【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる) 作:高坂 源五郎
Ⅱ アロイス・セシリオ戦役 49話 【終戦編】 スタンピード終結
遺跡からの引き上げを決めると、その後の展開は早かった。ナノム注入で意識を喪失したヴァレリウスはグローリアの介抱により覚醒した。グローリアの惚れさせる作戦は順調な様子だった。俺としてはそんな作戦は必要はないと思うのだが、グローリアの好きにさせておこう。
『ヴァレリウスは問題なく族長に従います』というので、指示に従うよう言い含めて同行させる事にした。ドラゴン同士の事は当面グローリアとイーリスに委ね、両名がヒアリングした内容は報告書としてまとめて貰う事とする。
俺とドラゴン達のやり取りは、リアをはじめとした同行者の皆の注目を集めていた。その隙に、イーリスはドローンを駆使して収集品を集めていたようだ。気がつくと不自然でない程度の場所に、それらの品々が置かれていた。
イーリス指示した品を何点か荷物として積み込む。アーティファクトが含まれているらしい。遺跡から出ると空が白んでおり、明け方が近かった。遺跡内にいると外の様子は分からない。だから皆、時間の経過に驚いた素振りだった。
太陽嵐の影響で陽が完全に出るとヴァレリウスの行動に制限が出ていたかもしれない。危なかった。グローリアに運ばれ、ヴァレリウスを王宮に連れ帰ると火をついたような騒ぎになった。ヴァレリウスは取り敢えず眠らせておこう。
2頭目のドラゴンに驚きつつも、リアが無事に戻った事に安堵したロベルトやケリーを見届ける。帰還後に軽く風呂を済ませて朝食を摂ると、もう会議を行う時間だった。会議前に重要な事柄は手早くイーリスに確認を取ろう。
「イーリス。遺跡を掌握した結果、スタンピードの発生は完全にコントロール可能になったという理解で良いんだよな?」
「はい、艦長。ただ、伝え方に工夫が必要かと思います。」
遺跡が魔物を生み出していた、というのはなかなか説明が難しい。嘘ではないにしても、本当に近い内容をどう伝えるべきか。スタンピードの真実というのは、宗教観と折り合いを付けるためにある程度ぼかしておく必要があるだろう。
今朝の会議は昨日の報告を兼ねている、カロットに加えてグラハム卿の参加も要請しておいた。グラハム卿は聖騎士であり、司教を兼ねるという。つまり聖職者でもある彼に説明させて、俺とイーリスが捕捉するのが文化的・宗教的には収まりが良いのではないだろうか。イーリスを通じてグラハム卿に依頼しておこう。
「さて、昨夜の出来事だが、掻い摘んだ概要を聞いた者もいるようだ。ただ改めて詳細な報告を共有しよう。まずアラム聖国のグラハム卿より報告してもらおう。その後で俺の視点の内容を付け加えよう。それでは、グラハム卿お願いする。」
皆が興味津々にグラハム卿を見つめた。イーリスを通じて、グラハム卿は快諾してくれたと聞いていた。
「では僭越ながら、私が。」
そう前置きすると、彼は滑らかな口調で話し始めた。
「クレリア女王陛下とコリント卿と共に、我らは樹海の奥地に降り立ちました。ドラゴンより降り立った場所は遺跡の入り口と目と鼻の先であり、これも女神様のお導きと感謝致しました。」
ロベルトが頷いている。リアに女神の導きが示される話は、彼の好みなのだ。
「そして私やコリント卿、イーリス殿が触っても動かない扉が、クレリア女王陛下が触られた瞬間に開き出したのです。」
「おお、正にクレリア様に女神様がお力をお貸しくだされているのですな。」
ロベルトの言葉にグラハム卿は頷く。
「正に、私もそう感じました。しかし扉が開き出した時、コリント卿が警告の声を発せられたのです。その時、私もようやく思い至りました。これはスタンピード発生の源を探す探索だったのだと。そして開いた扉の奥から魔物が一斉に溢れ出ました。」
「なんと! クレリア様にお怪我は?」
「安心せい。皆に守られて傷一つない。」
「それはようございました。」
俺を見るロベルトの危険がややじっとりと険しいのは、リアを魔物のいる場に連れ出した非難も含まれていそうだった。
「魔物の数はあまりに多く、苦しい戦いとなりました。しかしその時、コリント卿が強烈な光魔法を使われたのです。辺りが昼になったと錯覚するほどの光でした。雷光よりもなお明るいのです。」
新魔法の存在に、会議に参加した皆がどよめく。
「コリント卿は首尾よく魔物を一網打尽にされ、我らは遺跡内部に足を踏み入れました。そこは未踏破の遺跡で莫大な金が眠っておりました。しかし、クレリア陛下は『いずれ民の為に用いるべき資金であり、それまで持ち出すな』と我らに厳命されました。」
「陛下の御心は実に寛大ですな。それに無闇な金の消費は市場を混乱させます。実に賢明なご判断かと。」
商業ギルド長のタラスさんが頷いている。彼も民政に使うという使用目的と、金の希少性維持の観点から賛意を示しているのだろう。
「遺跡の中に魔物はおりましたが、遠くに見えるばかりで我々を避けて逃げて行きました。罠もなく、女神様の示された恩寵に皆口々に驚き感謝致しました。そして遺跡の最深部ではドラゴンに遭遇しました。そしてそのドラゴンは、クレリア様を目掛けて襲ってきたのです。」
「なんと、遺跡の奥にドラゴンが居たのですか。そんな話は聞いたこともありません。」
冒険者ギルド長のケヴィンさんも驚いている。まあ、それも当然か。普通はドラゴンと遺跡は結びつかないものだろう。
「コリント卿はクレリア女王陛下を守るように前に出られ、あのドラゴンは決闘を望んでいるから自分が相手をすると宣言されました。そして見事に敵を打ち負かされたのです。」
「私を庇って戦ってくれたアランの勇姿は素晴らしかった。もう何度もダメだと思う激しいドラゴンの攻撃にも怯む事なく、ここぞというタイミングでまた大魔法を放ったのだ。」
グラハム卿もリアの言葉に頷いていた。
「正に、大技の一撃で仕留められましたな。」
実際は尻尾に斬りかかったりしているが、そういうのは枝葉の話という事なのだろう。
「コリント卿は勝利を宣言され、床に倒れ伏したドラゴンを足で踏みつけにされました。ドラゴンは首を垂れてコリント卿に忠誠を誓います。するとコリント卿は己の血を分け与えた後で、回復魔法でドラゴンの傷を治癒されたのです。」
「なんと、それでアラン様に従うドラゴンは2体となったのですか。」
「はい、本当にコリント卿に従ったのか正直半信半疑でしたが、このように従順になったドラゴンをコリント卿が連れ帰られました。」
新たなドラゴンの存在を知らなかった参加者がどよめいた。ロベルトは承知している筈だが、ギルド長の2人は初耳の筈だ。素材として活用できないのを残念がる雰囲気もあるが、国全体としては戦力に出来る方が良いだろう。
「ドラゴンを2体も従えられた国など前代未聞ですな。」
「流石はコリント卿ならではです。」
この後の話はデリケートな範疇を含む。俺は話がおかしな方向に行かぬうちに口を挟む事にした。
「遺跡内は魔物の繁殖地のようだった。この為、ドラゴンを従えた後は深入りせずに引き上げる事とした。魔物に襲われたのも、遺跡から外に通じる扉を開いた時のみだ。恐らく、扉を開いた時は中に充満した魔物は外にドラゴンがいるとは知らずに溢れ出たのだろう。」
この説明には嘘はなかった。グラハム卿もカロットもそうでしょうな、頷いている。
「取り逃した魔物もそれなりに出たが、魔物が繁殖している場所は突き止めたんだ。今後はドラコンを派遣して間引くようにしよう。」
「なるほど、今後は間引く場所を特定出来る訳ですね。」
お、ケヴィンさんが食いついたぞ。
「ドラゴンも2匹に増えたのだし、今後もっと増やせるかもしれない。彼らに魔物の繁殖地を直接管理して貰えば、今回のスタンピードのような急な魔物の大繁殖は避けられそうだと考えている。」
「その、新たなドラゴンの性別はグローリア殿と異なるのですか?」
「そうだ、グローリアはメスだが、新たなドラゴンはオスになる。」
「それはそれは、つまりドラゴンの繁殖までも視野に入ったのですな。」
よし、なんとかドラゴンが繁殖したから魔物の数をコントロール出来るようになった。という形に話を持っていけたようだ。冒険者ギルドがその認識なら、丸く収まる可能性が高い。
「遺跡は魔物で溢れて危険な場所だが、ドラゴンと同行すればまず襲われない。そしてリアでなければ遺跡の扉を開くことはできない。帰りは俺の操作でも開いたから、内側から開くようだ。魔物の数が増えれば何かの拍子に遺跡の扉は開いたのだろう。」
皆も頷きながら聞いている。なんとか彼らの宗教観を刺激せず、この話を終えられそうだ。
「遺跡への無断立入は禁ずる。以後はドラゴンを通じて俺の方で魔物の管理しよう。予期せぬ長期のスタンピードがアレスを襲う事態は、今後は避けられる筈だ。」
「樹海から魔物を駆逐すれば、住み良い土地になるかもしれませんね。」
そのカロットの発言に俺は首を振った。
「樹海の名産は魔物という面もある。この辺りはうまく取り尽くさないように資源管理していこう。まあ、魔物はドラゴンでも喰い尽くせない数がいる。そんな心配はまず要らないだろうか。」
概ね同意を得られた様子だ。良かった、なんとかこのややこしい話を着陸したな。自由に魔物を生産できると知ったら、極めて厄介な事態になりかねない。
「遺跡からは何か出たのですか?」
ケヴィンさんから質問が飛んだ。
「その辺りはイーリスに任せている。いずれ纏めて報告をしてくれる筈だ。」
「スタンピードの終息に見通しがたったとなると、汽車の再開はどうなりますか?」
タラスさんの質問だった。ふむ。俺は考え込んだ。
「遺跡の魔物退治と並行して、当面は2匹のドラゴンにアレス・ガンツ間の線路を見張らせよう。スタンピード発生源は叩いて魔物の供給は減らした。後は線路の周囲に魔物を立ち入らせなければいい筈だ。今日の感触で、明日の午後以降の汽車の運行再開を決めよう。」
歓声が上がった。皆、移動できない現状に閉塞感を抱いていたのだろう。そういえば、アレスの発展に伴いガンツに貴族や富裕な商人を相手にした高級娼館が立ち並んでいると聞く。会議の参列者に心待ちにしていた者がいたのかもしれない。
アレスはクレリア女王のお膝元だけあって風紀の乱れを厳しく取り締まるようにしている。その反動として、汽車の基点であるガンツの風俗産業が急成長したらしい。
人類スターヴェイク帝国は兵士の数も多い。宰相たるイーリスの方針もあり、兵士の規律を保つ為に商業面での性的な規制は緩くしていた。これは人類の繁殖に有利という側面もある。
併せて病気の蔓延防止と人権重視の方針奴隷契約の破棄も徹底させている。この事は兵士と市民の関係を維持する点で重要と認識していた。ほんの少し方針を匂わせる程度で、サイラスさんがすぐ動いたらしい。
「以後の進捗は会議で報告する事とする。スタンピードが一区切りして汽車が再開すれば、我々もアロイス方面に注力できる。俺もなるべく早くにアロイスの前線を訪れる予定でいる。皆、以後の準備は怠らないようにしてくれ。」
我々の本命は対アロイス王国である。その事を注意喚起して、会議を終えた。しかしグラハム卿は話が上手い。今後は彼にも何か役割を与えて会議に常時参加してもらっても良いくらいだな。
午前中にヴァレリウス用にミスリルの紋章板で太陽嵐のシールドを追加作成した。今回の遺跡で太陽嵐の対策はできないようである。当面はこれが必要になるだろう。
それから昨夜以来、妙に距離感の近いリアと共に慌ただしく昼食を取る。近日中にアロイス入りする可能性が高いと昼食の席で改めて伝えるとリアは驚いた様子だった。
今日はもうエルナの隊が王都に迫っている筈なのだ。王都包囲まではエルナに任せておいていい。大軍を発した以上、こちらで出来る事に専念するべきだろう。
リアからは『午後は改めてロベルトを召喚し、以後の対策を練る』との話だった。アロイス王国の内政はリアの管轄である、こちらから手出しする事はないだろう。俺は自室に戻ってイーリスからの報告に備える事とした。
「まだ解析と実験を継続していますが、遺跡に用いられてるのは魔素を用いた驚くべき技術です。」
報告を受ける準備が整ったと伝えると、イーリスは仮想空間にイメージを投影した。ちなみにイーリスの義体の方はドラゴン達と共にいるらしい。
「遺跡の地理的な全貌把握と封鎖は完了しました。主要な出入り口にはドローンを配置しています。遺跡の機能の詳細把握はこれからですね。」
「会議でスタンピードの発生抑制について述べたが、どうなんだろう?今後は問題なく発生頻度を抑えられるだろうか?」
会議に同席していたイーリスが口を挟まなかった以上、問題ない筈だがその点は確認しておきたい。
「ええ、魔物と魔石の製造を目的とした施設が我々の管理下に入ったのです。その方向で作業します。反映に少し時間がかかりそうですが、それまでは遺跡の封鎖とドローンによる間引きを実施可能です。」
拍子抜けした。これでぼぼスタンピードの抑制に成功したのか。発生源さえ特定すればこんなものかもしれない。それでも貴重な時間が数日奪われた。
「遺跡の詳細を把握すればもっと精密なコントロールが可能な筈だな。引き続きよろしく頼む。ヴァレリウスの方はどうなんだろう?」
「王宮内のドラゴン宿坊でグローリアと落ち着いています。もう太陽嵐の影響から抜けて意識は戻りましたので、要点の説明とヒアリングも済ませました。しかし、グローリアが同宿は嫌だと言っています。」
「グローリアが?、ああ、そういうことか。」
グローリアが10代後半の少女と見た場合、異性と同じ部屋にいるのは嫌だろう。ヴァレリウスはグローリアに執着しているようだし、慎重に事を進めるとなると生活空間をある程度分けた方がいいということか。
「イーリス、その辺りの差配は一任する。とりあえず、元々のグローリアの住居に彼女を戻らせても良いんじゃないか。ヴァレリウスを遺跡に戻してもいい。」
「そうしましょう。それでは今日は線路のパトロール後に、グローロアには元の住処に戻るように伝えます。」
グローリアとヴァレリウスの微妙な距離感はグローリアの主導に任せれば良いだろう。それしかないという感じだ。
「とりあえずヴァレリウスは一等兵に任命しよう。グローリアが一等兵だったな。彼女は以前の功績も加味して伍長に昇進だ。ヴァレリウスには階級の違いとグローリアの指示に従うように徹底させてくれ。」
「了解しました。それで、今後の移動の件ですがガンツに保管しているグローリアの予備の鞍をヴァレリウス用に調整されてはいかがでしょう。」
なるほど。これまで6人までしか乗れなかったが、12人移動可能に増えるわけだ。ワイバーンのスタンピード対策は進んでいないし、運べる人員も限られる。良い指摘だった。
「しかし、早く航空機を用意したいな。今のままでは人員の輸送に時間がかかりすぎる。」
「はい、艦長も候補生達に約束されていましたね。」
あの願いのパイロットというのも、本来はワイバーン騎兵に憧れての発言だったのかもしれない。しかし、今回のセリーナとシャロンの救援は手段が限られており実行がもどかしかった。今後、ドラゴンやワイバーン以外の航空戦力は拡充したいものだ。しかしそれはそれとして、ドラゴン2頭体制なら12名移動可能になるのは大きいな。
「その方向で支度をしてくれ。」
返事をせずにイーリスが俺を見つめ返した。そうか、これはイーリス流の『俺にやれ』という意味だったんだな。
「では、俺が後でガンツに出向こう。」
「はい、ところでヴァレリウスからヒアリングした内容を今共有して宜しいでしょうか?」
「頼む。」
イーリスが聞き取りした内容によると、あの遺跡は魔物の製造に特化した施設で間違いないらしい。人とドラゴンの協定に基づき、樹海内という事もあってドラゴンがその保全を請け負ったそうだ。
「かつては人とドラゴンがそのような協定を結ぶ関係だったんだな。」
「ええ、そしてあの遺跡自体は、さらに時代を遡るようです。」
「疑問は2つある。ヴァレリウスの仲間がどこにいるかと、交渉相手の人間の素性だ。この辺りはどうなっている?」
「それが、ヴァレリウスは単体であの施設を維持していたと。彼が人類を代表するルミナスと交渉したドラゴン本人で間違いないそうです。その結果として、ドラゴンには人を襲わないように課したのだと。」
ルミナス、それは女神と同じ名前じゃないか。しかしそれより先に聞くべき点がある。
「そんな馬鹿な、少なくとも人類とドラゴンの協定は数百年単位は古い話のようだ。グローリアの話を聞く限り、ドラゴンが長命種族だとしても辻褄が合わない。」
「それが、遺跡には時間管理する機能があるそうです。ヴァレリウスはその技術に齎された時間の繭に潜んで、周囲より時間の経過を遅くしたそうです。」
「コールドスリープのようなものか。」
時間の繭というのが代謝低下の隠喩なら、既存の人類の技術と矛盾しない。コールドスリープを使えば、我々も未来への片道切符ならタイムトラベルを実現していると言って間違いではないからだ。
「その内容の技術的な検討は別途実行してくれ。で、ルミナスは女神と同じ名前のようだが、実在した人物なのか?」
「ええ。ヴァレリウスの主張によるとそうなります。遺跡を開くことが出来るのは女神の血統に限られるそうです。」
「それはつまり、クレリアが女神ルミナスの子孫ということになるな。」
俺はこれまで何度も目にした女神像を思い返した。確かにリアに面影が似ていた。状況証拠でしかないが、「スターヴァイン王家が古い女神の血筋を伝える」そんな家であれば可能性としてはあり得るのだろう。
「先程の会議でも、ちょっとそのような雰囲気はありましたね。アラム聖国は、この件で情報を持っていないか確認するべきです。あちらが管理している遺跡の詳細も気になります。」
「その通りだな。」
アラム聖国が味方になったのは彼ら曰く、リアが理由である。リアが女神の血筋を継いでおり、使徒の守護を受けたと彼らが考えているなら。俺の想像よりもう少し深い思惑でアラム聖国は動いていた事になる。
「彼らを敵と断定するには早いが、全て語っている訳ではなさそうだ。アラム聖国の遺跡の管理を引き継ぐ話を含めて、慎重に進めよう。その為にも、遺跡の機能の解読を急いでくれ。」
「はい、了解しました。」
「アラン様、お急ぎでご入用と思いお持ちしました。」
イーリスとの通信を終えて少しうたた寝をしていたようだ。取次に案内されてそんな俺の前に現れたのはカリナさんだった。なんの事だろう。彼女の手元を眺めて、その疑問は氷解した。
「そうか、昨夜撮影したフィルムの現像が終わったんですね。」
「はい、ご安心ください。閣下が秘密にされたい場所は予め編集を加えております。また、私以外の者には触らせておりません。」
テオは遺跡探索で徹夜した為だろう、カリナさんにフィルムを渡すと早々に寝てしまったらしい。
「それでは拝見しましょう。」
王宮内には以前から待合室の近くに映写室が備えてある。戴冠式の際にセシリオでの戦勝を諸侯に知らしめる為に用意したものだ。あそこを使えば良いだろう。
嬉しそうについてくるカリナさんを先導し、映写室に入った。侍従に「試写の為に使う」と告げると映画の上映に取り掛かった。戦闘シーンだけなら短い筈だ、すぐに終わるだろう。
侍従の手でフィルムの上映が始まった。予想以上に鮮明に撮影されている。ヴァレリウスに迫られるグローリアの上から撮影されたからだろう。迫るドラゴンの姿が迫力満点だ。これはリアも怖かったに違いない。
その時ふと気がつくと、俺の右腕にカリナさんの腕が添えられていた。カリナさんもドラゴンが恐ろしいのだろうか。カリナさんの胸が、俺の腕に押し当てられている気がする。
ふわりと彼女のまとう香水が香った。最近のカリナさんは以前より美容に力を入れている気がする。今日も胸を大きく開いた艶やかな装いだった。
「アラン様、昨夜はお忙しかったのでしょう。少しお疲れではありませんか。私も少し睡眠が不足していて、もしよろしければ・・・」
そう言いながらカリナさんが俺の肩にもたれかかる。その時、ロベルトや文官一同を引き連れたリアが映写室に飛び込んで来た。
「これだ!これこそまさに昨夜のドラゴンの姿に紛れもない!」
興奮した様子で引き連れた家臣達に説明している。大人しくしている印象の今のドラゴンと比べると、殺気立っている昨夜のドラゴンの印象は別格だからだろう。フィルムの現像が終わったと聞いて、リアも飛んで来た様子だった。
「では最初から見ようか。」
リアが自然に俺の横に腰を下ろす。
「カリナ。」
侍女役のアリスタさんが声をかけると、リアの反対側に座るカリナさんをどかして俺の横に腰を下ろした。こうして見ると、カリナさんが少し可哀想な気もするな。
リアの意を受けた侍従が映像を再生する。俺の方にリアとアリスタさんの頭が乗る。リアの解説で昨夜のフィルムの再生が始まった。
俺の心配をよそに、映画の撮影と編集の相談は大盛り上がりだった。彼らは4度目のフィルム上映をしてああでもない、こうでもないと話し合っている。このフィルムを量産して、人類スターヴェイク帝国全域に配るらしい。
『スタンピードが終わった』と言っても不安は払拭されない。しかし『魔物の繁殖していた地下の広大な遺跡を攻略し、主のドラゴンを従えた』となると受け手の印象が変わるのだという。しかもドラゴンやフィルムの証拠つきなら、活用しない理由はないという事のようだった。
黄金の満ちた川を映したフィルムもあったようだが、そこはカリナさんがうまく編集で除去をしてくれた。魔法を使うシーンもグローリアに背中を向けていた関係で詳細は見えないようになっている。これなら外部に公開して問題ないな。
『久しぶりにガンツに行ってついでに鞍を取ってくる』と告げて立ち上がる。
「じゃあ、俺はそろそろ行くよ。」
「それでは私がアラン様に同行しましょう。ガンツをご案内する事にかけて、私の右に出るものはおりません。」
カリナさんが進みでた。
「カリナ、クレリア女王陛下の前で不作法ですよ。」
アリスタさんが嗜める。
「ふむ、最近はガンツも随分と風紀が乱れたと聞く。アランがそんな場所に出入りする事がないように、アリスタもカリナと共に同行せよ。ついでにサイラスの顔も見てくると良いぞ。」
リアの采配で、アリスタさんとカリナさんと共に俺はガンツ入りする事となった。
2頭のドラゴンと2人の美女と共に午後にガンツ入りした。かつてクランのホームとして使用していた建物である。ここに来ると、皆で和気藹々と生活していた日々を思い出すな。
現在は、政府官舎のような扱いになっている。ライスター卿の政務は丘の上の旧ガンツ伯の館で行い、下町に位置するこちらは鉄道省を兼ねていた筈だ。
やはり鉄道関係で使っているらしく、鉄道関連を任せているアベルが飛んで来た。
「やあ、アベル。元気そうだね。」
「閣下、ドラゴンが飛翔したと聞き飛んでまいりました。アレスのスタンピードの方はいかがでしょうか?」
そこまでいってようやく、彼は俺が連れているドラゴンが2頭に増えていると気がついたようだった。
「スタンピードは間も無く終息する筈だ。魔物の繁殖地となっていた遺跡を攻略し、ドラゴンを新たに1頭従えた。」
「なんと、新たなドラゴンも従えられたのですか。それはぜひ私も同行して拝見したかった。」
「皆そう言っていてね。今回はカメラを同行させた。王宮で今、リアが試写をしている。スタンピードの封鎖が解けたらすぐガンツにも汽車で運ばせよう。」
「それはそれは楽しみですな。ところで、本日のご訪問はそのやり取りですか?」
「ああ、このドラゴンはヴァレリウスというんだが、彼にグローリアの予備の鞍を装着させたくてね。こちらに保管してあるやつだ。調整の為に、作成した革職人をこちらに道具持参で呼んでくれないか。」
俺もすっかり貴族らしさに慣れたものだ。以前なら出向いていたが、今は相手の予定さえ気にせず呼びつけにしている。しかし、対アロイスの最前線に駆けつける為の準備である。ここは無理を言ってでも優先して貰うべきだろう。
「後、サイラスの館と商業ギルドにも人を走らせてくれないか。リアの侍女のアリスタさんを連れてきたんだ。彼女の父親と顔合わせでもさせてやれ、というリアの配慮でね。」
「承知致しました。お茶でも飲んでお待ちください。」
「ありがとう、そうさせてもらおう。」
かつての会議室に通される。サリーさんがお茶を運んでくれた。焼き菓子も添えられている。アベルとアリスタさん、カリナさんとお茶を楽しんでいると『コリント卿の招待を受けている』と言いながら、ドカドカとサイラスさんが入ってきた。
「閣下、ご無沙汰しております。」
そう言いながらサイラスさんが膝をつく。
「久しぶりですね。今日は『父子の顔合わせをせよ』とのリアの配慮でアリスタさんを連れてきました。」
「おお、アリスタ。元気でやっているようだな。コリント卿の寝所にはもう呼ばれたのか?」
サイラスさんの問いかけに、アリスタさんははにかみながらも答えた。
「はい。クレリア女王陛下からのお役目として一夜だけ。」
「おお、それは素晴らしいですな。」
サイラスさんが俺とアリスタさんの顔を見比べる。しまった、こんなタイミングでもそういう話を平然と口にされてしまうのか。
「もっと頻繁に呼んで頂いても。いや、流石に女王陛下との結婚を前にそうはいきませんか。しかし、こうなると孫が出来るのが待ち遠しいですな。」
「お父様、それくらいで。アラン様が気になさって次がなくなっては困ります。」
「ははは、閣下は興味のない女に手を出されるような方ではないさ。念願が叶って良かったな、アリスタ。」
なんかアベルもニヤニヤ笑ってるな。
「閣下。私もクレリア女王陛下の采配で娶った3人の妻と励んでおりますよ。早く次代を作らねばなりませんので。」
アベルとしては助け舟を出すつもりなのだろう。場の空気を和ませる為なのか、惚気なのかよく分からない報告をしてくる。
「アリスタ様、それはおめでとうございます。」
カリナさんはアリスタさんにお祝いを述べていた。
「カリナ、お役目の事だから今まで伝える事は出来なかったけれど、許してね。クレリア様の御成婚後は、私も独立してお部屋を頂ける筈。そうしたらあなたも私の侍女の扱いとして呼んであげられると思う。」
何やら彼女達の計画があるようだな、と聞いているとサイラスさんに話を振られた。
「それで閣下、スターヴェイク王国復興の計画立案は進まれておりますか。我がサイラス商会も是非、お役に立てればと考えております。必要でしたら、ガンツにもサイラス商会肝入りの迎賓館を用意しております。是非、足をお運びください。」
「お父様。クレリア女王陛下から『最新のガンツは風紀が乱れている。アリスタが同行して注意せよ』と命じられているのです!」
「ん、ま、コリント卿御用達となれば箔がつくと思ってな。しかし御成婚前に申し上げる話ではなかったな。」
「アラン様はそのような所に出入りされる方ではありません!」
とりあえず俺の方から言うべき事は言っておくか。
「アロイスの取り扱いはリアに一任しています。それが彼女との約束であり、スターヴェイク王国奪還こそが私の彼女への贈り物なので。だから、復興についてサイラス商会の提案があれば俺を介さずリアに伝えて貰えば良いでしょう。」
サイラスさんの目が光った。考えて見れば、サイラス商会にはリアの侍女のアリスタさんというリアへの強力なパイプがある。これはスターヴェイク復興事業はサイラス商会が請け負う事になるのかもしれない。
「なるほどなるほど。不詳このサイラスもそろそろガンツに留まらず、大きな商いを考えていた所です。女王陛下に謁見して計画をご説明するように致しましょう。アリスタ、手配を頼むぞ。」
「ええ、分かりました。」
スターヴェイク王国の被害は甚大だ。復興するには色々な才能が必要になる。サイラスさんがやる気なら、リアもその熱意を買うかもしれないな。
ドラゴンによる線路沿いの魔物の除去は支障なく完了した。定期的なパトロールにより、線路の交通の運行の安全は確保できた。汽車の再開と共にスタンピード集結宣言が出された。そして人類スターヴェイクのスタンピード終結宣言を知ったからのように、太陽嵐による通信障害も終了した。
(アラン、聞こえますか。セリーナです。)
(セリーナ聞こえている。そちらの状況はどうなった。皆、無事なのか?)
(はい、兵に損害はありますが皆元気です。聞いてください、私達はアロイス王都を占領しました。)
明日公開の50話が第二部の最後です。以後は第3部とします。