【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる) 作:高坂 源五郎
Ⅱ アロイス・セシリオ戦役 46話 【動乱編】 アロイス王国の終焉
アロイス王国の隣国と言えば、セシリオ王国とアラム聖国である。北の隣国がセシリオ、南の隣国がアラム聖国であり、旧ベルタ王国とアロイス王国は狭い地域の国境を有しているのみである。この狭いエリアがオルト村のある湖周辺であり、これまで人類スターヴェイク帝国による侵入はこの狭いエリアに限定されていた。
一方でセシリオとアラム聖国は隣接しており、その両国が人類スターヴェイク帝国の支配下に入った結果、新たに広大な進軍ルートが拓けた。
「汽車でセシリオを横断し、そのままアラム聖国入りします。アロイスとの国境、いえ王都近郊までずっと汽車で通行可能です。」
新たに属将としてエルナに附けられたバルテン士爵、プレル士爵、ロベルタに対してエルナはそう宣言した。
アロイス王国は南北に長い。それはつまり東西は比較してより狭い。そしてアラム聖国がかつてのスターヴェイク王国にとって厄介な敵だった理由とは、南北の連結部である王都近くまで到達可能な国境を有しているからである。
ベルタからアロイス王都は遠い。セシリオからもアロイス王都はまだ遠い。アロイス側にとっては、これまでこの距離こそが防衛の要だった。
しかし、アラム聖国はアロイス王国を一部侵食し、先端のように領地を食い込ませている。そこからはアロイス王都に至る迄は平坦で遮るものが無い。アロイス建国のどさくさに紛れて、アラム聖国が確保した係争地点を含めるとその距離は更に近づく。エルナの軍勢が汽車で進出した地点から、アロイス王都までは指呼の間であった。
「まさか、汽車で敵の中枢までこんな早く移動できるとは。」
アロイスの地理に疎いプレル士爵が驚きを口にする。
「アラン様は、どこまで先を読んでいるのか。常に先を行かれるな。」
バルテン士爵も唸る。
「アラム聖国との申し出があった時点で軌条の工事を開始したようですよ。両国民の大半がまだ知りません。それでも、セシリオ・アラム聖国間の路線は今後の発展の基幹となりますね。」
エルナがベルタ出身の二人にそう回答した。
「アラム聖国からも応援の兵を出してくれています。このまま我々がスターヴェイク奪還を成し遂げましょう。」
エルナの下にはベルタ、セシリオの兵だけで既に10万人を優に超える軍勢が集結していた。本来は、クレリア女王直々の王都奪還の為に用意された大軍勢である。
アレスがスタンピードで封鎖された為に、アランとクレリアも今は身動きが取りづらい。その為、総大将としてエルナに白羽の矢が立ったのだ。エルナはスターヴェイクに忠実なる武人であると共に、コリント卿の婚約者でもある。
コリント卿の妻達の中でスターウェイクとの関わりはクレリアに次いで深く、身内であるエルナなら大功を立てた後の処遇が問題となる事もなかった。
大軍に兵法なしという。平坦な地形で視界を遮るものもない。しかも兵は汽車で輸送され疲れがない。むしろ、兵達にも身体を動かせる事を歓迎する向きさえある。
「全軍進撃!」
エルナの号令の下、スターヴェイク王国奪還軍が進撃を開始した。
「ここで新たに15万の兵だと!今は冬だぞ!?」
ジノヴァッツは部下からの報告に絶句した。先だってロイス卿と共にルドヴィークで3万の兵を失った。大半が降伏した為、王都まで戻ったのは僅か数百の騎兵のみである。
それでも膨れ上がった捕虜の処理でルドヴィーク方面からの進軍は、まだまだ余裕を持って防げるだろうと踏んでいたのだ。
「人類スターヴェイク帝国の兵だけで10万人を超え、アラム聖国から3万人。そしてアラム聖国との国境防衛に動員したアロイス諸侯の兵も降伏したとの事です。スターヴェイク王国に忠誠を誓う諸侯の参加もあり、敵軍はたちまち総数が15万を超え、まだ増え続けていると。」
ギリリッと、ジノヴァッツは唇を噛んだ。セシリオ方面がこれだけ動いたという事は、後を任せた部下のタネンが失敗したのだ。カッシネッタさえ健在なら、この大移動を遮断できた可能性が大いにあった。そもそも、この様な敵の連携を断つ為に打った布石だったのだ。だがタネンと共に残した部下達も、もう無事ではいないだろう。
「汽車の移動速度とは馬鹿にならないものだな。それにしても軌条の敷設が早すぎないか?」
「どうもコリント卿は、アレスの建築に用いた建築特化のアーティファクトを多数保持しているらしく・・・。」
「もういい。それで、味方の総数は?」
アロイス王国成立時点で15万の兵がいた。ロイス卿が3万を喪失し、アラム聖国との境に2万人詰めていたとしても、まだ10万の兵はいる筈であった。
「本国に帰還した兵もあり、王都内には8万人です。特戦隊を構成する閣下直属の兵が4万と・・・」
「残りは国王とアロイス諸侯の兵で4万か。」
「はい。別にセシリオ国境の防衛で1万の兵を派遣しております。ルドヴィーク方面の抑えとして1万の兵を派遣予定でしたが、これは出撃を取りやめさせました。」
ジノヴァッツは素早く考えを巡らせる。
「セシリオ方面に配した兵はすぐ呼び戻せ。本国からの救援が間に合うか。いや、国王と諸侯の兵を捨て駒に時を稼ぐ所だな、ここは。」
ジノヴァッツの計算はアロイス王国を守りきれないと踏んでいた。なんといっても中心人物のロイス卿を失ったのが手痛い。ロイス卿というピースを欠けば、ジノヴァッツと直轄軍は他国の兵でしかない。
アロイス諸侯を戦力化する旗頭としては実に適任な男だった。彼が生きていればアロイス諸侯の兵と共に出撃させ、堂々たる捨て駒人生を全うさせてやれたものを。
「まさかロイス卿がスターヴェイク如きの近衛上がりにやられるとは計算外だったな。しかしアレスのスタンピードはもう終結したのか?」
「いえ、それがまだのようです。」
コリント卿は不在と考えると、同数の兵がいればこの敵はジノヴァッツの指揮なら勝てそうである。しかし王都からアラム聖国側は平坦な地形であった。
かつてのスターヴェイク王国がアラム聖国との戦で有利だったのは国の規模が大きく、人工密集地帯の王都がアラム聖国の侵入点に近かった為だ。王都の大兵力を即時に迎撃で展開できた点にある。つまり、地形的には相手に大兵力を集められると著しく不利なのだ。
「・・・アロイス諸侯を集めておけ。いざとなれば奴らを捨石にして王都を捨てる。今はセシリオ方面に派遣した兵が戻る迄の時間稼ぎよ。我が直属の兵にだけはそう伝えておけ。」
「はい。」
側近もそれしかないと感じていたのだろう。力無く頷いた。
「それと兵舎に《大門》を開いておけ。《大門》の開通を確認次第、《小門》はここ司令部に移設しろ。先んじて略奪品の運び出しを進めるのだ。貴重な品はこの司令部にあるからな。」
側近はゴクリ、と唾を飲み込んだ。
「そ、それ程の事態になるとお考えなのですね。かしこまりました。」
王宮の玉座の間にはアロイス諸侯が呼び集められた。玉座にはアロイス国王ロートリゲンが力無く座っている。その横には腕組みした横柄な態度で軍師を気取るジノヴァッツが立っていた。
その場に集められたアロイスの諸侯は『この場を支配しているのはやはりジノヴァッツだ』と、そう感じざるを得ない。
「ジノヴァッツ殿、我らにいかなる御用か。」
ジノヴァッツに敵意を含んだ視線が向けられる中、パウルゼン辺境伯が穏やかな口調で問うた。
アロイス王国成立の立役者であるロイス卿とその側近がまとめて消失した今、アロイス国王と縁戚のこの男が大身貴族の旗頭として存在感を増していた。
「人類スターヴェイク帝国の兵がアラム聖国方面より侵攻しています。これはアロイス王国の国難。皆様には、人類スターヴェイク帝国の兵の迎撃に出陣頂きたいとの陛下のお言葉です。」
不穏な気配が広がった。アロイス諸侯の兵は駆り出された無茶な砦攻めで疲弊し切っている。敵の数が少ないので兵の損失はまだ少ない方だが、なんと言っても難敵だった。体力の回復が追いついていないのが実情である。それに背後に槍を突きつけられて戦わされた記憶も真新しく,嫌な感触を拭いきれない。
「あのような扱いをして、貴様の命令なぞ誰が聞くか。」
「そうだ!」
諸侯の列の後ろから声が出る。声のした辺りをキッとジノヴァッツが睨みつけた。
「皆様お分かりでないようだが、スターヴァイン王家を処刑したのは貴卿らだ。皆様には人類スターヴェイク帝国との和睦の道はないのですぞ。」
その呪縛に満ちた言葉にアロイス諸侯は押し黙った。そんな場の空気をとりなすように、パウルゼン辺境伯がジノヴァッツに問うた。
「ジノヴァッツ殿のご指示は尤もかと。しかしながらこれほどの重大事、我らとしても陛下直々のお言葉を賜りたい。」
そうでしょうな、とジノヴァッツはパウルゼン辺境伯に鷹揚に頷いて見せた。
「陛下、お言葉をここに集いし陛下の忠実なる臣下におかけください。」
恭しく首を垂れるジノヴァッツ。パウルゼン辺境伯は進み出て片膝をついた。促されて顔を上げる。アロイス国王ロートリゲンは、会議の開始以来初めて焦点の定まった目でパウルゼン辺境伯を見つめていた。
「全てをジノヴァッツに任せておる、ジノヴァッツの言う通りにせよ。」
温和な表情でそう述べるロートリゲンの様子は、殺伐した軍議の場にそぐわない。直に視線を交えても、パウルゼン辺境伯の心に通うものがなかった。もはやこの国王は正気ではいられないのだろう。現実が見えていないのだ。
「はっ、仰せのままに。」
ロートリゲンとはかつては義兄・義弟と呼び合った仲である。国王になったとは言え、視線を交えれば伝わるものがあると期待した。しかし国王の瞳からは何も返っては来なかった。
(ロートリゲン、これが今生の別れだ。我らは別の道をゆくぞ)
心中密かにロートリゲンへの別れを述べると、パウルゼン辺境伯は晴々とした顔つきをした。御前を去り、臣下の列に戻って述べた。
「これで思い残す事はない。王都から出陣致す。皆、我らの生きる道は他にないのだ。私が指揮を取ろう。皆々、ついてこられるが良い。」
決意に満ちたパウルゼン辺境伯の物言いに、ジノヴァッツは笑みを浮かべる。
「それではパウルゼン辺境伯、皆様、よろしくお願いしますぞ。」
アロイス諸侯は出陣の手筈を決める為、パウルゼン辺境伯の館に集合していた。
「パウルゼン辺境伯、どうされるおつもりか。」
館に戻ったパウルゼン辺境伯の所に、血気盛んなアロイス貴族が詰め寄った。『どうしようもない』と分かっていても、人は誰か手近なとき者に逃げ道を尋ねずにはいられないのだ。
「そういう貴卿こそ、どうお考えなのか。出陣する他に道はあるのか?」
逆にそう問いただされると言葉もない。本心を言えば降伏するべきと分かっている。スターヴァイン王家の姫が3国を切り従えて故地奪還に乗り込むなど、想像の範囲外だったのだから。
「我らとて叛きたくてスターヴァイン王家に叛いた訳ではない。気がついた時には、ロイス卿がアロイスの名を騙ってスターヴァイン王家を処刑し終えていたのだ。」
「そう、それよ。我らはそこまでの野心は無かった。ロイス卿に騙されたのよ。」
皆不満を述べた。彼等の反乱の下火となったのは飢餓である。収穫は普通であったのに、アロイス諸侯の倉庫から食料が消えた。その結果、領内の民が飢えて政情が不安定になった。
スターヴェイク王国の軍務大臣としてのロイス卿の改革とは、大きく2点ある。一つは常備軍の増強で、ロイス卿の麾下に装備の充実した直属軍団を置いた。今回の反乱の主力である。
もう一つの改革とは食糧の備蓄である。諸侯に代理で徴収させている税の麦の一部を、各地の諸侯の保管庫に保管させた。飢饉の対策と軍の糧食の備蓄である。
輸送の手間が省けると絶賛された政策だったが、諸侯の取り分を含めて倉庫を軍の管理とした事で歪みが生じた。ロイス卿の直属軍による使い込みである。
帳簿にある筈の食料がない。ロイス卿は、不足した食料を倉庫から倉庫へと軍に移転させる事で帳簿を誤魔化した。月内にどこかの倉庫に収めてあれば、それはその倉庫に入ったままと見なされる。
しかし同じ麦が2つの、或いは3つや4つの倉庫に同時に存在していた事になり、遂に全てが崩壊した。
本来あるべき麦がないのである。管理者のロイス卿自身による不正であり、経緯が隠匿された事で事情の把握は複雑化した。国による対策が打てず、スターヴェイク王国崩壊まで帳簿の偽装に終始したのだ。国内では北部だけはいささか豊作だった事も事態を複雑にした。
アロイス諸侯も『スターヴァイン王家の指示でそうしている、麦は北に回された』というロイス卿の説明を信じたのだ。異変を感じたスターヴァイン王家がアレフ王子を視察に送り出した際も事実は隠蔽された。麦の実りは悪くないのに、民に行き渡らない怪異は続いたままであった。
王子は麦の不足を知らぬままに各地に逗留した。結果、王子を接待したのに何の対策も無いと、地方貴族の恨みは深まる悪循環も生じた。
軍の改革の目玉であった食料の貯蔵に異常が生じている、そうスターヴァイン王家が気がついた時は遅かった。事情聴取の為に呼び出されたロイス卿がアロイス王国の再興を名目に挙兵したのである。
麦の帳簿の収支が是正されたのはアロイス王国が建国されてからの事だ。アロイス諸侯の取り分はきちんと返還された。ただしその本来ある筈だった麦は、主に北部の旧スターヴェイク貴族への理不尽なまでに重い課税によって賄われた。
「皆落ち着いて聞いてくれ。私は皆も承知の様に、ギルベルタ王女にお会いした。そして王女が既に人類スターヴェイク帝国に降伏されたと知った。」
アロイス諸侯の集う室内に衝撃が広がった。もう終わりだ、という声が皆の喉元まで出るがその声を発する者はいない。アロイス諸侯にとって、そう声を発した先には絶望しかなかったからだ。
「ギルベルタ王女は、我らの罪をご自身で背負われる御意志だ。我らの罪はその分少し軽くなる。そう、私は《コリントの双子》のセリーナ殿、シャロン殿と膝を交えて話し合った。そして我らの寝返りが受け入れられると確約を得た。」
「なんと」
一筋の光明が差すとはこの事だった。行方の知れない《コリントの双子の悪魔》の消息は皆が気にしていた。どの様な手段を使って逃げおおせたのだろうか?いずれにせよ王宮に潜んでいたのなら、見つからないのも道理である。
「我らの罪は罪として裁かれるが、寝返り自体は認められるそうだ。」
「ならば、我らは命長らえる事が出来るのか?」
早速、その点を指摘する者が出た。
「それはクレリア女王の沙汰次第だそうだ。実際、これほどの大事だ。無条件で免責される話でもないだろう。我らが功績を上げ、赦しを乞うしかないのではないか。」
なんだそれは、と失望の声が漏れる。
「我らの身命が保証されんのなら、そんな寝返りに何の意味があるのか。」
貴族達が不満の声を上げた。それをパウルゼン辺境伯は、まぁまぁと身振りで押さえ込んで言葉を繋いだ。
「私もそれを尋ねた。セリーナ殿は言われたよ。『コリント卿は、親の罪で子孫を罰する事はない』と。つまり我らに処罰が下されようとも家門は残るという事だ。無論、罰は下されよう。家格の低下や領地の減少などは覚悟せねばなるまい。」
貴族達の顔色が変わった。軍を率いて戦場に出た以上、死は覚悟している。問題はその命で何を得るかである。滅亡必至なこの状況で自家が残り子孫が罰せられないなら、その事は望外の好条件になりうる。
「我らが死に意味が生じるか。」
「名誉を取り戻せるならば、やる意味はある。」
先程まで生きる屍のようであったのに、生気を取り戻した者も少なくない。しかし過半数の心にはまだ届かない。子孫がいない者、今の自分の方が大事だという者はやはり少なくないのだ。
「だがな。処刑されるのを待つくらいなら、いっそ戦場で敵として派手に散る方がマシなのではないか。」
「おお、我らが武名は後世まで伝わらな。不調法な真似をして処刑されるよりはマシよ。」
当然ながら反対する意見も出る。そしてその反対意見に賛同する声も多く上がった。それに対してパウルゼン辺境伯は答えた。
「それがな。去り際にシャロン殿が、意味深な言葉を漏らされた。終戦と共にクレリア女王はコリント卿と結婚される、とな。」
「・・・どういう意味だ?」
「私も最初は呑みこめなんだ。意味が分かったのは少ししてからよ。」
皆が考え込む中、利発な者がすぐに答えを導き出す。
「まさか、女王の御成婚による恩赦か!」
パウルゼン辺境伯は微かに笑った。
「おう、そのまさかよ。人類スターヴェイク帝国も、今回のアロイス王国建国騒動については話の収め方に苦慮していたのだろうな。話をなるべく穏当に収める為に、クレリア女王との婚姻の時期を今まで引き延ばしていたと見える。」
パウルゼン辺境伯は、ここが正念場と心得ていた。周囲を睥睨し、反応を確かめながら言葉を紡いだ。
「王族の慶事に、罪一等を減じる恩赦が下されるのは恒例。国土を回復した新女王の御成婚のとなれば恩赦が発せられるのは間違いない。そこに、今回の我らの返り忠の功が加われば。」
止めの台詞を吐いた。
「子孫だけでなく、我らの命も首の皮一枚繋がるであろうな。」
「コリント卿には、その様な深慮遠謀が!」
理解し納得した表情がその場の貴族達に広がる。確かに既に一国の主であるコリント卿とクレリア女王が、これまで結婚していないのは不思議である。
そしてアロイス王国建国騒動はアロイス諸侯にとってさえ急なものだった。ロイス卿やジノヴァッツの陰謀に流されただけの成り行き任せだったのは、自他共に認めるところである。
そんな彼らの罪は罪として裁きつつも、恩赦によりその刑罰を軽くするのは双方に利のある落とし所と言える。政治的にそこまで見通していたのなら、コリント卿は実に聡明という他ない。
「流石に辣腕、これだけ迅速にベルタに続きセシリオも制覇する英傑とはかくあるか。」
感心する初老の貴族に、他の貴族も賛意を示す。
「全て想定しているのなら、正に英傑に違いないな。」
政治においては予定調和こそが美しい。建前は建前として重要だが、国を治めるとは清濁合わせて呑む事が出来る器量が必須だ。建前と実益の両方を満たす事、名分を守りつつ叛いた者を許して国を富ませるというのは大変な難事だ。
アロイス諸侯の逃げ道を『スターヴァイン王家を処刑させる事』で封じたのはジノヴァッツである。そんなジノヴァッツは『和睦は不可能な道』と見切りをつけていた。
だがしかし、コリント卿の策はどうだ。ジノヴァッツが仕掛けた不可能を、自らの婚姻による恩赦で塗り潰したではないか。アロイス諸侯はその発想に感嘆した。相次いでコリント卿を賞賛する言葉が生まれる。
「コリント卿の知恵は神謀の如し。限りがないのではないか。」
味方になるという最低限の条件さえ満たせば、穏当に済ませる方策はあると、そうアロイス諸侯に道が指し示された。人はどんなにか細くとも希望に縋る生き物である。絶望した彼らにパウルゼン辺境伯を通じて示された道は、あまりにも甘い誘惑だった。
「しかし、推測だけではないのか。確かなのか、その話。証がなくては信じられんが。」
ニヤリとパウルゼン辺境伯は笑うと、懐から書類を取り出した。
「これはセリーナ殿が、コリント卿とクレリア女王より全権を委ねられた全権委任状だ。この話の証とせよと、私が預かった。裏書も貰っておる。見よ、コリント卿とクレリア女王の署名入りよ。」
委任状を一目見ようと貴族達が群がる。コリント卿の筆跡は知られていないが、クレリアの王女時代の署名を見た事がある者は少なくない。彼らもかつてはスターヴァイン王家の忠実なる臣民であり、生誕祭の贈答の答礼などで王女の直筆に触れる機会はあったのだ。
「これは真筆、間違いないだろうな。」
筆跡に詳しい貴族が太鼓判を押す。
「では、皆同心したという事で良いな。異論がある者は去れ。去る者の後は追わず、殺しもせぬ。だが手向かうなら容赦せんぞ。」
だが、誰もこの場から去りはしない。そして、この場にもう異を唱える者はいない。ジノヴァッツは彼らを捨て石にしようとしている男であり、頼むに値しない。小異を捨てて大同につく根拠は示されたと、皆がそう感じていた。
「皆、腹は決まったようだな。では、やるぞっ!我らでジノヴァッツの不意をつくのだ。」
「おおっ!」
パウルゼン辺境伯の言葉に諸侯が応ずる。ギルベルタを旗印としたアロイス諸侯の返り忠が始動した。
「今日は厄日か。」
パウルゼン辺境伯の兵が、王宮を襲いギルベルタ王女を拉致した。その一報を聞いたジノヴァッツは天を仰いで嘆いた。
陽が傾きかけた午後になって、人類スターヴェイク帝国の大軍がまさに城壁から見える距離まで迫っていた。迎撃に出る筈のアロイス諸侯に、軍の布陣を急がせる使者を発したばかりである。
「撤退の判断は正しかったな。これで支えられる筈がない。まぁ国王の身柄は押さえていたが,まさか価値が低く警備の薄い王女の方を狙うとはな。」
王都内にアロイス諸侯の兵はジノヴァッツの直轄軍と同数存在する。その全てに叛かれると厄介である。
「閣下、正門を確保しようとアロイス諸侯の兵が殺到しております。早くも門は奪われました。」
ジノヴァッツはアロイス諸侯が裏切ったのを知った。こうなればアラム聖国方面からの人類スターヴェイク帝国本隊の進軍に呼応しての寝返りに間違いない。
元々、アロイス諸侯が出陣するとジノヴァッツ直々に知らせを出している。武装した諸侯の兵が正門を目指しても誰も異常を感じない。敵が迫る中で予定された当然の対応だからだ。正門の守備を預かる兵が、アロイス諸侯に不覚を取った所でおかしくはないのだ。
「どうせ人類スターヴェイク帝国が受け入れる筈がないのだ。だが、下衆共は何故こうも簡単に裏切りに踏み切った!?」
理由を考えても無駄である。今は出来ることをする他ない。
「ここ司令部にも敵の来る恐れがあります。急ぎ兵を呼び集めます。」
「おう。」
部下の声に不機嫌に頷き返す。ジノヴァッツは使者の往来する司令部の部屋を出た。一人静かな空間で考えを整理する為である。側近達はジノヴァッツのそんな癖を知っていて、誰も何も言わない。
静かさを求め廊下を歩きながら対策を試行するジノヴァッツの耳に突如爆音が鳴り響いた。辺り一面を砂埃が舞う。ロイス卿から譲り受けた軍務卿の在所、王宮近くの一等地にある軍事の要衝。その白亜の外壁に爆裂魔法による巨大な孔が開いていた。
外壁を破って敵が演習場に侵入する。そして今度は演習場から続々と建物へ向けて敵が押し寄せていた。灰色の毛皮を纏った兵士の群れが、建物の中に続々と飛び込んで来る。その様子をジノヴァッツは間近で目撃した。
異変を駆けつけた側近と共に護衛の兵が駆けてくる。彼らに周囲を取り囲まれながらも、ジノヴァッツは侵入する敵の様子からなおも目を離せないでいた。ここで観察を怠れば死に繋がる、ジノヴァッツの直感がそう告げていた。
「閣下、ここは危険です。お戻りください。」
「馬鹿っ、敵に気取られる。静かにしろ。」
指揮を取る先頭の将にジノヴァッツは見覚えがある。少女の肢体を留めた小柄な骨格に、想像を絶する程に凶暴な本性が隠されている。ジノヴァッツの視線を感じっとったのか、或いは味方の兵が耳に届いたのか。相手が振り返った。敵同士が、お互いに視線を合わせる。
「お前は、コリントの双子の悪魔っ!」
「見つけたわ、ジノヴァッツ!」
部下と共に駆けていたセリーナは急停止した。素早い動作でパルスライフルを構えると、ジノヴァッツに向けて発砲する。
だが、セリーナの動きについていけない後続の兵に押されて、その射線が僅かにプレる。狙い澄ました筈の一撃は、ジノヴァッツではなくその側近を撃ち抜いた。
「チィッ」
セリーナは舌打ちしながら尚も猛連射を浴びせた。閃光の度にジノヴァッツを庇い、射線を塞いだ周囲の兵が死ぬ。ジノヴァッツは必死で逃げた。もう生きた心地なぞしない。
その様子を見てセリーナも後を追い走り出す。距離を離されまいと必死でジノヴァッツを追った。セリーナの部下も続く。
パルスライフルは殺傷力が高い。しかし物理的な力は持たない。その為、倒された兵の死体は障害物としてその場に残る。金属や革の鎧を着用した死体は重く、簡単には取り除けない。
「邪魔よ。」
魔石を握るセリーナの魔力の籠った腕の一振りで、爆裂魔法の火球が生み出される。パルスライフルの閃光に比べると緩慢な動きながら、火球が進路を阻む死体の山に着弾し四方へ吹き飛ばす。ジノヴァッツは仕留められないが、廊下の壁が破壊されて空間が開ける。
爆破が切り開いた空間を縫うようにセリーナが駆け、味方の兵も後を追う。ついにセリーナは、ジノヴァッツとその兵を奥まった区画の大部屋に追い詰めた。
セリーナは戸口から中を覗き込む。見ると物で溢れた倉庫の様な部屋の中央に、大きな鏡のような物が置かれている。戸口を塞いだ兵を倒すと、まさにジノヴァッツがその鏡に向かって走り込む所だった。その鏡は、まるで別世界の入り口のようにジノヴァッツを飲み込み、その内部へと受け入れた。後続の兵がジノヴァッツに続く。
鏡を前に反転し、こちらを迎撃しようとする数名の敵兵をセリーナが撃ち抜く。それで最後だった。どう見ても数十人はいた敵の兵は全て消えていた。セリーナと部下の倒した数は半数くらいだろう。
「何なの、これは。こんな物、これまで見た事もないわ。」
鏡の奥に落とし戸があるのだろうか。警戒しながら鏡の周囲を一周する。しかし、そこには等身大の鏡があるだけだった。横から見たら、この物体の厚みなど指一本の長さすらない。落し戸で下に逃れられる様なは思えなかった。
「死体を投げ込んでみなさい。」
鏡と違い鏡面にあたる表面は光を反射しない。不透明な淡い光で満たされている。セリーナの指示で敵兵の死体が投げ込まれる。死体はすぐに鏡の奥に消えた。
どう見てもこの鏡は別の場所に繋がっている。セリーナの直感はそう告げていた。しかし理性は『そんな事がある訳が無い』とそう言っている。
「フレイムアロー!」
セリーナによって生み出された魔法の矢は鏡を通って虚空の中に消えた。
「魔法が通るなら話が早いわ、皆、下がりなさい。」
セリーナは兵を下がらせると魔石を握りしめた。
「ファイアーボールっ!」
鏡の中に爆裂魔法の火球を連続して叩き込む。爆発音と振動が鏡の空間越しに伝わる。その中には人の発する悲鳴も混じっていた。そして鏡の発する光が消えた。
「やはり向こう側で敵が待ち構えていたようね。」
敵を追ってこの鏡を潜り抜けていたら、どうなっていたのか。装置を切断して退路を絶たれ、死地に陥る片道切符となっていたかも知れない。
「稀少な装置だから壊すわけにはいかない。けれど、また接続されると厄介だわ。とりあえず見張りをつけて水の中にでも沈めておきなさい。」
麾下の軍勢でアロイス王都攻略の布陣を整えたエルナの前に、パウルゼン辺境伯の使いを名乗る使者が訪れていた。
「不忠者達が、今更のこのこと何の用ですか。」
スターヴァイン王家に忠実なる臣下として、エルナ・ノリアンは裏切り者には手厳しかった。エルナだけではない。本陣を構成する兵の殺気に満ちた視線が使者に突き刺さる。
「セリーナ様、シャロン様の両名よりこれを預かっております。」
本来ならけんもほろろに追い返す所である。しかし、書状だけでも目を通してほしいと食い下がった使者が差し出す書状を読み、エルナの顔色が変わった。
「そう、セリーナとシャロンが貴方達の降伏を認めたのね。それなら仕方ないわね。」
「では、我らの返り忠をお認め頂けますか。」
「ええ。セリーナとシャロンが承知したという、この話が嘘でない限り認めます。」
エルナの返答に、使者の顔に喜びの色が混じる。アロイス諸侯は《コリントの双子の悪魔》の地位や権力を知らない。どこまでこの降伏話が通じるか半信半疑ではあったのだ。だがこの大軍の総大将をこの書状で説得出来る声望の持ち主なら、アロイス諸侯の未来は明るい。
使者も人類スターヴェイク帝国の敵意を肌で感じでいただけに、この書状により救われたとより強く感じられた。
「セリーナ様はジノヴァッツを追っておられます。シャロン様は、連絡がつきしたいこちらに来られるとの事です。」
「そうですか。」
初めて聞くジノヴァッツという名にエルナは眉を顰める。
「事情がよく分からないわ。説明の為にもシャロンを早く連れて来なさい。」
「はっ、かしこまりました。ところでもし宜しければ、我らにスターヴェイクの軍旗をお貸し願いたいのですが。」
降伏を受け入れた以上、同士討ちを避ける為にも必要な措置だろう。幸い、侵攻に際してアリスタが手配した軍旗を多数用意してある。
「あそこにあるものは何本でも持って行って構わないわ。いえ、誰か人をつけて運ばせましょう。」
エルナの発言に「なら、私が」と進め出る者がいた。
「ロベルタ?貴方が留守にしてセシリオの兵は問題ないの?」
「セシリオの兵ならば他に指揮する者がありますので、ここは私が出向きましょう。」
「我らが行っても良いが」
バルテン士爵が進み出る。
「貴方方は大勢の兵を率いて進まれる方が良いでしょう。私はほら、身軽ですので。」
ロベルタの言葉にエルナは頷いた。
「では、そうしましょう。ロベルタ、アロイス諸侯の使者の見送りを。部下に軍旗を運ばせて。バルテン士爵、プレル士爵はロベルタの後に続いて兵と共にアロイス諸侯の支援を。他の者は皆、アロイス諸侯は既にクレリア女王に従ったと知りなさい。」
「心得た。」
頼もしげに胸を叩くバルテンを尻目に、ロベルタは軍旗を何本も引っ掴むと使者を急かして城門を潜った。
「忌々しい目に遭ったわ。」
陣内に姿を現したジノヴァッツの姿に、直属部隊の指揮官は目を疑った。
「その姿、どうされたのです。」
ジノヴァッツは血まみれで爆発の煤に汚れていた。
「コリントの双子の悪魔の仕業よ、這々の体で逃げ伸びたわ。」
ジノヴァッツが逃げる為に払った犠牲は考えない事とする。
「ここの戦況はどうだ。」
「良くはありませんな。押し込まれてもおりませんが。」
アロイス諸侯の逆襲もあって全体としては戦線はかなり押し込まれていた。王都の外壁の防衛は一角を残して諦めている。
ただ、確保している箇所は精鋭が頑強に抵抗していた。督戦隊を構成していた兵士達で、恨みを持ったアロイス諸侯の兵が押し寄せてくるが、ミスリルの槍を装備した彼らは難なく撃退して見せていた。
彼らは城壁の北東側を占領し続けている。その一角には兵の詰め所があり、ジノヴァッツが使用した《小門》とは別の異次元への入り口《大門》があった。
「ここに《大門》を設置しておいて正解でしたな。」
指揮官の声にジノヴァッツが同意する。
「ああ、《小門》を司令部の方に離しておいたのもな。今、考えてもあれは天啓だった。お陰で本国から戻れた。」
「さて、どうなさいますか。」
「セシリオ方面に展開していた兵が戻り次第、王都を捨て撤退だ。彼らを収容してくれ。敵はまだ司令部内を捜索している。あちらには近づくなよ。」
「心得えました。」
幸か不幸かセシリオ方面には虎の子の直属の兵士を派遣していた。ジノヴァッツの直属部隊は皆、本国の貴重な戦力である。アロイス諸侯の兵と異なり、ジノヴァッツとて彼らを無駄に損耗するような真似は許されない。
「手配を終えたら、我は戻る。評議会で報告せねばならん。後事は全てそなたの手腕に託すしかない。頼むぞ、カレイド卿。」
「任されましょう。部下を無駄死にさせぬよう撤退に努めます。しかし、アロイス王宮の方はよろしいので?」
「あそこにはえり抜きの配下を用意した。マシラが、死体の山を築いてくれるだろう。良き囮になる筈だ。貴卿はこちらに集中してくれ。」
では後はくれぐれも宜しく頼む、そう言い残すとジノヴァッツは再び《大門》の奥へと姿を消した。
ロベルタは使者と軍旗をアロイス諸侯の陣に送り届けると、その足で選りすぐりの部下と共にアロイス王宮へと向かった。怪訝そうに部下が尋ねた。
「アロイス諸侯と行動を共にしなくて構わないのですか?」
「良いのです。我らがウルズラ女王陛下はクレリア女王に『分かりやすい貸し』を作ることをお求めなのですから。我らはここでアロイス国王の身柄を押さえるのです。」
その言葉で部下達は事情をすっかり飲み込んだ。アロイス諸侯は皆、クレリア女王に下った様だ。つまり王都の戦いを制すれば、アロイス国内での戦争は終わる。
するとどうなるか。アラム聖国は除くにしても、クレリア女王はベルタ、アロイス、スターヴェイクと実に3国相当の地域の女王となる。対するウルズラ女王はセシリオ一国の女王でしかない。
コリント卿との関係の深さからしてクレリア女王が格上の存在である事に疑問の余地はない。が、それはそれとしてウルズラ女王としては、ここで貸しの一つも作っておかなければ今後の関係性において立つ瀬がないのであろう。
「なるほど。」
「この戦はもう勝ちと決まりました。後は、精々楽しませてもらいましょうか。」
ロベルタと部下達が辿り着いた王宮内、特に玉座の間は血煙に覆われていた。ロベルタ達を人類スターヴェイク帝国の兵と理解したアロイス諸侯の兵が忠告してくる。
「この先は進まぬ方が良い。マシラという名の手練れがアロイス国王を守っている。もう数十人も奴にやられた。」
アロイス諸侯も王宮の確保に兵を出していた。しかし、踏み込んだ兵は全て倒されていた。マシラ、ジノヴァッツ配下で最も腕の良い配下である。小柄で敏捷な姿で予期せぬ方向から襲われる。手にした獲物は魔剣の様で、金属鎧も易々と切り裂かれた。
内室からはセリーナやシャロンと共にギルベルタと侍女達も退去している。多数の兵が詰めた玉座の間は避けて通ったのだが、その結果、アロイス国王を監視する為に残ったマシラは健在なまま残った。
「ふむ、では私がそのマシラとやらを頂いてしまいますか。」
両手で馬上刀を構えたロベルタが室内に足を踏み入れる。部下達も後に続こうとする。室内はマシラだけではない、ジノヴァッツの直轄兵もいる。ロベルタの部下に対応する様に敵兵が姿を現す。
「誰か本陣のエルナ殿に使者を。ここの現状を伝えよ。」
「はいっ。」
部下が駆け去った。ロベルタの部下は騎兵である。正直、室内の戦闘が得意な訳ではない。騎兵は馬に負担をかけない為に小柄な者も多い。室内での同数のぶつかり合いでは不利となる。
「お前達はアロイス諸侯の兵と共にいるのですよ。敵が逃げぬ様にこの場を封鎖しておきなさい。」
部下達もロベルタの鬼神の如き強さを承知している。指示に従った。
「では、始めましょうか。」
ロベルタが敵に向かって駆け出した。
「まさか、この私が不意を突かれるとは」
キキキ、とロベルタの背にに刃を突き立てたマシラが笑う。そして甲高い声で言った。
「お前の動きもこれで悪くなる。もうマシラには勝てないね。」
敵兵をロベルタが全て片づける所までは順調だった。最後の敵兵を屠った時、ロベルタを直上からマシラが襲った。柱の影、灯火の届かぬ闇の中に身を潜めていたのだ。
それでもロベルタは左手の馬上刀で上からの敵の刃を防いでみせた。だが、それでも敵の魔剣がロベルタの左の馬上刀を断ち切った。ロベルタは身を捩って致命傷を逃れたが、左肩を激痛が襲っていた。
すぐに左手でマシラの身体を掴み、床に叩きつけようとした。マシラはロベルタの掴み手を回避すると空中で回転して無事に着地した。追い打ちで入れた右手の馬上刀の一撃もマシラの魔剣に阻まれている。
「どんな利器なのですか、その魔剣は。」
マシラの手にする魔剣をロベルタは見る。今の一撃でロベルタの右の馬上刀もボロボロになってなっていた。切れない筈のものを無理に切った時の様に、馬上刀は大きく中央の刃を欠いている。
「これは《コリントの双子の悪魔》を倒して手に入れた。マシラの戦利品。」
ニタニタとマシラが笑う。小柄で少女の様な外見をしているのに、その表情の崩れ方に異常さがあった。見ている者に狂気を伝播させそうである。どこか歪でねじくれているのだ。
「皆、刀を私によこしなさい。」
その指示に慣れたロベルタの部下が馬上刀を一斉に差し出す。ロベルタは損傷した左右の馬上刀を連続してマシラに投げつけた。ヒョイヒョイとマシラが身をかわす。
マシラが回避するその隙に、ロベルタは手近な部下の差し出す馬上刀に持ち替えた。
「あの2人が貴方如きにやられるとは思いませんが、今の様に不意をつけば武器は奪える。そんなところでしょうか。」
ロベルタの言葉に、途端にマシラが不機嫌になる。
「最初から私が相手をしていれば簡単に勝てていた。マシラは誰にも負けない。」
言いながらマシラがロベルタに挑み掛かる。マシラの魔剣は極めて短い。それも道理で、正体はシャロンから奪った人類銀河帝国の電磁ブレードナイフである。対するロベルタの馬上刀はリーチは長いが、マシラの電磁ブレードナイフと撃ち合えば負ける。それでもロベルタが両刀なのは有利である。ただ体格に優れたロベルタも、手傷を負って動きに精細を欠く。
二人はグルグルと体勢を入れ替えながら戦い続けた。アロイス諸侯の兵もロベルタの部下も誰も横から手出し出来ないでいる。
「何をしているのですか、貴方達は。」
その時、権威を帯びた声が玉座の間に響いた。
(まずい、エルナ殿の声だ)
ロベルタは遅れて到着したエルナに一瞬気を取られた。マシラはその隙を見逃さなかった。丸くなって弾丸の様な飛び込みを見せたマシラが、全力でロベルタの腹にナイフを突き立てる。マシラのナイフの切れ味は特別だ。その場の誰もがロベルタの死を予感した。
「斬れない、なんで。」
マシラだけが手の感触から異常を察知していた。マシラの刃はあの不思議な切れ味を消失していた。
電磁ブレードナイフは普通のナイフの様にロベルタの鎧に浅くめり込んでいた。ロベルタの肌を傷つけるに至らない。先程、ロベルタの馬上刀を2本共正面から切り裂いた際のあの切れ味とは雲泥の差である。
「エアバレット!」
エルナの風魔法が、呆然としているマシラをロベルタ諸共吹き飛ばす。まともに喰らった二人は体勢を崩されて床に転がった。
「ウインドカッター!」
更なるエルナの魔法がマシラを追撃する。その風の刃は少し見当違いの方向に放たれた。しかしそれはマシラの退路を断つためである。そこから軌道を変更しながらマシラに迫る。マシラは身を捩って回避するが風の刃はその全貌が見えない。手を切り裂かれ手傷を負った。
「その首を狙いましたが、避けられましたか。次は外しませんよ。」
エルナが次の呪文の詠唱を開始する。その周囲は多数の兵が囲んでいる。マシラとて簡単に近づけはしない。
「仕方ない、お前達は見逃してやる。この魔剣も斬れないのなら、もう要らない。」
マシラは電磁ブレードナイフをポンと床に放り出した。切れ味の劣化は単なる電池切れである。冬場に暗い箇所で硬いものを斬りまくって損耗したのだ。
電磁ブレードナイフは、太陽光を刃にあてる事で切れ味が復活する。しかし、シャロンから奪っただけのマシラは、正しい手入れの方法など知る由もなかった。切れなくなったのなら、捨てるだけである。
「時間は十分に稼いだ。マシラはこれで満足だ。」
「皆、奴を逃さない様に魔法を打ち込みなさい!」
慌てたエルナが部下にも魔法で追撃を命じるが遅かった。キキキ、とマシラの笑い声が闇に沈む。首を電磁ブレードナイフで切断されたアロイス国王ロートリゲンの遺体を残し、素早い動きでマシラは闇に紛れてその姿を消した。