【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる)   作:高坂 源五郎

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Ⅲ 統一戦記 54話 【宗教編①】 アラム聖国

Ⅲ 統一戦記 54話 【宗教編①】 アラム聖国

 

スターヴァインでの俺とリアとエルナの挙式から程なくして、ザイリンク帝国がイリリカ王国への侵攻を開始した。ザイリンク帝国は十数カ国を征服して膨れ上がった大国であり、その領域は大陸東部に大きく跨る。さらに人類スターヴェイク帝国の躍進を受け、対抗する為かここに来て影響下にあった属国を次々と併合していた。この為、動員可能な軍事力が急速に膨れ上がっている。

 

対するイリリカ王国の力の基盤は教皇権力を元にした緩やかな物である。直接支配する国土から導き出される推定兵力は五万。流石に列強を名乗る国の総兵力が五万しかいないという事はあり得ないが、イリリカ王国の軍勢は多くても総数二十万程度と見積もられていた。

 

初手でザイリンク帝国の公称四十万の遠征軍がイリリカ王国内に流れ込んだ。広大な本国防衛にも、ザイリンク帝国は二十万の大軍を残す。国境での防衛に失敗した以上、イリリカ王国の命運は風前の灯火と思われた。

 

 

 

 

 

「今回は本国の内部まで敵を引き入れるのです。」

 

対ザイリンク戦の戦略を担当するジノヴァッツの作戦は明快だった。

 

「なぜ、わざわざそのような事をするのだ。」

 

ジノヴァッツの大胆さに満ちた作戦案に度肝を抜かれた評議員が尋ねる。

 

「この機会に教皇猊下を亡き者とする為ですよ。ザイリンク帝国の四十万の大軍が押し寄せるのです。奇襲された我らイリリカ王国の兵士二十万では防ぎきれなかった。そうなっても致し方ありますまい。」

 

そう言ってジノヴァッツは哄笑する。彼はアトラス教会を寄生虫と断じている。機会があれば処理したいのだ。

 

「それは教会と教皇への不敬ではないのかね?」

 

「不敬?女神ルミナスの意思は皆様ご存知の筈。それを王権支配の維持の為に捻じ曲げたアトラス教会こそが本来は不敬なのですよ。」

 

「だ、だが教皇の権威の陰に隠れてこそ、イリリカ王国が大陸で諸国を指導する地位にあるのではないか。」

 

「残念ながらもう時代が変わったのですよ。樹海に残された最後の大遺跡がコリント卿の手に落ちました。コリント卿がアラム聖国の大遺跡まで手に入れると目される今、我らとザイリンク帝国は互いの大遺跡を手に入れる為に戦いあうしかないのです。」

 

女神ルミナスに由来する大遺跡は4つ存在するとされる。どれも過去の文明の誇る法外な力の産物だ。樹海に未踏破の大遺跡がある内は、列強は均衡状態にあった。だが、全て発見されて列強たるべき国が出揃ったとなると、後は熾烈な大遺跡の奪い合いとなる。

 

アラム聖国の大遺跡は“人が暮らす環境を整える力”を持つ。この惑星が人の住める環境を維持しているのはこの大遺跡の恩恵による。その重要度は高いが、影響範囲が惑星全体と大きすぎるので戦争には使えない。使えば自身の滅亡も必至だからである。

 

そういう意味では列強たる資格を生むが、大陸統一での重要性はやや落ちる。だが残りの大遺跡は戦争で活用し易く、実質3つしか存在しないなら2つを手に入れた者の勝ちとなるだろう。それはコリント卿でさえ例外であるようには思われない。

 

ザイリンク帝国を下してイリリカ王国が大遺跡2つの力を手にする。ジノヴァッツの見るところ、人類スターヴェイク帝国に確実に勝つ必勝の策とはそれであった。

 

「大遺跡の力を揃えれば、我らは大陸に覇を唱える事となる。教皇の権威による緩やかな支配など不要となります。それに何やらザイリンク帝国と仲良くし始めた人類スターヴェイク帝国でさえ、教皇を弑逆されればザイリンク帝国を敵と見做すことになりましょう。何せコリント卿の結婚式を執り行ったのは、教皇猊下直々なのですからな。」

 

現時点でザイリンク帝国と人類スターヴェイク帝国に同盟を組まれると、イリリカ王国としてはかなり追い込まれる。ザイリンク帝国単体ですら、イリリカ王国よりは格上と見做されている。

 

敵の連携を阻止する策が『ザイリンク帝国による教皇殺害』である。幸い、ザイリンク帝国は教皇を目の敵にしている。ザイリンク帝国の教皇嫌いは周知の事実であり、教皇とイリリカ王国が手を組む動機となってきた。だがイリリカ王国が攻め込まれたという事実さえあれば、教皇の始末などは身内にやらせて差し支えない。

 

「しかしなぁ、敵を導き入れて勝てなければ意味がないだろう?自滅するだけではないのか。」

 

「ご安心ください、本国の守りは鉄壁です。それに敵には我が国深く侵攻する方が良いのです。その方が守りが薄くなります。我らは大遺跡の力で兵を遠くに送り込む事が出来ます。敵の兵を攻撃に回させる事こそ、我らが勝利する前提条件なのですよ。」

 

「ほ、本当にそのような事が可能なのかね?」

 

「その自信の裏付けは、根拠はあるのか?」

 

「我々は人類スターヴェイクとの取引で実に良いものを得ました。勝利は確実です。彼の地に教皇を派遣した甲斐がありましたな。後は最後までしっかり料理して、余す所なく活用しようではありませんか。大陸最高の権威は、我ら評議会が担えば良いのですから。」

 

ジノヴァッツの高笑いが評議会の中に響いた。そして一拍間をおいて、ジノヴァッツの言葉を是とする評議員の拍手が場を満たした。

 

 

 

 

 

結婚後の国内行幸の最初の国はアラム聖国となった。人類スターヴェイク帝国に忠誠を誓ったとはいえ、アラム聖国は独立した国家である。女王が直に訪れ、指導層である聖騎士が忠誠を誓って正式に人類スターヴェイク帝国入りとなる手筈となっている。

 

また、アラム聖国には大陸に四つしかない大遺跡の一つがある。大遺跡を押さえる事は今後の大陸統一の重要な前提条件となる。戦争が当面はない今、大遺跡を確保する為にもアラム聖国を最初の訪問先としたのだ。

 

「ここがアラム聖国、空気が美味しいわ」

 

ドラゴンのグローリアの背から降りたリアはどこか解放された様子で楽しそうだった。何と言っても俺達の結婚後の初の遠出なのだ。公務とは言え、気持ちが浮き立つものらしい。

 

スターヴァインは今、再生の只中にある。祖国の復興を担う女王としての職責は重くリアにのしかっていた。だから国を一歩でも出ると、責任から解き放たれ自由を感じるのだろう。

 

「アラム聖国にはこれという都市がありません。敢えていえば、この大遺跡が信徒の巡礼先として最も人の集まる場所です。」

 

アラム聖国の代表としてマルチェロ卿が出迎えてくれる。スターヴァインでダルシムと式を挙げた彼女は、夫と共に先発して今回の訪問の準備を整えてくれていたのだ。

 

人類スターヴェイク帝国は、ようやく掴んだ平和を満喫している。アラム聖国までの汽車での移動も新婚のダルシムとマルチェロ卿ことラヴィニアには楽しい新婚旅行だったようだ。

 

「民の代表が集い、女王陛下のご来訪をお待ちしておりました。」

 

案内されて向かった先には、ちょっと驚く程多くの民がいた。この大遺跡の周辺には、ざっと三十万人程が集結しているらしい。

 

「皆、アラム聖国に忠誠を違う民であり、即ちクレリア女王の臣下です。周辺の国々からも、女王陛下を一目見たいと集まったのです。」

 

マルチェロ卿が得意そうに言う。

 

「これだけの民が私の為に集まってくれるだなんて、素晴らしいわ」

 

リアが満足そうに述べた。意外かもしれないが、世間では王族はそこまで人気という訳ではない。別にクレリア女王が不人気なのではない。若くして祖国解放を成し遂げたのだ、スターヴァイン王家の歴代ではリアは抜群の人気を誇る。

 

だがそれはそれとして、王とは非日常の象徴だから民からは敬遠されがちなのだ。だからアイドルのように大勢のファンに取り囲まれるという訳ではない。

 

そんなリアが故国スターヴェイクではないアラム聖国において多数の熱烈な歓迎を受けた。それもその地の住民からだけではなく、わざわざこの為にアラム聖国入りして待ち構えていた者までいたとなると、『嬉しい』と感じるものなのだろう。

 

「他の聖騎士はアラム大遺跡内に控えております。先に少しお腹に何か入れられてはいかがでしょうか。簡単なものですが、お食事の用意をしてあります。」

 

「嬉しいわ。」

 

「せっかくだし、食事を先に頂こうか」

 

案内されたのはアラム大遺跡に付属して建てられた講堂のような建物である。大きな木製のテーブルと椅子が用意されていた。

 

「ここは信徒が共同で炊事をする場なのです。」

 

アラム聖国にとって聖地であるこのアラム大遺跡を訪れる信徒は、大鍋の食事を分け合う決まりなのだそうだ。中を人が歩けるような大きな鍋が幾つも設置されていた。

 

「これらは民に無料で振る舞われます。全て有力者の喜捨に寄って成り立っているのです。」

 

「良い文化ですね」

 

「はい。」

 

俺の言葉にマルチェロ卿は微笑んだ。

 

「飢えた者を出さない、誰も見捨てないという女神様の教えを実践しております。」

 

着座すると、すぐ運ばれて来た皿の上には米料理が盛られていた。

 

「これは、炊き込まれた米ね」

 

リアが感想を漏らす。

 

「ビリヤニですね。」

 

「コリント卿の祖国ではビリヤニと呼ぶのですね。我々はスカリと呼びます。」

 

スカリは大鍋を使ってスパイスと肉魚を生米から炊き込んだようだ。そういえばアラム聖国は麦ではなく米が主食なんだったな。アラム聖国は今では人類スターヴェイク帝国の主要な穀物供給源の一つである。

 

皿にもったスカリに何かの柑橘の身を絞って素朴な木のスプーンと共に供される。

 

「美味しい。」

 

リアが感嘆の声を上げた。スカリはスパイスが効いていて味に深みがある。料理は大きな鍋で作る方が美味しくなりやすい。元の量が多いと分量の調節がしやすいのが理由だが、いろいろな材料を入れても主張しきれず隠し味にとどまることも理由となる。これぞまさに大鍋料理の醍醐味だろう。

 

「お気に召したようで良かった。アラム聖国の料理といえばこの大鍋で作ったスカリなのです。行軍の際も、可能な限りはこれを食べます。兵糧が不足してくると粥にして調整もできますしね。幾らでもありますからお好きなだけお召し上がりください。元は限られた食料を大勢で分ける慣わしでした。」

 

一掴みでも食材を持ち寄って大勢で調理して食べる。元は、そのように同胞から飢えた者を出さない為の工夫だったそうだ。

 

「そう聞くと、ますます美味しく感じられるわ」

 

パクパク食べるリアがスカリのおかわりを要求している。厳選された食材で民とは異なる贅沢するよりも、民と同じ物を分け合って食べる健啖家のリアの方が俺としても好ましいな。

 

「民を飢えさせない事を実践するアラム聖国が、民の声望を集めたのも納得出来るな。」

 

「ええ、アラム聖国はルミナス様を信じる者が集う場所なのです。我々は皆、ルミナス様が再び姿を現されるのをこの地で待ち望んでおります。」

 

 

 

 

 

食事を終えて大満足のリアを連れ、アラム大遺跡の内部へと向かう。アラム大遺跡の中は聖騎士が常駐し、一般の信徒は入れない決まりらしい。それにしても存在が広く知られ、大衆と共にある形の大遺跡は珍しいのではないだろうか。他の大遺跡は、その国の国民にさえ存在すら明るみに出ていない遺跡ばかりなのだろうから。

 

「アラム大遺跡の中は、通常は聖騎士のみ入れる決まりとなっています。今回は特別の対応となりますので、遺跡内部にお連れ頂くのは最小限に絞って頂けませんか。」

 

予めマルチェロ卿からそう申し入れられている。俺とリアとイーリス、そして念の為に侍女として連れてきたコンスタンスに絞った。コンスタンスに大遺跡が反応する可能性があると睨んでいた。ダルシム以下の近衛の面々は、入り口で待つ事になる。

 

「クレリア様の事を頼むぞ、ラヴィニア。」

 

「ええ、ダルシム。この命にかえてもお守りするわ」

 

マルチェロ卿がダルシムと短く言葉を交わしている。こういう所に、ダルシム夫妻の新婚夫婦らしい仲睦まじい様子が垣間見えるようだ。

 

 

 

 

アラム大遺跡の中を進んでいると、回転するクリスタルが立ち並ぶ奥まった部屋に辿り着いた。ここがアラム大遺跡の深奥部なのだろう。その部屋に入った途端、聖騎士の中の1人が無造作にリアの背後を歩いていたコンスタンスの腕を掴んだ。

 

「きゃっ」

 

悲鳴を上げるコンスタンスの声にリアが振り向く。

 

「我が侍女に何を無礼な」

 

リアが怒りの声を上げた。だが気がつくと護衛役だった筈の聖騎士達に、俺達は周りをぐるりと取り囲まれていた。その輪から三人の聖騎士が前に出ている。コンスタンスを捕らえたのは三人の中の一人だ。

 

「アサーヴ卿、ルドラ卿、それにアールッシュ卿までどうしたというのですか。」

 

聖騎士達の輪との間に立ち塞がるようにして、マルチェロ卿が聖騎士達の真意を問い糺す。グラハム卿もマルチェロ卿と肩を並べ俺達と同じ側に立っている。

 

良かった、マルチェロ卿と共にグラハム卿もこちら側のようだ。マルチェロ卿の腕前は知らないが、グラハム卿は一流の戦士だ。それに親しみのある彼らに裏切られたら、流石に堪える。

 

他の聖騎士は包囲側に加担しているのもしれない。そして恐らく主導しているのは前に進み出た三名の聖騎士らしい。

 

「マルチェロ卿、よくやってくれた。後は我々が引き継ごう。」

 

口髭を生やしたアサーヴ卿と呼ばれた男が口を開く。彼は聖騎士の中でも重鎮で、ルドラ卿とアールッシュ卿は彼に付き従う立場のようだ。

 

「コリント卿は実に素晴らしい、女神の器となれる少女を二人も連れてくるとは」

 

ルドラ卿とアールッシュ卿のやり取りは小声の内輪話だったのだろうが、強化された俺の耳は彼らの密かな呟きを捉えた。

 

(女神の器だと、何の事だ?)

 

(恐らく、クレリア女王と女神ルミナスの顔の相似に関係があるのでしょう。)

 

彼らの視線はリアとコンスタンスに向けられている。これは嫌な予感しかしないな。

 

「女王陛下に対して無礼でしょう、アサーヴ卿。それとも叛乱なのですか、これは。」

 

マルチェロ卿が問いただすと、アサーヴ卿が応えた。

 

「叛乱ではない。クレリア女王の肉体を使い、女神ルミナス様の受肉を行う。」

 

「な、何をいうのです。」

 

あまりの事態にマルチェロ卿が絶句している。会話をマルチェロ卿から引き取るような形でグラハム卿が進み出た。

 

「貴卿らは、騎士としての忠誠の誓いを破るのか?」

 

「我々はまだ臣下の誓いを立ててはおらん。誓ったのは人類スターヴェイク帝国への派兵に参加した者だけだ。」

 

「何を子供の詭弁のような事を。」

 

グラハム卿が頭を振って嘆く。アサーヴ卿は尚も言葉を重ねた。

 

「マルチェロ卿やグラハム卿に我らを代表して交渉の使者になって貰ったのは、貴卿らが人類スターヴェイク帝国に親しみを感じている様子だったからだ。」

 

コンスタンスを拘束しているのはルドラ卿だった。ルドラ卿も口を開いた。

 

「特にマルチェロ卿が人類スターヴェイク帝国のダルシム将軍と結婚までして、その身を張って信頼を勝ち得てくれた事に礼を言う。」

 

今の言い方は愛し合って結婚した二人に無礼だろう、流石に頭にくる。もう良いだろう、こいつらをまとめて始末しよう。そう考えた俺をイーリスの言葉が押し留めた。

 

「アラム聖国の宗旨である再臨派は女神ルミナスが実在した人間と考えている、そうですね?」

 

俺の背後からイーリスが前に出る。彼女の視線は回転する一つの透明なクリスタルを見つめている。皆の視線が誘導された。そこにはリアやコンスタンスとよく似た姿が見える。あれはホログラムか。まさか本物の遺体ではないだろうが。俺が思考を巡らす間に、このイーリスの問いかけにはアールッシュ卿が答えた。

 

「そうだ。我々は数々の証拠からルミナス様が天からこの地に降り立たれた存在と考えている。優れた力をお持ちだが、その本質は人と変わらない。人と番えば子を為すことも出来るほどに。つまりこの世界には、女神の血統に連なる高貴なる存在がおられる。」

 

そう言って彼らは一斉にルミナスからリアに視線を向けた。やはりリアが女神ルミナスの子孫だと言いたいのだろう。イーリスはアールッシュ卿に確認を続ける。

 

「それはルミナス教の主流であるアトラス教会とは異なる考え方ですね。」

 

「それは神学の話となるな。アトラス教会は女神を無謬性がある存在とした。つまり彼ら歴史的な事実を、自ら産み出した神学と照らし合わせて捻じ曲げたのだ。再臨派は僧侶のこねくり出した神学ではなく、あくまでルミナス様の実態とその意向に沿う。」

 

アールッシュ卿が三人の中では学究肌のようだ。彼の説明で少し事態が見えてきたな。

 

人間は完全性を追い求める。アトラス教会は女神を完全な存在とする教えという事か。信ずる対象が完璧であると期待したい、いや、そうでなければならないのは宗教がそのような構造だからだろう。

 

しかし実際のルミナスは優れた力を持つが、単なる人間であるとすればどうなるか。相応の限界があると再臨派は考えているのか。ちょうど、俺のような他の文明の漂着者のように。それ自体は正しい歴史認識かもしれない。

 

俺からみてもAIであるイーリスは神の如き能力を持つが、やはり完全な存在ではない。能力的な問題故の失敗もある。きっとイーリスの能力ならこの世界の女神として通用する。ルミナスの正体もそれに似た何かと考えていたのだが。

 

「つまり、貴方達の目的は女神ルミナスを新たな肉体に顕現させる事なのですね。それを示す信徒の派閥の名前が女神ルミナスの今再びの降臨、すなわち再臨派と。」

 

イーリスの声に、叛乱の首魁らしきアサーヴ卿は鷹揚に頷いて見せた。

 

「貴女の理解が良くて助かる。ルミナス様は壮大な計画を定められたのだ。自らの子孫を残されれば、いずれご自身と同じ肉体を得る子孫が生まれるだろうと。そのような子孫を探しだし、ルミナス様に再び肉体を得て頂く事こそ我らの本義。」

 

じりり、と聖騎士による包囲の輪が狭まる。こいつらはリアやコンスタンスの肉体を女神ルミナスに献上しようというのだろう。

 

「受肉の適性は、ルミナス様のお姿にどれほど似ているかで判別される。クレリア女王の美しさは、ルミナス様の子孫であるが故だ。稀に男子も産まれるが、ルミナス様に肉体を捧げるならやはり女子であろう。さらにクレリア女王が使徒の庇護まで受けているとなると、ルミナス様の指示は忠実なる信徒である我らに取ってあまりに明白。」

 

クリスタルの中で眠るような女神ルミナスの姿は確かにリアやコンスタンスと似ている。俺のように慣れ親しんだ者なら見分けはつくが、初見では困難だろう。そして何よりも問題なのは、コンスタンスよりリアの方が僅かにルミナスらしき姿により似ているのだ。

 

三人の顔をしきりに見比べている聖騎士達は、アサーヴ卿の主張に傾きつつあるようだ。

 

急にアラム聖国がとんでもない邪教の集団に思えてきた。子孫の肉体を乗っ取る女神など穢らわしいとさえ感じる。その考えが本当に女神ルミナスの意思であるのかは議論の余地がありそうだが、宗教としてのあり方はアトラス教会の方がまだまともだろう。いや、どの宗教であれ狂信者はいるとそう考えるべきなのだろうか。

 

遺跡はアラム聖国のものだ。中に入るにあたって、聖騎士が護衛という説明を受け入れて人員は最小限に絞っている。

 

俺とリアとイーリス、それに侍女のコンスタンスとこちら側についたラヴィニアことマルチェロ卿とグラハム卿の六人が味方となる。敵は聖騎士十四名のうち、ニ名を欠いた十二名だ。コンスタンスを捕らえた上に数が倍という事で、押し切れると踏んでいるようだ。

 

ただ観察していると熱心に女神ルミナスの顕現を信じているのはやはり三人だけというところか。残りはやや迷いが見られる。教義とは言え、自ら忠誠を誓った、あるいは誓おうとしていた女王に刃を向けるのは騎士として悩まれる問題であるのだろう。人類スターヴェイクの支配構造としても女王が全てを握る訳ではない。神下ろしを見たい気持ちと失敗を恐れる気持ちが相半ばすると言う事か。

 

誓いを立ててしまえばそれに縛られる。マルチェロ卿とグラハム卿が忠実なのも、リアを見知っている以上に誓いの有無も関係するのかもしれない。

 

「私はそんな事は望んでない。ルミナス様も、子孫に体を明渡せと望まれる筈がない。」

 

その場の空気を切り裂くようにリアの声が発せられる。声と共にリアの身体が発光しているのは久々に見たな。しかもこの光り方、女神の意思は強いようだ。

 

「おお、女神様の御意志が示された。」

 

聖騎士の大半は、リアの発言を女王の意思であると共に女神の意思と見做したようだ。その両方が「否」と示されたと剣を下ろす。

 

しかし、女神の再臨に熱心な三名は諦めなかった。

 

「恐るな。クレリア女王の神化こそ女王にとっての真の幸福ぞ。」

 

アサーヴ卿が檄を飛ばす。ああ。『神と同化できるのは幸い』と考える教義なら、そういう解釈となるのか。狂信者には付き合い切れないな。俺はリアに近づき過ぎた三名を仮想表示上でマーキングする。

 

「我が妻を、貴様らの手に委ねる事はない。」

 

俺の言葉にルドラ卿とアールッシュ卿が口々に吠える。

 

「外には三十万の信徒が控えている。無敗のコリント卿とて手向かえば大遺跡を生きては出られんぞ。」

 

「コリント卿はクレリア女王を失うわけではない。ただその身にルミナス様の人格を宿すだけだ。」

 

やれやれ、話にならないな。

 

(イーリス、あの三名がこれ以上リアに近づいたら処分しろ。ドローンの姿を見せてかまわない。この際だ、疑念の余地が無いようにする)

 

(了解しました)

 

俺は最終警告を発した。

 

「最後の警告だ、それ以上リアに近づけば天罰が降るぞ。」

 

「女神様のご意志を騙るな、アラン・コリント!」

 

叛徒の三名は一斉に足を踏み出した。ドローンの放つ小さな針の集合体が、三名を即座に切り刻む。撃たれた者は悲鳴を放つ間さえない。彼らの頭部は瞬時に肉塊に変化した。頭部を失った胴体がバランスを失い倒れる。三機のドローンが一斉に姿を現した。

 

「おお、使徒イザーク様」

 

「イザーク様がお姿をお見せに。」

 

包囲を解く事で生き残った他の聖騎士は剣を投げ捨てひれ伏す。マルチェロ卿とグラハム卿はひれ伏すべきか悩んでいるようだが、俺は目で合図して彼らまでひれ伏すのは制止した。

 

「どちらが女神ルミナスの意思に叶うか、これでハッキリしたようだな。」

 

「我ら一同、コリント卿とクレリア女王に従います。」

 

マルチェロ卿とグラハム卿と視線を交わす。彼らも今の流れで納得しているようだ。

 

「では、女神様の御名において、急ぎ臣従の誓いを立てなさい。」

 

どうやらアサーヴ卿が死んだ事で、マルチェロ卿は再び聖騎士の指揮権を取り戻したらしい。聖騎士は一列に並び、リアと俺の前にいざって進み出ると誓いを唱える。

 

彼らの誓いが受け入れられた証拠に、誓いを唱え終わった者の身体が光る。最後にグラハム卿とマルチェロ卿が新たに誓いを立てて、頭を失った3名の聖騎士を除く全員の儀式が完了した。ふむ、どうやら警戒を解いても良いようだ。俺は腰に吊るしたレーザーガンにかけていた右手を下に下ろした。

 

「アラン、守ってくれてありがとう」

 

背後からリアにそっと抱きつかれる。あの場で俺が彼らの要求を受け入れていれば、自らの命が危うかったと感じていたようだ。侍女として付き従っていたコンスタンスも真横で自分を捉えた男の頭部が炸裂して生きた心地がしなかったのだろう。可哀想にガタガタと震えていた。リアが彼女を導き俺に掴まらせる。同行させた彼女には怖い思いをさせたな。俺はそっと腕に彼女を掴まらせた。

 

「愛する妻と、その忠実な侍女を守るのは当然のことさ」

 

「このような陰謀があるとは知らず、申し訳ありませんでした。」

 

マルチェロ卿とグラハム卿が膝をつき、頭を下げる。彼らとしては俺達を自ら死地に導いたようなものだ。女王に仕える身としては、いたたまれないのだろう。

 

俺は聖騎士の中で終始こちら側についたマルチェロ卿とグラハム卿に礼を述べた。

 

「困難な状況だったが、君達は適切な行動をとった。感謝すれど責める気はない。そうだろう、リア?」

 

「ああ、そなた達の忠義は実に頼もしかった。礼を言うぞ。」

 

俺は最後は踏みとどまった九人の聖騎士に視線を向けた。

 

「この場であった事は口外しない方がいいだろう。だから表向き諸君らの処罰を加える事はしないでおこう。最後は思い止まったようだしな。」

 

「・・ありがとうございます」

 

どことなく残念そうなのは、女神の再臨を待ち侘びるのは本心だからだろう。信仰心と言えるかはさておき、女神が再臨するのを待ち続けた者は再び機会があれば背くかもしれない。騎士の臣従の誓いと女神の再臨を望む気持ち、そのどちらに天秤が傾くか不穏な情勢なのは確かだった。

 

「閣下、ここは私にお任せいただけないでしょうか?」

 

イーリスが俺に問いかける。俺は通信で密かに彼女の意思を確認した。

 

(イーリス、どうするつもりだ?)

 

(艦長、お気付きになりませんか。女神ルミナスは、身に纏った装束から“あの”サイヤン帝国に縁のあるものです。彼女の目指す復活は、子孫の身体を乗っ取るのではありません。子孫の肉体のサンプルを培養して、保存した精神を移し替える為の肉体を再び作り出す事ではいないでしょうか。)

 

俺はイーリスに指摘されてようやくクリスタルの中に眠るルミナスの衣服の紋章に注目した。確かにあの装束はかつて人類銀河帝国が生まれるきっかけとなった戦争相手、サイヤン帝国皇室の紋章そのものに見える。サイヤン帝国との戦争は最後の大規模な人類同士の戦争としてホロビデオの定番の題材として映像化されている。よく知る敵国の衣装なのだ、見違える筈もない。

 

サイヤン帝国の滅亡は人類銀河帝国の成立と時を同じくする。帝国暦によれば、もう二二〇〇年以上前の事になる。しかしその時点で特定の分野の技術は人類銀河帝国の先を言っていたし、クローンなどの生命工学については人類銀河帝国では禁忌とされる。俺達の持つクローン技術はそれだけの時を隔てて未だにサイヤン帝国の技術と大差ない。それだけサイヤン帝国が人類銀河帝国に先んじていたとも言える。しかし人類銀河帝国での発展が禁忌とされたとはいえ、二二〇〇年も先行した科学とは凄まじいな。

 

(その為の措置が、直接的にリアやコンスタンスに危害を及ぼすことはないな?)

 

(はい。ルミナスの受肉に相応しい肉体を与える事で被害の発生を防ぐ目的です。細胞提供者の負担も組織サンプルの提供だけで足りる筈です)

 

「・・・イーリスに任せよう。」

 

俺は素早く決断を下した。声に出したので俺がイーリスに指示を与えたと皆に分かった筈だ。

 

「女神ルミナス様、いえ、かつてこの地に降臨された女性の肉体を我らが用意する事は出来ます。」

 

イーリスの言葉に、皆の視線が一斉にコンスタンスに向けられる。誰かの肉体を必要とするならコンスタンスが一番軋轢が少ないと誰もが分かっているのだ。俺の腕を掴んだままのコンスタンスが悲鳴を上げて強くしがみ付く。先ほどの件といい、この少女をすっかり怯えさせてしまったな。

 

「違う。誰かを犠牲にする事はしない。新たに女神に適した肉体を作り出す事ができる。そうだな、イーリス?」

 

「はい、閣下。」

 

だいぶ事情をぼかしながら遺伝子とクローン技術、そして義体の製造について伝えると、彼らは一様に驚きを隠せない様子だった。

 

「人の身体は遺伝子で成り立つ。完全に同じ遺伝子を持つ個体が自然に生まれる事はまずあり得ない。だが、直系の子孫などかなり近い遺伝子の持ち主から一部改変する事で新たな肉体を作る事は可能だ。」

 

「閣下は人の身体を作りだせるのですか」

 

「そうだ。樹海の大遺跡は生命創造に関する施設だった。」

 

実際は生命と言っても魔物の生産場所だが、そう実態としてかけ離れた説明ではないだろう。

 

「アランが優れた技術を持つのは事実だ。アランは精霊の力を使って欠損した四肢を再生した事がある。きっと大遺跡の中に眠る大精霊の力を行使できるようになるのだろう。」

 

リアも言葉を添える。女王の言葉が確かな説得力を持って聖騎士達の中に浸透する。

 

「なるほど、精霊の力を用いるのならば、或いは。」

 

そう言えばルミナス教では精霊の力が知られているんだったな。

 

「基礎となる素材があれば、これは髪の毛や爪で十分ですが、女神自身の肉体を生み出す事が可能です。」

 

「それは、まさに予言された受肉だ。」

 

身内でヒソヒソと会話しているが、聴覚の強化された俺やイーリスには筒抜けだ。

 

(私の帰依する女神様の教えはアラム聖国の教義ではなくアトラス教会の教義だと良く分かったわ。彼らの要求通り、ルミナス様の肉体を作り出す必要があるのかしら?)

 

聖騎士達が身内で話し合う間を利用してリアが俺に囁きかける。

 

(この状況だ、リアがそう言うのはわかる。ただね。)

 

俺はそこでため息をついた。

 

(この惑星で女神ルミナスが力を持っている以上、この問題は避けては通れない問題だと思う。もう君の体を狙われないようにを守る為にも、解決しておけるならそうするべきだろう。)

 

短い談合の結果、諸々の準備を終えて2週間後にアラム聖国を再訪する事となった。肉体再生の解決の道を探るべく、アラム大遺跡の探索を兼ねてイーリスがこの場に残る。イーリスは万全の環境でアラム大遺跡を調査できるとウキウキしている。

 

俺やリアの心情としてアラム聖国に長居したくない気持ちは強い。行幸を切り上げて蜻蛉帰りするのは、今回の顛末を考えれば当然だろう。

 

ただアラム聖国に今回の責を問う事はしない。大多数の国民は何も知らずにただクレリア女王を受け入れてくれているのだ。不届者が3名いたくらいで、アラム聖国の民に対する扱いを変えてしまうのは問題だろう。

 

多数の信徒はどうやら女神の再臨を待って訪れたようだ。そういう意味では今日は失望させてしまうが、二週間後には実現するのだ。ルミナスが二千年前の人物なら、それだけ長く待った事になる。今更ニ週間を待つのは女神が復活する事に比べれば大した問題とはならないだろう。

 

「アラン、イーリスは残しても大丈夫なの?」

 

「ああ、遺跡は彼女の専門だし、女神ルミナスの血を引く訳ではない。危険な事はないだろう。女神様もリアと同じようにイーリスをお守りくださるさ。」

 

最後のセリフは聖騎士達を見渡して釘を刺しておいた。ここにいる限り、イーリスの衣食住の面倒は聖騎士の方で見てくれるらしい。宿泊場所も完備しているという。

 

イーリスは聖騎士達の究極の望みを叶える為にこの場に残るのだ、恐らく何の問題も起きないだろう。別にドローンが護衛しているからだけではない。

 

コンスタンスやリアをアラム聖国に残すと、何か間違いが起きる可能性は完全には否定できないが。

 

「聖騎士三名の死を、どう処理いたしましょうか。その、死因など皆にどう説明しましょう。」

 

遺跡を出る前に、慎重な口ぶりでマルチェロ卿に尋ねられる。

 

「マルチェロ卿が、その目で見たままの真実を告げればいい。」

 

「私が目にした事を語るとすると『この三名はクレリア女王に無礼を働いた結果、ルミナス様の怒りに触れ使徒の制裁を受けた』と、そう言う事になります。」

 

「俺はその説明が実情に即していると思う。ただ、君とダルシムの仲は考慮しよう。だから、大勢にこの話を公表しないでも良いのではないかな。」

 

『あの』と、おずおずと言った様子でマルチェロ卿がクレリアに話しかけた。

 

「ダルシムには私から説明しても構わないでしょうか。」

 

「ダルシムにはそなたが説明しても良いし、何も説明せずとも構わない。」

 

リアの返答は明快だった。

 

「ラヴィニア、そなたとグラハム卿の忠誠心は見定めた。他の者もすんでのところで踏みとどまった。事を大きくすれば、今後の政に差し支える。私はそなた達の婚姻を祝福したのだ。ダルシムには全て話さずとも良いぞ。」

 

「いえ、私は信念に基づいてありのまま見た事を話します。」

 

「それならばそれもよかろう。但し、私がそなたを頼みにしているとダルシムにも知らしめる必要があるな。」

 

リアはそこでしばし思考を巡らせた。

 

「マルチェロ卿を正式に聖騎士団長、グラハム卿は副団長と為そう。元々そうするつもりであったのだし、そなた達はその職務に相応しい資質を示した。」

 

「「謹んでお受けいたします。」」

 

アラム聖国の聖騎士の中で彼らは特別だと知らしめる事になる。今はこれで落ち着いたが、やはり女神ルミナスの受体を先に進めないとこの件の完全な終息はあり得ないだろうな。俺からも釘を刺しておこう。

 

「念の為伝えておく。アラム聖国内の細かな人事まで口を挟むつもりもない。ただ、三名の聖騎士の後任についてはクレリア女王に忠誠を誓う事が絶対条件だ。それができない人物ならこちらは受け入れられないな。」

 

「勿論です。聖騎士の美徳は本来忠誠心なのです。おかしな事になってしまいましたが、改めて我ら全員が忠義を尽くす事をお約束致します。」

 

今はリアを安全な地に移動させるのが最優先だ。一旦はダルシムとマルチェロ卿に任せよう。しかし今後のこともある、俺も入念に聖騎士たちとは上下関係を構築する方がいいだろうな。おかしな考えを抱かないよう、思い知らせる必要はあるだろう。

 

 

 

 

 

事態の掌握の為に後にダルシムを残し、汽車で後続を送り込む予定とする。アラム大遺跡周囲の警戒が物々しくなるが、以後の安心のために必要な措置と言えるだろう。

 

「この度の事態は、誠に、誠に・・・」

 

ラヴィニアから事情を聞かされたのだろう。項垂れた様子のダルシムがリアと俺に詫びに訪れた。

 

「言うなダルシム。ラヴィニアは忠実だったのだし、誰からも危害は加えられなかった。ルミナス様のご意思も示されたのだ。」

 

リアの許しを得て、ダルシムの顔が崩れる。押さえていた感情が溢れたのだろう。こういうのは心が痛むな。

 

「ダルシム、マルチェロ卿を守ってやれ。惚れた女を守ってこその男だ。今回の事で君たちの仲が悪くなるのは、俺もリアも望んでいない。」

 

「はい,アラン様。必ずや。」

 

ダルシムとラヴィニアの新婚生活は予想よりほろ苦いものになったようだ。彼らは共に人類スターヴェイク帝国にとって重要な存在だ。上手く乗り越えてくれると良いのだが。

 

 

 

 

 

アラム聖国への再訪にあたり、俺はアトラス教会のゲルトナー大司教を口説き落として同行してもらった。『女神ルミナスの復活』と聞けば教皇や枢機卿が飛んでくるかと思ったが、宗教とはそういうものでもないらしい。ゲルトナー大司教自身が記録の為に参加する許可を得るのも、上司により上層部へかなりの説得を要したようだった。

 

「宗教家は、ある日突然女神が復活したら自分達の説いた内容が女神に否定されるかも知れないという恐怖を感じているのですよ。だから、女神様は心の中で疑問に答えてくだされば良いのです。信仰とは理屈ではなく感情ですから。」

 

「そんなものですか。」

 

ゲルトナー大司教は随分現代的な考え方をするな。アトラス教会でも、彼ほど割り切った考えの存在は貴重だろう。

 

「コリント卿はあくまで肉体の提供を行われるだけ。儀式を希望するのはアラム聖国側ですな。そして儀式と宗教的な解釈はアトラス教会で判断すると。それで良いですな?」

 

「ええ。アラム聖国のいう“女神の受肉”の神学的な解釈はアトラス教会にお任せしますよ。私は彼らの望みの物を渡し、妻と侍女の身の安全を図る意図しかありません。」

 

「なるほど、それならば何とかなりそうですな。承知致しました。」

 

相手が理知的なので意図の誤解が生じない。ゲルトナー大司教のこのような人格には実に助けられる。

 

「無論、アトラス教会への喜捨は入念に行いますよ。」

 

「ええ、それが必要でしょうな。今回の事は異例すぎる。宗派連合した以上は再臨派に関わらない訳にはいきませんが、やはりコリント卿が絶大な金主であるから成り立つ話ですので。いつもの十倍は覚悟頂く必要があるかと。」

 

「ええ、問題ありません。」

 

今回は流石にリアとコンスタンスを最初から同行させるのは控えた。彼女達を捧げ物と見做した聖騎士の視線が俺は気に入らないのだ。リアは一緒に来たがったのだが、荒れた場になる可能性もある。ドラゴンによる移動を調整して直前の現地入りになるようにした。

 

コンスタンスに至っては、今度こそ生贄にされると思い詰めかねない。ダルシムとマルチェロ卿にかかる負担も過大な物になりすぎるだろう。我々が数日前にアラム大遺跡入りするのは、不安を払拭させる為の諸々の調整のためである。

 

エルナとダルシムの兵がアラム大遺跡周囲を固める中、俺とゲルトナー大司教、そしてリアの護衛として先乗りする形のエルナはドラゴンの背に乗り大遺跡近郊に降り立った。

 

「閣下、よくお越しくださいました。今回はクレリア女王陛下はお越しになられないのですね。」

 

早速、ダルシムとマルチェロ卿が出迎えてくれる。

 

「ああ、本人は俺と一緒に来たがったんだが、色々と際どいので遠慮してもらった。エルナが後で迎えに行って、女神様が受肉する直前に到着する予定にしてある。」

 

ゲルトナー大司教とマルチェロ卿は顔見知りだから紹介する必要はないな。立ち話を始めたので、ダルシムを捕まえて夫婦生活が順調か確認しておこう。心なしかダルシムが痩せたように見える。普通の新婚夫婦は幸せ太りするものだろう。色々あったから痩せても無理はないが、やはり気にかかる。

 

「・・・で、順調なのかい?」

 

「はい、アラン様。ラヴィニアとは上手くいっています。長子は男の子が生まれたら私の後継に、女の子はラヴィニアの後継ぎと決まりました。男子が立て続けに産まれるようなら次男がラヴィニアの後を継ぎます。」

 

なんだろう、これは俺の取り越し苦労だったようだ。しかも元からの懸念だった、ダルシムとマルチェロ卿がそれぞれが当主として貴族家を率いる立場という問題もうまく折り合いをつけたようだ。

 

「そうか、順調そうで嬉しいよ。」

 

「いやー互いに長男を後継に主張していたのですが、『今回の事で迷惑をかけたから』とラヴィニアが譲ってくれまして。」

 

なんか順調そうで二人の仲を心配したのがアホらしくなるな。まあ、あの三人の聖騎士はクレリアと初対面だったのだし、本人たちの言うとおり臣従の誓いを交わしたわけではなかったのだろう。単なる不心得者の処罰と考えるとよくある事なのかもしれない。

 

聞けば聖騎士とは互いに対等の立場らしい。マルチェロ卿との関係性も意見の対立という感じで、叛乱と見做される要素はなかったのかもしれない。だが、どこの国でも一枚岩とは限らないという教訓を今回の出来事で得た。今後は改めて注意するようにしよう。

 

 

 

 

 

アラム大遺跡の中に踏み込む。今回も聖騎士達が揃い踏みである。中には三人の新顔も見える。

 

「コリント卿は護衛を増やされますか、その、あんな事があったわけですので」

 

俺とマルチェロ卿の会話に、事情を知らないゲルトナー大司教が怪訝そうな顔をしている。聖騎士がこれだけ揃ってなんの不足があろうかという感じだ。

 

「今はリアもいないし、大仰にする必要はないだろう。問題ないさ」

 

「・・・我々へのご信頼、感謝致します」

 

マルチェロ卿は俺からの信頼と受け取ったようだ。俺としては実力で排除できるという意図だが、マルチェロ卿を筆頭にグラハム卿以外の聖騎士たちと手合わせしたことはない。

 

アロイスとの戦争でも俺はろくに活躍をしなかった。樹海の大遺跡の探索で俺の実力を知るグラハム卿だけは何か口を挟みそうだったが、俺は目で合図して口止めした。そう言えば前回の訪問の際は、グラハム卿は俺の実力を正確に把握していたから勝ち目のある方についたのかもしれないな。いずれその辺りの事情を聞く機会があるだろうか。

 

ゲルトナー大司教を誘導するように最深部に向かう。そこでは容易万端整えたイーリスが出迎えてくれた。

 

「あれが、ルミナス様のお姿ですか。確かにクレリア様やコンスタンスによく似ています」

 

エルナが感嘆の声を上げる。厳密にはルミナスの肉体は二つに増えていた。持ち込んだ培養槽に、新たにイーリスが製造したルミナスの肉体が収められている。比較しやすいようにオリジナルのルミナスの肉体が封じされたクリスタルの横に設置されたそれは、血色の良さと息づかいで確かに生命ある存在と感じさせた。生者特有のオーラが感じられるのだ。

 

「こちらが今回用意した、あちらの女性の肉体です。」

 

イーリスが慎重な口振で述べる。事が定まる迄、『ルミナス様』とも『ルミナス様では無い』とも言いにくい立場なのだ。

 

こうして見比べると両者の相似は紛れもない。リアはよく似た姉妹で、コンスタンスはよく似た従姉妹くらいの差がある。

 

「アラム聖国の聖騎士の方々は、皆この肉体こそ本物と確信されています。人類スターヴェイク帝国としては、保管された遺体と同じ肉体を用意しました。しかし、あの遺体の主が誰なのかを認定する意図はありません」

 

それはゲルトナー大司教と打ち合わせ済みの内容である。女神の再臨というのはそれだけ重要な問題なのだ。何がどう転ぶかわからない以上、逃げ場を用意しておく必要がある。アラム聖国は遺体の主がルミナスだと信じきっている。俺もそれは事実だと思うし、ゲルトナー大司教でさえきっとそう考えているだろう。これほど大掛かりに遺体を残す価値がある人物などそうはいない。ただ議論の余地を残す事で、各宗派それぞれが妥協点を探る事ができる。

 

俺としてはルミナスの再臨そのものは目的ではないのだが、彼女のもたらす知識は大遺跡の技術を紐解く上で重要になる可能性が高い。

 

「・・・予定では、ゲルトナー大司教様により本日より三日間の聖典の儀式があると聞いておりますが、祭壇の準備はこれでよろしいでしょうか。」

 

ゲルトナー大司教はイーリスの用意した祭壇を受け入れた。

 

「ええ、問題ありません。本来なら助手を連れてきたかったのですが、事情が事情ですので私一人で執り行います」

 

今回の儀式というのは、女神ルミナスの復活にアトラス教会が重要な貢献を果たしたと主張する政治的なものだ。宗派連合した以上、アトラス教会と再臨派は身内である。それはそれとして、両派閥の力関係というものはある。

 

『再臨派が守ってきたルミナス様の肉体が、コリント卿の協力とアトラス教会の儀式を経て再臨を果たした』というのが三方丸く収まる着地点として予定されていた。アトラス教会に花を持たせるという事ではあるが、そもそもアトラス教会が女神ルミナスと認めるかは時間をかけて話し合われる。この件のゴールは見えつつも、そこに無事着陸する為には関係者の緊密な協力が不可欠だった。

 

「ご案内ありがとうございました、コリント卿」

 

確認をしたゲルトナー大司教が、これでもう充分と確認した様子で俺に言葉をかける。

 

「以後はイーリスを付き添わせます。何かあれば、彼女にお申し付けください」

 

イーリスは今も人類スターヴェイク帝国宰相の肩書を持つ。宰相直々に儀式を総括させるのだ、人類スターヴェイク帝国の本気の取り組みと捉えられているはずだった。

 

「では、我らは失礼して外で親睦を深めようか。」

 

俺は聖騎士たちに笑顔を向けた。

 

「・・聖騎士である我らでも、アトラス教会の儀式に参加することはかなわないのでしょうか?」

 

その聖騎士の発した問いは、彼の純粋な願いの発露なのだろう。聖典の儀と言っても実際は特別なことは何もない。秘密というヴェールで覆い隠す事が、今は必要なのだ。

 

「今回執り行うのはアトラス教会の秘儀です。それに皆様が参加されてはアトラス教会の活躍を奪ったと見做されましょう」

 

イーリスがやんわりと説得する。ルミナスの再臨は目の前である。宗派連合した以上、アトラス教会の協力が不可欠であるとも分かっている。ここは喧嘩するところではないと聖騎士達も弁え納得するだろう。なんと言っても全ては彼らのための儀式なのだ。

 

「大丈夫だ、大遺跡の入り口は我が兵で固めている。折角なのだ、貴卿らとはこの三日間でゆっくり語り合いたいものだ」

 

そこからの三日間、聖騎士達と人類スターヴェイク帝国の有志が合同の特訓を行った。俺とダルシムとエルナというコリント流の使い手に、剣聖流を極めた聖騎士達は手も足も出なかった。

 

どちらの実力が上か。俺達はきっちりと聖騎士達の肉体に叩き込み、肉体言語で語り合った。ダルシムとエルナも使い手としては聖騎士達の遥か上をゆく。この機会に、コリント流をアラム聖国に伝授して戦力を強化しなくてはならないだろう。

 

リアもエルナにそう劣らない剣の使い手だと知ると、聖騎士達の態度は大いに改まった。なんと言っても彼らが総出で打って掛かっても、俺一人に手も足も出ないのだから。

 

 

 

 

 

 

三日間かけた聖典の儀が終わり、いよいよ女神ルミナスが降臨する日となった。

 

「上手くいくのかしら?」

 

隣に立ったリアが俺の耳に囁く。本日、出迎えに向かったエルナと共に大遺跡に到着したリアはかなり懐疑的な様子だ。リアの傍にはエルナとコンスタンスが立つ。コンスタンスも恐怖に直面すべく、今回の同行を決めたようだ。今日で解決がつく筈なので、同席する方が彼女も今後は安心できるだろう。

 

「イーリスが出来ると言った事は実現するさ。宗教的な折り合いについては、かなり煩雑なことになりそうだけれど。」

 

「そうでしょうね。」

 

人類スターヴェイク帝国はアラム聖国の忠誠心に対して女神の顕現という事象で報いる。これがどのような結果を産む事になるか。

 

今更、アラム聖国を敵にする気はないが向こうから頭を下げてきたとは言え厄介な味方もいたものだ。まぁこれまで大いに助けられている。これでも国全体の要求が明確な分、付き合いやすい範疇の相手なのかもしれない。

 

大遺跡の最深部には、イーリスが運び入れた培養槽が鎮座している。回転するクリスタルと見比べられるようになっており、培養槽の中の女性はクリスタル内のルミナスの姿と寸分違わないと断言できた。生気のある顔色、呼吸の為に上下する胸、生命の兆候は顕著なのでどちらが生命ある存在かも一目瞭然である。

 

「聖典の儀は無事に終わりました。皆様が宜しければ、私がこのレバーを引いて蓋を開けましょう。」

 

ゲルトナー大司教がこちらを向いて問いかける。

 

「では、よろしくお願いします。」

 

俺はゲルトナー大司教に合図した。ゲルトナー大司教が祈りの言葉と共にレバーを引くと、斜めに立てかけられた培養槽の蓋が開く。内部を満たしていたジェル状の液体が流れ出した。微かに青い色のついたその液体は、人の肺で呼吸可能なように調整されている。ゲルトナー大司教は予めイーリスから警告されていたのだろう。慌てて後方に飛んで噴出するジェル状の液体を避けた。

 

咳き込みよろめきながら中の人が起きあがろうとする。側面を固めた2名の聖騎士が即座に彼女の両脇を抱き抱えた。蓋の開いた培養槽から身を乗り出した女性が、盛大に吐き出すジェルに周囲の聖騎士の鎧が濡れる。

 

溢れる液体を正面から被るのを恐れず、イーリスが彼女を受け止めて裸の上から用意したガウンを纏わせる。

 

気管に入った液体を排出しようと女性は盛んに咳き込んでいる。俺も経験があるが、肺の奥底まで浸かったジェルを体内から排出するのはかなり苦しいのだ。

 

「私の言葉が分かりますか?」

 

そろそろ落ち着いた、そんな頃合いを見計らってゲルトナー大司教が慎重に問いかける。その女性は目の焦点もまだ定まらぬ様子だったが、声の主をようやく探し当てたようだった。

 

「・・・ええ。」

 

「それでは貴方のお名前は?」

 

「わたくしの名前は・・・・ルミナス。」

 

聖騎士達が一斉に吐息を漏らす。今の言葉に彼らは確信したのだ、遂に自分たちの女神がこの地に顕現したのだと。

 

「それではもう一つ質問です。貴方は自分を女神と思いますか、それとも人間ですか?」

 

聖騎士達が、予期せぬゲルトナー大司教の追加の質問を固唾を呑んで見守る。その女性は答えた。

 

「わたくしは人間です。」




ルミナスの降臨は、アラム聖国の登場時点で決めていました。“再臨派”という名乗りからしてまさにそうなのですが、次の話を含めてこの辺りを書き上げるのは大変でした。
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