【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる)   作:高坂 源五郎

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Ⅱ アロイス・セシリオ戦役 41話 【動乱編】 死線

Ⅱ アロイス・セシリオ戦役 41話 【動乱編】 死線

 

アランとの通信を終えたセリーナは、状況を正確に推察していた。

 

「アランとの通信はもう再開できないかもしれない。グローリアの到着もあてにならない。私達は独力で凌ぐしかないわ。」

 

軌道エレベーターが開通したのでパルスライフルのカートリッジ残量は多い。砦には物見の塔が用意されている。古い石組みの見張り台を再利用したものだが、パルスライフルの射角は確保できる。砦に立て篭もる事は想定して色々な準備は進められできた。兵を500ちょうどに絞ったのもその為だ。想定外だったのは、いつ救援が来るかも分からず見通しが立たないという点だけだった。

 

「私が塔に登るわ」

 

シャロンがそう宣言した。

 

「塔の上から魔道具を使います。それで敵はそう簡単に近づけなくなるわ。」

 

「それなら私と交代で上りましょう。」

 

素早く申し出たセリーナに対して、シャロンがきっぱりと断る。

 

「セリーナ、貴方が指揮を取るべき。だから私が塔に登るわ。それに案外、上の方が安全かもしれないわ」

 

「そんな事ない。間違いなく危険だから、無理はしないでね。」

 

シャロンから共有された視界はセリーナに敵の配置情報をもたらす。普段なら敵の位置はドローンで俯瞰して見る事が出来る。それがセリーナとシャロンの快進撃の理由の一端なのだ。しかし、今は太陽嵐の影響でドローンにアクセス出来ない。

 

(普段、私達がどれだけ手厚く支援されていたかが良く分かるわね。)

 

 

 

 

 

太陽嵐の発生で通信が途絶してから3日間が経過した。アロイス王国の3,000の兵は単なる先遣隊に過ぎなかった。追加の軍勢が到着し、砦を包囲するアロイス王国軍は膨れ上がった。考えてみればアロイス王都は目と鼻の先である、敵はその気になれば幾らでも兵を派遣できたのだ。

 

塔の上に陣取ったシャロンの活躍でアロイス側の接近は大きく阻止されていた。塔からの射撃が開始されると、セリーナが白刃を煌めかし敵の集団に突撃を加える。砦はその戦術でこの3日間を生き延びていた。

 

しかし塔の上から見える範囲は限られる。ドローンを使った上空からの観測とは比べ物にならない。砦に接近を図る敵部隊は視界内に入るが、包囲陣の全貌までは把握出来なかった。それでも高所から狙撃可能という利点は大きい。

 

「やはり、あの塔が邪魔ですな。」

 

副官から報告を受けたアロイス軍の司令官のジノヴァッツは暫し考え込んだ。名目上はアロイス国王の親征としたが、この軍の実権はジノヴァッツが握っている。

 

「アロイス王城に大型のバリスタがあったな、あれを取り外して持って来させよ。」

 

ジノヴァッツはアロイス諸侯の兵を奴隷の如くこき使う。しかもここはアロイス王都の目の前といえる場所だ。数台のバリスタは兵の奔走で数時間で本陣に届けられた。

 

「よし。あの塔にこのバリスタで矢弾をどんどん打ち込め。見たところさして強固な作りではない。連続して同じ所を狙うのだ。あんな塔は簡単に崩せるぞ。」

 

ジノヴァッツの指示通り、バリスタで矢弾が撃ち込まれる。矢弾が命中する衝撃を感じる度にシャロンは恐怖を感じていた。1発2発なら問題ない。でも、もう数十発の矢弾が撃ちこまれている。全弾命中している訳ではないが、命中する度に塔は強度を失い、大きく揺れ動くようになっていた。

 

(シャロン、もう限界よ。これ以上は無理だわ。)

 

懇願するようなセリーナの声が、シャロンに通信で届けられる。

 

(ダメよ、今は降りれない)

 

アロイス兵の攻撃は途切れない。今、シャロンが持ち場を放棄すれば敵は砦に殺到する。そうすれば砦の命運は風前の灯だった。所詮、敵と味方の数が違いすぎるのだから。

 

それに塔はもう立っているのが不思議な程に破壊されている。今さら下に降りようとしても、少し重心が変わるだけで梁が折れかねない。もう無事に下に降りられる保証も無かった。

 

(夜まで待ちましょう。その頃には太陽嵐が鎮まって状況が落ち着くかもしれないし。もしその前に塔が崩壊したら、運動神経の良い私がピョンと飛び降りるもの。)

 

(・・・分かったわ。シャロン、くれぐれも無理はしないでね。)

 

 

 

 

夕暮れ時、塔のシルエットが夕闇に沈みかける。そのまま日が暮れるかと思われた時、遂にバリスタの矢弾が塔の崩壊を導いた。終局はあまりにも一瞬で、射撃に集中していたシャロンが気がつくと床が抜けていた。

 

崩落した床の重みを受けてそのすぐ下の階層も崩落する。破壊が連鎖し、四方を崩壊する壁に覆われてシャロンは何度か床にぶつかって跳ね返りながら落下した。床だった物に衝突した衝撃で、シャロンの手を離れたパルスライフルが虚空を舞う。

 

「シャロンっ!」

 

セリーナの悲鳴が響く。立ち上がる砂煙の余りの勢いの強さに戦闘が停止した。そして砦を囲むアロイス勢が歓声を上げた。

 

「やってやっだぞ!」

 

ジノヴァッツが快哉を叫ぶ。自分の策の的中した時ほど、彼の心の震える瞬間はない。

 

「塔が崩れれば、後はもう追い詰めるだけですな。」

 

副官がジノヴァッツに取り入るように囁く。

 

「アロイス諸侯どもに攻撃を続けさせよ、後は何としてもあの魔道具の回収をしろ。」

 

コリントの双子の使う魔道具の威力は凶悪だった。あの魔道具は是非とも入手しなくてはならない。それは本国からの最上級の指令だった。

 

 

 

 

敵味方の兵が塔の跡地に殺到する。そこはもう砦の一角とさえ言えない。単なる瓦礫の山であり、砦の外の空間と化していた。最上階から順番に地面まで滑り落ちた筈のシャロンの姿はどこにも見当たらない。瓦礫の山に埋没したのだろうか。シャロンの手を離れて宙を舞ったパルスライフルだけがただ残されていた。

 

セリーナはシャロンの救出とパルスライフルの回収を急いだ。しかし、敵味方入り乱れてなかなか近づく事が出来ずにいた。激しい攻防に、その場の兵士達は息継ぎをする間さえない。

 

敵味方が入り乱れる、そんな兵達の足元を縫うようにして、小柄な影がパルスライフルに接近していく。時には兵の足に蹴り飛ばされながらも、魔法のような速さで影がパルスライフルの元に辿り着いた。

 

小柄な人影は歯を剥き出しにしてキキキと笑った。小さな腕にパルスライフルが抱え込まれる。銃剣として先端に取り付けられた電磁ブレードナイフが落日を反射して淡く煌めく。

 

嘲笑された感じたセリーナが、怒気と共にパルスライフルの銃口を向ける。しかし人影は素早く身を翻した。セリーナとの間には常に人類スターヴェイクの兵が立ちはだかる。そうなるように敵が位置取って逃げる。

 

(あの敵、射線という概念さえ理解しているなんて)

 

味方の兵を撃てないと躊躇する間に、シャロンのパルスライフルを抱えた人影は夕闇に紛れて姿を消した。

 

 

 

 

「でかしたぞ、マシラ!」

 

ジノヴァッツは歓喜していた。本国から最優先指令されていた魔道具を、マシラという名の配下が入手したのだ。これは偉大な成果だった。もしこの魔道具の複製に成功すれば、この大陸の征服さえ可能だろう。

 

「これは《銃》だな、間違いない。」

 

ジノヴァッツが素早く魔道具を見聞する。

 

「やはりアラン・コリントは遺跡破りの類と見える。このような優れたアーティファストはそうはない。」

 

ジノヴァッツの器用な手が、初めて見る機構の謎を解き、電磁ブレードナイフをアダプターからすんなりと取り外した。

 

「先端のこれは魔法剣のようだな。取り外し可能な槍として使えるのか。実によく考えられている。」

 

ジノヴァッツは取り外した電磁ブレードナイフをマシラに投げ渡した。

 

「これは褒美だ。受け取るがいい。」

 

アーティファクトを配下に下げ渡す。そんなかつてないジノヴァッツの気前の良さに、マシラが目を見開く。

 

「こちらは本国に送る、今後とも励めよ。次はコリントの双子の首を取れ。そのアーティファクトなら可能なはずだ。」

 

マシラはじっとジノヴァッツの目を覗き込むと、ゆっくりと頷いた。

 

 

 

 

 

「ジノヴァッツ殿と話をさせろ。」

 

「いつまで無謀な突撃を繰り返させるのだ。」

 

その夜、アロイス本陣には多数のアロイス諸侯が詰めかけていた。皆、例外なく強い疲労を顔に浮かべている。手傷を負った者も少なくない。

 

人類スターヴェイクの侵攻に対抗するアロイス国王の親征である。この機会に敵を破らねばアロイス王国に後がないと理解している。だからこそ飢餓に苦しむ中、一族郎党引き連れて参戦した。

 

しかしながら、連日アロイス諸侯軍は使い捨てにされてきた。敵の攻撃の矢面に立たせて突撃を繰り返させるだけなのだ。いかに新国家に忠誠を誓ったアロイス諸侯とはいえ、忍耐に限度というものがある。魔道具の的として命を終える、そんな事の為に彼らは生まれてきた訳ではないのだ。

 

あの厄介な塔はついに崩壊した。後は時間の問題である。誰もが休みを欲していた。しかしそれでも攻撃続行せよとの指示である。指揮を取る軍師ジノヴァッツと称するあの男、ヤツに不満が集中するのは当然だった。

 

「督戦隊は1歩前へ、槍を構えよ。」

 

アロイス諸侯の憤激を打ち消すような冷徹な号令が響いた。この寒空にミスリルの鎧を装備した重歩兵の一段が前へ出る。今まで控えていた彼らの鋭い鋼鉄の穂先が、アロイス諸侯軍に向けられる。

 

アロイス国王の直轄軍、いや、ジノヴァッツが引き連れた直属軍が整列していた。彼らは砦への戦闘にこれまで参加していない。全く疲弊せずに温存された大軍であった。

 

麾下の部隊がアロイス諸侯軍を圧迫したのを見届けると、国王の天幕からジノヴァッツが姿を現した。

 

「こちらの方が数が多いのでね。コリントの双子の悪魔を眠らせないようにしろ。諸君らは入れ替わり立ち替わり、昼夜を問わずに攻撃してくれたまえ。」

 

言いたい事だけ言い放ったジノヴァッツは、アロイス国王の豪華な天幕へと姿を消した。

 

「アイツは何様のつもりだ!」

 

「国王の権威を盾に好き勝手しおって!」

 

「友軍に槍を向ける恫喝するなど、信じられん」

 

姿を消した後でアロイス諸侯の不平不満が爆発する。しかしながら彼らとジノヴァッツを多数の槍衾が隔てている。それに表立ってジノヴァッツに反抗する気概ももうない。

 

「睡眠も食事も満足に取れぬ、この有様ではな」

 

ジノヴァッツが採用した焦土戦術によってアロイス国内は飢えに苦しんでいる。アロイス諸侯とて満足に食を確保できていない。にも関わらず、ジノヴァッツから提供されている兵糧は乏しい。結果として1食分を3回に分けて食い繋ぐような有様だった。これで気力が湧くはずもない。

 

アロイス諸侯が反乱の兆候を見せようものなら、ジノヴァッツ麾下の大軍に即座に背後から討たれるだけだろう。アロイス諸侯軍の優に3倍の兵力がいるのだ。疲労の度合いも装備の質も段違いである。

 

「あ、そうそう言い忘れていたよ。」

 

あられない格好をした美女を両脇に抱えたジノヴァッツがアロイス国王の天幕から再び姿を現す。アロイス諸侯の放つ不平不満の声が一斉に止まった。

 

ジノヴァッツの抱える女達は旧スターヴェイクからかき集められた名家の娘達だった。吹雪に素肌を晒して寒そうに震えている。

 

彼女達はアロイス王国の権力を握るジノヴァッツに玩弄されているのだ。その中には少なからずアロイス王国出身の娘さえ混じっている。王権をかさにきるジノヴァッツにとって、スターヴェイクの女もアロイスの女ももはや大差ない。彼女達全てが、ジノヴァッツが好きに虐げる対象でしかなかった。

 

「いかに美形であろうと、コリントの双子の悪魔は必ず殺せ。奴らは雌虎だ、油断したら喰い千切られるぞ。胴体と首を切り離すまで油断はするな。美女が欲しければ、手柄を立てれば良い。俺が好きなだけ回してやる。」

 

「手前の食い残しかよ。」

 

罵声が飛ぶがジノヴァッツは意に介さない。

 

「コリントの双子の悪魔を討て。そうすれば金も食い物も女も、全てを選り取り見取りでくれてやるぞ!」

 

少ないながらもヤケクソのような歓声が上がった。その声を背に受けながらジノヴァッツは王の天幕に引き上げていく。

 

「下衆め」

 

悪態をつきながらアロイス諸侯軍は、吹雪の中を再び砦への攻撃に向かった。常に背後を督戦隊に圧迫されながら進む、その足取りは実に重い。

 

スターヴェイク王国を滅ぼしたアロイス諸侯にはクレリア女王と和睦する道はない。自らの父や兄や母の首を刎ねた者を、許す存在などありはしない。アロイス王国再興に踊らされてスターヴァイン王家の首を刎ねた時、彼らの運命も定まったのだ。

 

「背中は地獄、進むも地獄、か。」

 

「もはや我らは幽鬼よ。死んだ身と思い戦え。」

 

思い足取りで懸命に前に進む。彼らは何のために生を受けたのか。今はコリントの双子の悪魔を倒す、それだけが彼らに与えられた目的である。

 

雪の降る中で食料もなく希望もなく、ただ後ろの槍に突き刺されて死ぬ事だけを恐れ、アロイス諸侯軍は再びセリーナの守る砦へと攻めかかった。

 

 

 

 

 

もう何度目か分からないアロイス諸侯の突撃を撃退した後、セリーナは柱に持たれてしばし微睡んだ。僅かでも魔力を回復させれば、まだ《ヒール》を発動できるかもしれない。備えておけば救える命があるかもしれなかった。

 

部下達も敵襲の声が掛かるまでは、同じように身を寄せ合って僅かな睡眠を貪っている。

 

(吹雪の良いところは、水には困らない事ね)

 

雪は降り続ける。鍋を出しておけばすぐ貯まる。砦には石炭がアランの配慮で有り余る程備蓄されていた。この砦は灯りと熱は贅沢に使える。

 

砦が暖かいというのは人類スターヴェイク側の数少ない利点だった。吹雪の中を仕掛けるアロイス諸侯軍は寒さのせいで動きが硬い。

 

数に圧倒されながらも味方の兵が撃退出来ているのは、砦の中だけが暖かいメリットを活かし続けているからだ。

 

(シャロンは無事かしら)

 

倒壊した塔の下から、シャロンを掘り出す余裕はない。塔のあった辺りは、アロイス諸侯の兵に占拠されて近づけないでいた。

 

兵を引き連れ何度か突撃を繰り返したものの、倒壊した塔の跡地の奪還は不可能だった。味方の兵が少なすぎてすぐに包囲されてしまうのだ。瓦礫を掘り返し、シャロンを捜索する時間はどうやっても捻出できなかった。

 

 

 

 

 

(セリーナ中尉、シャロン中尉、聞こえますか?)

 

突如セリーナのナノムが反応した。通信が入ったのだ。

 

(私は士官候補生のユーナです。セリーナ中尉、応答してください。)

 

(セリーナよ。ユーナ、まさか貴方なの?)

 

ユーナ達姉妹が士官候補生に選出された、セリーナはその事は知っていた。彼女達にナノムを注入された際、通信先のリストがアップデートされたからだ。

 

しかしながら士官候補生に通話機能は解禁されていなかった。だからナノムでのやり取りはした事がない。

 

(はい、私です。ユーナです。良かった、ご無事で!)

 

(ユーナ、ねえ待って、あなた今どこにいるの?)

 

太陽嵐により遮断された通信が回復したのなら、まずイーリスやアランからの連絡が入る筈だ。士官候補生がセリーナに連絡する状況は想像が出来ない。

 

(砦の上空を軌道上から降下中です。通信可能圏内に入り次第、中尉達の指揮下に入るように総司令に言われております。)

 

ナノムを通じてセリーナの仮想画面の状況がアップデートされる。ユーナに聞くより直接確認する方が早い。

 

軌道上の戦艦は、健在。

アレスは、魔物の侵入を許さず。

アランは、樹海の遺跡の探索中?

セリーナとシャロンは中尉に任官されていた。

 

軌道エレベーターから離脱した脱出カプセルが降下中!

 

カプセルの乗員は5名。全て士官候補生。パルスライフルと魔石を装備。そう、アランはちゃんと約束を守ってくれた。セリーナ達に援軍を送ってくれたのだ。

 

(では、今から私が指揮を取ります。ユーナ候補生、すぐに降下ボッドのセンサーを私に共有して。そして可能な限り早くパラシュートを展開して降下速度を緩めて。)

 

今、最も必要なのは敵の配置図だ。それが全員の死線を分ける事になる。セリーナの仮想ウインドウにポッドからの情報が流れ込む。現在の敵の配置が全て把握できた。上空から確認すれば流石に早い。

 

「皆、起きろッ!」

 

セリーナは声を上げた。

 

「敵の位置を掴んだ。今から敵を急襲する。生き残りたい者は全員後に続け!」

 

応ずる者は100名もいない、いや、200名、そして300名を超えた。ナノムが動き出す兵の数を正確に算出する。この数で動けば、確実に作戦を成功させられる。

 

「もうこの砦には戻らないわ。戦えなくても構わない。歩ける者は全員ついてらっしゃい。」

 

温存した魔力は《ヒール》に全て注ぎ込んだ。怪我の程度の悪いものから治療する。歩けない程の重傷者はいないはずだ。皆、死にそうな程に疲れ切っている。しかしセリーナが掴んだ僅かな勝機を逃すまいと、食い入るように彼女の一挙手一投足を見ていた。

 

「それでは、進撃!」

 

セリーナに率いられた500の兵は闇夜に紛れて姿を消した。

 

 

 

 

 

「いつまで休んでいるのだ、もうそろそろ攻めかかる頃合いだろう。」

 

督戦隊の冷たい言葉が闇夜に響く。凍った毛布から蹴り出されたアロイス諸侯の兵はのろのろと整列した。砦への間断ない攻撃、それが彼らの命じられた全てである。

 

「松明を灯す者は助かるぞ、奴らも狙撃するのに灯りがある方が有利だからなぁ。」

 

嘲るような督戦隊の声が響く。アロイス諸侯軍は声を上げてノロノロと砦へと攻めかかった。その大半は敵への罵倒に見せかけた督戦隊への恨み節である。そしてすぐに異変に気がつく。砦からの反撃が無いのだ。

 

「敵がいないぞ、姿を消した」

 

砦の中に突入しても人っ子1人姿を表さない。暖を取る為の石炭が各所で盛大に熱を発していただけであった。

 

「落ち着け、どこに行っても雪ばかりだ。逃げ切れる筈がない。朝を待って追跡するぞ。」

 

報告を受けた督戦隊の指揮官が決断する。その間にも、アロイス諸侯軍は争うように暖かい砦の中に入り込んでいった。この寒さを前に、暖かい光に惹かれるのは純然たる生存本能である。止められない。

 

「ち、クズどもめ」

 

督戦隊は舌打ちするも、敵の居場所が不明である以上、砦の占拠は必要と判断せざるを得ない。彼らもアロイス諸侯軍に続いた。篝火を焚いていた彼らでさえ、この夜の冷気は耐え難かったのだ。

 

内包する火の輝きで闇夜に浮かび上がっていた砦に敵が立て籠っていたからこそ、これまでアロイス軍の攻撃目標たり得ていたのだ。敵が夜の雪原に消えたのなら、朝が来るまで探す術はない。

 

「この吹雪の中、火がない環境にそう耐えられる筈がない。」

 

盛大にくべられた石炭の温まりに包まれていると、それより他に説得力のある意見などないように思われた。

 

「動き続ければどうにかなろうが、行き場のない敵だ、食料と燃料がなければすぐに立ち枯れる。」

 

「雪道だ、追先は容易だろうよ」

 

「ジノヴァッツ様に伝来だけ出せよ、本陣の守りを固めさせろ。」

 

「どうせ女を抱くのに忙しくて返事も来ねえよ」

 

皆好き勝手な意見を述べているが、砦を陥落させて熱源を確保した以上、もう動く気がないというのが本音だった。アロイス諸侯の兵は泥のように眠った。

 

「ふん、警戒だけは怠るなよ。」

 

督戦隊の指揮官としては、本陣へと使者を送りつつジリジリしながら夜明けを待つ事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

(皆、配置についたわね。)

 

(はい)

 

士官候補生達の元気な声がセリーナの脳内に響く。普段なら喧しいと注意しただろうが、今日この瞬間だけはその声でさえ頼もしかった。

 

(それでは、シャロン救出ミッションを開始します)

 

魔石を握りしめたセリーナの放つファイアーボールが立て続けに砦に突き刺さった。闇夜に爆音が鳴り響く。アロイス諸侯軍も督戦隊も度肝を抜かれる。

 

(射てっ!)

 

別々の方角からパルスライフルの閃光が砦を貫く。アロイス兵が逃げ惑う。しかし四方を包囲されているのだ。パルスライフルの閃光が見えない角度はない。闇夜が派手に染まる。敵は皆居竦まる、身動きが取れない。

 

(今よ、救出班は急いで。)

 

「救出開始っ!」

 

号令と共に崩れた塔の跡地に味方の兵が殺到する。アロイス諸侯軍の大半は暖かさに惹かれて砦の中に移動していた。死力を尽くして生き残った500の精鋭の前には、僅かな見張りの兵など障害とならない。

 

「1人ずつ瓦礫を掴んだらすぐに移動!」

 

号令役の士官候補生のルートが叫ぶ。その指示の下で、人が移動し瓦礫が取り除かれていく。

 

(そろそろです、セリーナ中尉)

 

(射撃班は後退して。シャロンは私が回収するから援護をお願い。)

 

4丁のパルスライフルが支援する中、セリーナは塔の基部に潜ってシャロンの救出を開始した。

 

 

 

 

 

ナノムの判定により重症と診断されたシャロンの身体は、緊急停止モードに入っていた。意識を止め、呼吸を浅くし、全身のダメージを緩和する。それはショックが全身に広がる事を遅らせる深い眠り。

 

外傷性のショックだけでなく寒さもシャロンに残された僅かな体力を削っている。ナノムに出来ることは傷をブロックし、シャロンが生き残れるようにその尽きかけた命を引き伸ばす事だけだった。

 

そんなシャロンを温かな光が包み込む。傷口の急激な修復を受けてナノムが仕事を開始する。血液中に放出された有害物質を回収し、蓄積したダメージを最小化していく。

 

(もう雪が溶けて春が来たのかしら)

 

寒さに震えていたシャロンは、温かさに包まれて目を覚ました。

 

「ごめんなさいね、時間がないの」

 

シャロンの両脇をがっしりとした腕が掴み、埋まっていた瓦礫から上へとひっぱり上げられる。

 

「救出完了、撤収!」

 

見知らぬ声が号令をかける。シャロンの両手両足を4人の兵が掴み、シャロンを持ち上げて走り出す。

 

「逸れたり止まったりすれば死ぬわ。生き残るには、声を潜めて全力で移動しなさい。私達は朝が来るまでに目的地に辿り着かなくてはならないのだから。」

 

指示を出すセリーナの声が闇夜にこだまする。

 

「では5列に別れます。ただ私の後についてひたすら走りなさい!」

 

号令一下、兵達が駆け出す。ただ前の者の背中を追いかける。逸れて終えば、その後ろの者も列から脱落する事になる。全員が必死に駆けた。

 

士官候補生達はそれぞれ列の最後尾につく。彼女達は牧羊犬のように、脱落しそうな兵を追いかけて列に戻していくのだ。

 

セリーナ率いる500の兵は、砦から押し出すアロイス諸侯の兵を尻目に再び闇夜に紛れて姿を消した。

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