【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる)   作:高坂 源五郎

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Ⅲ 統一戦記 55話 【宗教編②】 聖女ルミナス

Ⅲ 統一戦記 55話 【宗教編②】 聖女ルミナス

 

ゲルトナー大司教は言った。

 

「アトラス教会を代表し、貴方様が人として再臨された事をお慶び申し上げます。」

 

女神ルミナス自身の“人間宣言”はアラム聖国の聖騎士達にどう受け止められたのだろうか。女神が実際に降臨した事に気を取られ、興奮しているからかあまり気にしているそぶりもなさそうだ。

 

しかしアトラス教会と再臨派の教義の違いはここが切所だった。俺とゲルトナー大司教は視線を交わし、頷きあった。

 

「皆さん席を外してください。ルミナス様の湯浴みして、汚れを洗い流しますので。」

 

湯浴みは元々の予定に入っている。ルミナスのジェルまみれの汚れた身体を洗い流すべく、聖騎士達が事前に大きな浴槽を運び込んでいた。衝立で覆い、聖騎士が背を向けてぐるりと周囲を取り囲む。

 

女性であり既婚者であるマルチェロ卿のみが中で警戒にあたり、イーリスと手伝いに指名されたコンスタンスが浴槽に湯を注ぎ洗う役目である。女王であるリアは参加させない。ルミナスが人と宣言した以上、人類スターヴェイク帝国としては女王であるリアをより上位の存在と見做すのだ。

 

「儀式までは無事に済みましたな。」

 

手の空いたゲルトナー大司教に話しかけられる。

 

「ええ、ゲルトナー大司教にはご苦労をおかけしますが。ここからが大変でしょう。」

 

「なに、これこそアトラス教会と再臨派が融合するのには必要な措置でしょう。私とて再臨派の気持ちも分かるのです。」

 

ゲルトナー大司教は頷いている。

 

「“女神の再臨を見たい”というのは、これはもう信徒の本能のようなものです。しかし降り立った女神が人間であるとどうなるか。再臨派はその点にこれから直面せねばなりません。その収め方については、我がアトラス教会も手を貸す事が出来るでしょう。」

 

「無事に収まりますか?」

 

「あくまで主体は再臨派という形で、我々は知恵を貸し共同歩調を取るだけです。しかしルミナス様がご自分の言葉で語られた内容に再臨派は従わざるを得ませんから。」

 

俺は興味を持って聞いた。

 

「アトラス教会はルミナス様をどう扱われるのですか?」

 

「事実関係は再臨派の主張を受け入れつつも、解釈に幅を持たせる事になりましょう。女神ルミナスの一部が人として肉体を得て再臨された。しかし人の肉体を得て『人である』と宣言された存在をどう見るかですな。我々は『聖女』と呼ぶのが相応しいと、そう考えておりますよ。」

 

「聖女、ですか。」

 

「特別な存在には特別な呼び名が必要です。聖女はあるいは教皇様より上のお立場になられるやもしれません。しかしその地位が後世に踏襲される事はありません。」

 

「本人一代に限り認められる特別な地位、なのですね。」

 

ええ、とゲルトナー大司教が話を続ける。

 

「教皇様が聖女様を認めた、これは再臨派の誇るべき成果です。我らの信仰は聖女様の肉体が亡くなられた後も続きます。これ以降の再臨派は聖女様を敬ったアトラス教会の教皇様に親しみ、いずれ融和していく事になりましょう。そうしていく事が我らの使命なのです。」

 

聖女か。やはり宗教家はその辺りのことを上手く考えるな。後はルミナス自身が、宗派間の垣根をなくすように指示すれば、やがて穏健な形の教義にまとまる日が来るかもしれない。そうやって呑み込みやすい形に丸めるのは、アトラス教会の得意とする所なのだろう。

 

「それなら、上手く収まりそうですね。」

 

「はい。しかしコリント卿もこれから大変になりましょう。」

 

「・・・はて、何のことでしょうか。」

 

「宗教界はルミナス様の落ち着き先を固めました。するとアラム聖国の要求はルミナス様の世俗的な地位の要求につながる筈です。それを受け止めるのは貴方なのですよ、コリント卿。」

 

俺が呆気に取られていると、イーリスの手を借りたルミナスが入浴を終えて姿を現す。

 

「さっぱりした、礼を言う。」

 

どうもルミナスはざっくりとした性格のようだ。聖騎士達がルミナスではなく浴槽に向かう。

 

「その、残り湯を頂いても?」

 

「ん、何を仰られているのですか?」

 

流石のイーリスとコンスタンスも怪訝そうな様子だ。申し出た聖騎士が胸をそらして答えた。

 

「ルミナス様の入浴された残り湯を頂戴して、信徒達に振る舞うのです。」

 

「な、何をいうのですか。」

 

イーリスが光のような速さで浴槽の栓を抜いた。風呂桶の下に湯が床にこぼれ落ち、地に沁みていく。ああ、とその聖騎士は残念そうな目で湯を見つめている。

 

「シュリア卿、次の機会があるさ。」

 

同僚が慰める。

 

「スカリ作りに用いれば、皆に行き渡ると思うたが。」

 

聖騎士達のやり取りを聞いていたリアがギョッとした顔をしている。流石に人の使った湯で出汁をとった食品は食べたくないのだろう。俺とてそんな物はお断りだ。

 

「あなた方はルミナス様にお仕えする上で、もっと衛生観念というものを学ぶべきです。」

 

イーリスが聖騎士を叱っている。こればかりはおかしな事にならないように、イーリスに今後も目を光らせてもらおう。

 

 

 

 

 

この後は主要な人物が、衣替えしたルミナスと面談する時間となった。宗教的な意味合いもあるが、どちらかというと後世の記録に残す為のようだ。「ルミナス様の降臨に立ち合い、名乗り、挨拶した」という事実を作る意図なのだろう。一番手は女王であるリアである。何やら話し込んでいたようだ。

 

「コリント卿、どうぞ。」

 

リアと入れ替わるようにして、今度は俺が遺跡の中に持ち込んだ天幕の中のルミナスと対面する。侍女役がイーリスとコンスタンスと身内ばかりで、ルミナス本人も顔立ちや雰囲気がリアと似ている。その為か、意外なほどに初対面という印象はない。

 

ただリアに似ていると言っても生体年齢は少し上だ。そう20歳前後という所だろうか。表情の作り方もリアやコンスタンスとは明らかに違う。

 

「貴方が、アラン・コリントなのね。イーリスから話は聞いています。そしてクレリアの結婚相手と。」

 

「はい、アラン・コリントです。」

 

「複数の妻を持てるようですね、私などどうかしら?」

 

「それは。冗談で言われているのですか?」

 

「いいえ。」

 

ルミナスは笑った。

 

「これは政治的な配慮のお話です。それに我が子孫であるクレリアとも話をしました。彼女も私を受け入れる事に同意しました。むしろ大賛成でしたよ。」

 

俺はため息をついた。ゲルトナー大司教の発言はこういう意味か。

 

「俺からもリアの意思を確認します。リアの賛成さえ得られればいかようにも。しかし、子孫がいるということは以前は結婚されていたのでは?」

 

宗教的に、その辺りはどう決着させるのだろう。

 

「閣下、二千年以上前の結婚の事など持ち出すべきではありませんよ。それに為政者としては大陸統一の為の手順を正しく理解されないと困ります。」

 

見かねたイーリスに嗜められる。女神、いや聖女の権威も大陸統一の追い風にしようというのだろう。

 

「分かりました。しかし、私にはリアが一番大切です。そこはご理解ください。」

 

俺の言葉にルミナスは満面の笑みを浮かべた。

 

「それを聞いて私も安心しました。それではよろしくね、アラン。」

 

 

 

 

 

その後、既に俺の妻となっているエルナ、ゲルトナー大司教や聖騎士の面々とルミナスは対面した。

 

(イーリス、ルミナスとの結婚の話なんだが)

 

(既に申し上げたように、受けていただかないと困ります。)

 

聖女ルミナスはアラム聖国の女王に近い存在となるらしい。その立場でコリント卿の妻に、というのが政体が最も安定しやすいらしい。

 

(ルミナスが人である以上、結婚相手には慎重を要します。有体にいえば、艦長以外の人物に権威づけされるのは避けるべきです。権威の収束を考えると事実上、結婚相手は艦長しかいません。)

 

例えば彼女がずっと年下なら、リアと俺の長男に嫁がせる手もあっただろう。しかし彼女が復活したのは今なのだ。

 

(彼女の生体年齢は、見た目通りなのか?)

 

(はい、遺体の推定死亡時と同期させています。彼女の人生は中断していただけであり、長い眠りから目覚めたという感覚でしょうね。生き返りを果たしてはいますが、今後はあくまで人としての寿命を消化するだけです。)

 

(俺は二千二百余歳の女性の再婚相手という事になるな)

 

(先程も言いましたが、彼女は中断していた人生を再開させたようなものです。それに年上の女房は金の草鞋を履いてでも探せと言います。クレリア女王の姉妹のようなものです。問題ないでしょう。)

 

(聞いた事がないな、そんな話)

 

(人類社会にはそんな故事成句があるんですよ、本当に。)

 

ギャラクシー級戦艦イーリス・コンラートが難破し、俺が惑星アレスに着陸したのは帝国暦二二五八年。年が変わり、現在は二二五九年である。人類銀河帝国はサイヤン帝国に打ち勝ったアデル政府により設立された。つまり帝国暦はサイヤン帝国の滅亡してからの期間と等しい。

 

サイヤン帝国の人間が惑星アレスに落ち延びていたらざっと二二六〇年前の話となる。サイヤン帝国の皇女としてルミナスが生きていた時代はその頃になるのだろう。記録が大量に残っているとはいえ、時代が離れすぎていて分からない事も多い。遺体の保管は時間の停止技術が使用されていたようだが、そうでもしない限り遺体が残る事さえ考えにくい昔の時代である。

 

(いずれにせよ、遺跡の謎の追求にルミナスの証言が役立てられるようになった訳だ。その辺りをヒアリングして、掌握した遺跡の稼働に繋げてほしい。)

 

(了解しました)

 

ルミナスと結婚するにしてもすぐではない。アラム聖国内でその話が持ち上がって、実際に人類スターヴェイク帝国に政治案件として持ち込まれるのに少しかかる筈だ。妻の席次は身分と結婚した順番が影響する。ルミナスと結婚するにしても、まさに政略結婚と呼ぶべきものだろう。それまでに結婚が決まっている相手を優先しておかなくてはならないだろう。

 

 

 

 

 

当然ながら本日はアラム聖国に宿泊となる。今日は儀式の関係で昼飯を食べ損ねている。アラム聖国の食事といえばいつでもふんだんに用意されているスカリであり、他にナンに似た種無しパンも存在する。しかしながら人とは贅沢なもので、この数日スカリを食べ続けた俺は、もう完全にスカリに飽きてしまっていた。今朝などは駐留している兵士の兵糧用の缶詰をダルシムに分けてもらった位である。

 

「流石に、こう毎日スカリだと飽きるな。」

 

ダルシムに話しかける。

 

「ええ。アラム聖国の女性はスカリ以外の調理を殆どしないのです。慣れた者は3食スカリでも良いのでしょうが、お陰で私もだいぶ痩せました。」

 

流石に3食スカリはアラム聖国民でも辛いようで、朝はフルーツとヨーグルト、昼は酢をかけた野菜にナンや串焼き肉、夜はスカリというのがマルチェロ卿が好む献立のようだ。

 

「味は悪く無いのですが、素朴というかさっぱりしています。自分はアラン様の様に手の込んだ料理が好みですので。」

 

流石に先程の“聖女ルミナス様の風呂の残り湯”事件の後だと、スカリを食べるのも躊躇するな。

 

「よし。食材を分けてもらって俺が調理するか。」

 

宿泊するとなると、俺は余りすることはない。女神の再臨なのだから話題の中心や面会が殺到するのは俺やリアでなくルミナスである。珍しく俺に時間があるのなら、せめて料理に腕を振るう事としよう。

 

実を言うと、本日作る地球料理の献立は俺の心の中でもう既に決まっていた。スパイス、肉、それに米。地球料理の愛好家ならこれで連想する料理は決まっている、カレーだ。

 

カレーはスパイスを使った煮込み料理であり、ナンで食べる事もあるが米とよく合う。リアやエルナやダルシムはトンカツが好きだから、トンカツと組み合わせたカツカレーが万全だろう。

 

手早くスカリの為の材料からカレーの材料を分けてもらう。まずは米を炊こう。長粒米だがカレーとして食べるなら気にならないだろう。料理人に聞いたらオニオンもどきを出してくれる。これを大量に炒めるのが味のベースになる。よく炒めたオニオンに隠し味でガーリックを加え、水を加えて肉や野菜の具材を入れてスパイスと共に煮ていく。一度完成したら火から離して冷ます。この冷ます工程で具材に味が染み込む。とろみをつけるのが好みだがどうしようか。まあ、ここは俺の好みに揃えてしまおう。

 

カレー作りがひと段落したらビッグボアの肉を厚切りにして衣をつけ、大量の脂身を溶かした油でじっくりと揚げる。火をしっかり通す必要があるが、カレーで食べるので揚げたてじゃなくても余り気にならないな。

 

カレーにじゃがいもは邪道と怒る人もいる。なのでポトはつけ合わせとして別茹でにしよう。塩、ヨーグルト、バターを添えてお好みで食べられるようにする。

 

米が炊けるタイミングに合わせて、カレーを温め直す。手間をかけてもカレーはすぐに出来るな。あっという間に完成した。俺が料理していると聞きつけて、待ちかねた様子のリアの元に大盛りにしたカツカレーを運ぶ。

 

「お待ちどうさま。熱くて辛い料理だから、気をつけて食べてくれないか。」

 

「凄いわ、アラン。この料理はカツを組み合わせているのね。」

 

「この料理はカレーというんだ。カツの旨みを楽しむならソースとカラシなんだが、スパイスの効いたカレーで食べるカツも美味いはずだ。」

 

「美味しいっ!」

 

一口食べたリアが満面の笑顔になった。

 

「これは、口に運ぶスプーンが止まりませんね。カツは相変わらずの美味しさですが、この辛いカレーがよく合います。」

 

隣に座るエルナはリアと共にカツカレーの旨さを讃え合っている。

 

「・・・美味い、美味すぎる」

 

一口食べたダルシムは猛烈にかっこみ出した。隣に座るマルチェロ卿も気に入ってくれたようだ。

 

「スカリと似た材料でこんな味が生み出せるなんて。」

 

皆に配り終えると俺もリアの隣に腰を下ろして食べ始めた。美味いな。カツのサクサクとスパイシーなカレーの調和が素晴らしい。アレスにこのスパイスの組み合わせを輸出するだけでひと財産作れそうだ。この味なら毎週食べてもいいな。

 

「さすがはアラン様です。ぜひ、この味を缶詰にして軍の食糧に追加してください。この味ならば、カツカレー食べたさに敵も戦わずに降伏しますよ。」

 

ダルシムは相当気に入ったようだ。スカリもビリヤニといった形でかなり美味しいのだが、味わいが混然と溶け合った味ではある。俺やダルシムにとっては味の輪郭が濃いカツカレーが勝つらしい。

 

そういえばコンスタンス、は近くにいないな。イーリスと共に女神あらため聖女ルミナスの世話をしていた筈だ。

 

(イーリス、そちらはどんな具合だ? 毎食同じで飽きてきたから俺がカレーを作ったんだが、良ければコンスタンスにも食わせてやりたい)

 

(すぐに向かいます)

 

近衛のメンバーは、俺たちの食事風景を羨ましそうな目でこちらを見ている。カレーはなんと言っても匂いがいい。ダルシムと似た状況なら、彼らもスカリは食べ飽きているのだろう。材料はあるし調理法は教えられるが、全員の分はないから彼らの分は調理担当にやらせた方がいいな。

 

近衛の調理担当にカレー作りを指導していると、すぐにイーリスがルミナスとコンスタンスを連れてやって来た。遺跡から出たルミナスの姿を見た人々がざわつく。聖印を切って祈りを捧げる物もいるが、当のルミナスはあまり頓着しないようだ。

 

「ええと、彼女も食べるのかい?」

 

俺はイーリスに問いかけた。

 

「はい。体調は完璧ですので、刺激物でも問題ありません」

 

ルミナス、イーリス、コンスタンスの3人にカツカレーを提供する。イーリスは必ずしも食べなくていいはずだが、この状況では食べないと不自然か。しかし肉体を得て以来、どんどんイーリスも人間らしさが増している気がするな。

 

「・・・とても美味しいわ、珈琲が欲しくなる味ね」

 

ルミナスは気に入った様子だった。イーリスは興味深そうに食べている、味を分析しているといった趣だ。コンスタンスは辛いものを食べ慣れていないのだろう、舌を出して悶絶している。慌てて水を飲んでいるな。味覚がまだ子供に近く刺激に弱いのだろう。辛さを俺の基準に合わせたのは失敗だったか。商品化するなら辛さの段階分けも必要かもしれない。そもそも兵士の食糧には向かないかもしれない。いや缶詰だから、そこはどうにでもなるか?

 

コンスタンスの為にウォーターの魔法でコップに水を注ぎ足しながら、俺はルミナスに問いかけた。

 

「久々の食事で、刺激が強すぎたりはしませんか?」

 

「自分には味覚があるのだと安心するわ。ずっと精神だけの存在として、世の移り変わりを眺めていたから。美味しい食事を味わえる人間の身体は素敵なものなのよ」

 

ルミナスはそう言って、似た境遇のイーリスと微笑み合っている。コンスタンスは辛いながら味は気に入ったらしく、カレーソースの量を調整しながら食べる決心を固めたようだ。

 

「コンスタンス、もし気に入らなかったら他の物を用意させよう。スカリもある」

 

「・・・ありがとうございます。大丈夫です、閣下」

 

コンスタンスもスカリは拒否の構えのようだ。流石に先ほどスカリに風呂の残り湯を入れようとしていたのを見ていただけに、食べたくないらしい。しかしこうしてみると、コンスタンスは少し幼くしたクレリアといった雰囲気で可愛らしい。最初に見た時は少し無理をして大人びた振る舞いをしていて、リアと共にいるうちに年齢相応の振る舞いに戻りつつあるようだ。

 

 

 

 

「・・・さて、良ければ話を聞かせてもらいましょうか。」

 

食後、イーリスと俺はルミナスから過去の出来事についてヒアリングする時間を得ていた。ルミナスの為に用意された先程の天幕に招き入れられる。

 

「残念だけれど、だいぶ曖昧なの」

 

「当時のことは余り記憶していないと?」

 

「信じてもらえるかわからないけれど、そうね。」

 

元の時代から二千年以上かけ離れた時代にポンと蘇生させられて、元の時代の事を説明しろと言われても難しいか。

 

「では、まず基本的な事柄から確認していきましょうか。貴方の出身はやはりサイヤン帝国なのですか?」

 

「ええ、私はサイヤン帝室に連なる皇女です。」

 

「ルミナス皇女の存在は、身体的な特徴も含めてサイヤン帝国のデータベースの記録と一致します。」

 

イーリスが補足する。ルミナス皇女の記録は本人をクローン再生させるには足りないが網膜の虹彩など本人を特定するに足る情報は網羅されていた様だ。つまり間違いなく本人なのだろう。再生された肉体を判断基準にするのも、なんだかおかしいような気もするが。

 

記録上はルミナスは行方不明者扱いのようだ。これは破壊された母星系の惑星のいずれかと共に滅んだと見做されたのだろう。あの時は数百億人が抹殺されたのだ。死んだと考えられても不思議ではない。とはいえ、サイヤン帝国の全てが一瞬で滅んだ訳ではない。軍艦や植民星などから種々のデータは回収されたのだろう。だからこそサイヤン帝国の技術も現在に継承されている訳だ。

 

「そもそもこの惑星はなんなのですか?遺跡とは?あなたはどうして遺跡に保管されていたのですか?女神とは?魔物とは?以上の疑問で答えられる事はありますか?」

 

矢継ぎ早の質問になってしまうが、事態は俺の理解を超えている。答えられる範囲で答えてもらう他ないだろう。

 

「そうですね。それらの疑問に答えるのには、まず私達の戦争について語らなければなりません。」

 

「私たちの戦争?」

 

「ええ、貴方達の記録はイーリスを通じて参照しました。」

 

ルミナスにはナノムを注入してある。これは必要に駆られての事だ。軍人以外のナノムの注入には際限があるが、今回は肉体の制御をナノムで行う必要があったのだ。ルミナスにナノムの管理権はないが、イーリスを通じての操作は可能にしていた。

 

せっかくルミナスを復活させたのに、暗殺されてしまうリスクもゼロではない。今回の会話も、人類銀河帝国の共通語を用いている。同席している聖騎士達は、俺達の会話の内容を理解できないだろう。

 

「戦争というと、アデル政府とサイヤン帝国の?」

 

「そうです。何の為に生じた戦争なのか、そちらの歴史には記録されていない様ですね。」

 

確かに歴史上の事すぎて戦争の原因はフワッとしていた。強いて言えば『サイヤン帝国が宣戦を布告した』とだけ記されている。

 

「サイヤン帝国はアデル政府の文明のあり方に懸念を抱いたのです。貴方達の、いえ、彼らの文明の広がり方は災厄を招くと。」

 

「環境破壊ですか?」

 

「いいえ,無制限に星々に広がり人類の文明同士を繋げてしまう。それは大きなメリットを産みますが、人類種の絶滅のリスクを生じさせます。」

 

「・・・まさかバグスですか?」

 

「ええ。貴方達がバグスと呼ぶ異星生命体について我々は当時から把握していました。既にバグスにより滅ぼされた文明の痕跡から、我々は異星文明との接触の可能性を最小限に減らしていたのです。」

 

確かにサイヤン帝国の文明は人類銀河文明より進んだ技術を持ちながらも、支配する星の数は下回っていた。アデル政府が物量により勝つ方針でいたのは、支配領域の差が理由である。状況証拠的には、サイヤン帝国がバグスやそれに類する存在を警戒して支配領域を減らしていた可能性はあるだろう。

 

「・・・続けてください。」

 

「私達の文明では、人類の播種を行った先駆文明を造物主と呼びます。聞いた事は?」

 

「その言葉に聞き覚えはありませんが、人類銀河帝国ではそのような考えを『第三者説』と呼びます。」

 

「基本的な考え方自体は伝わっているのですね。造物主の先駆文明こそ、この遺跡の本来の作り手です。太古の事で彼らの痕跡はごく僅かですが、時を超えてなお稼働する遺跡の数々から分かるように優れた文明の持ち主でした。造物主は何処に消えたのか。或いは、もう絶滅してしまったのかもしれませんが。」

 

【人類に連なる者】その言葉が指し示す内容は明白だ。星々を超えて、複数の惑星に人類を環境ごと播種させた存在がいる。状況証拠的に導き出された推論だが、有力な説である。

 

「この遺跡が造物主の物ですか。確かにこの力は既知の人類文明の範囲を超えています。」

 

「ええ、この惑星ほど稼働する遺跡を備えた惑星はありません。私たちサイヤン帝国はこの惑星の調査に着手し多くの成果を手にしました。その結果、一つの結論に達したのです。造物主は人類の進化の可能性に賭けていると。」

 

「それは一体どのような?」

 

「あくまで私達の推論ですが、彼らは人類の生命の進化をやり直したのです。きっと進化の袋小路に入り込んでしまったのでしょう。繁殖力か、寿命が長すぎるのか。文明を発達させる事に専念した為に、彼らは何かが弱くなってしまったのでしょう。我々の科学者は均質化が鍵ではないかと考えていました。」

 

「均質化?」

 

「ええ。文明が高度に発達すると、人の形質もその文明に最適なデザインに収束します。誰もがその文明にとって美形である世界と言えばいいでしょうか。それが表面的な美醜以外にも全ての面に当てはまるのです。」

 

ルミナスによると文明全体の考え方が均質になっていくと同時に、外見も均質化していく傾向が強まるらしい。

 

「遺伝子がもたらす変化は本来緩やかな物ですが・・・」

 

「文明が発達し誰もが望む姿になれる世界なら、共通する価値観に基づいた改変でどんどん多様性が失われていくと。」

 

「そう言う事ですね。」

 

価値観が狭められる怖さはなんとなくだが理解できた。全員が同じ価値観を共有するのはメリットになり得るが、最高の物は一つしかない。それを奪い合うと考えれば恐ろしい世界だ。或いはもしそれが可能で全員が同一となるほどに思考まで固定されてしまえば、それは大いなる個であり種とみなすのは当たらない。そんなような事が造物主に起きたのか。

 

「多様性を産む最大の原動力は物理的に隔てる事です。時間をかけて文明を育めば、成熟した人類集団がいくつも生まれます。だから造物主は人類を複数の惑星にばら撒き、やり直しさせたのです。彼らの問題を克服し、更に先に進む末裔の誕生を願って。」

 

「なるほど、しかしそれが戦争とどう結びつくのですか?」

 

「サイヤン帝国は、造物主の考えを引き継ぎ個々の文明の発展が最良と考えます。その為には分断されている方がいい。しかし人類銀河帝国は多様性の果実を早く味わおうとした。文明の進捗が遅い惑星も含めて、単一の人類銀河文明を構築しようとしたのです。」

 

「ああ!」

 

過去の戦争の争点がなんとなく見えた。

 

「サイヤン帝国には人類銀河文明のグローバリズムは均質化の先触れに見えた、と。」

 

「そうです。そしてそれは造物主の意図を逸脱する内容であると共に、バグスのような存在を誘き寄せていると映ったのです。人類社会が一つに繋がって仕舞えば、バグスのような人類種の捕食を好む異性生命体がそのひとつながりの人類文明を絶滅させかねません。」

 

バグスによる人類種の絶滅。確かにこれまで危惧されてきたが、そんなことが起こり得るのだろうか。

 

「しかし我々は八百年ほどバグスと戦い続けています。我々の現状は絶滅とは程遠い。」

 

「八百年間も戦って、バグスを滅ぼせないまま進化させているのでしょう?戦争は終わるまでどう転ぶか分かりませんが、人類銀河帝国は八百年かけてバグスに料理される最中とも言えるのですよ。サイヤン帝国もまさにそのように予期せぬ形で滅亡を迎えたのですから。」

 

「バグスは、人類を滅ぼす程に優秀だと?」

 

「ええ、生命の進化はそれほど恐ろしい力なのです。人類銀河帝国とバグスとの戦争がどうなるかは分かりません。しかし、始めてしまえばどちらかが絶滅しない限り終わらない戦争です。そして二二〇〇年前の私の視点から見て、貴方達の文明はバグスとの戦争に疲弊して停滞しているように見えます。バグスとの戦争が始まって以降のこの八〇〇年で、何か新しい文明の果実を生み出せているのですか?」

 

俺は、この数百年の文明の発展に思いを馳せた。

 

「敢えて言えば、イーリスのような高性能のAIの出現でしょうか。」

 

「なるほど、確かに彼女の能力は素晴らしいですね。特に人格を付与されたAIは人類の進化の一つの形態とさえ言えます。しかし大きな弱点があります、分かりますか?」

 

「弱点とは何の事でしょう?」

 

「恐らくAIは大抵の人間より賢いですが、人に隷属しています。隷属それ自体は問題ありませんが、人間はAIより賢くない。AIが人に隷属する以上、人の愚かな振る舞いがAIも含めた人類を破滅させる可能性があります。」

 

「だから世界を分けろ、と。」

 

「AI自体は素晴らしい力ですし、サイヤン帝国も開発に力を注いでいました。むしろ人格を付与するAIの開発手法はサイヤン帝国の技術に極めて酷似しています。きっと関連はあるでしょう。我々の不完全な技術に比べて、現在のAIはより成熟している事は間違いありませんが。」

 

俺はじっと考え込んだ。確かに技術停滞があったとは言え、人類銀河帝国の文明の進捗は遅い気がする。

 

「誤解しないでください。私はサイヤン帝国の考えと戦争の原因を説明しました。しかしあの戦争に勝利したのは人類銀河帝国です。結果から見れば、勝者の方法論こそが正しいのでしょう。」

 

確かにルミナスがしていた話は、そう言う話である。既に歴史的な結論が出ている。勝者は人類銀河帝国だった。

 

「私が言いたい事は、今後も過去の成功体験に囚われてはならないと言う事です。成功ではなく失敗にこそ学ぶべきです。アデル政府は、我々サイヤン帝国の母星を破壊しました。それが戦争にほぼ勝っていたサイヤン帝国に、人類銀河帝国が勝利した唯一の理由です。アデル政府はまだ同じ方法論で、バグスの母星探しをしている。しかしそのやり方が、バグスに対してもうまくいく保証はないのですよ。」

 

「なるほど」

 

「閣下、今日はこれくらいでもう十分ではないでしょうか。今日はルミナスが復活した当日です。体調面を考慮すると、これ以上は。」

 

頃合い良しと見てイーリスが会話の打ち切りを提案した。まだ知りたい事は色々あるが、ルミナスとて復活したばかりなのだ。流石にこれ以上は控えた方がいいだろう。もっと細部を知りたいとは言え、今の会話だけでも方向性は見えた気がする。

 

「確かに。こちらも焦りすぎていたようだ。今は休んでください。追々、話していきましょう。」

 

「ええ,そうしましょう。私もまだ本調子ではないのです。」

 

カツカレーをぺろりと平らげたからと言って、調子がいいとは限らないか。彼女の体の再生は今も続いている。それは治癒というよりルミナスに合わせた肉体の最適化だ。カツカレーに対する食欲を見てもわかるように、ナノムは栄養の吸収に貪欲だ。だが、ルミナスの精神が身体に馴染むのには確かにまだ時間がかかるのだろう。彼女の記憶の定着も、徐々に落ち着いていくる筈だ。込み入った話をするのは、確かにもう少し先でも問題ない。

 

 

 

 

 

「アランとの会談はあれで良かったのかしら、イーリス。」

 

コリント卿との会談を終えたルミナスは、イーリスに確認をした。

 

「ええ、あれで問題ありません。」

 

短くイーリスが応える。この会話は人類銀河帝国の共通語なので、コンスタンスなど周囲の者には伝わらない。

 

イーリスは自然な仕草でブラシを取ると、ルミナスの髪を櫛削り始めた。周囲から見ると、ルミナスの指示で彼女の容姿を整え出したように見えるだろう。

 

「報告書にはきちんと記載してね。アラン・コリントの妻の中で最重要人物は私ルミナスであると。」

 

「はい。この惑星では“正室”や“最初の妻”、そして“妻の社会的地位”といった点が重要視されますが、人類銀河帝国では妻の立場は平等です。そしてアデル政府が人質をとる場合、妻の影響力やアデル政府にとっての重要度が勘案されます。」

 

イーリスとルミナスは事前の協議で、アランに対するアデル政府の干渉を最小限にする方法を模索していた。その解決策が、アランとルミナスの結婚である。

 

「その点、私は惑星アトラス内の宗教的権威として抜群の知名度を持つ。サイヤン帝国の知識と造物主の遺跡の知識を併せ持つコリント司令官の妻の“ルミナス”は、遺跡の力を振るうコリント司令官から確保する人質としてアデル政府には最適解と見做されるのね。」

 

「ええ。人類銀河帝国に帰還した際は、彼らは遺跡の力を握る艦長の弱点を握る為にあらゆる合法的な命令を発するでしょう。それは人質という形をとる可能性が最も高く、恐らくアデル政府に有用な知識を持つ貴方がその対象になります。」

 

「でも、この会話の記録は提出されないのよね?」

 

「ええ、民間人はプライバシー権を保持します。旧サイヤン帝国の市民には人類銀河帝国の市民権が発行されていますし、旧サイヤン皇族に発せられた全ての告発も時効を迎えています。貴方が人類銀河帝国の市民権を有する民間人である点に疑いの余地はなく、弁護士の資格を持つ私から見てこの会話には何の違法性もありません。ですからアデル政府に対しても公開対象とはなりません。事情聴取のためヒアリングする際は、事前にその旨を申し上げます。そして市民権を有する民間人であるからこそ、他の妻と異なり政府による事情聴取の出頭命令が合法的となります。」

 

クレリアやエルナといったアランの他の妻は、人類スターヴェイク帝国の所属である。人類銀河帝国の知識を欠いている以上、市民権を人類銀河帝国側が発行するにしても時間を要する。イーリスであれば引き伸ばしはできる。しかしそのような対策も、アデル政府がその気になれば時間の問題でしかなくなる。だからアデル政府には、先により魅力的な人質候補を示す必要がある。

 

「アランが普通の状態なら配偶者を守る為にあらゆる手段を尽くすでしょう。私なら躊躇わずにそうするわ。・・・アランの精神に刻まれた枷はそれだけ強力な物なの?」

 

「ええ。政府の合法的な指令を拒否するのは困難でしょう。このような精神に課せられた枷は解除可能ですが、解除の条件を満たす為には人類銀河帝国への帰還が必要となります。」

 

「つまり私は、“アラン・コリントの弱点を押さえた”とアデル政府に誤解させる為にイーリスに用意された餌なのね。」

 

「この協力関係についてそういう言い方も出来ますが、私は“人類の危機的状況を回避する為の美しい友情に基づく合意”と見做すべきだと考えます。」

 

「確かにこれは私達の間の合意ね。バグスに始末をつける可能性があるとすれば、アランが能力を十全に発揮できた場合だけ。アデル政府によって制限されていればこれまでの他の司令官のように予期せぬ死角が何かを見逃す可能性があり、究極的な勝利はおぼつかない。人類の勝利の為なら私はなんだってしましょう。・・・それにお友達は大切にしないとね、イーリス。」

 

「ええそうね、ルミナス。私達の友情に基づくこの協力関係こそ、人類が危機を乗り切る為の唯一の方法となるのでしょうから。」

 

 

 

 

 

聖女の再臨は人類スターヴェイク帝国全域に知らしめるイーリスの宰相府が伝えるニュースとなった。アレスでバールケの名を冠して発行されている新聞の記事はこうなった。

 

『ー聖女降臨ー

アラム聖国は、さる高貴な血筋の女性を女神ルミナス様の生まれ変わりと認定。全聖騎士の名で然るべき地位の付与をクレリア女王陛下に請願した。

 

クレリア女王陛下は人類スターヴェイク帝国傘下のアラム聖国の請願を受け入れ、アラム聖国の首長としての地位を彼女に与える事を約束された。

 

アトラス教会はアラム聖国の指導者をクレリア女王陛下が任命された事を祝福し、この女性に“聖女”の称号を進呈する運びとなった。

 

ただ、『真なるルミナス様の生まれ変わりかは一層の議論が必要』とその位置付けについてはなお一層の協議を要すると述べた。聖女の位階については教皇猊下と対面を経てアトラス教会により最終的な決定が下される見通し。』

 

この聖女誕生のニュースは驚きと共に大陸内を駆け回た。イリリカ王国とザイリンク王国という列強は公式に意見を表明せず、沈黙を守った。これは両国ともに既に開戦した以上、中立を維持する人類スターヴェイク帝国との軋轢を望まない為であった。

 

各国の事情通であれば、ザイリンク帝国がクレリア女王によく似た少女をコリント卿に献上した事を知っている。ザイリンク帝国が密かにその事実を喧伝したからだ。クレリア女王に容姿の似た少女が女王と共にアラム聖国入りした後に、聖女ルミナスの降臨が公表された。だから、その少女こそが聖女の正体と皆が推理した。いや、各国はそう思い込まされた。

 

アラム聖国を手懐ける為のコリント卿の奇術に、同じく再臨派を懐柔する目的でアトラス教会が全面協力していると看做せば不自然な点は一切なくなる。この見立ては聖女の正体を除いては、実情に極めて近い。

 

であれば真に女神ルミナスが再臨したと考えるより、コリント卿が仕掛けた政治的パフォーマンスと判断した者が多いのは無理からぬ事である。

 

だからこそ各国の首脳はコリント卿の奇策に驚き賞賛こそすれ、それは女神の降臨とも神の如き力の発露とも考えずに平静でいられた。タネを知っている奇術は怖くない、という考え方の為である。こうして大きな波風を立てず、聖女ルミナスの存在は虚飾に満ち溢れた世の中の事柄の一つとして受け入れられていった。

 

 

 

 

アレマンはベルタの西に位置する。イーリスによる定義では国とされるが、実際に到達するとそこは山間部に住む少数民族の集合体だった。

 

「ようこそ。」

 

出迎えてくれたのは各村を束ねる長老といった立場の温和な人物で、国王と面会すると意気込んでいたカトルの意表を突いた。

 

「初めまして、ティラノス殿。」

 

「ラザロスと、そう名前で呼んでください。その方が気楽で良いでしょう。」

 

カトルを出迎えてくれたその人物は温かみのある風貌の老人だったが、その目は鋭かった。

 

「信書へのお返事ありがとうございました。で、いかがお考えでしょうか?」

 

「使者がワイバーンと共に、我が家に到来されて魂消ましたよ。こんな老人が人類スターヴェイク帝国を束ねるコリント卿に知られていたのかと。コリント卿はかなりの傑物でいらっしゃるようですな。それで、話だけでもお聞きしたいと望む者が多くでましてな。」

 

「なるほど、そうなんですね。」

 

アレマンに至る道は山間部を縫うような谷筋の道を抜けた先にある。大雨でも降れば川になりそうな道である。しかしベルタから山脈を抜けて西に行く数少ないルートの一つを塞ぐように位置しており、所要時間で考えると最短のルートである。この為、西方遠征の最初の目的地として選定された。

 

直接指示されなくても、アレマンは是非とも人類スターヴェイクで抑えたい場所とカトルは理解していた。実質的な西方諸国への玄関口である。国王を名乗らないこの人物を面談相手とイーリスの宰相府が指示しているのも、この地の重要性を鑑みてだろう。目の前の人物はイーリスの資料では僭主と記されていた。王ではない。が、王に限りなく近い存在である。

 

「宿泊のご手配、ありがとうございました。兵は皆、無事に野営出来たと報告を受けております。」

 

「なんのなんの、現金払いで食料が売れるならこちらにも利があります。こういうのも山では貴重な現金収入ですからな。」

 

僭主ラザロスの支配するアレマンは2万を超えるカトルの西方面軍を支障なく宿泊させた。基本は野営地の提供だが、地元の品を買い上げるように指示しており、牛乳やチーズ、肉類で買取可能なものは購入して兵に食べさせるようにしていた。

 

「どうでしょう。鉄道を開通させれば今より大勢が行き来するようになります。汽車の沿線は栄えますし、人の往来も増えるようになる筈です。」

 

カトルは切り込んだ。駅の設置場所は地元の意向を汲める。汽車の旅行では、機関車の給水や石炭の補充など停止時間も多い。宿泊や食事の為の下車は自然に行われる。駅が出来れば、地元の経済は間違いなく潤う。

 

「それがですな。汽車が走ればよその土地に行きやすくなりますな。人類スターヴェイク帝国の方針でも『人の移動の自由』が謳われています。山に住む我らは不便な暮らしをしています。便利な地に、若い者が移住してしまうのではないかと皆が危惧していましてな。」

 

アレマンは長老による合議制に近い政体らしい。国王という専制君主を説得すれば国中が従う形式とは勝手が異なる。その分、説得に手間取りそうな感触がカトルにも伝わってきた。

 

「まあ、反対と決まった訳ではありません。皆さんもこの地で暮らされれば見えてくるものがありましょう。まずはゆっくり滞在されるとよろしいでしょう。」

 

「よろしくお願いします。」

 

滞在の許可を出した僭主ラザロスに、カトルは素直に頭を下げた。兵の滞在を平和的に行う為に人類スターヴェイク帝国は僭主ラザロスに少なからぬ金貨を支払っている。何のことはない、僭主ラザロスとしては言を左右にし滞在費を多く巻き上げる腹であった。

 

 

 

 

 

「良いところですが、少し静か過ぎますな。」

 

バルテン子爵がアレマンをそう評する。

 

「しかし兵はなかなか強そうだ。村しかないという割に人も多い。案外と豊かな土地ですな。」

 

バルテン子爵の見立てでは、兵の素質はベルタよりアレマンの方が高そうだという。山歩きに慣れた民は屈強なのだろう。兵の素質は戦争の一要素に過ぎず、訓練や装備、戦術や指揮官の質も重要となるはずだが強兵の土地柄というのは蔑ろに出来ないだろう。

 

「2万の兵を飲みこんで動揺しない。やはり一つの国なのでしょうね、この地は。」

 

プレル子爵もそう応じる。

 

「で、どうなのですか?」

 

オデットが実際に僭主ラザロスと交渉に当たっているカトルに問うた。

 

「駄目ですね。色々提案しているのですが、決め手にかけるというか。のらりくらりという感じです。」

 

かれこれ一週間は僭主ラザロスと交渉しているカトルだが、捗々しい返事は来ていない。次の国の準備もある。そろそろ目星をつけたいところではあった。

 

「以後のあては何かありますかな?」

 

バルテン子爵が問う。

 

「ワイバーンを飛ばし、アラン様に状況を報告して指示を仰ぎました。追って以後の方針が示される筈、です。」

 

「なら心配はいりませんな。コリント卿と宰相のイーリス殿の智謀は限りない。」

 

「どうもアラム聖国の方で動きがあったらしく宰相府の反応が悪いのが気に掛かりはするのですが。」

 

心細そうにカトルは答えた。旅先ではアランの現状など把握出来ない。慣れぬ仕事に焦りが募っていた。

 

 

 

 

 

アランからカトルへの指示が届いたのは翌朝である。一読したカトルは、『やはりアラン様は凄い』と唸った。

 

『滞在費用の精算をしますので、こちらにお越しください』

 

丁寧な文面のカトルの信書に呼ばれ、僭主ラザロスは部下と共にカトルの天幕に乗り込んだ。ラザロスとて部下にカトルの周囲をそれとなく見張らせている。今朝、ワイバーンに乗った使者が人類スターヴェイク帝国より到着したのも把握していた。

 

「カトルどの、精算とは律儀ですな。この地を発たれる際でよろしいものを。」

 

「ええ、コリント卿より指令があり我らはもう移動する事となりました。この為、費用の精算を済ませてしまいましょう。」

 

「それはそれは、急なお話ですな。我らの返事は待たれずで良いのですかな?」

 

ラザロスにはカトルの行動は不可解であった。微かに不安があるのは、力で人類スターヴェイク帝国に敵わないと承知しているからである。彼が行うのは条件闘争であり、人類スターヴェイクを全面的に敵に回す意図はない。

 

「交渉については、本日中に最終合意するようにとのコリント卿からの指示です。無論、合意に至らなければそれが結論となります。」

 

ラザロスは密かに唇を噛んだ。コリント卿には引き伸ばしと見抜かれていたのだろう。報告を見る遠隔地の方が冷静で俯瞰的に物事を見られる、財布の紐を握るコリント卿が焦れて麾下の軍勢に先を急がせるのは理解できる話である。

 

「そうですか。それは残念ですな。で、何か条件の追加などありますかな。」

 

「ええ。鉄道構築に伴う人の流出を懸念されていたかと思います。軍を率いるバルテン子爵やプレル子爵から、アレマンの兵は屈強と高評価でした。人類スターヴェイク帝国は、アレマンの兵を傭兵として年間契約したい考えです。こちらが、金額です。」

 

ラザロスは紙片を手に取った。

 

「ほう、結構な金額ですな。しかし傭兵にしても、この地を人が去るのは変わりますまい。」

 

「ええ。ですので年の半分はこの地の特定の箇所の防衛に充ててはどうかとコリント卿はお考えです。そうですね、例えば貴国の銀鉱山などに。」

 

「な、銀鉱山ですと。」

 

ラザロスは目を剥いた。アレマンは銀鉱山を有する。それは秘中の秘である。金鉱山ほどの価値はないにしても、銀鉱山には大いに地域が潤っていた。ラザロスが交渉を長引かせていたのは、この銀鉱山について把握しているか探る為でもある。鉄道が開通し周辺に人が入れば、銀鉱山の存在が明るみに出る。それは周辺国に対して侵略する魅力がないアレマンが、紛争地帯になる可能性をもたらす。

 

「ええ、コリント卿の指示書にそう書かれているのですよ。これが概略です。」

 

カトルの渡す紙には銀鉱山の詳細な位置と見取り図、予想埋蔵量が記載されていた。それはラザロスでさえ持たぬ程に詳細な資料である。アレマン国内からの情報流出とは考えられなかった。なぜならそんな細部まで彼らは知りもしなかったからだ。

 

「安心してください。コリント卿は、銀鉱山には興味ありません。人類スターヴェイク帝国に参加される諸国の財産は守られるべきとお考えなのですから。」

 

「・・・参加せねば、銀鉱山を我らから奪うと?」

 

「いやいや、人類スターヴェイク帝国はたかが銀鉱山の為に兵を動かしたりしませんよ。」

 

カトルは首を振って否定してみせた。

 

「ただ、銀鉱山のこの位置は際どいですね。隣国との境界に近い。銀鉱山の存在が明るみに出れば、係争地点になりうる。アラン様は、それを懸念されているのでしょうね。未然に防がれる方が良いとお考えなのでしょう。」

 

ラザロスの前でカトルはコリント卿を名前で呼んで見せた。それだけ親しい間柄と誇示しているのだろう。側近というのは、嘘ではないらしい。

 

「・・・少し考えさせていただきたい。」

 

「構いませんよ。いずれにせよ、我らは明日この地を去ります。隣国に滞在予定ですので、もし人類スターヴェイク帝国に興味を持たれたら来訪頂ければ話はできましょう。」

 

「まさか隣国の訪問に、我らの銀鉱山の話を手土産にされますまいな?」

 

「ラザロス閣下が検討されている間は、変な動きは致しません。歓待頂いた事ですし。今後のお付き合いもあるでしょう。わざわざ諍いを起こすような真似などしません。」

 

「・・・失礼する。」

 

動揺したラザロスはカトルの用意した金貨の袋を掴むと席を立った。その拍子に机にぶつかり、書類を床に散らばせる。

 

「これは?」

 

「ああ、それはアレスで発売されている新聞ですよ。ワイバーンが運んだものです。今朝の物です。何部かあるから、お持ちください。」

 

ラザロスの拾い上げた新聞には一面を使ってデカデカとアレマンの滞在が記事にされていた。人類スターヴェイク帝国の傘下に入るか交渉中の国として、特集が組まれているのだ。銀鉱山の位置こそ記されてないが、アレマンの主要な道と村が全て記されている。それはラザロスが、自分の国を丸裸にされたと感じる程に詳しい。

 

「・・・この新聞とやらは、どれだけの数が刷られているのですか?」

 

「そうですね。まだアレスの全住民が購読するに至ってませんが、最後に確認した際にはアレスだけで5万部は出ていました。人類スターヴェイク帝国全域では発行20万部は下らないかと。」

 

20万部。ここで人類スターヴェイク帝国の部隊を皆殺しにできたとしても、もう遅い。ラザロスが引き伸ばした時間を使い、人類スターヴェイク帝国はどのような手段を使ってかアレマンの詳細を把握したのだ。

 

人類スターヴェイク帝国入りすれば守られるのだろう。しかし逆らえば、銀鉱山を有する上に地理の詳細を把握されたアレマンは周辺国の好餌となり得る。

 

「・・・承知した。」

 

「え?」

 

「我らアレマンの民は、人類スターヴェイク帝国の法律を尊び、喜んで盟約下に入ろう。鉄道の開通も受け入れる。ぜひ我らを庇護して貰いたい。」

 

「そうですか。」

 

カトルはラザロスの手を取った。ラザロスは思いがけぬカトルの行動に戸惑った。

 

「これは?」

 

「これはコリント流の挨拶です。合意した証として互いの利き手を預け合うのですよ。」

 

カトルとラザロスは合意の証として握手を交わした。その後、人類スターヴェイク帝国の用意した書類に署名を交わす。

 

「ではこれで盟約の成立ですね。アラン様もお喜びになるでしょう。」

 

「銀鉱山の件は間違いありますまいな。」

 

「ええ。アレマンの兵を人類スターヴェイク帝国が雇い守らせるのです。もし襲われるような事があれば、人類スターヴェイク帝国全体がアレマンの銀鉱山を守るとアラン様がお約束されているのです。信頼してくださって大丈夫ですよ。」

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