【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる)   作:高坂 源五郎

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統一戦記
Ⅲ 統一戦記 51話 【開幕編】 論功行賞


Ⅲ 統一戦記 51話 【開幕編】 論功行賞

 

旧アロイス王都の呼称は正式にスターヴァインとなった。人類スターヴェイク帝国の制度では、ベルタ、セシリオとそれぞれの地域の王都はかつての国名を名乗る形としている。旧スターヴェイク地域はその例外となるが、それには幾つか理由がある。

 

人類スターヴェイク帝国の国名にスターヴェイクとある以上、王都までがスターヴェイクを名乗るのは望ましく無い。首都と誤認される可能性がある。ではアロイスと呼ぶのはどうか?

 

旧アロイス王国を想起させるという理由で反対が続出した。結局、王家の名からスターヴァインと名付ける事になった。スターヴァイン王家創業の地と考えれば反発は少ないだろう。

 

スターヴァインで実施された論功行賞により、サテライトのメンバーは皆一律で男爵となった。各班長達とザイフリート、バルテン、プレルの3名は士爵から子爵に陞爵である。スターヴェイクの文武の筆頭であるロベルトとダルシムは伯爵となった。意外な所では、エルナ、セリーナ、シャロンもそれぞれ女伯爵に叙爵された。カリファ伯にはさる港町の代官の地位をあてがう。

 

取り潰しとなったのが、ロイス卿とアゴスティーニ侯の家である。反乱の首魁として処罰されるのは妥当と見做されたが、やや世間から見て意外な人事が反映された。

 

「アゴスティーニ侯爵領を東西で区切って、セリーナ殿とシャロン殿に与えられるのですか。」

 

クレリアの出したこの決定に、ロベルトは驚いた様子だった。

 

「アロイス諸侯の取り纏め役が必要なのだ。政治的なしがらみがこれまで一切なく、将として優れたあの2人が適任だろう。」

 

「確かに、あのお二人の活躍はその地位に見合う物ですな。」

 

今回はダルシムやヴァルター、エルナと言ったスターヴェイク出身者が活躍した。だがセリーナとシャロンの活躍が群を抜いていたのは言うまでもない。今後も同様の活躍を期待するなら、彼女達の麾下の兵力を増やさねばならないだろう。

 

それはアロイスの戦後処理の範疇に留まらない。大陸統一を見据えた、人類スターヴェイク帝国全体の課題である。クレリアの独断ではあるが、アロイス諸侯から兵を提供させる事にした。これにより、人類スターヴェイク帝国の実働部隊が大きく拡大する事になる。

 

「アランとの婚姻の贈り物として祖国を取り返してくれた。ならば、こちらは大陸統一の為の兵を提供するべきだろう。」

 

「確かに、大陸統一を考えるとそうされるべきでしょうな。」

 

アロイス諸侯の兵はクレリア女王にとって叛いた兵である。経緯がある話とはいえ、このままでは馴染まず使いにくい。そして返り忠を果たした結果、大半が無傷である。痛めつけられたスターヴェイクの兵との融和は直ぐには困難である。ならばいっそ、大陸征服の尖兵としてコリント卿の麾下に組み込む方が後腐れがない。

 

軍の編成簿上、セリーナとシャロンの両名の下に2万5千ずつの配下がつく。合算して5万の内訳は、常備兵が1万に諸侯の提供する兵が4万である。

 

この諸侯の兵は半数ずつの入れ替えを想定しており、総数の5万が揃うのは総力戦の場合だけとなる。基本は3万を運用上限とし、セリーナとシャロンの部下は1万5千名ずつとなる。兵站の負担を休養を考慮しても半数ずつの運用が妥当な筈だった。

 

「それに、アロイスを今の形で放置も出来ない。」

 

アロイスという広大な地域は、スターヴェイク地域に匹敵する。スターヴェイク側が甚だしく荒廃した今、相対的にその価値は上ですらある。そのような広大で優秀な地域に反クレリア女王で団結されると厄介なのである。

 

「分割統治は政治の要諦ですな。やはり理由をつけて、二つに区切れるのは我らにとって望ましい結果ですな。」

 

「セリーナとシャロンの2人は能力も等しく地位も同格と言っていい。アロイスを東西で分割しても、旗頭の資質の面で不満が出にくいのは有利な点だ。」

 

アロイスの取り纏めには有能な旗頭が必要となる。更に政治的な意図から2つに分けて統治するとなると、それぞれの扱いに差を生じないように余計な調整に苦労する。

 

だが、セリーナとシャロンを旗頭にすればどうだ。あの2人ほど能力も地位も釣り合いの取れた同格の取り合わせは他にない。だから旗頭の能力による差は生じないだろうから、ほとんど調整は要らないだろう。

 

資格的にも能力的にも大軍を預けて問題が生じず、政治的な摩擦も少ない。彼女達なら円滑にアロイス諸侯を分割統治可能な筈であった。

 

そしてセリーナもシャロンも率直に言えば、スターヴェイクではなく外様である。地縁社会の外にいる。その活躍ぶりは誰もが認めるが、アランの部下であり婚約者という以外に政治的に色がない。アロイスとスターヴェイクという対立軸から離れられるのも利点だった。

 

経緯から言っても、そもそも彼女達がアロイス諸侯を下したのだ。それに、妻としてコリント卿との強力な結びつきがある。このような大権を与えても、人類スターヴェイク帝国を裏切る筈がない。だからこそ、クレリアは2人がアロイスを束ねる旗頭として適任と判断した。

 

更に言えばセリーナとシャロンは最前線に派遣されると決まっている。アロイス諸侯の贖罪として申し付けた軍役の対象として妥当なのだ。そのような役割が与えられる以上、『我々は粛清の対象でない』とアロイス諸侯を安心させる事も出来る。結局のところ政治とは、安心とストレスの調和の上に成り立つのだから。

 

「ふむ、旧アロイス領の取り纏めはそれでいけそうですな。アロイス領の放置や改革の遅れを言い立てられる心配はございますまい。しかし、アラン様がこの方針を受け入れられますかな?」

 

セリーナとシャロンはアランの直属である。彼女達を体制にどう組み込むかで、見解が異なる可能性はあった。

 

「アランは私が説得してみせる。アランもあの2人に兵をより多く任せたいと考えている筈だ。それにアロイス王国の取り扱いは私に任されている。」

 

王国の取り扱いには叙任も含まれている筈だ。その対象にセリーナとシャロンが含まれるかは当人やアランと相談すれば良い。また人類スターヴェイク帝国はこの際、体裁と実態を可能な限り一致させて内外に示す必要がある。

 

複数の女王を従えたコリント卿は、現在は軍の総司令を名乗っている。しかし事実上は皇帝であり、総司令とは大陸統一前の仮の役職に過ぎないのは衆目の一致する所である。

 

大陸を統一した暁には、アラン・コリントは皇帝として帝国に即位する事になるだろう。これはクレリアの周囲では一致する見解だ。

 

そのような体制の人類スターヴェイク帝国の中にあって、功績を上げた者は叙爵して権限と共に責務を負わさなければならない。そして、アランが今はまだコリント朝の創始者でない以上、『コリント卿の妻や婚約者』という役割はそれ単体では公的な地位ではない。

 

セリーナやシャロンは優秀であるがそのままではコリント卿に付き従う軍人でしかない。アロイス諸侯としてもまた、クレリアを介さないでコリント卿と直通の回線を欲している。『いずれはギルベルタをコリント卿の後宮に』という声まで既に出始めているのだ。

 

それならセリーナやシャロンというコリント卿直通の経路を持たせるのは、アロイス諸侯のガス抜きに有用である。仮にギルベルタが独自の派閥を持つ立場になっても勢力は分散される。またバックボーンのない彼女達が多数の部下を従える実態を体制と一致させる上でも、今回の措置は最善となる筈である。コリント卿を皇帝とし、クレリアを正室とする体制に他の妻を当て嵌めていく。今回の措置はその前段階である。

 

「正直、彼女達の叙爵をセシリオ側に持っていかれると厄介だ。先に我々が彼女達を押さえておきたい。」

 

人類スターヴェイク帝国は傘下の複数の国家の集合体である。その中で地域としてはクレリア女王の体制のベルタ・スターヴェイク・アロイスと、ウルズラ女王の体制のセシリオが並び立つ。アラム聖国という存在もあるが、女王としてクレリアを擁立してこそいないものの、事実上はクレリアのシンパである。

 

である以上、現時点でのセシリオは政治的にはクレリア女王に対抗するコリント卿の私的な勢力として機能してしまっている。本人達にその気がなくとも、そういう体制内の安全装置としての機能を自動的に持ってしまっているのだ。

 

将来的にはセシリオの王位をルージ王子の子供に継承させる事になっている。そうする事で緩やかにウルズラの地位の特殊性を次世代に継がせずにその解消を図っていく。

 

だが喫緊の課題として、既存の秩序にアランとクレリアの権力の釣り合いを考えるべきなのである。今はクレリアの女王としての見かけ上の権力が大きい以上、クレリア側がコリント卿の近臣に一定の権力を与えねばならない。

 

セリーナとシャロンに旧アロイスの全兵を預けるのは、人類スターヴェイク帝国内部の安全保障としても機能するのだ。これは本人達の問題より、周囲からどう見えているかという文脈である。

 

綻びのない体制を示す事が、敵に付け入る隙を与えない。コリント卿の妻でもある2人にアロイス諸侯の取り纏め役を任せる事は、人類スターヴェイク帝国の権力構造を内外に明確化させるだろう。

 

「さて、アロイスの取り纏めはこれで良いとして他の者の件だが。」

 

「イーリス殿より示された素案を基に、適宜入れ替えを加えました。これで宜しいかご確認ください。」

 

「ふむ」

 

ベルタで旗揚げしたサテライトのメンバーを除き、スターヴェイク・アロイスの諸侯は爵位の変更は行わない。但し、男爵を大量に追加した関係から封地の調整を行なった。今回の賞罰の基本は経済面である。爵位の変更は目立つが、経済面はおける隠微な調整は目立たずに実力を調整できる。

 

住民構成はそのままに鉄道と街道の計画に沿った土地の境界の調整に加えて、農地の生産力増大を見越して既存の土地の一部収容を行なった。

 

「やはり土地は大幅に制限せざるを得ないか。」

 

「活躍した者には代官の職などをあてがい補填しますが、全体としては開発を行う名目で土地を再分配が必要となりますな。」

 

域内の鉱山や商業の開発も公費で行うので、「線路の沿線になる」という形での補填を約束すれば線路や街道建設の為の土地収容は比較的抵抗が少なかった。貴族達が重視するのは交通と農産である。汽車の開通で交通の便が良くなるのは確実である以上、スターヴェイクの再生は農業改革が焦点となる。

 

農業についてはアランの指示を受けたイーリスから農業政策による生産力改善の要綱が届いている。それに沿って全貴族の領地配分を策定していた。

 

土地が有限である以上、貴族の数を増やせば必要な土地も増大する。祖国奪還を成し遂げたクレリアの国作りとしては、中小の貴族の数を増やして王家を安定させたい。樹海の土地を与える者もあるが、基本は従来の国内の所領再編を行う。

 

王は少数に依存するより、多数に依存する方が安定する。大貴族の意思に振り回される体制より、クレリアに親しむ中小の貴族を多くする方が君臨する王家は盤石となる。しかしそのような体制を実現させる為には、個々の貴族家の収入を増やす観点から、農地あたりの収穫の増大達成が必須であった。

 

「しかし、この見積の数字は正しいのだろうか。」

 

現在の悩み所はそこである。アランやイーリスの力は認めている。街道や鉄道網整備による交通の改革は納得できる。商業の活発化による税収増加もベルタの事例を見ればわかる。水路の灌漑で乾燥地の緑化も成功するだろう。しかし『農業の改革で生産力を増やすので、農地も一部減らします』は政策としてかなり際どい。

 

母国を再征服した形のクレリアは最高の権威を持つ。減った税収を補填するという形なら、諸侯も土地の再分配を一度は受け入れるだろう。しかし収支の計算に無理のある話なら、そうと予め知っておく必要がある。諸侯への話の持っていき方次第で、以降の女王の権威が揺らぎかねないからである。

 

「アランは何やら自信ありげだったが・・・、やはりこの点だけは慎重に進めなばならんな。。」

 

「はい、ここが勘所です。入念に確認する必要がありそうですな。」

 

 

 

 

 

論功行賞を前に農地改革の実態を見たいという事で、俺はリアから詳細の説明を要請されていた。

 

「農作物の増収は本当に大丈夫なの、アラン?」

 

「大丈夫だ。特別に調合した肥料を使う事で農地の地力を回復させるんだよ。草木の灰、魔物の骨を挽いて粉にした物、石炭から工業的に原料も抽出している。」

 

俺は現在取り組んでいる肥料についてリアに説明を行った。窒素、リン酸、カルシウムは化学肥料の三要素だ。

 

リン酸とカルシウムは魔物の骨を粉に挽いて調達した。商業ギルドと冒険者ギルドで邪魔者扱いされて引き取り手のいなかった魔物の骨の意外な活用法の一端という訳だ。

 

粉砕手順の動力に水車を使うが、穀物と混ざると嫌がられるので作業場所は新造して区分してある。窒素は骨にも含まれるがそれだけでは不足気味なので、工業的に石炭から作成したアンモニアから補う。これはいずれ生成元が水と空気に置き換えられる。そこに草木灰からカリを補うと概ね満足のいく化学肥料になる。

 

「これが肥料?」

 

粉末状にした肥料を見せても、リアの反応は芳しくない。リアは元々農業には明るくないらしい。というかスターヴェイクの貴族に農政の専門家はいないようだった。差し出された化学肥料の現物を見てどう評価して良いのか分からない様子だ。

 

「スターヴェイクでも、麦わらを焼いたりして畑の地力を延命していると聞いたが。」

 

「あー、あれね。確かに地域によってはそんな風習があるわね。」

 

「同じ土地で同じ作物を耕作していると地力、作物を育む土地の力が低下するんだ。本来は輪作したり土地を休めたりするのが良いらしいんだが。誰か何かスターヴェイクでの具体例を知らないか。」

 

俺の問いかけに近衛としてリアに従っているケニーが反応した。

 

「ウチの地元では豆と麦を交互に植えますね。」

 

「それは輪作だな。豆と麦はそれぞれ必要な栄養素が違う。順番に作る事でお互いに必要な栄養素を補い合うんだ。」

 

「なるほど、それはパンと肉と魚をバランスよく食事するのが大事みたいな事ね。」

 

「そうだ。人も偏った食事をしていると病気になったりするのと似ているな。」

 

偏食によるビタミン不足は脚気などを引き起こしたりする。スターヴェイクはこれまで食に豊かで多彩な食卓だからかあまり知られていないようだが、為政者としてはその辺りも気をつけないといけないだろう。

 

「民も土地も同じ問題を抱えているというの?」

 

「そうなんだ。長い事同じ土地を畑にしていると生産力が低下する。だから牧草を作ったりして土地を休ませる必要があるんだ。そのままにすると土地の生産力が下がるのは皆知っているんじゃないか?」

 

リアの顔がギクリとしている。農地の連続使用に伴う土地の生産力低下というのは王家には知られている事柄なのだろう。リアの顔色から判断する限り、税を管理する以上は傾向を掴んでいるが、抜本的な対策が難しい以上誤魔化しながら先送りするような秘事という感じだろうか。

 

その為、従来はあまり大っぴらに話される事柄ではなかったようだ。開拓地の収穫が徐々に低下するのは為政者でなければ把握されにくいが、輪作で地力を回復させていたのなら全くの無策ではなくそれなりに延命できていたのだろう。

 

「まぁ今回のように飢饉が発生する事もある。まず不足など天候の問題もあるが、やはり畑の栄養を補うのは大前提だな。」

 

「その問題がこの肥料で解決するなら凄いじゃない、アラン」

 

肥料の凄さに気がついたリアが、ようやく驚きを示した。農薬と化学肥料は為政者の永遠の課題の解決なのだ。これに悩まないのは洪水の多い地域くらいだ。まぁ、そちらはそちらで農政に別の問題があるから仕方がないな。

 

「俺の国ではこのような肥料を使うのが当たり前だったんだ。水田など他の方法もあるらしいが、やはり肥料が一番確実で大勢を養える方法だな。」

 

「アランは農業にも詳しいのに、どうしてアレスでは取り組んでこなかったの?」

 

「アレスの畑は樹海を切り引いて開墾したばかりだったからね。まだ肥料を使う必要がそんなになかったんだ。」

 

肥料についての説明にリアは納得した。その背景には樹海の大遺跡にあった大量の金があれば、今年は失敗しても埋め合わせ出来ると考えているからだろう。

 

だが実際は幾ら資金があっても、この惑星上に物がなければ買う事は出来ない。だから今は国内全域での農業の改革を行い、とにかく産出力を上げて余力を産み出す事が必要だった。

 

軍事行動には食料の安定供給が絶対条件である。今年は豊作にした上で少し高く買い、農家への補填とすると共に遠征の食料と飢饉の備えをしなければならない。だからこそ、今回の農業の改革は絶対に成功させる必要があった。忘れないうちに、農薬についても実用化しておくと万全だろうな。

 

 

 

 

 

そこはスターヴァインの薄汚れた路地だった。破裂音と共にエアバレットの衝撃が建物のドアが吹き飛ばす。ドヤドヤと兵が室内に雪崩れ込んだ。

 

「何者だ!」

 

建物内にいた男達が兵の勢いに怯えながらも虚勢を張る。

 

「護国卿である。手向かいする者は斬り捨てる。」

 

兵を指揮するシャロンは顎で部下の掲げ持つ護国卿の楯を指し示した。

 

「お、俺達が何をしたっていうんだ。」

 

どうせ証拠がないだろう、そう喚く男をシャロンは一睨みで黙らせた。

 

「お前達の調べはついている。違法な食品の取引に人身売買だ。連行しろ。」

 

男達は素早く兵に拘束される。荒事に慣れた兵を特に選抜しているので、この辺りの対応は素早い。調査した兵が地下への扉を発見する。

 

「ここに地下への扉があります。」

 

「開けて。中にいる者は全て外に出しなさい。衣服がない者は、何か身に纏わせてから外に出すように。」

 

敷物の下の引き戸が開くと、据えた匂いがシャロンの鼻に届く。地下に閉じ込められていたのは女子供である。アロイス王国では身を持ち崩した民の人身売買が行われていた。

 

王都奪還が冬だったのが幸いした。冬の間は交通の手段が限られる。この為、食い詰めた民が他国に売り飛ばされずに済んだのである。だがジノヴァッツの一味に連れ去られた民の数は、まだこんなものではないだろう。

 

「囚われていた者は、外の別班に引き渡しなさい。着る物がなければ、この家の毛布でもカーテンでも好きに使っていいわ。護国卿である私の権限で許します。」

 

奪還されたスターヴェイク王都はちょっとした魔窟になっている。スターヴァイン王家が滅亡した後、治安も風紀も大きく乱れた。さらには焦土戦術による難民を無理に収容して、巨大な難民窟が醸成された。焦土戦術自体、民を奴隷化して彼らの本国に連れ去る為の仕掛けだったと疑われる程である。

 

「王都はクレリア女王の庇護下に入りました。皆は、自由になるのです。行き場がない者も安心しなさい。クレリア女王は貴方達を見捨てません。食べる物、眠る場所、耕す田畑、そして当座の生活資金、全て人類スターヴェイク帝国が無償で提供します。貴方達が安心して暮らせる時代が来たのですよ。」

 

焦点の合わない虚な視線、怯えて暮らす閉じ込められた人々にまだシャロンの言葉は届かない。疲労や虚脱状態、『そんなうまい話はない』という諦念で心に染み込んでいかないのだ。

 

「皆、虐げられた者には労りの心を持って接するように。」

 

この所、新たな部下となった元アロイスの兵達にとってセリーナとシャロンの評判は鰻登りであった。兵に必要なのは猛々しさだけではない。恤民は兵が何の為に戦うかを思い出させ、心を取り戻させる効果もある。

 

『おお、さすがセリーナ様と共に護国卿になられたシャロン様は違うな。』

 

『ああ。どうしてこれほど的確に犯罪者達を血祭りにあげていけるのだろうか。』

 

『流石は、“武断のセリーナ様”に並ぶ“謀略のシャロン様”よ』

 

澄まし顔で称賛の言葉を聞き流していたシャロンの顔がピクリと引き攣る。アロイスの兵がシャロンにつけた“謀略”という大仰な渾名は大嫌いなのだ。大体、何もしていないのに“謀略”などと陰険な女呼ばわりするのはいかがなものなのだろう。

 

「では、次は皆でここは取り壊して更地にしましょうか。」

 

シャロンは民を労ったのと同じとびきりの笑顔で、麾下の兵達に重労働を課した。それでもやる気に満ち溢れた兵は、シャロンの指示に喜び勇んで掛け声と共にハンマーを手に破壊活動を開始する。

 

実は“謀略”の二つ名には由来がある。シャロンがアランとクレリアの結婚による恩赦を示唆した事が、今のアロイス諸侯の帰属に繋がっている。それが主にシャロンの“謀略”という評価に繋がっているのだが、シャロン本人はすっかりそんな事は忘れていた。

 

(せめて“聡明なるシャロン”なら、知的な私にピッタリなんだけどなー)

 

 

 

 

 

リアと別れた俺は、士官候補生達を連れてアレスに帰還した。リアは当面はスターヴァインに残留して戦後処理を行う事になる。アリスタさん曰く、会場であるあちらでしか出来ない結婚式の準備もあるらしく『それはそれで都合が宜しいのです』との事だった。

 

俺がアレスに戻ったのは首都を留守にはできないという事情もある。当初はセリーナとシャロンに代理を頼むつもりで彼女達も『やっとゆっくり出来る』と乗り気だったのだ。しかし、旧アロイス諸侯軍を2人を主軸として再編する話がリアの提案で決まった。

 

人類スターヴェイク帝国の軍法に沿って兵を訓練し直すとなると、これは大仕事である。しかし大陸統一の為の準備としては必須と言える。

 

また旧アロイスを巡っては、今後も新たな諍いが生じる可能性もある。セリーナとシャロンをトップに据えておけば、内外の問題は発生しないと安心できた。

 

あの2人に抑えられない部下はいないだろうし、他のどの高官とも顔見知りである。その流れで護国卿にも着任してもらった。護国卿は複数名着任可能であり、今回の叙勲で着任の資格が出来た。指揮権の明確化という点で、これほど分かり易い人事はない。

 

「という訳で、皆、任務達成だ。」

 

俺は士官候補生達を前に、任務達成を寿いだ。セリーナとシャロンの救出作戦に参加した皆は満面の笑顔だった。非参加メンバーは少し白けたような表情をしている。

 

「皆、参加メンバーを称賛してくれ。」

 

残留組の14人から活躍した6名に対するまばらな拍手が起こる。どうもこのクラスは対抗心が強くて上手く混じらないようだな。

 

「報酬は順次引き渡す。直近で叶えられるのはカーヤの邸宅だな。」

 

カーヤの邸宅は見繕っていた。世話をする者も雇っている。大盤振る舞いだが、セリーナとシャロンを救ってくれたのだ。候補生でいる間の費用くらいは安いものだろう。次はルート候補生の番だな。

 

 

 

 

俺はルート候補生の兄をセシリアから呼び出していた。カリファ伯の軍に寄騎として参加した騎兵将校だ。数騎の騎兵を連れて軍に参加すれば、将校の扱いを受ける。これは貴族子弟への優遇措置であり、軍に騎兵を確保する為にも効率的に機能していた。貴族としても一族を連れてそれなりの扱いを受ける方が、歩兵として扱われるより遥かに具合が良い。

 

バールケ侯爵の地位を引き継いだ我が友のフォルカーはよく一族の面倒を見ていたようだ。ルートの兄のクリスティアンもそのような貴族らしい形でカリファ伯の軍に参加したのだろう。ただ、彼は慣れぬ軍隊生活で足を骨折していた。まあセシリオからアレスは汽車が通じている、ここまでの移動にさして困難はなかっただろう。

 

ルート候補生が連れたクリスティアンは知的で細面の貴族然とした青年だった。これは軍の泥臭さとは馴染みにくいだろうな。折れた足はアレス到着次第、ルート候補生がヒールで治療した筈だ。今回、対面の場に同席するのはイーリスとカロットだ。

 

「今日はルート候補生の願いを叶える為に君をここに呼んだ。かけてくれ。」

 

クリスティアンはムッツリと黙り込んだまま会釈をし、椅子に腰掛けた。俺は彼にとって祖父の仇のようなものだし、ルート候補生の願いを叶える褒美の場だ。今は多少の無礼は見過ごそう。

 

「ここまでの旅は快適だったかな。」

 

「はい、閣下。切符のご手配ありがとうございます。」

 

兄と並んで座るルート候補生に促され、クリスティアンが返答する。今回、俺から鉄道を管轄するアデルに直接指示してクリスティアンに一等の切符を回すように手配していた。切符を手配した俺の意図は明白で、アデルは誤解することは無いだろう。仮にクリスティアンが軍に戻っても、今後はもうライスター卿の関係者に足を折られるような手荒い歓迎を受ける事はない筈だ。

 

「君の戦績は目にしている。俺としては別の仕事を君に提示したい。君にしか出来ない事だが、軍人になる道を諦める事はできるかな?」

 

ルートが祈るような目で兄を見ている。軍でクリスティアンが手荒い歓迎を受けたのは、その出自のためだ。

 

バールケ侯爵の系統は、宰相だった頃の恨みも買っている。恨みを持つ筆頭がライスター卿である。今をときめくライスター卿に接近したい者にとって、クリスティアンは格好の標的になる。

 

ライスター卿を軸とするベルタの貴族はバールケ侯爵の嫡孫をよく思ってはいない。そのような連中を相手にクリスティアンが下手な対応をすれば命を失ってもおかしくない。

 

今回は治療可能な片足の骨折くらいで済んで幸運だった筈だが、諍いが長引けば命の危険はあっただろう。ルート候補生が俺に願い出て、人事に介入したのは時宜を得た対応だったと言える。

 

「自分としては軍人として大成する事こそが、祖先の汚名を濯ぐ上で大事と考えております。」

 

ルートは推測し理解しているそのような情勢を、クリスティアンはどこまで理解しているのだろうか。彼の態度は、少し頑なな姿勢に見える。

 

貴族の子弟は軍事経験が重要となる。当主を務める上での前提ともなるし、貴族間の力関係にもつながる。ただクリスティアンはもう貴族家の嫡流ではない。クリスティアンは特に無能ではないのだろう。だが宰相家の嫡流だった頃の追い風が、今は逆賊の血縁としての逆風に変わったのを突き返す程の力強さは無いように見える。

 

彼の立場は功績を上げても士爵になれるかがギリギリである。本来の能力を十全に発揮すれば届くかもしれないが、着任早々に足を折られるような手荒い歓迎を受けるようではそれも難しいだろう。つまり今のままでは、軍人としての大成はあり得ない。

 

例えるならこういう話だ。クリスティアンは軍人として60点くらいに見える。50点で及第点、70点は優秀という環境なら並以上で悪くは無い。彼に家名による名声や声望の後押しがあれば10点加算されて70点はいく。しかし今回のような逆風では10点減点されて50点と及第点ギリギリにしかならない。

 

もし無風だとしても、加算がなく60点のままでも出世は厳しい。その程度の能力なら多少能力が低くても特技のあるスペシャリストが優先される。

 

独自性もなくそれなりの能力しかないジェネラリストなら、彼が自負するほどの成功は難しい。平均して75点あればどうだろう。順調な時で85点、不調な時でも安定して65点。それくらいが軍での出世に必要な能力値だろうと俺は思う。

 

「ふむ、貴族家の当主として返り咲く事に興味はないか。俺の提案に乗れば、いずれ準男爵家くらいにはなれるだろう。」

 

クリスティアンは妹と俺を見比べた。

 

「自分は可愛い妹を差し出してまで、閣下に媚びへつらうつもりはありません。妹が自分で選択した道で幸せになって欲しいと願うばかりです。」

 

「お兄様、それは違います。コリント卿は私ではなくお兄様に関心を持たれたのです。」

 

「何か誤解があるようだが、今回はルート候補生が軍人として困難な救出作戦を成し遂げた事に対する正当な報酬だ。それに直に対面して俺は君に興味が出た。イーリス、彼への提案内容を説明してくれ。」

 

「はい、閣下。」

 

ここはイーリスに説明させよう。彼女は物腰が柔らかいし、俺のようなしがらみもない。

 

「閣下は、クリスティアン殿に新聞社を起されではどうかとお考えなのです。」

 

「はて? 新聞、社とは?」

 

「このような紙にその日のニュースを文字で刷るのです。これを廉価で民に売ります。」

 

イーリスが材質の悪い紙を取り出す。紙としては粗悪な品だが廃材から安く加工できるのだ。

 

「そのような出版行為に価値があるのですか?」

 

「クリスティアン殿も軍に参加されたのでしょう。そこで感じられた事はありませんか?『今どんな戦況になっているかもっと情報が欲しい』と。」

 

「そ、それは確かに。」

 

「我が宰相府が、戦況など最新の情勢を新聞社に伝えます。それを国内の都市で印刷して売るのです。可能であれば毎日。」

 

「なるほど、それならば確かに民に必要とされるかもしれません。しかし廉価とはいえ情報の必要を感じて購入するのは貴族や裕福な商人に限られるのではありますまいか。」

 

「コリント卿は学校で識字率を上げておられます。そして今の民は仕事に不足していません。働いた者は稼ぎ、働けない者も学ぶ機会とやりなおす機会を与えられています。今度はそのような者に『世界が今どうなっているか』『今後は世界がどうなるか』その2点を知らしめる為にこそ、新聞の力が必要となるのです。」

 

『後、もし付け加えるとすると幾ばくかの娯楽も必要でしょうね』と言ってイーリスはクリスティアンに笑いかける。クリスティアンは暫しその顔に見惚れていたようだが、イーリスに問いかけた。

 

「そ、そのような大きな枠組みを、この私が独力で作れるとお思いなのですか?」

 

「樹海はその名の通り木材が豊富です。その中には製紙に転用出来るものもあります。実際、製紙と印刷の工場は既に準備が整いました。雛形もあります。必要な開設資金も提供しましょう。後は、この事業を誰に任せるかだけなのです。」

 

「そこまで用意されているのでしょう。誰でも良い筈だ。それを何故、自分に?」

 

ここからは俺が引き取ろう。

 

「その出自故だ、クリスティアン・バールケ。バールケの名を受け継ぐ君の活躍は2つの意味を持つ。一つは敵対した一族の者であっても、人類スターヴェイク帝国は活躍させる意思があると内外に示せるという事。」

 

クリスティアンの顔を赤みがさす。それは怒りだろうか、或いは仇に情けをかけられた恥辱?しかし俺がバールケを敵とした事と同様に、彼の家も俺を敵とした過去は消せない。だからこそ、我々は共に新しい関係を築く必要がある。

 

「もう一つは内容の保証だ。俺に好意的でない、むしろ批判的な立場の者が書く記事を読み手は評価するだろう。体制に従ってはいても、どこかに牙を隠し持っていると思う方が読んでいて興がのるはずだ。」

 

「それならば、確かに自分こそが選ばれた理由は納得できます」

 

よし、クリスティアンは俺の意図を理解しているようだ。この話を理解できるなら、任せられそうだ。

 

「俺はバールケの名を我が敵として利用する。君も俺が提供するこの機会を利用したまえ。敵とはいえ、今後は論敵という扱いになるな。つまり命のやり取りは無しだ。職務に忠実である限り、君の社に我が庇護を与えよう。そして新聞が民にとって欠かす事の出来ない存在になれば、いずれ君を叙勲すると約する。」

 

兄に向けられた俺の言葉にルート候補生が頷いている。事前に確認した限り、『貴族家当主以外では兄の関心を持ちそうな役目です』と保証していた。この道についても、功績を上げればいずれ貴族家当主にすると約束するのだ。説得できる見込みはあるだろう。

 

「まだクリスティアン殿は想像できないかもしれませんが、新聞に書かれたことを読み手は概ね事実として受け止めます。だから高い倫理性が要求されますし、職業的な禁止事項も存在します。」

 

俺の投げかけをイーリスが補足する。クリスティアンの考えをまとめる時間を与えているのだ。俺もそれに倣おう。

 

「イーリスが必要な知識を授けてくれる筈だ。新聞の開設は政策の中でも重視している。学校の無償化で識字率は向上しているし、過去の戦争の実際を知りたいという民の意思も根強い。当面は過去一年間の軍の活躍を掘り下げてくれ。そうする事で、軍から君に対する風当たりも和らぐ筈だ。」

 

実際はアベルにクリスティアンが俺の庇護下にあると知らせた時点で、軍での活動についてもある程度の安全は確保できている筈だ。だが、それはこの場で伝えなくても良いだろう。逆風を克服する為には、何か名をなす行為が彼にとって必要なプロセスなのだ。

 

クリスティアンが突如身を起こし、席を立つとガバッと俺の足元に跪いた。

 

「閣下、このような大役をお命じくださりありがとうございます。我が祖父の名に賭けて、この事業を成功させます。」

 

俺は彼の腕を掴み、クリスティアンを立たせた。

 

「そうか、引き受けてくれるようで良かった、当面の赤字は覚悟している。ただ、新聞を利用しようとする勢力も出る筈だ。そこの見極めは慎重にな。まずは事実をありのままに伝える事に専念してくれ。軍事上の秘密はあるので全てを暴露する訳にはいかないが。また、独自の意見を持つのは構わないが、両論併記の原則はイーリスに教わってくれ。」

 

「ありがとうございます、閣下。妹との事、悩んでおりましたがどうか心からの祝福をお受け取りください。どうぞ妹の事もよろしくお願いします。」

 

何かルート候補生については勘違いしたままのようだが、新聞についてクリスティアンがやる気になったのなら今はそれでいいだろう。後はイーリスに委ねよう。




Ⅲ部の最初の4話(51話から54話)は毎週月曜に前倒しで公開します。
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