【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる)   作:高坂 源五郎

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Ⅱ アロイス・セシリオ戦役 50話 【終戦編】 それぞれの思惑

Ⅱ アロイス・セシリオ戦役 50話 【終戦編】 それぞれの思惑

 

エルナが率いる人類スターヴェイク帝国軍は、アロイス王都の主要な箇所を占領した。セリーナやシャロンから報告を受けて、《小門》と呼ばれるアーティファクトを使用した転送門の存在も彼らは把握していた。

 

城壁に居座っていた最後の敵部隊が転送門から姿を消す際、《小門》も持ち去った様子が目撃されていた。このような強大な力は、アーティファクト抜きで成立するとは思えなかった。だが『敵がまだ王都内に潜伏しているかもしれない』という想定に立ち、彼らは警戒を緩めなかった。先程まで激しく敵と戦っていた以上、それは万人の納得する想定でもある。

 

「さて、それではこれからどうしましょうか。」

 

エルナは商業ギルドの通信網から戦勝報告を既にアレスに向けて発している。いずれ新たな指示が来るはずであり、差配するのはそれまでの仮処置となるだろう。

 

元々の想定ではエルナの役割はアロイス王都の包囲までであり、包囲網完成後にアランとクレリアが合流する手筈となっていた。『アロイス王都陥落は、スタンピード終息より遅くなる』と見積もっていた為である。仮に他の敵軍が現れれば、周辺の警戒にあたるアラム聖国の軍勢が対処する手筈となっていた。

 

しかしながらセリーナとシャロンの活躍により、アロイス諸侯もクレリア女王に寝返った。アラム聖国方面からの進軍が敵の不意をついたこともあり、エルナ達は電撃的な王都占領を実現してしまった。人類スターヴェイク帝国は予想以上の成果を上げた結果、無計画なままで突発的に王都の奪還を果たしていた。

 

「大丈夫、アランならスタンピードの渦中でも即座に対応する筈よ。リアを連れてグローリアですぐこちらに来るのではないかしら。」

 

寝返りを決めたアロイス諸侯の動向や、他の軍勢が潜んでいないかなど情勢は不透明である。以後の判断にやや迷いがちなエルナに対し、強気な姿勢でセリーナが言う。このセリーナの発言は、エルナの経験からしても妥当な意見に思われた。

 

「そうね。それでは混乱を避ける為に、大半の兵は王都外の本陣にとどめましょう。そして主だったアロイス諸侯はなるべく本陣に詰めてもらいましょう。その方がクレリア様にすぐお目どおりできる筈ですし。」

 

人質というわけではないが、必要な保安措置とはそれであろう。互いに近くにいる方が、疑心暗鬼は生じにくい。隔離するよりも、本陣に自由に出入りして貰う方が得策であった。政治の要諦とは、そのような単純明快な分かり易さであると言える。

 

「王宮の確保は引き続きセリーナとシャロンにお願いしたいのだけれど、頼めるかしら。」

 

「構わないわ」

 

本来ならそのような事態のために各所に最も信頼のおけるサテライトのメンバーを配置したいところである。しかしながら彼らはダルシムやヴァルターと共にルドヴィークに残留している。ルドヴィークでも降伏した兵は多いし、ルドヴィークから王都までの鉄道は開通していない。

 

「さて、残りの兵は・・・お掃除ね。クレリア様をお迎えするのに、王都は綺麗に磨き上げましょう。戦乱の後は少しでも繕わないと。」

 

スターヴェイク王都陥落まで遡れば、敵味方それなりに死者を出している。街中の戦闘もあり、生々しい血痕の残る箇所も多い。冬とはいえ、疫病対策の為にも清掃と埋葬は必要な手順であろう。かくしてエルナの指示により、大多数の兵が王都の清掃へと駆り出されることとなった。

 

 

 

 

 

2頭のドラゴンと共にアロイス王都に降り立ったのは、アランとクレリアとアリスタ、グラハム卿とロベルトとイーリスの組み合わせである。そしてケニーと班の半数が同行した。

 

アレスに残留したのはカロットとテリス子爵夫人に加え、ケニーの班の残り半数となる。これはクレリアがまだアレスとスターヴェイク、どちらに軸足を置くか未確定の為の措置だった。

 

「ここもすっかり変わってしまったのね」

 

寒々しい冬の風に晒される王都を目の当たりにしてクレリアは呟いた。かつて彼女が旅立った王都は、スターヴァイン王家の確固たる拠点だった。冬であっても、今よりも暖かな光で出迎えてくれていたような気がする。

 

悲願を遂げて祖国に戻れた嬉しさと共に感じるのは、故郷は以前とは変わり果ててしまったという想いだ。

 

これまでの人生を過ごした王宮でさえ、現在ではアロイス王宮と呼ばれる場所である。馴染みの者は王宮から追われて姿を消してしまった。今は全てがどこか古臭く、因習めいた場所に感じられる。

 

この地にはスターヴァイン王家の血が多数流された。父も母も兄もここで命を落としたと思うと、悪夢の中から姿を見せた不吉の塊のようにも見えて心細くなる。この地に立てば、また運命が不吉な方向に変転してしまうのではないか。

 

叛徒に国を追われた後、クレリアは樹海の都市アレスに馴染み親しんできた。今ではアレスが家と感じさせてくれる場所である。可能なら今すぐアレスに逃げ戻りたい、そんな気さえする。

 

「リア、まずは皆の報告を聞こうか。」

 

アランに促されてクレリアは天幕の奥に向かう。出迎えてくれたエルナ、セリーナ、シャロンの3将の報告を聞き、滞っていた政務を進めなくてはならないだろう。

 

「ねえ、アロイス諸侯に会うのは気が重いわ。私にお父様の代わりなんて務まるかしら。お兄様でさえ、お父様の代わりを務めるのは難しかったのに。」

 

そう、リアがアランにこぼす。

 

「どうしてだい、リアは既に立派に女王を務めているじゃないか?」

 

「あれはベルタでのことだもの、ここでは皆が私の過去を知っているのよ。お父様より年長の貴族だって大勢いる。そんな者達の中に混じって、こんな私を立派な君主に見せかけようとするなんて。なんだか全部見透かされてしまいそう。」

 

「どこにいても君は立派な女王だよ、リア。それに俺たちがついている。君に危害が及ぶことはない。むしろ今度は、彼らが君を恐れる番なんだ、リア」

 

 

 

 

 

諸々の報告を受けたリアとロベルトは頭を抱えた。

 

「寝返ったとはいえ、反乱を起こしたアロイス諸侯を無罪放免も出来ません。それではルドヴィーク辺境伯様が浮かばれませんし、スターヴェイク諸侯への説明もございます。この件、どの様な線引きをいたしましょうか。」

 

ロベルトの言うように悩みどころはそこであった。セリーナとシャロンに全権委任状を渡している。その結果として短期での王都奪還を果たせたが、アロイス諸侯の処遇という政治問題が発生した。王都の民やスターヴェイクの諸侯の手前もある。

 

味方につく諸侯達の処遇についての青写真があったのかといえば、それはない。ロイス卿とアゴスティーニ侯ロートリゲンこそが討ち果たすべき目標だった。が、彼ら二人はクレリアの裁きを受けることなく横死した。

 

そして彼らの背後に列強のいずれかが蠢く陰謀があったという事も知った。当初の想定よりも、ずっと複雑怪奇である。数々の疑問が晴らされぬまま、問題が再発しないかの悩みを抱えてこの重大な決断をしなければならない。

 

ただ、ロベルトも含めて『今のこの流れに水を差すのが得策ではない』という思いもある。時流に乗れる者は、時流に乗れねば手酷いしっぺ返しを食う。何をどう線引きするかの決断は、全てリアに委ねられていた。今は有利な立場にある。だからこそ迷いもある。

 

「・・・決めた。今の私に大切なのは共に戦ってくれた者達だ。ダルシムやセリーナやシャロン、彼らの成果こそが全て。他の者が、内心でどう思うがなどどうでも良い。亡き伯父上には我が直系でルドヴィーク家の再興を為すのが約束。それ以外の事は小事。もし今回の措置にご不満があっても、亡き伯父上には目をつぶって頂こう。」

 

クレリアの決意をロベルトも寿いだ。彼もまた、自らの生命のある内にスターヴァイン王家の再興が為せるとは考えてはいなかった。その大事が成ったのである。

 

スターヴァイン王家の復興はまさに夢物語のようであるが、だからこそ『ここで泡沫の夢にしてはならない』とロベルトもまた密かにそう思い定めていたのだ。

 

「清濁併せ呑まれる事こそ、君主の取られるべき道。亡き辺境伯様も、陛下のご決断を喜ばれましょう。そうと決まりましたら、アロイスの諸侯を早く召し出されませ。」

 

 

 

 

パウルゼン辺境伯を筆頭にアロイス諸侯が呼び集められた。クレリア女王は華々しくも2頭ものドラゴンと共にこの地に降り立っている。その到着を知らぬ者は王都にいない。彼女からの呼び出しを、アロイス諸侯は恐れつつも心待ちにしていた。

 

「コリント卿はまさか本当にドラゴンを従えていたとは、しかも2頭も。」

 

謁見の間に呼び出され、女王の登場を待つ彼等は噂に持ちきりである。ドラゴンを従えているなど、アロイスにいる彼らには風の噂程度にしか伝わっていない。それを乗り物として使役するとは、これから拝謁する女王は彼らの知るかつての可憐な王女とは別人の感さえある。

 

先ぶれと共に女王が到着した。コリント卿らしき人物を同伴している。コリント卿を見た者達は、意外と若いなと感想を漏らす。しかしコリント卿の身のこなしには隙がない以上に、彼等に対する畏れがない。流石に武断のセリーナと謀略のシャロンの2人を従える主将と言える。

 

「面を上げよ。久しいな、パウルゼン辺境伯。他の者も、な。このクレリア、その方らの事はしっかりと記憶しておるぞ」

 

不適な笑みを浮かべたクレリアは、這いつくばるアロイス諸侯を睨め付ける。一同は畏まった。

 

「此度の事は大義であった。セリーナとシャロンの約束は我が名によって行われた事。そなたたちがこのように帰参した以上、全て約定通りに執り行うと承知するがよい。」

 

そのクレリアの言葉にアロイス諸侯の緊張が弛緩した。これまで彼ら全員の命は、この小さな君主に握られていた。彼らにとって君主としてのクレリアは未知の存在である。

 

女王が感情に任せ、『王を殺めた叛徒を生かしてはおかぬ』と宣言してもおかしくないと覚悟をしてきたのだ。張り詰めた空気が一気に和らぐ。

 

「無論、スターヴァイン王家に常に忠実だった者達と同じ扱いとする訳にはいかぬ。忠実なる者には厚く報いねばならん。それが我が作法と承知せよ。」

 

それもまた当然の話であった。彼らは現状維持でも上出来という立場である。賞賛されるべきは、今回の復活劇まで女王を支えたダルシム以下のメンバーであろう。

 

「まず国内の領地再編を実施する。しかし、そなた達の手にする税は変わらぬ様に留意しよう。もし万が一下がったのなら、その旨を申し出るが良い。国庫から不足した分を補填すると、我が名にかけて誓おう。」

 

そこで女王は皆の反応を見つつ、言葉を区切った。

 

「我が婚約者のコリント卿は、いずれこの大陸を統一する。皆も我等と共に、その覇業に加わるのだ。其の方達には戦場で身の証を立ててもらう。そうでなくては、其の方達もその子孫も肩身の狭い思いをするばかりであろうしな。それに私も、皆の手柄を立て名を揚げる機会を奪う気はない。」

 

新女王より明かされる大陸征服という大業。その響きに、貴族としての野心が燃え上がる。人類スターヴェイク帝国の実力の底は知れない。ベルタ、セシリオ、アロイスと立て続けに帰服させてみせた者など空前絶後である。

 

コリント卿の覇業が大陸統一を目指すのなら、それはこの先に名誉挽回の機会が頻繁にあるという事を意味する。

 

そしてこの覇業に加われることは、人類史上最高の伝説にその名を連ねる事になるだろう。後世に名を残し、子孫に賞賛される中興の祖となる為にこの機を逃してはならない。その場の貴族達に英気が漲った。

 

「恐れながら」

 

パウルゼン辺境伯が女王の側近として侍るロベルトに申し出る。

 

「良い、直答を許す」

 

女王の許しを得て、パウルゼン辺境伯は気迫の籠った言葉を吐いた。

 

「陛下の寛大なお言葉に一同深く感謝しております。我らは一族の忠誠は、永遠にスターヴァイン王家に捧げます。」

 

アロイス諸侯は口々にクレリア女王に忠誠を誓った。これはアランが大陸を統べる一助になるだろう、そう考えるクレリアは満足そうにその様子を眺めた。

 

 

 

 

 

 

クレリアが次に面談したのはアラム聖国の面々である。アラム聖国から派遣された軍勢の指揮官は聖騎士のマルチェロ卿と名乗った。

 

「ラヴィニアとお呼び下さい、陛下。」

 

エルナより年長のようだが、そう歳が離れている雰囲気でもなかった。派手さはないが、上品さを感じさせる。育ちの良さそうな黒髪で巻き毛の女性である。

 

「ラヴィニアよ、此度の協力には礼を言う。大義であった。望みの褒美があれば、申せ」

 

アラム聖国を進軍ルートとして用いた事がアロイス征服に早期決着に多大なる影響を与えた。さらに軍を派遣しているのである。借りは借りとして返さねばならないだろう。

 

「我らクレリア女王に忠誠を誓い人類スターヴェイク帝国の傘下に入るべく駆けつけた者にすぎません。褒美などと無用のことにございます。今回のことは我らの忠誠を示す為のこと。また主君の為に殉じるのが我らの道です。ただ、今後早い時期に我が国へ陛下とコリント卿にお越し頂きたいのです。ご訪問賜れば、これに勝る喜びはありません」

 

「うむ、では今回の出兵でそなたらの軍勢が費やした物資も給与も全てこちらで負担し、倍の額を支払うようにしよう。また、訪問の事はこちらからも頼む。アラム聖国の遺跡を見ておきたいと、コリント卿も強く希望しているのだ。」

 

「はい、経費についてはありがたく頂戴します。それでは、お越しいただける日をお待ちしております。また、我らの忠義の証として、こちらをお納めください。」

 

恭しく差し出されたのは貨幣鋳造のアーティファクト、ギニーアルケミンだった。国の独立の証とも言える。

 

「国宝と言うべき貴重な品だが、良いのか?」

 

「勿論にございます。それに我らがこの品を献上したと伝われば、我らの心が陛下に寄せられていると安心する者もおりましょう。」

 

残念ながらスターヴェイク王国にあったギニーアルケミンは敵に持ち去られたと聞いている。この為、人類スターヴェイク帝国としては2つ目のギニーアルケミンだった。

 

「そのような報告は受けておる。我らもギニーアルケミンは所持しているが、それではそなた達の忠誠の証として受け取っておこう。」

 

 

 

 

 

 

ラヴィニアはクレリア女王に忠誠を誓い、女王の御前を退いた。女王の御前を退いた彼女に話しかけたのは、クレリア女王に同行して王都入りしたグラハム卿である。

 

「クレリア女王陛下はいかがでしたかな、マルチェロ卿」

 

「これはグラハム卿。報告は受けていましたが、直接お会いするとまさに生き写しと言えますね。」

 

「はい。クレリア女王陛下が遺跡の戸を開かれる様子も目撃致しましたぞ。我ら《再臨派》としては、遂に待望の主君を得たのではありますまいか。」

 

「声が大きいですね。我らの大願は成就する時まで秘する必要があります。しかしその通りでしょう。我々が他の列強の力を削ぐのも、もはや限界です。クレリア女王陛下の名の下にコリント卿が大陸を統べるなら、我らも全力でお助けしようではなありませんか。」

 

 

 

 

 

 

「まさかロベルタを傷物にするほどの敵がいるとはな。」

 

「ご安心ください、陛下。あの敵の匂いは覚えました。次はもう負けませんので。」

 

ロベルタの『マシラという名の敵に敗北しました』という報告にウルズラは恐れ慄いた。ロベルタに勝出る存在など、アランやドラゴンを除けばまず存在しないと考えていたのだ。アロイスへの援軍は、あくまで手伝いでしかない。そして今となってはロベルタは政略結婚の大事な駒である。そんな事の為に失うわけにはいかない。

 

「そなたも結婚を控えた大事な身であろう、傷をつけては花婿が悲しむだろう。」

 

ロベルタの傷はシャロンのヒールにより完全に癒えている。が、それはそれとして嫁入り前の評判というものがある。せっかく純潔を捧げた相手に嫁ぐのだ。ウルズラとてロベルタの評判は守ってやりたい。これも王族の正室となれるからこそ、である。

 

「ルージ殿がそなたを召し出したあの日、『貴族籍のないものを王太子に侍らせるわけにいかぬ』と父上は言われていた。ロベルタを養女にした父上の配慮が、今になって活きるとはな」

 

「はい。私も亡き伯爵様には感謝しています。」

 

ウルズラの父は故人だが、王弟として作法には煩かった。妻の一族の庶子として生まれ落ち、正式な貴族籍を持たぬロベルタを念の為に養女として届け出ていたのである。『あくまで王太子に侍るには平民ではなく、貴族籍を持つ者に委ねなければならん』という王族なりの矜持だったのだが。

 

「ロベルタと結婚すると知った時の、ルージ殿の顔は見ものだったな」

 

ルージとしては、ロベルタは責任を取らされない階層の女と寝たつもりであった。実際にルージが王太子である限り、表に出る話でもなかった。ウルズラの父の過剰な配慮というだけである。

 

しかしながらルージが正室との間に設ける息子が、コリント卿とウルズラの娘と結婚して次代のセシリオ王と成ると密かに決まっている。ルージは新たに貴族令嬢が正室として提供されると思い込んでいたようだ。だがこの場合はドプナー女伯爵家を養女のロベルタに継がせ、ルージの正妻とするのは合理的な判断であった。

 

それになんだかんだでロベルタはルージに惚れ込んでいる。ウルズラからすると信じがたい男の趣味なのだが、ルージが飲み込めば全てが丸く収まる話なのである。ルージもロベルタを召し出した事がある。ロベルタの容姿は気に入っている。

 

ルージは王族の在り方として単に一人の女性に縛られたくないだけであり、正室の大権をロベルタに握られることを嫌っただけである。ロベルタは浮気性のルージに寛容であるが故に生涯苦労するのだが、それはまた未来の別の話である。

 

 

 

 

 

アダーは部下と共にアレスに復帰を果たした。彼は本来独立した指揮官ではなくコリント卿の副官である。対アロイス戦が終結しコリント卿がアレスに留まる以上、彼がアレスに帰還するのは当然であった。

 

「アダー殿、客人がお見えですぞ。可愛い少女だとか。」

 

アレスの王宮は広大な敷地を誇る。軍の施設も王宮の敷地の一角にある。民は入って来られないが、このように門番に取り次ぎを願い出る。

 

「誰だろう。」

 

アレスの知人は軍の関係者に限られる。胸騒ぎを感じながら、アダーは門に急いだ。

 

「お兄様」

 

アダーが声をかけられたのはその時である。麦わら帽子と半袖のワンピース、絵に描いたような爽やかな装いの少女がそこにいた。

 

ただし今の季節は冬である。今日は小春日和とはいえ、民も兵もコートを着用している。そんな中で少女の異様さは人目につく。

 

「あらあら、恋人に会いにくるのに寒いのに我慢しておめかしして来たのね。」

 

道行く人々の会話が聞こえる。しかしアダーは知っていた。彼女はそんな生優しい存在では無いと。彼女にとって今の服装は擬態に過ぎない。しかも過去の体験をもとにしているから、今の服装が場にそぐわなくても気がついてはいないのだ。

 

「マシラ、お前どうしてここに。」

 

にこにこしながら少女は答える。

 

「私がお兄様の元を訪れる理由など知れているではありませんか。私達は婚約者なのですから。それとも、会いに来てはダメでしたか?」

 

上目遣いに見上げられるが、アダーはその視線にゾッとさせられる。

 

「俺が国を出る時、我らの婚約は解消した筈だ。」

 

マシラはニタッと笑った。

 

「我ら一族の血と血の繋がりが、そんな簡単に断てる訳ないでしょう。お兄様はそれをよくご存知の筈です。」

 

「俺はもう『手柄を上げねば、本国には戻らせぬ』と宣告された身だ。」

 

「はい、だから私も、お兄様がコリント卿に取り入って出世したと聞いて嬉しかったのですよ?『ああ、お兄様はやはり私の婚約者だ』と。この調子で励まれれば、すぐに帰参もかないましょう。」

 

つと手を伸ばし、マシラの指先がアダーに触れる。それはどちらかといえば嫌悪感をアターに抱かせる。しかしどんなに異様でもマシラはかつては許婚であり、慣れ親しんだ相手である。完全に理解できたわけではなかったが、それなりに付き合いも深い。

 

「マシラ、俺はお前の兄ではない。誤解される物言いはやめてくれないか。」

 

「では、我が愛しい婚約者のアダー様とお呼びしましょう。」

 

マシラの腕がアダーの左腕に絡みつく。もう離すまいとするかのように。何かマシラの意に沿わぬ発言をすれば、この左腕は即座に粉砕されかねない。アダーの背を、冷や汗が伝った。

 

「ちょっと出てくる。」

 

アダーはマシラに引っ張られ、門番に一声かけると街に出る。傍目には年下の少女にねだられて街歩きに出る士官の図である。人類スターヴェイク帝国の軍人の給与水準は高いし、アダーの地位はサテライトのメンバーに匹敵する。前線から戻った彼が、女連れで街を歩いてもおかしくはない。

 

「どうして愛しいアダー様は、コリント卿の留守を狙って兵を起こさなかったのです。アダー様の手腕なら容易にアレスを占領を出来たはずです。」

 

マシラは平然と街中で不穏な言葉を発した。

 

「知らないのか。ザイフリート士爵はあれでそつがない男だ。それに兵の心を取るのには時間も予算も不足し過ぎている。俺の下にいるのはコリント卿の直属の兵だ。本国からは銅貨一枚支援されていない。蜂起できた所でいつ本国の兵が来るかも分からない。そんな状態では、俺の誘いに乗って兵がコリント卿に謀反する事などない。」

 

「では、クレリア女王を捕らえたり暗殺したりは?」

 

「クレリア女王陛下はコリント卿直々に鍛えられている。今では剣も魔法も巧みだ。俺如きではコリント卿はおろか、クレリア女王にも敵うまい。」

 

「・・・正直ですね、合格です。もし嘘や誤魔化しでこの場を逃れるつもりなら、アダー様でも処断するよう言われていました。」

 

うっとりとしたような素振りでアダーを見上げるマシラは、アダーにゾッとするような事をいう。

 

「でもマシラは信じておりましたよ。愛しいアダー様の事を。」

 

マシラもまた許婚としてアダーの事を深く観察して生きてきた。彼女はかなり正確にアダーの言動を理解している。ただマシラはアダーの意に沿うのではなく、全てをマシラの望む方向に捻じ曲げようとする努力を怠らないだけなのだ。

 

今の彼女の容姿も、かつてアダーが心惹かれた少女の再現である。だからこれはマシラの本性ではなく擬態にしか過ぎない。そうと知っているのだが、再現度の高さにはマシラをよく知るアダーでさえ戦慄するものがあった。

 

「我が主人のジノヴァッツ様は見抜いておられます。アダー様が人類スターヴェイク帝国内で妨害工作や内応を行ってもいずれ行き詰まると。それより、アダー様がこれまで知り得た奴らの人となりを策の参考にされたいと仰せです。『奴らの死角の位置を知りたい』と。」

 

「コリント卿の周囲の人物の写真では飽き足らず、この俺に本国へ戻れというのか?」

 

「はい、これでもう帰参が叶ったのですよ。マシラの課した試練に合格したからです。おめでとうございます。これで私の婚約者としての地位も、正式に戻されました。」

 

満面の笑顔でマシラがアダーに宣言する。

 

「俺はこのまま同行するのか。それとも、猶予は与えられるのか?」

 

「私もアダー様と離れ難いのです。今すぐと申し上げたいのですが、幾つか仕込みを担当して欲しいそうです。ですので、それが済み次第です。」

 

アダーは深くため息をついた。

 

「分かった。この話は逃れられぬな。俺も本国に戻ろう。だが出来る事と出来ないことはある。速やかにコリント卿に暇乞いを申し出る。こちらから出向けば斬られる事はないだろうが、俺がそこで死んだらその際は諦めろよ。」

 

「大丈夫、アダー様は人の心を獲るのが私より上手ですから。きっと全てを上手くされマシラと共に本国に戻られましょう。」

 

アダーからすると、マシラの交渉は交渉術とも呼べない代物である。意に沿わぬ発言をすれば即殺すだけのマシラは、交渉の程度が低過ぎて褒められても褒められた気にならない。

 

「ともあれ少し時間はもらう。だからそれまで余計な動きを起こすなよ。お前が何かしようとすると騒乱が大きくなり過ぎる。」

 

「ええ、分かっています。もし遅れたら、マシラがアダー様の夢に出ますよ。それでは愛しいアダー様、再会の日を楽しみに。」

 

素早くアダーの頬にキスをすると、マシラはアダーを門内に押し戻した。アダーはマシラに引きまわされ、気が付かぬうちにまた元の場所に戻っていたのである。バイバイ、というようにマシラが手を振っている。その光景はアダーが建物の中に入るまで執拗に続けられた。

 

 

 

 

 

スターヴェイクでの沙汰をクレリアに委ね、アレスに戻った俺はイーリスによる遺跡の調査報告を受けていた。

 

「調査により、主要な遺跡は4つ存在すると考えられます。それぞれの概要も判明しました。」

 

樹海の遺跡は魔物と魔石の製造施設となっている。これには《遠隔素材抽出》という技術が紐づいているようだ。残りは、惑星の環境改造を目的とし、《重力制御》技術を備えた遺跡。転送門の操作を目的とし、《恒星操作》技術を備えた遺跡。そしてアーティファクトの修理と保全を目的として《時間制御》技術を備えた遺跡である。

 

「これらで特筆するべきは離れた空間同士を接続する技術です。この転送門が開通すれば、門をくぐり抜けた物体は遠く離れた地点に到達します。しかし残念な事に、今の我々は動力源となる恒星操作の技術を欠いておりこの転送門を使うことが出来ません。」

 

「そうか。転送門とはセリーナとシャロンの報告にあったジノヴァッツという敵将が用いた技術だな。《小門》《大門》を組み合わせるという。動力源は恒星か。」

 

俺は考え込んだ。そんな事が可能なら軍事的な脅威度は跳ね上がる。制約が多そうな技術だが、汽車を用いた軍の移動では敵の優位性に大きく劣ることになってしまう。

 

「はい。我々の遺跡からも同じアーティファクトを2点回収しました。報告にあったように《小門》は一種のマーカーで、子機の役割を担います。子機を移動させればそれがこの惑星のどこにあろうと、親となる施設から転送門を開通できます。」

 

「親となる施設は《大門》という訳か。」

 

イーリスは首を振った。

 

「そういうわけではありません。《大門》も転送門ですが、任意の場所に開通可能な転送門です。名称の差は門の口径の大小に由来するようです。」

 

「なるほど。《小門》は偵察部隊で《大門》が本隊か。」

 

そこで俺は疑問を抱いた。

 

「それはどこかおかしいんじゃないか。最初から《大門》を開通させれば、《小門》は不要な筈だろう。」

 

「《小門》は物体として形があり、任意の場所に移動させることで座標を算出できます。《大門》を開通する為には複雑な座標軸計算が必要です。そして、座標の計算方法を割り出し、自由に《大門》開通に成功した事がまだないとの事です。」

 

これは捕虜から聞き取りをした内容のようだ。ジノヴァッツの部下はセシリオでも捕虜になっていた筈だ。確かタネンとか言った。その尋問は急ピッチで進んでいた筈だ。

 

「では、実際に《大門》を使う時にはどうするんだ?」

 

「《小門》はマーカーですので、このような座標の表示機能があります。」

 

仮想空間内の《小門》のイメージで数列が記載されている箇所がハイライト表示される。なるほど、これが座標か。

 

「親となる施設から《小門》にはいつでも転送門の開設が可能なようです。しかし《大門》の開通には《小門》の座標を確認し、その数値を時間内に正しく入力しなければ彼らは《大門》を正常に開通させられないとの事でした。」

 

「それは何故だろう?」

 

彼らはこのシステムを長年使用している筈だ。座標の解析がそんなに困難なのだろうか?俺のその疑問はイーリスの解説で氷解した。

 

「理由は宇宙観の相違です。彼らの宇宙観はごく初期の段階で止まっています。地動説レベルの知識、恒星の周囲を惑星が自転しながら公転している認識はあるようです。しかし、恒星系内の惑星数の把握は曖昧で、恒星系そのものも移動しているという知識はないのです。」

 

「そうか。恒星系が移動している以上、過去と同じ座標は絶対に使えないのか。」

 

イーリスが無言で頷いた。

 

「座標算出の基準はビックバンによる宇宙の始点です。恒星系とはそこから遠ざかりながら複雑な回転運動をする天体です。大半の人類は惑星を一つの球体に見立てるのが可能かどうかという知識レベルです。まず、計算によって正しい座標を導き出す事は不可能でしょう。」

 

緯度と軽度のような記載なら同じ座標を繰り返し使える。精度にもよるが惑星外の座標が基点なら、計算は一気に複雑化するだろう。

 

人類は今いる場所が不動の大地と思いたがる。しかし、惑星は常に動いている。当然、座標を可視化すれば目まぐるしい勢いで変動し続ける筈だ。

 

だが実際には《小門》に表示される座標はリアルタイムに変動していない。単なる位置座標ではなく予定時間の予定座標、或いはそれを導き出す各値を暗号化したものとなっているようだ。Gコードと呼ばれている。

 

数列を入力すれば《大門》は開通するが、そのプロセスは自動化されており《小門》周囲の適切な場所に開通させる仕組みらしい。座標は数分で変動する。この惑星の移動速度的に《小門》が検知可能範囲を外れるのが表示時間のようだ。

 

航宙軍士官であれば座標計算は行うが、それとて恒星を基点にした座標体系である。宇宙の一点を基準に、宇宙全体を座標化する試みなど聞いたこともない。測ったようなタイミングで複雑な座標計算を処理し座標入力して《転送門》を開く。生身の人間に簡単に行える技術ではないだろう。

 

「ん、それはつまり理論上はこの宇宙のどこでも転送門を開けるのか?」

 

「その通りです。我々がこの技術を会得すれば、理論上はどこにでも転送門を開くことが可能です。」

 

なんということか。まさかこんな簡単に帰還の方法が見つかるなんて。人類銀河帝国もバグスも超空間航行を用いる。しかしそれは超空間内の長期移動を前提とする。その為、乗員のコールドスリープが採用されていた。瞬時の移動ではないし、ワープの移動距離にも限りがある。

 

いや、しかしこの技術で帰還可能ならイーリスがそうと告げる筈だ。

 

「イーリス、この技術を確保すれば我々の人類銀河帝国への帰還が叶うのだろうか?」

 

「その質問はイエスでありノーでもあります。この技術を会得すれば、人類銀河帝国のどの惑星系にも到達可能です。しかし、現状はいくつかの面で課題があります。」

 

「会得すれば、か。まだ条件が足りないんだな。」

 

「はい。まず、他の遺跡を押さえなければ恒星からエネルギーを取り出す方法や重力の制御方法が不明です。宇宙を跨ぐ転送門の展開と維持となると外部からのエネルギー供給が必須です。転送門の制御技術の見通しは立ちましたが、構築となると特にエネルギー供給の点からまだ不可能です。」

 

「制御可能なら、なんとか小規模な転送門だけでも構築できないだろうか?」

 

「恒星のエネルギーに対して、この惑星上で今の我々に作成可能なエネルギーでは宇宙を跨ぐ移動は中々難しいでしょう。それに転送門を実現できても物理法則的な制約が伴います。人体に限らずドローンでさえ、このままでは惑星上から他の天体に移動を行おうとする場合はその衝撃に耐えられません。」

 

「やはり、そう簡単にはいかないか。」

 

「本艦が受けた攻撃を思い出して頂きたいのですが、あの時も同様の技術で超空間から強制的に引き摺り出されてワープアウトした為に衝撃が発生しました。あの衝撃で重力制御ダンパーの影響で助かったあなたを除き、乗組員の大半は死亡しました。この惑星は重力を備え、複雑な回転運動を行いながら高速で飛翔しています。このような重力と相対速度の差は、我々には重力制御ダンパーのような大規模な設備なしに打ち消すことが不可能です。」

 

「となると、軌道上の《イーリス・コンラート》への移動も無理か。」

 

軌道エレベーターに頼らない快適な移動方法が構築されると思ったのだが、ミンチになるなら使えないな。

 

「艦の方が調整すれば相対速度の一致までは理論上は可能ですが、質量の違いから重力の制御が出来ません。事実上、惑星上から移動可能なのは同じ惑星上と考える方が良いでしょう。《小門》の機能も本惑星上に限定されています。宇宙服を着用して、無重量の真空中に放り出された後に精密な軌道一致によって相対速度差をなくし、本艦とランデブーする方法はあるかもしれません。ただ、やはり危険すぎるでしょう。惑星近傍では重力が影響しますし、これはあまり意味のある使い方ではないでしょう。」

 

「宇宙船による転送門の活用ならどうだろう?それなら現実的選択肢になり得るんじゃないか。」

 

宇宙服は等身大の宇宙船とも言える。宇宙船がくぐり抜けられる転送門が設定可能なら、問題は解決する訳だ。そもそも俺はこうして生きてあの事態を乗り越えているのだから、同じ条件を満たせば実用化出来る筈である。

 

「その通りです。艦隊の航行時間が飛躍的に短縮されます。何より、移動時間の短縮は一つの戦場に全ての戦力を投入するような戦い方も可となります。つまり、この技術は既存の超空間航法を前進させるものです。人類銀河帝国にもたらすことが出来れば、バクスとの戦争に人類が勝利します。」

 

頭を殴られたような衝撃だった。これまで続けてはあくまでこの惑星アレスにおける人類生存の為の戦いだった。しかし遺跡が伝える技術があれば、既知の人類種全体が救われるというのか。

 

逆に言えば、この技術がバグスに渡れば人類は敗北する。それだけは絶対に発生させてはならない未来だろう。

 

「なんと言うことだ。」

 

「艦長はバグスとの人類の生存戦争の鍵までもう少しのところまで迫られています。今後はこれまでより一層慎重な対応をお願いします。」

 

「・・・分かった。そう心がける。」

 

これまで帰還について最適なプランは『FTL通信機を修理して救援を呼ぶ』と言う内容だった。今では違う。残りの遺跡を全て押さえて解析を終えれば、完全な転送の技術が手に入る。後は航行可能な宇宙船があれば、一瞬で元の世界に帰還可能なのだ。

 

来るかどうか不確かな救援を呼ぶより遥かに早い。自力航行可能な形に《イーリス・コンラート》を修復し、この転送技術を持って帰還しなくてはならない。そう、なんとしてでも。

 

「・・・そういえば物体の抽出作業について触れていたと思うが? 魔物と魔石を司る遺跡の技術なら、それはもう確保できているんだな?」

 

「ええ。遺跡内には大量の金が集積されていました。あれは全て遠隔の素材抽出によって集められたものです。」

 

「と言うと?」

 

「以前もご説明したように、惑星の地表にはあれほど大量の金は本来なら存在しません。」

 

「つまり他の天体から転送門を使ってかき集めたのか?」

 

「そうではありません、あれはあくまでこの惑星に存在する金を抽出したのです。推定ですが、指定する元素を本惑星のマントルから抜き出したのでしょう。」

 

「マントルにアクセスするだって?そんな事をどうやって?」

 

「艦長の土魔法と同じです。既存の科学体系ではあり得ない事象です。土魔法の対象を転送門を経由して遠隔に実施するようなものなのでしょう。」

 

土魔法は魔素を使っているという以外、俺は原理など知らない。しかし土が反応するなら、金だけが反応する魔法があっても何ら不思議ではないのかもしれない。惑星のマントルとなると距離が遠すぎる気もするが、座標さえあれば宇宙のどこにでも転送門が開く技術体系の中にあってそれは些細な問題なのだろうか。

 

「・・・いやはや、信じ難いな。」

 

「艦長が駆使される魔法それ自体が信じ難い技術です。いずれにせよ、科学的知識と魔法の技能の二つを組み合わせなければこのような芸当は不可能でしょうね。」

 

「もしかしてミスリルの精錬もそのような魔法的な手段で?」

 

「はい。ミスリル鉱石というものが一般に存在する可能性は否定できませんが、古代文明においては魔素に即した精錬技術を用いて作成されています。」

 

鉱石の採掘という形に拘らず、遠隔地から直接どんな素材も取り出せるならそれは革命的と言っていい。生物資源の素材の方が貴重になるとさえ言える。

 

「元素に限定されるなら流石に生物由来の原料は抽出は出来ない筈だ。・・・そうか、魔物はそのための存在か。」

 

「それは正解でもあり不正解でもあります。魔物の目的は魔素と魔石の為です。副産物としての資源は有効活用できますが、それは生物全般に当てはまる事です。」

 

「・・・そもそも、魔素はどこから来たんだ?」

 

「歴史的な経緯は分かりませんが、現在、この惑星を覆う魔素は魔物の活動によって生み出されています。」

 

なんと!てっきり、魔素を吸収するから魔物になるのだと漠然と考えていたが、実態は逆なんだな。

 

「魔石によって獣が魔物化するのではなく、魔素を散布する為に魔物が存在するのか。」

 

「はい。魔物がその生涯を通じて魔素を放出している事は間違いありません。」

 

「それはつまり、こういう事か。『魔物を狩り尽くせば魔素も消滅する』と。」

 

「惑星の大気内に魔素が蓄積されています。魔石の消費でも魔素は放出されます。従って即座に魔法が使えなくなるわけではありませんが、魔物がいなくなればいずれ全ての魔素を消費し尽くされ、他の惑星のように魔法が使えない世界となるでしょう。」

 

今回の遺跡で我々は魔物の生産設備を抑えた。地上に解き放たず、魔物を解体して資源だけ頂戴する案も考えたがそうするといずれ魔法が使えなくなるらしい。既存の人類の魔法は科学で代用可能なものが多いが、代用不可能なものもある。

 

「つまり先程の転送門も、魔素がなければ使えなくなる筈だな?」

 

「はい、魔素無くしては使う事は出来ません。事実上、魔石などの媒介を必要ますし、それは魔物から補う必要があるといえます。

 

奇妙な気分だった。この惑星に纏わる色々な謎が解けたと思ったら、より深い沼にハマり込んだような感覚。

 

「そもそも、この全ては誰が始めた事なのだろう?」

 

「分かりません。しかし、魔石を備えながら唯一知性を持つドラゴンが大きく関わっているのは間違いありません。」

 

「それは魔石の生物濃縮という事だろうか?」

 

「ええ、グローリアの行動を見る限り魔物から採取した魔石の消費は彼女の日常です。」

 

ドラゴンは魔物を餌食とする食物連鎖の頂点と言っていい。俺達はどうしても人間基準で考えてしまうが、ドラゴンの為に用意されたと考えると色々な筋が通る気はする。実際、グローリアは長距離飛行する際に魔石を飲み込んでみせた。

 

「人型の魔物は人類には忌避感もある。しかし、ドラゴンの視点で見るとどちらも餌に変わりない。食物連鎖の頂点に位置するドラゴンに魔石を供給する為の生態系と看做せば、不自然ではないのかもしれないな。」

 

「魔石の詳細は未知数です。それにドラゴンでさえ、頂点捕食者ではない可能性もあります。」

 

「人はドラゴンの肉を食べるし、魔石も用いる。これだけの技術を持った人類がかつていたのだろうか?」

 

「遺跡の認証や知識の伝承、少なくともどこかの段階でこの惑星の人類が関係しているのは確実です。」

 

考えるべき事は余りに多かった。しかし今最も懸念する必要があるのは、同様の技術を掌握する敵の存在だろう。

 

「概要は理解した。しかし、限定的な用法とはいえ、我々の敵がこの技術を入手しているのは恐ろしいな。特に《小門》の残りがどうなっているかが気になる。」

 

「まずは都市や交通網での監視を強化し、布告でこのアーティファクトについて注意喚起するように致しましょう。」

 

《小門》の現物が人類スターヴェイク帝国内に流入しないように、都市の出入りは監視させている。この《小門》は、世間ではアーティファクトの「ファスティングの鏡」として知られているらしい。用途不明ながら、高価な買取額が設定されている事でも著名なようだ。

 

「先ほどの話では敵はこの技術を完全に使いこなせていないようだ。間違いないのか?」

 

「間違いありません。《小門》の現物が目的地になければ《大門》は発生できず、また《小門》の現物も限られます。施設の記録では《小門》は8点しか存在しません。」

 

「8点か、多いな。」

 

「主要な遺跡が4つあり、それぞれに2つ配備されています。1点は敵から我々が確保しました。2点は樹海の遺跡に保管されていました。消息不明なのが5点ですが、その中でセシリオでも1点使われています。これは敵に回収された筈ですので、少なくとも同じ敵がまだ《小門》を保有していることは確実です。」

 

「全て回収ないし破壊しないと安心できないな。」

 

「はい。ただし艦長にご留意頂きたいのは、この(小門)はアーティファクトであり魔石を消費するということです。」

 

「アーティファクトなのは承知している。ん、ああ、魔石の数で我々が有利なのは救いだな。」

 

イーリスの口調は飲み込みの悪い生徒を教育する教師のそれだった。

 

「はい。それは、この技術を待つ敵もまた大量の魔石を消費する事になります。そして艦長は既に魔石の最大の生産施設を押さえられました。」

 

イーリスより噛んで含むように説明され、ようやく俺は理解した。

 

「なるほど。魔石の供給を止めれば敵のエネルギー源を断てるのか。」

 

「ええ。《小門》には恒星のエネルギーだけでなく大量の魔石が必要です。少なくともアレスが魔石の供給を制限すれば、魔石の相場は高騰することになるでしょう。」

 

「ん、待てよ。となると冒険者ギルドで行われている魔石の買取もその為か。」

 

「冒険者ギルドという組織自体、遺跡と魔石の捜索に特化しています。とすると、列強のいずれかによる政策的な取り組みの可能性は十分考えられます。」

 

この状況は何かに使えそうな気がする。しかしケヴィンさんには悪いが、冒険者ギルドは要警戒という事か。本人達に悪意はないだろうが、報告を上げている先のギルド本部は敵に牛耳られてる可能性が高い。商業ギルドの通信網を含め、よく分からない便利な技術はそもそも敵の提供する手段だった可能性さえある。

 

「いやはや、遺跡一つで驚くべき発見に満ちていたな。ところで《転送門》、《素材抽出》と来て残りの技術はどんなものなんだ?」

 

「《時間制御》と《重力制御》です。」

 

なるほど、整理してみよう。古代文明の特筆するべき技術は、《転送門》《素材抽出》《時間制御》《重力制御》となる。

 

「《時間制御》とは何だろう?」

 

「推測は可能ですが、断定はできません。ただヴァレリウスは長期に渡り遺跡を管理していたと推定されます。コールドスリープとは別に、彼を生かし続けた技術は存在します。恐らく一部の部屋だけ時間の流れを変化させているのでしょう。」

 

時間の変化だって。凄い技術じゃないか。そちらの方が興味あるぞ。

 

「ん、似たような魔法があったような。」

 

「ええ、艦長はご自身の反応速度を高められる魔法を使われています。言うなればあれとは逆に作用する魔法でしょうか。」

 

「なるほど、あれか。」

 

「いずれにせよ、瞬時の転送が可能な転送門の技術に比べて戦争における優先度は高くありません。つまるところ敵の技術が先に進捗してしまうのですから。」

 

俺はイーリスの言葉にどこか引っかかる物を覚えた。まぁいい、それは後回しだ。

 

「《重力制御》についてはどうだろう?」

 

「惑星の環境改造に用いられる技術のようです。恐らくはアラム聖国の遺跡はこの惑星環境の改造を目的とした遺跡ではないでしょうか。この惑星の環境を人類の生存に最適なように改良しているようです。人類の生存に不可欠ですが、影響範囲が大きすぎてこの惑星に暮らす以上は兵器として活用するのが難しいのでしょう。」

 

アラム聖国が列強入りしつつも、優越的な地位でないのはその辺りに原因がありそうだな。

 

「なるほど了解した。まずは全体の計画を練り直そう。やはりこの惑星は統一する必要がある。遺跡は全て確保するのが目的でいいな。今回回収した技術も艦の再建プランに組み込む。その上で、最適な道を探ろう。」

 

「はい。今回回復した旧アロイス領の回復の為にも時間が必要です。そして遺跡から得られた情報を上手く活用すれば、我々が敵に長じる事になります。」

 

 

 

 

祖国に逃げ戻ったジノヴァッツは、本国の最高評議会のメンバー資格を一時停止され査問を受ける立場となった。しかしジノヴァッツは失敗したとは考えていなかった。彼としては与えられた状況で最善を尽くした。勝てない、いや決戦を避けたのは、与えられた戦力が過小だったからという確固たる自負心があった。

 

「これは各地に発せられた人類スターヴェイク帝国の広報用のフィルムです。特に入手させました。アラン・コリントの戦闘の様子が映っておりますぞ。」

 

ジノヴァッツの長口上に焦れた評議員が声をかける。

 

「もったいぶらずに、早く見せてくれ。」

 

ジノヴァッツが指を鳴らすと照明が落とされ、フィルムの再生が始まった。

 

「おお、この背景に見えるのは神代の遺跡、紛れもないな。」

 

大理石の白壁にヴァレリウスとの戦闘が再現された。惜しくもコリント卿の放った魔法の詳細はカメラの角度的に分からないが、その一撃でドラゴンは痛打を与えられたと分かる。

 

「魔道具の使い手と聞いていたが、まさかこれほどまでの魔法の使い手とは。認識を改めねばな。」

 

「身体の使い方がうますぎるだろう。並の兵士なら爪にやられている。ましてや尻尾の攻撃など避け切れるわけがない。」

 

「いやいや、並の兵士なら爆裂魔法の火球で吹き飛ばされているだろうよ。」

 

「ドラゴンの名は分かっておるのかね?」

 

評議員の1人がジノヴァッツに尋ねた。

 

「ヴァレリウスと名乗ったそうです。」

 

「ならば、やはり神代の始祖龍ヴァレリウスで間違いないのではないか。以前から樹海の深奥こそ住処と疑いだけはあったが、人類スターヴェイク帝国がその遺跡を占有したか。」

 

列強しか知らない列強入りの条件。それは稼働する遺跡の保有である。樹海内に位置する遺跡となれば、魔物と魔石の産生に特化した施設と無理のない推論、いや結論が導き出される。その樹海を統括した遺跡が、人類スターヴェイク帝国を統べるコリント卿の支配する場所となったのは明白だった。

 

「ヴァレリウスを名乗るドラゴンがコリント卿に従ったのは間違いないようです。アレスでもアロイスでも大勢が目撃しています。」

 

「そうか。やはり人類スターヴェイク帝国は実に厄介な相手だな。」

 

ジノヴァッツの作戦失敗を問責する場であった評議会の空気が一変した。コリント卿は2頭目のドラゴンを従え、遺跡を入手した。ジノヴァッツの妨害をものともせず、アロイス王国の打倒も成し遂げている。その武威も知謀も、本物と認めない訳にはいかない。舐めてかかればこちらの身が危ういだろう。

 

「旧スターヴェイク王国は徹底的に痛めつけました。コリント卿が民の平穏な暮らしを志向する以上、旧スターヴェイク王国領の復興を優先させるでしょう。ヤツ自身の婚姻も控えている身です。すぐの出兵は行いますまい。つまり今回の私の作戦で、数年の猶予は稼ぎ出しました。」

 

「うむ、その主張は認めよう。」

 

遺跡を入手した勢力は、折り合いをつけて馴れ合うことはない。強大な力を握る者同士、その力の独占の為に互いに引けぬ戦いに身を投じる事になる。

 

「遺跡の解析にも領内の回復にも時間を要する筈だ。という事は、コリント卿は後回しで良いな。」

 

「例の計画を急がせよう。全力を持って別の列強を滅ぼし、その力を我らの物としよう。人類スターヴェイク帝国を相手にするのはそれからだ。」

 

「うむ。まず大陸の過半を手中に収めるべきか。コリント卿の元には使者を遣わし、表面上の友好を取り繕うとしよう。奴の戦勝と婚姻を寿ぐ使者なら不自然はない。」

 

「幸い、我らの素性は知られておりません。疑惑はあれど、列強内のどちらの国かまでは特待できないでしょう。」

 

評議員達の議論が活発化する中、議長が静粛を求めた。ジノヴァッツへの沙汰の言い渡しである。

 

「よくやった、ジノヴァッツ。コリント卿に列強の首位争いに手出しさせぬよう時間を得た事。我らの正体を隠匿した事。直轄兵にさしたる被害を出さずに引き上げを完了した事。これら全ては本国の意に叶う物である。そなたの評議会への復帰を認めよう。」

 

「ありがとうございます。」

 

恭しく首を垂れるジノヴァッツの復帰を、評議会員は拍手して迎え入れた。

 

「ただし、《ファスティングの鏡》の紛失は重大な損害だ。こちらの手の内を知られた。コリント卿を相手取るのにも支障が出よう。この咎はそなたの功績から割り引かれる。以後の働きで償えよ。」

 

「心得てございます。まずは他の列強の駆逐に専念すると致しましょう。」

 

 

 

 

 

ジノヴァッツは評議会の閉会後に、同僚議員のバルスペロウに声をかけられた。

 

「首の皮一枚繋がったようだな。」

 

「おいおい、こちらはお前の計画成就の為に最大の支援をしたのだ。で、順調なのか。例の空中戦艦は。」

 

バルスペロウは旧文明の技術の解析技術者としての手腕を買われ、評議会入りを果たした。彼の研究は対コリント卿戦略、いや大陸統一においての主軸となる。

 

「これが今の計画の概要だ。8割方、いや、9割実現している。」

 

バルスペロウは概要図をジノヴァッツに指し示した。巨大な硬式飛行船の図が描かれている。

 

「ガス袋はミスリルの薄板で保護する。魔道具の火力もドラゴンの火球も弾く筈だ。」

 

「乗員は何名だ。」

 

「定員は300名を想定している。乗組員は60名。兵は240名だな。」

 

「数がやや心許ないな、アレスに侵攻をかけるなら最低でもその倍は欲しいが。」

 

「兵の心配するな」

 

バルスペロウはニヤリと笑った。

 

「空中戦艦の最深部には例の《ファスティングの鏡》を取り付ける。つまり《小門》だな。そこを通じて本国から無尽蔵に兵も物資も送り出せるぞ。空中戦艦の補給も心配がない。高所にあって敵は手出しできないが、我らは本国からいつでも出入り可能だ。」

 

バルスペロウの言葉にジノヴァッツの顔にも笑みが浮かぶ。

 

「よく、あの老人達を説得したな。」

 

「お主がコリント卿の危険性を説いたのが良かったな。『残された《小門》を最も安全に運用する方法はこれだ』と説いたら反論は皆無だったよ。人も資金も使い放題だ。」

 

「我らは空中戦艦の差し向ける先に大兵を展開出来る訳か。これは・・・今後は戦争のルールが変わるな。」

 

「この戦争、勝てるか?」

 

自信と自尊心を漲らせ、ジノヴァッツは断言した。

 

「問題ない。本国に運び込んだ物資は数年の戦争を支えるに足る。兵の数も質も申し分ない。空間を繋げる遺跡の力に加えて、安全に持ち運ぶ空中戦艦が加わったのだ。後は我が知謀があれば、アラン・コリントでさえ恐るるに足らん。」

 

 

 「航宙軍士官、星を統べる」第3部に続く

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