【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる)   作:高坂 源五郎

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Ⅱ アロイス・セシリオ戦役 45話 【動乱編】 反転

Ⅱ アロイス・セシリオ戦役 45話 【動乱編】 反転

 

側近の予想に反して、ジノヴァッツは怒りもせずに人類スターヴェイク帝国軍を見失ったとの報告を聞いた。

 

「いかがされますか?」

 

側近のその問いかけにジノヴァッツは即答した。

 

「最悪に備える。」

 

「と言いますと?」

 

「今、最悪なのはアロイス王都を失う事だろう。全軍、王都に引き上げさせろ。」

 

「敵の探索は宜しいのですか?」

 

「これ以上は時間と体力の無駄だ。アロイス国内は焦土よ。王都に入れなければすぐ立ち枯れる。王都以外はロイス卿に任せるさ。元々、そういう話だ。」

 

ジノヴァッツが逃亡した《コリントの双子の悪魔》なら、捜索に出した兵を返り討ちにして必要な品を奪う。であれば、兵を出すだけ損であると考える。まとまった規模の軍でなければ、この難敵への対処は困難だろう。

 

アロイス諸侯の軍の実力では、コリント卿の最精鋭部隊であるあの《双子の悪魔》に勝てる筈がない。雪の中を大軍で追い詰めたが故の勝機だったのだ。守りに徹するなら陣地を維持する必要すらない。王都の方が遥かに環境は良い。所詮は砦を囲むだけの陣地だった。

 

「引き上げだ!」

 

将校が声高らかにかけてゆく。アロイス軍は引き上げの準備を開始した。

 

 

 

    

(シャロン中尉、念の為、怪我を治療した後に問題ないか確認しましょうか)

 

(お願いするわ)

 

早朝、シャロンが起きた気配を見てカーヤがナノム経由の通信で声をかけた。別室に入ったシャロンが装備を床に脱ぎ捨てた。下着姿になって傷の治療忘れがないか、頭部の傷の有無を確認する。シャロンの治療は緊迫した中で行われた。ナノムの判定上は問題無いとしても、治療の痕跡はシャロン自身も把握しておきたかったのだ。

 

「しかし、皆さんは良くご無事でしたね。ほとんどの人はヒールの必要が無いなんて」

 

シャロンの身体を検分し終えてカーヤが尋ねた。

 

「理由があるのよ、私たちは皆、ミスリルの鎧を着込んでいたから。」

 

セシリオのセルナンデス大将軍の精鋭部隊を撃破したのはセリーナとシャロンである。その時、奪ったミスリルの鎧は500。それは全てセリーナとシャロンが回収した。

 

ミスリルの鎧はパルスライフルの直撃も防いだ。それで彼女達は興味を持ったのだ。

 

「え、この鎧はパルスライフルの直撃も防ぐんですか?」

 

アロイス諸侯軍を手も足も出ないように封じたのがパルスライフルである。『これがあるから大丈夫』と言われて今回の救援任務に志願したのだ。昨夜、その猛威を経験した直後だけにカーヤは信じられないとの表情を浮かべた。

 

「ええ、それだけミスリルは優れた素材だったわ。」

 

「そんな敵をよく500人も倒せましたね?」

 

「簡単よ、剥き出しの顔を狙えば良いだけだがら。」

 

ナノムによるサポートを受ければセリーナとシャロンの射撃の腕前は跳ね上がる。射程内の敵兵の顔だけを射抜くのは容易だった。それに結構な割合の敵は、ロベルタの首刈りの標的になっていた。

 

「流石に、ロベルタも自分の馬上刀を2本ともボロボロにして部下から巻き上げていたけどね。」

 

シャロンが身繕いを整えながら言う。服を着ながら、カーヤに鎧の構造を教えてくれた。その時になると2人のやり取りを聞いていた士官候補生達も興味を持って覗きに来る。

 

肌着の上に鎧下をつける。これは衝撃を吸収する為でセリーナとシャロンは宙兵隊の冬用の制服を身につけていた。保温性能が高いらしい。同じ物を士官候補生も身につけている。

 

違いとしてセリーナとシャロンはその上にワイバーンの革鎧をつけていた。アランの使用するものと同じ魔石を用いた魔道具である。斬撃に弱いが衝撃は吸収する。その上からミスリルの鎖帷子を身につけた。

 

「回収したミスリルの鎧は、みんなこんな風に鎖帷子になっていたの。」

 

シャロンがカーヤにミスリルの鎖帷子を手渡す。受け取ったカーヤが感想を漏らす。

 

「とても軽い・・・。』

 

「並の武器では突いても貫通出来ない。衝撃は受けるから身体は吹っ飛ぶし、魔法剣の斬撃も耐えられる。でも流石に重い一撃なら鎧の方が負けちゃうわ」

 

構造としては宙兵隊の制服で肌を守り、ワイバーンの革鎧で衝撃から守り、ミスリルの鎖帷子で斬撃や刺突を防いだ。ミスリルの鎖帷子はフリーサイズらしく、2人にはダボダボだが折り返して使う事で却って防御力は増したらしい。

 

「後はミスリルとはいえ金属剥き出しは冷えるし、保温の為に上に毛皮を。モコモコになるから嫌だったんだけどね。」

 

毛皮はグレイハウンドの毛皮だ。冬毛に生え変わってから剥ぎ取った物で、大量に入手するのは樹海の中に位置するアレスや近傍のガンツでないと難しいだろう。

 

「そのモコモコがシャロン、貴方の命を救ったんじゃない。」

 

隣室から覗き込んでいたセリーナが口を挟んだ。セリーナはそのままシャロンの元に近づく。その手には魔石が握られていた。

 

物見の塔の高さは10メートルから12メートルはあった。その高さから地面に叩きつけられたら、幾らナノムを注入されていても人は即死する。ただ、シャロンの場合、塔の柱が傷ついて構造的に支えきれなくなり、床ごと崩落した。

 

それも床が一度に崩落したわけではなく、上層の重みを下層の床が耐えきれず順々に崩落する事となった。この為、生き埋めになりはしたが、落下ダメージを軽減できた。それでシャロンは助かったのだ。

 

「ワイバーンの革鎧は衝撃には強いの。塔からの落下に対してどこまで効果あったかまでは分からないけれど。」

 

シャロンの革鎧の魔石を交換してやりながら、セリーナが士官候補生達に言う。

 

「ワイバーンは空を飛ぶから、落下には強い構造をしていたのかもしれないわ。」

 

「確かに、ワイバーンは空を飛ぶから、矢や槍を防ぐより、地面に落ちた時の衝撃を吸収する方が必然性が高かったでしょうね。」

 

「衝撃と斬撃は防げても、雪の中で埋もれていたら寒さにやられてしまう。でもグレイハウンドの毛皮とナノムの制御で雪の中で寝てもシャロンの体温は保たれたわ。」

 

冬支度を整える中で、ウルズラがクレリアに毛皮を贈った事があった。毛皮のコートは身分を表す。最上級の物は王族しか公式に身につけることを許されない。

 

「王女様達が毛皮の話で盛り上がっていたら、アランが『よし、みんなの分も作ろう』ってグレイハウンドの毛皮で作ってくれたの。」

 

セリーナがちょっと遠い目をしていう。冬毛になったグレイハウンドの毛皮は保温性に優れていた。セリーナとシャロン用に作ったら冬用外套として高評価だったので、冬の戦に備えて量産して部下の兵達にも与えたのだ。元々、アランとしては毛皮の処理を産業化として狙っていたらしい。

 

冬場の金属鎧は冷える。雪も降るような環境だと張り付くなど皮膚に実害が出る為、寒い地域では革鎧に変えるのが当然だった。しかしミスリルの鎧は淡く発光しほとんど温度変化しない。夏でも冬でもほぼ同じ温度を保つ。

 

そして飛び抜けて軽量なので、アレスではあり余る資源の魔物の毛皮を巻き付けて一体化して鎧として運用することにした。ミスリルの鎧の数や毛皮の数の調達から兵を500に絞ったのだ。

 

「敵は良くて革鎧、鎧なしの冬服だけの兵も多かった。そこに軽くて丈夫なミスリルの鎖帷子とグレイハウンドの毛皮の組み合わせなんだもの、戦いではこちらが相当有利だったわ。」

 

そう誇るセリーナの言葉に、シャロンが付け加える。

 

「でも王族用の毛皮のコートは、毛並みがすごく良くて素敵なフワフワなのに。私達へのプレゼントにモッサリのグレイハウンドの毛皮はないよね・・・」

 

「うん。暖かいけど、凄くモッサリしてボサボサで可愛くない」

 

美麗な装飾品でなく実用品の類だ。そんな物をアランに贈られてセリーナとシャロンは実に微妙な気持ちはしていたのだが、暖かさには変えられず愛用していた。実際、それが全員の命を救ったのだ。あの状況で兵の損失が皆無なのは、皆が毛皮とミスリルの組み合わせで備えていたからだろう。

 

グレイハウンドの毛皮は冬に狩をする魔物だけあって、雪原でも浮き上がらずに見えにくい。王都への闇夜の移動もグレイハウンドの毛皮なしでは無理だっただろう。今回のような作戦の装備として合理的だったのだ。

 

士官候補生達は準備に割ける時間が遥かに少なかった。宙兵の冬用制服にボディーアーマーをつけている。吹雪の中に突入させるのには寒いという事で《イーリス・コンラート》から持ち出したダウンジャケットを装備していた。凍えるほどではない。だが毛皮とミスリル鎧の組み合わせほど、暖かくも防御力が高くもないだろう。

 

「そういえば、お会いしたクレリア女王陛下もミスリルの板金鎧の上に素敵なモフモフの毛皮を見に纏われていました。」

 

「いいなー、私たちも欲しいです」

 

「無事に切り抜けたら、グレイハウンドの毛皮を手配してあげるわ。」

 

毛皮をねだるユーミに対し、セリーナがそう約束した。

 

 

 

 

「ギルベルタ様、ジノヴァッツ殿が至急お会いしたいとお見えです。」

 

朝食の支度が進められている。そんな時刻に、王都に戻ったジノヴァッツが王宮を訪れた。

 

「私がすぐ出向きます。いつものように内室内には立ち入らせないようにしてちょうだい。」

 

ギルベルタは侍女役のルートを従えて席を立つと、内室と外室の入り口に向かった。ジノヴァッツもアロイス国王を奉じる建前を取る以上、ギルベルタに無体を働いた事はない。

 

この男にしてはうやうやしく膝をついて待機していた。セシリオのモレル大将軍の陣営に出向いた際にそうしたように、必要な振る舞いの出来る男なのだ。

 

「待たせましたね、ジノヴァッツ。」

 

「急に殿下の御前に罷り出て申し訳ございません。賊が王都内に紛れ込んだ可能性があり、殿下の安全を確かめる必要がありましたので。」

 

「私は無事ですよ。ほら、この通り。」

 

心配はいらぬ、とばかりに振る舞うギルベルタを尻目にジノヴァッツは傍の侍女に注目した。

 

「おや、見慣れぬ顔の侍女がいるようだ。」

 

「最近、アロイスのさる貴族から側仕えとして預けられた子です。」

 

「我らも努めておりますが、王都もまだ人攫いが出るようですからな。いざという時はお助けしたい。ですので、顔をよく見せて頂きたいですな。」

 

表面上は従うように見せてはいる。だが人攫いの元凶でもあるジノヴァッツは、いけしゃあしゃあとそう言い放った。ジノヴァッツ本人が関与しているなどおくびにも出さない。ただ、『間違えて攫うと厄介』と考えたのは本心ではあるのだろう。

 

「ルート、ジノヴァッツ殿に顔をお見せしなさい。」

 

ギルベルタの指示で、ルートが伏せていた顔を上げる。

 

「ほう、可愛らしいですな。」

 

口ではそう言ったジノヴァッツはすぐにルートに興味をなくした。

 

「コリントの臣下の顔は全て誦じておりますが、彼女は違いますな。」

 

「当たり前でしょう。私の侍女に潜り込んでいると本気で思うのですか?」

 

「いえ、これは失言でしたな。」

 

ジノヴァッツは『コリント卿の臣下の顔を諳んじてる』と言ってギルベルタの反応を見たが、ギルベルタは至って冷静だった。コリント卿との接触は無さそうだと判断する。

 

「《コリントの双子の悪魔》が拾った孤児達の顔とも異なるようです。」

 

「先ほどから何を言いたいのですか?この子が孤児だとでも?」

 

ルートの顔には気品がある。立ち居振る舞いも礼法に適って王女の侍女に相応しい。軍人や孤児の顔ではない。ジノヴァッツは実際にコリント卿周辺の女の顔ぶれは把握している。この侍女は見覚えのある顔ではないと判断した。

 

「いや、失礼しました。『違う』と言う意味だったのですがな。」

 

「忠義心故と見逃しますが、我が侍女にあまり無礼な態度を取らぬように。」

 

「精々、気をつけましょう。その顔は覚えました。彼女が外を歩いていても見違えたりはしませぬ。王宮迄、無事送り届けましょう。」

 

ジノヴァッツは王宮の外室から内室に至る扉の見張りを増やし、悠然と去って行った。

 

 

 

 

 

 

ルートはギルベルタと共に戻ると、セリーナとシャロンに報告した。ナノムで会話は共有していたが、ギルベルタの手前もあり改めて一から説明している。

 

「あのジノヴァッツが今のアロイスを仕切っているのですよ。」

 

ルートの報告にギルベルタがそう付け加えた。シャロンが驚く。

 

「ええっ、先程の話から反乱の首謀者のロイス卿こそが総司令官なのかと。」

 

「ロイス卿は我が父のアゴスティーニ侯に王位を、先程のジノヴァッツに全軍の指揮権を譲り、今では3番手の位置にいます。」

 

「惜しかったわ。そうと知っていれば、皆総出で捕まえればこの戦争が終わったかもしれないのに。」

 

豪胆にセリーナが言う。

 

(あの男、孤児の事を知っているって)

 

(私達の孤児という事は、ユーミ、カーヤ、ユッタ、マリーの顔は知っていたとでもいうのかしら?)

 

シャロンの指摘にセリーナも考え込む。明らかにジノヴァッツはルートの顔を知らなかった。しかし1/5の確率を引き当てたのだとしたら、彼女達はかなり危うい状況にいた事になる。例えば、最も若いマリーを侍女役にしていてもおかしくは無かったのだ。

 

カメラもフィルムも魔術ギルドを通じて販売されている。アレスなら金貨を積めば手に入る。写真の現像は部外秘ではない。方法を学べば、他国の人間でも自分達で現像可能だろう。

 

(連絡がつき次第、アランに伝えましょう。)

 

セリーナはシャロンに念押しした。すぐに報告出来ない以上、忘れないようにしなくてはならない。

 

(ええ、アレスにスパイがいるのはほぼ間違いないと思う。)

 

シャロンとしても疑心暗鬼は避けたかったが、スパイの潜んでいる可能性がある以上、この問題はなおざりには出来なかった。

 

 

 

 

 

エルナが商業ギルドの通信網でアランからの指令を受け取ったのは、ルドヴィークの防衛を人類スターヴェイク帝国が制したその日だった。

 

「総司令から指示を受けました。我々はオルト村を離れます。」

 

居並ぶ兵にそう告げると、エルナは出発に備えさせた。汽車の整備が先行して始まる。アレスへの汽車の往来は停止しているが、ガンツとその先は運行可能だ。

 

「我々は、どうしたら良いでしょうか?」

 

カトルが問いかける。商人組は難民支援の為にここにいる。

 

「支援は来るので可能ならこの場に留まって欲しいそうですが、必要ならガンツへ撤退も認められています。」

 

エルナはカトルの質問に答えると付け加えた。

 

「支援に来るのは手癖の悪い軍隊もいそうですから、私としてはカトルには責任者としてこの場に残ってもらう方が安心かしら。」

 

「わかりました」

 

ルドヴィークの防衛成功で、この周囲に敵が押し寄せる可能性は低下している。今回は戦場行きは無さそうだと判断すると、カトルは部下達と預かった難民の貴重品の仕訳を再開した。

 

 

 

 

パウルゼン辺境伯ルッツはアロイス諸侯における重鎮である。姉をアゴスティーニ侯ロートリゲンの妻にしている関係から、アロイス王国では外戚にあたる。

 

ジノヴァッツやロイス卿の専横を受けるアロイス王国において、ルッツ卿の立場は他のアロイス諸侯とさして変わらない。それでもギルベルタ王女と叔父と姪の関係にある事から、王宮に面会を願い出る事が可能な立場にはあった。

 

「ジノヴァッツが王宮に参内したと聞き、急ぎ駆けつけました。」

 

ジノヴァッツの凶暴さは本人は隠しても王宮まで漏れ伝わる。この叔父が本心から心配して駆けつけてくれた事にギルベルタは感謝を表す。

 

「叔父上、私は無事です。この通りジノヴァッツからも無体な事はされておりません。彼とて王家への礼節は守るのですよ。皆にもそう伝えてください。」

 

ギルベルタの叔父を安心させる為の言葉も、パウルゼン辺境伯の心には届かなかった。

 

「ロイス卿やジノヴァッツがスターヴァイン王家をどう遇したかお忘れなきよう。我らもそこまでするとは考えていなかったのです。誰にも、気を許してはいかんですぞ。」

 

パウルゼン辺境伯は警戒を緩めなかった。スターヴァイン王家の処刑を目撃した者として、それは当然の反応であるのだろう。

 

「それで、戦局はどのようなっているのですか?」

 

「人類スターヴェイク帝国の先遣隊はアーティファクトを使い、王都外れの砦に立て籠もっておりました。だが我らの猛攻に耐えかねて夜の闇に紛れて姿を消し、今は王都のどこかに潜伏していると皆捜索しております。」

 

「ロイス卿が指揮をとっているんですの?」

 

「いえ、こちらはジノヴァッツ殿ですな。ロイス卿はルドヴィークを奪還に向かっておりました。それが、早くもルドヴィークでロイス卿が敗れたようです。」

 

ロイス卿敗北の第一報は商業ギルド経由でもたらされていた。人類スターヴェイク側の報告を高く購入したのだ。この時点でアロイス側は確認できていないが、話の詳細さからしてまず間違いないという。

 

「では,噂のコリント卿の出陣があったのですか?」

 

「いえ、ロイス卿は既に元近衛のダルシムに敗れたようです。いずれ出陣した兵が戻れば、確証は得られましょう。」

 

アロイス王国ではコリント卿を評価する声はあれど、人類スターヴェイク帝国の他の将軍の評価は低い。特に元近衛はスターヴァイン王家を守りきれなかった点からロイス卿より遥かに格下で『武将としては物足りない相手』と見做されていた。

 

しかしながらアロイス王国では軍事に長けたと評判のロイス卿が、手腕も兵数も劣るダルシムに敗れた。であるのなら、人類スターヴェイク帝国の勢いはアロイス側の理解を超えるのだろう。

 

「このままでは、いつこの王都まで敵が押し寄せるか分かりません。《コリントの双子の悪魔》も見失ったままです。王都内に潜伏している可能性が高い。クレリア女王直々に軍を率いての帰還となれば、王都の正門を開いて呼応する者も出かねないのです。」

 

「《コリントの双子》は、そんなに恐ろしい方々ですの?」

 

「はい、並の兵では太刀打ち出来ますまい。我が剣でも敵わぬ相手でしょう。」

 

「もう勝ち目がないのなら、クレリア女王と講和する道はないのでしょうか?」

 

パウルゼン辺境伯はため息をついた。

 

「何事も国王陛下次第ですが、ジノヴァッツが陛下のお側を離れません。私も即位式以来、まともに言葉を交わしてはおりません。」

 

「やはり、叔父上のお立場でもそうなのですね。」

 

「それにクレリア女王への伝手がありません。無事、交渉に入れたと言ってもアロイス側がスターヴァイン王家を処刑した以上、我らの命が助かるとも思えません。戦って事態が好転するのを待つ他ないでしょうな。今は時間を稼ぐほか道はないと愚考します。」

 

「それは違うわ」

 

第三者の声にパウルゼン辺境伯は腰の剣に手を伸ばした。

 

「誰だっ!?」

 

「貴方の剣では敵わない相手よ」

 

衝立の奥からセリーナとシャロンが姿を現した。衝立は兵を伏せておく場である。警備兵の気配があっても不自然ではない。しかしそこに入り込んでいるという事は、王女を人質に取られているのと同義である。

 

「王女殿下、すぐにお救いしますぞ」

 

剣を引き抜いたパウルゼン辺境伯をギルベルタがいなした。

 

「落ち着いてください、叔父上。この方達が私の外交交渉の伝手なのですから。」

 

パウルゼン辺境伯がギルベルタの説明を受けて、事態をすっかり飲み込むまでに幾許かの時間がかかった。

 

「・・・つまり、殿下は既に個人的に人類スターヴェイク帝国に降伏されたと?」

 

「ええ、私はそれが正しい道と信じています。」

 

「コリントの双子の・・・に、そこまでの影響力はあるのですか?」

 

悪魔という言葉を飲み込んで、パウルゼン辺境伯はセリーナに向き直った。

 

「私の名前はセリーナよ、妹はシャロン。今回の事態に際して私はコリント卿とクレリア女王から作戦指揮についての全権委任状を預かっています。」

 

セリーナは懐から委任状を取り出す。作戦の自由裁量を叶える為に、士官候補生達にアランが託してくれたものだ。最高指導者2人の署名入りである。紙として存在すると第三者に指し示す証拠となるのは、セリーナには斬新な感覚だった。

 

「降伏を受け入れる事は問題ないわ。ただ、貴方達の処遇は政治的な問題過ぎる。正直言って、どのように処遇されるか迄は分からないわ。戦争が終われば、どう扱われるかは私達の手を離れる事になるから。」

 

「安全の保証のない降伏など、無意味だろう。」

 

「それは違うわ。クレリア女王はその罪を貴方達の子孫に及ぼさない。」

 

セリーナの言葉にパウルゼン辺境伯が反応する。

 

「族滅はないと、そういう事か?」

 

「少し違うわ。裁かれるのは個人の罪。同じ国の中にいれば流石に軋轢はあるでしょう。しかし、子孫の活躍する道は阻まれない。ルート、悪いけれど、今ここで貴方の名前を教えてあげて。」

 

「私の名前はルート・バールケです。」

 

「バールケ、まさか?」

 

「そう、ベルタ王国におけるコリント卿最大の敵だった宰相のバールケ侯爵。ルートは彼の直系。そんな彼女が、コリント卿の最精鋭部隊に名を連ねているの。その意味が、分かるかしら。」

 

「・・・・」

 

「コリント卿は出自に囚われない。能力次第で活躍の場が与えられます。しかし貴方達が降伏しなければ、貴方達の子孫が代わりに裁かれる立場になる。貴方達の代の起こした騒動は、貴方達の代が鎮めるべきではないかしら?それとも貴方達は戦って死んで、子孫にそのツケを回すの?」

 

セリーナの言葉はパウルゼン辺境伯の心に届いた。元より彼とて滅亡を望んでいる訳ではない。そして降伏するのならスターヴェイク王国の出身者より、コリント卿直属の家臣の方が感情が絡まないだけ扱いはマシだろうとは思える。

 

「騒乱を子孫に残せば恨まれるのは我らか。勝ち目のない戦が自明なら、生き延びる為になんでもしよう。」

 

「ならば『ギルベルタ王女に従う』と言って.同志を募りなさい。貴方達が降伏すると言うのなら、私達がクレリア女王に繋いであげるわ。」

 

「・・・分かった、その通りにしよう。」

 

(あの、セリーナ中尉)

 

(どうしたの、ルート)

 

(侍女の服装をしているのに家名を名乗らされるの、私とても嫌でした!)

 

 

 

 

 

パウルゼン辺境伯とセリーナは素早く話をまとめた。最も大切なのはアロイス諸侯を説くこと、そして人類スターヴェイクに呼応して城門を開く事だ。

 

「アロイス国王、いや、アゴスティーニ侯の扱いはどうなるのか?」

 

「私から何とも言えないわ。死刑以外の道があるとは思えない。」

 

「そう、だろうな。」

 

国王の僭称は重罪である。敢えて言えば、この作戦は父と娘を別の人格として分離する物だ。全ての罪をアロイス国王に押し付ける事で、他のアロイス諸侯が助かる策と言い換える事が出来る。

 

「だからこそギルベルタを守りなさい。アロイス諸侯にとって、降伏を申し出て受け入れられた彼女は命綱なのだから。」

 

集団にとって結束する為の核は必要となる。この場合、アロイス諸侯は既に降伏が受け入れられたギルベルタを奉じる形とするのが1番手っ取り早い。

 

パウルゼン辺境伯もセリーナも口にはしなかったが、そのような存在は場合によってはアロイス諸侯の罪を被ってギルベルタが処刑される可能性もある。

 

「人類スターヴェイク帝国の兵が王都に到達次第、私達は動きます。その時にギルベルタを引き渡すから、アロイス諸侯はギルベルタと共に城門を開いて外に流れ出なさい。」

 

「心得た。」

 

「アロイス諸侯軍を人類スターヴェイク帝国の兵が攻撃しない保証が必要ね。」

 

セリーナとシャロンが視線を交わす。

 

「その時は私がアロイス諸侯軍に同行しましょう。私の顔を知らない人類スターヴェイク帝国の将はいない筈だから。」

 

「そうね、パルスライフルもないし最年少のマリーもそちらに回しましょう。」

 

セリーナが応じる。

 

「無茶をしないでね、セリーナ。」

 

「貴方こそあんな無茶はもうしないのよ、シャロン。」

 

話をまとめると、パウルゼン辺境伯は王宮を去った。アロイス諸侯軍を監督するのに、セリーナと連携できるシャロン以外の適任者はいない。そしてギルベルタとパウルゼン辺境伯を押さえていれば、騒乱なく城を抜け出せる可能性はそれなりに高い。

 

王宮に残るセリーナは残りの部下と共に、ジノヴァッツに向けて襲撃を行う。人類スターヴェイク帝国の攻城を喰い止める中で、王宮から最精鋭部隊が忍び出れば敵将を仕留められる可能性は高い。それが無理な時は城外の味方に合流すれば良い。

 

作戦は決まった。後は王宮に潜みつつ、作戦の開始を待つだけとなった。

 

 

 

 

 

エルナは部下と共に、汽車でガンツ入りを果たした。鉄道の路線の中核はあくまでもガンツである。アレスとガンツ間は専用線で結ばれているが、他の路線は全てガンツを軸にしている。樹海の位置するアレスの特殊性が、ガンツを交通の要衝としていた。この為、鉄道を統括するアベルもガンツを預かる父と共にガンツで業務にあたっている。

 

ガンツも樹海から魔物が溢れ出すスタンピードの対策に追われている。そんな折にも関わらず、アベルは麾下の精鋭をエルナの隊に合流させる気前の良さを示した。エルナの隊の不足している装備の補充も抜かりない。

 

「アベル殿、スタンピードの渦中なのに多くの兵をこちらに割いて問題ないのですか?」

 

問いかけるエルナに、アベルは首肯して見せた。

 

「ここが正念場と心得ています。今こそ、クレリア女王陛下の宿願を果たされる時です。女王陛下の恩寵は返し切れる物ではありませんが、出来る限りの支援をする事が我ら父子の忠誠の証となりましょう。」

 

重大な職務を任され、妻を娶ったアベルは以前よりエルナの目には溌剌として見える。

 

「私の報告の際は、必ずアベル殿の働きを申し添えるようにします。」

 

「ありがとうございます、陛下にはよしなに。」

 

 

 

 

 

商業ギルドの通信網を経由したアレスでのスタンピード発生の報は、カッシネッタにも届いた。

 

「いよいよだな。」

 

タネンはセシリオの総指揮を取るジノヴァッツが残した連絡役である。モレル大将軍との会見を願い出た。

 

「閣下、いよいよ大反攻の時が来ましたぞ。」

 

アレスがスタンピードに見舞われたとの報告を記載した通信文をモレル大将軍の側近に手渡す。

 

「おお、タネン殿これは素晴らしい報告ですな。まさかジノヴァッツ殿はスタンピード発生を予測されていたとは。このモレル感服致しました。」

 

側近を経由して通信文を受け取り、内容に目を通したモレル大将軍が満足そうな笑みを浮かべる。

 

「閣下、それでは早速セシリオ王都に進撃しましょう。王宮でルージ王太子殿下を救出させるミスリル鎧の特別部隊はどうなりましたかな?」

 

「おお、かの兵ならばここにおりますよ。者ども姿を見せよ。」

 

混乱するタネンを取り囲むように、潜んでいた兵が姿を表す。周囲をモレル大将軍の兵に囲まれてタネンは狼狽えた。

 

「ここにいる?それは手配と違う。どうなっているのですか?」

 

「何、簡単な事。私が孫の不利となる事をする筈がなかろう。」

 

「何だと!?」

 

「此奴をひっ捕えろ」

 

周囲をセシリオの兵に囲まれ、タネンがたちまち組み敷かれる。

 

「私にこのような真似をして、ただで済むと思うなよ。お前なんぞ、どこにも行き場がない。今更、人類スターヴェイクが受け入れるものか。」

 

悪態をつくタネンに、モレルが呆れたような表情を見せる。

 

「まだ、わからんのか。最初から私はセシリア国内の抵抗勢力を炙り出すために動いていたのだ。こうでもしなければ、孫が苦労するであろうからな。」

 

その言葉にタネンが呆然とする。

 

「反スターヴェイク帝国を掲げ、ルージ王太子を受け入れれば真実味も増す。他にさしたる抵抗勢力が無いとなれば、寄ってくる者がいる。それこそが策謀の黒幕へ繋がる糸だろうと考えたが、この策が的中したな。」

 

モレル大将軍が側近に声をかける。

 

「はい、御前。実に見事な策でした。ウルズラ女王陛下もお喜びになります。」

 

「謀ったな。貴様の声望も武威も地に堕ちるぞ!」

 

タネンが叫ぶ。

 

「構わんよ。」

 

モレル大将軍はニンマリと笑った。

 

「可愛い孫が女王となり、良き婿を捕まえたのだ。祖父としては本望。無駄な民の血も流れぬ事だしな。孫の治世さえ安泰なら、他の事など些事に過ぎん。」

 

言葉にならない怒号を発っしながらタネンが引っ立てられる。その様子を眺めながらモレル大将軍は側近と入念に打ち合わせを行った。

 

「アヒム、全て見届けたな?」

 

「はい、御前。」

 

「あの者は他の部下共々、ウルズラに引き渡す。女王陛下に伝えてくれ。『お前の花嫁姿を早く見たい』とな。」

 

「それでは、手筈通りにカッシネッタに人類スターヴェイク帝国の兵を入城させて宜しいのですか?」

 

「無論だ。ジノヴァッツから騙し取ったミスリルの鎧は、結婚式の祝いの品として贈るか。」

 

「それが宜しいでしょう。」

 

これまでウルズラに帯同させていた腹心のアヒムを通じてモレル大将軍は降伏した。カッシネッタはカリファ伯の占領を受け、セシリオ国内はウルズラ女王の元に磐石の体制を得ることとなる。

 

 

 

 

ガンツで汽車を乗り継いだエルナは、膨れ上がった兵と共に無事セシリオ入りを果たした。こちらで出迎えたのはウルズラである。

 

「ウルズラ女王陛下が、わざわざ直々に来られずとも。」

 

エルナは複雑そうな顔をした。セシリオを経由する以上、女王のウルズラが直接差配してくれるのは色々と助かる。だがエルナとしてアランの不在の場所で対面するのは迷惑である。お互いの関係性が曖昧なのだ。

 

「気にするな。我らは同じアランの妻同士、普段通りで良い。」

 

「そういう事なら、そうさせてもらうわ。」

 

女王が複数いるのはややこしいのである。セシリオは人類スターヴェイク帝国の属国や地域である。アランと比べて格下なのは当然として、横の関係がやや難しい。

 

『同じ妻なのだから、もう皆が対等の扱いでいいだろう』というウルズラの割り切りだが、そこにはウルズラ自身の立場を認めさせる意図もある。

 

ウルズラはまだ口約束の婚約者の段階でしかなく、新参の婚約者は弾き出され兼ねないのだ。妻予定者同士の『お前の権利も認めるから、私の権利も認めろ』であった。

 

「カッシネッタはもう終盤だ。城の収容を進めている。こちらに派遣されていた軍も予定通りそちらに回す。」

 

「もう、そんな局面になっているのですか。」

 

カッシネッタではセルナンデス大将軍は強硬に抵抗していた筈だ。

 

「お祖父様と話がついたのだ。」

 

ウルズラによればスタンピード発生の報告と同時に、ウルズラの側近であり大将軍の元部下のアヒムを経由して和睦の連絡が来たのである。

 

「カリファ伯は念の為に残りカッシネッタに駐留させるが、他のスターヴェイクの将は連れて行って良い。セシリオの兵もロベルタに率いさせる。これまでこちらに時間がかかり過ぎた、クレリアの為に馳走しよう。」

 

「カッシネッタでの和睦というのは確かなのですか?タイミングがいささか奇妙ですが。」

 

「それがな、この話はお祖父様に皆してやられたのだ。」

 

ウルズラは『祖父であるモレル大将軍が相手を出し抜く策略としてそうしたのだ』と事情を掻い摘んで説明した。

 

「確かにお祖父様は私を溺愛していたからな、変だと思っていたのだ。」

 

カッシネッタに回した兵があればもっと早くアロイス方面の戦況は好転したのでは無いか?

 

チラリとエルナの脳裏にそのような考えが浮かぶ。だが、陰で陰謀を行う者がいたなら、アロイスに全集中したらのっぴきならない事になっていたかもしれない。

 

いずれにしろ、アロイス方面に全集中できるのはか確かだった。エルナは過ぎた事は気にしない。

 

「それでは有り難く、兵を使わせていただくわ。」

 

「ああ、クレリアの為にアロイス王国と早く決着をつけるが良い。」

 

アランの差配もあってエルナの麾下の兵は大軍に膨れ上がった。彼らはセシリオ王国からのルートを用いてアロイス王国に雪崩れ込む事となる。

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