【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる) 作:高坂 源五郎
Ⅲ 統一戦記 56話 【培養編①】 閨閥
俺はリアと共にドラゴンに乗り、スターヴァインに戻る事にした。アラム聖国には、ルミナスとの面談の為に再訪する事になるだろう。コンスタンスはアラム聖国に残り、聖女と呼ばれるようになったルミナスに仕える事となった。
「聖女にコンスタンスを取られてしまったね。」
グローリアの背に乗る時、俺はリアに話しかける。
「短い間だけれど、コンスタンスの事は従姉妹か妹のように感じていたわ。」
リアが俺の肩に頭を持たせかけ、そう溢す。
「けれどザイリンク帝国から贈られた人材だもの。アダーのように、身内の安全を理由に情報を引き出されるかもしれない。」
「確かに政治の中枢からは、少し距離を置いた立場にいてもらう方が良いかもしれないな。」
「ええ。聖女ルミナス様も身の回りに親しい者が必要とお考えのようだったし。」
アラム聖国の価値観は偏りがある。コンスタンスはまだ何か才覚を示した訳ではないが、敢えて言えばルミナスが普通の感覚で接する事が出来るのは慰めになるだろう。顔が似ているために血族と明らかで、ルミナスが再臨した以上はアラム聖国では危害が及ぶ恐れがないのも良い。
「リアには、新たな侍女が必要にならないかい?」
「今は手が足りているけれど、常に探しておく方が良いでしょうね。年頃になれば彼女達はどんどん嫁がせていかなくてはならないでしょうし。」
女官長たるテリス子爵夫人からしてカロットに嫁ぐ事になっている。彼女はリアの側近を続けるようだが、妊娠する計画もあるらしい。
こうして見るとコンスタンスは不足する人手を補うちょうど良い後釜ではあったのだが。ザイリンク帝国との関係がある以上、国の長たるリアの側近としては使いづらい。聖女ルミナスの元に置くのは、ザイリンク帝国から文句の言いようのない配置だ。後は後任が決まれば丸く収まるだろう。
「私の側近は、アランに利用されてみんな取られてしまったわ」
軽くリアに睨まれる。
「そんな事はないさ。テリス子爵夫人は自ら望んだ結婚だし、カリファ伯令嬢のサンドラはユリアンの相手じゃないか。」
「そうね。私としてはアランの周辺は信頼できる人間で固めておきたいの。特に女性は。私達の帝国が大きくなるにつれ、政略結婚の必要性は増すでしょう。であればこそ、信頼できる相手かどうか見定める必要があります。アランの側妃は全て私が選びたいくらい。」
「俺はそれで構わないよ、リア。」
ハッとした表情でリアが俺を見る。
「私が選んでいいの?」
「勿論さ。全てリアに任せるよ。」
俺としてはこれまでもリアが選んできたくらいの感覚だった。まあセリーナやシャロン、エルナはシャイニングスターのメンバーである。その辺りはパーティー内に横のつながりがあった訳で、それが軸となって自然に決まったというのが正確なところかもしれない。
それに側妃として擁立できる数は決まっているらしい。それ以上は私的な側室となるようだが、子供が生まれても爵位の継承が難しいなど政治的な地位は低くなるようだ。
既にクレリア、エルナ、セリーナ、シャロン、ウルズラ、ルミナスと今決まっている妻は6人だ。妻の数が多すぎる気がするが、短期間で国を興しまとめ上げると綺麗事ばかりは言っていられない。
「俺としてはこれまでもリアに言われた通りにしてきたつもりだ。改めてリアの好きなように決めてほしいとお願いしよう。」
(アランは卑怯だわ、お願いされてしまったら私は女王として国の為の最善を尽くさなくてはならなくなるのに)
リアは何やらぶつぶつと呟いていたが、決意したように俺を見た。
「それなら提案があるの。アリスタはよく励んでいるわ。サイラスもスターヴェイクの復興に精力的に励んでいる。それを理由にサイラスを準男爵に取り立てて、アリスタを側妃に加えていいと思う。」
アレスの商業ギルド長のタルスさんにはサイラスさんに先んじて準男爵になってもらった。これは西方諸国に派遣するカトルを貴族家継嗣として対外的に箔づけする意図だった。
商業ギルドの釣り合いという事なら、タルス商会だけ優遇するのはサイラス商会に不利に働く。アリスタを嫁がせる以上、サイラス商会が下になるのもまずいのだろう。男爵に任命するとなると開拓地の支給くらい必要だが、準男爵や士爵は年金を支給すればそれで問題ないらしい。
本来は独立した領地を持つのは伯爵以上という話はあるようだ。ただ、政体の安定の為に子爵・男爵・準男爵・士爵といった層に小領地を分配して王政の安定化を図ってきた経緯があるという。
商人から取り立てる場合は領地経営が不得手なことも加味して、年金と準男爵程度の爵位で済ませるのは双方に利のある収め方らしい。
「君がそれで良いのなら、リア。」
「今後は政治的な思惑でアランに側妃を迎えるより、信頼できる相手でその地位を埋めてしまいましょう。」
「確かに俺達には秘密が多い、その点は考慮するべきなんだろうね。」
「それともう一つ。いずれ聖女ルミナス様を妻にするのなら、それが最後よ。聖女で満足しない男は民に見放されるわ。」
見事にリアに釘をさされたな。しかし、それで俺に不満はない。
「ちょうどいいじゃないか。」
「もうっ、既に大勢の妻を手に入れたからそう言うのね、アランは。」
アラム聖国の件が片付いたらアレスに戻り、セリーナとシャロン独立挙式する事になっている。今でも妻は多すぎるのだ。そう何度も式なんて挙げてはいられないだろう。
アリスタはクレリア女王よりスターヴァインでの休暇を賜った。
「サイラスがスターヴァインの復興に尽力しているでしょう。久々に顔を見せてらっしゃい。」
女王直筆のサイラス宛の信書も預かる。クレリアの素振りから、悪い内容ではないと見当がついた。アリスタは、女王の結婚式の撮影の関係でスターヴァイン入りしていたカリナも里帰りに同行させる事にする。
ガンツのサイラス邸は住み慣れた我が家だが、スターヴァインのサイラス邸は娘のアリスタもまだ見た事がない。結婚式の準備で商会の方は訪れた事があるのだが、公私を弁えるとどうしても私的な空間である父親の家には帰りづらい。こうしてわざわざ機会を作ってるくれるのは、クレリアなりのねぎらいなのだろう。
「よお、来たな。すっかり女らしくなって。」
予告された娘の訪問を待ちかねて、屋敷の外まで出迎えてくれたサイラスは上機嫌だった。手を貸してアリスタが馬車を降りるのを手伝う。
「お父様もお元気そうですね。少し痩せて日に焼けましたか。」
「おう、あちこち現場を回っているとな。」
「お父様は復興の指揮をしている方がお似合いですわ。」
「よく言われるよ、少し若返ったようだってな。屋敷に篭って酒を飲んでいるよりは健康にいい。ガンツの商業ギルドの仕事はナタリーに任せきりだがな。スターヴァイン復興はクレリア女王の為の仕事なんだ、文句を言う奴はいねえよ。」
父と連れ立って居間に入る。贅沢な調度品が並ぶが、以前よりほんの少しだけ成金趣味が薄れた。物によってはアリスタの眼に適う品が、いやクレリア女王でさえ満足させそうな品まである。
「あら、お父様も少しご趣味が良くなりましたね。」
「ガンツで貴顕と交われば洗練されもするさ。」
「ガンツでは夜のお店を経営されているのでしょう。少し控えてくださいね、クレリア女王が風紀が乱れるとお嘆きでした。」
「俺はこれでも上流階級や軍人の慰労に限定した店を作ったんだ。風紀の乱れはノイスの方が酷い。流石に最近は手を入れ始めたようだが、あそこは分かり易い仕事があるから難民がすぐ流れ込むんだ。」
炭鉱の街であるノイスは、石炭の露天掘りで急激に街を拡大している。鉄道網が充実するほど、ノイスの石炭の需要は増す。
他の石炭鉱山の試掘もスタートしているが、石炭が簡単に手掘り出来て鉄道が直結しているノイスの優位性は揺らぎそうにない。小金と仕事のあるノイスには大量に人が流れ込み、街が肥大化していた。
ノイスは悪徳の町、という評判も出始めている。アレスに近いガンツの風紀は羽を伸ばす程度の緩さであって、ノイスのような放埒さでは無い。
「確かにスターヴァインでの復興事業を開始されてから、お父様の評判は王宮でも鰻登りです。私も鼻が高いですわ。」
人類スターヴェイク帝国の二大商会はサイラス商会とタルス商会である。サイラス商会はガンツでのクラン旗揚げから関わっており娘もクレリア女王の側近く仕えさせている。この為に、王宮で使う高級品のような身の回りの品の手配などが多い。
対するタルス商会はアレスの商業ギルド長であるタルスと、アランの側近のカトルの存在もあって政商的な立ち位置になりつつある。高級品には手を出さないが、政府に必要な品を用立てる事が多い。この辺りの役割が固定化しかかっていたのを、サイラスの今回の復興支援事業は食い止めた格好だ。
サイラスとて、このまま王宮出入りの御用商人で終わるつもりはない。人類スターヴェイク帝国全体で、手広く事業を展開する事こそ彼の本望なのだ。
変わらずにアリスタの側近く仕えて支え続けるカリナが入れてくれたお茶を飲み、アリスタはようやく人心地ついた。
「で、どうだ王宮は。その後、アラン様からの召し出しはあったのか?」
「もう、お父様ったら。アラン様はクレリア女王とエルナ様とご結婚されたばかりなのです。アレスに戻ればセリーナ様、シャロン様との結婚も待っています。まだ私にお声がかかることはありません。」
実際はクリレアの結婚に際していつでも身代わりを務められるように隣室に控えさせられたりしていたのだが、その辺りを父親に話してもややこしくなるだけだろう。
「ふーん、そんなものかね。」
少し白けた表情のサイラスがいう。彼としては孫の顔を早く見たい気持ちもあるのだ。
「それより、お父様に宛てたクレリア女王陛下より直々の信書をお預かりしています。」
勿体ぶった仕草でアリスタはクレリア直筆の信書を取り出した。奪うように娘の手から信書を取り上げると、サイラスは貪るように中身を読んだ。
「もう、お父様ったら行儀の悪い」
「おい。アリスタはこの内容を知っていたのか?」
「いいえ、知りませんわ。でも悪い内容ではないのでしょう?」
お茶で喉を潤しながら、澄まし顔でアリスタが応える。
「ああ、これまでに無いくらいいい知らせだ。娘の献身的な働きと復興事業の功績に免じて、この俺を準男爵様にしてくださるとっ!」
「まあ!」
「サイラス様、おめでとうございます!」
カリナの祝福を受けながら、父と娘は喜びあった。コリント卿という上り龍に出会ったのは彼らの幸運である。その幸運を活かすべく積み重ねてきた努力が報われるのは、貴族入りして名誉を讃えられたこの瞬間であったろう。
「お父様も、ついに閣下と呼ばれるご身分ですね。」
ハンカチで涙を拭いながらアリスタが祝いを述べる。
「おいおい、本当に信書の内容を知らないんだな。俺が貴族に叙されると共に、アリスタを正式に側妃として迎えるとここに書いてある。」
「え、私が側妃に!?」
「ここだ。ついては専用の侍女を1人まで認めるとある。」
「まぁ、アリスタ様。ぜひ、その侍女の役目は私にお申し付けください。」
「ええ、カリナ。貴方をおいて他にいないわ。」
カリナにはそう返答しながらも、アリスタは衝撃で呆然としていた。庶民であったアリスタは、式を挙げぬままアランに身を捧げた。自分はクレリアの侍女のままで、いずれ側室となる定めと思い込んでいたのだ。側妃は側室より遥かに高い地位である。専用の侍女の他に、式を挙げる権利さえある。
(アラン様は皇帝と名乗られていないけれど、事実上は既に皇帝として振舞われている。複数の女王と公然と婚姻されるのもそれを示される為。その妻の席に私も連なるなんて。)
「・・・アラン様が大陸を統一された暁には、アリスタとの間に生まれた子供に国を一つ与えられるかもしれないな。」
早くもサイラスが夢想に耽っている。しかしそれも単なる夢物語では無いかもしれない。側妃の地位はそれ程に高い。
「・・・私がアラン様の妃の1人になれたなんて。」
「お前は自慢の娘だよ、アリスタ。以前もそうだったし、今もそうだ。よく頑張ったな。」
「・・・はい」
父に抱きしめられ、アリスタは大粒の涙を流した。
政務の決裁が溜まり出した俺はリアと離れてスターヴァインからアレス入りを果たした。三日間ほどリアに先行してアレス入りする事となる。セリーナとシャロンはリアの結婚式に参加しなかったが、今回の結婚式はクレリア女王の結婚お披露目とセリーナとシャロンとの結婚という形を取ることになっていた。
「閣下、お帰りなさいませ。」
出迎えてくれた侍女の顔に、俺はどこか別の場所で会ったような、そんな見覚えがあった。
「・・・君は、確かロートリゲンの娘の?」
「はい、ギルベルタでございます。」
アロイス国王となったアゴスティーニ侯爵ロートリゲンには、スターヴァイン王室に側妃として差し出した娘がいた。それが彼女ギルベルタである。
スターヴァイン王家の滅亡後は、アロイス国王として即位した父親より王女の称号を与えられていた。しかしアロイス王国滅亡とアゴスティーニ侯爵家の取り潰しにより、ギルベルタの立場は宙に浮いていた。
クレリア女王の父である先王の側妃であり、かつ謀反を起こしたアロイスの王女であり、かつ人類スターヴェイク帝国に寝返ったアロイス諸侯の旗頭である。敵ではないが全面的な味方とも言い難い、政治的に極めて取り扱いの難しい厄介な存在となっていた。
「なぜ、君がここに?」
「はい。セリーナ様とシャロン様のお二人が側妃になるに辺り、専属の侍女が認められています。お二人の侍女として私が勤める事となったのです。」
「ああ、なるほど。セリーナとシャロンが君を呼んだのか。」
俺でさえ、ギルベルタを側室にして欲しいという誓願があると耳にしている。セリーナやシャロンが側妃になるあたりギルベルタを侍女として側近くに置くのは、万人の要求に配慮した解決策という事なのだろう。
「色々難しい立場と聞いている。ただ、もし君に誰か想い人がいるなら俺に教えて欲しい。侍女から下げ渡すという形で、相手と添い会えるよう尽力しよう。」
「ありがとうございます。でもそれならば、セリーナ様とシャロン様の後で私にもお情けを頂ければ充分です。」
そう言ってギルベルタが爪先立ちとなり、俺の耳元に言葉を囁く。
「我が身の複雑さはよく理解しております。私が子を為す事が出来るのは、ただ閣下との間だけなのですから。」
「・・・そうか、分かった。考えておく。」
「序列は心得ております。皇太子殿下誕生の後には、私にも訪れがあるかもと期待しでおきますわ。」
スカートを持ち上げて軽く一礼すると、俺をアレスでの自室に送り届けたギルベルタは軽やかに去っていた。
「新たな魔術ギルド長が、閣下に表敬訪問に訪れております。」
ドアの外で侍従の告げる声に、俺は即答した。
「すぐに会おう、連れてきてくれ。」
アレスの魔術ギルド長はこれまで意図して空席にしてきた。魔術ギルドは元々が金食い体質で、力のないギルドという事もある。だが最大の理由は、周辺国に手の内を明かしたくなかったからだ。優れた魔道具を開発したら、魔術ギルドは率先して周辺国に売り込みに行きかねない。過去の経験から、俺は魔術ギルドの無節操さ加減について危惧していた。
それに魔術ギルドに対しては、個人的に後ろめたい事が多々ある。その為、関わりは最小限としていた。今迄は理由をつけて、ガンツの魔術ギルドを窓口にしてきた。
抱えている魔道具作りの規模が小さい内はそれで良かったのだが、流石にアダーを通じて技術流出が起きた今は魔道具作成も加速する必要がある。そろそろ正式にアレスにも魔術ギルドを設置する潮時だった。
俺より少し年上のブロンドの美人が、侍従に案内されて談話室に入室する。室内に香水の匂いが沸き立つ。彼女はだいぶ薄手の衣装を着ていた。膝をつくと胸の部分が開いたドレスから乳房がこぼれ落ちそうだ。肌の露出が多くて、なんだか目のやり場に困ってしまうな。
「閣下、この度は・・・」
「ご無沙汰しています、カーラさん。掛けてください。」
彼女はゴタニアの魔術ギルド長であるカーラさんで、魔道具作りについては俺の師匠でもある。
カーラさんは魅力たっぷりに優雅な仕草で用意された席に腰を下ろし、俺の横に並んで座るアリスタさんの冷めた視線に凍りついた。そして、チッと舌打ちをする。・・・変わらないな、こういう所は。
「アラン様、匂いがきついので少し窓を開けて換気しますね」
アリスタさんは俺に身を寄せて、俺との仲をカーラさんに見せつけるかのような素振りで話しかける。イーリスがルミナスの為にアラム聖国の大遺跡に滞在している関係で、今は俺の周囲に女性の側近が空席になっている。
今回の面談は女性相手なので執務室でなく談話室を利用し、内容に関係あるサイラス商会のアリスタさんを同席させていた。
今回の仕事に対応する為、側妃に内定したアリスタさんをわざわざスターヴァインから伴ってアレス入りしている。彼女はリアのアレス帰還に備えて予め準備する役目だったのだが、カーラさんの来訪予定を知ったリアが用意した俺のお目付け役でもある。
カーラさんとアリスタさんは何やら目で会話しているようだが、彼女達は面識があったのだろうか?
「紹介しておきましょう。クレリア女王の侍女のアリスタ嬢です。彼女の父親サイラスはガンツの商業ギルド長にしてサイラス商会の商会長です。今はスターヴァインの復興を手広く行い、その功績で準男爵に叙せられる事が内定しています。」
「私がアラン様の側妃に内定した、アリスタです。」
窓を開け終えたアリスタさんが優雅に一礼すると、俺の横に座り直した。先ほどより位置が近い、俺とほぼ密着するような位置だ。
「カ、カーラと申します。」
慌てて立ったカーラさんも一礼して再び腰をかける。落ち着いた様子を見計らって、俺は話を切り出した。
「これまで人類スターヴェイク帝国は、魔術ギルドへの依頼事項はガンツのサイラス商会を経由して処理してきました。しかし、そろそろそれを改めようと考えています。」
「魔術ギルドを経由して私をご指名頂いた時は嬉しかったですわ。その、御出世されましたし。」
何かクネクネとした動きで品を作ってカーラさんがいう。
「俺としてはまだカーラさんの弟子のつもりでいますよ。だから今後は、俺の師匠としてここアレスの魔術ギルドで力を貸して欲しいと考えています。」
「閣下のお膝元で働けるのは光栄な事ですわ。・・・十分な支度金をありがとうございました。」
「それで早速なんですが、俺は魔道具の兵器転用を考えています。いえ、正確には既に着手しています。」
俺は机に置いてあった魔道具を掴んで立ち上がると、身体を前に伸ばしてカーラさんに手渡した。
「これは興味深いですわね、中を拝見しても?」
「ええ,まずは確認してみてください。」
この魔道具は2つの部品を合わせ鏡のようにくっつけた構造で、固定ピンを外すと魔法陣が顕になり、内部の魔石の交換が可能な作りだ。ドレス姿ながら、カーラさんは慣れた手つきで筐体を外し中を確認する。
「これは風の魔道具ですね。」
流石に魔法陣を見る目は確かだな。
「差し込んだ槍を風魔法で飛ばす、一種の射出装置です。直轄部隊に試験配備しましたが、兵士達からは使いやすいと好評でした。」
「よく考えられていますね。強度を持たせる為に金属を使って重くなっていますが、その分槍を差し込んだときの重心が取りやすいのでしょう。腰紐に吊るす為の金具を取り付けられるのも見事ですね。」
カーラさんは仕事モードに入ると変わるな。評価が的確だ。これなら任せられそうだ。
「今回,直轄部隊を任せていた部下が家族の事情で祖国に帰りました。確認した所、この魔道具が数点紛失しています。カーラさんなら、この魔道具を問題なく複製できますか?」
カーラさんはしばし考え込み、答えた。
「はい。ガンツのような大きな街の商業ギルドの協力があれば問題ありません。」
一拍間をおいて、早口で話を続ける。
「この魔道具は大量生産の為の工夫が施されていますね?魔法陣を描く所は金属板上で全て窪ませてあります。金属板の凹凸を製造段階で作っておく事で、魔導線と魔法陣に仕立ててあるのですね。窪みの深さで濃度を調節できるようにしてある。これは凄い発明です。どうして今までは、金属加工を魔道具作成に活かせると思いつかなかったんだろう。」
捲し立てると喉が渇いたのかお茶をがぶ飲みしている。完全に技術者モードに切り替わったな。
「ゴダニアの魔道具は一部を除いて木製でしたね。しかし金属は型を作れば量産が可能なので、数を作る場合はこの方が却って楽なんですよ。」
「確かにこれなら窪んだ箇所に魔導液を塗れば、それだけで魔力の流れる方向の調整が行えそうですね。」
魔道具作成で難しいのは紙に正確に魔法陣を描く工程だ。そしてそれを塗る際に濃度を変化させたインクで魔法陣の魔導路を流れる魔素の向きを指定する辺りだろう。
特に一々魔法陣を紙に書くのが大量製造には向かない。人間はそんなに正確に魔法陣をかけるとは限らないからだ。しかし金属の型を作成してこの部分の量産が可能になると、組み立て作業はかなり単純化できる。
「ええ、溝が大きければそこを満たす魔導液を伝わる魔力が大きくなるのは確認しています。インクの濃度を変える方法ではなく、溝の大きさで魔力量を調整する方式にしています。その為に魔導液も改良しました。これで子供でも魔導液の塗りつけと組み立て作業出来るようにしてあります。」
工場では子供を働かせる。こう聞くと聞こえが悪いが、学校に集めた子供たちは小遣いなんてない子が多い。学校にいれば無償で教育は得られるし、寮で食事にも困らない。それでも生きていく為には何かと金が必要になる。
希望者はこのような軽作業の工場で、学業に影響しない範囲で働かせる事で金を稼げるようにしてあった。そのような仕組みがないと、教材や備品を売り払って現金化しようとする子供が一定数出てしまうのだ。
子供達が闇雲に現金を得る試みを抑止する為にも、彼らが働ける割のいい職場として工場は最適だった。「勉強しないと働かせない」というのが子供への抑止力になるのも凄い話だが、惑星アレスの住人の大半は未だそんな段階にある。
「素晴らしい工夫です。しかしこれらの工夫は魔術ギルドよりも商業ギルドの範疇ではないでしょうか。この金属加工の方法はぜひ見学したいものです。」
「手配しておきましょう。プレスという方法を取るので、工作機械さえあれば簡単なんですよ。」
ふむ、といった素振りでカーラさんは考え込んだ。
「やはり金属の加工技術次第ではないでしょうか。構造は子供でも理解できる程に簡単です。魔導液は魔術ギルドが協力すれば簡単に入手出来るはずです。」
実際はプレス機を動かすのは蒸気機関なりの動力源が必要になる。ああ、この世界には魔石があったな。イリリカ王国が魔石を買い付けていたのはそういう意図だった。昇降機、つまりエレベーターが動かせるほどの動力を魔石から導き出せるのならプレス機だって問題ないだろう。
「やはり、イリリカ王国など列強と呼ばれる国々は簡単に複製できそうですね。」
「イリリカ王国ですか。あの国の金属加工技術は大陸で最高峰です。間違いなく寸分違わず同じ品を作ってくるでしょうね。となると魔道具の動力源となる魔石が確保できれば数は問題なく揃う筈です。期間はそれなりに必要でしょうが、国が一括して買う前提なら専用工場も作れましょう。」
イリリカ王国も列強に位置する国である。カーラさんと同程度の能力の人材がいると考えておくべきだろう。
「・・・やはり、盗まれた魔道具は直ぐに複製されると見た方が良さそうですね。」
「ええ、私で構造を理解できる魔道具はそうなるでしょうね。」
「それではここからが本題です。カーラさんにはアレスで魔道具の兵器化に専念して頂きたい。無論、開発した兵器については魔術ギルドからも秘密を漏らさぬよう守ってもらいます。」
「それは、私に魔術ギルドを離れて閣下のお抱えになれという事ですか?」
「そう認識して貰って構いません。ただ、こちらも魔術ギルドの面子を潰すつもりはない。秘密が守られればカーラさんをアレスの魔術ギルドの責任者としましょう。その辺りは、どのような雇用形態でも問題ありません」
カーラさんは、暫し黙って考え込んだ。
「私には、このお話は大変なチャンスです。魔術ギルドもこのようなお話に飛びつくでしょう。しかし魔術ギルド全体で秘密を守れるかとなると、私は自信が持てません。」
「ギルドの収益が確保出来れば、秘密の詳細は把握させないという解決は困難でしょうか? 例えば、取り決めに従った金額をカーラさんが算出する方法でも良いでしょう。その為に資金が必要ならもちろんこちらが提供しましょう。秘密は数年守ららればよい。必要なら10年後に費用請求に計算間違いがないか、遡って調査するのも認めましょう。」
俺の言葉にカーラさんは満々の笑みを浮かべた。
「その条件ならば、魔術ギルドは説得できます!」
「費用の算出方法の詳細は、こちらのアリスタ嬢と取り決めてください。」
話を振られてアリスタさんがカーラさんにニコリと微笑みかける。カーラさんの笑顔が些か曇ったように見えたが、気のせいだろう。
「後は私一人では、これと同水準の兵器の開発が手に負えるかですね。」
「ああ、その点は私が担当しましょう。」
「え、アラン様自らよろしいんですか?」
「元々、魔道具の兵器化は私がデザインするつもりです。兵器の改良をカーラさんの担当としましょう。簡略化する事でより洗練され、壊れにくく、使いやすく、作りやすいよう改めてください。複数の視点が入る方が装備としては使い易くなるはずです。そしてカーラさんの目から見て、他国に真似されにくい構造とするように検証する事としましょう。」
カーラさんは再び満面の笑顔になった。
「そのような役割ならば、是非私にお任せください。」
「開発した兵器の詳細は誰にも口外せず、外に漏れる事はけしてないように。それだけはお願いしますよ。」
「はい、問題ありません。もし秘密を守れるかご不安があれば、私をコリント卿の側女として下さっても構いません。この体に聞いていただけれは、何一つ隠し立てする事がないとご納得頂けますわ。」
少し恥じらいながらもカーラさんは正面から切り込んできた。リアやアリスタさんからは『そういう話を切り出されるかもしれない』と警告されていたが、まさか同席したアリスタさんを気にせず正面から来るとは。
「残念ですが、アラン様の側室についてはクレリア女王陛下が全て取り仕切られています。まず、クレリア様のお眼に適わなければ難しいでしょう。」
アリスタさんが身を乗り出すカーラさんを抑えて言い切った。チィッ、とこれまでになく大きな舌打ちが聞こえる。
「では、後の事はアリスタ嬢に任せます。」
俺は逃げ時と判断した。いや、俺の役割は終わった、というのが正しいだろう。身の回りの女性についてはリアの判断を基本方針としているのだ。それに“人間は調子に乗る”というが、リアやアリスタさんの存在がなくこの場に俺しかいなければカーラさんに押し切られていたかもしれない。
「ええ、アラン様。後はお任せください。」
アリスタさんに笑顔で見送られる。リアはどうしても忙しく俺の会合に一々同席する訳にはいかない。アリスタさんをリアの名代として同席させるのは実に効果的だった。リアがアリスタさんを側妃にするのも、このような役割さえも意図しているのだろう。
カトルはワイバーンを使ってアレス入りした。アランのアレスでの結婚式に立ち会うと共に、西行作戦の進捗を報告する為である。西方遠征の軍勢は既にアレマンの隣国のイサラでの仕事を終えて、更に隣国のケルキラ入りしていた。
「カトル、上手く最初の国の盟約加盟の話をまとめたようだな。」
カトルを迎えるのは、首都アレスの商業ギルド長を務めるタルスである。
「父さん、出迎えありがとうございます。実はもうアレマンの隣国のイサラとの加盟合意も終えて、更に隣のケルキラとも基本合意しています。」
「もう3カ国目とは早いな。だが、アラン様クレリア様のお力あっての事だ、自分一人の力と過信してはいかんぞ。」
「ええ、重々承知しています。アラン様の指示がなければ最初のアレマンとの交渉でまだ手こずっていたでしょう。」
父子は近況を報告し合う。カトルが商業ギルド長である父親に渡すのは人類スターヴェイク帝国入りした諸国の主要な生産品である。タルスの話題はアレスでの政治が話題の中心となる。カトルもアランとクレリアの周囲の出来事は父から初めて聞かされる話題が多い。
「・・・なんですって、サイラス商会の娘がついにアラン様の側妃に内定したと。」
アリスタが早々にクレリア女王の侍女となっていたのは有名な話である。タルス商会としてはコリント卿のお気に召せばお手がつく事もあるだろうし、子を孕む事もあるかもしれないとは覚悟していた。
しかし、侍女だったアリスタが側妃に内定したとなると色々と話は変わる。アレスの商業ギルド長であるタルスの下には、多数の商人がいる。彼らアレスの商人に不利益が出ないように、サイラス商会とは互角に近い競争関係を維持すべくタルスは対抗していかなくてはならないのだ。
「父さん、妹のタラの事をどうお考えですか。」
「いずれ良き婿を取らせようと、これまではそう考えていたが。」
「我らもサイラス家と同じく準男爵家となったのですよ、タラの幸福も考えてやりましょう。」
「・・・というと、まさか?」
「ええ。アリスタさんの後継として侍女のお役目をクレリア女王陛下に願い出ましょう。そしてゆくゆくはアラン様の側妃に、と。」
ふぅむ、とタルスは腕組みして思案した。
「しかし、クレリア様がお認めになるだろうか。」
「庶民であった間はアリスタさんも侍女止まりでした。侍女というだけでは子を生しても側室止まり、報われぬ事も多い役目です。タラの幸福を考えると、然るべき婿を取る選択もあり得たでしょう。しかし我らも末席とは言え貴族家となったのです。タラが側妃になれる道があるなら、それを目指さなくてはなりません。」
「しかしな、ラナがどう思うか。タラ本人の意思もあるしな。」
タルスは妻の思惑を慮る。それに娘本人の意思は大切であるだろう。
「タラが大陸の支配者の妻となるのです。実際、西方諸国の王族よりアラン様の側妃は遥かに高い地位です。俺が担当している範囲の中だけでも王女をアラン様の側妃にという申し出が多々あります。今後はどんどん加速するでしょう。この先は競争が激化します。」
「ほう、流石にアラン様ともなればそうなるのだな。しかしやはり、そんなお役目がタラに務まるかどうか。」
「父さん、アラン様と面識があるのは我が家の大きなアドバンテージです。だからタラの幸福を考えるなら、そのような道がある事をタラに教えた上で本人に選ばせましょう。」
「まだ嫁がせるには早いと思っていたが、カトルお前がそうまでいうのなら。」
タルスが妻と娘を呼び出してこの難しい話を切り出した所、二人とも大賛成した。
「タラでは側妃、いえ側室でさえ務まるかは分かりません。ですが、クレリア女王の侍女というのは大層な地位のようですよ。大貴族の娘でもなかなか受け入れて貰えないとか。」
「つまり、ラナは賛成なのだな。」
「ええ。私も貴族家の奥方の集いに呼ばれるようになりましたから。正直、成り上がり者と見做されつつも、アラン様クレリア様と親しくお食事を共にした貴族など限られるのです。タラが女王陛下の侍女になれるなら、コリント卿のお手がつかずとも一目置かれる存在になるに違いありません。婿探しには不自由する事はないでしょう。」
「そんなにか?」
「ええ。特にコリント卿の知己の者は少ないそうです。あなたとカトルの存在も大変大きいのですよ、私でさえ一目置かれる程に。平和になれば、コリント卿の知り合いも増えていくのでしょうけれどね。今はまだ人となりを知りたいという方から、お茶のお誘いが多数寄せられております。」
「父さん、やはり言い出せる内に話の申し入れだけでも。」
「・・・タラはどう思う?」
タルスは娘のタラに目を向けた。
「正直、私はお前にはこのような話はまだ早いと思っているが、カトルは今でなければ話が決まらないと心配している。どう思う?」
「私は、やってみたいわ。」
「しかし朝起きるのにも人の手を借りるだけのお前に務まるかどうか。」
「あなた、クレリア様の侍女と言っても下働きではないのですよ。むしろクレリア様の側近であり、臣下から募る人質のようなものです。貴方やカトルの仕事の重要性を考えると、タラがそのお役目についてのおかしくないのですよ。」
「・・・しかしなぁ。」
一家は総出で渋る家長を説得した。娘を愛すればこそ、重大な役目を娘に与えるのが親の愛ではないかと。
この後、アレスの商業ギルド長タルスからの『娘を是非、アリスタ様の後任として侍女に』という申し出をアレスに帰還したクレリア女王は検討する事になる。
前例のある事であり、タルスの娘のタラはクレリア女王の侍女候補であると共にコリント卿の側室候補者として強く意識されていく事となる。