【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる)   作:高坂 源五郎

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Ⅲ 統一戦記 60話 【列強戦編③】 夜明け前

Ⅲ 統一戦記 60話 【列強戦編③】 夜明け前

 

イリリカ王国内深くに進軍したザイリンク帝国は、主攻部隊の兵糧庫を焼かれて些か追い詰められていた。もちろん全ての補給が絶たれたわけではなく、当面の活動は可能である。

 

しかしこれを契機に各地の抵抗勢力によって、ザイリンク帝国の補給路への襲撃が活発化する懸念があった。ザイリンク帝国の支配域は広大だが、力による支配を旨としている。特に、最近無理に併合した地域の反発は根強いものがあった。

 

そして今回の被害は兵糧の備蓄状況にとどまらない。イリリカ王国のカレイド卿によってザイリンク五傑のミクローシュ将軍の軍が痛打された。ミクローシュ将軍が重傷を負い麾下の軍勢が敗走したという事実が、ザイリンク帝国全軍に重くのしかかっている。

 

幸いにして別動隊の主将であるバーリント皇太子は健在であり、被害は別働隊の一部で済んでいる。この為、ミクローシュ将軍以外の五傑の将が率いる主力部隊はイリリカ王都攻略を急いだ。

 

ザイリンク帝国が軍事で特筆するべきは騎馬の兵団を持つ事である。属国から集めた兵士は歩兵が多いが、精鋭は騎兵である。そのザイリンク帝国の誇る騎兵集団の侵攻を阻んだのは堀や石垣の城壁だけではなかった。

 

それは摩天楼と呼ばれる高層建築物の集合体である。どこまでも平坦なコンクリートの塊がザイリンク帝国軍の行手を阻む。爆破という術を持たないザイリンク帝国の将兵に、鉄筋コンクリートへの対応は難しい。低層階は防御陣地となっている。そしてコンクリートで覆われた防御陣地の銃眼から、絶え間なく魔法を浴びせられていた。

 

「野戦であれば目に物を見せてくれる物を」

 

ザイリンク帝国の兵、特に騎兵部隊は歯噛みして悔しがる。しかしこれだけ巨大な構造物に対しては、人や馬はあまりにも小さい。そして高所から撃ち下ろされる魔法に対しては、大掛かりな攻城兵器も分が悪かった。

 

王都の正門防衛の重責を担うのは、人類スターヴェイク帝国との外交を主導したパロリオン卿である。パロリオン卿は大都督により抜擢されるにあたり、王都防衛を担う新兵器を用意していた。

 

「人類スターヴェイク帝国より、教皇の意向を盾に密かに仕入れたガトリング火炎砲よ。」

 

その砲はニ輪馬車の車軸を利用している。大きく重い鉄のニつの車輪で構成された台座の上に、細かい鉄の筒を束ねた魔道具を載せている。

 

車輪の回転とは別に、細かい鉄筒は回転する。最上段に位置する鉄筒が攻撃を放つ仕掛けである。この細かい鉄筒の一つ一つがファイヤーボールの魔法を放つ魔道具であった。トリガーを引きクランクを回し続ける限り、火弾が発射され続ける。発射筒だけでなく魔石の供給も回転式となっている。魔石から魔法陣を流れる魔素の流れが接続された瞬間に火炎弾が放たれる。

 

このような連続射撃を前提とした仕様の為、廉価なゴブリンの魔石の使用が推奨されていた。不慣れな内は無理に連射して、すぐに魔石を消耗し尽くす為である。但し、流通性を考えてグレイハウンドやオークなどの魔石も使えるようにしてある。これらの魔石の供給の多くを、魔物の生息数が最大を誇る樹海を支配する人類スターヴェイク帝国に頼っている。

 

火砲の威力は絶大だった。なんと言っても魔法使いの放つ魔法とは異なり、魔石の中に魔力がある限り魔法を撃ち続けられるのである。そして魔石なら,イリリカ王国は先の人類スターヴェイク帝国との取引により大量に確保してある。当初の購入目的とは異なるが、ガトリング火炎砲などの魔道具に流用しても何ら差し支えない。

 

威力についても問題なかった。確かにファイヤーボールはフレイムアローなどと比べて威力や速度で劣るかもしれない。しかしその点は連射する事でカバー出来ている。元々ファイヤーボールは速度が控えめな反面、炎上する事からライトアローなどと比べて期待される効果自体は高い。鎧があってもダメージを防げる物ではなく、1本の火弾でも直撃を受ければ重大な怪我を負う可能性があり、当たりどころ次第では即死しかねない。

 

ミスリルの鎧は魔法を弾く事がある。その点でも、ミスリル鎧を装備するイリリカ王国側に有利である。味方への誤射を余り気にせず、ガトリング火炎砲を撃ちまくれるというものだった。

 

「イリリカ王国には複製の魔道具がある。このガトリング火炎砲でさえ、部品の複製を組み立てて機能している。人類スターヴェイク帝国と開戦しても、火炎砲の数では我らが有利とさえ言える。」

 

そして人類スターヴェイク帝国とのこれらの交易や外交の立役者はパロリオン卿である。大都督の側近として外交交渉を成功に導いたパロリオン卿は、いま得意の絶頂にあった。

 

 

 

 

だがパロリオン卿の起用を決めたイリリカ王国の大都督は、自国の勝利を確信出来ずにいた。確かに兵糧庫を焼く事に成功した。その結果、敵は長い補給路に対して脆弱な備蓄となった。つまり、大軍を敵国に長期遠征させるリスクを増大させた。

 

摩天楼での最終防衛ラインは機能している。だがこれも人類スターヴェイク帝国の兵器と魔石による。パロリオン卿の貢献は認めるにしても、本来のイリリカ王国の優位性はまだまだこんなものでは無いはずである。序盤戦を制し、中盤も優位に推移しつつある今だからこそザイリンク帝国との国力差を覆す作戦を決行する頃合いだった。

 

「バルスペロウ、例の計画の進捗は。」

 

戦況を報告するべく開かれた評議会において、議長を兼ねる大都督はバルスペロウに諮問した。

 

「仕上がりました。《瑞鳳》はいつでも飛び立てます。」

 

バルスペロウの役割は、ミスリルの外版で覆われた硬式飛行船の製造である。定員三百名を予定する空の怪物は、完成すればドラゴンさえも圧倒する筈だった。

 

「では、ザイリンク帝国侵攻の地上部隊はカレイド卿に指揮させる。」

 

カレイド卿は大都督の秘蔵する子飼いの部下であり、近頃五傑の一角を破り敵の兵量庫を破壊する殊勲を功績を上げたばかりである。このザイリンク帝国深くに飛行船で侵攻“後”の地上部隊指揮という重大な作戦を任せるのに適任であった。

 

「かしこまりました、大都督。では、硬式飛行船《瑞鳳》での総指揮は誰となりましょう?」

 

飛行船から総指揮を取る者こそ、ザイリンク帝国を滅ぼした男として歴史に名を刻む事になる。並いる評議員は誰が指名されるか、固唾を呑んで見守った。これは正確には計画の発案者であるジノヴァッツを指名するか、或いは大都督が自ら現場に乗り出すかの二択となるであろう。

 

「そもそもの計画の立案はジノヴァッツだったな、彼が最も相応しいだろう。ジノヴァッツ、頼んだぞ。」

 

ジノヴァッツが指名された事に、評議員は息を吐いた。カレイド卿は若くして名将の器と期待されているが、応変の才となればジノヴァッツの右に出る者はいない。困難な状況からイリリカ王国の利益を引き出す事にかけては、ジノヴァッツは実に天才的な男なのだ。

 

「承りました。」

 

ジノヴァッツが立ち上がり、大都督に向けて頭を下げて礼を行う。

 

「皆様の為、この私が必ずやザイリンク帝国の息の根を止めてご覧にいれましょう。」

 

 

 

 

 

「これがイリリカ王国が量産に成功した“銃”か。」

 

飛行船の出航準備に追われる船内で、ジノヴァッツは手にした金属の筒を見下ろしていた。開発責任者のバルスペロウから、個々の装備の引き継ぎを行なっているのだ。

 

「ああ、この遠征の為に心血注いで完成させた。片手で使えるようにしてあるが、威力も射程も中々の物だ。乗り組ませる兵への取り扱い訓練も完了している。」

 

それは元込め式の大型拳銃である。金属鎧を貫通する威力とする為に、貴重な火薬を潤沢に使った大型の弾丸を発射する単発式の拳銃だった。

 

「同じ銃でも、人類スターヴェイクから鹵獲した品とはだいぶ違うな。」

 

「あれは両手用だろう。これは片手でも使える。反動を考慮すると両手を添える方が好ましいが。何せ空の上でも使うのだからな。身体を固定する為に片手は飛行船の固定用の索に捕まる必要があるし、持ち歩きや取り回しも考慮してある。」

 

「なるほどな。人類スターヴェイク帝国の銃は動かなかったのだろう?ナイフがついていたが、あれも直ぐに切れなくなったと報告を受けている。」

 

「ああ、奴らの銃の方は複製してもダメだったな。惜しい事だ。仕組みが分かればもう少しどうにかなると思ったがな。」

 

マシラがシャロンから奪ったパルスライフルは、複製の魔道具を経て予備を製作している。しかしながらトリガーを引いても全く反応がない。銃としてみれば、弾丸が尽きた状態と推定されていた。実際はナノムを用いた安全装置がかけられている。航宙軍の所属でなければパルスライフルは反応しない設定であった。

 

「人類スターヴェイク帝国と戦う機会があれば、弾丸を入手する機会もあろう。それまではこの銃をありがたく使わせて貰おう。」

 

バルスペロウはジノヴァッツに銃と弾丸を収めた木製の箱を差し出した。見ると銃一丁に対して、用意されている弾丸は十発である。

 

「・・・やけに弾が少ないな。」

 

「流石に初の試みなのだ。弾丸の製造も苦労した。複製の魔道具があるとはいえな。これをどうにか三百セット揃えるのが今のイリリカ王国の限界だよ、ジノヴァッツ。」

 

 

 

 

イリリカ王国評議会の主要メンバーに見送られ、硬式飛行船《瑞鳳》は飛び立った。飛行船の長所は静粛性である。浮遊は水素ガスの力であり、推力を発生させるプロペラの動力源が魔石である為に不快な排気音は存在しない。ザイリンク帝国軍の上空は雲に紛れて静かに通り過ぎる手筈である。ザイリンク帝国の深奥に到着するまで、遮る者は存在しないだろう。

 

「ジノヴァッツは出発したな。」

 

大都督は側近に問うた。

 

「はい、《瑞鳳》に乗り込んだのを、しかと確認しました。《瑞鳳》に搭乗可能なのは兵三百名のみです。その数ではいかにジノヴァッツとて、そうそうおかしな真似は出来ないでしょう。」

 

ジノヴァッツはその兵数でおかしな真似をする為にザイリンク帝国に乗り込むのだが、側近はその点には触れなかった。それはジノヴァッツの一味がいずれ蜂起する、その数読みが今回の主題だからである。

 

「ふむ。カレイド卿の部隊は《瑞鳳》到着後に転送門を抜ける手筈だったのだな。ジノヴァッツが最近組織した蛇毒隊とかいう不正規部隊はどうだ?」

 

「それが、慰労会という名目で酒盛りをしております。」

 

大都督はその報告に呆れた。

 

「祖国防衛の最中、ジノヴァッツが目を離した瞬間に酒盛りをする連中とはな。流石に非正規部隊だな。」

 

「ジノヴァッツの指示ではあるようです。酒だけでなく女なども呼んで兵を楽しませているとか。」

 

大都督は考え込んだ。転送門を管理するのはバルスペロウである。技術を統括するバルスペロウと王都防衛を担うパロリオン卿は大都督の左右の手に等しい。しかもジノヴァッツが使えそうな兵は、カレイド卿を送り出すまで転送門を使用できないこの蛇毒隊のみである。つまり蛇毒隊が動く時に、ジノヴァッツの策謀が動くと見ていい。

 

「ふむ。辛辣な上司が部下に優しくする。これは謀反の事前に準備と見るべきだろう。評議会に造反する前に、兵の忠誠心を高めておこうというのだろう。」

 

「なるほど、さすがのご慧眼です。」

 

側近は大都督の判断を褒め称える。

 

「ジノヴァッツと切り離された今は放置で良いだろう。酒盛りなどしているようでは他の正規軍よりやっかみを受けるだろうしな。黙認してやれ。酒盛りするような部隊に他の正規軍が馴染むはずが無い。しかし監視は怠るなよ。動きがあればすぐに私に報告をするのだ。」

 

「ハハッ」

 

 

 

 

今回、《瑞鳳》に乗り組むにあたりジノヴァッツは蛇毒隊に酒と女をあてがった。大量の安酒と娼婦の群れを送り込んだのである。

 

「何やらジノヴァッツ様は大きな仕掛けをされているそうだが、我らへの心配りを怠らぬとは流石流石。」

 

安酒はそうそう酩酊出来る程のアルコール度数はないのだが、普段は怖い上司が野放図に羽目を外すように指示を出すと効果的である。蛇毒隊は酒を喰らって弛緩しきっていた。元々、敗残兵主体でありそう質の良い兵の集団でもない。兵達は娼婦達の天幕に喜んで列を成して並んでいる。

 

「ジノヴァッツ様は、この機会に生を謳歌して楽しめと仰せだ。なんと我ら三名の元にはジノヴァッツ様の寵姫がそれぞれ一名送られて来たぞ。」

 

鼻息を荒くしたハブがアダーに話しかける。ジノヴァッツは女好きで有名であり、出向いた各地で好みの女を蒐集する。そしてごく稀にだが、このような機会にこれぞと見込んだ部下に一夜を共にさせる為に差し向けるのだ。

 

「チラリと覗いて見ましたが、あれは美形です。」

 

マンバも鼻の下を伸ばしている。この後はジノヴァッツ様の眼鏡に叶う美女にお酌されて、その後は朝まで温め合うのを待ちきれないのだろう。

 

「アダー、お前も楽しめよ。こんな時くらいしか神経を休めて馬鹿になる機会はないぞ。」

 

「叔父上、しかしマシラが酷く嫉妬するでしょう。」

 

「コイツもう首根っこを掴まれているのか。」

 

ハブとマンバが声を合わせて笑う。

 

「ジノヴァッツ様のお声がかりだ。マシラも今回は諦めて何も警告せずに出たではないか。」

 

マシラは例によってジノヴァッツに同行している。蛇毒隊の面々は『大きな作戦を進行中』としか聞かされていない。硬式飛行船《瑞鳳》についてはその存在すら知らされていない。

 

「楽しめよ。マシラは美形かもしれんが、お前の言うとおり大変な女だ。神経がすり減るのもよく分かる。だからこそ、こんな貴重な機会を生かさぬのは勿体無いぞ。」

 

ハブの発言も、叔父としてアダーを心配しての事ではあるのだろう。

 

「それにもうお前の天幕にジノヴァッツ様の寵姫が待っているのだ。これは断れるものでもないと思うのだがな。」

 

ジノヴァッツの寵姫は、詳細を漏らさずジノヴァッツに報告するように命じられているだろう。それはジノヴァッツが彼らの忠誠心を推し量る意図があるのは明白だった。

 

「・・・私はもう少し兵を見張ります。叔父上とマンバは先に休んでください。」

 

アダーの声に相好を崩した従兄弟のマンバがアダーに声をかけて女の元に向かう。

 

「あまり真面目に考えすぎるなよ」

 

ハブも去り際にアダーに声をかけた。

 

「とにかく肩の力を抜けよ。周囲の正規軍に監視されるこんな状況では、暴れる兵などおらんだろうしな。」

 

 

 

 

 

硬式飛行船《瑞鳳》に乗り込んだジノヴァッツの傍では、遠征に同行させられたマシラが歯噛みして悔しがっていた。

 

「マシラがお兄様のお側を離れている最中に、よりによってお兄様に姦淫の機会を提供するなどと。」

 

流石のジノヴァッツも、その小うるささにマサラを宥めに入る。

 

「落ち着け。お前が婚約者に戻ったのは最近ではないか。それまでアダーとて他所で女と寝る機会もあったろう。」

 

「マシラの側という楽園を追放されたお兄様が、マシラを思い泣きながら代用品で我慢するのは仕方ないでしょう。しかしマシラという天上の滋味に手を出さずに、他の料理に手をつけようというのは許されないのです。」

 

「だがな、どんな豪華な料理も続くと飽きるぞ。」

 

「ジノヴァッツ様がそれを言いますか。毎夜毎夜、美女を取っ替え引っ替え抱くのに忙しいと評判なのに。女人に飽きた事などないと噂の貴方様が。」

 

「あれらは快適に寝る為の道具にすぎん。それに飽きるからこそ、取っ替え引っ替えせねばなるまい。」

 

「マシラに飽きる者などある筈はありません。マシラは飲むほどに男を酔わせ、飲んでも飲み尽くせぬ上質なワインなのですから。」

 

自分である他の女を料理に喩えておきながら、マシラは臆面もなく自身を最高級ワインと言い切った。

 

「いずれにせよ、だ。お前は少し締め上げすぎだ。もう少し緩めてやれ、あれではどんな男も息が詰まるぞ。」

 

「そうでしょうか。」

 

マシラは小首を傾げる。

 

「マシラの見るところ、そろそろお兄様はマシラに手を出さずにいられない所まで追い詰めたと思うのですけれど。」

 

ジノヴァッツが何か言い返そうとした時、彼の鋭敏な感覚が《小門》が開通した事を知覚した。彼らが真夜中に待機していたのは、秘密の作戦に従事する為である。この為に兵には出航後に仮眠を取らせていた。移動時間を休養に充てられるのか、硬式飛行船“瑞鳳”の長所である。

 

「戯言遊びもここまでだ。仕事の時間だぞ。兵を移送させろ。」

 

ジノヴァッツの言葉にマシラが舌なめずりする。

 

「キヒヒヒ、ちょうどマシラも血が昂っておりました。」

 

「では、仕事を片付けようか。」

 

高速で移動する飛行船内に《大門》と呼ばれる転送門を構築することは出来ない。作成した瞬間に元の座標の地点に転送門を置いていくことになる。転送門は開設されたその地に留まる為だ。

 

しかし《小門》は違う。《小門》はマーカーとしての機能がある為に、移動しながらでもずっと開通状態を維持できる。

 

「一人当たり二秒やる。二秒を超えずに移動して見せろ。つまり、三百名を移動させるのは十分間だ!」

 

そう言い終えたジノヴァッツは先頭として《小門》の中に飛び込んだ。マシラがジノヴァッツにくっつかんばかりの近さで《小門》の中に飛び込む。そして二人に倣って後続の兵が二秒もかけずに続々と続く。

 

《瑞鳳》に乗せた三百名の兵の装備は短刀とハンドガンで統一されている。これは新兵器の《銃》の威力への期待に加えて、携行しやすくする事で《小門》を素早く通り抜ける作戦の実行を意図している。

 

三百名の兵が移動すると、《瑞鳳》の重量はそれだけ軽くなる。負荷を減らした《瑞鳳》はより高度を上げながらザイリンク帝国の奥底向けて突き進んでいった。

 

 

 

 

「さて、いよいよあの寄生虫どもに鉄鎚を喰らわす日が来たか。実に喜ばしき事だ。」

 

ジノヴァッツとマシラが率いる三百名の兵は、摩天楼のひしめき合うイリリカ王国の行政地区に移動していた。イリリカ王国の王都は転送門の出入り口である大遺跡の上に築かれている。だからこそ可能となった迅速な移動だった。

 

見上げる摩天楼の一つ、王都の入り口に神の威光を示すように聳り立つ巨大なタワーことアトラス教会の本部にして教皇の在所である。王都は広大な敷地を誇る。ザイリンク帝国が押し寄せているのは遥か彼方であり、夜の官庁街は静謐に包まれている。

 

イリリカ王国内の治安は良い。言い換えれば、ジノヴァッツの率いる三百の兵があのタワービルの中に突入しても遮る者などいない。

 

「イリリカ王国が列強であるに関わらず、ザイリンク帝国に国力でこれ程までに遅れをとっているのは何故か?

私や君達の力が不足していたのか。断じて否である。その理由は、教会の坊主どもがただひたすらに国力増大に費やすべき金を浪費しているからにすぎない。」

 

ジノヴァッツは息継ぎして兵の反応を見る。

 

「今、大都督と結託して世に蔓延るアトラス教会を討つ機会を得た。アトラス教会がなければ、老いさらばえた大都督は後ろ盾を失い政治的に孤立する。そして真に能力を持つ者が、イリリカ王国の舵取りをする新時代が幕を開ける。今こそ寄生虫どもを根絶やしにするべきなのだ。・・・では諸君、夜明けまでの貴重な時間を楽しみたまえ」

 

ジノヴァッツの号令の下、銃を携えた三百の兵はアトラス教会の本部タワーに雪崩れ込んだ。

 

 

 

 

 

「よりにもよって教会本部に敵襲だと!?」

 

慌てふためく部下に叩き起こされたイーヴォ枢機卿は、事情を知ると絶望した。タワービルのエントランスにはイリリカ王国の正規軍兵士が護衛として配備されている。しかし彼らは精々二十名ほどの部隊に過ぎず、襲撃早々に排除されたとの事である。

 

「パラリオン卿に救援を頼めないのか」

 

イーヴォ枢機卿を起こしたシスターは、絶望を滲ませた表情で告げた。

 

「タワービルは今も包囲されています。下に降りようとした者は皆殺されました。女神ルミナス様の御許に向かう為に最上階に逃げるほかありません。」

 

階段は既に上へ上へと向かう人波でごった返している。

 

「上に逃れたとて、助かる訳ではないぞ。」

 

「投降しても殺されるだけなのです。自ら死を招くよりは、少しでも助かる方へと教皇様が。」

 

イーヴォ枢機卿は素早く腹を括った。

 

「分かりました。ここは引き受けましょう。行きなさい。」

 

イーヴォ枢機卿の決意に満ちた表情を見たシスターは素早く聖印を切ると上に向かう列に紛れた。

 

今は襲撃者が階段を用いて一階層ずつ順々に掃討して上へ上へと侵攻している。それは単なる暗殺や襲撃を超えている。それは各階層の住人を一人も生き残らせないよう処分する目的で行われた鏖殺の過程であり、アトラス教会の蓄えた金銀財宝はエレベーターシャフトを通じて続々と運び出されていた。

 

「賊の侵入を食い止めたい。しかしどうやって。」

 

イーヴォ枢機卿は辺りを見渡す。アトラス教会は平和な組織である。武器となるようなものは見当たらない。

 

(バリケードを築いたらどうですか)

 

その声の主は先ほどのシスターのように思えた。彼女はとうに姿を消している。しかしイーヴォ枢機卿は確かにその女性の声を聞いた。

 

(ここより2つ上の踊り場にバリケードを築きなさい。エレベーターでは到達できない階にバリケードを築けば良いのです。)

 

先程と同じ、少し掠れた声がより詳細にイーヴォ枢機卿に指示を与える。

 

「・・・そうか、今の声こそがルミナス様の啓示なのか。」

 

イーヴォ枢機卿は周囲の者に声をかけ、階段の踊り場にバリケードを築き上げ始めた。枢機卿の会議で用いる豪奢な机を横倒しにして階段の踊り場を塞ぐ。机を押し広げられないように背後に椅子も積み上げる。シーツを持ち出して机と机を固定する。階段に入れる敵の数はたかが知れている。窓から見る限り、官庁街は平静さを保っている。これが王都全体の襲撃でない以上、朝まで持ち堪えれば救援が来る可能性がある。

 

「もう階段を登るのは疲れました。」

 

下の階から逃げる者がバリケードの横をすり抜けていくが、その際にそう言って手伝ってくれる者がちらほらと現れた。人が何か行動を起こせば希望が生まれる。女神様の信仰を篤くしながら、讃美歌を歌う彼らは侵入者を食い止めるべく最後の机を積み上げた。

 

「さ、バリケードは私が見張ります。皆は上に向かってください。きっと教皇様が有難いお話をしてくださるでしょう。」

 

イーヴォ枢機卿の促す声に、一人また一人と手伝ってくれた者達が姿を消す。彼らの善行が報われるように神に祈りながら、イーヴォ枢機卿は侵入者と対峙すべく待ち続けた。

 

 

 

 

「階段が塞がれています。」

 

報告を受けたジノヴァッツは検分に向かった。見れば最上階付近の階段の踊り場に上がる所を横倒しにした机で天井まで塞いでいる。机は引き抜けないように何か紐状の物で固定されているのだろう。そして推し崩せないように奥に物を挟み込んであるようである。兵が押し引きしてもびくともしない。

 

摩天楼の建設時の技術的な限界から上層の三階層ほどはエレベーターが存在しない。エレベーターシャフトより上にそれなりの規模の設備を配置する為だが、それがこの立て篭もりを可能にしていた。バリケードを築くよう指示した者はこのタワーの構造を熟知していたのだろう。

 

「流石に戦えない者も、命の危機に際してはそれなりに知恵を絞るか。」

 

「いかがされますか。」

 

兵が問う。ジノヴァッツはマシラを放り込めそうな孔でもないかと探して見たが、隙は見出せない。定法通りにやるなら破城槌でも持ち込んで塞いでいるバリケードを突き破るところだろう。しかし木製の立派な机は無駄に厚く重いし、階段を駆け上がる態勢では重力に逆らう動きとなるので破城槌も活かしにくい。試せば案外手早く終わるかも知れなかったが、今は時間も惜しかった。ここまで破城槌を持ち上げるのは困難だし、そもそも下に降りても破城槌の用意などしていない。

 

「ここまでだ。撤収しろ。財宝さえ頂いてしまえば、この場に用はない。寄生虫共の始末は女神の手に委ねる。」

 

ジノヴァッツが断を下す。

 

「引き上げだ!」

 

取り残される者がいないように、兵達が口々に叫び声を上げる。奪った金銀財宝は、残さぬように運び出される。

 

「助かったのか?」

 

バリケードの裏にいるイーヴォ枢機卿は情勢の変化を敏感に察していた。人の気配がどんどん遠ざかっているのを感じる。イーヴォ枢機卿は女神への感謝の祈りを捧げた。

 

「ああ女神ルミナス様、貴女のお導きに感謝致します。」

 

 

 

 

 

その頃、タワービルのエントランスではジノヴァッツが点呼の結果報告を受けていた。

 

「兵三百名、欠員はありません。」

 

「では、我らは引き上げる。後は手筈通りに頼むぞ。」

 

ジノヴァッツは兵を率いて再び大遺跡の中へと素早く姿を消した。彼らは本来は飛行船《瑞鳳》に乗ってザイリンク帝国深くに侵攻している最中なのだ。

 

後に残ったのはジノヴァッツの協力者達である。指揮役の者が部下に命じた。

 

「では仕掛けの最終点検をして、始めさせろ。」

 

爆縮解体。それは摩天楼を破壊する時の為に密かに編み出された技術である。銃を実現させた火薬は弾丸を飛ばすだけが役割ではない。建物の要所に爆発物を仕掛けて一斉に爆破する。そうすれば建物の構造それ自体が破壊されて、自重を支えられなくなり倒壊に向かう。支えを失った建物の重量はそれ自体が凶器である。重力に引き摺られ、高所から下に下に崩れ落ちる上部構造は摩天楼全体を崩壊させる。

 

模型を使った実験は常に成功してきた。最小の火薬量、と言っても火薬の生産もまだ不安定な彼らにはそれすらも法外な量なのだが、ある限りをこのタワービルの破壊の為に持ち込んでいる。

 

「仕掛けは問題ありません。」

 

「では時限発火装置をスタートしろ。我らも撤退だ。」

 

最後の兵達はエレベーターシャフトに垂らしたロープを垂直降下して離脱していく。時限式の発火装置を用いるとはいえ、普通の手段で階段を降りていては到底離脱が間に合わない。それでも掩蔽壕に辿りつけるかはギリギリの時間配分である。

 

工兵達はなんとか時間内に掩蔽壕に辿り着いた。

 

「さあ、そろそろだ。」

 

指揮官が待ちかねたように声を上げる。タワービルの上層階に仕掛けた爆弾が四つ同時に爆発し、爆炎が闇夜に広がった、一瞬遅れて爆音が官庁街に鳴り響く。この騒音には死人も目を覚ますだろう。爆破によって摩天楼の軸が的確に破壊されている。ビル全体が振動し、瓦礫化した上層階は重力に導かれ下に向かう。

 

「美しい、これぞまさに芸術だ。」

 

教皇やイーヴォ枢機卿、そして他の枢機卿や大司教を含む多数の聖職者を巻き込み、タワービルがゆっくりと内側に向かい崩壊しながら崩れ落ちる。爆発の被害は内に集中し、近隣に飛び散るのは砂埃のみである。

 

その様子をうっとりと見上げるバルスペロウの横顔が朝日に照らしだされる。その表情に畏れはなく、むしろ美術品を愛でるかのような目をしている。バルスペロウは自らのもたらした破壊の威力と美しさに、いつまでも釘付けとなっていた。

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