【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる)   作:高坂 源五郎

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Ⅲ 統一戦記 61話 【列強戦編④】 イリリカ・ザイリンク戦争の決着

Ⅲ 統一戦記 61話 【列強戦編④】 イリリカ・ザイリンク戦争の決着

 

(艦長、アトラス教会本部が襲撃されました)

 

夜中に俺はイーリスからの通知で目を覚ました。

 

(監視につけたドローンでの迎撃は可能か?)

 

ゲルトナー大司教が枢機卿に任命された際、アトラス教会本部から人類スターヴェイク帝国に教皇の受け入れ要請が出されている。人類スターヴェイク帝国としては要請に応じ、ドローンを派遣してアトラス教会本部の受け入れ準備を進めてきた矢先なのだ。その動きを知ってか知らずか、教皇抹殺を企てた勢力が出てしまった。

 

(襲撃犯は推定三百名で、火薬式の銃器により武装しています。ドローンの派遣数が一機と少ない為、阻止は困難であり教会関係者が全員殺害される結果は変わらないでしょう。)

 

俺はベッドから身を起こすと素早く状況報告に目を通す。傍ではリアがすやすやと寝息をたてている。人数が多いし、粘着質な方法をとっているな。他の諜報網に引っかかっていない以上、これはかなり隠密性の高い作戦なのだろう。

 

(下から一階層ずつ掃討する作戦のようだ。爆発物を持ち込んだ形跡もある。なら、ビルの最上階に避難誘導できないだろうか。)

 

(艦長、それではやはり救援を派遣されるのですね?)

 

(ああ、救援機を飛ばそう)

 

アレスではこの列強との不戦期間を利用して装備の開発が進めている。特に熱望しているのは航空戦力だ。セリーナとシャロンの救出作戦に際し、航空戦力の欠如が致命的な事態を招きかねかなった。あの事態の再来は防がなくてはならない。

 

そして報酬としてユーミ候補生に約束したのは降下作戦を担当する宙兵隊の指揮官の地位であり、ユッタ候補生に約束したのはパイロットの地位である。彼女達の願いを叶える為にも、これまで実現方法を模索してきた。

 

戦艦イーリス・コンラートの連絡艇(シャトル)上陸艇(エアシップ)は大破もしくは破壊されている。格納庫セクション自体、既に大気圏内に放棄されている。だが、それは必ずしも航空戦力の再実装が不可能という結論を意味しない。

 

(ユーミ候補生とその宙兵隊、そしてユッタ候補生を起こして“出動”と伝えろ。彼女達のユニットに任せよう。)

 

(分かりました。では私は教会関係者に語りかけてバリケード構築を示唆してみます。)

 

いつまでもベッドの中から指示を出す訳にはいかないだろう。俺は状況に対応する為に起きる決心を固めた、

 

(よろしく頼む。執務室で落ち合おう。)

 

 

 

 

 

幸にして宙兵隊の即応チームは軌道上のイーリス・コンラート上で訓練に明け暮れている。ユッタ候補生の訓練も、同じく軌道上のシュミレーターで行っている。ちなみに宙兵隊員は士官候補生とは異なり、学力ではなく体力と忠誠心を基準に選抜した。

 

体力基準の選考の方が現地の実情に合っている。この為、孤児や若年冒険者の志願者の中から大量の適格者を出している。今の所、宙兵隊員は厳選して年長のものから採用している。宙兵隊はその任務の性質上、全滅するリスクがある。優秀な者を前倒しで合格させるより、年齢別に組織する方がこの場合は正解だと判断していた。

 

「ユーミ候補生、ユッタ候補生、この作戦実行を頼めるか?」

 

彼女達にイーリスを経由して作戦の概要を送る。今回は救出作戦であり戦闘を行うリスクは低いと見ていた。

 

しかし現場の状況を考慮すると油断はできない。現場の支援もドローン一機しかなく、三百名の近代火器を武装した兵には長期間は持ち堪えられないだろう。しかも爆破解体の懸念があると来ては、救援に向かう方も間違いなく命懸けだ。この為、実行するかの最終決定権は彼女達にある。なんといってもまだ予定した訓練の半ばなのだ。

 

(やらせてください!)

 

(訓練の成果を見せるチャンスです!)

 

彼女達は口々に実行を懇願する。よし、やれそうだな。

 

「では作戦決行とする。宙兵隊員は志願制にしろ。志願しない者は連れて行くな。」

 

(了解しました!)

 

宙兵隊指揮官補であるユーミ候補生が元気よく返事する。事実上、彼女が前線指揮官ではあるが、候補生である内はあくまで見習いと示す為の役職だ。

 

「では5分後に降下開始だ。それまでに支度を間に合わせろ。」

 

((了解!))

 

 

 

 

上陸艇(エアシップ)は宙兵隊の作戦行動を実行する大型の連絡艇(シャトル)だ。パワードスーツや装甲車などの宙兵隊員支援兵器輸送の関係でストレージサイズは連絡艇(シャトル)より大きく、機密性を考慮しない大気圏内なら連絡艇(シャトル)より多数を運べる。

 

とは言えパワードスーツも装甲車も壊滅しているし、今回使う上陸艇(エアシップ)自体が形を模しただけの模型のような代物だ。それらしい形にした金属塊に、脱出ポッドから取り外したスラスターを装着している。

 

中に乗り込む宙兵隊員の保持するパルスライフルを除いて武装らしい武装もない。それを戦艦のカタパルトから押し出す。元が金属塊なのでコクピットには窓もない。ユッタ候補生はこのデカブツをイーリスの表示する仮想映像だけを頼りに飛ばす事になる。

 

上陸艇(エアシップ)の実機の飛行は初ですが。」

 

イーリスが少し心配そうにいう。

 

「仮想訓練の成績は申し分ない。機体のチェックも済んでいる。そもそもシンプルで故障するような構造じゃない。」

 

「確かに後はテスト飛行だけの段階ですが。」

 

「いずれ試す必要はあったんだ。心配せずとも彼女達ならやり遂げるさ。望んでいた上陸艇(エアシップ)の出番が遂に来たんじゃないか。」

 

大気圏突入は当然ながら衝撃を伴う。椅子は体を固定する必要がある。予めそれらしい使えそうな備品をイーリスの残骸の山から引っ剥がして取り付けたもので、これは急増できないので宙兵隊は4名しか乗れない。コクピットの二席がパイロットのユッタ候補生と、宙兵隊指揮補のユーミ候補生となる。

 

(準備完了です)

 

「了解した。射出に備えてくれ。」

 

(了解しました。いつでも大丈夫です。)

 

「では管制をイーリスに委ねる。イーリス、最適なタイミングで射出しろ。」

 

「了解しました。」

 

イーリスが軌道爆撃の要領で上陸艇(エアシップ)を惑星目掛けて射出した。宇宙空間を飛翔する様子を見ると、とても自力飛行可能な機体には見えないな。精々、砲撃訓練に使う標的の模型のように見える。

 

重力で加速する上陸艇(エアシップ)は見る見る加速していく、そして大気との摩擦熱が機体を赤く染め上げる。ユッタ候補生はよくやっている。スラスターの使用も最小に、教本通りの最適な効果姿勢を取らせているようだ。

 

「私の投擲は完璧でした。」

 

美しいフォルムで降下する上陸艇(エアシップ)を眺めたイーリスが満足気に言う。

 

「ユッタ候補生の操縦の腕前ではないのか?」

 

「ユッタ候補生の操縦も完璧です。彼女は私が押し出したベクトルを維持しています。余計な事をしないで推力を温存するパイロットは伸びますよ」

 

上陸艇(エアシップ)はグングンと高度を下げている。流石に大気が濃くなると揺れ始める。だがユッタ候補生は難なく上陸艇(エアシップ)を乗りこなしていた。

 

そろそろ大気圏内ではエンジンを切り替える必要がある。しかし、そのエンジンも当然ながら初披露だ。

 

「まだ、始動に必要な魔素は溜まらないか?」

 

「大丈夫な筈です。そろそろエンジンを始動させるでしょう。」

 

戦艦イーリス・コンラートは軌道上に存在する。つまり惑星の大気圏外にいるわけで、魔素は独自に生み出さない限り艦内には存在しない。この為、魔素を用いた技術は惑星突入後に魔素が必要量を満たした後でなければ使用できない。

 

上陸艇(エアシップ)に取り込んだ魔素が必要量を突破しました。』

 

イーリスの誘導に従いユッタ候補生が重力制御エンジンを作動させる。大気との摩擦がもたらす上陸艇(エアシップ)の不快な振動が止まり、安定した。

 

(重力制御エンジン動作正常、このまま目的地へ降下します。)

 

「よろしく頼む。乗り心地はどうだ?」

 

(降下は最高でした、もう病みつきになりそうです)

 

興奮を滲ませた口調でユッタ候補生が応答する。宙兵隊時代、上陸艇(エアシップ)の降下はお世辞にも最高なんてものではなかった。あれを楽しめるなら、間違いなくユッタ候補生にはパイロットの資質があるのだろう。

 

「初の機体運用だ。トラブルの懸念もある。ユッタ候補生もユーミ候補生も油断せず臨んでくれ。」

 

((了解!))

 

イーリスが太鼓判を押した通り、惑星外で組み立てた重力制御エンジンも無事機能したようだ。艦内には魔素がないので試運転出来なかったが、これなら問題なく救出作戦を展開できるだろう。その時、俺はふと疑問を感じた。

 

「地上の敵は火器を装備しているそうだな。上陸艇(エアシップ)の装甲は問題なく耐えられるか?」

 

予め彼女もその疑問を調査済みだったのだろう。イーリスの回答はスムーズだった。

 

「はい,問題ありません。装甲としても十分な厚みがある金属なのでこれまで被害を確認した威力であれば問題なく弾く筈です。また屋上は確保できています。ドローンによる支援も可能ですし、敵が屋上に侵入していない以上は問題ないでしょう。」

 

重力制御は、アラム聖国の大遺跡によりもたらされた技術だ。対象に重力を発生させる事も、対象にかかる重力を打ち消す事も、両方が可能となる。この結果、どれほど重い機体でも無重量状態と出来る。

 

見かけ上は機体そのものの重量も減らせるので、脱出ポッドから移設したスラスターでも戦闘機並みの機動が確保できる。運動に伴う不快な搭乗員への横Gは重力制御で遮断出来るし、重力のかかり方自体を制御すれば降下速度も自在に変更できるし空中停止も可能だ。普通ならそんな無茶な機動は、仮に機体が可能でも強烈なGによってパイロットの肉体が持たない。

 

「やはり、造物主の遺した大遺跡の技術は凄いな。」

 

「ええ。しかしこれを活用するにはこちらにも相応の文明が求められます。やはり工業化を成し遂げていない、惑星アレスの既存の文明では活用にも限界があったでしょう。」

 

(目標、見えました!屋上に横付けさせます。)

 

ユッタ候補生が問題なく上陸艇(エアシップ)をビルの屋上に横付けし空中停止させる。ドローンのセンサーを使うからか、ビルに接地しないのにギリギリしか隙間がないのは凄いな。こういう使い方が出来るなら、人類銀河帝国の既存の離着陸機は全て過去の遺物になる。

 

(宙兵隊、出るぞ!支度しろ!)

 

宙兵隊司令補としてユーミ候補生が声を出す。その掛け声に宙兵隊員が席を立ち素早く準備を整える。

 

「周辺部問題ありません。バリケード封鎖により安全は確保できています。」

 

イーリスが告げる。

 

(後部ハッチ解放)

 

ユッタ候補生が宙兵隊員の準備に合わせて後部ハッチを解放した。重々しくハッチが開く。・・・ハッチの開閉が妙に遅いな。通常の上陸艇(エアシップ)の感覚でいたが、このハッチも金属の塊だった。ハッチも特大の金属塊なので通常のモーターで対処するには重すぎるのだ。

 

「ユッタ候補生、ハッチが重すぎるようだ。モーターが焼き切れるぞ。ハッチ単独の重力制御は可能か。」

 

(はい、調整できます)

 

機体全体が軽くなるように錯覚するが、機体全体の重力を打ち消しているだけなのでハッチだけを独立して水平方向に動かす際には機体の重さが作用するらしい。

 

「この辺りは今後、設定の最適化を進めよう。今はそちらの手動操作で補正をかけてくれ。」

 

(了解)

 

ユッタ候補生の調整でハッチが軽くなったようだ。見慣れた速度でハッチが開く。うん、いいな。

 

パラパラとユーミ候補生と四名の宙兵隊員が飛び出す。聖職者達が驚き慌てているが、期待に満ちた目を向ける者もいる。彼らは助けを祈って女神に祈っていた筈であり、その待ち望んだ助けを得たと感じる者もいるのだろう。それに機体には大きく人類スターヴェイク帝国の紋章が記されている。この急場にあれを見逃す者はいないだろう。

 

「聖女ルミナス様の指示で、皆様を助けに参りました。どうぞこちらへ。」

 

ユーミ候補生が声を上げる。彼女の言葉に聖職者達が響めく。上陸艇(エアシップ)は多数が乗り込める想定であり、ハッチによる解放部は広い。装甲車を数台まとめて収納可能なのだ。百人や二百人は問題なく収容できる。本来なら固定する座席がない所になど人は乗せられない。しかしこの上陸艇(エアシップ)には重力制御技術がある。

 

「まずは、教皇様を安全な所に。」

 

教皇を四人の聖職者が椅子に乗せたまま持ち上げて運んでいる。こうやって階段を運んで彼らは屋上への脱出を果たしたのだろう。手すり付きの椅子なので座らされた教皇も安全に移動できたようだ。

 

おいおい、椅子を持ち上げた四人は女性じゃないか。四人だと上手く負荷を分散できるのか。それともこれが火事場の馬鹿力というやつだろうか。

 

「こちらへ、中央に椅子を置いてください。この場で固定します。ユッタ候補生、教皇様の椅子を床に固定して。」

 

椅子が床に固定される。椅子を運んだ者は、急に椅子が動かなくなり驚いているようだ。

 

「粗末なものですが、こちらをお使いください。」

 

ユーミ候補生が教皇の付き添いに毛布を差し出す。屋上の吹きっ晒しに身を晒していたのだ。教皇だけでなく彼らの体も冷え切っているだろう。

 

「では、ありがたく。我らは教皇様の周囲に身を寄せ合って人壁を作り、暖めあっておりました。お陰で教皇様もお元気ですわ。」

 

教皇の身体を毛布で包みながら、椅子を運んでいた女性聖職者(シスター)が応える。彼女に向けてユッタ候補生は宣言した。

 

「今も命のある方は全員救います。ここは私と部下が守りますのでどうかご安心ください。」

 

 

 

 

バリケードにもたれかかったイーヴォ枢機卿は、一心不乱に女神への祈りを捧げていた。そんな彼に背後から声をかける者がいる。イーヴォ枢機卿はその声に害意を感じなかった。

 

「賊はこのタワービルの破壊を企てています。今ならば屋上から逃れられます。お早く。」

 

指揮官らしき女性が合図すると、二人の兵が両脇からイーヴォ枢機卿を抱え上げた。

 

「ご無礼失礼します。急いで逃れる必要がありますので。」

 

そう言われる間にも階段を上へ上へと運ばれながら、イーヴォ枢機卿は彼らに問いかけた。

 

「構いません。ところであなた方は人類スターヴェイク帝国の?」

 

「はい。」

 

ユーミは階段を駆け上がりながら笑顔で応えた。

 

「コリント卿の配下です。聖女ルミナス様の指示で皆様の救出に参りました。」

 

 

 

 

ユッタ候補生の操縦する上陸艇(エアシップ)はガンツ近郊に差し掛かっていた。

 

「我らは、今後どうなるのですか?」

 

イーヴォ枢機卿が尋ねる。

 

「皆様は人類スターヴェイク領内にお連れします。コリント卿からは、まずは人目につかない安全な領内に皆様を匿うと聞かされています。」

 

ユーミとユッタはナノムを通じて外の状況をモニターしている。しかし中に乗り組んだ教会関係者には重力制御の恩恵で僅かな重心の移動も感じない。ずっとタワービルの屋上から動いていないようにさえ感じるのだ。

 

「これだけ厚い金属に守らられば安全なのかもしれないが、早くこの地を移動する方が良いのではないか。」

 

イーヴォ枢機卿が述べる懸念にユーミが笑顔を見せた。

 

「間も無くガンツ近郊に到着します。そこから少し離れた領地に皆様をお連れする事になっています。」

 

 

 

 

「早朝から厄介事ですまないな。」

 

俺は傍の男性にそう声をかけた。ケール男爵、ガンツ近郊の貴族の取りまとめ役である。彼はベルタ内戦で率先して味方してくれた一人である。なかなか優秀だったと記憶している。これまで擢用する機会がなく申し訳なく思っていたのだ。今回の件を委ねれば、それを功績として加増や陞爵もしてやれるだろう。

 

「閣下、厄介ごとなどと。それより閣下を疑うわけではないのですが、本当に教皇様がここに?」

 

「ああ。もう間も無く到着される筈だ。」

 

今回の救出作戦では、教皇の落ち着き先が課題だった。アレスやガンツでも収容可能だが、それではあまりに目立ちすぎる。政治的な情勢が整うまで、人類スターヴェイク帝国が救援機を飛ばしたと知られたくない。出来れば教皇は死んだと思わせたまま、以後の敵の出方を見たいと考えていた。

 

そこで思い出したのが、ガンツ近郊の中小貴族の取りまとめ役のケール男爵だ。人望のある彼が一声かければ三千名弱の兵が集まる筈である。なにより彼の領地はガンツから汽車で数駅なので、いざという時に移動させやすい。そして何より目立たないという自信があった。ケール男爵領は、アトラス教会の関係者が身を隠すのにはうってつけだろう。

 

上陸艇(エアシップ)が間も無く到着します。)

 

イーリスのアナウンスが入る。俺はケール男爵を促して、彼の館の前の空き地から空を見上げた。

 

朝日を浴びて銀色に輝く高速飛行物体が目に飛び込んでくる。それはかつてない速さで上空に到達すると、静かに降下して滑らかに着地する。ケール男爵が呆気に取られている。

 

ユッタ候補生の腕前も見事だが、重力制御エンジンの静粛性は素晴らしい。これならタワービルを襲撃した賊も上空に上陸艇(エアシップ)が到達したと気が付かなかっただろう。

 

(ハッチ解放します)

 

ユッタ候補生のアナウンスが入る。俺が呼吸を忘れて呆けたような表情を浮かべているケール男爵に注意を促す。今度は最適な速度で機体後部のハッチが開き始めた。

 

ハッチの中からは四名の宙兵隊がぱらぱらと飛び出す。彼らは周囲を素早く確認すると、ハッチの左右に陣取り気をつけの姿勢をとった。

 

ユーミ候補生を先頭に、アトラス教会の生存者が姿を現す。その数は多い。しかし三百人足らずだろうか。本来はその倍はあのビルにいた筈である。

 

ユーミ候補生が俺に気がつき、パッと敬礼する。その仕草にユーミ候補生の傍に立つイーヴォ枢機卿もこちらに気がついたようだ。

 

「猊下、ご無事で何よりです。」

 

俺は面識のある彼に近寄りながら声をかけた。いつもは厳しい様子で身なりにも厳しい印象だが、今日はかなり疲労困憊した様子に見える。

 

「おお、コリント卿。出迎えてくださるとは。まさに女神様のお導きにより救われました。しかしどうして我らの危難が分かったのですか。」

 

俺は予め用意した答えを口にした。

 

「聖女ルミナス様が救援に出向くように告げられたのです。」

 

「なるほど、やはりあのお方はルミナス様と強い結びつきがあるのですな。実は私もルミナス様の声を耳にしたのですよ。間違いないと思うのですが。」

 

イーヴォ枢機卿はしきりに頷いている。

 

「だが、まずは教皇様におやすみ頂く場所を用意頂きたい。何せご高齢な上に、昨夜は大変な夜を過ごされたのですから。」

 

「勿論です。大勢で入れるように専用の天幕を用意しました。」

 

俺は用意した天幕を指し示した。

 

「中にはベットなども運び入れています。また館が良ければ、こちらのケール男爵の館も提供されるそうです。ケール男爵、こちらはイーヴォ枢機卿猊下だ。ご挨拶を。」

 

「猊下、ケール男爵と申します。どうか我が館はご自由にお使いください。」

 

イーヴォ枢機卿は既に受け入れ態勢が整っている事に安堵した様子だった。

 

「ケール男爵、よろしく頼みますよ。ではまず、教皇様の移動を済ませましょう。」

 

「我が兵も力を貸せますが、いかがいたしましょう。」

 

「実は教皇様をここまで守って来た者がおりましてな。」

 

イーヴォ枢機卿が何か合図したのだろう。聖職者達に担がれて椅子に乗った教皇が上陸艇(エアシップ)の中から姿を現す。なんて事だ、椅子ごと教皇を担いでるのは全員が女性聖職者(シスター)じゃないか。

 

「あの、本当に我らが手伝わなくても?」

 

イーヴォ枢機卿は鷹揚に頷いた。

 

「良いのです、もうすっかり慣れてしまったと申してましてな。彼女達が最後まで教皇様のお世話をしたいと言って聞かないのです。」

 

 

 

 

教皇が天幕の中に落ち着き、お供の者たちがその様子に納得してそれぞれ用意された朝食を食べ始めた頃、俺とイーブォ枢機卿はケール男爵を交えて再び今後の相談を始めていた。人目につく上陸艇(エアシップ)は既に帰還を開始させている。彼らは、特に宙兵隊員達は二等兵から一等兵に昇進させよう。

 

「では、ここは人類スターヴェイク帝国領内のガンツの近郊なのですな。初めて訪れましたが。」

 

イーヴォ枢機卿が卵料理をパクつきながらそう言う。

 

「はい、ケール男爵領になります。」

 

「ケール、ケール。汽車で一度か二度は通過した覚えがありますな。そうか、ここが。」

 

イーヴォ枢機卿はようやくケール男爵の領地がどの辺りか見当がついた様子だった。

 

「今後の事はいかがされますか。人類スターヴェイク帝国としては、要請があればこれまで通りお助けしますが。」

 

俺はイーヴォ枢機卿に水を向けた。生存者には彼以外の枢機卿や大司教が多数含まれている。しかし人類スターヴェイク担当の枢機卿は彼とゲルトナー枢機卿なのである。

 

「今回の事、賊の正体は見当がついておられましょうや。」

 

俺は首を振った。

 

「いえ、全く。そもそもイリリカ王国内の政治には疎いのです。」

 

イリリカ王国内の政治に疎いのは嘘ではない。

 

「我らも皆目見当が付かんのです。しかしその目的は分かります。恐らくイリリカ王国内の軍部の急進派でしょう。教皇様を害し、自らの手先を後継者とするつもりでしょう。それが大都督の手先でもおかしくない。」

 

「大都督とは?」

 

「これはしたり。イリリカ王国は国王がおりますが、実権は軍と評議会に集約されています。その両方の長が大都督と呼ばれる役職なのですよ。」

 

「なるほど。」

 

アトラス教会としては次期教皇の為の実力行使と見ているのか。イーリスによればイリリカ王国内の勢力争いの可能性もあるようで、なかなか複雑なようだ。

 

いずれにせよ、情勢が落ち着くまで情報を集める必要があると意見の一致を見た。特にイリリカ王国の情報の公開方法が今後の判断材料になるだろう。

 

人類スターヴェイク帝国はこの地に留まる限り、アトラス教会の関係者を庇護する。その任はケール男爵が担う。しかし彼らは自由であり、望むなら好きな場所に移動しても差し支えないと説明をした。そう言って俺はお暇する事にした。実は今日は色々と予定が詰まっているのだ。

 

 

 

 

部下と共に《瑞鳳》に帰還したジノヴァッツは昂る神経を抑えてそのまま眠りについた。侍る女無しで眠るのは久しぶりだったが、宿願であるアトラス教会を取り除いた今は正念場である。全精力を目の前の仕事に振り分ける必要があった。

 

帝都侵攻は夜を予定している。それまでは兵を休ませ、備えさせる。アトラス教会本部襲撃は帝都襲撃の予行演習であり、夜襲に備えた昼夜逆転の良い契機であった。

 

「到着しました。」

 

乗組員が報告に訪れる。飛行船の艦橋から下を見下ろすと、まるで帝都を模した模型のようにジノヴァッツの眼下にザイリンク帝国の中枢が広がっていた。

 

「カレイド卿とアダーは到着しているか?まずは二人をここに。」

 

《小門》を通じた移動は可能である。指揮官役の2人には早めの参集を命じていた。属将を引き連れたカレイド卿が姿を見せる。地位の低いアダーは一人で現れる。するとジノヴァッツの護衛として近くに置いていたマシラがスッと離れてアダーの横に立つ。ジノヴァッツは放置した。マシラはマシラなのだ。好きにやらせるしかない。何か言えば例の戯言を喚き出すのだろうが、ジノヴァッツもマシラも今はその類の話をするつもりはない。

 

「諸君、無事に到着した。では作戦を伝える。」

 

ジノヴァッツは作戦会議に参加したメンバーを見渡した。

 

「我らの兵はこの地にまだ三百名しかいない。占領できる対象は限られるという事だ。まず飛行船はあの塔に横付けする。マシラが」

 

ジノヴァッツはそう言ってマシラを顎で示した。

 

「蛇毒隊と共に塔を降りて占領する。いいな、アダー。」

 

「かしこまりました。」

 

危険な役割である。蛇毒隊が一番手なのは優遇ではなく、敵が待ち構えいるなど想定外の事態に切り捨てられるからであろう。

 

「塔を占拠したら転送門を開く。カレイド卿の部隊を展開させる。蛇毒隊はそれまでに正門を押さえろ。交通を遮断させる。裏門を塞ぐのは我が兵三百を充てる。宮城内はカレイド卿が担当し、皇帝を血祭りに上げる。何か質問は?」

 

「アダー殿の隊に正門封鎖は荷が重いのでは。ここは私が両門共に皇宮の封鎖を引き受けましょう。」

 

始めからそう決まっていたかのように、滑らかな口調でカレイド卿が提案する。それをさも当然そうにジノヴァッツも受け入れた。

 

「それがいい。ではカレイド卿が皇宮を封鎖する。宮城中で皇帝を討つのが我が兵と蛇毒隊だ。出来るな、アダー?」

 

アダーは一瞬躊躇したが、決意を述べた。

 

「はい、出来ます。」

 

「では決まりだ。共にザイリンク帝国を滅しに行こうではないか。」

 

 

 

 

 

暗闇の中、硬式飛行船は錨を下ろす。碇が固定した不安定なロープを伝ったマシラが塔に降り立つ。硬式飛行船が降下を開始した。転送門は空中に生じる事はない。この為、硬式飛行船より少しずらせば塔内に転送門が生じる筈である。その位置を見定めるのが地上に降りたマシラの役目である。

 

マシラが転送門を発見し、駆け寄る。そしてGOサインを出す。その間にも転送門からはカレイド卿の麾下の軍勢が溢れ出していた。彼らは塔を押さえると正門を難なく確保し、外壁に沿って展開していく。彼らは十重二十重に宮城を囲み遮断する役割である。

 

小門を通れば遺跡を経由して転送門から下に降りれる。アダーはその方法でイリリカ王国の大遺跡に待機する蛇毒隊に合流した。

 

「時間がない、いくぞ。」

 

兵の準備が整っていることを確認し、隊列を整えて転送門に向かう。

 

「おい、どんな作戦だ。」

 

ハブがアダーの背中に問う。アダーは振り向きもせずに答えた。

 

「他の隊が既に飛行船を係留した塔を占拠しました。そこに転送門を開き、皇宮を外周に沿って占領し外部との行き来を遮断します。その間に、宮城に乗り込む我らでザイリンク皇帝を討ちます。」

 

ザイリンク皇帝を討つ大役と聞いて周囲の兵が歓声を上げる。

 

「大丈夫か、顔が白いが?」

 

ハブが心配そうにアダーの顔を覗き込んだ。この大役を前に、アダーの顔色が優れないのは良くない話があると察したようだ。

 

「・・・叔父上、皇帝は帝国最強の親衛隊に守られているのです。我らは露払いとして、その数を減らす役回りですよ。」

 

今回は策に頼らない力攻めである。蛇毒隊に手練れと言えるのはマシラしかいない。アダーはコリント卿ではないのだ。策を用いてもその戦闘力には限界がある。どれだけ被害が出るかも分からなかった。しかも敵地の真ん中で逃げる先もない。逃げようとする兵はカレイド卿率いる正規軍の制裁を受けるだけだろう。

 

「腹を括りましょう。今日は無事にはすみません。」

 

アダーは青い顔をしているハブにそう囁くと、部下を引き連れて転送門をくぐり抜けた。

 

 

 

 

宮城はそれ自体が皇帝の私的空間であり、皇宮の中の一つの城である。蛇毒隊が宮城に入る橋の前に整列しても、宮城は静まり返っていた。

 

カレイド卿の兵は精兵揃いではあるが、軍事行動にあたってはそれなりに音を立てる。しかし宮城内は静まり返っていた。

 

「どうする?」

 

ハブがアダーに問う。見ればハブの顔を汗が滝のように伝っている。

 

「宮城内で敵が待ち構えているのは間違いないでしょう。しかしこちらも見られています。行くしかないでしょうね。」

 

「火炎瓶などないのか。」

 

「火を使うのは残念ながら禁じられています。疑問の余地を残さぬ為に皇帝の死体が必要なのです。」

 

今の蛇毒隊は特別な装備などない。文字通り彼らは露払いとして扱われている。敵の息切れを誘い、手の内を晒させ、少しでも被害を拡大させる役回り。半分でも生き残れたら強運だろう。

 

「安心ください。お兄様はマシラがお守りします。」

 

マシラの護衛対象にはハブとマンバは入っていないようである。

 

「今日は少しでも時間を稼ぎ、敵の手の内を探る。それが我らの役回りだ。勝ち筋が見えれば、ジノヴァッツ様もカレイド卿も動く筈。そこまで生き残るのが我らの勝ち筋よ。進め!」

 

アダーの号令と共に先頭が橋を渡り始める。意外にも彼らの戦意は旺盛だった。労せずして憎き皇帝の喉元に到達したのである。

 

元々、自分の得物の届く範囲に皇帝がいたら殺したいと願ってきた兵が多い。彼らの殺意は本物である。橋を渡り宮城に殺到する勢いは悪くなかった。アダーでさえ、少し慎重に考えすぎたかと思った程である。

 

宮城の門が大きく開いた。中央に長い髪をたなびかせた一人の騎士が仁王立ちしている。

 

「女か?」

 

ハブが声に出した。

 

「帝国最強の騎士は女であると聞きました。」

 

アダーが応える。

 

「お兄様、アレは私が」

 

「頼む。」

 

アダーは手短に応えた。元より手練れはマシラに頼む他ない。マシラが駆け出す。だが間も無く先頭集団は女騎士の仁王立ちする箇所に差し掛かり、駆け抜けられそうである。

 

女騎士の背後から敵兵が溢れ出した。蛇毒隊の先頭集団と衝突し、一気に突破された。蛇毒隊の先頭集団の勢いは本物だった。にも関わらず隊の前進は停止させられる。見れば敵兵は碌に武器も持っていない。しかし彼らはこちらの兵につかみかかり、体当たりで動きを封じてくる。

 

「マズいな、どうするよ。おい。」

 

ハブは狼狽えているが、ここは兵を送り込み続けるしか手がない。少しでも疲弊させる役回りである。

 

「マシラが支える。目の前の敵を突け!とにかく突破して見せろ。」

 

味方の頭上を飛び越えでもしたかのように、遅れて出発したマシラが先頭集団に合流する。彼女の実力を知る兵は奮い立った。知らない悪魔より知っている悪魔の方がマシである。そしてその悪魔が自分の敵を倒してくれるなら言うこと無しである。

 

マシラの両腕の剣が鞭のようにしなって女騎士に襲いかかる。女騎士は器用にその攻撃を掻い潜ると、目に見えぬ速さでマシラに蹴りを入れた。マシラが味方の兵を巻き込んで鞠のように転がされる。だがすぐに起き上がると、再び女騎士に挑みかかった。

 

「おい、分が悪いんじゃねえか。」

 

ハブがアダーにだけ聞こえる声で漏らす。

 

「弓矢で支援を。数はこちらが多い。まずは落ち着いて敵を減らしましょう。」

 

「心得た。」

 

幸い弓矢は携えてきたし、堀がある以上は敵との距離を稼げる。敵が弓矢を使わぬのが不思議なほどだった。

 

アダーの放った矢は狙い通り敵の胸板を貫く。その時アダーは異常に気がついた。あの暴れ回る敵兵は矢で射られても止まりもしないのだ。

 

「おい,どうなってる。あいつらは死兵か。」

 

見れば味方の兵も戸惑っている。敵兵は装備を使わず、切り付けても碌に血を流さず、頭から切りつけても戦意を失わない狂兵だった。

 

「まさか、不死兵か。」

 

マンバがポツリと呟いた。不死兵は死なない兵ではない。だが、薬品によって恐怖を鈍化され、力を強化し、あまり血が流れないように改造されている。当然それは命に関わるような劇薬なのだが、宮城を守る最後の兵なら不死兵となる為の薬を持たされていても不思議ではない。

 

あんな兵が待ち構えているなら、ジノヴァッツもカレイド卿も先鋒をアダーに譲る筈である。

 

狂乱する敵兵に味方の兵が気押される。剣で斬りつけても、弓矢に射抜かれても平気で挑んでくる敵などあり得ない。大技で敵を倒すばかりが戦争ではない。むしろ敵の息を上げ、小さな傷を増やして失血を誘い弱らせるのが定法と言える。

 

その小さな積み重ねが対峙する敵との有利不利を齎し、恐怖を克服させる。相手が恐れ、 疲れるからこそ、こちらはそれらを忘れられるのだ。武器は使わず、息は乱れず、血を流さず、恐れも示さない存在と対峙する恐怖は普通の兵には克服しがたい。

 

(剣聖流の大技はこのような不死兵を一刀両断する為に生み出されたとは聞いていましたが。このような敵をどうすれば倒せるのでしょうか!)

 

見ればマシラも苦戦していた。能力はほぼ互角なのだ。むしろ体格が優れているだけ、敵の女騎士が上手である。マシラの個人的武勇が戦況を打破すると期待できなかった。

 

アダーは足元に視線を落とした。コリント卿がどうするか考えても、突破口は見当たらない。いかなコリント卿とて、人でない兵を相手にした事などないのだろうから。

 

(よく相手を観察しろ)

 

アダーの脳裏にコリント卿の声が応える。

 

(観察をすれば、必ず糸口は見つかる。)

 

アダーの視線が再び敵を捉えた。そう、冷静になれば彼の役目は必ずしも敵を倒す事ではない。敵の倒し方を見つける事である。もし対処方法を構築すれば、恐らくカレイド卿の兵が蛇毒隊に代わり敵を追い詰めるだろう。兵はまだ味方の方が圧倒的に多い。数は力である。対処法が分かれば、必ず道は開ける筈だった。

 

アダーは懸命に敵の動きを目で追った。そして利用できるものがないかを探して周囲を見渡す。橋を押し出された兵が、堀の中を立ち泳ぎしていた。それは味方の兵ばかりである。味方の兵は敵よりはるかに弱い。だから橋から落ちてばかりなのだろうか。

 

いや、違う。アダーはそれが違うと知っていた。何度か敵味方入り乱れて落ちる様子を目撃していたからだ。

 

(そうか。不死兵は水も恐れない。だから泳ぐ事もない。)

 

それは女神がもたらした天啓のような閃きだった。しかしアダーはそれが真実であると確信した。どちらかと言えば不信心な彼が、女神ルミナスに感謝を捧げようと決意したのはこの瞬間である。

 

彼らは前に突き進み闇雲に手を動かす。しかし水の中でそれをすればどうなるか。生きている限りは呼吸が必要である。不死兵と言えど、空気は必要な筈である。堀を泳ぐ不死兵がいないのは、橋から落ちた不死兵が泳がずに溺れたからに違いない。

 

「不死兵は泳がぬ。堀だ、敵兵を堀に落とせ。敵を落とす為なら、自ら堀に落ちても構わん。」

 

アダーは叫んだ。その声にハブも叫び始める。

 

「堀だ、堀に沈めろ。不死兵は水に弱いぞ、簡単に溺れ死ぬ。」

 

そうと分かれば堀の上は絶好の場所だった。死を恐れない兵は、転倒も恐れない。ただ突き飛ばしてやるだけで彼らは簡単に橋から堀に落ちた。堀の中では落ちた兵が不死兵の頭を掴み、水中に沈める。不死兵は死を恐れない。しかし水の中では不思議なほどに大人しくなり、肺に水を飲み込んで次々に沈んでいく。

 

アダーも橋に向かった。今は少しでも敵兵を橋から叩き落とさねばならない。不死兵相手に弓は役に立たない。ならば棍棒代わりに敵を落とすのに用いれば良い。アダーは当たるを幸い、敵兵を堀に突き落とす。

 

「良くやりましたね、アダー殿。後は、我々が引き継ぎましょう。」

 

気がつくとアダーの横にはカレイド卿が立っていた。そして既に辺りに展開したカレイド卿の部下は、蛇毒隊より遥かにテキパキと不死兵を堀に落としていた。

 

「まだ、あの女騎士がおりますが。」

 

肩で息をしながら、アダーが懸念を述べる。

 

「大丈夫ですよ、彼女の対処法なら分かるので。」

 

優しくそう言ったカレイド卿が部下に指示を出す。カレイド卿の部下が四人、女騎士との撃ち合いでボロボロになったマシラの前に進み出た。そのまま敵の女騎士に対峙する。マシラと長時間戦った女騎士もまた、大小の傷を抱えて血に塗れている。既にその片目はマシラに負わされた傷で塞がれていた。それでも残った片目に込められた怨は、他者を寄せつけまいと強烈な圧を放っている。

 

女騎士の対象から外れたマシラはそのまま橋に座り込み、気絶したように動かなくなった。これまで気力だけで動いていたのだろう。女騎士の方も似たようなものだが、それでも女騎士は死力を振り絞って四人に挑みかかった。

 

ミスリルの槍が煌めく。女騎士の纏う鎧をものともさずに槍が貫通する。女騎士が避け損ねた槍は一本だけだった。しかし他の三本の槍もすぐに構え直され、再び女騎士に向かって突き出された。女騎士の逃れようとする動きで、彼女に刺さったミスリルの槍は大きくしなる。今度は狙い通り、三本全ての槍が女騎士を貫通していた。四本もの槍に貫かれた女騎士は全身から血を流し、ピンで刺された虫ようにのたうち回る。

 

「彼女は危険です。巻き込まれないように、そのまま排除しなさい。」

 

カレイド卿の指示が飛ぶ。槍に貫かれて身動きの出来ない女騎士はそのまま宙に持ち上げられ、堀の側まで運ばれる。

 

「水の中で眠れ」

 

騎士の1人が言い放って槍を手放すと、引き抜いた剣の腹で女騎士を痛打する。腰の高さで重く振り抜かれたその一撃は、斬撃を加える事ではなく衝撃を与える意図だった。四本の槍に貫かれたままで吹っ飛ばされた女騎士は堀に落下した。堀に、その日一番大きな水飛沫が上がる。

 

「さあ、今日こそが皇帝に引導を渡す日だ!」

 

カレイド卿がそう叫び、呼応して兵が隊列を整える。その間にアダーは橋の上に崩れ落ちたマシラの元に駆け寄った。イリリカ王国の正規兵が誰も邪魔する事なく待ってくれたのは、彼らの代わりに戦った者に示した僅かばかりの敬意かもしれなかった。

 

ボロボロに裂けた弓を放り出し、代わりにアダーが抱き上げたマシラの身体は驚くほど軽い。そのまま彼は味方の行進の邪魔にならないところにマシラを抱いて移動した。

 

アダーはそこで思わず消耗のあまり座り込む。その様子を見届けたカレイド卿が合図すると、イリリカ王国軍正規兵は宮城に突入を開始した。

 

 

 

 

「おい、なんとかなったな」

 

気がつくとハブがアダーに話しかけていた。

 

「大丈夫、マシラの息はある。」

 

マンバがアダーに抱かれたマシラの手を取り、彼女の脈を確認している。

 

「・・・ハブ叔父上、マンバ。」

 

「お前は少し気絶していたのだ。ジノヴァッツ様ももう兵を率いて宮城内に入られたぞ。これで終わるだろう。」

 

「・・・そうだったのですね、我ながらだらしない事で。」

 

「何を言う。剣もろくに使えぬお前が堀際で奮戦していたではないか。だがイリリカ王国軍の正規兵が来るのが遅かったら、我らも命が危うかったな。」

 

蛇毒隊の兵は大半が討たれていた。堀に落ちた者も結構な数が不死兵の水死に巻き込まれたらしい。呼吸を忘れた不死兵も、敵兵の足を引っ張り道連れにしようとはしたのだ。アダーが堀の中に落ちなかったのは単なる運である。アダーの奮戦する様子を見ていたハブとマンバはいつ不死兵の道連れで堀に落ちるか気が気ではなかったそうだ。

 

「生き残った蛇毒隊の兵は二割か三割か。ま、そんなところだ。」

 

ハブとマンバが残兵をまとめてくれていた。しかし兵は全員が精力を使い果たしている。それにこれだけ数を減らせば、もうこれまでのような活躍は見込めないだろう。

 

「流石にこれでザイリンク帝国に引導を渡せる。ジノヴァッツ様も、今度こそは我らにまとまった休みを下さる筈だ。」

 

 

 

 

ジノヴァッツは部下と共に皇帝を追い詰めていた。宮城は皇帝の私的空間とは言え広大ではある。まだ皇帝に仕える親衛隊も控えていた。しかし不死兵とは異なり、普通の人間である彼らはジノヴァッツが用意した銃弾の前に倒れた。

 

「・・・最後の言葉があれば、聞きましょうか。」

 

皇帝を追い詰めたジノヴァッツが問う。皇帝は最後にありったけの威信をかき集めてこう答えた。

 

「お前がやったのは無益な事だ。皇帝たる余を殺しても皇太子は健在である。そしてこのような敗北をザイリンク帝国は受け入れない。まだ帝国の中枢たる五傑は健在なのだから。」

 

そんな皇帝の言葉をジノヴァッツはせせら笑った。

 

「この地に大遺跡があるのは分かっているのでね。その力さえ手に入れればあなたのご大層な帝国には興味ないのです。どうせご自慢の帝国も、諸地域の反乱でもう死に体でしょうに。」

 

そう言い終わるや否や、ジノヴァッツは銃を撃つ。嘲笑われた皇帝が怒気を発する。しかし皇帝のその身体は、既にジノヴァッツの放った銃弾に貫かれていた。皇帝の口から溢れ出たのは言葉ではなくただ血の塊のみである。

 

「お前らも撃て。皇帝に弾丸を発する機会などもうないぞ。ただし顔は狙うなよ、偽首と言われても面倒だからな。」

 

ジノヴァッツが部下を煽り立てる。その声に釣られて大勢の兵の放った銃弾に、ザイリンク帝国皇帝の遺体は何度も何度も貫かれた。

 

 

 

 

ザイリンク帝国の帝都は陥落し、皇帝は討ち果たされた。その報告はイリリカ王国の勝利を意味していた。

 

「本日の評議会ですが、いかが致しますか」

 

間も無く評議会の定刻である。部下に防戦を委ねて評議会に参加したパロリオン卿は、遠征の成功を受けて今後の対応の協議の為に大都督の元を訪ねて意見を交換していた。

 

「む、ジノヴァッツの件か。奴がまだ戻れないのは確実なのだな?」

 

「はい、ジノヴァッツを乗せた《瑞鳳》が戻るのは最短でも明日になりましょう。」

 

硬式飛行船のザイリンク帝国への移動には一昼夜かかっている。必然的にそれだけの戻るのにもそれだけの時間を要する筈であった。偏西風の存在で逆風となる帰路は飛行船ではより時間を要する。だが、彼らはそのような知識を欠いていた。

 

「よし、やるか。」

 

大都督は決意した。今こそあの狂人を取り除く好機である。ザイリンク帝国を平らげたあの男が帰国する前に全てを決着させなければ、このままジノヴァッツが大都督の地位を得るだろう。

 

評議会の開始と共に、パロリオン卿が壇上に上がった。無論、これは大都督の意向を受けての行為と評議員は皆承知している。

 

「評議員諸君。我らは教皇暗殺の罪でジノヴァッツを糾弾する、心ある方々には賛同して頂きたい。」

 

突然の告発に議場は騒然とする。教皇が住まうアトラス教会本部が爆発四散したのは周知の事実である。しかしそれが暗殺なのか、ジノヴァッツが予告していたザイリンク帝国による教皇暗殺なのか解釈については紛糾していた。だからジノヴァッツの仕業という証拠などない。むしろ遠征に派遣されたジノヴァッツ本人はイリリカ王国内にいなかった筈である。

 

だが、ジノヴァッツが使嗾した可能性が高いとは噂されていた。そもそもザイリンク帝国による教皇排除を評議会で演説したのは彼である。

であるなら、ジノヴァッツがそう考えていたという事実を大都督も利用してしまえばいい。ただ、単純に罪を被せてジノヴァッツを葬り去る。評議会の多数派を構成する大都督と外交派が結託すれば、それは不可能な事ではない。

 

「何の証拠もなしに。卿らは横暴ではないか。まずはジノヴァッツの意見を聞くべきだろうよ。」

 

抗議の声が上がるがパロリオン卿は黙殺した。必要なのは断固たる措置だと彼は確信している。ジノヴァッツを拷問にかけて自白を引き出せば、いや、自白を引き出した事にすれば後はどうとでもなるのだ。

 

「聞くべき意見はないようだな。そもそもジノヴァッツが教皇様を取り除くと評議会で宣言したのは周知の事実だろう。事態は我が国の話だけではない。人類スターヴェイクとの主導権争いにも響く。迅速に犯人を挙げる必要があるとご理解頂こう。・・・では、評決に移る。」

 

人類スターヴェイク帝国との外交を主導したパロリオン卿と大都督が評議会に決を迫った。評議会の外交派閥と軍事派閥はジノヴァッツの排斥の為に結託した。遠征軍がザイリンク帝国を下した今、評議会が決を下せば大都督の意を受けた軍がジノヴァッツを拘束するだろう。

 

「ザイリンク帝国を下した途端、祖国に内紛が生じますか。実にイリリカ王国の伝統に沿ったお育ちの良さですな。とても平民上がりの下衆な私なんぞに真似できない。脱帽します。」

 

そんな喧騒に満ちた評議会を覗き込み、入り口から声をかけたのが弾劾されるジノヴァッツ本人だった。

 

「ジ。ジノヴァッツっ!どうしてここに?」

 

大都督が驚きの声を上げる。

 

「なに、簡単なことです。軍はもはや大都督の私物ではない。才能ある若き将軍達が指揮する実力主義の場なのですよ。でなければ列強で最強であるザイリンク帝国を相手に、私などが勝利など出来ませんからな。」

 

ジノヴァッツが壇上に登るべく議場の中を進む。背後に控えた軍人達も姿を見せる。彼らは単なる兵士ではない。皆が実力で知られる将軍である。その中には若き軍事の天才として大都督の寵愛深いカレイド卿の姿もあった。

 

将軍達は皆それぞれ兵を率いている。評議会の中はたちまち軍人で埋め尽くされる。抜刀はしていないまでも、評議会が圧をかけられているのは明白だった。

 

「カレイド卿!まさか、貴卿までジノヴァッツのクーデターに与するとは。そんな事はないであろう?」

 

大都督がカレイド卿に声をかける。だがその声に反応するカレイド卿の返答は、至って素っ気ない物だった。

 

「大都督閣下には良くして頂きましたが、軍人は勝敗を見誤る事は許されません。それこそが大都督閣下のよく述べられたお教えでしたね。」

 

その言葉はカレイド卿の大都督派閥への決別の言葉である。カレイド卿の意思表明に、ジノヴァッツは大きく頷いた。

 

「大都督閣下直々の薫陶を受けたカレイド卿には、大都督の職責を引き継いで頂きましょう。何、若さを心配なさらずともカレイド卿の才覚があれば何のこともありますまい。で、君はどうするかね、バルスペロウ?」

 

ジノヴァッツは、評議会での盟友と頼む相手に水を向けた。これまで沈黙し、評議会を冷ややかな目で眺めていたバルスペロウが口を開く。

 

「私はいつだって君の側に立つさ、ジノヴァッツ。大都督とパロリオン卿達の動向は細大漏らさず君に伝えてきたじゃないか。」

 

「そうそう、そうだったね。」

 

芝居じみた仕草でジノヴァッツは言葉を紡ぐ。

 

「それなら話が決まりだな。バルスペロウ、君がこの評議会議長を務めるといい。国政は私が預かる。軍を統べるのはもちろん大都督たるカレイド卿だ。これこそ協力関係という物だね。ではこれで程良きところに落着したな。さて我ら三名に対する叛逆の罪は明らかだ。大都督とパロリオン卿を連行せよ。」

 

ジノヴァッツの声に、評議員達は声も出ない。この場の強者は軍を指揮下に置いたジノヴァッツである事は明らかだった。

 

ジノヴァッツは遂にザイリンク帝国と共にイリリカ王国をも支配する立場となった。人類スターヴェイクと対峙する上で、それはジノヴァッツに必要欠くべからざる力をもたらす事となる。




初出で「海兵」となっていたのは「宙兵」の誤りです。訂正します。
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