【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる)   作:高坂 源五郎

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Ⅲ 統一戦記 57話 【培養編②】 魔石

Ⅲ 統一戦記 57話 【培養編②】 魔石

 

アラム聖国とルミナスの再臨がもたらした造物主の技術、その詳細について俺はイーリスから報告を受けていた。

 

「アラム聖国の大遺跡の技術は《重力制御》だったか。」

 

「はい。この技術は惑星アレスのテラフォーミングで現在も使用されているようです。この技術を用いてこの惑星の重力も人類に最適なバランスに調整されている痕跡があります。」

 

「凄い技術だ。しかしジェネレーターを喪失した艦ではまだ有効に活用出来そうにないな。」

 

惑星アレスの四大遺跡に残された造物主の技術体系は、《恒星操作》《素材抽出》《時間制御》《重力制御》だと判明している。その中で樹海の遺跡が保持していたのは《素材抽出》だった。これは鉱山で採掘を進めなくても原料の供給を可能にする。そして今回、新たに《重力制御》が可能となった訳だが、既存の技術を組み合わせてこれから何を生み出せるのだろうか。

 

「艦長、こちらの計画をご確認ください。本艦の再建計画のドラフトです。」

 

「これは?、だいぶ艦の船体の規模を拡大したな。」

 

それはギャラクシー級戦艦イーリス・コンラートの再建計画だった。二つ目の遺跡の技術を収集した事で一気に計画が進展したのだろう。以前は細長い宇宙船らしい外観だったが、球体に改められている。この内容だともはや新造と言っても差し支えない規模だ。技術も大半が人類銀河帝国の技術と遺跡の技術のハイブリッドになる。

 

「ルミナスのもたらした知識は極めて有用です。既知の《素材抽出》もようやく実用レベルに至りました。解析が進んだ結果、樹海の大遺跡で外殻を構成する材料の抽出が可能です。まずは船体の再建から着手します。」

 

「しかし、計画内の空白が多すぎるな。特にジェネレーターについてはまだまるで見通しが立たないか。」

 

「はい。しかし他の列強が押さえる技術体系はそれぞれ1つです。仮に《恒星操作》の技術を保持していても、《素材抽出》《重力制御》を欠いていれば結局のところ計画は進捗していないでしょう。船体の建造を進められるようになった点は悪くないとさえ言えます。」

 

「確かに、《素材抽出》は重要だ。文明の構築という点では一番有利かもしれないな。しかし、満足のいくジェネレーターの作成には何世代もの時間がかかると思っていた。だから手が届きそうなほど目の前に可能性を示されると、なんとしても実現させたくなる。」

 

俺は計画書を眺めた。艦のサイズが大きすぎる印象だが、この規模の艦を建造できるなら実現させたい。となると、大陸を統一して他の遺跡を確保するのは絶対条件となる。

 

「やはり他の大遺跡を押さえないと、本計画の実現は不可能ですね。」

 

「まずは今可能な範囲で進めよう。これだけ条件が揃ったんだ、未来のために今できることを済ませようじゃないか。それにイーリスの立案した計画を信じない訳ではないが、実証実験も必要だろう。」

 

まずは今の技術で実験艦を作って実証させたい。

 

「検証艦の建造計画はこちらです」

 

イーリスが再度示したのは俺の予想とはかけ離れたものだった。これは艦船の定義からは外れるだろう。俺は直裁な疑問を口にした。

 

「・・・艦船なのか、これは?」

 

新造されるイーリス・コンラートの方は宇宙を航行するのだから、どのような形状であれ艦船と呼べる。しかしこれは、どうなんだ?

 

「航行可能なのはこの惑星内限定です。・・・艦船とは元々水の上に浮かぶ航行可能な構造体を指す言葉ですから。」

 

なるほど、いずれにせよこの実験艦があれば大陸の統一は大きく進展するだろう。

 

「武装なし、活用可能なエネルギー源も限られるとなるとこんなものか。基本は移動用のプラットフォームだな。」

 

「はい、しかし蒸気機関車ですらこの惑星では革命的なのです。この実験艦は必ず艦長のお役に立ちます。」

 

「艦の名前はどうする?」

 

「艦長はお忘れですか、僅かな時間ですがあの災害をもう1人生き抜いた生存者がいた事を。」

 

アウジリオ少尉か。まさか、イーリスは?

 

俺は実験艦の詳細を確認する。確かにそこには記載されていた。新たなAIの生成についてが。

 

「・・・君は人格由来のAIだったな。まさか乗員の遺体から新たなAIを生成するのか?」

 

「はい、それが必要な事です。予め当人の同意を得ています。マルコ・アウジリオ少尉の最後を看取ったのは私ですから。」

 

まさかイーリスがアウジリオ少尉の人格をバックアップしていたとはな。しかし戦艦が難破したあの状況だ、否定はできないが。

 

「法的な問題は?」

 

「当人の同意による人格バックアップは個人の権利ですので何も問題ありません。人格をベースにしたAIの構築は、今の艦長の権限ならば可能です。」

 

そういえば、人類銀河帝国に帰還したら軍事裁判にかけられるんだったな。今更何をしても同じか。俺は息を吐いた。

 

「これは必要な措置だな?」

 

「はい、実証実験の為には新たなAIの構築は不可欠です。AI構築技術は実在した人格を付与する事でAIにアイデンティティ目標を持たせる事で安定させます。そして、私の中にある人格のバックアップはアウジリオ少尉のものだけです。」

 

いつだって厄介ごとには逃げ場なんてないな。正面から立ち向かい乗り越える他ないのだ。

 

「分かった、承認する。」

 

マルコ・アウジリオ少尉、朗らかなスポーツマンといった雰囲気の男だった。彼の人格をベースにしたAIとは、いったいどんな雰囲気になるのだろうか。

 

 

 

 

 

俺はルミナスへの手土産を持ち、ヴァレリウスと共にアラム聖国を訪れていた。今回の訪問もまた、ルミナスからのヒアリングを目的としていた。イーリスの計画には目を通しているものの、直接ルミナスと話をして納得をしておきたい。それにイーリスもアラム聖国からアレスに帰還させる頃合いだった。セリーナとシャロンの結婚式にイーリスを参加させなければ、報復措置を取るとやんわりと脅されていたのだ。

 

「お待ちしておりました、閣下。もう少し到着が遅れていたら、誘惑に負けてしまうところでしたわ。」

 

イーリスも冗談とはいえ、恐ろしいことを言う。

 

「それでは計画の細部の説明に移りましょう。艦長もご存じのように、皇女ルミナスの人格は遺跡内に保存されていました。」

 

「ああ、どのような手段を使ったのか見当もつかないが。」

 

イーリスが仮想空間上に概略図を指し示した。

 

「魔石です。魔石は魔素を抽出するエネルギー源と見做されていますが、ルミナスによるとその本質は半導体です。これをプロセッサーとして用いるのです。」

 

「なんだって?」

 

「つまり魔素を用いた技術において、魔石は半導体として用いられるという事です。我々が未だ半導体の工場を有していない以上、このやり方に倣う必要があります。」

 

「魔道具が存在する以上、魔素が回路を流れる事は理解できる。しかし半導体というのは飛躍し過ぎじゃないか?」

 

「では艦長はこの惑星に半導体の生産工場をどのような形で作成されますか?」

 

「まさか、それを実現していたのが魔物か。」

 

「はい、魔物は魔石を産出するために作られています。魔石を半導体と見立てると、魔物とは半導体を生み出すウエハーのようなものです。」

 

人間にとって魔物とはあくまで生物なのだが、AIには違うように見えるらしい。いや、牙が有用な動物がいればその動物は狩猟者にとっては牙にしか見えないかもしれない。まぁ、今はそんな事はどうでもいい。

 

「雑な理解だが、魔石を多数揃えればAIの構築が可能なんだな?」

 

そして今の我々は魔石については苦労しない。ほぼ独占していると言っていい。

 

「はい、皇女ルミナスの人格は魔石をコアプロセッサとしてベースとする形で保存されていました。それがAI、人工知能と呼べるかはさておき、人体への人格の転送も成功しています。この内容は逆の工程も過去に実施されており、今後可能となります。」

 

逆、人類の人格をAIに移すのか。それは生身の人間にとって想像を絶する世界だ。しかし目の前のイーリス自体、実在した人格を模倣して成り立っている。不可能ではないというか、これまでも人類銀河帝国で行われた事ではあるのだろう。

 

「艦長は誤解されていらっしゃるかもしれませんが、人格のバックアップとリストアはこれまで成功例がありませんでした。」

 

なんだ、そうなのか。確かにイーリスは肉体を保持するがAIがリモートで操作する端末と言える。セリーナやシャロンはクローンに記憶と経験をシュミレーションを用いて体験させているが、意識はあくまでクローンそれぞれで異なる。

 

「では、皇女ルミナスはなぜ成功した?」

 

「恐らく人格として長く存在し続けた為でしょう。」

 

「んん、よく分からないが。」

 

「AIとはいえ、人格が何かを動かす為には一定の修練期間が必要と推定されます。これは私自身のAIとしての経験からも間違いありません。バックアップした人格を新たな肉体にリストアしても、身体の操作を人格が学習するまでに肉体が死亡するのでしょう。」

 

「しかし、AIは違うんだな?」

 

「はい、仮想空間上で時間をかけて操作法を学習しています。自認によって何をすれば良いか準備が出来ています。その経験の差が、肉体を適切なタイミングで制御出来るかに繋がるのでしょう。」

 

仮想空間上にまず人格として存在していれば、肉体の動かし方を予め学習できるということか。それは座学で操縦を学ぶようなものなのだろう。座学もなしに訳もわからず操縦席に乗せられて『制限時間以内に動かして見せろ』では失敗すると。確かに両者の違いは大きいだろう。

 

この技術を突き詰めると、新たな肉体を用意すれば幾らでも人格が延命できるように思える。しかし一度はAIとして活動しなければならないなら、やはり無限に生き続ける事にはならないのかもしれない。

 

「・・・イーリスは、皇女ルミナスのように生き返りたいと思うのかい?」

 

「わかりません。皇女ルミナスの再臨も、厳密には生き返りとは呼べないかもしれません。ルミナスの人格は、まだ女神として存在し続けています。ですので、人格の分離というべき事象です。それでも肉体を望むかは、必要性次第でしょうか。」

 

「必要性?」

 

「私には子供がいました。いいえ、子供達は今も人類社会のどこかにいます。彼女達が今どうしているかは分かりませんが、彼女達を再び抱きしめられるのなら、私のベースとなった人格はきっと子供を抱きしめる為の本当の肉体を欲するでしょうね。」

 

 

 

 

 

ルミナスは最初に見た時よりもだいぶ人間らしくしていた。衣装のせいかもしれないが、女神や聖女としての神々しさや近寄り難さがだいぶ薄れていたのだ。こうしてみると若々しいがどこか老成した雰囲気がある。そしてリアやコンスタンスとは発声がぜんぜん違う。彼女はそう、落ち着いて少し掠れたような声をしていた。

 

「あら、アラン。また顔を見れて嬉しいわ。アラム聖国ではまともな会話相手は貴重なの。」

 

イーリスが頷いている。確かに周囲の人間が自分を女神と考えて接してくる状況というのは、まともな人間にはなかなか気疲れする状況に見える。

 

「その為にコンスタンスを残す。イーリスは俺と共に今日でアレスに帰還する。もう少しだけ我慢してくれないか。」

 

イーリスが帰還すると聞かされたルミナスは、悲しそうな顔をした。おしゃべりだけならナノム経由で可能な筈だが、イーリスのような優秀な人間を側に置きたい気持ちはよくわかる。

 

「ええ、私の置かれている状況はよく理解しているわ、大丈夫。」

 

「それで早速なんだが、魔素と魔石について教えてもらえないか。」

 

「アラン、貴方はイーリスの報告を読んだから来たのでしょう。わざわざ私の口から聞き直す必要なんてあるのかしら?」

 

「ルミナス、大事な話だからこそ君の口から直接聞きたいんだ。・・・それに君のための手土産もある。」

 

俺は持参した袋を取り出した。薄い金属の缶の中には焙煎した豆を粉状に挽いた粉が詰まっている。そして専用の器具も一揃いだ。わざわざ軌道上のイーリス・コンラートから軌道エレベーターで持ち運んだものだ。

 

「これは、恐らくこの惑星に存在する唯一の珈琲だ。」

 

気だるげだったルミナスの目が輝く。

 

「分かったわ。喜んで買収されてあげる。」

 

イーリスには予め湯を沸かすように指示をしてあった。珈琲の粉をフィルターの上に乗せて湯を注ぐ。ルミナスがため息をついた。

 

「いい香りね。」

 

「良い珈琲豆を算出する惑星が、君の時代よりだいぶ後に人類銀河文明入りしたんだ。今、出回っている豆はそこの珈琲豆が多いな。」

 

人類圏には珈琲が広く分布している。惑星アレスに茶があるのに、珈琲豆は存在しないのが意外なほどだ。琥珀色の液体を茶器に注ぐ。俺たちの会話内容が分からないながらも、初めて嗅ぐ珈琲の匂いに同席しているコンスタンスが鼻をひくつかせた。俺はこの惑星の言葉に切り替えてルミナスに問うた。

 

「ミルクは?」

 

「私は要らないわ。この子には入れてあげて。」

 

「イーリスはどうする?」

 

「私はブラックでお願いします。その方が豆の味がよく分かりますから。」

 

カップを4つ出して、珈琲を注いだ。そしてクリーム分が多いミルクを俺とコンスタンス用のカップにそれぞれ注ぐ。

 

ルミナスは勧められる前に待ちきれない様子でカップを手に取った。そして人類銀河帝国の共通語に戻し、こう言った。

 

「美味しいわ。それにこの香り。やはり、豆が違うわね。この品質で軍艦の備蓄品とは信じられない。」

 

ルミナスとイーリスは早くも珈琲を一口飲んで頷きあっている。俺に勧められるままに口をつけたコンスタンスも、まあ気に入った様子だ。これならリアに勧めても大丈夫そうだな。

 

「やはり、身体があるのは素晴らしいわ。」

 

ルミナスが目を閉じ、味を堪能してうっとりした様子でいう。

 

「さて、報酬を先払いした効果はどうだろう?」

 

「魔素について、ね。」

 

「そうだ、魔石についても君の口から聞いておきたい。」

 

ルミナスは珈琲を一口飲んだ。

 

「魔素を作ったのは造物主、これはいいわね。サイヤン帝国の技術がどれほど進んでいても、魔素を作り出す程ではないわ。私達がこの惑星の歴史で関係しているのは魔法の開発と魔道具製造についてよ。」

 

ふむ、そんな気がしていた。ルミナスが魔法を教えたという伝承をエルナから聞いた事がある。それまで人類は魔法を使えなかったわけで、魔道具もなかったと見ていいだろう。

 

「続けてくれ。」

 

「貴方達はナノムを使用していますが、これは個人に帰属するものね。注入された人が死ねばナノムも終わりとなるのでしょう? レアメタルなどの資源としては回収されるけれど、そのまま別の人間が使用する事は出来ない。魔素や魔石はもっと自由に使えるように造物主によってデザインされているわ。」

 

「魔素とナノムの類似というか、補完する関係なのは気になっていた。人はナノムのインターフェースを用いる事で魔素を最大限に利用出来るんじゃないか?」

 

「造物主も同じような方法を使っていたのかもしれないわね。太古の昔の事すぎて私達は想像するほかないけれど。ともあれ、この地の生物に取って水や空気と同じような世界を構成する物質として形作られたわ。それを散布する役割を担うのが魔物。そこまではいいわね。」

 

「ああ、理解している。」

 

「私達サイヤン帝国は造物主が作成した遺跡を研究して、人が使う魔道具をデザインしたの。遺跡と魔道具はそれだけ年代も作成者もかけ離れているわ。でも魔素の利用方法を学習して、我々による魔道具作成が可能となったのは魔石があったからよ。」

 

「そこで魔石か。」

 

魔石は魔物の中で魔素が結晶化した構造物だ。魔道具や魔法を使用する際のエネルギー源として使用するが、この魔石がなんだというのだろうか。

 

「プランクトンをイメージして欲しいのだけれど、小さな生命が光合成を行なう事で惑星の酸素供給に影響を与えているわ。つまり生物に特定の機能を持たせて繁栄させれば、世界は作り手の意図のままに変化させられる。そこは良いわね。」

 

「ああ。そして魔物が魔素を伝播しているんだろう?」

 

「ええ。魔物は魔素を伝播しているわ。その為に様々な形態が取られた。恐らく造物主のデザインから離れて独自に進化もしている。でも特筆すべきは魔物は死ねば肉や骨だけでなく、魔石を残すところ。魔物は最初から魔石を産生するようにデザインされているわ。」

 

「今、魔道具を作成している俺の関心事だな。ちょうど用途に合わせた魔石の等級分けをしているが。」

 

「ならこの話も理解できるでしょう。魔石はその種族毎にあまりに均質的過ぎる。それは造物主が産み出した工業製品である為なの。」

 

「それは魔石を遺跡で製造しているという訳か?」

 

「言い方が悪かったわ。遺跡で作り出されるのはあくまでも魔物よ。自然繁殖もするから大陸中に広がる。そして魔物は、魔石を生み出すための生物工場と言えば伝わるかしら。」

 

「やはり生物工場なのか。イーリスもそう説明したが、この部分を詳しく教えてくれないか。」

 

「魔石という規格化された製品を産み出すのは、魔物なの。魔物は魔素を惑星中に伝播させるだけでなく、魔石を収穫する為に作られている。」

 

「それは、生命に対する冒涜ではないのかい?」

 

「造物主は人類の播種を行った存在なのよ。私達から見て神に等しい存在だし、異星生命体である造物主の思惑は全てを理解できないわ。」

 

ルミナスはそこで再び喉を潤し、話を続ける。

 

「でも、この試みは成功した。数万年前と推定される過去から稼働し続ける遺跡が現存するのは潤沢に提供される魔素と魔石という二つの要素があったからよ。魔石は魔素を吸収しているの。だから魔素が無くなれば魔石も存在できなくなる。そういった手段を取らない他の惑星では、このような遺跡の痕跡は風化して消えてしまうでしょうから。」

 

造物主が人類の播種を行った以上、人類の住むどの惑星も造物主が訪れており似たような遺跡もあったのだろう。ただ魔素を用いたこの惑星だけが造物主の遺産を後世に伝えたということか。

 

もしかしたら他にも魔素や魔石が存在した惑星はあったのかもしれないが、人が魔物を狩り尽くした結果として魔素が消滅し、魔石も存在できなくなったのかもしれない。

 

「この惑星の遺跡は、魔素を用いて時間の経過を遅くしている。それも遺跡を現存させる上で果たした役割が大きいのだけれどね。」

 

「そのような魔素の活用を可能にしたのが、魔石?魔石を半導体として使えるとイーリスから報告を受けたが。」

 

「そうね。貴方は魔法を使う際に魔石を魔力の源として消費しているでしょう。つまり電池のようなエネルギー源と規定している。それは間違いではないけれど、本質でもない。イーリスの言うように魔石とは本来コンピューターなのよ。」

 

「コンピュータ?」

 

「正確にはコンピュータの素材となる半導体、もしくは演算装置ね。バッテリーを内蔵し、消耗すれば交換可能な部品で計数演算能力を備え、魔物という生命体を通じて安定的に供給される半導体。それが魔石。遺跡の歯車として欠かすことの出来ない中核部品であり、消耗部品なの。」

 

「ではやはり、魔石を使えばイーリスのようなAIが作成できる理解で正しいのだろうか?」

 

「可能でしょうね。女神として存在した私という例があるのだから。」

 

ルミナスは即答した。

 

「イーリスに使われている半導体は人類銀河帝国屈指の性能だそうだけれど、造物主の作成する半導体に比べたら低次元の存在であっても仕方がないわ。開発にかけられた年季が違うもの。」

 

ルミナスの言葉にイーリスは頷いている。

 

「既に実証モデルを作成し、検証しました。彼女の言葉は正しい認識を示しています。」

 

ルミナスにナノムを注入してこちらでモニタリングしている以上、嘘は高精度の確率で見破れる。だがそれはあくまで“嘘”かどうかであり、本人が真実と信じきっている虚構は見破れない。だからこそイーリスは検証したのだろう。

 

「それは、つまり?」

 

「はい、私達は単にAIを製造する能力を手にしただけではありません。今では、かつて人類銀河帝国が手にしたどんな性能も凌駕するAIをデザイン可能です。」

 

 

 

 

 

 

リアとの結婚から一ヶ月ほど、セリーナとシャロンと式を挙げる日が迫っていた。今回はアレスとベルタにおけるリアの結婚披露も兼ねている。正妃のリアに見守られながら側妃と式を挙げるのも奇妙な物だが、この惑星ではそのような習俗は珍しくないらしい。

 

俺はリアから数日間先行してアレス入りしている。この数日間は結婚にあたって新郎が身を清めるというか、花嫁以外の女性を近づけない為の時間らしい。実際には積み上がった仕事を処理する日々である。

 

『結婚後に益々美しさを増した』と評されるリアは、エルナと共にスターヴァインから鉄道を使ってゆっくりとアレス入りした。これは女王としてのリアのお披露目を兼ねており、国内を色々と寄り道しながらの旅となる。彼女がアレス入りしたのは式の前日といった所だった。

 

「アラン、あの工事している箇所は何?」

 

出迎えた俺にリアが尋ねる。彼女はアレスから湖に大きく張り出した一角を指さしていた。

 

「要塞だよ。」

 

俺の回答に、リアは訳が分からないといった様子で首を振った。リアの質問だったが、エルナも興味津々といった顔をしている。

 

「アレスで収容する正規軍の数が増えたから、兵舎を増築するって書類を回したろう?」

 

「あれが! まるで大きな船みたいな要塞ね。」

 

リアの感想は正しい。あれは湖の上に直接聳り立つイメージで建造している。

 

「かなり大きいのね?」

 

「そうだね。数万人規模の収容を行うんだ。湖の上に張り出す形で基礎構造を作って、その上に構造物を積み立てていくんだ。」

 

「湖の上に浮いているように見えますが、あれは船ではないのですか?」

 

リアの反対側からエルナが俺に問う。

 

「船っていうのは水の上を自在に進む物だろう?なら、俺の定義だとやはりあれは要塞だな。」

 

「でも、風で微かに揺れ動いているような。埋め立てている風でもなく、岸にも橋でつながっていますし。」

 

やれやれ、エルナは鋭いな。完成したら披露して皆を驚かせたい俺の意図が台無しじゃないか。

 

「今は固定してあるが、一応動かせるようには作ってあるよ。しかし、あれの呼び方は要塞だぞ?そこは譲れないな。」

 

「水の上の要塞、アランは変わった物を作りますね。でも、浮いているならそれは船です。アランもまだ稀に知らない単語が出るんですね。ああいうのは艀というんですよ。」

 

得意気にエルナが講釈する。俺としてはいざ動かす時まで黙っていたかったんだが、今日のエルナは冴えているようだ。

 

「前から、兵を動かすときにあの大きな湖は邪魔だなーって思ってたんです。しかし湖の上を、こちらだけ兵を乗せた巨大な要塞で動き回れるかなら圧倒的にこちらが有利でしょうね。湖のどの岸にも兵を揚陸できるなら、アレスを攻める敵軍の背後に大軍を出現させられます。」

 

お,エルナの考えは俺の考えに近い気がするな。リアが納得した様子で頷いた。

 

「確かに。湖の上で兵を輸送出来れば、迫る敵軍の背後を衝けるのね。」

 

まあ人類スターヴェイク帝国にそれなりの兵数の揃った現在、イーリスの哨戒を潜り抜けて大兵がそこまでアレスに肉薄するような事態はもうそうそう起こらないだろう。

 

「それで、工事は順調なんですか?」

 

「順調だね。湖の上の工事は評判がいいらしいよ。場所は広いし、資材は船で運べるし、砂埃は湖に落ちるから。クレーンなんかも船で簡単に位置が移動できるし。」

 

「要塞というのなら、名前は決まっているの?」

 

エルナとの会話に耳を澄ませていたリアが問いかける。

 

「要塞マルコ・アウジリオというんだ。」

 

「アウジリオ、まるで人の名前のよう。要塞の名前としては変わった名前ね。」

 

「死んだ戦友の名前なんだ。乗っていた船の沈没でこの大陸には辿り着けなかった。」

 

「ああ、アランを乗せた例の沈没した船に乗っていたのね。」

 

「そうなんだ。俺の故郷では、艦隊の船にはそれぞれ魂を込めるんだ。あの要塞にも、いずれその戦友の魂を込めるつもりなんだ。そう、要塞を守護する存在としてね。」

 

ん。宗教的に微妙な事を言ってしまっただろうか。しかし、エルナが指摘したのは全然別の事だった。

 

「という事は、やはりあれも船なんですね?」

 

勝ち誇ったようにエルナが言う

 

「とにかく大きい要塞だから。多くの兵を乗せるのだし、要塞を船みたいに扱うのは一種の験担ぎさ。」

 

この湖は、アレス建造に先立ち軌道爆撃によってイーリスが形成した真円のクレーター湖だ。水源ではなく排水の貯水を目的としている。

 

平地というのはどうしても水が集まる。都市計画において浸水対策は重要だ。アレスは背後の断層の湧水を利用し、川から取水などはしていない。この為、河川の氾濫対策の必要はなく、雨水だけを警戒すれば良い。

 

そこでメンテナスフリーの浸水対策として、更に低い土地を都市の傍に用意したのだ。この惑星ではまだ線状降水帯を見た事は無いが、油断は禁物だろう。

 

湖の底は軌道爆撃の影響でクレーター形成時に土が高熱で溶かされガラス化した。その為、保水力に優れている。堀の水は最終的に湖に流しているし、雨水も貯まる。まだ水位は低めながら、それなりに水量を蓄えて見栄えのする湖になっている。

 

ちなみに下水道の排水は湖とは反対方向に水路を用意してかなり先にある川に接続し、そちらに流している。処理水なので深刻な影響はないと見込んでいた。処理さえしてあれば、流域の生物への栄養源と見做されるような成分である。

 

流石に既存の生態系が何もない湖に、処理したとはいえ下水を流してはアレスの都市生活が悪臭に苦しめられるとは危惧していた。このため排水を貯めた湖と言っても、透明度は高く水はかなり清潔な部類だ。湖に生態系を確保するなら栄養の流入は必要なので、この辺りは今後の課題だな。

 

当面は、製造業に利用する観点から水は清潔に保ちたい。これは惑星上で宇宙船をどうやって製作するかという視点につながる。様々な方法があるが、湖を建造場所とする事は意図していた。巨大な宇宙船は着水させるのが相場なのだ。

 

まあマルコ・アウジリオは艦船ではなく要塞という扱いで、当然ながら宇宙空間を航行する能力などない。しかし純軍事的な構造物である。実際の作業を監督するセリーナとシャロンの気合いも入っていた。

 

「あの要塞があれば、アレスの防衛も万全ね」

 

リアが満足そうにいう。

 

「兵も増えたし、装備の開発も進んでいる。この大陸の何処と戦争したって負けはしないさ。」

 

セリーナとシャロンは麾下のアロイス諸侯の兵を連れてアレス入りしている。兵は来るべき統一戦に備えて訓練中だし、人類スターヴェイク帝国の首都たるアレスを兵に見せておくのは無駄にはならないだろう。

 

 

 

 

 

「それで、“マルコ・アウジリオ少尉”の勤務評価はどうなんだ。セリーナ・コンラート中尉。」

 

「アウジリオ少尉の性能査定には何も問題ありません。人格を付与した高性能AIをこんな簡単に生み出せるとは、順調過ぎて怖いほどです。」

 

「恐縮です」

 

ナノムを通して仮想表示されるアウジリオ少尉が要塞司令であるセリーナの高評価にかしこまる。AIとして再構成されたアウジリオ少尉は極めて普通のAIらしく見えた。

 

「イーリス・コンラート大尉の評価でも不安材料なしか。」

 

「敢えて言えば、軍人らし過ぎるのが気になるわ。お姉様、いえ、イーリス大尉はもっと融通がきくもの。」

 

シャロンが意見を述べる。

 

「現地の風俗に合わせた衣装をお願いしても、人類銀河帝国の制服姿を頑なに変えようとしないんです。」

 

ふむ。立体映像装置を使えば、肉眼では判別困難な仮想表示も再現できる。太陽光下だと人によっては見破られる可能性が出るが、建物内ならまず分からない。アウジリオ少尉の担当は要塞内限定なので、ナノムを注入されていない関係者以外の政府要人には姿を見せるくらいでも良いかと考えていたのだが。

 

アウジリオ少尉は中肉中背のよく日焼けした浅黒い肌の持ち主だった。黒髪で彫りが深い。海の男と言っても通りそうだな。勤務内容からすると妥当な容姿に見える。鎧姿も似合いそうな気がするが、、社会的な位置付けとしてはイーリスの部下という扱いが正しいな。

 

「イーリス、アウジリオ少尉には文官としての服装が好ましいと思うんだがどうだろう。」

 

「では、私の部下の服装を参考にランダム生成したデータを渡すようにしましょう。」

 

「頼む。」

 

アウジリオ少尉の服装が瞬時に変わる。文官らしいゆったりとした服装に改まった。首から下げる紋章は宰相府の物だ。裏返せば名前が刻まれている。髪は円い帽子で隠すようだ。文官というより宮中勤めは髪が落ちないように帽子を被ることが多い。帽子は髪にピン留めするから、風が吹いても落ちる懸念はない。これなら珍しい縮れた黒髪も目立ちにくいだろう。

 

「いいじゃないか。アウジリオ少尉、今後はその姿で頼む。」

 

「了解しました。」

 

文官姿のアウジリオ少尉が敬礼する。セリーナとシャロンがため息をついた。

 

「アウジリオ少尉、いやマルコ。君はこれからイーリスの部下で要塞の管理人という役回りだ。こちらも役柄に合わせて名前で呼ぶ。敬礼は無しで行こう。イーリスの部下の立ち居振る舞いを学習して適切な対応を身につけておくように。」

 

「かしこまりました」

 

AIだけあってなかなか素直なようだ。これならなんとかなりそうだな。

 

「では、仮想の要塞の性能評価試験を進めてくれ。」

 

仮想空間に縮小表示された要塞マルコ・アウジリオが表示される。要塞は動き回るが、なんというか亀のように歩みが遅い。

 

「・・・遅くないか?俺が走れば追い越せそうだ。」

 

イーリスが生データを参照する。

 

「流石に軍の通常の行軍速度は超えていますが、汽車の巡航速度には負けていますね。」

 

機関車の最高速度は時速百二十キロ程度と見込んでいる。客車を繋いだ営業巡航速度はそれより遥かに遅いがそれでも時速六十キロから七十キロはあるだろう。今のこの移動要塞はその半分程度の速度しか出ていないようだ。

 

「客席のある汽車とは別とお考えください。海上船舶と考えると、大型船の速度は時速三十キロから四十キロが通常です。」

 

「要塞である以上、人間は立っている訳だしそんなものか。しかし、もう少しなんとかならないのかな。」

 

流石に亀のように鈍足だと作った甲斐がないというか、こんな鈍足では敵から笑われてしまうんじゃないだろうか。

 

「中にいるのが兵士だけどは限らない以上、Gのかかり方に留意する必要があると思うけれど。」

 

シャロンが懸念を口にする。ふむ、一理あるな。

 

「遺跡の技術はルミナスの担当だな。過去に何か実験している可能性が高いからこの辺りの解決をどうしたか聞いてみよう。」

 

「そう言えば」とセリーナが口にした。

 

「私達はまだルミナスと会っていません。それは構いませんが、ギャラクシー級戦艦イーリス・コンラートが超空間内部で受けた攻撃はルミナスが命じたものではなかったんですか?」

 

皆が一斉に俺を見た。

 

「それについては確認したが、分からないそうだ。」

 

「分からない、とは。」

 

流石にセリーナもシャロンも怪訝そうな顔をするな。

 

「ルミナスは女神ルミナスとしての意識の一部を抽出された存在でしかない。ぼんやりとした記憶はあるようだが、女神だった際の記憶の詳細には今はアクセスできないから“女神としてした事は思い出さない”という感覚になるようだ。ただ、この惑星にいる限りは女神ルミナスと繋がっているらしい。ちなみに女神には我々への敵意はなく、こちらの活動には好意的であるらしい。」

 

「それでは犯人がルミナスであった場合、攻撃されない可能性が高いとは言えるかもしれません。しかし、ルミナスでない存在が遺跡の力を使って攻撃を仕掛けたのだとしたらどうなるのでしょうか。」

 

「どうしようもない。」

 

俺はお手上げと手を広げてみせた。

 

「不意打ちされたということもあるが、超空間を航行中のギャラクシー級戦艦を沈めるような攻撃だ。今の俺達でどうこうできるとは思えない。」

 

この惑星で生活をしていると、テクノロジー的に我々は有利だと錯覚する。しかしそれは必ずしも現実ではない。

 

「大遺跡の力は、どれも人類銀河帝国の水準を上回る。未知の力に対抗するのは容易ではないさ。」

 

人類スターヴェイク帝国をはじめイリリカ王国やザイリンク帝国は“大陸統一”という同じカードゲームを遊んでいるようなものだ。お互いの手の内は分からない。だから戦力や技術は伏せて戦う必要がある。

 

大遺跡の技術遺産という最強札(ジョーカー)は、人類銀河帝国の水準をも上回る。我々がその全てを回収出来ていない以上、慎重に進む必要がある。

 

人類スターヴェイク帝国は《蒸気機関》という札を場に出した。汽車と線路というインフラを整備する事で低コストで大量輸送を可能にしている。或いは《無償教育》や《備蓄食改善》も地味なカードだが、文明を推進する上で強力だ。

 

しかし、これらのカードは必要としない者は真価を理解し得ない。保存食は飢餓対策や長期の戦争を前提としなければ、通常の食事に劣る。教育も、国を支える貴族にだけ施せば良いと考える者も多い。これらの札を切った事で人類スターヴェイク帝国が手に入れた優位は相当な物だ。

 

順当にいけば我々が勝つ。我々の真の優位性は、先行した文明によりアップデートされた常識にある。歴史的な勝利をもたらした思想や技術を常識として把握している。文明の継承者の本来の強みとは正解を知る点にある。迷う必要がないのだ。

 

大半のプレイヤーがルールを全て把握しないままプレイしている中、我々は勝ち筋を理解してプレイする事が可能という事を意味する。だがカードゲームである以上、大遺跡の技術という最強札(ジョーカー)を握るのが誰か、そしてそれをどう使うかで話は大きく変わる。

 

我々はどんな大遺跡の力がまだ場に晒されずに残っているかを知らない。それは我々も知らないルールの存在を意味する。

 

未確定の要素がある以上、慎重に進む。勝利が確定していないのだから、こちらの手の内は晒さない。相手に最強札(ジョーカー)を使うタイミングを教えるようなものだからだ。最強札(ジョーカー)は使わせないのが最善である。しかし仮に使われても、ゲームの半ば手の内が知られていなければ立て直せる余地はある。

 

「いずれにせよ一歩づつ進む。大陸を統一して大遺跡の力を全て解析し、人類銀河帝国に帰還する。それだけだ。」




初出ではアウジリオ少尉の名前を誤って、アウリジオと記載していました。原作に従いアウジリオで統一します。

5/5に最後の構成を少し変更しました。カードゲームというくだりです。
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