【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる)   作:高坂 源五郎

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Ⅲ 統一戦記 63話 【列強戦編⑥】 使徒イザーク

Ⅲ 統一戦記 63話 【列強戦編⑥】 使徒イザーク

 

イリリカ王国から大都督自らアレスに乗り込んできたのは、春の終わりというよりもう初夏に差し掛かった頃合いだった。

 

「イリリカ王国の大都督に新たに就任した、カレイド卿です。」

 

「人類スターヴェイク帝国の軍の総指揮を担うコリント卿です。」

 

初めて目にするカレイド卿は、甲冑を纏い中肉中背で兜をかぶる為に髪を短く刈り込んでいる。その様子は少年のようで、なんというか軍人らしからぬ清潔感があった。目元が涼しく、妙に男受けする雰囲気というか。

 

「・・・礼を失するかもしれません。敢えてお聞きしますが、貴卿は女性ですか?」

 

俺がそう尋ねるとカレイド卿は破顔した。

 

「一目で見破るとは、さすがはコリント卿だ。髪を短く刈ってこのように甲冑を纏うと、中々そうは見破られないものなのですが。」

 

そう言ってカレイド卿から手を差し出し、コリント流の挨拶を交わす。握手だ。やはり軍人らしく優れた握力がグッと締め付けてくる。そして卓を挟んで座りあった。それぞれ部下を従えているが、着座するのは俺とカレイド卿だけだ。

 

「さて、本日はイリリカ王国の大都督自ら、どのようなご用件でしょう?」

 

今回のカレイド卿の訪問は微行(びこう)という物で、クレリア女王への拝謁を伴わない実務者間の外交交渉である。戦争の最高責任者が祖国を留守にするのは大胆だが、イリリカ王国にとって戦況は極めて良くなったとは耳にしていた。

 

「イリリカ王国とザイリンク帝国の戦争について経過の報告に来ました。我らとしてはこれまでの人類スターヴェイク帝国の助力に感謝すると共に、引き続きこの関係を維持したいという意図です。」

 

「それはご丁寧に。それで戦況は今はどのようになっているのですか?」

 

「実はここだけの話ですが、ザイリンク皇帝を討ち取りました。」

 

声を潜めてカレイド卿はザイリンク帝国の秘事を告げる。

 

「それは」

 

何というべきか俺が迷っていると、カレイド卿は言葉を続けた。

 

「勿論ザイリンク帝国の領地は広大であり、軍は精強です。皇太子を旗頭に帝国は未だ健在だと、彼らはそう喧伝しています。イリリカ王国としても、ようやく押し戻したという形勢ですね」

 

「ふむ」

 

こちらを伺うカレイド卿の様子に、俺はこの話の着地点が読めた。

 

「一年間の不戦の終了が早まりそうで、条件の確認に来られたのですね?」

 

「さすがはコリント卿は鋭敏だ。察しが良くて助かります。」

 

褒め言葉なのに、どこか辛辣さを滲ませた口調でカレイド卿が告げる。

 

「ザイリンク皇帝が戦死しても戦争は継続中であると。これは確かに面倒ですね。」

 

戦争の終了条件は細かく規定していなかった。人類スターヴェイク帝国が戦争当事国でないからだが、一年未満でこの情勢になるとは考えていなかった為だ。この為、不戦解除の通告義務だけを設けている。それには一週間の猶予を見ていた。

 

「では皇帝の死と帝都陥落が重なった場合、既定の猶予期間後の不戦解除でいかがでしょうか?」

 

「・・・実は、もう帝都も落としました。」

 

秘密を告白するような可愛らしい口調でそう告白すると、カレイド卿は笑った。

 

「それは困りましたね。そうするとこれは不戦解除一週間前の通告という事になる。」

 

「いえ、我々は未だ広大なザイリンク帝国を従えていない。流石にザイリンク帝国との戦争終結と言えないのはご理解頂けるでしょう。」

 

その後、カレイド卿とはなかなか渋い交渉になった。先に人類スターヴェイク帝国側が不戦終了を通告してしまえば、戦争状態に持ち込めただろう。イリリカ王国側が警戒していたのはそれである。

 

しかしこちらにも、即座に開戦しづらい事情があった。先日襲撃されたアトラス教会の件がイリリカ王国側から何も公表されず未決着なのに加えて、西行遠征が海洋大国デグリート王国との緩衝地帯を抜けてその周辺国に差し掛かっていたのだ。

 

イリリカ王国と海洋大国が手を組めば、人類スターヴェイク帝国は東西から攻め込まれる。イリリカ王国もまた、人類スターヴェイク帝国とザイリンク帝国に左右から挟み込まれる。現状維持を望む両者の思惑は一致していた。

 

「・・・では、ザイリンク帝国が戦争終結を宣言するか、既定の不戦期間を半年に短縮するという事で。」

 

「異議なし」

 

俺の最終決定にカレイド卿は賛同を示す。同席していた文官に新たな書類をニ通作成させた。内容を確認し合う。

 

「コリント卿、改めて確認させて頂きたい。ザイリンク帝国の兵が貴国の国境を超えた場合の対応についてです。貴国の国境を超えてはこちらを襲い、また貴国に引き上げる。そんな事例が発生する事も考えられますが、我らもそれは困る。何よりそれが原因で親愛なる人類スターヴェイク帝国と戦いたくはありません。」

 

膝を交えて話して込んでいる内に、カレイド卿の人たらしぶりが分かって来た。男に見える身なりをしているが、醸し出す色気が凄い。そして相手が女と気がつくと、ぐいぐいその濃度が増す。至って真面目な話をしているのだが、気がつくとふとした仕草に魅了されるのだ。間違いなく、彼女は変なフェロモンを放出しているのだろう。

 

(艦長、鼻の下が伸びてますよ)

 

通信で密かにやり取りをしているイーリスにも、そう揶揄われる。

 

(敵の総大将に手を出す筈はないだろう?むしろ、先代の大都督を手玉に取った彼女の技に感じ入っている。どう見ても火傷では済まない相手だ。)

 

「越境侵犯については、軍であれ民間人であれ一律で相互に取り締まる方針としましょう。」

 

「それでは弱い。こちらが貴国の国境を超えて追跡する権利は認めて頂きたい。」

 

カレイド卿は女らしい仕草で俺を魅了しようとしながら、剣呑な事を云う。

 

「兵が気軽に国境を跨ぐようでは、互いに外交条件の遵守が難しくなります。境目は取り締まり、境を超えた者は誰であれ戻らせない。それを鉄則としましょう。」

 

「・・・コリント卿、お時間を頂いて二人だけでお話をしても?」

 

こんな堂々と誘いをかけてくるとは思わなかったな。この手で落とされる男共が大勢いるのだろう。俺にはそう感じるだけの余裕があった。

 

もし男同士だと思わされていたままなら、俺も断らなかったかもしれない。非礼を承知で、まず性別を確認しておいて大正解だった。これは実はイーリスの助言に従ったのだが、実に的確な判断だった。

 

「誤解を招く元です。やめておきましょう。」

 

俺が断ると「そうですね」とカレイド卿は大人しく引き下がった。

 

「では、この内容でいかがでしょう。」

 

我々は“互いに街道以外の場所で国境を超えた者は全て戻らせない”とする内容で合意した。両国の街道も関所がある以上、フリーパスではない。

 

「こんな所でしょうね、合意します。」

 

ため息混じりのカレイド卿の声を受けて、相互に署名し合う。

 

「解決に至ってよかった。」

 

俺はそう本心を述べた。

 

「外交とは常にせめぎ合いですね。私がまた、コリント卿の元を訪れる機会もあるでしょう。」

 

そう言ってカレイド卿は俺に流し目を送る。

 

「そうなのですね。貴国の外交担当はパロリオン卿だと、そう考えておりましたが。」

 

一瞬の間があった。今回の会合でカレイド卿が言葉に詰まったのは、これが初めてである。

 

「我々としても、パロリオン卿のような見識ある名士は大切に思っています。なんと言ってもクレリア女王の結婚に際し、式が教皇様の主宰となるべくご尽力頂いた恩人です。それにそもそもの不戦の締結の当事者ですから。やはり今回のような交渉の際には同席して頂く方が良いでしょう。」

 

俺は畳み掛けた。大都督が元々はカレイド卿ではなかった事は勿論知っている。“大都督が交代した以上、イリリカ王国の上層部で政変があった事は察しがついている。その上で親スターヴェイク派閥を延命させる為に圧力をかけている”カレイド卿の俺に対する認識は、今そのように上書きされている最中だろう。

 

そもそも今回の顔ぶれもパロリオン卿の随員とはまるで違う。それで押し通せると思っていたのなら、それだけカレイド卿は自らの色仕掛けに自信があったのだろう。

 

「・・・そうですか。パロリオン卿が人類スターヴェイク帝国の皆様にそこまで慕われているとは知らなかった。今回は私が来るので彼には外れて貰いましたが・・」

 

「ええ、私もカレイド卿にお会いできてよかった。我々の大切な友人であるパロリオン卿にも、どうぞよしなにお伝えください。」

 

「・・必ず伝えましょう。」

 

その様子から、政変を受けてもパロリオン卿は存命らしいと見当がついた。流石にこちらと開戦するまでは、直近の外交担当を処刑する事はしなかったようだ。

 

外交は当事者が生きていないと効力を発効しないという側面がある。条文だけでは、交渉の内容が網羅されていない為だ。参加者の記憶を元にすり合わせるわけで、条文を骨抜きにされない為に過去に念押ししたかどうかが重要になる局面がある。文字とは、実に解釈に幅があるものなのだ。

 

「言った」「言わない」から「なら担当者を連れて来い」という展開は容易に発生する。パロリオン卿が死んだと見透かされれば、我々にそのような手に持ち込まれる展開もありうる。

 

そして政変に敗れたパロリオン卿は、今となってはイリリカ王国における親人類スターヴェイク帝国の筆頭でもある。俺が面識がある高官がパロリオン卿とカレイド卿しかいないというだけかもしれないが、曲がりなりにも交渉した相手には死んで欲しくない。話していて不快感の無い相手である、それなりに縁は感じていた。

 

カレイド卿は鋭敏だ。俺がこのように伝えれば、パロリオン卿を生かすように努力するだろう。パロリオン卿が生き残ってさえいれば、カレイド卿と俺とのコネクションも継続する事になる。

 

「アトラス教会の関係者の皆様にも、よろしくお伝えください。」

 

こう述べるのは少し意地悪だが、俺が教会の事を言及しない方が不自然だろう。

 

「ええ、必ずそうお伝えします。」

 

そう言ってどこか名残惜しそうな様子を見せて、カレイド卿は去っていた。

 

(艦長、お疲れ様でした。アトラス教会の件も無事に解決しましたね。)

 

(ああ、“街道以外の場所で国境を超えた者は誰であれ戻らせない。”これでイリリカ王国がもし教皇の引き戻しを要求しても応じる必要はなくなった。決まりだな。)

 

しかし今日は凄かった。艦長になって以来、初めてここまでの誘惑を受けた気がする。それがまさか外交で対面した相手からだとは思わなかった。一流とは思わぬ所に潜んでいるものだ。

 

艦長就任の際の洗脳教育により、このようなハニートラップには耐性を与えられた事に初めて感謝をした。個人の自由への侵害とし思わなかったが、やはり必要な措置だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

俺はリアと共にパウルゼン辺境伯ルッツを召し出していた。その場にはエルナ、セリーナ、シャロンが同席している。

 

「で、どうだ。その話、間違いないのか。」

 

リアがパウルゼン辺境伯に諮問する。アロイス諸侯は、セリーナとシャロンの下でアレスで軍事訓練に励んでいる。ちょうどアレスに滞在して都合が良かったので、パウルゼン辺境伯にはアレスを訪れたカレイド卿の顔を確認してもらっていた。

 

「はい、間違いございません。あの男は、ジノヴァッツと同じ国より派遣された本国の兵士の将軍でございました。」

 

パウルゼン辺境伯は、探していた敵を見つけたと闘志を漲らせていた。スターヴェイクとアロイスの不和はイリリカ王国に焚き付けられた側面が強い。反乱を起こし今は許された側でもある彼もまた、復讐を望む一人ではあるのだ。

 

「という事は、我が祖国を陥れたのはイリリカ王国であったか。」

 

リアも流石に険しい顔をしている。これまで、スターヴァイン王国でのロイス卿の反乱を支援した勢力については状況証拠しかなかった。しかし、今はこうして当事者の証言が得られた。

 

ジノヴァッツが外交を担当できない自覚がイリリカ王国側にもあったようだが、パロリオン卿を政変で失脚させたのはイリリカ王国側としても予定外だったのだろう。

 

カレイド卿の顔をアロイス諸侯が記憶している点には思い及ばなかったようだ。或いは、アロイス諸侯を赦し活用する筈がないとそう思い込んでいたのかもしれない。

 

「今はより一層訓練に励み、出陣を命ぜられれば奴らに目に物見せてくれましょう。」

 

「期待しておるぞ」

 

リアもパウルゼン辺境伯もアロイス王国成立での立場は違う。しかし今は共に人類スターヴェイク帝国の側に立って、仇敵への復讐を望んでいた。

 

「不戦期間は当初の想定より半分に短縮した。時が来れば、宣戦布告し合う事になる。その時は必ず、貴卿にも出陣をしてもらおう」

 

俺の言葉にリアが重々しく頷いて、女王らしく付け加えた。

 

「其方の活躍に期待しておるぞ、パウルゼン辺境伯。」

 

「はっ、我が身命を賭して励みます。」

 

リアにそう答えたパウルゼン辺境伯は、全身に英気を漲らせてセリーナやシャロンに導かれて共に退室していった。

 

その様子を目で追った後で、玉座に座ったリアが静かな口調で傍に立つ俺に尋ねる。

 

「私としてはイリリカ王国こそが父と母と兄の仇よ。それだけじゃない。大勢の者が彼らのせいで命を落としたし、今も連れ去られた民が苦しんでいる筈だわ。」

 

リアが俺に気持ちを吐露していた。俺は彼女の言葉に聞き入る。

 

「そして彼らは教皇様にも危害を加えようとした。でも、戦争は感情で進めてはいけないと分かっている。だから聞いておきたいの。アラン、私達には充分な勝ち目はあるのかしら?」

 

「大丈夫だ。その為に用意をして来た。このセリース大陸のどの国を相手にしても、必ず勝ってみせる。連れ出され囚われている民も、我々に可能な限り救い出そう。」

 

「そう、アランと結婚して本当に良かった。やっと家族の仇が討てるのだもの。」

 

リアがそっと手を伸ばし、俺に触れる。

 

「期待しているわ、アラン。時が来たら、彼らに思い知らせてやってね。」

 

 

 

 

 

ジノヴァッツは硬式飛行船[瑞鳳]に運ばれて海洋大国デグリート王国に到着していた。正確には海洋大国の大陸側の領土の中心地オンフルールである。王都は群島の中に置かれ、大遺跡を持たぬデグリート王国が西方で存在感を発揮する理由となっている。

 

「護国卿閣下がお見えです。」

 

ジノヴァッツは用意されていた席から立ち上がり、恭しく一礼した。

 

「初めまして、閣下。」

 

ジノヴァッツも必要とあれば礼儀正しく出来る男なのである。今回の彼は種を蒔きに来ただけの役である。海洋大国は必ず人類スターヴェイク帝国と対立すると見ていた。だからこそ、本命の外交交渉をカレイド卿に委ねたのだ。謹厳な大都督を蕩けさせたカレイド卿の手腕は尋常なものではいない。

 

若干の挨拶の応酬の後、着座するよう促されて卓を挟んで対面する。

 

「それで、イリリカ王国の使者の御用向きは?」

 

「・・・人類スターヴェイク帝国の事ですよ、彼らの会盟(アライアンス)について貴国もよく思われてはいない。違いますか?」

 

ジノヴァッツの問いかけに、デグリート王国の護国卿のフェアファクス卿は頷いた。

 

「気にならないと言えば嘘になる。が、公正な取引であれば、第三者である我らは口は出せん。」

 

「既に彼らは八カ国に通じる回廊であるコリントスを武力制圧しました。このまま彼らがその会盟(アライアンス)に飲み込もうと貴国を威圧しても、そのまま傘下に降る事を受け入れられるのですか?」

 

ジノヴァッツの囁きはデグリート王国の虚栄心と猜疑心をくすぐる。

 

「我らの艦隊がある限り、彼らは海を越えられない。海を越えない者を、我らが恐れる事はない。」

 

フェアファクス卿は自信満々に言い切った。

 

「我らは人類スターヴェイク帝国と一年間の不戦を結んでいますが、その間に彼らの為した所業を憂えています。大陸を我が物にさんという野望は明らかです。ここはイリリカ王国と海洋大国で手を組みませんか?」

 

「・・・それは、人類スターヴェイク帝国を東西から挟み撃ちにしようというのだな?」

 

「ご明察痛み入ります。」

 

事がここに至れば反人類スターヴェイク陣営の取るべき道はそれしかない。人類スターヴェイク帝国に屈するのか、あるいはイリリカ王国と結び対抗するのか。そして東に位置するイリリカ王国は、海洋大国デグリート王国から見て当面の脅威にはなり得ない。

 

「国内で検討させてほしい。問題があまりにも大きい。陛下に諮らずに私の独断で即答できないのは、貴卿にもお分かり頂けるだろう。」

 

「ええ、もちろん。我らは貴国の要請を拒む事はありません。我が随員を残しておきますので、決心されたらそうお伝えください。決断されたら即盟約発動と、そうお考え頂いて大丈夫ですよ。」

 

「あいわかった。ご提案に感謝する。」

 

「我らは約束は必ず守ります、ご安心ください。」

 

最後にジノヴァッツは蜜のように甘くそう囁いた。彼はこの同盟が問題なく成立するだろうと、そう確信していた。

 

 

 

 

海洋大国デグリートから硬式飛行船[瑞鳳]と共に帰還したジノヴァッツを待ち構えていたのはバルスペロウだった。

 

「やあ。早速だがザイリンク帝国の大遺跡について報告したい。」

 

「もう解読に成功したのか?予想外の速さだな。」

 

技術長けた盟友の進捗の速さに、ジノヴァッツは顔を綻ばせた。イリリカ王国の保有する二つの大遺跡は《小門》で相互に移動可能にしていた。これにはイリリカ王国の保持する《小門》の二つを充てている。イリリカ王国に残された《小門》は[瑞鳳]に搭載した一つであった。

 

「では、ザイリンク帝国の大遺跡で現物を見せながら説明しよう。」

 

バルスペロウに誘われるまま、部下と共にジノヴァッツはザイリンク帝国の大遺跡へと向かった。

 

「これは?」

 

「使徒イザークだ。ここに、この大遺跡に隠されていた。」

 

ザイリンク帝国の大遺跡に安置されているのは巨大な鳥のような物体である。

 

「このアーティファクトは素晴らしいな、使徒とは兵器なのか?」

 

「ああ、そうさ。そしてこの大遺跡から遠隔操作できる。」

 

バルスペロウに案内されるまま、ジノヴァッツはイザークとされた物体に近づいた。

 

「・・・随分と大きいな。」

 

ジノヴァッツは夢中になって検分する。彼の頭は、既にこれをどう活用できるか戦術の組み立てを開始しているのだろう。

 

「そのクリスタルに触れたまえ。それに触れれば君はイザークの操作権を得る事になる。」

 

バルスペロウに促されるまま、ジノヴァッツが回転するクリスタルにそっと触れた。そして雷に手を打たれたかのように痙攣した。

 

「・・・ジノヴァッツ、大丈夫かい?」

 

「バルスペロウ、あれから何年経過した?」

 

その声はジノヴァッツの発するより、深くしわがれていた。バルスペロウが姿勢を正す。

 

「イザーク様。凡そ、二千二百年経過しております。」

 

「全く、アトラス王子にはしてやられたな。」

 

「ええ。彼の策謀で東方は反サイヤン帝国一色に染まり、この地に再び到達するまでにこれだけの時間を要しました。誠に申し訳ありません。」

 

恭しくバルスペロウが頭を垂れる。

 

「良いのだ、こうして肉体を蘇らせてくれた以上はなんの不足もない。最新の情勢もこの頭脳に刻まれている。」

 

かつてジノヴァッツだった肉体はそう告げた。

 

「それはイザーク様の遺伝情報に沿って作成した肉体です。やはり閣下は優秀ですな。記憶を失った依代となる肉体でもなお、目標に到達する為に大活躍でした。」

 

「そう言われると、何やらこそばゆいな。」

 

イザークは肩をすくめた。

 

「我が仇敵アトラスの名を冠した教会はもうまとめて始末したのか。確かにこの肉体はよくやったようだ。お前の指導の賜物だな、バルスペロウ。」

 

「恐縮です。私の言葉は無条件で信じるように調整をしておきましたので。ですが人類スターヴェイク帝国と名乗る新たな勢力が伸長しており、ルミナス様を復活させたようです。」

 

「そのようだな。」

 

記憶を探りながらイザークが答える。

 

「知っておる。確かに知っておる。この肉体はルミナス様復活の意味をよく理解していなかったようだが。」

 

「ルミナス様は、我らのサイヤン帝国復興の活動に反対はされないでしょう。ただ、人類スターヴェイク帝国と我らのいずれかの勝者に微笑まれるおつもりかと。」

 

「であるか。主君の意思を忖度するのが臣下の務めだな。未だルミナス様の意思を確認していない以上、我らは方針に沿って大陸の統一を進めようではないか。きっとルミナス様のご意志がリスクの最小化にあるのだろう。我らのどちらが勝利しても、ルミナス様は必ず勝利される事になるのだからな。」

 

 

 

 

その日、パロリオン卿は自らの処刑を待っていた。数日前に既に先代の大都督は処刑されている。パロリオン卿も処刑されると予告を受けていた。今の彼が命長らえているのは、人類スターヴェイク帝国との外交や取引に支障が出た場合の保険に過ぎない。

 

だが、外交は副使であったバルスペロウが詳細を把握している。交易もそこまで特別な内容ではない。人類スターヴェイク帝国との交渉に赴いたカレイド卿が戻り次第、パロリオン卿も処刑されるのは既定方針だった。

 

「今日の昼食は豪華だな。」

 

貴人用の牢とは言え、牢屋は牢屋である。机とベッドがあるだけマシな待遇だった。獄吏が運ぶ食事も、食器が添えられてるだけマシな薄味のスープとパンだけだったのだが。

 

今日は珍しく貴族に供するに相応しい豪奢な食事が運ばれてきた。ハーブを添えて焼かれた肉の芳香がパロリオン卿の鼻腔をくすぐる。パンも焼きたてだ。しかもチーズに加えてワインのボトルまで添えられていた。

 

「これが死刑囚の最後の食事か。」

 

パロリオン卿は遠慮なく手を伸ばした。文字通り最後の食事なら、熱いうちに堪能したかった。意外な人物が訪れたのはその時である。

 

「私に気にせず、続けてください。」

 

突然現れたカレイド卿にパロリオン卿は目を剥いた。

 

「・・・そうさせて貰おう。」

 

それでも食事を続けるのは、今生の名残を邪魔されたくないからである。

 

「貴方の処刑は中止させました。以後は、貴方は私の庇護下です。食事もこの水準の物に改めさせましょう。」

 

人払いをさせながら、カレイド卿はパロリオン卿にそう告げた。そして料理と共に運ばせていた一脚の椅子に腰を下ろす。

 

「どうしてかね。私のような敗者に、もう利用価値はないだろう?」

 

食事の合間に会話を楽しむように、カレイド卿にパロリオン卿が尋ねる。

 

「実は、コリント卿から貴方を生かしておくように釘を刺されまして。」

 

「ほう?」

 

「あの口ぶりならパロリオン卿を生かしている限り、私の事も面倒を見てくれそうです。話を持ちかけられる余地はあると、私なりにそう感じ取りました。」

 

「なるほど。」

 

パロリオン卿も牢内で色々と考えを巡らせていた。そして一つの結論を出していた。ジノヴァッツやカレイド卿に勝るには、人類スターヴェイク帝国との関係を利用するしかなかったと。

 

確かに大都督がカレイド卿を押さえこめると判断したのは誤りだった。実体として、カレイド卿は大都督以上に軍に隠然たる影響力を秘めていた。しかしパロリオン卿が名実共に親人類スターヴェイク帝国の立場をとっていれば、また違う展開はあり得たかもしれなかった。不戦の建前を維持する為にも、即座の失脚は免れたかもしれない。

 

「つまり今の三頭体制も人類スターヴェイク帝国に負けてしまうのではないか、と?」

 

「まだそこまでは。しかし私の見る所、この先の優劣は実に際どい。」

 

パロリオン卿が見るに、カレイド卿が優れているのは勝ち馬に乗じる為の嗅覚である。人の懐に飛び込むその魅力を除外すれば、節操なしに陣営を渡り歩くその本質が見えてくる。

 

そんなカレイド卿が人類スターヴェイク帝国に勝ちの目があると判断したのなら、パロリオン卿に対する待遇の変化も納得できる。

 

「で、私にどうしろというのかね?」

 

「私と取引をしましょう。私と貴方が相互に護りあうのです。この関係性は対等な物です。まず私がこうやって貴方を庇護します。もし立場が変わった際は、貴方が私を対等な存在として庇護して貰いたい。」

 

「・・・そんな天地が入れ替わるような事が、本当に起こると?」

 

なんと言っても、今のパロリオン卿は単なる虜囚に過ぎない。いつ処刑されても不思議ではないのだ。

 

「ええ。」

 

短くカレイド卿が答える。

 

「私が全力を尽くしても、誘惑出来なかった男はコリント卿が初めてです。」

 

「カレイド卿、まさか貴卿は・・・女か。」

 

パロリオン卿はカレイド卿と知り合ったのは昨日今日ではない。彼は、いや彼女は先代大都督の腹心だった。だからそれなりに交流は重ねてきた。しかし、これまで女だと微塵も考えた事はなかった。

 

「私は自分の放つ魅力をコントロール出来るのですよ。仕事に差し支えますから、普段は放出を控えていますが。」

 

カレイド卿は手を裏返すと指先をそっとパロリオン卿に向ける。まるでそこから目に見えない何かが放出されたかのように。途端にパロリオン卿には、目の前のカレイド卿が酷く艶かしく妖艶な女性に見えた。

 

その幻覚は一瞬だけである。しかしその一瞬で、パロリオン卿のカレイド卿に対する認識はガラリと変化した。

 

「なるほど、そうやって大都督に取り入ったのか。」

 

「ご明察です。」

 

カレイド卿は武力に優れるとも知略に優れるとも聞かない。敢えて言えば、人の心を取る事だけが異様に上手い。これまでどんな上司も部下も上手に手玉に取ってきた。元々の頭の良さもあるのだろうが、その力の源泉がこの得体のしれない“魅力”だというのならどうだろう。それは今身をもって“能力”を体感したパロリオン卿には、納得が出来る事柄である。

 

「こうして秘密を明かした以上、貴方には私と組んで頂く。」

 

「今更ジノヴァッツを捨てて、軍を握るカレイド卿が私と組むのかね?」

 

パロリオン卿の問いかけに、カレイド卿は肩をすくめながら答えた。

 

「ジノヴァッツを未だ捨てはしません。だが、ジノヴァッツはバルスペロウ共にザイリンク帝国の大遺跡から戻って以来、人が変わりました。」

 

パロリオン卿の見る限り、その口調は真実を告げているように感じられた。

 

「今の彼は別人だ。という事は、そもそもの私の見立ての前提が変わった。あちらから捨てられる事はあり得る。だから、この関係はあくまでも私の保険ですよ。」

 

「・・・そういう事か。」

 

大遺跡の技術を占有すれば、その秘密を同志に分かち合わず占有して支配を望むのは起こり得る事である。ジノヴァッツがそう考えたとて、何ら不思議はない。

 

大敵の前にそんな状況で和を乱せば、勝てる戦いに勝てなくなると懸念しても理解はできる。少なくともパロリオン卿は今の事態をそう理解した。

 

コリント卿は賢い。政争に敗れたパロリオン卿を使って、イリリカ王国首脳陣に亀裂を入れるのが目的だろう。しかし、親人類スターヴェイク帝国という立ち位置は、今のパロリオン卿が生き延びる唯一の道である。

 

「いずれにせよ、貴方が生きてさえいればコリント卿との約束は果たせるのです。だが互いに言葉を交わしてきちんと合意しておく方が、以後の関係に響かないというものでしょう。」

 

カレイド卿は手を差し出した。

 

「ジノヴァッツが敗れた暁には、私は軍事、貴方がイリリカ王国の政治を司る条件で手を組みましょう。無論、貴方が私の命綱である以上、私はその時まで全力で貴方を護りますよ。」

 

「・・・どうやら悩む余地はないようだ。」

 

パロリオン卿が手を握り、コリント流の挨拶を返す。

 

「私が貴卿を裏切る心配をしなくても良いのかね?」

 

カレイド卿は正直に存念を述べた。

 

「それはないでしょう。私の取引した相手は、実の所コリント卿です。コリント卿に対する盾として貴方を使えれば、私はそれで問題は無いのですよ。」




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