【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる) 作:高坂 源五郎
Ⅱ アロイス・セシリオ戦役 42話 【動乱編】 矜持
そのトンネルの前でセリーナは率いる兵達に声をかけた。
「皆、準備はいいわね?」
決意に満ちた表情で兵達が頷き返す。シャロンを救出して砦を脱出した興奮状態の中、どうにか皆でここまで移動して来た。夜明けの訪れは間も無くだ。このトンネル内がどうなっているか分からないが、このまま外にいたらいずれ発見されるだろう。
士官候補生達を乗せた脱出ポッドが降下中と知った時、ポッドのセンサーを索敵に使おうと考えたのはセリーナの一瞬の閃きだった。熱の塊である篝火や人の集団の位置は吹雪く夜だからこそ簡単に把握できた。それで敵の包囲陣形の概要を把握したのだ。
敵の陣地を可視化すれば、効果的な攻撃場所も、発見されずに撤退可能なルートも割り出せる。既存の地形図と組み合わせれば目的地であるここまでの最適なルートも判明する。そうやってセリーナと麾下の兵は敵の包囲網を突破した。そして、遂にこの目的地まで辿り着いたのだ。
「私が先頭に立ちます。シャロンが最後尾です。ルート候補生、貴方はシャロンと共に最後尾をお願い。」
「はい。」
「マリー候補生、貴方のパルスライフルはシャロンに渡して。ユーナ候補生、貴方はマリー候補生とペアを組んでライフルのない彼女の面倒を見て。それぞれシャロンとルート候補生、ユーナ候補生とマリー候補生、カーヤ候補生とユッタ候補生がペアよ。」
「「「了解!」」」
段取りを確認すると、セリーナは素早く魔法剣を振るった。トンネルを封鎖していたはめ殺しの鉄格子が切り払われる。セリーナは中に入って様子を確認する。このトンネルは今は使われている形跡はなかった。
「では、進みましょう。」
4人の候補生がセリーナのすぐ後ろを固める。その背後を少し間隔を空けて兵達が続いた。松明はないが、天井の要所要所に士官候補生達がライトの魔法を発動していく。
ここはスターヴェイク王族が用いる脱出用のトンネルである。アロイス王都郊外から王宮内部まで続いている。反乱に際してクレリアの兄のアルフ王子が脱出を果たせなかった場所だった。
長いトンネルだとは聞かされていた。500の兵が入り切れるのは間違いない。トンネルの入り口は上手く最後尾のシャロンが隠蔽してくれる筈だ。雪はまだ降り続いている。アロイス王都に至る迄の彼らの足跡は、きっと雪が覆い隠してくれているだろう。
セリーナ達の逃げる先は、ここアロイス王都しか考えられ無かった。雪原を目的もなく彷徨うのは自殺行為である。砦を離れれば、燃料も食料もすぐに尽きるだろう。アロイス王都は敵地の真っ只中であるが、隠れる余地はある筈だ。王都潜入は、包囲された砦で死を待つよりはマシな選択肢だった。
『状況を好転させるまで、数日間だけ耐えてくれ』、それが士官候補生に託されたアランからの伝言だった。
隠し通路を使うのは、ここなら警戒が薄いだろうと考えた為だ。それに王宮は広大な敷地と聞いている。民衆で溢れる街中より、王宮内の方が隠れる場所を探すのに苦労しないだろうという読みもあった。
(この分だと警戒はされてなさそうだけれど、王宮側の扉は封鎖されているかしらね?)
セリーナとシャロンが何故このトンネルの存在を知っていたのか。砦に赴任するにあたり、アランから指示を受けていたのだ。『アロイス王都攻略の際に、使えるようならこのトンネルを使って王宮内に潜入を試みてくれ。』と。
トンネルはスターヴェイク王宮裏手の崖の下から登るような構造をしている。全長は1キロメートルもないだろう。トンネルの出入り口は本来は番小屋や厩があり、兵士が詰めている場所だった。だが、今は誰も知らぬ廃墟として全て雪に埋もれていた。
カロットの報告で、アランはこのトンネルに興味を持ったという。トンネルの概要を掴む為、クレリアやエルナ、カロットからセリーナとシャロンの2人は聞き取りしていた。
アロイス側の誰がどこまでトンネルの状況を把握しているかは賭けだった。警戒されていないところを見ると、この脱出路は敵の内部であまり周知されていなかったようだ。
恐らく、トンネルで待ち伏せたのは軍の高官のロイス卿だったのだろう。そしてロイス卿はトンネルを封鎖しておけば何かの折にまた使えると考えたのだろう。王族を処刑し終えたその時点ではクレリアと近衛が生き残っているなど、ロイス卿は考えもしなかったのだろうから。
トンネルの行き止まりは、白い大理石の壁だった、見るからに王宮の壁に見えるが、それが扉なのだとしたら開放方法が分からなかった。ドアノブも手をかける窪みもない。セリーナは途方に暮れた。
ここにあまり時間をかけていられない。魔法剣で破壊すれば中に入れるだろう。だが痕跡は目立つ筈だ。潜伏の確率を上げるなら、目立たない方法を取りたい。どちらにするべきだろうか?
じっと考え込むセリーナに、背後の士官候補生達も気がついた。
「あの、片開き戸じゃないでしょうか?』
ユッタが声を出す。
「構造が分かるの?」
「はい、天井にライトをかける時に気がつきました。1番上に溝があるからドアじゃないかって。」
確かに壁の最上段に微かだが黒い線が入っている。あれがドアの輪郭なのだろう。
「はい、こちらは押す構造なので掴むものが用意されていないのだと思います。」
セリーナが壁の中央を押してみる。簡単には動かないようだ。
「多分、ドアのどちらかに回転軸が用意されていると思います。」
「となると、どこが回転軸かしら?」
通常、ドアは右手で操作する構造になっている。押すか引くかで言えば、防衛する側が引く構造のドアが多い。となると王宮内から見て壁の右側を引く構造の筈だ。その場合の回転軸は内から見て左側となる。
「となるとドアの回転軸は、私達から見て右側。そして私達は押せばいいのね。」
3名ほどでドアの左を押すと反応があるような気がする。留金かストッパーのようなものがあるようだが、力を掛ければ開くかもしれない。
「手伝いなさい。」
最前列の兵に声をかける。士官候補生と交代してドアを押させた。これで駄目なら破壊して入る他ないだろう。皆、どうなるか固唾を飲んで見守る。
大理石の壁は動き始めた。隙間が開き始める。しかし隙間が開き始めたところで動かなくなった。何かつかえているようだ。音を立てないように力を込めるだけでは、これ以上は難しい。
「反対側に何か物が置かれているようです。私、見てきます。」
焦れたマリーが開かれた隙間に飛び込む。マリーは最年少で小柄だし、手に何も持たない。あっという間に僅かな隙間を潜り抜けた。セリーナやシャロンでは、きっと鎧を脱いでもまだ頭や胸やお尻が引っかかってしまうだろう。
「分かりました、壁の前に机が置かれています。今動かしますから、壁は押さないで待っていてください。」
ガタガタと机を動かす振動が響く。マリーも必死なのだろうが、その気配で誰か様子を見にこないかセリーナはヒヤヒヤした。
(マリー候補生、出来るだけ音を立てないようにして。敵が来るかもしれません。)
(あ、わかりました。)
遂にドアがもう少し開いた。これなら大の男は無理でもセリーナは通れそうだ。
「私が潜り抜けて偵察してくるわ。皆はここで待機して。音を出さないように。」
セリーナの指示が漣のように後列に伝えられていく。セリーナはパルスライフルを先に王宮内に入ったマリーに渡すと、壁に開いた隙間を潜り抜けて自分も王宮の中に入った。
(広い。そして思っていたほど、荒らされていない)
王宮門の攻防の段階で王族が諦めて降伏した、とカロットは報告した。だから王宮内は戦闘の場とはならなかったのだろう。床には豪奢な絨毯が敷かれている。ここは部屋ではなく廊下のようだ。花瓶を載せたテーブルを壁沿いに置き、隠し扉の存在自体を隠蔽していたらしい。
外から隠し扉を開けようとすれば、机が邪魔をする。無理に押し上げれば花瓶が落ちる。絨毯を敷いてあるとはいえ、花瓶を壊したり机が動けば衛兵も気がつく。
隙間からマリーが抜け出せて幸運だった。このテーブルも大理石で壁と一体化するような造りをして重い。外からはそうそう簡単に動かせないようになっている。
衛兵が壁にもたれたり、メイドが壁に触るのを卓が防いでいた筈だ。後は近くに衛兵を待機させれば事足りる。セリーナは花瓶を安全そうな別の卓に移動させ兵が出れるくらい隠し扉を開いた。衛兵がいないのは、隠し通路の存在を軽視しているか知らないのだろう。
(少し偵察をします、貴方はここで待機を)
(了解しました)
マリーに指示を与えると、セリーナは廊下を先に進んだ。先ほどは少し騒がしかった。明け方に目を覚ましている者もいる筈だ。誰か気がついた者があるかもしれない。周囲の構造の把握も必要だろう。探知魔法はナノムがごく小さな魔素の塊を飛ばす構造だ。壁や扉の先までは分からない。
扉を開けた先で、セリーナはこちらの様子を伺う女性の一団と遭遇した。きっとマリーの立てた音で警戒されていたのだろう。
「貴方は何者ですが、名乗りなさい。ここをアロイス王宮と知っての狼藉ですか。」
中央にいる最も高貴そうな衣装の女性が、セリーナを問いただす。セリーナは素早く魔法剣を引き抜いた。この一団に武器を持った者はいない。彼らの事は簡単に制圧できるだろう。
「残念ね、私達は人類スターヴェイク帝国の者です。静かにして。この王宮はクレリア女王の支配するべき場所、こちらに返して頂くわ。」
そう言って剣を突きつけると、やや意外な事に侍女達は膝をつき女神に感謝して始めた。
「おお女神ルミナス様、感謝致します。」
セリーナは訝しんだ。中央の女性はアロイス王の妃、あるいは王女だろうか。髪の巻き方と冠の種類で高位女性の身分が分かるらしい。そうクレリアが言っていた受け売りの話だが、ナノムに参照させる。
彼女の髪は即位前のクレリアやウルズラに近い装束に見える、という事はアロイス王国の王女なのだろう。なぜ人類スターヴェイク帝国の兵を見てアロイスの王女とその侍女は感謝するのだろう?
「訳が分からないわ、貴方達アロイス王国の人間でしょう?」
「聞いてください、この方はスターヴァイン王家に縁の方です。そして私達はスターヴェイクの貴族なのです。」
そう聞いてもセリーナは油断しなかった。ただ、通信を通じてシャロンを呼び寄せる事にした。太陽嵐の影響でも、視界内くらいの距離なら通信には支障ない。
(シャロン、ルートとこちらに来て。アロイス王族と思しき女性に剣をつきたのだけれどスターヴァイン王家に縁があると言っているの。一緒に話を判断して欲しい。兵達は隠し通路に待機のままで。そちらはユーナ、貴方に任せるから何かあるまで静かに待機させていて。)
((了解!))
「さて、手短に事情を聞かせてもらうわ。なるべく早く、兵の落ち着き先を決めたいから。」
セリーナの言葉に、王女らしき人物は頷いた。
「私はギルベルタ。今でこそアロイス国王の王女として扱われています。しかし、父がアロイス国王に即位する前は、アゴスティーニ侯ロートリゲンの娘としてスターヴァイン王室に側室として差し出された身なのです。」
やはりアロイス王国の王女か。ナノムの反応は、今の話の信憑性がかなり高いと出ている。シャロンも頷いていた。
「なるほど、格好の人質が手に入った訳ね。」
「お待ちください。お方様は私達スターヴェイクの貴族の娘を可能な限り救ってくださいました。私がいる限り、アロイスの兵に無体な事はさせないと。」
そう言って侍女達はギルベルタに取り付いてさめざめと泣いた。
「その話は長くなりそうね。後でゆっくり聞かせてもらいます。まずは私の兵達を休ませたいの。」
(ユーナ、兵達にゆっくりと静かに王宮内に入るように伝えて。ここに潜伏します。)
セリーナは侍女達に告げた。
「王女は私達の人質とします。アロイス兵に報告したり、導き入れたりしたら彼女に危害を加えます。それ以外は何もしない。だから安心して指示に従って。」
「皆、言われた通りにしなさい。」
セリーナは侍女に指示を出したギルベルタに向き直る。
「ギルベルタ、貴方は私に王宮内の構造を教えて。シャロンとルート、まずは侍女を連れて、この場にいない侍女や下働きを全て呼び集めて来て。可能な限り静かにお願い。」
手筈を整えると、セリーナは最寄りの談話室で詳細の確認を行った。ここは王宮内の内室と呼ばれる王族の生活空間のようだ。王宮の最深部であり、独立した構造になっている。セリーナ達が使った隠し通路を除いて、ここに入る扉は正面の1箇所しかないらしい。
「つまり私達が入って来た隠し通路以外だと、内室にはこの中央扉以外からは入れないのね?」
「はい、そうなります。」
ギルベルタは協力的だった。
(シャロン、ギルベルタの説明通りか内室の構造を検証して)
(了解)
兵の収納を終え、シャロンや候補生が手分けして内室内の人間を全て呼び集めると、ギルベルタの説明が正しかったと判明した。
人類スターヴェイク帝国に内室内が占領されたと聞いて、召使達の反応は概ね好意的なものだった。この事は、アロイスでなくスターヴェイクの人間が多いという状況を裏付けしているように思われた。
(これなら何とかなりそうね)
(ええ、あの砦より環境が良いくらいだと思う)
今はアロイス国王は不在で、主人となるのはギルベルタしかいないらしい。疲労困憊した兵達は空き部屋を割り振り休ませる事とした。床に雑魚寝だが、敵に囲まれた吹雪の中に比べれば眠れるだけで天国だった。士官候補生達は見張りに立たせる。彼女達のナノムに命じて居眠りを防止させる。
「あの、貴方に侍女の服を着てもらう方が良いと思うのだけれど。」
セリーナと話し込んでいたギルベルタがそう言って、ルートに侍女の服を差し出した。
「私が? それはなぜでしょうか。」
「だって私は内室に誰か訪ねてきたら対応しなければならないのです。その時には私の監視を解くのですか?」
言われてみればその通りだった。
「ルート、彼女のいう通りだわ。着替えて来て。」
セリーナの指示が飛ぶ。
「私でなくて、他の人ではダメなのでしょうか?」
「残念だけれど、侍女としての通用する振る舞いを理解しているのは貴方しかいないと思う。」
この場にいる他の士官候補生、ユーミ、カーヤ、ユッタ、マリーは孤児だ。そうでなくても王女の侍女は貴族出身者が普通だ。庶民ではすぐにボロが出るだろう。ギルベルタが観察してすぐにそうと気がついた程なのだ。ルートは頷いた。
「分かりました。私がやります。」
「さて、お陰様で兵達も落ち着いたわ。そこで改めて事情を教えて欲しいの。」
セリーナとシャロンがギルベルタに切り出す。この会話は士官候補生達にも通信を通じて共有していた。
「まず、自己紹介なら始めましょう。私はセリーナ、こちらが妹のシャロンよ。」
「ロートリゲン・アゴスティーニが娘、ギルベルタです。有名なコリントの双子の噂は耳にしています。お会い出来て光栄だわ。」
「それでは聞かせて、ギルベルタ貴方の話を。」
ギルベルタ・アゴスティーニはスターヴェイク王国の南部に領地を持つアゴスティーニ侯爵ロートリゲンの娘として生を受けた。父親はさして目立つ人物ではなかった。敢えて言えば政治的に透明な人だった。
国王に要請されればそれに従う。南の貴族の会合では周囲に同調する。酒を飲めば付和雷同するが、酔いが覚めれば何を言ったかすぐ忘れ去る。当たり障りなく野心もなく無害な人物。武勇に優れる訳でも知略に優れる訳でもない。美徳があるとしたら、人の悪口を言わない事くらいだろうか。
酒の席では大人物とおだてられましたが、実際は平凡さを突き抜けて埋没するくらいの存在。侯爵の地位がなければ誰も見向きもしない平々凡々たる男だった。ギルベルタ含めて子供達も凡庸だった。そんなロートリゲンが注目を集めたのは、『娘のギルベルタを側室として差し出してくれないか』と国王に請われた時だった。
ギルベルタにとっては晴天の霹靂だったが、兄達によると前々から話くらいはあったらしい。それまでアロイスを代表する大人物と言えば軍務大臣のロイス卿が筆頭だった。対抗馬として財務大臣がいた位だが、狷介な性格で老境でもあり、能力はあれど人を率いる存在ではなかった。
「私が王宮入りした時は、ちょうどアルフ王子が南と西の視察に行かれた折でした。」
ロートリゲンは国王と親しいアロイスの大貴族として突如、政争の場に出現した。埋没した存在に光が当たると印象は強まる。『能ある鷹が、これまでは爪を隠していたのだ』など過大な評価も受けた。
今にして思えば、ギルベルタ個人が国王の目的ではなかった。あくまでも宥和政策の一環だったのだろう。アロイス貴族の中で王家に近づけても害のない人物、国王の頼みを断って不穏な波風を立てる人物でないと父は王に見込まれ、ロイス卿の対抗馬として仕立て上げられた。
スターヴァイン王家のその試みは成功し、ロートリゲンの周囲にアロイス貴族の穏健派が形成された。ロイス卿は考えがいささか急進的であり、何より爵位が侯爵に及ばない。アゴスティーニ侯の名と性格は、アロイス貴族に担がれる神輿として最適だったのだ。だが、そのまま穏健派派閥の領袖のままでいられたら、彼ら父娘は平穏に暮らせただろう。
「アロイス建国はどこかおかしいのです。ロイス卿が兵を上げた事も唐突でしたが、スターヴァイン王家に近しい父がそれに合流する筈がないのですから。」
だが、ロイス卿により王都が陥落し、ギルベルタを除く王族が処刑されるとアゴスティーニ侯爵を中心とする穏健派の動向も変わったようだ。彼らは続々とルドヴィーク攻めに参加したのだという。
「私が生かされたのは、アロイス貴族の血を引く為だと考えました。ロイス卿は我が父に遠慮したのだろうと。」
ロイス卿の勢力は元々は大きくない。軍部を掌握しても、スターヴェイク諸侯を倒すにはアロイス諸侯の支持が必要だった。そしてアゴスティーニ侯爵の派閥はロイス卿より遥かに大きいものとなっていたのだ。
「私はロイス卿が父と取引する、いえ取引したのだろうと考えたのです。それで私の身が安泰なら、救える方々を救おうと決めました。」
王宮内には多数のスターヴェイク貴族が逃げ込んでいた。その中の年若い者は全てギルベルタが侍女という体裁にして匿ったのだという。
「自分の領地にいる貴族は恭順を示せばまだ救われたようですが、王都にいた若い貴族令嬢は特に兵達に狙われたので。」
「なるほど、そういう事情だったのね。」
アロイス王宮にギルベルタが居続けたのなら、ロイス卿とアゴスティーニ侯爵との間でどのような話があったかまでは不明だろう。少なくともナノムの判定ではギルベルタの話から嘘は感じられない。
世に知られた事実として伝わるのは、スターヴァイン王家を倒したのは軍を掌握したロイス卿だという事。だが実際に国王として即位したのはアゴスティーニ侯爵という事だけだった。どちらが主犯かなど、細かい関係性は分からない以上、ギルベルタの話は今の所は矛盾しない。
「私としては即位は父の本意ではなかったと思います。ただロイス卿が王都を陥落させた後、長い物には巻かれる主義の父がロイス卿の言いなりになったのは、充分にあり得るとは思いますけれど。」
「父親のロートリゲンとは、王都陥落以降は会っていないのかしら?」
「いいえ、父の即位式で一度だけ。そこで私も王女として冠を授かりました。しかし兄達の姿はありませんでした。」
スターヴァイン王家に側室として献上された過去は消され、アロイス王国の唯一の王女の扱いとなったという。
「父の子で最年少は私ですし、結婚式を挙げた訳ではありません。ですので嘘とまでは言い切れないのですが。」
ただ、即位式での父親の様子はおかしかった。仕切るのは実家では見た事もない男達である。そして兄達は王子として名が記される事はなく、姿も見せなかった。それでギルベルタは痛感したのだ、所詮彼女の父親は傀儡でしかないのだ、兄達ももう生きてはいない可能性が高いのだと。
「私は恐らくロイス卿の妻となるのだと思っておりました。その形なら、アロイス貴族の取りまとめ役が一本化されますので。」
沈黙が場を支配した。ギルベルタは政略結婚の駒でしかないと自らを見做して生きていたのだ。セリーナもシャロンもむっつり黙って考え込んでいる。
「貴方に敬意を表して先に伝えておくわ。私は貴方を虜囚とし、危害は加えないと約束しました。しかし、それは私の権限が続く限りです。」
セリーナが口を開き、ギルベルタにそう告げた。
「アロイス王国の取り扱いについて、コリント卿はクレリア女王に判断を委ねています。ギルベルタ、貴方を裁くのはクレリア女王です。」
セリーナがそう言い終わると、シャロンも続いた。
「私達は貴方の言葉を疑っていません。だからクレリア女王がどう考え判断するかまでは分からないわ。」
ギルベルタもしばし沈黙していたが、重い口を開いた。
「私の父が許されざる罪を犯した、その事は分かっています。私の願いは匿った皆を無事にクレリア女王の元に送り届けたいだけです。後はクレリア女王の裁定に身を委ねる事に異存はないわ。」
それを聞き届けたセリーナとシャロンは立ち上がり、ギルベルタに握手を求めた。
「全力を尽くすと約束します。ギルベルタ、貴方の事も私達の権限が及ぶ限りは悪いようにしない。」
「この手は?」
「コリント流の挨拶です。信頼の証として、利き手を預け合うのです。」
侍女の服装に着替えていつの間にか部屋に戻ったルートに促され、ギルベルタはセリーナとシャロンと順々に握手した。
「これでいいのかしら?変わった風習なのね。」
「ええ。手を握り合うこれがお互いの信頼の証よ。」
「ルート候補生、ここは頼みましたよ。」
そこまで言い終えたセリーナとシャロンは限界だった。士官候補生達と使う予定にしている部屋に行き、鎧も脱がず装備を外さずにひっくりかえった。
(士官候補生達、見張りをお願いします。何かあれば起こしてちょうだい。特にギルベルタの監視はルートの働きにかかっているわ。通知があればナノムで飛び起きるけれど、今は寝かせて。)
ストックが尽きました。明日更新の可能性はありますが確率としては半々。以降は2月中の更新予定となります。