【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる) 作:高坂 源五郎
Ⅲ 統一戦記 62話 【列強戦編⑤】 コリントス制圧
俺がケール男爵領からアレスに戻ったのは、遅い朝という時間帯である。いつもなら朝食を済ませ、会議の前にリアと共にお茶をしながら歓談する頃合いだった。
『抱卵を開始したグローリアが、全然自分に構ってくれない』としきりにこぼすヴァレリウスと別れ、少し慌てて妻達と使う食堂に入るとリアとエルナが食後のお茶を楽しんでいた。
「アラン、おはよう。私は少し怒っているのよ。今朝はアランを独占できると思っていたのに、いつの間にか寝室から姿を消しているのだから。」
微かに表情に恥じらいを滲ませながら、リアが今朝の俺の不在を責める。
「クレリア様、今日はアランとセリーナとシャロンの結婚式なのです。朝からアランを疲れさせるような事をしては、あの二人に悪いでしょう。興奮を鎮める為にドラゴンで朝駆けするのは、アランなりに了見してよく我慢したというものです。」
澄まし顔でお茶を飲み干しながら、エルナがリアをそう諭していた。
「すまない。問題が発生したので朝からその対応をしていたんだ。」
俺はかいつまんで、イリリカ王国のアトラス教会本部が襲撃されたと二人に伝えることにした。
「ええっ!? それで教皇様は無事なの!?」
「ああ、今はアトラス教会関係者をケール男爵領に匿っている。」
「・・・なぜ、ケール男爵領に」
リアが心底訳がわからないという様子で俺を見ていた。
「誰にも知られないように匿うのには、あの地が良いと思ったんだ。ケール男爵は信頼が出来る人柄だし、ノイスで匿うよりはマシだろう。」
「それで、どうやってこんなに早く対応できたの?」
やはりそういう話になるか。仕方ない、順を追って説明しよう。
「ゲルトナー大司教が枢機卿に任命された際、教皇様の受け入れを打診されたのは覚えているだろう?」
「・・・ええ、教皇様に愛想を尽かされるなんてイリリカ王国も大した事のない国だなと思ったもの。」
「それで部下に、アトラス教会本部の見守りをさせていたんだ。そしたら深夜にアトラス教会本部が襲われた。それで部下が救えるだけの人を救って人類スターヴェイク帝国領内に戻って来たんだ。」
見張りをしていた部下はイーリスのドローンで、救出を担当したのはユーミ候補生の宙兵隊だ。しかし、この細部は割愛して良いだろう。
「・・・それで賊は、犯人は誰なの?」
「その点についてはイーヴォ枢機卿と話して来たんだが、ハッキリとは分かっていない。アトラス教会としては、次期教皇を自分達の為に都合のいい人物にするための陰謀と捉えているようだった。」
そこで俺は息継ぎをした。
「ただ、俺が思うにこの手口は違うな。教皇交代にしてはやり方が大掛かりすぎる。イリリカ王国の中の主導権争いと見るべきだろう。政治的主導権を握る為に、誰かがアトラス教会の影響力を排除しようとしたのではないかと思う。」
或いは私怨か。いずれにせよ、教会と折り合いの悪い勢力の仕業である。
「しかし妙ですね。暗殺を防いだというのは分かるのですが、どうやってアランの部下が大勢の教会関係者をケール男爵領まで運んだのですか?」
エルナが疑問を呈した。やはりその話題になるか。驚かせたかったんだが、仕方ないな。エルナは勘が鋭い。こういうのは外さないな。
「実は、アラム聖国の大遺跡から回収した技術で空を飛べるようになった。まあ、完成した乗り物を使っての初飛行は今回が初めてだったんだが。」
実際、
「つまり飛ぶ魔道具を作り上げたのね。まあ、グローリアで初めて飛んだ時からアランならいつかやると思っていたわ。」
「そうですね、ワイバーンの飼育もいつの間にか進めていましたし。あれで大分慣らされました。」
意外にも彼女達に驚きはないらしい。考えてみればドラゴンやワイバーンに乗るという方法で彼女達は既に飛行を経験している。それが魔道具に置き換わったとしても、改めて驚く事はないのかもしれないな。
空を飛べるのは既に当たり前だから、乗り物が変わっても今更不思議に思わないという所か。飛行機の歴史は困難の連続だった。それを知らなければ、空を飛ぶ事の大変さは伝わらないだろう。ドラゴンに乗れば飛べるのだから、空を飛ぶのはもう当たり前のこと。皆はそう考えるのか。
俺はエルナが注いでくれたお茶に手を伸ばしながら言った。
「なんだ、みんな驚かないんだね。要塞マルコ・アウジリオ完成でみんなに飛行を披露して驚かせようと思っていたのに。」
澄まし顔でお茶を飲んでいたエルナは、俺の言葉に驚く。
「えっ、あの何万人も収容する大きな要塞が飛ぶのですか?」
「そうだよ、てっきりエルナは気が付いているものだと。ずっとそういう話をしていたじゃないか。」
「いいえ、水の上を“浮かびそう”だとは思いましたが。空を“飛ぶ”なんて一言も言っていませんよ。」
「“飛ぶ”というのは翼を使って飛行する印象だから、俺としてはあの要塞に限っては“空に浮かぶ”というのが正しいとそう考えているんだ。ほら、この二つ受ける印象が違うだろう?」
物体の大きさの違いもあるが、空中で静止できるかどうか。その差は大きい気がする。
「言葉の定義はこの際どうでもいいわ。あの要塞が空に浮くのは本当なの?」
リアが信じられない、という顔をして俺を問いただす。
「ああ、間違いなく空に浮くよ。今度、皆でどこかに西の方にでも行ってみようか。」
午後は予告通りセリーナとシャロンの結婚式となる。今回はベルタだけでなく、セシリオ、そしてアロイスの諸侯も参列するのでスターヴァインでの式より盛大かもしれない。
今回はリアもドレスを纏い花嫁姿のお披露目をする。エルナ曰く“クレリア様の花嫁衣装は何度見ても良い”のだそうだ。そういうエルナ本人は花嫁姿は一度で充分らしい。もう堪能しました、と明るく言っていた。
こうした結婚のお披露目会は貴族社会ではよくある事らしく、王都と領地でそれぞれ行うのだという。リアの地元のスターヴァインで式を挙げたので、首都アレスでお披露目会を開くという感覚になるのだろう。或いは披露宴が複数開催されるというべきなのだろうか。
クレリアは結婚式ではスターヴァイン王室の伝統的な花嫁衣装を用いた。それは先祖伝来の民族の色彩の強い服装である。対してアレスで行われた今回の挙式では、セリーナとシャロンが用意した背中の大きく開いた白いウェディングドレスを着用していた。
「ちょっと背中を見せすぎではないかしら?」
肌を露出する面積に、クレリアは戸惑っていた。
「これは花嫁の純潔を示す為なの。“私はこのように清らかさを保っています”という宣言ね。」
「なるほど、そうなのね。」
シャロンのその説明に、クレリアは顔を赤らめた。清らかさについては、既に結婚を済ませたクレリアとしては感じる事がある。
「大丈夫よ、リア。清らかさとは、その肌の美しさだから。美しく健康であるから、わたしは結婚するにふさわしいと、そう示すものなの。」
シャロンがクレリアの懸念を吹き飛ばすような明るい表情でそう告げた。
「では、行きましょう。アランが待っているわ。」
セリーナが二人に声をかける。彼女達は相互にチェックして、万事整っている事を確認した。既婚、未婚を問わず花嫁の付き添い人として大勢の女性が集まってくれた。
「それでは、お入りください。」
侍臣が扉を開く。教会の中で音楽が鳴り始める。クレリアを先頭に、ヴェールを被った三人の花嫁達はゆっくりと進み始めた。
壇上では枢機卿の装束を纏ったゲルトナー枢機卿と人類銀河帝国の礼装姿のアランがいる。やはりこの服装が最もアランを際立たせると皆が考えたのだ。エルナも側妃だが、今回はエルナは護衛役である。
「みんな、とても綺麗だ。」とアランが声をかける。「ありがとう、アラン。」とリアは応える。「アランも素敵よ。」とセリーナは返す。そして「今夜が楽しみね。」とシャロンが囁きアランを赤面させる。大勢の参列者に見守られ、アレスでの結婚式は滞りなく完了した。
「蛇毒隊は、手酷くやられたようだな。」
報告書を眺めてジノヴァッツがいう。その口調も、アダーを眺める目つきも今はどこか冷酷さを漂わせていた。それだけ余裕がないのだろうな、とアダーは感じる。或いは、皇帝を始末する為にジノヴァッツ自身が手を汚す結果になったからだろうか。
「はい。」
そう返事をしたアダーにジノヴァッツは意外な言葉をかける。
「責めているのではない。やはりザイリンクの不死隊を相手にするとこうなるか、と考えていた。俺も見ていたが、まず満足できる戦いぶりだったぞ。」
「ありがとうございます。」
「負傷が重い者から離脱させ、蛇毒隊は三百の隊として再編成しろ。生き残りでもそれくらいはいるだろう。」
「三百は些か少ないかと。増員はされないのですか?」
アダーは失望を隠しきれず、思わずそう尋ねていた。蛇毒隊の生き残りは八百名は超える。それを三百まで減らすのは、流石に絞りすぎに思えた。
「これは急ぎの任務だ。ザイリンク帝国の兵が王都から引き上げを開始したのは知っているな?」
「はい。」
イリリカ王都を囲むザイリンク帝国の侵攻軍はもう撤退を開始していた。表面上は相当有利な戦況であるにも関わらず、である。
皇帝の死を秘したまま、ザイリンク帝国との会戦を意図していたジノヴァッツとカレイド卿としては肩透かしであった。発表のタイミング次第では、併合された地域の兵が寝返り総崩れすると見ていたのだ。
「大都督のカレイド卿が部下に追撃をさせているが、なんと言っても敵も数が多い。騎兵の大半は東方に逃しそうだ。だが、妙な動きを示す敵がいる。」
ジノヴァッツは地図を指し示した。
「一部の騎兵集団がゲイツ王国に向かっている。俺はそのままセシリオ方面に逃れる気ではないかと考えている。」
「まさかザイリンク帝国の敗兵が人類スターヴェイク帝国に、ですか。」
考えられる事ではあった。人類スターヴェイク帝国はザイリンク帝国とも不戦を交わしている。不戦期間中に参戦はしないにせよ、敗残兵を匿う事はコリント卿ならやりかねない。
そもそもイリリカ王国も、ザイリンク帝国の併合地域の対抗勢力を活用している。このような支援は定石と言っていい。
「この集団はおそらく五傑のミクローシュ将軍の残兵だ。となるとバーリント皇太子もいるかもしれん。」
それもまた考えられる事だった。ザイリンク帝国の存続は今や皇太子の安否にかかっていると言っていい。この地上にザイリンク帝国の皇族に安住の地などもうそうはない。人類スターヴェイク帝国の庇護を受けられるなら、それが最も安全な場所とさえ言える。
「・・・侵攻軍は大兵を擁していました。皇太子が軍と共に健在なら、他国を頼らず会戦を挑む筈では。もしくは軍と共に撤退するのではないでしょうか。」
アダーの疑問をジノヴァッツは一蹴した。
「知っているだろう、帝都は既に陥落している。敵兵も今後は離脱が増えるだろう。今は伏せられて詳細を知らないか、敵地を脱出するためにまとまって行動しているに過ぎない。ならば青二才の皇太子に軍を率いさせるより、人類スターヴェイク帝国に庇護されていると喧伝した方がまだマシな情勢だろう。」
想像は補完する。直接会話を交わすより、あれこれ推量する方が相手から感じる魅力は増す。貴人が目下の者と直接言葉を交わさないのも、この想像による補完の力を用いて威圧するからである。
目の前にいる皇太子は単なる人でしかない。直接観測できる為に、人である粗も目立つ。だが、皇太子が遠くの人類スターヴェイク帝国で庇護を受けていると喧伝されたならどうか。
途端にその人物の背景に他国の庇護という威光が増すのである。安定感が増し、何の為に戦うかの説得力が変わる。時として、人は目の前に存在しないものの方が信じられる。
人類スターヴェイク帝国の威を借りるのは、才能の程度が不明瞭な青二歳の皇太子に実力を発揮させようとするよりも遥かに政治的には効果的であるのに違いなかった。これは実績と信用力の差である。ジノヴァッツの想像する難敵なら、必ずそのように手を打つだろう。
「確かにザイリンク帝国の威信は大きく揺らいでいますね。我らが畳み掛ければ防戦もままならない程に。」
「そうだ。そしてあの厄介なミクローシュ将軍であればそれぐらいの計算はするさ。なんせあの男が人類スターヴェイク帝国に派遣されたザイリンク帝国の特使だったのだからな。」
ジノヴァッツは少し喋りすぎたな、という顔をすると口調を改めた。
「セシリオの地理には明るい筈だな? 先行したジルベール将軍と共に、この敵を追え。ザイツ王国の了解は取り付けてある。そして多少は人類スターヴェイクとの国境を踏み越えても構わん。蛇毒隊三百の兵には全て馬を与える。その為の再編だ。馬に乗れない兵はおいていけよ。」
全てを呑み込んだアダーは応えた。
「了解致しました。」
アダーの退室後、ジノヴァッツは声をかけた。
「・・・マシラ。」
「はい。」
マシラがそれまで身を潜めていた暗がりから姿を現す。
「全て聞いていたな。俺の見る所、人類スターヴェイク帝国との不戦が終わる迄にアダーの離反する可能性は五分と五分だ。」
「お言葉ですが、」
マシラは婚約者の事を擁護する。
「アダー様は、これまで何の違反もしておりません。コリント卿に連絡を取るそぶりどころか、一切の情報を集める事さえしていないのです。」
ジノヴァッツは悪い顔をした。
「分かっている。だがな、奴を呼び戻したのは計画ゆえよ。その計画は奴が離反する前提だ。特に今回のように国境に近づくのはチャンスだろう。皇帝殺しに成功した後だ、俺がすっかり奴を信用し、油断を見せたとそう考えても不思議ではない。」
「その為に、私に同行して監視せよと仰るのですね?」
「そうだ。そして、もしアダーが裏切るようならお前はそのまま婚約者として同行しろ。愛を選んだ振りをして、国を捨てたと奴にそう信じさせろ。そして機を見てコリント卿を暗殺するのだ。」
ジノヴァッツの目が正面からマシラを見据えていた。アラン・コリントは女に甘い。アダーが婚約者を伴って帰参すれば、マシラにもまず手出しはしないだろう。そしてコリント卿の側に居れば、殺す機会は必ず巡ってくる。
「・・・その場合、アダー様がどうなるかお聞きしても?」
「コリント卿を仕留めさえすれば問題ない。いや、たとえ仕損じても俺はアダーをこれまでと同じ立場で受け入れる。なんなら爵位もくれてやる。コリント卿殺しの下手人とされれば、奴も人類スターヴェイク帝国への未練を無くすだろう。」
ジノヴァッツの言葉に、マシラが満面の笑みを浮かべる。それは暗殺が成功しても失敗しても、アダーが完全に彼女の物となる未来と思われた。
「・・・お任せください。必ずやマシラがコリント卿を仕留めてみせます。」
「頼んだぞ。頭と胴体を切り離されれば、幾らコリント卿とて死ぬだろう。」
ジノヴァッツの視線を受け止め、マシラはしっかり頷いてみせた。
「はい、私とアダー様の幸福な未来の為に。」
居並ぶ出席者の顔が、天幕に吊るした灯火に照らし出される。カトルは会議に参加した一同を見渡した。
「これが宰相府からの最新の資料です。」
カトルがそう述べて回覧用に資料を広げる。
「ここケルキラから先にどう進むか、これは少々厄介です。我々の通り道であるこの中央の荒野は、事実上の無主地になっています。」
「ほう、面白そうですな。」
地図を眺めるバルテン子爵が笑みを浮かべた。彼は一目でこの土地の特殊性を見抜いた。
問題の場所は周辺諸国から隔絶した山奥の盆地である。そこが小さな国のようになっているらしい。特筆するべきやのは隣接する地域の数が多い。宰相府の資料では八カ国と隣接している。
「攻め取るのでしょう? いよいよ我らが兵の出番ですな。」
「・・・それが宰相のイーリス様からは、特に何も連絡が来ていません。」
「周辺諸国は、その地についてなんと言っているのでしょう?」
プレル子爵の質問に、カトルが答えた。
「藪蛇になりそうなので八カ国全てに確認していませんが、人類スターヴェイクの
「ふむ、決まりですな。宰相府が資料に纏めたということは、当然ここも標的な訳だ。実際、我らの行く道を塞ぐようで邪魔に見えますな。しかも誰の国の物ではないというなら、この地を攻め取っても他国からの文句は出ますまい。」
バルテン子爵が地図を指さした先は、地名がコリントスと記されている。
「この地名など、誰が名付けたのか。我らに“奪い取ってコリント卿に献上せよ”と、まるでそう書いてあるかのようですな。」
コリントスは周辺の八カ国に道が通じている為に交通の要地であり、係争地点でもあるという。どこか一カ国が占領するには奥深い場所であり、野心的な国が手を出せば数カ国が結託して叩くのがこれまでの流れである。
現在は周辺国の難民が流れ込み、盗賊上がりの組織が集結して肥大化している。他国が迂闊に手出し出来ない巨大な難民窟と化しているそうだ。そこには意図して緩衝地帯として利用されているという面もあるのだろう。
「・・・コリントスは標的としては大きいだけに、成功した際の功績も大きそうですよね。」
普段は控えめなカトルの副官役であるオデットも、肯定的な反応を示す。
「確かにこの地を領有して、周辺を
「十万人!?」
オデットが驚きの声を上げる。今は倍増したといわれているが、コリント卿が領有する前のガンツの人口が六万人である。それでも王都を除くベルタ随一の大都市だったのだ。それと比べると間違いなくコリントスは大きい。
「やはり、ちょっとした国の王都くらいありますね。」
「流石にそれは言い過ぎでしょう。王都なら大抵は少なくともその倍、数十万の人口はあります。」
プレル子爵がそう発言するが、どの国でも王都には至らないにしても有数の都市と見做されるだろう。
「外交については、一切応じないと返答がありました。聞いた話ですが、過去に独力で他国の侵攻を食い止めた事も一度や二度ではないそうです。」
「ならば決まりでしょう。攻め取りましょう。」
なおもバルテン子爵は言い募る。
「しかし、アラン様に無断という訳にも。」
自信に溢れたバルテン子爵の物言いに、カトルは頭を抱えた。
「であれば、まずは我らでコリントス攻略の作戦計画を作成して提出しましょう。宰相府の許可を得ての作戦として進めれば大丈夫でしょう。」
「もちろん、私も作成をお手伝いします。」
豪放磊落なバルテン子爵とは違い、緻密なプレル子爵が述べた案をオデットも押す構えだ。
「・・・こちらは二万の兵力で足りるでしょうか?」
「敵の兵力は推定人口の一割を超えないと見積もれば間違いありません。十万人の住民なら一万人と考えればよく、仮に倍でも二万です。兵の質や装備の差を考えれば、手に負えない数ではないでしょう。」
「ふむ」
熱意だけのバルテン子爵と異なり、プレル子爵の数字を元にした理知的な分析の言葉に再びカトルが考え込んだ。
「アレマンの
「それは良い。」
カトルの提案に、バルテン子爵は満面の笑みを浮かべた。
「雇った山岳兵の実力を見たいと考えていました。では、話がまとまりましたな。その段取りで行こうじゃありませんか。」
プレル子爵が中心となってまとめたコリントス侵攻についての作戦計画書は、送付した翌日には返信が届けられた。コリント卿の直筆の命令書には短く『作戦計画を承認する。軍事の指揮権はバルテン子爵に委ねる。』と記されていた。五千名の参戦を要請したいと申請した山岳兵の手配も認められた。
「・・・山岳兵以外の応援は、必要ないのでしょうか?」
急に不安になった様子でカトルが述べる。
「大丈夫でしょう。」
バルテン子爵はドンと厚い胸板を叩いてみせた。
「間違いなく、二万の兵はコリントス制圧のために考えられたような兵力です。そこにアレマンの山岳兵の応援まで来るのです。カトル殿は、ドンと構えてくだされば結構ですよ。後は私が責任を持ちます。」
カトルを残し天幕を出たバルテン子爵は、おい、と天幕外で控えているワイバーンの乗り手に声をかけた。コリント卿直筆の命令書を届けた使者である。その声に頭を下げつつ、返書を受け取ろうかというようにワイバーン乗りが手を差し出す。その手をバルテン子爵はむんずと掴んだ。
「エルヴィンよ、少し話を聞かせろ。」
「今回も入念に変装したんですがね、どうやって見抜くのですか?」
バルテン子爵は得意げに鼻を指した。
「なに、この鼻が教えてくれるのよ」
そのままエルヴィンを誘って自分の天幕に移動する。エルヴィンはワイバーンを引っ張っているのでなかなか珍妙な格好だった。しかし目立ちはするものの、こんな光景は人類スターヴェイク帝国軍ではよくある事である。
「お前はいつもワイバーン乗りの格好をして使者を務めるのか? もう結構な身分だろうに。」
エルヴィンとて功績を積み上げて出世はしている。諜報組織の長として会議に臨席できる立場のはずである。
「目立たず記憶に残らず、が密偵の鉄則ですので。それに現場の空気感を見るのには、これが最適なんです。ワイバーンがうまく注目を集めてくれますしね。」
バルテンは呆れながらも納得した。人が見るのは乗り手ではなくワイバーンの方だろうし、少なくとも自分で足を運び手を汚す方が信頼できると彼も思う。
「で、お前はコリントスに何人潜入させている?」
「三班です。人類スターヴェイク帝国への反発を削ぎ、親しむように工作しています。だからコリントスでの虐殺略奪などは以ての外ですよ。」
そう言いながらエルヴィンはバルテン子爵にコリントスに関連する調査報告を手渡した。
「大丈夫だ。虐殺などに頼らずとも俺が指揮すればまず勝てる。」
そう返してサッと資料を一読したバルテン子爵の顔色が変わる。
「面白い事が書いてあるな。隠し通路か。」
「ええ。敵に包囲されても勝つ為の裏道です。尾根を下からよじ登れる道を隠しているのです。コリントスを支援する勢力とは、そこを使ってやりとりをしているようですね。」
バルテン子爵の見るところ、味方の優位は揺らがない。もし敗れるなら、それはコリントス単体ではなくいずれかの勢力が支援した場合のみである。
「なら、ここが攻め口だな。」
「軍事のことは分かりませんが、初手でそこから攻められたら相手が慌てふためく事は保証しますよ。」
「今は、コリントスを支援する勢力はいるのか?」
「私の知る限りはいません。戦闘が長引けば、間違いなくどこか複数の国が出てくるはずですが。」
人類スターヴェイク帝国を相手に回して単独でコリントスを支援しようという勢力など周辺にいない筈である。もしそのような隠れた敵が実在しており、それを誘い出せたならそれこそ成果として誇るべきである。しかし周辺国が手を組む事態は避ける必要がある。短期決戦の必要があった。
「例の、海洋大国デグリート王国はまだ動かないか?」
西行作戦の最終目標は海洋大国デグリート王国である。群島に築かれた国家で、そこから隣接するセリース大陸の西の海岸線沿いにまで領地が展開されている。コリントスまでは邪魔されず順調に来たが、この先の沿岸部に存在する国家は全て海洋大国の息のかかった存在と見ていい。
「西行作戦の成果で続々と
セリース大陸の樹海以西は、海岸沿いの国家群と内陸に位置する国家に二分される。海を北に頂き良港に恵まれたセシリオ王国は海洋大国に対して開かれた国家であるし、山に囲まれ樹海に隣接したベルタ王国など閉ざされた国の代表である。そんなベルタ王国のガンツが鉄道の技術によって一躍大陸の物流の拠点に成り上がった事自体、従来の海による輸送を担ってきた海洋大国は良く思ってはいないだろう。
「となると、コリントスを確保してもこの先はなかなか進めないか。」
「ええ。人類スターヴェイク帝国も海は越えられまいと海洋大国は豪語しているそうです。海洋大国が後ろに控えている限り、沿岸部に位置する国々も海洋大国頼みの姿勢を崩さないでしょうね。」
バルテン子爵は腕組みして考えた。これまで軍の出番は無かった。この先も海を渡った先の海洋大国をどうにかしなければ進展しなさそうである。ならば目の前のコリントス攻略が彼の武略の唯一の見せ場である。そしてここの勝敗は、他国の向背にも影響するだろう。
「よし、派手に行くか。」
「派手に行く以外の選択肢がバルテン子爵にあったのが驚きです。」
エルヴィンは呆れつつも、変わらぬバルテン子爵の豪放磊落さに懐かしさを感じた。
アレマンの
「意外と早かったですね。」
プレル子爵が評する。
「流石に金を受け取った以上、兵は既に銀鉱山に駐留させていたのだろう。契約を正しく履行していたと見える。」
とバルテン子爵が返す。
バルテン子爵はプレル子爵との内輪の軍議の場に部下のクリストフを呼び出した。彼はバルテン子爵の金鉱山駐留時代の腹心である。
出世した今はもう古参兵のクリストフというのはおかしく、バルテンの副官のように振る舞っている。ただバールケ侯爵に偽りの降伏をしたザイフリートの部隊と長らく行動を共にさせていた為、バルテンの元に復帰したのはこの西行作戦以降であった。
「クリストフ、お前はアレマンの
「世話と言うと、布陣や補給に問題がないようにですか?」
クリストフの目がバルテン子爵の様子を伺う。この上司が頼み事をする時は、大抵が厄介事なのだ。
「それもあるが、いつものようにやればいい。褒めて、おだてて、宥めすかして手練手管を使って山岳兵を我らと同時に目的地に導け。得意だろう、そういうのは。」
クリストフがため息をついた。仕事の大変さと、評価のされ方の両方に対してのため息である。
「そのような身も蓋もない言い方をされると、なんだが酷く軍人らしからぬ男であるようですな、私は。」
クリストフはそうこぼしてみせたが、バルテン子爵はクリストフの背中をバンバン叩きながら言った。
「それこそ兵を動かす要諦ではないか。大した武略だぞ、クリストフ。」
「いてて、背中を叩かないでください。」
クリストフが背中をさすっている間に、バルテン子爵とプレル子爵は地図を広げた。
「では、どう進軍しますか。」
金鉱山に勤務していた時代から、バルテン子爵と部下のやりとりに慣れているプレル子爵が問う。
「決まっている。俺が正面から行く。プレル子爵は横道を行き、別門を目指してもらおう。」
「承知しました。しかし山岳兵はどう進ませますか?まさかカトル殿のお守りに呼んだ訳ではないのでしょう?」
「ここの尾根に至る道に隠し通路がある」
とバルテン子爵は指で地図に線を引いた。
「確かですか?」
「間違いない、これが隠し通路の概略よ。」
そう言ってバルテン子爵はエルヴィンから受けとっていた資料を机に広げる。巧妙に木立に隠されてはいるが、登れる道が整備されているという。
「・・・ほう、これは宰相府からですか。」
資料に記された宰相府の紋章に目敏くプレル子爵が気づく。
「そんな所だ。宰相府の知り合いを見かけたので、吐き出させた。」
被害に遭ったばかりのクリストフが、うえっという顔をしたのを見てバルテン子爵は慌てて付け加えた。
「無論、友好的にだ。宰相府の隠密のやり口は分かるだろう。元々、こちらに来る資料だったはずだ。勿体ぶってるから受け取り方法を少し変えたくらいの話よ。」
宰相府の密偵の元締めが一介のワイバーン乗りに扮していたと言っても誰も信じないだろう。
「でだ。新参者にはいい想いをしてもらうに限る。この裏道はアレマンの山岳兵に任せよう。」
「なるほど、三方から一気に攻めますか。」
「この敵は素人と見た。ならば、攻め口を全て塞いで慌てさせる。」
玄人が硬く守る城は、敢えて逃げ道を作って抵抗を削ぐのが常道である。しかし、素人の場合は守る為の手がすぐに足りなくなる。脳が処理落ちするのだ。二方面の敵に手いっぱいにさせておいて、さらに残された逃げ道を本命の敵が襲いかかってくるならなけなしの士気が吹き飛ぶとバルテン子爵は計算した。
「この道、尾根を下から駆け上がるような道ですが。武器を身につけて登れるのでしょうか。」
「山岳兵を名乗るのだから山道でも問題ないだろう。クリストフは一度ワイバーンで偵察しておけ。そして山岳兵をうまく誘導するのだぞ。」
プレル子爵にクリストフ、そして新たにカトルやオデット、五千名の山岳兵と共に到着したラザロスを交え、バルテン子爵は軍議を主導した。コリント卿より、バルテン子爵が今回の作戦の指揮は委ねられているのだ。
「ラザロス殿の山岳兵はこの道を進まれよ。案内に我が部下のクリストフを付けます。」
ニカっと笑うバルテン子爵にラザロスは頷いてみせた。
「かしこまりました。まさにアレマンの山岳兵のために用意されたような道ですな。」
そして付け加える。
「私はいい歳ですから、カトル殿と共に後方に詰めさせていただきましょう。クリストフ殿、山岳兵の世話と指揮をお願いしますよ。」
その一言はクリストフに山岳兵を全て委ねるものである。
「りょ、了解しました。」
クリストフの返事にバルテン子爵は頷いてみせた。そして付け加える。
「重要な役目だぞ、クリストフ。この戦の勝敗は正にクリストフ次第だな。」
朝靄の中を兵が進む。バルテン子爵は兵に鬨の声を上げさせながら山城の正門に攻め寄せた。無論、威圧の為である。
ここに至るまでに盆地に広がる市街地と思しきバラックの群れがあったのだが、人類スターヴェイク帝国の侵攻には無関心だった。敵兵が潜んでいる可能性も考慮したが、どうもそうではないらしい。
民の暮らしに手出しされなければ、自分たちは関係ないと言いたげだった。この盆地の背後の山城を占有している盗賊団上がりの集合体は、あまり良い領主ではないのだろう。慕われている訳ではなさそうである。或いはエルヴィンの工作が功を奏しているのか。
「破城槌で一気に突き破るぞ。」
用意した破城槌で山城の大扉は簡単に壊れた。警戒の兵は逃げてしまったのか姿もない。そう考え門をくぐると、門の中はご丁寧に虎口になっている。三方向を土壁に囲まれて、その壁の上から矢が降り注ぐようになっている。
「ほう、なんだ楽しめそうじゃないか。」
豪語するバルテン子爵の隊に矢が降り注いだ。
プレル子爵は林を突っ切って裏門を目指していた。今のところさしたる抵抗はない。しかし敵が待ち構えているという予感がした。
林を抜けた先、林を切り拓いた広場には門を背景に敵軍が展開していた。
「こちらが敵の本命でしたか。」
部下と共に敵の大軍に踏み込む。正門に釘付けにした敵を、裏門から叩きに行く途中だったのだろう。互いに五千を超える兵がひしめき合っていた。ここだけは敵の数は同数に近い。
「仕掛けろ、平地に引き摺り出したここで潰す。」
プレル子爵の隊は号令一下、猛然と敵部隊に襲いかかった。
「ふははは、馬鹿め」
山城の正面は乱戦になっている。弓兵はとっくに片付けていた。ここが正念場と踏んだバルテンは、麾下の魔法兵に予め用意させていたのだ。
特に弓矢は風魔法に弱い。来ると予測して居れば対策は可能だった。土壁の段差もあってないような物である。本来は石垣で固め、その下は掘り下げるべき箇所だ。手を抜いた施工なら、人は案外簡単に突破出来る。後は敵味方入り乱れた乱戦をジリジリと制していけば良い。
「魔法兵は弓矢持ちを優先して潰せ。後はこちらでやる。」
バルテン子爵が自ら振るう大剣が、敵兵の群れを吹き飛ばす。久々に全身を動かしながら、バルテン子爵は更に敵を惹きつけるべく雄叫びを上げた。
「子爵は二人とも相変わらず仕掛けるのが早い。こちらの準備が整わない。」
尾根に向けて傾斜路を登りながらクリストフはこぼしていた。彼のいる位置からは、バルテン、プレルの両隊が戦端を開いたのが見えて、或いは聞こえていた。
そうであるだけに、ここで山岳兵を山城に登らせる事が出来れば味方の勝利は揺るぎない。警戒も疎かである。だが。
「この坂は人の登る道じゃない。」
常人には駆け上がるのは無理な急坂だった。時間をかけて這い上がるしかない。
「これは往来するには上からロープを下ろしてるねえ。ほれ、あそことあそこの木だ。」
山岳兵の一人が親切にも教えてくれる。ローブを使えない今は、この先の道はあまりに険しい。
「誰か、先に登ってそのロープとやらを下ろしてくれませんか?金貨十枚を支払いましょう。」
その声に山岳兵達は我先にと登っていく。山岳兵達はあっという間に尾根に到達すると、クリストフの前に上からロープが降りてきた。
「なんだ、最初からこうすれば良かったのか。」
クリストフはそうこぼしながら、ロープを上り尾根へと向かった。
プレル子爵が軍をジリジリと裏門に向けて進退させている時、目の前の敵は背後から襲撃されて大きく崩れた。途端に抵抗が止み、軍の侵攻を止める者がいなくなる。目の前の敵が一切に逃げに転じたのだ。
(クリストフがもう尾根を奪い、こちらに展開しましたか。山岳兵はバルテン子爵の言う通り優秀なようだ。)
プレル子爵は逃げる敵を深追いさせずに、隊列を整えさせた。今は山城を確保するのが優先である。
(もう見せ場はないかもしれませんね。)
裏門を固める兵を残すと、山城内に残された兵を掃討すべく兵を進め始めた。登るに連れて、煙が見えてきた。既に山城の中枢は火を放たれていた。食糧庫や兵舎、そう言った建物が紅蓮の火に包まれている。その光景は門を突破された以上に敵の士気を打ち砕いたらしい。
「もうだめだ」
そう嘆きながら多数の賊が急斜面を滑り降りて逃げていく。山城は簡単に登れない所に、上からは降りれる道が用意されている。急斜面を転がり降りるようにして、敵兵は逃れていった。良くも悪くも詰めの甘い山城だった。
「少し手を加えれば堅固な山城になりそうですが。」
まずは目の前の敵を倒す事である。プレル子爵は火を避けながらジリジリと中央に向けて隊を進めていった。
「上手く行ったではないか。」
山城の中枢に到達したバルテン子爵は満足気に述べた。
「バルテン子爵は門の所で暴れていただけじゃないですか。実際は山岳兵とプレル子爵の仕事です。」
山城を占拠していた主将というか、盗賊の親玉のような人物を斬ったのはプレル子爵である。山岳兵は尾根の一角を押さえて、挟み込まれながらも頑強に抵抗して確保する役回りだった。
「俺が暴れたから、敵の目を惹きつけられたのだぞ。良い囮ぶりだっただろう。」
そう言って胸を逸らすバルテン子爵にプレル子爵が感想を述べる。
「案外と兵の被害が少ないのは、流石だと思いますよ。」
ともあれコリントスの占領は成った。盆地を占有するバラックと山城がどのように変貌するかは、以後コリント卿の手腕に委ねられる事になる。
「そんな短期にコリントスが陥落しただと」
海洋大国デグリート王国の護国卿であるフェアファクス卿は部下の報告を驚きを持って聞いていた。
「間違いありません、親交あるタラサ王国からの連絡です。タラサ王国のビーゴの領主の手の者が、半日でコリントス陥落したのを見届けたと。商業ギルドの通信を介して連絡を受けました。引き続き部下に情報を探らせています。」
だが、フェアファクス卿は部下の報告を容易に信じようとしなかった。
「人類スターヴェイク帝国の兵は二万と聞いている。二万の兵で、そう短期間で落とせる場所ではないだろう。」
「アレマンの山岳兵を雇って数を増やしたそうです。ですが、それ以上に勝利に貢献したのは間諜の働きのようです。門を突破された時期を見計らって主要な施設に火を放たれた為に裏崩れした、と。」
「なるほどな、山岳兵に間諜とは手段を問わずやりたい放題か。流石に人類スターヴェイク、辣腕だな。」
人類スターヴェイク帝国は表向き友好な姿勢を崩さなかった。しかしここに来て武力行使に踏み切った。コリントスの陥落は周辺国に対する十分な威圧となるだろう。
少なくとも、これ以降は西行軍の兵士を飾りの兵隊と揶揄する声は止むだろう。その上で傭兵や間諜の働きまで優れているのなら、ちょっと弱点が見当たりそうにない。
傭兵も間諜も金がかかる。つまるところ、人類スターヴェイク帝国とは資金力が段違いなのだろう。そして莫大な金を投じても回収可能と考えている点が恐ろしい。
「いずれ我らと衝突するのは必定、情報を集め続けよ。」
「はっ」
国防を預かるフェアファクス卿は部下に指示を出しながらも、滅國の暗い予感にとらわれていた。
明日も更新予定です。当面は不定期更新となります。後で人名辞典は更新します。