【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる)   作:高坂 源五郎

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Ⅲ 統一戦記 66話 【列強戦編⑧】 四駿四狗

Ⅲ 統一戦記 66話 【列強戦編⑧】 四駿四狗

 

セシリオへの越境を果たしたザイリンク帝国軍は、セシリオの駐留部隊に迎え入れられた。

 

「国境の守備を預かる、モレル大将軍です。」

 

挨拶に出向いたミクローシュ将軍に、セシリオ側で対応してくれた老年の将軍はそう名乗った。

 

「貴方が、あのセシリオの大将軍でしたか。」

 

ミクローシュ将軍が驚いたのは、セシリオの宿将ともいうべき大将軍が出迎えてくれた事である。

 

「確か国境ではなく、どこか港町。そうカッシネッタを治めておられたかと。」

 

ミクローシュ将軍の言葉に、モレルは笑声を漏らした。

 

「ははは、新顔にその役目を乗っ取られましてな。今は孫婿の依頼で、部下達とこの国境に詰めておりますよ。」

 

孫婿と聞いて怪訝な顔をしたミクローシュ将軍だが、すぐにコリント卿の事だと思い当たった。セシリオ王国の女王に即位したウルズラ王女はコリント卿の妻の一人となると公表されている。モレル大将軍とコリント卿は、ウルズラを介した一定の協調関係にあるのだろう。

 

「さて。まずはこの書類を皇太子殿下にお渡し頂きたい。」

 

モレル大将軍がまとまった書類の束をミクローシュ将軍に差し出す。

 

「失礼ですが、これは?」

 

「今後のザイリンク帝国軍の待遇に対する準備書面です。草稿のようなものとはいえ、コリント卿の署名が入った正式な物です。皇太子殿下が署名されれば、正式な書類として効力を発揮する事となりましょう。」

 

「拝見しても?」

 

「お渡しする以上は、貴国の問題ですからご随意に。私でしたら高貴なる方々にお見せする前に、まず不備がないか周囲の者が確認するのが筋と考えますが。」

 

「では、早速に。」

 

ミクローシュ将軍は礼を言いながら書類を受け取り、紐で閉じられた書類を開く。閲覧する限り、コリント卿の部下のアダーと名乗る男と合意した基本事項が網羅されていた。

 

ザイリンク帝国領の中で本国を含んだ五ヶ国の安堵や、四駿四狗の移籍についてなどザイリンク帝国が会盟(アライアンス)参加にあたっての合意事項である。補給の方法や、祖国奪還までの将兵の賃金の支払いなど細かく規定されている。

 

「合意内容に間違いなく、細かい点まで網羅されています。」

 

「それは良かった。宰相のイーリス殿が辣腕と評判でしてな。」

 

その言葉でモレル大将軍は書類の作成主の名を示唆した。

 

「対面前には厄介な話を済ませておくほうが、ま、お互い気持ちよく挨拶出来るという事なのでしょうな。」

 

「確かに、殿下も自ら請願者の列に並ぶのは気の進まれないご様子でした。」

 

「その書類にも記載されていると思いますが、まずはセシリオ王都へと移動して頂きます。国賓待遇ですので、費用や宿泊先などはお気になさらず。」

 

「我らの軍勢を国境に留めては、イリリカ陣営との関係が不穏となる貴国の事情は理解できます。しかし、何故アレスではなくセシリオ王都に。」

 

「なに」

 

そう言ってモレル大将軍は笑った。

 

「皇太子殿下の参列で孫娘の結婚に箔をつけたいのですよ。教皇様と共に皇太子殿下の御臨席の式となれば、クレリア女王の結婚よりも盛大な式となりましょうから。」

 

「なんと、イリリカが抱え込んでいる筈の教皇様も当地に。」

 

「これは口が滑りましたな」

 

と頭を掻いてモレルは続けた。

 

「ええ、コリント卿と孫の結婚式に参列すべく当地に来られていますよ。」

 

 

 

 

バーリント皇太子とミクローシュ将軍がモレル大将軍の饗応を受けている頃、ドラゴンを差し向けられたアダーとマシラはアレスに到着していた。

 

アダーとマシラは引き離され、アダーは先にイーリスの宰相府に引き取られた。イーリス直々の聴取が最優先とされた為である。

 

そこでまずアリシアを含めた侍女達に衣装を改めさせられたマシラは、内々の顔見せとしてクレリア女王とコリント卿と対面を果たす事になった。人払いされた王宮内の一室に、マシラは連れ出される。コリント卿と侍女達を除いては、近衛が女王の脇に二人立つだけという警戒体制だった。

 

「閣下、アダー様の婚約者のマシラと申します。」

 

そう口上を述べたマシラが侍女たちに着せられたドレスの裾を摘み、片足を引いて頭を下げた。

 

「よろしく頼む」

 

そう言ってアランが手を差し伸べた瞬間、マシラの身体が床に沈み込んだ。そして地面に叩きつけられた鞠のように大きくしなり、反動で浮き上がる。小柄なマシラが、アランの体を飛び越えそうなほど高く跳躍した。

 

勢いをつけたマシラは宙でその身を回転させた。そして振り向きざまに強烈な蹴りをアランの頭部に見舞った。マシラの踵にこめかみを強打され、たまらずにアランが昏倒する。マシラはそのまま素早くアランに跨ると、片手をアランの喉輪にあてて、もう片方の手でアランの腰から電磁ブレードナイフを引き抜いた。

 

「そこまでよ」

 

気がつくとマシラは正面から銃を突きつけられ、その行動を停止させられていた。先ほどまで侍女然として女性が、制服の下から引き抜いた魔道具を手にしている。目の前のそれが銃だということを、マシラも承知していた。

 

「セリーナ!」

 

左右の近衛に庇われながらクレリア女王が声を発した。アリスタに連れられていた侍女が、まさかセリーナとシャロンとはクレリアも考えていなかったのだろう。その名はコリントの双子の悪魔の片割れと、マシラは知悉していた。この体勢で相手取るのは分が悪い。

 

だがここは自分の命を犠牲にしても、この男を殺せば良いとマシラは素早く計算する。発せられた警告を無視して、マシラがコリント卿暗殺を強行する。マシラの手が振り上げられた時、マシラは後頭部を強打された。これにはたまらずにマシラがアランの上に倒れ込む。

 

「動かないでね、この引き金は軽いわ。次に動いたら撃ち殺す。」

 

セリーナと同じく侍女に扮していた、もう一人のコリントの双子の悪魔であるシャロンが背後に回り込んでいたのだ。

 

「暗殺未遂の現行犯ね、その場で撃ち殺されても文句は言えないわ。」

 

そう言いながらセリーナがマシラの喉首を掴み、引き起こす。マシラが抵抗できないのはずっと後頭部の痛む箇所に固いものが、シャロンの握るレーザーガンの銃口が突きつけられているからだ。

 

「武器を全て捨てなさい」

 

セリーナのその言葉と共に、引き起こされたマシラの首にはセリーナの握るレーザーガンの銃口がめり込む。背後からはシャロンがレーザーガンでマシラを狙っていた。銃口を向けられた箇所がチリチリと熱いような気さえする。

 

「このまま殺してしまおうかしら」

 

「ええ。その方が後腐れはないわね。」

 

コリント卿はもう殺せないだろう。諦めたマシラは最初に言われた通り、手から電磁ブレードナイフを取り落とす。そして足だけで器用に左右のブーツを脱いだ。これは自前の靴で、靴底に鉛を仕込んで重く威力を増してある。靴はサイズが合う物を見繕われるより、見た目が良ければ持ち込みが可能だとそう判断したのだ。

 

「アラン」

 

もう大丈夫と見て、近衛のケニーを押し除けてクレリアがアランに駆け寄る。頭部を鉛入りのブーツに強打されて意識を喪失し、アランは頭部から血を流して倒れ込んでいる。

 

「大丈夫、息はあるわ。誰か回復魔法(ヒール)を」

 

アリシアと共に侍女姿のまま呆然と立ち尽くしていたルートが催促され、女王の言葉に慌てて駆け寄り回復魔法(ヒール)を用いる。

 

クレリアに膝枕されていたアランが、ゆっくりと手を覚ました。

 

「やあ、リア。日が高いうちから積極的過ぎやしないかい?」

 

「バカね、アラン。貴方は襲われたのよ。覚えていないの?」

 

リアに顔を撫でられてアランはゆっくりと首を振り起き上がった。

 

「なるほど、傷も痛みもないがまだ衝撃が頭を揺らしている気はする。怪我をして意識がないうちに回復魔法(ヒール)を使うとこうなるのか。」

 

クレリアに助け起こされて、アランが立ち上がる。

 

「いやはや、とんでもなく素早い動きだったな。」

 

「気を抜きすぎですよ、アラン。」

 

「そうよ、私達がいなかったら本当に殺されていたかもしれないわ。」

 

シャロンとセリーナが口々にそう告げる。

 

「済まない、この場は皆に助けられたな。」

 

 

 

 

 

(アラン、わざと油断して見せましたね。)

 

セリーナから俺とシャロンに宛てた内輪の回線でこっそりと通信が入る。

 

(バレていたか。)

 

(私達を侍女姿で待機させたのですから、誤解のしようがありません。)

 

(そうです。危険過ぎますよ、敢えて自分の身を危険に晒すだなんて)

 

セリーナと被せるようにシャロンの通信も入る。

 

(敵の意図を探るためだ。彼女を身内に抱え込むにあたっては早めに対処しておきたかったからな。)

 

マシラが害意を持っている可能性は予めアダーからもイーリスからも何度も警告を受けていた。しかし、今回の内輪の対面に踏み切ったのは何もしていないうちに拘束するわけにもかない為だ。

 

こちらの意向に沿った対応をする為には、まずマシラを暴発させる必要があったのだ。この為、本当に危ない瞬間までドローンによる対処も遅らせるように指示していた。

 

(しかし、素早い動きだったな。そこまで油断したつもりはなかったが、予期していても実際に来ると避けられなかった。)

 

俺は魔素を用いて身体を高速で動かす術を身につけている。その時の動きと対峙した彼女は遜色がなかった。やはりなんらかの手段で強化されているのだろう。

 

(ええ、魔法を使わない限りあのような速さに到達できる人間がいるように思えません。)

 

(やはり、彼女も単なる人間では無いのだろうな。)

 

 

 

 

 

マシラについては暗殺の実行犯という事で留置する事とした。処分については無害化するまでの拘禁と奉仕活動とする。

 

「アラン、セリーナとシャロンを侍女姿で待機させていたのね。アリスタと共に控えていたし、後ろ姿ではまるで分からなかったわ。」

 

「噂を聞かされていたんでね、一応備えておいたんだ。リアが警戒していなかったから、マシラも単なる侍女と見て警戒を解いたんだろうな。」

 

「セリーナとシャロンに護衛して貰っていたのなら、無警戒ではなかったと認めるわ。アランが倒された時はどうなるかと思ったけれど。」

 

「事前にリアに警告したら、相手に気取られると思ったんだ。リアが本気で驚いていたからこそさ。」

 

「それでアラン、マシラの罰として与える奉仕活動ってまさか未婚女性に相応しくない待遇ではないわよね?」

 

懸念した表情を浮かべたリアに問いただされる。暗殺の下手人はどう処されても文句は言えないが、密偵を務めてバーリント皇太子を引き連れて帰参したアダーにリアも一定の配慮をしているのだろう。

 

「その件だが、マシラはルミナスに奉仕させようと考えている、」

 

「聖女ルミナス様の。それはなぜ?」

 

俺は考えをまとめながらゆっくりと口を開いた。

 

「ルミナスはかつての彼らの主筋にあたるそうだ。ルミナスは昔滅んだ国の皇女で、この地を訪れた際に大勢の臣民を伴っていた。イリリカ王国の民であるマシラやアダーはその子孫なんだ。彼らは、どうも主筋の者の命令には逆らえないようだから。」

 

「そう、なのね。」

 

リアが納得しているのかいないのか微妙な様子で頷いた。王族であるリアは主君と家臣の忠誠心について知悉している。マシラの暗殺を命じた者よりルミナスが上位の存在なら、マシラの命令を取り消せる可能性を理解した。ただそれはそれとして、クーデターを起こされた王族としての経験が人の忠誠心の移ろいやすさを彼女に教え込んでいるのだろう。

 

反乱を起こされた側であるリアにこう伝えるのは少し気が引けたが、俺は力強くリアに告げた。

 

「大丈夫だ。人として再生を果たしても、ルミナスの力は特別な物のようだから。」

 

 

 

 

アダーは、新たにコリント卿よりアラム聖国のルミナス付きを拝命した。軍人ではなく聖女であるルミナスに、本当に副官という人種が必要かは定かではない。だがアラム聖国は人類スターヴェイク帝国とやり方が色々と異なる。アラム聖国のトップがルミナスである以上、アラム聖国との緩衝材として摩耗するのがアダーの役目である。

 

以前はダルシムがマルチェロ卿と夫婦の関係を利用してそれに対処しており、それはそれで有効に機能していた。ただ、そのような措置は平時に限られる。ダルシムもマルチェロ卿もそれぞれが軍の指揮官である。

 

どちらかではなく、夫婦両名を常にルミナスに貼り付けるのは人材の活用として難がある。ルミナスの側に侍る差配役は別に必要だった。エルナの下でオデットが実務を担当したように、アダーがダルシムやルミナスの下で働く事になる。

 

(ルミナス様の側仕えはマシラの拘束先でもあるから、コリント卿に配慮は頂いているのだろうが。)

 

マシラがしでかしたコリント卿の暗殺未遂については聞かされていた。現場には居合わせなかったが、マシラならやるだろうなと思う。危険だと予め警告もしてあった。

 

この為、マシラの行為の罪がアダーに及ぶ事はない。自分を信じて国を抜けた筈の婚約者がジノヴァッツから暗殺の指示を受けていたのも、マシラらしいなと腑に落ちる。どこか命令というものには従順な性質なのだ。

 

「閣下は、マシラの処置に自信がおありなのですね。婚約者とはいえ、私も手を焼いておりましたが。」

 

前を歩くコリント卿にそう尋ねてみた。解答は意外な内容だった。

 

「聖女ルミナスに任せるだけさ」

 

「そうなのですか?」

 

アダーの知るコリント卿は、確かにアトラス教会と親密な関係を築いていた。だがそれは軋轢を望まないという政治的な姿勢であって、敬虔な信徒という様子ではなかった。アダーの面識のない聖女ルミナスという存在は、一体何がどう特別なのだろうか?

 

育ちで言えば、アダーもマシラも共にイリリカ王国の出身と変わりない。この為、ルミナス付きを拝命した理解だ。だが自分達の祖先が本当にルミナスと関係があるのかは少し疑問である。

 

一族の中ではそのような話を聞いたことはない。信仰に篤いというわけではなく、むしろ無信心の類だろう。今もその名を聞いて何の感慨も湧かない。何も繋がりを示す兆候は見られないのだ。

 

ともあれ転送門を潜り抜けた一同はアラム聖国入りした。現在は転送門が二つの遺跡に常設されている。操作方法のみならず、遺跡と関連づける方法がザイリンク帝国を経由してもたらされていた。

 

今のところはエネルギー源の関係から樹海とアラム聖国の大遺跡同士の連結しか行えないが、その利用方法こそが大遺跡に備わった転送門の本来の用途らしい。

 

各大遺跡には、他の大遺跡に向かう四枚の〈小門〉と呼ばれる鏡が常設されていた。樹海の遺跡の備品は4つとも無事だったが、取り外されて保管されていた。アラム聖国のものは遠い昔に持ち出されていた。今、樹海とアラム聖国の遺跡の間を繋ぐ経路だけが開通している。

 

双方の対応する箇所に鏡が設置されていないと開通しないらしく、残りの大遺跡への経路には全て反応が無かった。

 

転送門を司るのはイリリカ王国の大遺跡である。そこに簡単に到達できれば転送門の掌握につながる筈だが、いずれにせよ不戦を解消しない限り進展はしないだろう。

 

「入り口が四箇所あるという事は、大遺跡は全部で五つになる筈ですね。」

 

「ああ。しかしこの惑星上にあるのは四つだけだ。恐らく中枢となる最後の大遺跡が太陽の中にある。」

 

アダーの問いかけにアランは応えた。

 

「太陽とは天に浮かぶ、あの太陽の中にですか?」

 

流石にアダーもそう聞き返す。ナノムを通じて人類銀河帝国の常識がアダーの中に転写されている。その中には恒星と惑星についての知識も含まれるし、今はコリント卿の一行が星々の海を航海してこの地に到着したのだと理解している。

 

しかしそれはそれとして、恒星の中に人が生存できる程の高度な文明とは知らなかった。

 

「いや、流石に科学技術の発達した人類銀河帝国でも太陽の中に入った事はない。だが大遺跡に残された資料をつなぎ合わせた結果からイーリスが推測するに、造物主の作った最後の遺跡はそういう形態のようだ。」

 

「それは、とんでもない場所ですね。」

 

「太陽の中心は全てがプラズマ化けした渦の中で熱核融合の波が吹き荒れるような世界の筈だ。どんな装甲服に身を包んでも、俺達が人の身でその門を潜り抜けて良いものなのかも分からないな。」

 

「それは天国というよりはもはや地獄への門なのでは。」

 

「エネルギーの供給源としてこれ以上のものはないだろうが、遺跡を通じてその恩恵を得る程度が今の我々の限界だろうと考えているよ。」

 

 

 

 

セリーナとシャロンをはじめとした完全武装の候補生達に引き立てられたマシラは、ルミナスの前に引き出された。

 

「やあ、ルミナス。急な依頼で申し訳ない。」

 

アダーを引き連れた俺はルミナスに挨拶をした。婚約者相手ならこれくらいが妥当だと思うが、聖女を相手に畏る方が良いのか対応が実に面倒ではある。

 

「コリント卿の指示とはいえ、このような罪人を聖女様の前に連れてくるなど。」

 

手枷姿のマシラを見て、普段は温和なマルチェロ卿がなんだか激昂している。

 

「いいのよ、ラヴィニア。私がアランに『彼女と会いたいから連れてきて欲しい』とそう伝えたのですから。」

 

背後からルミナスがそっとその背に手で触れて、昂るマルチェロ卿を押さえた。

 

「彼女をここへ」

 

尚も警戒を緩めないマルチェロ卿の前に、セリーナとシャロンの手でマシラが引き出される。

 

「手枷を外してもらえますか。」

 

「それは危険すぎます。」

 

抗議するシャロンを、ルミナスがじっと見つめる。

 

「では、彼女に問いましょう。貴方は誰にも危害を加えないと誓う事が出来ますか?」

 

「はい、誓います。」

 

素直な返事に驚いたのは、周囲だけでなくマシラ自身も同様だった。渋々、といった雰囲気でシャロンがマシラの手枷を候補生達に取り外させる。しきりに圧迫されている箇所を撫で刺さり確認しているマシラに、ルミナスが声を発した。

 

「頭が高いですよ」

 

伏せを命じられた犬のように、パッとマシラが平伏する。その様子には反抗的な素振りなど少しも見られない。

 

「私は絆を感じています。貴方も、私との絆を感じているでしょう?」

 

「はい、ルミナス様」

 

いつになく真剣な様子で、平伏していたマシラが顔を上げてルミナスに答えた。

 

「やはり貴方は我が親愛なる近衛の生まれ変わり、なのでしょうね。」

 

ふわり、とルミナスが立ち上がると今なお平伏するマシラの肩に触れた。触れられたマシラは電流を流し込まれたように痙攣する。

 

「名は?」

 

「・・・現生での仮名をマシラと申します。」

 

「貴方のかつての名は、フローラではないかしら?」

 

「はい、フローラ・ドラノワです。皇女殿下。」

 

そう名乗るマシラの表情は、彼女を幼い頃から良く知るアダーですら見た事のない物であった。

 

 

 

 

「・・・彼女も最初は普通の少女であったのです。」

 

別室に通され、コンスタンスの入れた珈琲を供されたアダーはそう事情を説明した。場には俺とセリーナとシャロンの他、ルミナスとコンスタンスのみである。マルチェロ卿は最後は昏倒してしまったマシラの対応をする為に残っている。

 

「その頃は婚約者として、普通の付き合いでした。しかしある時から、突然変わってしまったのです。一族の長老達は、『ああ、死んだ大祖母に選ばれたのだと』」

 

「その頃に先代から能力を継承してしまったのでしょうね。」

 

コーヒーを一口飲みながら、ルミナスは“これでいいわ。よく出来ました”という風にコンスタンスに頷いて見せた。話の内容より、珈琲の良し悪しが大事そうな素振りだった。

 

「マシラという統合前の仮の人格がそのままずっと続いていたようだけれど、今は意識と記憶の統合中よ。それが落ち着けば、元の人格に戻るわ。」

 

「元の人格に、ですか?」

 

アダーが驚きの声を上げる。

 

「ええ。おそらく今の記憶を持った、かつての能力が目覚める前の少女の性格に沿った存在となる。それがあの子に幸福な事かは分からないけれど、あなたという婚約者の存在を私も祝福しましょう。」

 

その簡単な追認で、アダーは初めて自分が正式な婚約者という地位を得たと知った様子だった。マシラ、あるいは新たな存在はフローラと呼ぶべきなのかも知れなかったが。

 

「それでは、彼女はやはりサイヤン帝国の強化兵という事だったのだろうか?」

 

そう疑問を呈してから、俺も珈琲のご相伴に預かる。コンスタンスはルミナスの指導を経て、珈琲淹れを特訓されたらしい。かつて俺の淹れたどんな珈琲より、数段上のクオリティを達成していた。

 

「ええ。当地での魔素を使った能力伸長の研究成果でしょうね。我が近衛兵で選抜された八名だけに施された秘術です。」

 

「それが、この惑星で名高い四駿四狗という訳か。」

 

俺は報告書からその印象的な名を拾い上げていた。つまりは八名、似たような能力者がいるらしい。

 

「私はそう呼んでいなかったけれど、誰かがそう名付けたのでしょうね。能力は継承される筈なので、子孫がいる限りは現在まで受け継がれている筈だけれど。」

 

「・・・ザイリンク帝国に二名の該当者がいるとは聞いている。ルミナスに仕えることを承知させていた。後は、セシリオにそれと思しき女騎士がいるな。」

 

「ロベルタの事ですか?」

 

アダーが俺に尋ねる。

 

「そうだ、以前からあの身体能力は気になって調べさせていた。彼女達は魔法も魔道具も使えないという特性がある。」

 

「そうでしょうね。彼女達は魔素を取り込む事で能力を発揮するもの。」

 

「彼女達ということは、それはつまり女性だけなのか?」

 

「当たり前でしょう?皇女たる私の従者ですもの。女性である点が重視されたわ。女でなければ入れない場所も多いのでしょうし。」

 

「それで女騎士か。」

 

ロベルタやマシラ、そしてクリスティーナ・シャーンドール卿やフランツイシュカと呼ばれる騎士など魔法も使えない兵士は極めて珍しい存在である。

 

従軍を認められるのは大抵が魔法という他にない優位を持つ為だ。剣技は得意なエルナとて、魔法という力があって初めて近衛入りを認められたと聞く。高価な品とはいえ、貴族であれば魔導書の所持は珍しくない。使っても消滅する訳ではないから、魔法の得意な娘を魔法兵とするのは貴族にはさして困難ではないようではあったが。

 

「・・・イリリカ王国の大都督たる、カレイド卿はどうだろう?」

 

俺はかいつまんでカレイド卿の能力を説明した。

 

「まさか、カレイド卿がそのような能力の所持者とは」

 

唯一面識のあるアダーは絶句していた。言葉を交わした事のある間柄だけに、容易に信じられないのだろう。

 

「その能力は間違いなく、我が配下よ」

 

珈琲を飲み干したルミナスがそう宣言する。

 

「では、カレイド卿と面談すればイリリカ王国を全て掌中に収められるのでは?」

 

リアが問いかける。

 

「お断りするわ。国というものはどれほど高位でも一人に依存するものではないでしょうし、その全てを私が背負う気はないの。もし、彼女を捕らえたら私の前に連れてきてね。」

 

俺はルミナスの言葉に頷いた。

 

「そんなところだろうな。軌道爆撃でイリリカ王都を吹き飛ばしても、それで相手が屈服するとは限らない。相手に正しく負けたと認識させる為には、必要な手順を踏む必要があるだろう。」

 

「キドウバクゲキ?」

 

怪訝そうなリアの前でシャロンが言う。

 

「一度くらい、楽ができないか試しても良さそうとは思いますが。」

 

「イリリカ王都には大遺跡がある筈だわ。吹き飛ばせば遺跡の他に人命も失われる。出来る限り丁寧な処置をしないと。」

 

セリーナの言葉にシャロンも仕方ないなあ、という様子で頷いている。

 

「洗練された武力の行使は、メスを使った精緻な手術手技のようなものだと思う。俺達ならやれるさ。」

 

「それで、イリリカ王国との戦争はいつから行うのかしら?」

 

「何事もなければ半年後だな。それまでは準備を整える時間になるだろう。」

 

俺の言葉を聞いたルミナスは笑みを浮かべてこう言った。

 

「そう。人類社会の存続の為に、貴方達の活躍に期待しているわ、アラン。」

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