【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる) 作:高坂 源五郎
Ⅱ アロイス・セシリオ戦役 43話 【動乱編】 交信再開
イーリスの義体を抱き抱え、俺は軌道エレベーターに到着した。ここに向かう途中でグローリアの様子を確認しだが、グローリアも既に眠っていた。ワイバーンのようにスタンピードの影響を受けたのだろう。イーリスはそつなくナノムの処置してくれていたようだ。
会話可能だから忘れていたが、ドラゴンにも魔石はある。魔石の有無が魔物と人や動物の違いという話なら、やはりスタンピードで影響は出てしまうのだろう。
(スタンピードの存在は盲点だったな・・・。)
ケーブルの基部にイーリスの義体をそっともたれかけさせる。目に見える変化は無いが、きっとイーリス本体との信号の再開が始まっている筈だ。
体内に衝撃を感じて以来、俺のナノムの調子もおかしかった。インターフェースは開けるが、エラー吐くし通信も途絶したままだ。通常、管理AIに再接続すればナノムの不具合は正常化される。イーリスの義体の再起動の為だけでなく、俺もイーリス本体との接触を必要としていた。
俺はケーブルにそっと触れた。一瞬の接触でも、仮想空間の表示ではエラー警告の出るナノムが急速に正常化されていく。そして、イーリスの義体が目を開いた。
「艦長、私は。」
「再起動が完了したようだな、動けるか?」
「はい、機能に問題ありません。」
ここから先の会話は、通信回線に切り替えよう。
(艦の損害状況を教えてくれ)
(ダメージを受けましたが、健在です。艦長のナノムも被害を受けています。修復完了までケーブルに触れたままでお願いします。)
(了解した)
ケーブルに触れているとイーリスの声が明瞭になった。
(義体の修復は完了しました。艦長のナノムの調整は引き続き行います。義体にはスタンピードの対策を取らせますがよろしいでしょうか?)
(了解した。進めてくれ。)
イーリスの義体が立ち上がり、一礼すると離れていく。スタンピードの対策の指示を出しに行くのだろう。
(それで一体、何が発生した? やはり太陽嵐の影響なのか?)
太陽嵐の影響がナノムに不調をもたらすなど、これ迄に聞いた事もない。
(はい、太陽嵐の放射ですが、被災した艦であっても通常はここまでの被害は生じません。恐らく、これは兵器として強化された出力です。)
兵器。ナノムを損傷させ、イーリス本体さえ危うくする兵器がこの惑星に存在するというのか。今の文明では、そんなものに対抗できないだろう。暗い予感を覚える。
(そして今回発動した兵器は、超空間から強制ワープアウトした際に得た衝撃と同質のものです。)
(なんだって? その兵器はこの星の太陽の中に存在しているのか?)
(はい、そう考えるのが妥当でしょう。)
元々、航路を外れたこの恒星系に転移した理由は謎だった。『超空間内を航行中に受けた4方向の攻撃』とだけ報告を受けている。何らかの兵器の影響によるのであれば、艦の離脱先にその兵器の一つがあってもおかしく無いのかもしれない。
(その兵器によってこの惑星へと強制的に引き摺り出されたのか。)
(少なくとも、艦長が初期に降下した際の通信障害の説明はつきます。)
軌道から降下した直後はイーリスの返信がなかった。それで通信インターフェースを閉じていたのだが、あの時の通信状態も兵器発動の余波が残っていたという事なのだろうか。
恒星のエネルギーは人を基準で考えると無尽蔵と言っていい巨大なものだ。兵器として活用できるなら、バグスを倒す為に人類だってそうするだろう。あの馬鹿げた高威力についても、恒星から直接エネルギーを引き出せるなら説明可能なのかもしれない。しかし恒星の操作など、果たしてどうやって行うのだろうか?
(太陽嵐をなんらかの技術で人工的に強化し、指向性を持たせているようです。)
(今回も軌道上の《イーリス・コンラート》が標的だったのか?)
(いいえ、今回の影響は広範囲で射出元も恒星内からのみの1方向です。距離も超空間にいた時よりも比べ物にならない近距離です。兵器としての照準が合っていれば、この被害では済む筈がありません。)
問題の攻撃は、この恒星系からも離れた位置で超空間内を航行していた《イーリス・コンラート》を仕留めたのだ。艦の状態が完全だった事を鑑みても、その威力は今回とは比較にならないだろう。
(出力自体は強化されているが、指向性を持たせない、標的を定めずと言うのは空撃ちに近いな。広範囲を狙う電磁パルス攻撃の一種だろうか?)
(通信阻害が成立している現状から考慮すると、それに近い目的が考えられます。ただ、別の意図があるかもしれません。また恒星を相手にする場合、どこまで制御可能かという点も懸念されます)
(ああ、一定の出力内に抑えようとしてもムラがあれとすれば出力が大きすぎる場合も出るな)
(ええ、兵器の規模や性質を考えると威力が過小に過ぎます。ボイラーの解放弁のような意図と認識する方が良いかもしれません。)
溜まりすぎた蒸気圧を逃すように、高まりすぎたエネルギーを逃す意図かもしれない、か。威力の違いからすればそれくらいの規模感と解釈するのが穏当かも知れない。恒星の制御技術など人類は持ち得ない。現状の把握すら困難なのは歯がゆいな。
(今回、太陽嵐が予想されていたが、今後の発生を予測できるか?)
(予備動作として恒星の活動を活発化させる以上、可能と推察されます。太陽の活動期についての記録があれば予測精度の向上も見込めます。ただ他の3箇所が他の恒星系と考えられる以上、所在が不明であれば遠距離からの攻撃には対応不可能ですが。)
(わざわざ超空間を通して4方向から恒星から導き出したエネルギーを狙撃に使う?もしその推測の通りなら信じがたい技術だ。)
(はい。我々に可能なのは太陽の活動を観測する程度です。しかし近傍の恒星を観測すれば予測は可能な筈です。)
(しかし、予知出来ても予防手段がないな。)
腰のレーザーガンを抜いて、眼下の水堀に向けて試射する。閃光と共に煙が立ち昇った。機能に問題ない。
レーザーガンやパルスライフルは軍用品であり、宇宙空間で使用する前提なのでその辺りの耐久性は高く設定されている。ナノムに障害を発生するほどのエネルギー波でもこうして使用できるのは、軍用としての耐久性の高さが理由だろう。ナノムに限界があるのは、人体に害があるような場所での使用はパワードスーツなどの装備が前提となるからだろう。
本来の設計通りならイーリス本体も問題なく耐えられる筈だ。単なる装備品よりも当然ながら要求水準は高い筈なのだから。だが、先の事故の衝撃で《イーリス・コンラート》が損傷しているのが祟って被害を出してしまったのだろう。
(パルスライフルやレーザーガンのシールドなら耐えるようだ。やはりこの兵器の本番の出力じゃなさそうだが、まずはその基準が予防の目標だな。)
(艦長、その件でご報告があります。クレリア女王のナノムには損傷が全く見られませんでした。)
どうやらイーリスの躯体がクレリアと出会ったらしい。そしてナノムの修復を試みた結果、正常だったとイーリスは語った。
(リアは俺と大差ない位置にいた。そしてイーリスの義体の真横だ。位置的にはナノムに損傷がないとは考えにくいな。)
リアの様子がどうだったかを振り返り、俺は気がついた。
(ミスリルか。確か、リアはミスリルの鎧をつけていた。)
ミスリルの鎧は製造方法を含めて謎が多い。エネルギー波を抑制したと考えても不思議ではない。元々、金属は電磁波を遮断するのだ。ミスリルがエネルギー波の阻害に優れていても不自然ではない。
(はい。金属鎧で覆われていたという点を鑑みても、その可能性は十分に考えられます)
(もしミスリルが原因であるなら、セリーナとシャロンのナノムは今回の衝撃での損傷を免れた可能性が高いな。)
敵の襲撃を受けた彼女達は、間違いなくミスリルの鎧を身につけていた筈だ。彼女達のナノムは健在の可能性が出てきた。
(ええ。ナノムの大半が正常なら異常を出したナノムは自動修復されます。艦長や私の義体のナノムは損傷がひどくて自動修復される範囲を超えていましたが。)
(となるとミスリルの鎧の重要度が増すな。安定的に入手したい。そうだ、2人に救援を送る必要がある。イーリス、何か方法はあるか?)
セリーナとシャロンの事を忘れていたわけではなかったが、つい検討に夢中になってしまっていた。対策を考える上でも必要な検討だっただろう。
(スタンピードの影響で陸路は封鎖されています。使用するのであれば、軌道エレベーターを使用して軌道上に上がり、ケーブルからポッドを切り離して降下させる手段があります。)
(宙兵の降下作戦の要領か。パワードスーツや降下用シャトルでないのが残念だが、今の脱出ポッドで可能なのか?)
(想定内の使用であり、全く問題ありません。アロイス側に対抗兵器が存在しないと考えられる以上、太陽嵐の影響下でも降下までは安全に行えるでしょう。)
(よし、その方向で候補生に準備させてくれ。この際、出し惜しみは無しだ。俺が使える魔法も選抜者には全てナノム経由で伝授して欲しい。パルスライフルも持たせよう。俺も志願者の選抜に立ち会う。)
(了解しました)
会議室には遅れて戻った。ギルド長の2人は不在で、ロベルトとリアが残っている。ザイフリートもまだこちらには来ていない。倒れたイーリスが先に戻った事に違和感があったのだろう。リアが尋ねる。
「遅かったのね、アラン」
「ああ、ちょっと色々と見てきたんだ。」
マジマジとリアの鎧を観察する視線に気がついたリアがたじろぐ。毛皮を上に着込んでいるから目立っていないが確かにミスリルの鎧を身につけていた。
「アラン、そんなマジマジと見つめられると恥ずかしいわ。」
「すまない。ミスリルの鎧が気になってね。急に俺も欲しくなったんだ。」
冒険者仕様だったリアの鎧は、ガンツ占領に前後して王族として相応しい仕様に戻していた。元々、身分を隠すための措置だったので、リアの身分が明らかになった以上は王族の設えの方が正しいのだ、と強硬にロベルトやエルナが主張したのだ。
「ああ、スタンピードのような事が起こるとアランでも優れた鎧の必要性を感じるのね。いずれ作らせれば良いじゃない。」
毛皮などで補う必要があるが、冬場でもミスリル製の鎧は苦にならないらしい。鎧についてリアと談笑しているとザイフリート共にカロットが戻った。ザイフリートも険しい顔をしている。
「閣下、水路を含めて各門の封鎖を終えましたが、スタンピードが本当に発生するのでしょうか?」
「冒険者ギルド長の報告を聞く限り、その懸念は強いと考えている。」
ザイフリートの視線が訴えているのは、スタンピードが常態化するとまともな都市機能の維持が難しいという事だろう。いや、現有兵力では都市を守り切る自信がないという事か?
「ザイフリート、今の防衛配置の状況をざっと説明してくれないか。」
「かしこまりました。」
ザイフリートの説明をイーリスに中継する。
(イーリス、会議を再開したいがこちらに戻れるか?)
(今向かっております)
諸々の手配を終えたのだろう。ザイフリートの長々とした現状の防衛配置の説明中にイーリスが2人のギルド長を引き連れて戻ってきた。よし、なんとか揃ったな。
「ありがとう。適切に兵を配置してくれている。」
説明を終えたザイフリートが懸念を述べた。
「スタンピードの期間次第ですが、魔物に防衛線を突破されると厄介ですな。はてさて、どうしますか。」
「大丈夫だ、アレスはスタンピードの発生を見越した対策はしてある。」
俺の言葉に説明を終えたザイフリートが向き直った。
「堀割りの事でしょうか?確かに区画を区切れば魔物の侵入範囲は限定されます。ただ、魔物とて泳ぐことはできましょう。それを想定して堀から魔物が上がる事を懸念した配置にしておりますが、やはりスタンピードの規模によります。」
「堀の水はイーリスに命じて抜かせている。魔物相手なら容赦は要らない。奥の手を使おうじゃないか。」
堀の水は意図して排水可能に設計した。以前、敵が侵入を試みた排水路がまさにそれで、あれは堀の水を緊急的に排水する目的として建設している。
「排水した堀に工場の排気を調整して流し込み侵入した魔物を窒息させる。立ち入れば呼吸が出来ずに意識を喪失して立ち所に死ぬ。そちらの作業はイーリスに監督させる。警備の兵は、魔物対策ではなく人が堀の下に降りないよう対応させてくれ。」
危険なので民が堀の中に立ち入る可能性がある内は使えないし、敵とはいえ兵士を相手に使うのは余りに非人道的だ。だが、魔物の侵入阻止なら正当な用途と言える。
「窒息する仕掛けですか。酸欠ですな。鉱山で経験があります。」
「そうか。ザイフリート、君は鉱山で経験してるんだな。それなら話が早い。」
堀の中に充填するのは毒ガスではない。空気より重くなるよう調整した混合ガスを使う。堀を無酸素状態にする事で生物を窒息させる事を目的としている。無臭にすれば魔物とて気が付かないだろう。そして背が低い相手ほど効果的だ。
「堀の中で息は出来ない。もし人が昏倒したらすぐ上に移動させろ。火も燃えない。松明を投げ込めば危険度は測れる。火災の抑制としても効果的な筈だ。」
火攻めでは水の上に油を撒くような行為も行われる。排水して不燃気体で満たすのはそういった際の対策としても有効となる。
「それならば、坑道に外気を送り込む魔道具があれば対策となりましょうか?」
「可能だ。幾つかは魔術師ギルドに用意させておいた筈だ。ギルドの製品なら鉱山用に出している物と同じ筈だ。使い方は分かるな?」
「鉱山用と同じ物であれば問題ありません。兵も取り扱いには慣れております。しかし、人家の方に影響は出ないのでしょうか?」
「堀は水平を取って高さを揃えてある。空気より重いので底に溜まるが、堀より下に人家はないし、堀の上に達しても空気と混ざり合うから危険はない。堀の中でもある程度の高さなら大丈夫な筈だ。排水路を開けば、水だけでなく重い気体も水のように流れ出る筈だ。」
自然地形に作られた水路は高低差が出てしまう。しかしアレスは土地の造成から丹念に行った。王宮周囲は意図して丘を残してあるが、それ以外は平らな地形にしてある。そして堀の排水路や湖は意図して低くしてある。
「なるほど、それならばなんとかなりそうですな。我が兵も鉱山のその辺りの事情は把握しております。堀の中に立ち入らぬように徹底させましょう。」
「毒という訳ではないから、下に降りなければ問題ないな。ただ、魔物の死体が積み上がったりするとそれを橋にされたりするとまずい。死体はクレーンでこまめに取り除くようにしてくれ。」
「承知致しました。」
俺の説明を聞いたザイフリートは驚きながらも承知した。堀は水路としても活用している。その為に積み下ろし用の小規模なクレーンは各所に用意していた。柱と滑車を用意し、人や家畜が引っ張る簡単なものだが、魔物の死体を回収するのに使えるだろう。水路は汽車の停止と門の封鎖と共に封鎖対象としてある。
「水門と堀の中の空気の操作の担当はイーリス、堀の周囲の安全確保と注意喚起はザイフリートの担当だ。」
俺の言葉を受けたイーリスが頷いている。周囲に見せる為だろう。
「閣下、もう手配は終えました。ですので、堀の操作はザイフリート士爵の兵に引き継ぎ可能ですが。」
イーリスの言葉を受けて、ザイフリートが期待したような目で俺を見る。確かにイーリスをわざわざ煩わせる事も無いか。
「では、ザイフリートに引き継いでくれ。説明はしっかり頼む。」
「心得ました。」
「ザイフリート、何か不測の事態があれば設計者のイーリスを頼ってくれ。」
ザイフリートもしっかり頷いている。スタンピードの対策はこれでいいだろうか。いや肝心の内容を忘れていたな。俺はリアに向き直った。
「リア、ロベルトに大事な仕事を頼みたい。」
リアの視線を受けてロベルトが返答する。
「はて、この老骨が何かスタンピードでお役に立てますでしょうか。」
「罠で仕留めた魔物の処理を頼みたい。難民対策で食品工場に大勢の人を雇ったと思うが、スタンピードで獲得した魔物は全て食肉加工したい。」
「確かにそれは重要な仕事だわ、アラン。特に食料事情が好転するのは、スターヴェイクの民にとってとてもありがたい事よ。」
良し、リアは前向きなようだ。同意を引き出せたと見て良いだろう。
「貴重な食料だ。余さず頂こう。堀の中に向こうから飛び込んでくれれば、輸送の手間さえ殆どない。鮮度は抜群にいい筈だ。」
窒息と失血死で、肉の味に違いが出るのだろうか。革や毛皮の採取には好都合そうだ。いずれその辺りは報告が来るだろうな。
「スタンピードの獲物となると膨大な数になりますな。」
「そうだ。仮に国内で消費し切れなくても、早めに処理をしておかないと疫病が心配だ。難民もいる事だし、保存食にしておくのが最適だろう。」
セシリオからも食料の支援は受けている。どちらも人類スターヴェイク帝国の統治下とはいえ地域間の貸し借りは解消しておきたい。
「お待ちください」
声を上げたのは冒険者ギルド長のケヴィンさんだった。
「魔物の死体処理の役目、ぜひ我々にも。」
熱烈に手を挙げている。確かに通常.魔物は冒険者ギルドに受け付けて魔石を取り除いた後で食品として加工している。
スタンピードで外には出られないだろうし、食い詰める冒険者が出るかもしれないな。ギルドを利益から締め出して蔑ろにしているように見えるのもまずいだろう。相応の負担と相応の利益を図るべきか。
「そうだな。稀少な魔物の処理は全てそちらに任せよう。念の為だが、扱いはこちらが仕留めた獲物をギルドに持ち込んだ形だ。」
「心得ております。」
「もともと冒険者はザイフリートの応援をお願いするつもりだった。ザイフリートが必要とする人数集めてくれ。腕っぶしの強い連中や魔法の使える人間を集めて運用したい。費用はイーリスに相談を。ザイフリート、頼めるな。」
「はい、閣下。ありがとうございます。」
「稀少な魔物以外はどうなりますでしょうか?」
実の所、魔石と毛皮の処理くらいなら食料工場で対応できている。ただ、この機会に分化させてもいいのかもしれない。
「毛皮を綺麗に剥がすのは難儀しているようですな。商業ギルドに持ち込んでも良い価格にはならず苦労しているようです。」
話の流れを見てロベルトが助け舟を出してくれる。この老獪さは、さすがだな。
「なるほど、ではやはり魔物の一次処理を冒険者ギルドと商業ギルドに頼むか。革と魔石、牙や骨や歯の処理だな。肉の加工はあくまでもこちらで担当する。」
「魔石と革、牙と骨の配分ですね。」
「それではこちらになんの旨味もない。魔石と等価なのは毛皮と毛皮を合計したくらいでしょう。」
途端に熾烈な駆け引きがタラスさんとケヴィンさんの間で展開された。
「牙と革は商業ギルドが、魔石と骨や歯は冒険者ギルドが取り除くで良いんじゃないか。作業の報酬として両ギルドに素材を割り当てる。革は商業ギルド、牙と骨と歯の処分は冒険者ギルドに任せよう。」
拗れそうなので割って入る。こちらの会議を切り上げて、士官候補生の選抜を開始したい。セリーナ達は危機の渦中なのだ。
「閣下、それでは商業ギルドの取り分が。」
タラスさんが抗議している。ふむ、配分に対する考え方を変える方が良いかもしれない。
「分かった。アレスで素材として必要とする分を除いて、魔石と革や骨や牙や歯は両ギルドに同じ比率で割り当てる。イーリス、素材毎にアレスの取り分の比率を決めてくれ。両ギルドは残りを等分だ。その代わり、作業の負担が公平になるように調整をしよう。ロベルト、全体の監督を頼む。イーリスはその補佐として調整を行いロベルトに報告する事。これでいいな。」
「はい、かしこまりました。」
代表してロベルトが返事をする。ギルド長達も報酬の差がないのなら納得の様子だ。イーリスがロベルトの方向に向かっているのは今後の割り振りの話し合いの為だろう。ギルド長達も、俺が大枠を決めた後で細部を文官と詰める方が進めやすいだろう。
(イーリス、魔石はこちらの取り分を多くしたい。後は任せる)
(はい、毛皮や骨や牙は加工方法が見つからないと処理に困るかもしれません)
(いずれ使い道が見つかるかもしれないから、一定数は確保してくれ。骨は牙は腐らないし、毛皮は兵達の冬用の外套になるだろう。最悪、欲しいギルドに叩き売ればいいさ。)
(了解しました)
タラスさんとケヴィンさんの間では、等分に割り当てられた素材の処理について駆け引きが始まっていた。骨や歯は用途が限られるらしく、『ゴミの処理を引き受けるから、より稀少な部位を相手の取り分からこちらに回せ』と交渉しているようだった。
(艦長、士官候補生は教室に呼び集めています)
ギルド長の駆け引きを眺めているとイーリスから通信で促された。
(分かった。セリーナとシャロンの救援も急を要するな。)
周囲を見渡した。それぞれが作業を開始しているようだ。
「それでは皆頼んだぞ。後で堀の防衛装置が作動してるか確認しよう。俺は士官候補生達に用がある。」
少し意外だった事に、俺が士官候補生の教室に向かうとリアとカロットがついて来た。
「士官候補生の所に向かうのでしょう?私も付き合うわ。」
確かに各担当に振り分けて手配がついた今、リアのする事がない。そしてルートの件でリアの手を煩わせて以来、リアには士官候補生の待遇は自身の範疇と認識されたようだ。
「セリーナとシャロンが心配なんだ。アレスがスタンピードと知れば敵が攻めてくるだろう。アロイス王都から2人の砦は目と鼻の距離だ。士官候補生達を救援で送り込めないかと思ってね。」
「なるほど、グローリアで救援を送り込むのね。」
それは俺が考えている事に近い。しかしグローリアは眠っている。どうしようか。リアには嘘をつきたくはない。今後の事もある。言えない事は別にして、正しい情報共有は必要だろう。
「ワイバーンもグローリアも今はイーリスが眠らせているんだ。人は襲わないんだが、どうもスタンピードの影響が辛いみたいでね。」
リアがハッとした顔を俺に見せる。リアはドラゴンの存在を力強く思っていたのだろう。『ドラゴンの手助けを期待できない』状況に少し緊迫した気配を感じたようだった。事態の深刻さに怯えているように見えるとさえ言える。
「そんな大変な事になっていたなんて。それで会議ではその件を持ち出さなかったのね。」
「そうだね。まぁスタンピードの影響はわからない事も多い。こちらは対策に専念するべきと考えていただけだよ。グローリアも眠っていれば辛さをやり過ごせる筈だし。士官候補生達の移動方法は考えるが、魔道具を渡せば少数で汽車を走らせても安全だろうとは考えているよ。」
「そうね、アランのあの魔道具を使わせるのなら十分に可能だと思うわ。」
候補生用の教室には男女10名ずつ、計20名の候補生が勢揃いしていた。イーリスが手当を済ませたのだろう。候補生達のナノムに異常は見られない。俺達の登場に起立する。ナノムを通じて彼らに作戦の概要を送った。
「皆、掛けてくれ。既にイーリスから伝わっていると思うが、アロイス王都を監視中のセリーナとシャロンが襲撃を受けたようだ。スタンピード中で通常の軍の展開が出来ない。5名の志願者を募って救援隊を送る。志願者はいないか?」
教室は静まり返った。おかしいな。宙兵なら今の呼び掛けで全員前に出て志願するところなんだが。
男子生徒の1人が手を挙げた。彼はガンツから来たようだ。
「戦況は悪いのですか?」
ナノムの表示を確認する。彼の名前はアルベリオか。ガンツ伯家の縁のものだって?
「戦況については特別不利とは考えていない。だが、いい質問だ。現在の概略を説明しておこうか。」
「お願い致します。」
スタンピード対策は担当を立てて概ね終わった。太陽嵐の対策とスタンピード発生源の追求はすぐにはどうしようもない。士官候補生達の指導はセリーナの救援に直結する。ここは時間をかけて指導しても問題ないだろう。
「まず、我々はセシリオとアロイスの2正面作戦を強いられている。確かに戦略的に好ましい状況では無いが、この程度の事は我々の能力からすると問題ない。」
ナノムの表示をセシリオとアロイスの概略図に切り替える。チラリと視線をやる者も多いが、目にするものは少ない。妙だな。ナノムに馴染みがないからなのだろうか。
「セシリオはカッシネッタを除いて、人類スターヴェイクの軍門に降った。カッシネッタ包囲に軍を出しているが、セシリオ全体を相手にすることを考慮すると許容範囲内だ、ここまでは良いかな?」
一同を見渡すと頷いている。問題なさそうだな。
「対アロイス戦線では焦土戦術を使われた。村や畑を焼き、人を追い出す。そうして生まれた難民を保護して十分な食糧を提供する体制の構築に時間を取られた。」
女性の候補生はショックを感じているものがいるようだ。難民が生まれたプロセスまでは彼らも知らなかったかも知れないな。ニュースの扱いについては改革を急ぐ必要があるだろう。手段がなくて情報を知り得ないのは、どうも性に合わない。各自が最新の情勢にアップデートしてくれていると、不足した情報の提供で済むので大分助かるのだ。
「この為、当初より早めに戦線を展開してアロイス王都まで押し込む事になった。セリーナとシャロンが担当してあるのがまさにこの部分だ。」
「なぜ、ルドヴィークの兵を救援に差し向けないのでしょうか?」
今度の質問はマリーだった。
「良い質問だ。」
褒められて嬉しそうな表情をのぞかせる。
「理由は2つある。まず、ルドヴィークも恐らくアロイス側の攻撃を受けるからだ。その場合、敵は兵力を3つに分割するので守る側はそれぞれ楽になる。」
セリーナの報告で俺は敵がルドヴィークに派遣されたと確定情報を得ている。ここは推論で述べた体にしても良いだろう。
「そしてルドヴィークの兵を王都まで動かすには色々と準備が足りない。大勢が動けばそれだけ物資も必要となる。物資はルドヴィークに集積させてあるが、輸送手段が必要だ。特に冬に大量の物資を持って移動させると救援が遅くなる。また、進軍の遅さは敵に付け入れられ易い。」
俺の言葉が浸透するのを待った。よし、理解してくれているようだ。
「軍の移動には時間がかかる。だが、騎兵などで構成した少数の精鋭部隊なら素早く展開できる。移動距離も稼げるし、食料の負担も少ない。セリーナとシャロンに前線を支えさせていたのはそんな理由だ。」
「応援が5名だなんて。そんな少人数の私達でも役に立つんですか?」
最年長のユーミ候補生が質問を投げかける。彼女は年齢が最年長で候補生の中では大柄に見える。セリーナとシャロンに王都で挑んだ位なので、喧嘩は得意なのかもしれない。
「パルスライフルを渡す。正面から戦えば負けはない。」
俺の返答にユーミは満足そうだ。魔道具を使えばサッと解決すると考えてそうだな。一応、戦闘だけが目的じゃないと分からせる方がいいな。
「ただ戦闘力も考慮するが、君達の主な任務はセリーナやシャロンとの通信の回復だ。戦闘になるにしても支援が主だろう。」
「つうしん?、しえん?」
ユーミは単語に弱そうだ。イーリスの灼いた知識の範囲は分からない。だが、軍事的な概念がまだ上手く浸透していないらしい。もどかしさを感じるが、掻い摘んで説明した方がいいな。
こういうのは本来AIが得意とする分野の筈だが、候補生達はそもそもナノムを知らない。使い方は灼かれても、文化的に活用する術を知らないのかしれないな。ナノムに尋ねれば分かる概念も、ナノムに聞く事を思い付かなければ意味がない。この辺りは人間の上官によるフォローが必要そうだ。
「通信というのは連絡の事だよ。こちらとの連絡手段が途絶えたままでは彼女達も身動きが取れない。こちらの正確な情勢を知らせて、行動の自由を与えるのが目的だ。」
俺は説明すると、リアの方に振り向いた。
「リア、スタンピードが発生した状況だ。セリーナとシャロンに自由に指揮してもらいたいんだが、彼女達に全て任せてしまって問題ないかな?」
「2人が私達のために最前線にいる事はよく理解しているし、スターヴェイクの為にならない事をするとも思えない。こちらが他に援軍を出せない以上、私も自由に動いてもらって構わないと思うわ。」
「では、2人に送る命令書を作成するから俺たちでサインをしよう。それでセリーナも自由に動ける筈だ。こちらはスタンピードが終わる迄、自由に動けない。候補生達はそれを届けて、セリーナの指揮下に入る事としよう。セリーナとシャロンの兵は精鋭揃いだ。作戦の自由さえ与えれば、任せられる逸材だと信じている。」
状況は概ね整理できたようだ。お、アルベリオがまた手を挙げているぞ。
「セシリオ戦線を早期に終結させれば、軍勢をアロイス方面に転用できるのでは無いでしょうか?」
「良い指摘だ。実際に我々もその方針でいる。解決すれば即時展開させる予定だ。ただ、現状無理をしていないのは難民の問題があったからだ。」
「難民対策は必要なのですか?早期に戦争を終わらせた後で難民の対策をしてもどうにかなるのでは無いでしょうか?」
「必要だ。」
俺に代わってクレリアがアルベリオに答えた。
「上に立つ者が庇護を示さなければ、誰も国に忠誠を尽くさなくなる。苦しい時に助けを得られると信じるからこそ、人の世は成り立っている。人に希望を与える、それこそが為政者の務めだ。コリント卿の補佐を志すなら、その事を忘れぬように。」
「陛下、お言葉ですが、全て国がそうしているわけでは無いのでは無いですか?」
「残念ながらアロイス王国ではそれが為されていない。しかし、民は国を形作る基本。民なくして国は成り立たぬ。だからこそ、コリント卿も私も民が幸福に暮らせる国を目指している。」
「なるほど、お言葉ありがとうございます。」
アルベリオはようやく納得した様子だった。何の為に戦っているのか、候補生に最も必要なのはまずはその視点かもしれないな。
「では改めて、聞こう。この作戦に志願する者はいないか?」
見渡すが、やはり静まり返っている。
「あの、シガンってどういう意味なのでしょうか?」
ユッタから質問が飛んだ。ユーミも、そうだそうだという風に頷いている。なるほど、そこからだったか。
「志願というのは自分から『行きます』と手を挙げる事だ。危険だから、その分リターン、褒美が大きい。そんな行為を進んでやる事を表すんだ。」
「はい、ではシガンします!」
ユーミが手を挙げた。
「私達が役に立てるならやります。それにお2人から顔を分かって貰えるのは私達だけですから!」
顔見知りか、確かに重要な点だ。
「他は誰かいないか?」
「褒美とは何が頂けるのでしょうか?」
カーヤから質問が出た。
「そうだな。俺の権限が及ぶ範囲内で願いを聞き入れよう。」
「じゃあ、貴族になるという願いを叶える事はできますか?」
お、カーヤが食いついた。以前、スターヴァイン王国ではワイバーンの討伐で村を守った冒険者が士爵になったんだったよな。俺はリアの様子を窺った。
「褒美は釣り合いという事もある。他にも貴族を目指す者が多い。だから一回の功績で、すぐ貴族と為すわけにはいかない。今回の功績だけでは足りないかも知れないが、何度か手柄を立てれば問題なく貴族になれるであろう。」
リアの返事は前向きな内容だったが、カーヤは項垂れた。
「貴族になれば皆で立派な家に住めると思ったのに。」
「邸宅に住むだけなら、アレスに貴族の邸宅に相応しい館を用意しよう。他の物は徐々に追って叶える形なら問題ないな。」
「では私も志願します!」
カーヤもやる気になったな。チラチラとルートを見ているのは誘っているのだろうが、ルートは志願するか考え中に見える。
「私も志願します!」
「私も!」
ユッタとマリーが手を挙げる。他の女性陣も手を挙げている。女子は大勢手を挙げたな。ルートもその様子を見て腹を括ったようだ。遅まきながらも手を挙げている。
「志願したらコリント卿のお嫁さんにしてくれますか?」
「駄目だな」
リアがマリーの質問をにべもなく拒否した。
「来る者全て受け入れたら、コリント卿の妻は際限なく増えてしまうではないか。」
リアの言葉の刃に斬られてマリーが怯えた表情を浮かべる。俺も説明した方がいいな。
「以前にも同じような質問を受けたが、そもそも候補生は士官と私的な関係を持つ事は認められていない。諦めてくれ。」
さっと挙がる手が減る。残りはちょうど5人だな。マリーとルートは一度挙げた手を引っ込められないだけに見えるが、まあ良いだろう。
「それではこれで5人だな。ユーミ、カーヤ、ユッタ、マリー、ルート、頼んだぞ。君達はイーリスから特別な訓練を受けてくれ。」
リアとルートが何だが凄まじい視線の応酬を繰り広げていた気がするが、俺は気にしない事にした。まだまだ俺は果たすべきタスクが多すぎるのだ。
午後も遅い時間になると、アレスの掘に魔物が到達するようになった。しかし都市の防衛機能は稼働している。そして窒息するように仕掛けをした堀は魔物に対して効果的とすぐに証明された。
グレイハウンドもオークもゴブリンもビッグボアもワイバーンも、皆呼吸している点で変わりない。稀に稀少な魔物も紛れていたようだが、そそくさと冒険者ギルドが回収していく。
「問題なさそうだな。」
経過を確認する為に、遅い時間帯にも会議を開催すると決めていた。都市の封鎖に不安を感じる市民も多かったようだが、魔物の侵入を防いでスタンピードの被害を抑え込めている為に安堵する者が多いようだ。
「閣下。商業ギルドの通信封鎖ですが、もう解除してもよろしいのではないでしょうか?」
商業ギルド長のタラスさんが提案する。確かに被害が出ていないなら封鎖を維持する必要がないな。
「そうですね、封鎖は解除しましょう。」
封鎖解除の知らせに両ギルド長が喜び合っている。今の時点でも大量の素材を確保できた筈だ。商売の取引に使うのだろう。まぁ、商売の連絡でやり取りできるくらいの方がアレスの健在ぶりは伝わるだろう。
「汽車の再開についてはどうなりますか?」
「それはスタンピードの影響が収まらないとどうにもなりませんね。」
鉄道の停滞はアレスとガンツ間だけの事だ。ただ、首都がいつまでも封鎖しているのは頂けないな。
「あまり気は進まないが、ガンツ方面からベルタの諸侯の兵を出すべきだろうか?」
タラスさんの希望は聞いて、ケヴィンさんの希望に応えないのもまずいだろうか。検討する様子は見せておく方がいいな。
ベルタ国内もその貴族の兵も温存してある。ガンツを拠点に線路沿いにアレスまで魔物を討伐しながら進んでもらう作戦なら、汽車の再開を見込めるかも知れない。しかし魔物相手に兵を送り込むのは人命軽視と思える。目の届かない所では避けたいな。
「アランがそうしたいなら、私はそれで構わない。」
リアの返事を聞いて俺は気持ちを固めた。
「ガンツに兵を集めておこう。ただスタンピードの解決よりは、ガンツが兵力不足で魔物による被害を出さないようにしたい。」
「では、私からライスター卿を通じて指示を出すわ。」
商業ギルドの通信網を使えば連絡はつく。きっと兵を集めて備えておくのが今は正しい選択なのだろう。