓄食糧だ。帰還後の食糧の用意といえば難民も受け入れるはずだ。市場相場も日持ちする備蓄食の方が高いだろうしな。」

 

現物支給なら製品を現金化させる必要がない。それに食糧需給の大半は難民なのだ。飢えた経験があると、規定量の食事では満足できないかもしれない。不安感も解消されないだろう。そこにまず物を渡す。そうすれば混乱は鎮まるはずだ。物価もいずれ落ち着くだろう。

 

「しかし、食糧工場にそれほどの仕事がありますか?」

 

「そこは難民支援の職業訓練と割り切っていい。国土を回復しても数年は食糧事情が安定しない恐れがある。それに、輸送するにしても飢餓に備えるにしても現地で食品加工する必要がある。先々は各地に工場を建設した方がいい。今はその技術を身につけて貰って、期間後にすぐ人材を確保できるようにしたい。」

 

「なるほど、それならば民も納得し易いですな。」

 

「同様にアレスの方が優れている産業もある筈だ、鍛冶や革細工、木工などの専門技能はなるべくアレスの親方の手伝いに派遣して賃金をこちらが支払うようにしよう。」

 

職につけば需要を満たせるし、稼ぐ手段を得た難民も落ち着くはずだ。

 

「食糧工場の仕事は多岐に渡るから、女性でも受け入れられる。鉄道関係や武具の製造設備など工場の機能を拡大しよう。希望者には畑を提供してもいい。」

 

「かしこまりました。しかし取りまとめるだけでこれは大仕事になりますな。」

 

「ロベルトさえ良ければ、あとでイーリスを寄越す。二人で検討して進めてくれないか?」

 

ロベルトがまた臍を曲げるかと懸念したがその心配はいらなかった。

 

「おお。イーリス殿にお手伝いいただけるのであれば安心ですな。」

 

「分かった、イーリスには俺から概要を伝えておこう」

 

俺はロベルトとの会話の内容をイーリスにそのまま送った。

 

(ということだ。頼んだよ、イーリス)

 

(はい、了解しました。艦長。)

 

士官候補生や貴族令嬢相手のゴタゴタより、こちらの方が遥かに俺の得意分野に近い。それだからか今回はスムーズに道筋をつけられた気がするな。やはりイーリスが肉体を得た効果は大きいな。

 

 

 

 

士官候補生の教育部屋は王宮内の一角と決まった。士官候補生は志願した瞬間から軍人として扱われる。また、士官候補生には知らされていないが、この決定にはイーリスの事情も関係している。生身の人間にしか見えないが、イーリスの肉体はAIによる遠隔操作端末でしかない。通信の良好な場所に作業領域を限る必要があるのだ。そんな経緯で、王宮内の一角にきっちり20名の生徒が呼び集められていた。

 

ルートは教室に一歩足を踏み入れた。それだけで、そこに20名いると瞬時に把握できる。それはルートがナノムによる認識拡張を受けていたからだった。

 

教育を受ける前提として士官候補生には既にナノムが注入されている。必要な知識も記憶に灼かれた。今の士官候補生達は、軍規に背く行動ができないように物理的にナノムの制限を受けている。しかしそのような些細な制限を苦痛に感じないほど、ナノムによるアップデートはルートに開放感をもたらしていた。そう、アップデート。耳慣れない概念だが、今はその意味も正確に把握できる。

 

「こんにちは! あなたも士官候補生?」

 

ドア付近に座っていた制服姿の少女が声をかけてきた。その勢いの良さに驚く。学校でもこんな無遠慮に話しかけられたことなどなかった。

 

上流階級の学校は貴族階層の子弟しかいない。そしてルートは逆賊の子孫であり、さりとてコリント卿と昵懇な高位貴族の被保護者という複雑な立場にいた。扱いの難しい相手ということで無視されていた、というのが実態に近かった。

 

コリント卿に近い立場と見られるのは不思議だったが、ベルタ王国の主だった貴族でコリント卿と親しく会話し、友と呼ばれた人物などそうはいない。

 

ライスター卿を筆頭に10名足らず、ルートの保護者である現バールケ侯爵は貴族としての最高待遇に名を連ねている。だからこそルートとその兄が宗家の地位を回復する手段は限られる。別家を建てるにしても、コリント卿に強力に取り入るしかない。

 

「私はカーヤ、あちらは姉のユーミに妹のユッタとマリーだよ。よろしくね」

 

貴族にありがちな相手の事情への配慮など全く頓着せず、カーヤは手を差し出すコリント式の挨拶をする。そんなカーヤを姉のユーミが後ろから制する。

 

「カーヤ、その方は苗字がある。お貴族様で私達が気軽に話しかけていい相手じゃないのかも」

 

彼女達もナノムを注入済みなのだろう。同じ士官候補生として名前がハイライト表示されている。彼女達は苗字がない。それは特に平民の中でも特に低い階層の出身と暗示していた。平民でも古い家系や裕福な家は苗字くらい普通にある。

 

「あ、みんな立派な苗字持ちの立派な人ばかりだから、お貴族様とは気が付かなかったんだ、ごめんね」

 

しょんぼりとカーヤは項垂れる。

 

「私はルート・バールケよ、よろしくお願いします。」

 

カーヤに差し出された手を握り返し、コリント流の挨拶を交わす。お互いの利き腕を相手に預け合う。確かにこれは互いに信頼し合わないと不可能な挨拶だろう。

 

「私は15歳だよ、ルートは何歳なの?」

 

「15歳よ」

 

「それじゃ、私達は同じ歳だね」

 

姉のユーミは16歳、妹のユッタは14歳、マリーは13歳という話だった。

 

「それでルートはやっぱりお貴族様なの?」

 

最年少のマリーが上目遣いに尋ねる。

 

「私は以前は間違いなく貴族だったわ。今はよくわからないの。お祖父様が亡くなって、お父様との別の方が当主になって。一応は貴族としての籍はありご当主様の庇護下にあるのだけれど、お兄様と違って元々家を継ぐ立場でもなかったし、限りなく平民のような、軍に入隊できるくらい自由な立場だとは思うのだけれど」

 

「ここじゃそういうのは関係ないさ」

 

最年長のユーミが宣言する。

 

「私達姉妹は親が死んだ孤児でコリント卿の部下のセリーナ様とシャロン様に救って頂いたんだ。軍は階級はあるけど身分はないってお二人はおっしゃってた。だから、少しでもコリント卿のお役に立ちたいってみんな志願したんだよ」

 

ルートはアレスに来るまでは同年代の付き合いは社交界にしかなかった。そして彼女が社交界の花形だった時代は祖父の死と共に終焉した。今は身分を気にせず、孤児の子と話す方が気楽かもしれない。

 

「軍は自由か、考えた事なかったな、そんな事。」

 

「頑張れば頑張っただけ出世出来るなら、孤児の私達はどこまでも頑張れるよ。」

 

少なくとも気軽に話しかけて仲間扱いしてくれるだけ、上流階級向けの学校よりも風通しはいい。今まで付き合いのあった階層とは違っているが、士官候補生としては同じ立場だ。貴族社会から爪弾きされた逆賊の家の子としては、これくらい気軽に察してくれる方が楽だった。

 

「ねえ教えて。コリント卿の部下ってどんな方?私はコリント卿の部下はイーリス様しか知らないの」

 

「セリーナ様もシャロン様も良い方だよ、みんなに尊敬されてる。すごく偉くて、すごく強い。イーリス様に顔は似ているけど、もっとずっと若いんだ。」

 

「イーリス様とこの3人は姉妹だそうです。」

 

最年少のマリーが口を挟む。彼女はコリント卿の周囲の話題に関心が深い。

 

「皆、私達以上にそっくりだよ。セリーナ様もシャロン様も親切な方でね、前線から戻った時は学校に来てどっさりお菓子をくれるんだ、下の弟のハンスなんか大喜びさ。将来絶対、どちらかと結婚するって言ってるんだけど、お二人はもうコリント卿の奥さんになる道が決まっているんだよ」

 

「コリント卿の奥さんの軍の指揮官てセリーナ様とシャロン様っていうのね。そうなの、イーリス様によく似て綺麗な方なのね」

 

コリント卿の奥さんはみんな綺麗な人ばかりなのね、割って入れないじゃない、と少ししょんぼりとするルートに、カーヤは笑いかける。

 

「ルートもコリント卿の奥さんになりたいの?」

 

ルートは黙ってコクコクと頷いた。クレリア女王陛下とは望んだ相手の妻となって良いと約束済みだ。つまりコリント卿を口説き落とせば、女王の邪魔は入らずむしろ妻になれるように応援してくれるはずだ。

 

「じゃあ、ここにいるみんながライバルだね。セリーナ様やシャロン様に続けば皆、コリント卿の側室になれるんじゃないかって期待しているんだもの」

 

最年少のマリーが真剣に頷いている。残り5名ほどの女性陣も皆こちらの話を聞いている雰囲気だった。やはりコリント卿狙いの子は多いらしい。女王の婚約者とされながらも、結婚式前なのが可能性を感じさせる要因でもあるのかもしれない。

 

「こんなに競争相手が多いなら難しいのかしら」

 

ため息をつくルートの背をユーミはどんと叩いて笑って見せた。

 

「偉い人は奥さんがいっぱい持てるんだろう。一人前の士官として認められればコリント卿と一緒に働けるんだ、侍女になるよりこちらの方がチャンスがあるかもしれない。戦地での恋は珍しい話じゃないみたいだし。それにルートは綺麗でお貴族様の出身だ。この中じゃ見込みはかなりある方だと思うよ。」

 

「ええ、私頑張るわ、これからもよろしくお願いしますね」

 

コリント卿直々に呼び出されたのはチャンスだった。逆賊の身でありながら、か細いチャンスをつないでここまで来た。手を伸ばせばコリント卿に触れられそうな位置まで来たのだ。ルートも簡単には引き下がるつもりはなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。