【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる) 作:高坂 源五郎
Ⅲ 統一戦記 52話 【開幕編】 外交戦
クレリア女王をはじめとして主だったメンバーは現在スターヴァインに滞在している。しかしながら人類スターヴェイク帝国の首都はアレスであり、他国の使節もアレスを訪れる事になる。
アレスは現在ニ組の賓客を迎えていた。かたや教皇圏の守護者を自負するイリリカ王国の特使、かたや宗教勢力の打破を掲げるザイリンク帝国の特使である。共に列強と称される国の正使が、相前後してアレス入りしていた。
(イーリス、彼らはわざわざクレリア女王がいないタイミングを狙ってここアレスに来ていると思うか?)
(ええ、彼らは意図してコリント卿とだけ交渉に来ているのでしょう。クレリア女王不在の間に交渉を進め、2人の間に不信の芽を蒔く意図もあるかもしれません)
なるほど、そういう感じか。
(彼らとは俺とカロットで話す。会談内容についてイーリスのモニターは許可するが、まだイーリスの存在を対外的に知らせないようにしよう。)
(了解しました。)
いずれにせよ、大陸統一についての主導権は俺にある。それぞれ応接室で対面の場を設けよう。
まずは、クレリア女王の不在を知らせた上で、イリリカ王国の使節と会う事にした。事前の細かいやり取りは侍従に任せてしまっていいな。
カロットを引き連れた俺が応接室に入室すると、使節団の使節の2名があわてて立ち上がった。
「人類スターヴェイク帝国の総司令たるコリント卿閣下です。」
それぞれの着座を促した後にカロットが切り出した。カロットはスターヴェイクの近衛の中では唯一、男爵への叙勲を逃した。今回の論功行賞で士爵となっている。帰参の時期もあるが、主だった戦闘に参加できていない。だからリアから借り受けて、離脱したアダーに代わるオレの副官役に任命している。
「お初にお目にかかります。イリリカ王国より参りました正使のパロリオン卿です。こちらは副使のバルスペロウにございます。」
「コリント卿だ。両君のご来訪を歓迎する。」
俺は使節に着座を促し、カロットと共に座り込んだ。
「こちらが教皇猊下からの信書となります」
イリリカ王国は、彼らが擁立する教皇の信書を前面に出してきた。受け取って中を一読する。教皇からの手紙を受け取る際の作法に、相手のアトラス教会への尊崇度を測る意図があると教えられていた。
彼方からは無造作に渡される紙を推し頂くようにするのが正しい作法らしい。俺の披露した作法をパロリオン卿は満足そうに眺めていた。翻訳すると、『教皇を通じてこちらの言うことを聞かせられそうだぞ』という感じだろうか。
「ふむ」
一読し、注意を与えた上で隣に立つカロットに手渡す事にする。
「教皇猊下の信書だ。両手で謹んで受け取るように。」
カロットも驚きながらも内容を一読した。この場のカロットはリアの代理人という側面がある。手紙の内容を共有した上で、使節とのやり取りを聞かせるのが正しい対応だろう。
リアと俺の間には確固たる信頼関係がある。だからこそ、些細な事で躓かせてはならない。
「パロリオン卿、教皇猊下は我らに何をお求めなのでしょうか。」
外交的な修辞に満ちた教皇の手紙は要約すると『イリリカ王国の使節の頼みを聞いて欲しい』だ。結局の所、相手の立場を説明する文書でしかない。本題は、相手に聞かなければわからないのだ。
「はい。ザイリンク帝国の事です。彼らの宗教に対する不寛容は容認し難いものがあります。我らイリリカ王国が恐れ多くも教皇猊下の御身を庇護し奉るのは、全て猊下をザイリンク帝国の手からお守りする為なのです。」
確認するべき奇妙な点が二つある。イリリカ“王国”である以上、本来は彼らは国王の使者でなければならないと言う事。
もう一つは教皇の信書の中に“聖戦”と言う単語がある事だ。仕掛けようとしているのがイリリカ王国側の可能性もありそうだった。人類銀河帝国の常識では、戦争は仕掛けた側に問題がある。この惑星では特に大義名分の建て方が重視される。その点は警戒すべきだろう。
ベルタは宰相の派閥が樹海に侵攻したのが始まりだった。セシリオとアロイスは同盟を組んでセシリオから侵攻して来た。ウルズラの解放問題で拗れたとは言え、先に仕掛けたのはセシリオ側だった。アロイスもスターヴァイン王家に対するクーデターを仕掛けて来ている。
「聖戦とありますが、イリリカ王国側がザイリンク帝国に攻め込まれるのでしょうか?」
「いえ、ザイリンク帝国が我らに兵を向けます。その確かな兆しがあるのです。」
パロリオン卿はそう明言した。今の我々はイリリカ王国にもザイリンク帝国にも恨みはない。
厳密にはアロイス王国から逃げ去ったジノヴァッツの本国がそのいずれかの可能性が高く、俺としては特定したと考えるその相手に報復をする必要がある。また大陸統一の立場に立てば、どちらもいずれ征服する対象だ。
ただ俺がクレリア女王との結婚を控えているのは周知の事実だ。あちらもそれを祝福する体裁で来つつ、連携の可能性を探りに来ているのだろう。
「では、ザイリンク帝国が侵攻して来た際の援軍を我らに求められているのでしょうか?」
「閣下、我らイリリカ王国は教皇猊下の守護について万全を期しております。ザイリンク帝国が押し寄せても守る自信はございます。過去に幾度も撃退してまいりました。」
そこでパロリオン卿は言葉を繋いだ。
「今回は両国の友好を深めると共に、ザイリンク帝国が侵略して来た際は我らの側に立って頂きたいのです。有り体に言えば、味方ないし好意的中立を守っていただきたい。」
「なるほど。そちらがこちらの協力を得る代わりの見返りについてはどうお考えですか?」
突っ込んだ質問だったが、ただ働きは問題だった。迂闊な約束をして終えばそれに縛られる。どちらの陣営に与するとも決まってない以上、報酬面は確認する必要がある。報酬というより、実際は費用負担になるだろう。
「その点ですが、アトラス教会の信徒からの感謝の念が報酬になります。」
ふむ、ただ働き確定か。俺の感覚ではこれは話にならない。軍の展開には金が必要である。人類スターヴェイク帝国が豊かとは言え、そのような対応には問題がある。
「では、必要になったらこちらも検討致しましょう。」
俺はあからさまに興味のない素振りをしてしまったのだろう。パロリオン卿が慌てた様子で付け足す。
「クレリア女王陛下も、教皇猊下の臨席による婚姻をお望みではありますまいか。」
これで2つの疑問は概ねハッキリしたようだ。イリリカ王国としては教皇によるクレリア女王の結婚式参加を決め球にしている。その上でザイリンク帝国の侵攻に人類スターヴェイク帝国を巻き込む意図か。ザイリンク帝国側の内容も聞いた上で判断する必要があるな。
「戦争に関しては、人類スターヴェイク帝国ではこの私に決定権があります。しかし、」
俺はそこで言葉を区切った。
「流石にクレリア女王の結婚式への教皇猊下臨席の話が絡むと、私だけで決定する事は出来ませんね。決定にはしばしお時間を頂けますか。」
冗談めかして言ってみたが、使節達は俺の返答に驚いたようだった。恐らく彼らは俺に決定権があると知らなかったのだろう。
『女王の意図を確認した上で、数日以内にご返答します』という俺の返答を彼らは喜んで受け入れた。
「では、次はこちらをお読みください。」
パロリオン卿は慌ててもう1通の信書を出してきた。俺は先程よりやや軽く、それでも礼法に沿って書状を受け取り一読する。そして読み終えると無言でカロットに手渡した。
「イリリカ王国のセルプス国王陛下からの信書となります。商取引を通じて両国の関係を強化したい。教皇猊下を尊崇する我らが緊密に連携する事は、ザイリンク帝国に対する最大の抑止となりましょう。」
「なるほど、貴国は魔石をご希望ですか。しかしこれだけの魔石は、お国に運ぶだけでも一仕事になりましょう。」
「その点はご安心ください。商業ギルドの手形決済を使います。」
副使のバルスペロウが口を出す。
「ほう、それはどう言う事になるのでしょう?」
「商業ギルドは送金システムを備えておりますが、これは手数料を取る代わりに距離の離れた商業ギルドから金を引き出せます。あまり知られておりませんが、これは魔石についても適用されるのです。」
「なるほど、アレスで納品した魔石をイリリカ王国で引き出せるのですか。」
この話が示唆しているのは、既にイリリカ王国への魔石の輸送経路が確立していると言う事だろう。魔石は宙を浮かんで運ばれる訳ではない。必ず人の手を介在する必要がある。である以上最大の産地である樹海から消費地までの輸送経路は確立されている筈なのだ。つまり冒険者ギルドが買い取る魔石の少なくない量が、イリリカ王国に輸送されていると考えていい。
「必要な数量は、グレイハウンド以上の魔石で100万個ですか。」
グレイハウンドの魔石の買取価格はガンツだと300ギニーである。単純計算で3億ギニーだ。白金貨だと300枚か。
「そちらの商業ギルドに100万個もの在庫があるものなんですね」
「ええ、まあ。」
パロリオン卿の視線が泳ぐ。実際のところ、樹海の大遺跡を押さえた今はこれくらいの魔石の産出は問題ない。
一般的な町のギルドで、冒険者がギルドにもたらす魔石算出分は月辺りにすると数千単位だ。国単位でも数万個だろう。そこからこの要求量は考えると法外に多い。
しかしアレスは樹海の都市である。冒険者の数が段違いだ。鉄道や都市周辺に出没する魔物の駆除分だけでも遥かに多い。そして今はスタンピードの後だ、政府の倉庫を開かなくてもアレスに流通している分だけで足りるだろう。
「アレスの商業ギルド長に話を通しておきましょう。必要な数量は確保できるように請け負いますよ。」
「いえ、魔石を購入する許可を頂き大変ありがたいのですが、我々としては市場に出ている分に加えて閣下の取り分からお渡しした書状の量をお譲り頂きたいのです。」
なるほど、必要な量が市場にあるかはリサーチ済みということか。スタンピードの成果で、ギルドに回すより多くの魔石を引き取っている。それに加えてイーリスがアレスを建造した際に駆除した魔物の魔石もある。
「失礼ですが、用途をお伺いしても?」
「では私からご説明しましょう。」
そう言ったのは副使のパルスペロウだった。
「我が国では魔石を動力源として用いています。」
彼は技術が専門らしい。
「我が国の首都は面積の割に人口が多い為、高層建築を基準としております。」
「ほう、高層建築ですか。それは是非見てみたいものですね。」
際どい話題だからか、バルスペロウはこちらの誘いを無視する。或いは単なる技術屋なのかもしれない。
「高層建築に住むのは最高ですが、2つ課題がありまして。階段で暮らせるのは精々3階建位までなのですよ。老人や女子供には厳しい。その為の昇降機に魔石を用いています。」
「昇降機というと、それは鉱山で用いられるような?」
「まさにそれです。また水を最上階に汲み上げる必要もある。これらは日々の暮らしに不可欠なものですからな、魔石はいくつあっても足りません。」
彼の説明は理に適っている。目的がハッキリした以上、後は価格の交渉だろう。
「では、政府で保管している分をお譲りしましょう。数は300万個。特別に15億ギニーでいかがでしょうか?白金貨だとちょうど1500枚です。今お支払い頂ければ、それだけすぐにお渡しできますよ。あ、無論魔石は未精製のものです。必要に応じてそちらでカットはして頂く形になるでしょうね。」
彼らは顔を見合わせた。
「それは願ってもないお話ですが、いささか予算を超えております。本国に相談しませんと。」
「いずれにせよ物納と言いましょうか、交易という形にして頂けないでしょうか。」
口々にそういう。
「ならばミスリルの製品と交換でいかがでしょうか。貴国は確か優れた魔法剣やミスリルの鎧の製造で知られていたかと思いますが。」
「ふむ、構いませんが。数量はどれほどをご希望でしょう?」
販売価格同士の交渉と考えよう。ミスリルの鎧と魔法剣をセットで52万ギニーが俺の知る相場だ。実際はもう少し安いだろう。大量調達するし40万ギニー程度にならないだろうか。
グレイハウンドの魔石の買取は400ギニーである。今回は500ギニーで売る想定にしてある。恐らくギルドより買うよりは安い筈だ。そこは友好の印とでも言えばいいだろう。
「ではグレイハウンドの魔石300万個を魔法剣とミスリル鎧のセットを4,000組と交換でいかがでしょうか?」
ミスリルの鎧と剣の利幅は大きいと見た。ここはキリが良くなるように少し上乗せしてみよう。
「ふむ、コリント卿は取引がお上手ですな。では、それで手を打ちましょう。」
なんだ、あっさりと決まったな。もう少し吹っ掛けても良かったか。いずれにせよ魔石は倉庫の中に山と積まれている。それに金貨の持ち出しは無しだ。
俺はイリリカ王国の代表と正式に合意した。政治の話としては、紛争に介入するかは保留である。しかし経済の話としては、互いの特産品を交換する条件で合意した。互いに商取引に魅力を感じている限り、無用な手出しはし合わない事になる。
宗教も絡む以上、初手で敵対関係は取りにくい相手だ。軍の強化に費やす時間の為にも、まずまず妥当な着地点だろう。
「実に鮮やかな交渉のお手並みでしたな。」
会談を終えたパロリオン卿にバルスペロウが囁いた。
「我らの持ち出しがゼロと知ると、コリント卿も驚愕するでしょう。」
イリリカ王国には国宝と言えるアーティファクトがある。それは長櫃の形状をしており、中に収めた品の精巧な複製品を作成する。グレイハウンドの魔石を10個消費すれば、複製品は完成する。
「剣と鎧をそれぞれ4,000個の複製で消費する魔石は8万個か。それで300万個の魔石が手に入るのだ。ボロ儲けだな。」
イリリカ王国にとって実に37.5倍の利益を生む取引だった。
「しかもコリント卿はこれで当面は我らに手出し致しますまい。製品もあまり安く売れば値崩れしますし妥当な値段でしたな。敵の魔石の在庫を減らす上でも策に効果あったという訳です。」
タネンに代わる新たな側近を得て以来、ジノヴァッツの策は冴えている。アダーという名の男が把握している敵の詳細な情報を知る事で、その盲点をつく意図が功を奏しているのだ。
「急ぎ本国に知らせよう。納品は魔石と交換だ。まずは正しく履行して、最初の100万個の魔石をせしめよう。当面はそれで事足りる。」
ザイリンク帝国の使者は副使を伴わず、1人で来た。但し傍に女性を伴っていた。高位貴族らしくベール姿のその女性は、俺の前に出るまで素顔を晒そうとしなかった。
侍従からその話は聞いていたものの、挨拶の口上もそこそこにベールを持ち上げて顔を晒したその女性の姿に俺は驚いた。
「リア!?」
実際はリアよりも年下で、雰囲気も少し異なる。しかし面差しはよく似ていた。始めて出会った時に見た雰囲気を彷彿とさせる。注意深く観察すれば幼さもある。カロットも驚いている。この顔の相似はけして俺の思い違いではない筈だ。
「この娘はザイリンク帝国からの友好の印として閣下に献上致します。閣下であれば、彼女の価値はお分かり頂けるかと。」
「・・・彼女は、クレリア女王の親族であったりするのだろうか。」
スターヴァイン王家に連なる者を拐かしたとなれば、否応なく即時開戦もあり得る。そこには俺の思惑が挟まる余地はない。それに彼女は、どう見てもリアと他人とは思えない。クローンによる複製体を想起させる程に、彼女はリアと瓜二つの顔立ちだ。
だが幸いなことにミクローシュ将軍を名乗る使者は、俺のこの問いかけを否定した。
「いいえ。こちらに家系図がありますが、スターヴァイン王家との繋がりは確認できませんでした。彼女は祖国をザイリンク帝国に吸収された、とある亡国の貴族の娘でコンスタンスと申します。生まれが貴族である事、生娘である事は保証致します。それ以外は、偶然に我らに見出されただけの存在にすぎません。」
差し出された家系図を手早く確認する。家系図に記された苗字を見る限り、スターヴァイン王家との繋がりはなさそうだ。しかし、この相似は単なる偶然とは考えにくい。
「・・・失礼した、それで使者の御用向きは。」
「ザイリンク帝国としては、貴国と軍事協調ないしは不戦を申し込みたいのです。」
「と、いうと?」
「閣下の元をイリリカ王国の使者が訪れた事は承知しております。何を話されたかも概ね見当がついていると申し上げて良いでしょう。」
「俺としてはまだイリリカ王国の申し入れについて検討中とだけ申し上げておこう。魔石の輸出取引は行うが、これは純粋に商売としてのことだ。」
「私は軍人です。失礼ながら閣下もそうでしょう。ここは正直に存念を申し上げても?」
「構わない。」
「イリリカ王国はこの大陸を蝕むがん細胞です。我々ザイリンク帝国としては、対イリリカ王国を想定した共同戦線を提案致します。共に手を携え、イリリカ王国を東西から滅ぼそうではないですか。」
検討する価値はありそうな話だった。けしてクレリアに似た女性の容姿に心惹かれたからではない。そこで俺は大胆に切り込んでみた。
「もし,俺が大陸を統一したいと言ったら?」
「その時は、イリリカ王国を片付けた後に両国が雌雄を決すれば宜しいでしょう。しかしその点についても、我が皇帝陛下より提案があります。」
ミクローシュ将軍は信書を差し出した。この仰々しい紋章は、これがザイリンク帝室の紋章か?
「・・・ザイリンク帝国を唯一の帝室と認めさえすれば、大陸の半分の支配を認めるとあるが。」
カロットにぞんざいに親書を渡しながら俺は使者に真意を問うた。
「そこにある通りです。人類スターヴェイク帝国とザイリンク帝国はとても良く似ています。我らが大陸を支配すれば、不可能はありますまい。」
「ふむ」
俺は考え込んだ。イリリカ王国にしろ、ザイリンク帝国にしろ倒すべき目標である。今ここで外交的にはどちらも人類スターヴェイク帝国を取り込みに来た。どうするべきだろうか。
「断る。貴国に大陸の半分を約束する力があると思えないからだ。」
「では、我々のどちらかがイリリカ王国を倒すまでの不戦では?」
「それも無理だな。何年かかるか分からない。」
「それでは、一年に限定した不戦ではいかがでしょう?」
会話の展開が早い。断られる事を前提に話を組み立ててきているのだろう。つまりこの一年間の不戦と言う条件は、ザイリンク帝国の本音に近いのだろう。
俺は素早く計算した。そもそもザイリンク帝国と国境を接してはいない。また一年程度はこちらから仕掛けずに国力の回復に専念する事を織り込んでいた。
先に会談したイリリカ王国の求めも『好意的中立の維持』である。イリリカ王国との商取引を継続すれば、ザイリンク帝国との一年の不戦の要件は満たせる。どちらとも開戦する必要はない以上、それぞれと約束を交わしても矛盾しない。
「了解した。ザイリンク帝国とは一年間の休戦を結ぼう。その間は、イリリカ王国とザイリンク帝国との戦争にも軍事干渉しない。それでどうだ。」
「結構です。最も、イリリカ王国相手に参戦頂いてもこちらは一向に構いませんが。」
「教皇を戴くアトラス教会との関係もある。何の大義名分もなく攻める事はしないさ。」
「大義名分なら、既にお持ちなのではないですか?」
この使節はグイグイくるな。俺はイーリスを通じた状況分析から、ジノヴァッツの本国はイリリカ王国でほぼ間違いないとの報告を受けていた。
彼らは言葉遣いが独特なのだ。例えば『本国』という言い回し一つにしても、他の国の使節は使用しない。他にも特定に至った明白な証拠はあるが、リアに証拠を開示してイリリカ王国相手に開戦に至るのは時期尚早と見ていた。
“スターヴェイク王国転覆を企んだ黒幕がイリリカ王国であった”というのは、政治的すぎる案件なのだ。
教皇という宗教権威が絡むだけに対処法を間違えると、こちらが火傷しかねない。自分たちの悪行を隠して、澄まし顔で挨拶にくるイリリカ王国に対しては俺は根深い不信感がある。
教皇を擁立した陰に隠れて、陰謀を為す性根とは肌が合わないのだろう。そういう意味でも軍人らしいザイリンク帝国の提案の方が俺としては好ましい。
「大義名分が何の事か分からないな。ともあれ、これで話は決まりだな。」
俺は握手を求めた。ミクローシュ将軍はやや怪訝そうな表情を浮かべながらも、コリント式の挨拶について事前に把握していたのだろう。握手を返す。
「で、彼女についてはどうなる?」
「友好の印です。閣下のご随意になさってください。正式にザイリンク帝国を盟主とお認めくださるなら、同様の女性をあと100人でもご用意しますが。」
冗談めかしているが誘いをかけられる。俺は女好きと判断されたようだ。ザイリンク帝国は軍事国家と考えていたが、こういう交渉も得意なようだ。交渉相手の好みを抑えるというのは、ある種の普遍的な交渉術なのだろう。
「それはやめておこう。ただ彼女はこちらで保護したい。我が婚約者と同じ顔の女性が不幸になる可能性は排除したいからな。クレリア女王の元に送る。・・・君の事は悪いようにはしない筈だ。」
最後の言葉はコンスタンス自身に向けた内容である。彼女も、自身に似た顔立ちの女性が人類スターヴェイク帝国の女王という事実に驚くだろう。
「では、そのように。一年の不戦はくれぐれもお願い致します。それだけあれば、我らザイリンク帝国は総力を上げてイリリカ王国を叩き潰すことができます。」
「イリリカ王国を相手に油断はしない事だ。諸君らと戦場で相見える日を楽しみにしている。」
「それはこちらも同じ気持ちです。イリリカ王国との戦いで、閣下と肩を並べて戦えないのだけは残念でなりませんが。」
俺はミクローシュ将軍を通じてザイリンク帝国に僅かながら好感を持った。彼がいう通り、大陸統一という目標を掲げている点では人類スターヴェイク帝国と極めてよく似ている。
だが人類スターヴェイク帝国はザイリンク帝国ほどの悪名はない。それは主にスターヴァイン王家の復興という大義名分が影響している。実際、まだ王家にせよ貴族家にせよ、温存を心がけ族滅という行為は行わずに来ている。取り潰した国賊ロイス卿の関係者でさえ、それ以上の手出しはしていない。
ただ大陸統一は綺麗事ではない。汚名を恐れず突き進むザイリンク帝国は、教皇の陰に隠れるイリリカ王国よりは遥かに軍人としての俺の嗜好に合うのだ。けしてリアによく似た容姿の女性を贈られたから判断が歪んだという訳ではない。
会談後、コンスタンスと名乗る女性を任せる為にカロットにテリス子爵夫人を呼びにやらせた。
テリス子爵夫人は、本当ならとうの昔にスターヴァイン入りしていなければならない筈の立場である。だが彼女はなんだかんだ理由をつけて、スターヴァインに行きたがらない。
彼女はスターヴァイン王家の滅ぶ王宮にいた人物だ。アロイスに良い想いがあるはずが無く、その点から『スターヴァインに無理に行かずとも良い』とリアはテリス子爵婦人には寛容に接していた。
「・・・というわけだ。俺としてはクレリア女王の縁者と感じざるを得ない程に似通った女性と遭遇した。この為に、彼女の保護の必要を感じでザイリンク帝国と一年間の不戦を決めた。同席したカロットもリアに似ていると感じた筈だ。」
俺の言葉にカロットも頷く。俺が語る間、驚きを持ってマジマジとコンスタンスの容姿を観察していたテリス子爵夫人が口を開いた。
「閣下のお気持ちは分かります。私がこの方を化粧し、同じ衣装を整えればまず女王陛下と見分けがつかないでしょう。」
良かった、テリス子爵夫人も俺と同じ見立てのようだ。
「リアとこれだけ似ているんだ。悪意を持った活用法は幾らでも思いつく。しかしザイリンク帝国がそうしなかった以上、こちらとの不戦を望む意図は本物と考えている。」
人類スターヴェイク帝国もアロイスとセシリオの2カ国を同時に相手取るのはそれなりに苦労した。列強の2カ国を相手に戦争するのは、どの国も得策ではないと判断しているのだろう。いわば3すくみの状況である。人類スターヴェイクが後回しになるのは、表向きはこれまでの悪い行きがかりが無いからだろう。
「外交の詳細は交渉の場に同席したカロットが承知している。しかしクレリア女王に似ている女性をスターヴァインまで連れて行くとなると女性の助けがいる。テリス子爵夫人にスターヴァイン迄の付き添いを頼めないだろうか?」
「はい、この件は是非私にお任せください。クレリア女王陛下には私よりよくよくご説明致します。」
「よろしく頼む、流石に他人と思えないほどに似ていたからだと伝えて欲しい。」
「コリント卿がリア様を思われている点は、特に入念にご説明致しますわ。」
テリス子爵夫人がスターヴァインに行きたがらない問題も含めて、何故か上手く解決がついたようだ。今回の俺の外交対応では、『コリント卿は女欲しさにザイリンク帝国と不戦を承知した』と陰口を叩かれかねない。
実際、それはそうなのだ。そしてその女性がクレリア女王に似ているからという理由はなかなか明かしづらい。もし、明かしたとしても額面通り信じられる話でもない。結局、俺に貼られた『女で転ぶ男』という評価は、中々覆せないということになる。
しかし、コンスタンスの存在は大遺跡との関連が無いかも気になるな。調査を頼んだイーリスの意見を確認しておこう。
(それでイーリス、コンスタンスはリアのクローンなのだろうか?)
(いいえ、家系図通りの関係性で間違いないでしょう。彼女は遺伝子的には他人の空似です。スターヴァイン王家の一員とは認められないでしょう。ただ、ミトコンドリアや遺伝子の相似から共通する祖先を持つ点は間違いありません。)
(まさか大遺跡の主の女神の系統というのか?)
(はい。扉に登録されたデータを参照しました。実際に扉の開閉を確認するまでもなく、彼女は大遺跡の操作が可能な筈です)
俺は考え込んだ。リアと似ているアマド公爵の例もある。どうもこの女神の血統は、女神とよく似た容姿を後世に伝えるものらしい。むしろ千年単位遡るなら、子孫が大勢いても不思議では無いだろう。大遺跡が操作可能な人物もそれだけ増えるわけだ。
(アレスを発つ前にコンスタンスからヒアリングしておいてくれ。俺が動くと誤解を招きやすいから、コンスタンスとはもう対面しないつもりだ。)
(はい、それが宜しいでしょう。ところで艦長はお気づきではないのですか?)
(それは何の事だろう?)
(テリス子爵夫人とカロットは恋仲だと。実の所、テリス子爵夫人はカロットと離れ難いのでスターヴァインに足が向かないのです。)
(何だって?)
カロットは美形だ。女性陣の引く手数多だろう。何でテリス子爵夫人と?テリス子爵夫人はカロットよりだいぶ年上に見える。
(・・・テリス子爵夫人はカロットよりだいぶ年上に見えるが。)
(10歳も年上ではありませんよ。相思相愛のようですし、お似合いの2人ではないですか。私は見ていてすぐ気がつきました。カロットと2人で旅行に出る今回の機会を、彼女は逃せなかったのです。)
ふむ。それならばこうしよう。
(コンスタンスも連れていくとなるとワイバーンには乗り切らないな。ドラゴン達も樹海の見回りで忙しい。今回の移動には汽車を使ってもらう方がいいな)
(はい、その通りです)
(イーリスの方で合理的なルートを選定してくれ。行程は不自然でなければ長くて構わない。まだコンスタンスに無理をさせない方が良いだろう。休み休み行かせるとしよう。但し1週間を超えるのは長すぎだ。そこは弁えてくれよ。)
(腕によりをかけて、移動計画を策定しますわ)
一旦これで片付いたな。しかしテリス子爵夫人がカロットの想い人ねぇ。カロットの趣味は実に意外だったな。
「閣下、お呼びですか。」
俺はカトルを呼び出していた。
「カトル、遂に大仕事を任せる日が来たぞ。」
イリリカ王国とザイリンク帝国の双方と短期ながら手打ちとなった今、列強の息のかからない小規模な国はどんどんこちらの味方につけていきたい。
「カトルには人類スターヴェイク帝国の魅力を喧伝してもらうつもりだ。」
「なるほど。そのお役目お任せくださいアラン様。」
いい返事だ。これなら安心して任せられるな。
「ベルタ、セシリオ以西の国は全て任せよう。」
「え?何ですって、10カ国以上はありますよ!?」
「大丈夫だ、人はつける。兵もベルタ選りすぐりの精兵を2万つけようじゃないか。補給の専門家も副官として手配する。」
カトルもこれが軍事作戦の一環と気がついたようだ。
「アラン様、私は軍事活動の経験などないのですが。」
「大丈夫だ、カトルはバルテン子爵とプレル子爵に軍の進退を委ねればいいさ。」
イリリカ王国もザイリンク帝国も人類スターヴェイク帝国より東に位置する。セシリオ、スターヴェイク、アラム聖国の関係は大体北から南に大陸を分断している。それより西の国々は手付かずと言っていい。1年間は列強とは不干渉なのだ。つまり他の国は我々に攻められても、他の列強を頼る事は出来ない。
「軍事侵攻ではないぞ。あくまで平和的に人類スターヴェイク帝国入りを打診するんだ。だからこそのカトル起用だ。軍人がトップじゃない方が相手も安心するだろう?」
カトルはどこからどう見ても若造の商人といった雰囲気でしかない。そんな彼をセールスマンにして、人類スターヴェイク帝国への参加を売り込む。
「ではなぜ兵隊が2万も必要なのでしょうか?」
「カトルの護衛の為、そして必要があれば抵抗勢力を排除する為だ。」
俺の計画はこうだ。各国には人類スターヴェイク帝国を盟主と認めてもらう。取り決めはいくつかあるが、軍事的な進退を共にし、共通の法を守り、自由貿易を行い、人の移動は制限しないというのが大枠になる。
大陸が列強の草刈り場と化した以上、人類スターヴェイク帝国の盟約に平和的な形で加入を促す。
「カトルは『貴国がこの盟約を断ってもすぐに軍事的に攻められる事はないが、経済的に大陸から孤立しかねない』とそう説明する役割だ。」
「あ、なるほど。それならまさに適任ですね。」
人類スターヴェイク帝国の進める交易の拡大は、高速な輸送路を主軸に各地の生産品を特化してグローバルな経済網を構築することを主眼としている。
より多くの国を巻き込む事で、大陸全体の経済が大きく成長する。それを可能にするのが水陸両面の輸送路構築となる。各国から人類スターヴェイクに税を支払う必要はない。資源と市場を流通させ、こちらの主導で人類圏を発展させれば良いのだ。
「輸送用のインフラで人類スターヴェイク帝国が支援をする。地元の民を雇用して鉄道や街道を整備しよう。それを軸に各国は国内のインフラを整備すればいい。」
「盟約入りしなければ、そのような厚遇はなしですね。」
「そうだ。同じ法で守られる巨大な経済圏を構築するメリットをカトルが語るんだ。アレスで見たものを伝えてくれればそれでいい。計画の叩き台はイーリスに用意させる。」
「それは面白そうですね。確かに各地の特産品と需要を把握する点でも自分が閣下のお役に立てる筈です。」
お、いい視点だ。カトルものってきたな。
「どの国も反対勢力は少なからずいる筈だ。基本は国王に信書を送って訪問の許可を得た上で派遣する形となる。だから大きな支障はない筈だが、国王の権威に楯突いてでも反抗する貴族も出る筈だ。」
「ああ、どの国にも全体的な状況が見えない輩はいるでしょうね。」
「そうなった時に、その国王の依頼で軍を使うんだ。あくまでその地の国王の権威を盾に、だ。」
「なるほど!」
列強は人類スターヴェイク帝国との全面対決を回避した。ならばこの期間を利用して、人類スターヴェイク帝国の勢力圏がどこまで広がるか試してみようじゃないか。
スターヴァイン王宮に到着したテリス子爵夫人は装束を整えると、クレリアによく似た容姿のコンスタンスを引き連れてクレリア居室の前に立った。念の為、コンスタンスの顔はベールで覆わせている。最後の注意を与えた。
「女王陛下には許されるまで直答してはなりません。後は道中確認した通りにすれば、貴方なら問題ないはずです。」
「はい、分かりました。テリス子爵夫人」
短く言葉を交わすと、クレリアの居室のドアをノックした。
「ご無沙汰しております、陛下。」
「テリス子爵夫人ではないか、待ちかねたぞ。」
クレリアの許可を得て居室の中に入る。本日の到着は手紙という形で女王に予告している。
これは側近の到着という私的な役目だけではなく、『コリント卿からの使者』という側面を今のテリス子爵夫人が担っている為である。
「積もる話があるな。」
「はい。ですがまずはコリント卿より託されたお役目がございます。私よりこの者を紹介させてくださいませ。」
テリス子爵夫人に促されて前に進み出たコンスタンスは、自身のベールを解いた。
「面を上げよ」
コンスタンスが顔を上げる。コンスタンスとクレリアは互いの顔を見て凍りついたように動かなくなった。
「・・・似てるな、鏡を見ているようだ。」
「やはり、陛下ご自身でもそう思われますか。」
「アランが『ザイリンク帝国から贈られた美女を受け入れた』と聞いた時は何やら胸がムカムカしたものだが、これはむしろ形を変えた私への愛の発露なのではないかとさえ思われる・・・それはそれで気持ちが悪いが。」
自分とよく似た他人をアランが愛するのだとしたら、クレリアとしては納得できるようなしないような微妙な所である。こればかりは実際を目の当たりにしないと判断がつかないような気がする。
「コリント卿としては、陛下の縁戚の可能性を考慮されたのでしょう。家系図ではそのような可能性は見出せませんでしたが。」
「ああ、流石に互いの出生国が離れすぎているな。」
コンスタンスの祖国は大陸の東岸で海に面しているらしい。大陸の中部の西寄りのスターヴェイク王国とは距離がありすぎる。通常ならスターヴェイクの商人ですら辿りつかない程の距離の差である。王家の姫が他家に嫁に行っても記録は残るし、自然な交流でそれほど遠方に辿り着くとも考えにくい。
「コンスタンス」
クレリアがコンスタンスに呼びかけた。
「そなたをコリント卿から贈られし我が侍女として迎え入れよう。流石に互いの容姿がここまで似ている以上、そなたを無条件で世に解き放つ訳にはいかない。許せよ。だが同じ容姿を持つ者同士の誼だ。無体な事はせぬ。我が元で可能な限り幸福に暮らすが良い。」
女王と容姿が似ている以上、悪用される事も警戒しなければならない。クレリアの侍女とすればコンスタンスの待遇に目が行き届く。それに影武者になると考えれば、側近として用いるのが妥当である。
それはコンスタンスにも理解できる範疇の事であった。家族は未だザイリンク帝国に押さえられている。コリント卿やクレリア女王のお眼鏡に叶わなかったとなれば、どのような扱いを受けるか分からない。
「良い、直答を許す」
「はい陛下、ご高配に感謝致します。御身に忠誠を尽くします。」
リアはコンスタンスの返答に満足したように頷くと、テリス子爵夫人を手招きし近くに召して囁きかけた。
(後は、あの者の資質と忠誠心次第だな)
(その点はお任せください。貴族の令嬢という事もあり、育ちはしっかりしているようです。陛下にお仕えできる幸運を言い聞かせ、良く教育するように致します。)
(任せたぞ、テリス子爵夫人)
「さて」
とクレリアはコンスタンスに向き直る。
「早速、私からコンスタンスに尋ねたき事がある。テリス子爵夫人は我が近衛のカロットと親密だとアランからの手紙に記されている。道中そのような兆候があったか、そなたの口から報告してもらおうか。」
「へ、陛下、クレリア様。」
顔を赤らめたテリス子爵夫人が抗議するが、クレリアは頓着しなかった。
「良いではないか。私としては二人の仲を祝福するつもりでいるのだ。であれば尚のこと、その仔細を知る必要がある。」
汽車の中ではカロットとテリス子爵夫人がずっと隣に座り手を繋いでいた事など、コンスタンスの口から自ら育てた主君に報告されるという羞恥プレイをテリス子爵夫人は味わった。
「・・・道中、食事をされる時にもお二人の親密ぶりは顕著です。今回用意されたのは貴顕の為の個室だった事もあり、テリス子爵夫人が果物の皮を剥かれては一つ一つそっとカロット様のお口に運ばれておりました。」
「なんと。」
「カロット様もうっとりとテリス子爵夫人を眺められ、夫人が少し立って物を取られるだけでもご自身もそっと立たれて補助されるのです。」
「カロットは近衛として教育されているからな。女王に対するような振る舞いを恋人にもしているようだな。」
コンスタンスの報告に、クレリアが笑っている。
「しかし補助される際に手が触れ合うだけでも、お二人はしばし見つめ合われるのです。それは横で拝見していてため息の出るような様子でございました。」
「・・・これぞ正に、恋というものか。」
旅行中の自分と恋人の親密ぶりをありのままに語られ、主君に聞かれるという甘美な恥辱にテリス子爵夫人が身悶えしている。
本来なら女王の近臣同士の恋は、許されないまでは言わずとも憚られる物である。テリス子爵夫人の忠誠心の高さは揺るぎないものと信じられてきた。むしろクレリア幼少の頃からの謹厳な性質の教育係だったからこそ、醜聞というより一種の劇のような受け止められ方をしている。
「他にも、カロット様が就寝の挨拶に来られる際にも離れがたい目でお二人は見つめ合われるのです。子爵夫人は私と同室でしたし、カロット様も夫人の寝室に泊まりたいなどとは申されないのですが、毎夜毎夜せつなそうな目で互いを10分も20分も眺められておりました。そして最後にそっと、手袋越しに指先を触れ合わせられるのです。」
「も、もう、それ位で宜しいではありませんか。」
テリス子爵夫人が強引にコンスタンスの報告を遮る。
「それで、テリス子爵夫人としてはどうなのだ。カロットと添い合いたいと、やはりそういう事で良いのかな?」
クレリアの言葉にテリス子爵夫人が顔を赤らめる。
「それはええ、そう考えております。ただ、まずは陛下のお許しを頂いてからの話と考えておりました。それに歳の差もありますので、私としても殿方の方から申し込んでいただきませんと。」
「ふむ、他ならぬテリス子爵夫人の頼みだ。許そう。そうと決まったならば、カロットをこの場に召し出すか。」
女王の指示でカロットを呼ぶ為に侍従が派遣される。カロットは近衛の隊長代行のケニーに報告をしていた所だったのだろう、『大至急、参上せよ』と女王に言われ何の一大事かとカロットはケニーと共に参上した。
「カロット、戻って早々に呼び出してすまないがテリス子爵夫人に話を聞いた所、そなたから私に請願の用向きがあるのではないかとの事だった。相違ないな?」
思いがけない女王の言葉にカロットが凍りつく。そのような用向きならカロットとてケニーとは参上しなかったのだろう。
カロットの視線がテリス子爵夫人に注がれる。テリス子爵夫人に寄せられる視線はカロットだけでない。事情を知るクレリアやコンスタンスに見つめられ、頬を染めて羞恥の表情を浮かべたテリス子爵夫人が強く頷く。
「はい。陛下、畏れながら陛下にお仕えするこの美しき女性に心を奪われてしまいました。陛下に命を捧げる近衛の立場にありながら、私はテリス子爵夫人を愛しております。我が剣は陛下の為に捧げておりますが、能うならテリス子爵夫人に結婚を申し込む御意を得たいのです。」
カロットも先の論功行賞において士爵の地位を得た。貴族家との婚姻は不可能ではない。
「許す。我が忠臣への告白は手早く済ませるが良いぞ。」
急かすクレリアに促されて、カロットがテリス子爵夫人の前に進み出ると跪いた。
「アーデルトラウト、もし貴方に許されるなら我が妻となって頂きたい。我が伴侶となってくれるのなら、終生変わらぬ愛を誓おう。」
「・・・はい、喜んで。」
ケニーが目を丸くして驚く中、テリス子爵夫人が自らカロットを立たせるとその口に接吻した。
「実にめでたき事。余も恋人達を祝福しよう。」
抱き合う恋人を見て、クレリアが寿ぐ。一旦は士爵とされたカロットの功績はテリス子爵夫人との婚姻により子爵としての地位に結実した。
テリス子爵夫人自身がカロットを婿に取る異例の対応が許されたのは、カロットとテリス子爵夫人両名の忠義心故の計らいであった。
カロットとテリス子爵夫人は共に原作登場組です。作中で明確な敵でない原作組は不幸にならないよう心掛けており、今回の結末もその一端です。登場時点で予定した結末ですが、スターヴァイン内戦滅国の苦しい時期を共に協力して潜り抜けた故の結びつきとなります。